2017年 01月 05日
ずっと
下記はこのブログの2011年6月10日の記事より

公害病や血液製剤によるエイズや肝炎のように、
安全だと思われていたものが、後で覆されるということがあります。
今では当たり前のことでも、その時点ではよく分からなかったということもあるでしょう。
公表の遅れが被害を拡大させた事例もあるかもしれません。

そういう犠牲のもとに確立された「安全」もあるのです。

私の妹の下の子は障害を持っています。
1歳になる前に、インフルエンザ脳症に罹患したのです。
インフルエンザ脳症の発症のメカニズムは今でもよく分かっていません。

妹の子供は高熱を出したため、妹が近所のかかりつけの医院に連れて行ったそうです。
その医院で、解熱剤としてボルタレンの座薬が処方され、妹はそれを子供に使ったのです。
けいれんなどが見られた為、再度受診し、総合病院へ移送されましたが、重症化は避けられませんでした。
一時は生死を彷徨ったほどです。
幸い命はとりとめましたが、障害を残しました。

当時は、インフルエンザ脳症についても、ジクロフェナクナトリウム製剤(ボルタレン)との関わりについても分かっていなかったのです。
これが平成11年(1999年)の状況。
こういった情報が出されたのが、平成12年(2000年)

妹の下の子は、うちの長男と同じ、平成7年(1995年)生まれ。その年に発症。
100年も200年も前の話ではありません。
今では当たり前のことでも、わずか数年前には分かっていないことがあったのです。


下線部には製薬会社(NOVARTIS・ノバルティス)ホームページでの注意勧告をリンクしたが現在はリンク切れになっている。
現在と書いたが、2012年にはすでにリンク切れとなっており、そのことについても記事(2012年9月8日・習性)にした。


現在はインフルエンザにボルタレンを使うことは禁忌となっている。
インフルエンザ ボルタレン で検索すれば注意喚起する記事が幾つも出てくるが、当時はまだそういった認識がなかったのである。
インフルエンザの解熱にボルタレンは危険!使用禁忌の成分と理由は?
インフルエンザにボルタレンは禁忌!座薬タイプも危険!
ボルタレンをインフルエンザ時に使用してはいけない理由

インフルエンザと解熱剤の深い関係
インフルエンザ罹患から48時間以内であれば「タミフル」や「リレンザ」といった医薬品によってある程度の治療が可能なのですが、それ以外にはほとんど効果がありません。
ただし、対処療法的に効果があるものがあります。それが「解熱剤」なのです。

ところが、インフルエンザ時には解熱剤の利用には慎重にならなくてはいけません。通常は生理痛や頭痛などにも使われるような解熱鎮痛薬であっても、インフルエンザ時に投与すると「急性脳症」といわれる重篤な症状をひきおこすことがあるのです。
そして、ボルタレンはそのなかでも最もインフルエンザ時に使用してはいけないタイプの薬品なのです。

ボルタレンは通常、関節リウマチ、変形性関節症、腰痛症、手術後・抜歯後などの鎮痛・消炎や急性上気道炎の鎮痛、解熱などに使われ、風邪などに処方されることはそれほど多くありません。効果の強い薬の一つで、ごくごくまれにインフルエンザ等で高熱がでている時に処方されてしまうこともあるそうですが、絶対に飲んではいけません。

というのも、インフルエンザにおいて飲んではいけないことが「2000年11月、「平成12年度厚生科学研究インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学および病態に関する研究班(厚生省インフルエンザ脳炎・脳症研究班)1999/2000年シーズンにおけるインフルエンザ脳炎・脳症二次調査」という現厚生労働省の文書でも記されています。ここでは大人もボルタレンを飲んではいけないことが明確に指示されていますので、注意が必要です。

特に小児期への投与は厳禁
ボルタレンはインフルエンザ脳症を引き起こす可能性があることは広く知られていますが、他に「ライ症候群」などといった意識障害を引き起こす可能性があることも知られています。
インフルエンザ脳症や、ライ症候群は小児期に起こりやすく、特に1,2歳での発症が目立ちますが、15歳未満まで発症のリスクがあります。
インフルエンザ脳症などを引き起こす原因も実はよくわかってはいませんが、有るタイプの解熱鎮痛薬との関係が強く指摘されています。インフルエンザ脳症の罹患数は少なく、誤診されてしまうこともあります。



姪っ子の障害は、療育手帳で程度が「A」とされる知的障害である。重度障害者にあたる。
まず言葉が出ない、会話は不可能。文字の読み書きも出来ない。
排泄など日常生活にも促しや介助が必要。だから大きくなってもオムツは外せなかった。自ら考えて何かをするということは出来ない。
でも聞くことはできるので言えば分かることもある。「これをしよう」とか「これしてね」とか言えば出来ることもある。ただし加減がなかなか効かない。
感情は豊かで嬉しい時や楽しい時には笑うし、悲しいことがあればポロポロ涙をこぼして泣く。
自分のほっぺを人差し指でつんつんとする時は美味しいの合図。
人見知りがちだが祖父母にはとてもよく懐いていてた。温泉が大好きだった。
身体障害の程度は軽く、足と手が少し動かしにくい程度。車椅子などは必要としないで自分で動くことは出来た。
幼い時はぐずぐずしたり癇癪起こすことが普通の子よりも多く妹は大変だったと思う。
外出した時にぐずぐずしてしまっていたら、近くにいた知らない人が「親なら子供をなんとかしなさい」と注意されたそうで、妹は憤り悲しんでいた。
手や足が無かったり車椅子にでも乗っていれば一目で障害者と分かるのかもしれないが、そうではないので障害による難しさだということが分からなかったのだろうと思う。
ディズニーランドに行っても午前中のうちには帰ってきたと言っていた。
しかし小中高と養護学校に通い、季節季節の行事や旅行なども経験した。
18歳で養護学校の高等部を卒業後は施設に通っていた。

その姪っ子が昨年亡くなってしまった。
うちの長男と同じで平成7年(1995年)生まれ。長男は4月生まれで、姪は6月10日生まれ。
昨年21歳になる誕生日の前の夜、20歳最後の夜に急逝した。
その詳細についてはここに書くつもりはない。

あの事件が起きたのはそれからおよそ2か月後のことだった。








 

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by yumimi61 | 2017-01-05 12:53


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