2017年 03月 30日
父の病㉖
前回、脳細胞(神経細胞)と脳細胞(神経細胞)を繋いでいる神経線維について触れた。
加齢によって脳細胞を減少するが、神経線維は増える。
神経線維が増えると、有機体のように多くの細胞を密に繋ぎ、互いに影響を及ぼし合うことが出来るようになる。
知恵を生み、臨機応変に物事に対応できるようになったり総合的な判断力に優れるようになる。
脳細胞の減少を補うことも可能である。

ネットワーク化が人間一人一人の生きる力になっていくことは間違いない。
但し視点を変えて社会や歴史という観点から見るとこれも諸刃の剣である。

インプットされなかった事柄については当然アウトプットも出来ません。
但しインプットは自身の体験でなくとも、書物やメディアや他人から得た情報を自身の体験としてインプットしてしまうこともあります。
例えば恐怖の体験をインプットしても、その時の空の様子はインプットしていない。(恐怖の体験は空の様子よりも個の生命維持に関係しているため記憶として勝る)
しかしながら後から得た情報をその時に自分が見た空と誤ってインプットしてしまうことがあるということになります。
あるいは別々の情報(記憶)を誤って繋げてアウトプットしているか。


ネットワーク化は事実や証言の妨げになることがある。
他から得た情報を悪意や悪気なく事実(この時のこの体験)と思い込んでしまうことがあるからだ。
また「この情報は今のこの体験に相応しい」と誤って繋げてしまうことがある。こうした際には、取り違え、読み違え、勘違い、誤認など判断ミスが起こる。
回線が込み合ってくると混線したり回線を間違うことがあるということ。
沢山回線があるのにいつも同じ回線しか使わないということもある。
太いよく使う回線が何時も「最適」とは限らない。
SNSのデマの拡散が度々問題視されるが、ああいう誤った情報がリンクされている状態は個人の脳の中でも起こっている。
それが個人の中だけに留まっているうちはまだよいが、外に発信され拡散されるような場合には、やはり社会や歴史に悪影響を及ぼしかねない。


「記憶にございません」「覚えていません」「忘れました」と覚えているのに嘘をつく人ももちろんいるだろう。
そういう嘘は許せないという気持ちは分かる。
しかし現実的な問題として人の記憶はそれほど万全なものではない。
詳細を記憶していて当然という前提のもと、記憶にないことを攻撃する社会はとても恐ろしいとも思う。
(記憶が万全ならば皆さんテストで100点取れるはずですよ)
明確に記憶を語るほうが実は嘘だったり誤りだったりすることもある。
(記憶になくてもとりあえず答案用紙を埋めることはできますよね?)
記憶にないことが病気とも言い切れない。
(失書でなくとも、薔薇という字が読めるが書けなかったりすることはありますよね?)


万全ではないところに持ってきて、腦に病変があれば記憶障害が起こることがある。
加齢による脳細胞の減少によっても記憶力は劣っていく。
神経線維の増加による混乱(混線)も無きにしも非ず。

病変や加齢とは関係なく起こるものにはストレス性記憶障害もある。
愛する者の死、虐待やドメスティックバイオレンス(DV)、事件や事故、災害など強く激しいショックやストレスを受けた場合に、記憶が欠落してしまうことがある。

思い出すことに精神的な葛藤があり、無意識に記憶をシャットアウトしている状態。
元々インプットしていない状態とは違う。
生命維持に強く関係することや激しい感情を伴った出来事で記憶はインプットされていて存在している。しかしそれを引き出してくることが出来ないので「記憶がない」ということになる。
防御反応の1種であるが、起こしやすい性格や環境があるとされている。
非陳述記憶(非宣言的、潜在的)が失われることは少ないので日常生活動作には支障がない。
また新しく記憶することにも問題がない。
記憶の欠落の仕方には幾種類かある。
  ・局在性健忘―限られた期間の出来事を一切思い出せない
  ・局在性選択的健忘―限られた期間の限られた出来事を思い出せない
  ・全般性健忘―これまでの人生の全ての記憶を失っている
  ・持続性健忘―ある時期以降の人生の記憶を失っている
  ・系統的健忘―特定の人物などある範疇に対する記憶だけを失っている
多いのは局在性健忘と局在性選択的健忘。
短期記憶障害に該当するものもあれば、長期記憶障害に該当するものもある。
(短期記憶にはインプットされたはずの最近の出来事が思い出せないと言う場合、自身の中で繰り返し思い出すということがないことや十分な睡眠をとれないなどの理由から側頭葉にコピーされず長期記憶に移行しないことが考えられる。長期記憶にコピーされない短期記憶は時期が来れば必然的に消えてしまう)

こうしたものの他に解離性同一性障害(多重人格)などもある。
これも大きく分ければストレス性記憶障害の範疇になるが、複数の人格が存在していて本来の自分以外の人格が現れている時の記憶は残っていない。


愛する者の死、虐待やドメスティックバイオレンス(DV)、事件や事故、災害など強く激しいショックやストレスを受けた場合に記憶が欠落してしまうことがある一方、記憶に振り回されてしまうこともある。
トラウマやフラッシュバック、心的外傷、PTSDなどといった言葉を聞いたことがあると思うが、これらは記憶に囚われ振り回されてしまっている状態である。
愛する者の死、虐待やドメスティックバイオレンス(DV)、事件や事故、災害などによって心が傷ついてしまったことを心的外傷という。
「外傷」というのは進行形で悪化していく病変とは違い、致命傷でなければ感染でも起きない限りだんだん悪くなっていくということは通常なく、次第に傷は癒えて回復するものである。
数字で表せば、外傷は10→1であるが、進行性の病気は1→10へと次第に進んでいく。

心的外傷の場合、特定の症状を呈し苦痛が持続することがある。
心的外傷を受けてから数日から1ヶ月ほど症状や苦痛が続けば急性ストレス障害と診断される。
若干回復に時間がかかってしまい短期的には重症だが予後は決して悪くない。自然治癒が望める。
1ヶ月以上続いていくようならば心的外傷後ストレス障害(PTSD)ということになる。
急性ストレス障害と心的外傷後ストレス障害(PTSD)の主な症状は次の通り。

・追体験(フラッシュバック)
 心的外傷の原因となった出来事を繰り返しはっきりと思い出したり、夢に見てうなされる。
・回避や麻痺
 心的外傷の原因となった出来事に関連する事柄を避けようとする傾向が顕著になる。
 感情が委縮し無表情になったり、希望や関心がなくなり意欲を失くす。
・覚醒
 神経が高ぶった状態が続き不安定で、不眠や不安などが強く現れる。

心的外傷は、普通の外傷と違って目に見えるものではない。
心的外傷には何らかの出来事に対する記憶が関係しているわけだが、記憶であるがゆえに必ずしも本人が体験したものとは限らないことに留意する必要がある。
3つの記憶パターン
 1.重大な出来事が記憶される。
 2.それほど重大でなかったが事後的に記憶が再構成される。 
 3.もともとなかった出来事が、あたかもあったかのように出来事の記憶となる。



PTSDを発症した人の半数以上がうつ病や不安障害などを合併している、
またしばしばアルコール依存症や薬物依存症といった嗜癖行動も抱えている。これは苦痛などからの回避行動、無自覚なまま施していた自己治療的な試みであると考えられている。
上記のような健忘が問題になることもあるが、忘れてしまうことも治癒に繋がる。
以前アメリカの医療ドラマ『ER』で医学生が精神分裂病(統合失調症)の患者に刺されるというシーンがあったということを書いたことがあるが、医学生はその後一時期薬物依存に陥ってしまうのである。


記憶というのは非常に厄介で映像や音声を記憶することもあれば、言語にして記憶することもある。
例えば、津波が押し寄せる映像を記憶する、逃げ惑う人々の姿と声を記憶する、2011年3月11日高い津波が襲ってきて私は津波に呑みこまれながらもなんとか助かったが非常に怖かったなどと言語的に記憶することもある。その他にも様々な記憶要素がある。
従って追体験(フラッシュバック)は、映像や音声や言語のみ、あるいはその複合とは限らず、怖かったという感情、冷たさ、痛さ、特有の匂いなどが無意識に突然襲ってくるというような場合もある。
また言語能力を有していない乳幼児などの場合には、出来事を言語化して記憶に残しておくことは出来ない。
他の記憶(映像や音声、感情や冷たさや痛さなど)も特に残らず出来事自体を記憶できなければそれで良いのだが、言語以外の記憶が残されている場合には追体験(フラッシュバック)に繋がることがある。
言語的記憶ではないので本人も「あの出来事の記憶」と意識できずに苦しむこともある。
また元が言語的記憶ではないことから言語を獲得してからも再構成が難しく、いつまでも鮮明な記憶として残りがちである。
原記憶よりも鮮明さは増す傾向が強いとも言われている。








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by yumimi61 | 2017-03-30 11:58


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