2013年 12月 28日
器官110
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伊丹監督の死

12月20日の記事の小タイトルに「あげまん」と書いたのは、田中投手の奥さんである里田さんがそう形容されるので付けたタイトルだが、もうひとつ理由があった。
それは1990年に公開された映画のタイトル『あげまん』である。
「あげまん」という言葉はこの映画によって一躍有名となった。
『あげまん』の監督である伊丹十三氏は1997年12月20日にお亡くなりになった。
自身のプロダクションが入るマンション下で遺体で発見されたという。
警察は自殺と断定したが、以下のような様々な憶測が流れた。


・1992年、映画『ミンボーの女』公開直後に暴力団に襲撃されるという事件もあったので、暴力団が絡んでいるのでないか。

・創価学会を扱う映画を撮ろうという企画があったので、宗教絡みなのではないか。

・死亡する前に医療廃棄物問題を取材していたので口封じではないだろうか。

・学歴コンプレックスがあり(高卒)、妻や同業者、そして社会に「監督」として認めてもらいたいという気持ちが強く、無謀な取材や取引をしていたのではないか。


遺作となったのは『マルタイの女』。
「マルタイ」とは警察用語で捜査や護衛の対象になる人のことだそうだ。
映画では護衛対象者を扱っているが、監督自身も『ミンボーの女』公開直後の襲撃事件でマルタイになったそうである。
映画の中で命を狙うのは「真理の羊」という架空の宗教団体の信者。(架空ではあるがオウム真理教を彷彿させた)


これはWikipediaにも書かれているが、ジャーナリストのジェイク・エーデルスタイン氏が取材した人物は、伊丹監督が後藤組と創価学会の関係を題材にした映画の企画を進めることを創価学会関係者や後藤組組長が快く思っておらず、屋上から飛び降りさせたと語ったという。

ジェイク・エーデルスタイン氏はユダヤ系アメリカ人。
上智大学で学び、読売新聞記者であった人物。
ちなみに上智大学というのは、イエズス会の高等教育機関として設立された学校。(イエズス会、カトリック系)
日本にキリスト教を伝来したフランシスコ・ザビエルもイエズス会士であったし、タイタニックの写真を撮った人物もイエズス会士であった。
エーデルスタイン氏は暴力団を取材をする中で脅迫を受け警察の保護下にあったという。つまり彼もマルタイということ。
後藤組組長が2005年にアメリカで生体肝移植手術を受けていたことを米紙でスクープした。
肝移植に関するFBIとの裏取引疑惑。その1その2
TOKYO VICE』という著書は英語でのみ発売されたそうだ
生体肝移植と言えばスティーブ・ジョブズ氏も・・・。


創価学会と暴力団という関係は尾崎豊の死の憶測でもしばしば語られる。
こちらのブログでもそれが書かれているが、ブログサブタイトルがなかなか面白い。
「政府紙幣流通・産婆さんの普及は世界を救う」
コメント欄に伊丹十三氏の名前も登場している。

医療廃棄物問題と学歴についてはまとめてこちらで語られている



やっぱり、賞が好き!?

1994年にノーベル文学賞(川端康成に次ぎ2人目)を受賞した大江健三郎氏は伊丹氏と愛媛の高校で学友だったという。
1960年に大江氏は伊丹氏の妹と結婚したため、2人は義理の兄弟という間柄となった。

以下青字はWikipedia伊丹十三より。
俳優活動としては、『家族ゲーム』(1983年)、『細雪』(1983年)で、キネマ旬報賞助演男優賞、報知映画賞助演男優賞を受賞している。 この一方で、文化人達が伊丹の周辺に集まり、一種のサロンを形成している。コピーライターの糸井重里、自称「ゲージツ家」の篠原勝之、作家の村松友視などである。

篠原氏は昔、「たけしのTVタックル」という番組に出演しており、「クマさん」とも呼ばれていたお方。
たけしというのはそう、芸人であり映画監督であるビートたけしさん(北野武氏)。
伊丹十三没後10年の2007年に伊丹十三賞なる賞が設けられた。
第1回の受賞者は糸井重里氏。ほぼ日での伊丹特集
身内にあげただけのような気もするが、それ以降の面々もなかなか興味深い。どことなく左派傾向である。


以下青字はWikipedia大江健三郎より。
同1958年に、石原慎太郎、江藤淳、谷川俊太郎、寺山修司、浅利慶太、永六輔、黛敏郎、福田善之ら若手文化人らと「若い日本の会」を結成し、60年安保に反対。
1959年に武満徹氏と知り合って、翌年に伊丹氏の妹と結婚。
1995年に小説引退を発表したが、1996年の武満徹氏の告別式の弔辞において新作を捧げる発言(引退撤回)。
1999年の『宙返り』で執筆活動を再開した。テロを防ぐために「棄教」した教祖「師匠(パトロン)」による波乱と殺人の中での教団の再建を描いており、三人称の語りを導入するなど様々な意味での転換作となった。以降の創作活動は大江自身が「後期の仕事(レイト・ワーク)」と形容している。

大江健三郎氏も60年安保時代からの筋金入り左派である。
三島はダメだったのによくノーベル賞が取れたもんだなぁと思う人もいるかもしれないが、ノーベル賞は左寄りにバイアスがかかっていることはすでに述べた。
最近でも脱原発集会で大江健三郎氏と坂本龍一氏がマイクを握った
坂本氏の「たかが電気」発言が取り沙汰されたあの集会だ。


大江氏と親しかったらしい武満徹氏はオノ・ヨーコさんと関わりがあった。
こちらに書いたことがあるが、東大医学部卒の作家・安部公房、映画監督・勅使河原宏、音楽監督・武満徹、音楽担当・一柳慧(ヨーコさんの元夫)という映画を巡る仲間たち。
安倍公房が三島由紀夫氏の作品の翻訳も担当したドナルド・キーン氏と会った折には、勅使河原監督と通訳としてオノ・ヨーコさんが同行していた。



松本深志高校と都立大泉高校、+長野高校

伊丹十三賞の第5回受賞者の池上彰氏は長野県松本市生まれだそうだ。

下記青字は現在Wikipediaに記されている生い立ち。

1950年、長野県松本市に生まれ、東京都練馬区で育つ。子供の頃の愛読書は『クオレ』だった。小学生の時に、地方新聞記者の活躍を描いた『続地方記者』(1962年、朝日新聞社)と出会った事と、東京都立大泉高等学校在学中に、広島抗争に於いて暴力団と対決した中国新聞記者がモデルのドラマ『ある勇気の記録』(NETテレビ(現・テレビ朝日))を観たことがきっかけで、記者を志すようになる。慶應義塾大学経済学部へ進学後、当時は学園紛争の真っ只中であったが、自身が目の当たりにした紛争と、報道される内容とのギャップに違和感を覚え、正しい報道をすべく実家の購読誌でもあった朝日新聞社と、日本放送協会(NHK)への就職を希望した。しかし、「これからは、テレビの時代」と最終的に日本放送協会への入社を決める事となった。

少し前のWikipediaに書かれていた生い立ちは下記の通り。

1950年、長野県松本市で生まれ、東京都練馬区で育つ。クオレを愛読していた。小学生の頃に地方新聞記者の活躍を描いた『続地方記者』(1962年朝日新聞社刊、現在は絶版)と出会い、自らも地方の新聞記者を志す。また松本深志高等学校に入学、後に東京都立大泉高等学校へ転校し、その在学中に、広島抗争時に暴力団と対決した中国新聞記者をモデルとしたドラマ『ある勇気の記録』(NETテレビ(現・テレビ朝日))を観たことも、記者になるきっかけになったという。慶應義塾大学経済学部へ進学。大学在学中に学園紛争が最高潮に達していたが、自分が実際に見た学園紛争と報道される内容とに違和感を覚え、正しい報道をしようとマスコミの道に進むことを決意する。

大きく変わったのは出身高校について。
松本深志高等学校に入学、後に転校と書かれていたが、松本深志高校が削除された。
どうやらご本人がラジオにて「インターネットで松本深志高校出身と書かれているが違います」というような発言をしたらしい。
長野県松本市にいたのは3歳くらいまでだとか。
現在でもインターネットでは、都立大泉高校卒業の他に、松本深志高校から都立大泉高校へ転校したという記述と松本深志高校卒業という記述が見られる。
しかし高校時代の一時期は長野県にいたという発言を聞いたことがあるという人もいたり、知り合いが松本深志高校で同級生だったと言う人もあり。
池上彰氏のご祖父様が松本の人で姓も松本だという噂もある。(そうであるなら彰氏の父親が妻姓を名乗ったということになるが・・)
何が本当なのかよく分からない。

松本深志高校の卒業生には、作家から長野県知事になり、松本サリン事件の第一通報者で被害者の河野氏を県公安委員長に任命した田中康夫氏がいる。(河野氏とは後に仲違いする)
テレビ朝日の長寿ニュース番組だった「ニュースステーション」で初期にリポーターなどを務めていた若林正人氏も松本深志高校出身。(東大→東京銀行・現UFJ→脱サラしてニュースステーション)
にこやかに夜桜中継なんかしていたが、ニュースステーションの看板キャスターであった久米宏氏とは犬猿の仲だった模様。
でもギャラは多かったって

長野県の高校では松本深志高校と長野高校が優秀な学校として有名なのでこちらも紹介しておこう。
徳洲会マネー問題で先日都知事を辞職した猪瀬直樹氏や衆議院議員の田中秀征氏が長野高校出身のようだ。
エイベックス創業者の依田巽氏や、暴力団との関わりで芸能界を引退した島田紳助氏が司会をしていた「行列のできる法律相談所」に出演していた北村弁護士も長野高校出身。
上智大学の現学長も長野高校出身。


池上彰氏が卒業したという都立大泉高校出身者には、衆議院議員の亀井靜香氏がいる。
こちらは池上氏本人が「亀井さんの後輩になる」と語っている
それから元国際オリンピック委員会(IOC)副会長で現名誉委員の猪谷千春氏もそうらしい。
猪野氏は実家は群馬の赤城山で(本人も暮らしていたことがある)、AIGの創業者コーネリアス・バンダー・スターと深い関わりを持っていたことは、こちらに書いた

現在の東京電力の社長・西沢俊夫氏も長野県生まれで松本深志高校出身である。(京大→東電)
原発事故で引責辞任した清水社長の後を継いだ。
東日本大震災後しばらくの間、テレビからは企業CMが消えてACジャパンのCMが垂れ流されたが、西沢氏は常務取締役時代からACジャパンの理事を務めていた。不可解と言われても仕方ないであろう。
それはそうと、東電社長人事に関する日刊ゲンダイの記事中、経歴として高校名が出てくるのだが、そこには「1学年先輩にはジャーナリストの池上彰氏がいる」とある。








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by yumimi61 | 2013-12-28 01:11


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