2013年 01月 30日
機宜*7
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「自分だけに集中して辛かった」で思い出したことがある。
長男が小学校1年生の時のこと。
授業参観での出来事である。

夫婦で出席しないと子供が麻薬や妊娠など非行に走るらしいアメリカと違い、日本の学校の授業参観は母親だけが出席することが多い。
息子達の通った学校では、率にすれば出席者の97~98%は母親のみである。(休日に実施される父親参加や運動会、入学式や卒業式は別)

入学間もない小学1年生の授業参観とあって観覧者は大入り満員だった。
保護者は教室の後ろだけに収まりきれず、教室のサイド(児童の机の隣)にも並んで観覧した。
長男はその時、一番端の列の一番前に座っていた。(席は氏名五十音順となっていた)
私は長男の机の隣に立っていた。


何の授業だったのか覚えていないが、先生が盛んに子供達に質問を投げかけていた。
席の端から順番に全員に答えさえたり本を読ませたりする時もあるが、その時は挙手させフリーにランダムに指名していた。
勢いよく手を挙げる子もいれば、自信なさそうにそっと手を挙げる子もいるし、まったく手を挙げない子もいる。
長男は質問の度に「はい」「はい」と手を挙げ、当ててもらいたくて仕方ない様子だった。
しかし彼は一向に指名されなかった。
どれくらいそれを繰り返しただろうか。
長男は机の上で開いていた教科書を威勢よく閉じて、筆記用具を筆箱に仕舞い、それらすべてを机の中に押し込んだ。
机の上にはもう何もない状態である。
そして横にいた私の顔を見上げたのである。


(ちょっとちょっと何やってるの!)と心の中で叫び、ダメダメと言わんばかりに顔をしかめて横に振った。
それでも彼は私を睨み返していただけだったので、「出しなさい」と小さな声で言った。
そうすると渋々ともう一度教科書と筆記用具を出した。

すぐ近くにいた周りのお母さん達は、唖然としている人もいれば、その様子を見てクスクスと笑っていた人もいた。

彼はその日指名されることなく、授業は終わった。


帰宅後。

「なんであんなことするのよ。お母さん恥ずかしかったじゃない」 ←親の恥だから止めなさいというパターンです。
「だって先生、俺を指してくれないんだもん」
「仕方ないでしょ。生徒はあなただけじゃないんだから。授業参観でみんなお母さんが来ているんだから、なるべく多くの子を当ててあげようと先生だって気を使ってるんだと思うよ」
「だけど同じ子が2回も指されていたんだよ!それなのに俺は1回も指されなかったんだからっ」
これが彼のぶちぎれた瞬間だったのだろうか。

「先生は〇〇(長男)が分かっているって分かっていたんだと思うよ。お母さんも分かっているから大丈夫」
「でもいつもは指してくれていたのに」

ちなみに先生は女の先生だった。

この一件の直後、私は近所のお母さんにこの話をして嘆いた。(女の子のお母さんだった)
それを聞いてくれた人は、この一件を「印象的で忘れられない」と何年もの間、再三言ってくれた。


自分だけに集中したことを悩む子もいれば、自分だけが指されないことを不満に思う子もいる。
2回も指された子がいつもよく挙手をする子の場合と、いつもは挙手しないのに授業参観でお母さんが来てるから頑張って挙手していた場合では、その意味合いは変わってくる。
毎日児童を見ている教師や毎日授業を受けている児童と、年に数回の授業参観に行く保護者とでは、学校での子供の様子を知っている度合が違う。
また児童は年齢によって物事の理解度が変化するだろう。
教師や保護者の感受性も価値観もそれぞれ違う。
「平等」や「公平」であるということは難しいことなのだと痛感する。
「優しさ」や「思いやり」って何だろう。
それはいいことなのか、悪いことなのか。
「人間って本当にいいものかしら」-再び狐のお母さんの言葉が思い浮かんだ。

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by yumimi61 | 2013-01-30 14:44


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