2012年 03月 22日
波及
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今日もまた村井秀夫刺殺事件から。


言葉と映像に騙される


この事件は「テレビカメラの前で刺殺」とよく言われてきた。
しかし実際にはテレビカメラの前で刺殺されたわけではない。
刺された瞬間をテレビカメラは捉えてはいない。
村井氏はテレビカメラの前では生きていて、歩いて建物に入っていった。

衝撃だったのは犯人がそこにいて、テレビカメラに映し出されたことなのである。
刃物を握りしめた犯人が地面に刃物をポイと投げ出す瞬間が映し出された。
これが人を刺し殺した刃物と犯人かと多くの人が慄いた。
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しかしもし本当に村井氏が刺されて死んだとするならば、犯人はこの人ではない。
真犯人は別にいる。




いつもと違う夜


多くの報道陣が取り囲んだ中で刺された村井氏は致命傷を負っていないと思われる。
ではどこで致命傷を負ったのか?
村井氏が囲まれていた場所はオウム真理教団東京総本部前。
普段そこへ出入りする際は地下通用口を使用していたが、事件当夜は何故か施錠されていたため、村井氏が1階出入口に向かおうとした際に起こった出来事であるという。(地下は実際にあるとのこと)

これが本当だとすると「いつもとは違った」夜に事件は起きたことになる。
そういえば、ジョン・レノンの射殺も「いつもと違った」夜だった。

もしも「いつもどおり」であったならば、張り込んだ報道陣に囲まれることもなかったし、犯人も全くの無駄足になったわけだ。
犯人は昼間から待ち伏せをしていたということなので一見計画性があるように思えるが、普段1階の通用口は使用していないという事前の下調べが出来ていなかったことになる。

しかし事件は起きた。

屋外では自力で歩いていた村井氏が建物から運び出される時には担架に乗っていた。
意識があるのかないのか不明だが、痛みに顔を歪ませているようなことはない。
酸素マスクを付けて静かに目を閉じている。

先日もリンクしたこちらのテレビ映像では、何かに血が付いているような場面が見て取れる。
0:30あたりの画面右上。
血だろうか?たまたまそう見えるだけだろうか?
もしこれが出血ならば、村井氏はオウム真理教団東京総本部内で刺されたことになる。


救急車の到着前後の報道陣の混乱ぶりも想像に難くない。

彼はその後、東京都立広尾病院に搬送されたとのこと。
遺体写真と遺体に付いていた縫合跡が本物であるならば、この病院で右腹部と左胸を縫合したということになる。



ところで左胸の傷


心臓というとおそらく多くの人が左胸にあると想像すると思う。
村井氏の縫合跡位置付近をイメージする人も多いのではないだろうか?
だが実際にはもっと中央寄りにある。
胸骨(胸の真ん中の骨)の下で、やや左側に位置する。
だからこそ心肺蘇生(心臓マッサージ)を行う時には胸骨を圧迫するのである。
私が学生の時には剣状突起から指2本くらい上の位置を圧迫すると習った。

ナイフで心臓を一突きと言うが、言葉で言うほど簡単なことではない。
胸骨と肋骨があるからである。
肋骨と肋骨の間にナイフが通らなければ心臓は刺せない。

心臓の手術は一般的に中央部分を縦に切開する。胸骨も切る。(胸骨正中切開)

村井氏の左胸の縫合跡は何を意味しているのだろうか?
誰かが心臓を一突きしようと思って左胸を傷つけたのだろうか。
それともやはり捏造した写真なのか。




不信感


搬送先の病院は都立の病院。管轄は東京都。
事件現場から病院まではそう遠くない。


村井氏が運ばれて治療を受けた都立広尾病院は、医療事故を起こし大きく問題になったことがある。
村井刺殺事件から4年後の1999年のことである。都立広尾病院事件
被害者は看護師資格を持っており、看護学校の教諭であったこともある人だそうだ。(こちらに看護学生とともに写る写真あり)

直接の原因は看護師の点滴ミスだったそうだ。
ミスは許されることではないけれど、激務でありながらミスが全く許されない看護師には個人的にはかなり同情するところがある。
「人間だもの誰しも間違いはある」が許されない世界だ。
私が学生だった時にも法律の授業があった。
これからの時代は医師や看護師は直接個人が訴訟を起こされることも増えるだろうと講師に言われた覚えがある。
常にそのリスクを背負う職業である。ストレスはいかほどか。(だからもっとお給料を上げてほしい)

閑話休題。
しかし病院の対応にはやはり問題がある。
被害者家族が不信感を持つ気持ちもよく分かる。
隠蔽したと思われても仕方ない。


こんなことがあったから余計に、都立広尾病院は村井氏事件についても何か隠蔽しているのではないかと、私は考えてしまう。




救急医療


さらに言うと、尾崎豊が亡くなった日に最初に搬送された(医療法人社団誠和会)白鬚橋病院も確実に何か隠蔽していると私は思っている。

白髭橋病院は病床数199床という病院。
現在、東京都災害拠点病院、東京DMAT指定医療機関など東京都から随分と指定を受けている。
(DMATは大学病院を除く民間医療機関としては唯一の指定だった)
こちらを参照してみると分かるが、DMAT指定医療機関は東京都でもごく僅か。


もっと大規模な名だたる病院をおさえての指定は何か見返り(便宜)があったのではないかと勘ぐりたくもなる。
ここにも不信感(疑惑)があるからだ。


病院規模は病床数で示すのが一般的。
「地域医療支援病院」や「特定機能病院」の認定要件にも病床数が関係している。(もちろん病床数だけではない)
日本において病床数500以上の大規模病院は5%にすぎない。
病床数200未満の中小規模の病院がほとんどである。(200床未満が約70%を占める)


白髭橋病院の病床数199床というのは、特別小さな病院というわけではないが、さほど大きな病院でないことが分かる。
その病院が多くの指定を抱えたらどうなるだろか?
医療ミスや経営難を招くのではないだろうか。


そしたら案の定だった。負債は50億近くだという。
東京都はこれをどう考えているのだろうか。




尾崎豊が白髭橋病院に搬送されたわけ


白髭橋病院の沿革をみてほしい。


(1992年4月25日 尾崎豊が救急搬送された)

1997年8月 東京都災害拠点病院に指定

1999年4月 東京都2次救急医療機関指定

(1999年8月・9月 写真週刊誌フライデーに蘇生措置・遺体写真掲載「遺体写真が語る7年後の真実」)

2005年 東京DMAT指定医療機関に指定

(2008年12月にも同じ写真を掲載)

2009年8月 東京都地域救急医療センターに指定


注目すべきは、東京都2次救急医療機関指定が1999年だということなのだ。



救急医療について少し説明する。

救急車が運ぶ病院は救急指定病院である。
消防法の規定に基づき、救急隊による救急搬送を受け入れるための医療機関のことで、都道府県知事が指定している。
その中にも「一次救急」「二次救急」「三次救急」とある。

一次救急患者は、簡単な怪我や症状で入院の必要もない軽傷患者である。
二次救急患者は、手術や入院を要する患者。ある程度重症ではあるが、すぐに生命に別状はない。
三次救急患者は、全身状態がきわめて不良で緊急の治療をしないと生命の危険がある患者である。
三次の患者を扱うのは救命救急センターや高度救急救命センター。
現場から直接受け入れもしているが、多くは一次・二次救急病院から治療が困難として搬送されたものである。(病院間の搬送)


救急患者はそれぞれの症状に適した病院に搬送される。(本人や家族の強い希望があれば別)
どこに搬送する程度の症状なのか判断するのは現場に駆けつけた救急隊員である。

尾崎豊が民家の軒先で見つかって救急搬送されたという話が本当であれば、救急隊員は尾崎を入院の必要のない軽傷患者と見なしたはずである。
それはそう、1992年にはまだ、白髭橋病院は東京都2次救急医療機関に指定されていなかったからだ。
指定されたのは1999年のことである。

尾崎豊のあの蘇生措置(遺体写真)はこうしたことからもおかしい。
あの状態で一次救急と判断するわけがない。
気管挿管をしているということは命の危険性がある三次救急である。
白髭橋病院の適応患者ではない。
(1992年当時、救急隊員には気管内挿管は認められていなかったということもこちらに書いた。)


尾崎豊の死の経過として一般に広く周知されている話は全くの嘘である。
そしてそれは、病院や家族及び仕事関係者など、嘘をついている(真実を隠蔽している)人が大勢いるということだ。
はっきり言えば、東京都も怪しい。






*2月27日分の「抗議*1」より目次を作りました。



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by yumimi61 | 2012-03-22 17:25


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