2016年 12月 08日
則子は、今
誰やねん?
順子?


機械か人か

昨今はDNA型鑑定が犯罪捜査に多用されているような印象だが、本当はDNA型が一致したからといって有罪を証明したことにはならないし、逆に一致しないからといって無罪を証明するわけでもない。
「血液型は同じだな」というように絞り込みの参考になる程度。
そして、DNA型の判定は血液型を判定するより遥かに難しいものである。
DNAに頼り切った捜査はとても危うい。

DNA型鑑定は分析用試薬キットと分析機器を使用し、解析ソフトが反復回数を弾き出してくれる。
これに人が分析を加えるわけである。
核種分析のところでこのように書いた。
分析というだけあって全てオートで機械任せともいかない。
「セシウム137が出ました」とお知らせしてくれる測定器なんかない。(あったらあまりあてにならないと思え!?)
それだけの感度や精度やオールマイティさを持つ簡易測定器(検出器)などないのである。
高価な検出器と測定用モジュール一式揃えると、数百万~一千万越えにもなるそうだ。
「この食品にセシウムが含まれているか調べるために買っちゃおうかなぁ」という気軽さはない。
さらに言えば宝(?)の持ち腐れにならないように正しい分析を行える人材が必要である。


核種の場合は「セシウム137が出ました」とお知らせしてくれる測定器はない。
知りたい「核種名」を教えてはくれない。
高価な検出器でも同様である。
最終的には出力されたエネルギー値を分析者が持っている様々な知識や状況とを照らし合わせて核種を判断する。
DNAの場合、「個人名」こそ教えてくれないが、知りたい「反復回数」を教えてくれる。(データベースを作れば個人名を教えてくれることも可能になるはず)
人が見て判断したのではなく、機器が読み取り解析ソフトが数字まで出してくれるのだから、非常に公平で客観的である。
別人が同じ回数になることはないと言うならば、型になど当てはめる必要はなく、数字を比較(一致・不一致)すればいいと思うがそうではない。
数字を中心にやはり分析するという。最後は人頼み!?


前記事でDNA断片長の長さを調べる方法の新旧を比べたが、DNAの抽出精度は旧方法のほうがずっと高い。
(旧方法)
1.生きた細胞の採取
2.細胞の培養(数日)
3.比較的高品質なDNAの抽出
4.DNAの切断
5.電気泳動
6.ブロッティング
7.放射性同位元素等でラベルしたプローブのハイブリダイズ
8.X線フィルムへの感光・現像


(新方法)
1.比較的粗雑なDNAの採取
2.PCR(2時間程度)
3.DNAの切断
4.電気泳動
5.紫外線によるDNAの可視化


旧方法では時間と手間がかかる。
それだけ人の知識や技術が加えられているということで、鑑定(検査)をする人の能力や技術差が大きくなってしまう。個人差が出やすい。
例えば同じ手術でも出来る病院と出来ない病院がある。出来る医師と出来ない医師がある。ミスの多い少ないがある。そのようなこと。
スペシャリスト中のスペシャリストだけが行えばいいではないかと思うかもしれないが、需要が増えればそうも言ってられなくなるし、人材を育成する過程においては中途半端な時期は避けられない。
また限られた人しか出来ないということは科学的にも問題がある。
その限られた人が行ったことについての証明や反証が出来なくなってしまうからである。神や奇跡には手も足も出ない。
「小保方さんや若山教授しか知らないコツやレシピがあって、だから私達だけは出来る」というのではスタンダードにはならない。誰にでも出来る必要があるのだ。



バイオロボットいろいろ

人が見て判断したのではなく、機器が読み取り解析ソフトが数字まで出してくれるのだから、非常に公平で客観的である。と書いたばかりだが、その機器自体にも差がある。
また機器を作っているのは結局人間であるし、設定や操作をするのも人間。
そうとなれば使っている機器もまちまちで、操作している人もまちまちということになるが、同じ機器で同じものを測定しても設定や操作が変われば結果は容易に変わってしまう。
さらに言えば機器には不具合や故障も付き物。
操作する人が機器の原理や仕組みを分かっていればいいが、そうでないことも多々あるだろうから、機器を鵜呑みにし絶対的信頼を寄せる。次第に機器が覆らない神のような存在になってしまう。
この世に100%なんて滅多に存在しないのに(人の死は例外なき100%)、容易に100%を受け入れてしまう。

簡単な仕組みの機器よりも複雑で多機能で高価なものほど設定や操作も煩雑で難しい。
皮肉なことに、最新鋭高機能な機器は、「誰にでも簡単に扱え公平で客観的」からどんどん離れていってしまうことになる。

微量分注、PCR、電気泳動、染色、撮影、これらを全て自動でやってくれる全自動ロボットがある。
(ロボットと言ったって手足や目や口が付いていて「御用件はなんでしょう?」とか言ってくるわけではない)
バイオテクノロジー(生物工学・遺伝子工学)のロボットということでバイオロボットと呼ばれる。

ところが最近のロボット研究では、機械ではなく生体組織を使用してのそれらしいロボットを作ろうとしているらしく、それをバイオロボットと呼んでいる。要するに生体ロボットという意味。
でも生体組織というのは細胞からなるわけで・・・外界に出た細胞や組織は死んでしまうわけで・・・。
ということは培養しながらロボット!?

チェルノブイリ原発事故の時のバイオロボットは人間そのもののこと。
機械のロボットが役に立たなかったので、ソビエト軍予備役の兵士らをバイオロボット部隊として投入したらしい。


問答無用

限られた人や物しか出来ない。こういう状態は神や奇跡というものに近くなっていく。
間違うはずがない、失敗するわけがない、絶対的に信用できる素晴らしいもの、そのようなマインドコントロールに陥る。洗脳状態となっているが、そうとは露ほども思っていないだろう。
絶対に正しい、正しいから従うべき、コンプライアンスもこれに似ている。
だから正しいことに従っていたはずなのに簡単に変形してしまう(正しくなくなってしまう)のだ。

例えば心理テストや精神鑑定を行う。
判定された内容に本人なり関係者が不服だったとする。
しかしテストや鑑定に対する反証方法が存在しない。
「絶対に違います。合っていません。その判定は間違えています」そう主張したところで、権威ある鑑定者に「鑑定において出た結果だからこちらが正しい。本人は関係者というものは本当の気持ちが分からないものです」と言われればそれでおしまい。
密室的で非科学的。

人の「心(気持ち)」は見えないだけにどうにでもなってしまう危うさがつきまとう。
例えば嘘や演技をする人がいる。鑑定者がそれを見抜ける場合と見抜けない場合があるだろう。
心理テストのようなものは回答だって結構いい加減なものであるが(嘘が標準だったりするかもしれない)、ペーパーだけからは嘘は見抜けない。
鑑定ともなれば1つの検査だけではなく幾つかの検査を行い、検査だけでなくその他の状況も鑑みて総合的に判断したということになるのだろうが、何かがあることを証明する(あるいは、でっちあげる)ことよりも、それがないことを証明することのほうが遥かに難しい。最初から公平さに欠けているものなのだ。
そこにマインドコントロールやコンプライアンスも混じり合っているので、なかなか覆らない。

ないことを証明するのは、俗にいう悪魔の証明。
DNA型が一致したからといって有罪を証明したことにはならないし、逆に一致しないからといって無罪を証明するわけでもない。
2つを並べて語ったが、現代科学においては、「DNA型が一致したから犯人」を証明するよりも、「DNA型が一致しないから犯人ではない」を証明することのほうがずっと難しいだろう。
科学というからには証明や反証ができるものであるべきだと思うが、現代科学は証明や反証ができないものになりつつある。










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by yumimi61 | 2016-12-08 15:06


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