2014年 02月 22日
器官135
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雑記

●太田市の市長は清水聖義氏。
アクリフーズで有名になったのは「正義」だが、こちらは「聖義」。「まさよし」と読む。
旧太田市から通算6期目。市長20年越えというから凄い。(天職の領域か!?)
こちらによれば市長になりたての頃には、TBSの「関口宏のサタデー」なんとかに出ズバって新進気鋭の市長を見せていたそうである。
TBSとはその頃から懇意だったのか。


●前エントリーの写真は、旧太田市と旧新田町の国境(市町堺)だったところで撮ったものである。
右側が新田、左側は太田となる。


●新市名の開票に立ち会ったのは区長会長とあったが、この場合の区とは行政区(住民自治組織)である。
合併後の太田市には16地区、199行政区が存在する
各行政区には区長がいる。そのトップが区長会長ということになる。
結構知らない人もいるかもしれないけれど、区長は全くのボランティアではない。
多少市から報酬が支払われている。


●新生「太田市」になる時、議員の定数や報酬についてのアンケートがあった。
アンケート用紙が一軒一軒配られた。
配布や回収は隣組長が行っていたが、行政区や地区で独自に行っていたアンケートだったのか、市全体のアンケートだったのか。
アンケート用紙の最後に「意見などをお願いします」とあった。
私は過去の様々な体験から「余計なことは言わない、関わらない」を信条にしているのだが、時々忘れてしまう時がある。
その時もうっかり「議員は兼業で専門的知識に乏しい場合もあるので重要なことを決定する時にはやや不安です」と書いてしまった。
でもアンケートは無記名だったと思う。


●先日近所の人が亡くなった。
元区長の奥様だった。
個人的なお付き合いがあるのか、区長(今は違うけど)と市長という間柄故か、区長会で役職だったのか、そのあたりの詳しいことは知らないけれども、お通夜には太田市の清水市長も参列されていたそうだ。
沼田市の現市長は一部市民の間で葬式市長と呼ばれている(葬式にばかり参列しているからだそう)。
そして現在、群馬県の市長会の会長は太田市の市長、副会長は沼田市の市長という「聖なる星」コンビである。


●市長のニセ温泉発言は旧新田町内にある新田温泉「ユーランド新田」(正式名称:新田総合福祉センター風呂棟)のことだったのではないかと書いたが、かつてその近くに「ホテルニッタプラザ」というホテルがあった。(ジョイフルホンダの近く)
市長は「ビジネスホテルの風呂が念頭にあった」と弁明したそうだが、やはりそのホテルのことだろうか。
ビジネスホテルでもあるが結婚式や披露宴も行っていた。
息子らが通った幼稚園の謝恩会はそのホテルで行われた。
その他、学校の役員の宴会やサッカーチームの打ち上げなどで私も何回か利用したことがあった。
(発熱していた次男を囲ったのはそのホテルではない)
このホテルは旧新田町にあった小暮建設という建設会社の関連会社だったのだと思う。
敷地内に会社の事務所かなんかがあったと記憶している。
異変を感じたのは2009年頃だったろうか。
最初は改築でもするんだろうかと思っていたが、だんだん怪しい気配になってきた。
これは後で知ったのだが、2008年に小暮建設が自己破産申請して事実上倒産していた。負債額は約13億円。旧新田町では最大手の建設会社だったらしい。
そして2012年、そこは「サービス付き高齢者住宅 ぐるっぺ絆」になった。
運営しているのは大泉町にある「社会福祉法人 同仁会」という法人である。
旧太田市内にも施設を持っていたり、太田市養護老人ホームを受託したりしている。
ホテルプラザニッタ跡の高齢者住宅の落成式には太田市の清水市長や笹川県議(現在は衆議院議員、笹川良一の孫)も出席したという


●太田市と太田国際交流協会は笹川平和財団と一緒に「外国人が支える地域経済のこれから」というシンポジウムをクアトロ・スタジオーニ マリエール太田という結婚式場で開催した。
笹川平和財団の問題性(パリ発の問題提起・A級戦犯について)。
笹川良一氏は聖路加国際病院とも関係が深かったと前にも書いたが、聖路加の日野原重明氏が設立したライフ・プランニング・センターに資金援助したのも笹川氏であった。
以後も日野原氏の求める事業には惜しみなく資金提供したという。


●2010年8月14日に桐生市出身の篠原涼子さんとご主人の市村正親さんが披露宴(食事会)を催したのは太田市にあるロイヤルチェスター太田。
太田市役所から600mくらい南の市内一等地にある。
メモリード(冠婚葬祭互助会)グループの結婚式場である。
出来たのは2003年。町の中に突如大きな城風の建物が作られて、最初はいったい何事かと思った。
もともとあの辺(407号と交差する323号沿い)にメモリードの貸衣装店があったような気はするけれど、その奥は何があったんだっけなぁ。
10年前のことを全く覚えていない。
高山村にある大理石ロックハート城を意識したわけでもないのだろうけれど、映画撮影などにも使用されたりしているらしい。
篠原さんのお父様は入院中ではあったものの披露宴には出席され、その3日後に亡くなられたそう(涙)。


●笹川良一(日本船舶振興会の会長だった)で桐生と言えば競艇である。桐生競艇。
近年はずっと競艇場は赤字運営が続いていており桐生市は撤退。しかし未だ「桐生」を名乗っている。
平成の大合併の折には、競艇事業を引き継ぐか否かが焦点になった。
桐生市主導の合併は「競艇事業を引き継がない」で、新田郡笠懸町主導の合併は「競艇事業を引き継ぐ」であった。
これで周辺町村は分裂し、飛び地合併で「桐生市」と「みどり市」になった。
それならばと思ったのかしれないが、「桐生市」と「太田市」の合併話もあった。
しかしこれも競艇事業問題がネックとなって実現しなかった。(ということはやはり太田市は競艇場閉鎖反対派ということか)


●かなり以前から太田市の市長や議員は反社会勢力と癒着しているという噂がある。
不動産取引に関与しているのではないか、公金を不正に使用しているのではないか、などなど。
ギャンブル、パチンコ、太田南一番街(なんと駅前の大通り)の風俗店など土地柄がそれらの信憑性を高めてしまう。
警察も癒着し積極的に関与しているのか、それとも手が付けられないのか知らないが、放置しているとか。
これでは、しがない市職員や市民ではどうすることも出来ないであろう。


●議員で思い出したけれど、昨日書いた新市名称決定論議の中でこんなことを言っていた人がいた。
「国際都市化する時代に、成田でタクシーに乗る際、太田と言うと来てくれるが、新田市では分からないだろう」
成田からタクシーに乗って行き先に「太田」と言う・・・・。驚いたのはこれ。
高速バスの間違いじゃないの?
それとも大田区?(それは羽田だろう?)
1人じゃないわよね、議員仲間みんなで乗るんでしょ?(費用の出所は同じじゃないか?)
会社は煩いわよ。電車やバスなど公共交通機関を利用しなさいと上司許可が下りなかったり、経理チェックが入ったりして。
出張の宿泊ホテルだって大抵上限が決まっているわよね?景気が悪くなると10,000円が7,000円になったりして。(日当出してるだろう?)
もういちど訊くけど成田からタクシーで太田?
最近は一人でも超格安な空港発着定額タクシーも出来たようだけれど、あれは2005年の話だったわよ。


●太田市の清水市長は1941年生まれ(現在72歳)。
1959年 群馬県立太田高校卒
1964年 慶應義塾大学商学部卒
どの経歴を見ても大学卒業から市議になるまでのことは書かれていない。その間15年。
1979年 太田市議会議員(1期)
1983年 群馬県議会議員(3期)
1995年  (旧)太田市長
2005年~ (新生)太田市長(通算6期目中) 
2005年~ ぐんま国際アカデミー理事長* 

* ぐんま国際アカデミー(GKA)
すべての教科を英語で授業するという小中高一貫校(英語教育特区- 国の構造改革特区の第1号)。
私立でありながら現職の市長が市内に設立した。
運営にも市長や市職員が直接的に関わり、太田市の公金が利用されるなど実質的には「市立」であるとの批判を受けた。
そうした批判の中、2007年にいったん理事長職を辞任した。
しかしほとぼりが冷めた2010年に何事もなかったかのように理事長に返り咲いている(現職)。


清水市長が議員になろうと思ったきっかけは、地元に戻ってきた時に先輩が国会議員をやっており、選挙をたまに手伝う中、自分のほうが相対的にレベルが高いし役に立てると思ったからだそうである。(インタビューより

先輩の国会議員という話で私がまず思い出したのは中島源太郎
中島飛行機(現:富士重工業)の創業者の息子(養子)(妾の子とも言われている)である。
慶應義塾大を卒業。映画プロデューサーから政治家に転身した。
当時の選挙区選出議員を見てみたが、「先輩」というのはやはり中島源太郎だろうか。
中島源太郎の息子に中島洋次郎(慶應義塾大学→NHK→父の後を継いで政治家)がいた。
政治に絡むお金の問題で逮捕され、2001年1月に自殺した
そのお金の問題には自衛隊や富士重工も関係している。
1990年代後半のことなので太田市の市長が清水市長になってからのことである。
富士重工業の新しい病院は大丈夫だろうか?

秘密法が施行されれば 愛すべき友の思い出も書けなくなる
可哀想な中島議員


●以前に清水市長の「慶応大学に行ってGKA(ぐんま国際アカデミー)を売り込んできた」というようなツイートを見たことがあるような気がするのだが、今はこれしか見つからなかった
小林前環境省次官の話がなぜ慶應大学に繋がるのかと言えば、元環境省次官の小林光氏は慶應義塾大学から環境省に入っていて、現在は慶應義塾大学大学院政策メディア・研究科の教授だからである。

清水市長は2012年12月に、慶應義塾大学湘南キャンパスの厳網林研究室(Wanglin Yan Seminar)に出向いている。
下記点線内は厳網林研究室公式ホームページ内にあった記事である。
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太田市長が厳網林研究室を見学:太田市との協同プロジェクト発足へ

2012年12月10日、群馬県太田市長 清水聖義氏御一行が慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに来校し、厳網林研究会にも来訪頂きました。

 今回清水市長が来校した目的は、慶應義塾大学院政策・メディア研究科と地域連携協定を結ぶ調印式を行うためでした。
 太田市における「エネルギーマネジメント」「スマートシティ」プロジェクトなどへ慶大同科が研究協力を行うことなどが決定され、厳網林研究室でも博士課程の小林知記を始めとしたメンバーがスマートシティプロジェクトへの協力を行っていくことになります。

 同日、調印式が終わった後、市長らは厳網林研究室(ζ観203号室)を来訪し、厳教授、OBの葉、学部生の上田、吉田、田口が研究室で現行している富士吉田市地域振興プロジェクトとスマートシティ事例研究についてプレゼンテーションを行いました。
 市長は上田らのプレゼンに対し「太田市でもできそうなプロジェクトで、面白いと思う。是非太田市でもWebGISを用いたサービスを考えてくれないか」とおっしゃるなど、熱心に耳を傾けて下さいました。

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この記事、昨日の夜はインターネットで閲覧できたのだけれど、今日は「このページは表示できません」と表示される。
アドレスは次の通り。
http://ecogis.sfc.keio.ac.jp/
http://ecogis.sfc.keio.ac.jp/ecolog2/843/
上記文章はキャッシュから転載した。
キャッシュだと写真が表示されない。
しかし昨日の夜には確かに研究室で楕円形のテーブルを囲む人達の写真を見ることができた。
メディア研究科だけあって察するものがあったのか、1日も経たないうちに何かが変更された。

2013年2月はこちら
慶應義塾大学経済学部教授でTBSとテレビ朝日でお馴染み(?)の金子勝氏と民主党政権で財務副大臣であった峰崎直樹氏と前橋で一緒にパネラー。
清水市長は2007年12月に民主党の鳩山由紀夫氏らと会談し、次期衆院選に民主党公認で群馬3区から出馬するよう打診され本人も意欲を見せていた。(しかし当時、清水市長は自民党太田支部長顧問であった)
結局なんだかんだ揉めて出馬は取りやめ。
その代わりに(?)出馬し初当選したのが笹川良一の孫である笹川博義氏(但し自民党)。
父親は群馬県第2区であったが息子は太田市が含まれる群馬3区からの出馬。清水市長押しだったらしい。
自民党も民主党も右翼も左翼もノーボーダーってところかな。
それとも現代は組織よりも個人の利益優先といったところだろうか。


●大学入試センター試験1日目の翌日の上毛新聞にこんな記事があった。
マララ本の紹介や「春よ来い」心霊写真をピックアップしたあの日の新聞である。
記事は県市町村振興協会がトップセミナーを開き、慶應義塾大学法学部の小林教授が秘密保護法や憲法改正について講演したというものであった。
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便利な時代であるからして早速小林節教授を調べてみた。
改憲論者としてテレビ朝日でお馴染みっぽい。
創価学会の池田大作氏を絶賛し、天ぷらをご馳走になった仲だとか。(天ぷらか!)(高級天ぷら?)
新宿生まれの新宿育ち。父親は日教組の創設に参画した活動家。都立新宿高校から慶應義塾大学法学部へ。
都立新宿高校といえばあの人も思い出す。活動家の顔を持つ音楽家・坂本龍一氏。「教授」と呼ばれることもあるがニックネームであって本物の教授ではない。
たしか都立新宿高校で学生運動に精を出していたはず。
同年代だろうかと見てみると、1949年3月生まれと1952年1月生まれだった。
高校(3年)であれば卒業入学入れ替になる年の差である。

群馬県市町村振興協会の理事長はこれまた太田市の清水市長であるが、前述した市長会とは別組織である。
市町村振興協会とは何か一口で言えば「宝くじ振興」(ギャンブルの胴元)である。
ギャンブル中のギャンブルである宝くじの胴元は地方自治体であるということはこちらに書いた
第一勧銀→みずほ銀行が取扱い、ギャンブルだけあって闇勢力とも関係が深いことも書いた。
宝くじの驚きテラ銭率とギャンブラー
年金もギャンブルですっちゃった!?
市町村振興ジャンボは「サマージャンボ」と「オータムジャンボ」である。(種類と発売元
庶民に夢をチラつかせ、なけなしの金を吸い上げるシステムである。(塵も積もれば山となる)

群馬県市町村振興協会は2010年から公益財団法人に移行している。
公益法人になるとどんないいことがあるかというと、法人税が非課税になり、みなし寄附金制度があること。
税金を頼りに生きている人達が非課税に喜ぶって何か間違えていない?
「公」の顔をして実は「反社会」なのでは?


オータムジャンボ宝くじの収益金は全額、配分基準に基づいて市町村に交付されているという。
しかし群馬県市町村振興協会は2008年2月に群馬大学重粒子線治療装置設置への財政支援として9億6500万円も出している。
およそ10億、10億!!!!!!!!!!
ちなみに、阪神・淡路大震災(1995年)への見舞金には5000万円。
館林市竜巻被害(2009年)への見舞金には100万円。
東日本大震災(2011年)による被災市町村への見舞金は総額1300万円。(100万円×13市町村)
30年の間の主だった寄付はこの4件しかないみたい。
しかし収益金全額を市町村に分配したはずなのに、10億円も大学に出せるっていったいどういうこと?

サマージャンボ宝くじの収益金は市町村に分配してこなかったのか。
よく読むと「群馬県市町村振興協会の設立」の項にこんな記述があった。(設立は1979年で、サマージャンボ開始が1980年、オータムジャンボは2001年より)
収益金は、当面、協会において基金として積み立て運用することとし、 運用方法は、災害時における市町村の緊急融資事業及び災害防止対策事業並びに緊急に整備を要する施設等整備事業に対し資金貸付事業を行うこととなりました。
やはりここも基金で運用である。
運用方法は貸付とあるが、大学への財政支援や見舞金は貸付事業の一環ということなんだろうか?
それとも投資益からの寄付なんだろうか?
間に何かを入れれば入れるほど資金洗浄(マネーロンダリング)臭くなることは免れない。

群馬大学は国立大学であるが、国立大学はすべて2004年に国立大学法人に移行した。
以前こちらにこのように書いた
国から資金援助が受けられなくなるため、大学運営や大学独自の研究を継続させるためには大学自ら資金調達をする必要が出てきたのである。
そのため国立とは名ばかりで実態が私立化していくことが懸念されている。
また現存する他の法人例からしても天下り先になる可能性がある。

これは研究者を誰かが丸抱えする可能性がある、ということでもある。
国立大学法人での研究と言ってもバックに付いているのは外国の投資家かもしれないし、国立大学法人と言っても実質的には私物化も可能になる。金が物を言う世界。


●2007年4月に群馬大学工学部生産システム工学科が太田市に開校した。
今まで群馬大学というのは教育学部(荒牧キャンパス)と医学部(昭和キャンパス)が前橋市にあり、工学部は桐生市にあった。
工学部は桐生高等染織学校を発祥としていて由緒ある教育機関なのだそう。
その工学部の新設学科「生産システム工学科」のキャンパスを太田市が誘致したということらしい
平成の大合併が上手くいかなったかった恨みか、桐生市が競艇事業から撤退した腹いせか、桐生には負けられないという意地なのか。
それとも「金はたんまり出しますよ」という丸抱え構想なのか。
2007年2月19日、群馬大学と太田市の間で「相互友好協力に関する包括協定」が調印され、協力連携を深めている。
清水市長のご機嫌を損ねると、群馬大学への入学(合格)も怪しくなるという見解でよろしいでしょうか?
2013年、群馬大学工学部は理工学部へと改称した。
群馬大学も誰かの息がかかってしまったのかもしれない。
清水市長―山本一太議員-国連というラインだろうか?








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by yumimi61 | 2014-02-22 23:27


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