2017年 08月 06日
ブログについて
私が使用しているエキサイトブログは数年前に記事投稿や編集をする管理画面が新画面に移行した。
その時私も新管理画面を試してみたがとにかく使いにくかったので、すぐに旧管理画面に戻して、以降ずっと旧管理画面を使用していた。
「サポートを終了しているので新管理画面に移行してください」という表示は毎回出るものの新旧どちらでも使用できる状態が数年続いていた。

ところが先日変更していないのに新管理画面になっていた。
調べると旧管理画面は強制終了、完全に取扱いを止めたようだった。
それなら仕方ないので新管理画面を使うしかない。


新管理画面は通常編集とHTML編集とがクリック一つで切り替えられるようになっている。
せっかくの新管理画面なのだから通常編集というのを使ってみた。
これは投稿編集画面がすでにプレビュー状態となっていて、改行やリンクや文字色や大きさなどが編集画面に反映されてくるので確認しながら編集できる。便利と言えば便利。
何より凄いと思ったのは、その画面を使って他のホームページなどをコピーペーストすると、一瞬で複製できること。
文字だけでなく、自分でいちいち設定しなくても文字色にアンダーライン、写真やリンク、何から何までそっくりにコピーしてくれる。
HTMLソースを表示させて確認する必要も全くない。
ただし、このリンクは要らないとか、この装飾は要らないといった応用(変更)は効かない。そっくりそのまま瓜二つが基本(とはいっても文字を消すことなどできる)。
凄いと思ったのと同時にある種の戦慄が走った。
無料配布やリンクフリーであっても直リンは禁止、直リンクはマナー違反、一旦自分の所に取りこめなどと言っていた時代が懐かしい。 


私はワードやメモ帳にちょこちょこ書いて保存し、それをブログ投稿画面にコピペするということも多用するが、これに関しては全くダメだった。
文字サイズや行間隔がまちまちとなってしまい、今までのようにいかない。
こちらが意図した状態にならない。書式の引継ぎが出来ないようである。
そうならばと途中でHTML編集に切り替えた。
そうすると今度は指示していないタグが自動で入りこみ、これまた意図しない状態となってしまう。
最初から自分で入力したHTMLタグではないので見づらくて、さらに想定外の動きをするため、いじればいじるほど訳が分からなくなってくる。
コンピューターが人間に歯向かって暴走するのではないかなどという懸念が時々語られるが、コンピューターは今だって暴走する(指示以外のことをする)。
ワードからのコピペ、通常編集とHTML編集の切り替えをしていて、私は本当にそう感じた。


旧管理画面はHTML編集に近かった。
かつてホームページはHTML編集できなければ作れなかった。
IBMのホームページビルダーが登場して誰にでも作れるようになったが、それでも凝ったり様々なことをするにはHTMLが理解できていないと不可能だった。
ブログはHTMLを知らなくても投稿できる画期的なものであった。
それで爆発的に広がった。
エキサイトブログの旧画面編集は基本的なことは向こう側で勝手に設定してくれて(改行など基本操作のHTMLタグは表示されてこない形式)、文字サイズや文字色、装飾などはボタンを選んで押せば変えられるようになっていた。 
変えたものについてはHTMLタグが編集画面に表示される。
選ぶボタンの無いことをしたい時には、自分でHTMLタグを入れれば、それが反映されてきた。
新管理画面も最初からHTML編集にすればワードコピペなども問題なく出来るみたいだが、今度は基本的操作も勝手にはしてくれないので、改行や段落なども自分でHTML入力しなければならない。 
Enterを押すだけで改行できた旧管理画面に比べるとやはり面倒である。


プログラミング教育に力を入れるとか今頃言っているけれども、社会や時代はプログラミングから離れることを選んできた。
広く普及していくかと思ったことが普及せずに消えていって、コンピュータープログラミングが特別な人が出来る特別なことになってしまった。
確かに覚えることも作業することも手間暇かかる。
既存のSNSを便利だと躊躇なく受け入れ、慣れ親しんだ言語すら短文化が進み、文章が長いというだけで「長すぎる」「長くて何言っているのか分からない」というコメントが入る時代にコンピュータープログラミングを広く教える必要がどこにあるのか?普及するとも思えない。


もうひとつ常々感じている不思議は働き方改革とかいうやつ。
働き方改革なんて何十年も前にフレックス勤務として導入されたではないか。
始業や終業が一斉ではなく働く時間を選べるなんてちっとも新しいことではない。
ある程度の勤務年数を重ねた人は長い休暇を自分の好きな時に取得できるというような制度も何十年も前から実施している会社は実施している。
フレックスがそれほど社会に普及しなかったということなんだろうか?
もっともフレックス勤務は工場のライン作業者などには適さない。
一斉に始まり一斉に終わる必要がある。
個人で行えばよい仕事でない場合には、個人の好きな時間は選択できない。
学校の教師とか病院の医師だってそうだろう。
交代制にすればそれだけ頭数が必要になって人件費がかさむので、日勤のみなのに交代制というのは現実的ではない。
また工場などの場合、ラインを動かしたり止めるという判断は、様々な管理においてとても重要な判断となる。
同じく完全に工場を停止するのかどうかといった判断も。
ラインや工場は動かし続けて人だけ交代で休んでもらうのか、部分的に動かすのか、それとも完全に停止して一斉に休みに入るのか、それとこれとでは大きな違いがある。

働き方改革なんて言って誤魔化していないで、供給過多だからもう物は作らない、サービスもそんなにいらない、みんな働かなくていいよ、そのかわりお給料は減らさせて、はっきりとそう言えばいいのに。






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by yumimi61 | 2017-08-06 15:14


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