2017年 09月 21日
日本国憲法の秘密-563- (加計学園問題について)
愛媛県今治市が学園都市構想を決定したのは1975年で、中心となるべく大学の建設予定地を造成したのは1983年。
国は1976年に「私立学校振興助成法」を施行し、1991年には大学設置基準をも緩和した。
これによって1991年以降私立大学の新設が相次いだ。(18歳人口は1992年がピークで以後減少)
なかでも看護系を筆頭とした医療系の大学が増加し、都市部に限らず地方にも新設が進んだ。
しかし今治市に新設あるいは移転する大学はなかった。
2001年に小泉内閣が誕生し、「聖域なき構造改革」を打ち上げる。
2002年には大都市圏における大学新設の制限を撤廃したため、大学の都市回帰が始まった。
今治市の大学建設予定がますます窮地に陥ることは火を見るより明らか。

2002年12月、小泉内閣は構造改革特別区域法を制定。
構造改革特別区とは、従来法規制等の関係で事業化が不可能な事業を特別に行うことが可能になる地域のこと。
言うなれば法規の逸脱を法規が認めるものである。
その最たるものは1条に天皇を掲げた日本国憲法であり皇室典範であろう。

憲法14条
1.すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2.華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3.栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。


天皇制や皇族に対する態度は憲法14条に沿うものではない。本来憲法違反。
憲法違反を逃れるために憲法1条2条に天皇に関する記述を置いている。

憲法1条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
憲法2条
皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。


第1条はなかなか凄い。
最高裁判所裁判官国民審査のように天皇の国民審査が、あるいは大統領のように天皇を決める選挙が一度でもあったかと言えばない。
「日本国民の総意に基く」という文言は、審査や選挙という日本国民の意思によって決めると言っているのではなく、勝手に日本国民の総意と決めて国民に押し付けるものである。
第2条は第14条の例外を定めたものである。
同じ憲法内にある決まりなので本来は効力は同じである。どちらが上とか下とかないはず。でもそれでは矛盾してしまう。平等と天皇、どちらもが憲法に規定されていることなので、例えば両者が争うような場合には最高裁まで行ってもどちらが正しいと裁くことはできない。憲法上は「天皇や皇室が差別されること」も「何人たりとも差別されないこと」もどちらも正しいのだ。
その状態を逃れようと思えば、憲法の優先順位は数字の若い方が上とするしかない。(14条よりも1条2条のほうが格上で優先されるということ)

極端なことを言えば、法規の例外を認めるということは、法規が犯罪と認めているものを、他の法規が「あなたは特別に犯罪者にならなくていいですよ」と定めていて、そちらが適用されるということである。
天皇や皇室の例外を認めるのは他の法規ではなく同じ憲法内である。そしてその憲法を最高法規と同じ憲法内で定めている。

憲法98条
この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。


憲法に反する法規は効力を有しないと定めているのだから、これまで制定され運用されてきた法規は憲法に違反するものではないということだ。
そういう認識にあったはずである。
だからこそ憲法よりも具体的で、限られた者や事項に適用する特別法が優先されても何ら問題はないし、実際にそれを運用してきた。


従来法規制等の関係で事業化が不可能な事業を国が特別に認めて可能にしてあげる構造改革特区、こんなのは国民平等の精神からは逸脱するものだ。
でも構造改革特区は憲法違反ではないと見做されているから制定され運用されてきたはずである。
1つ言い逃れとして考えられるのは、「国民」ではなくて「地域」であること。
1.「すべて国民」は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
「全ての地域」は平等でなくてもOKでしょ~!みたいな。
でも普通に考えれば地域の中には民が存在するわけであり・・。


都市に行きたい、西日本や離島は嫌、こういう個人の意思は憲法違反ではない。
自分がどうしたいかであって人にそれを強制しているわけではない。
どちらかと言えば、大学が学生を選ぶことのほうが人種・信条・性別、社会的身分又は門地・学力などによる差別ではないかと思うが、それだって法律で一律に定めたものでも他大学に強制するものでもなく、各大学の意思であるということならば問題ないということになろう。
憲法が定めているのは法の下の平等。法律は全ての国民に平等であれということ。
自由競争や個人の意思(選択)が法の下にあるうちは違法ではないが、個人の意思を尊重すると結果的にあらゆるところに差が生じてしまう。
価値観の多様性が無くなれれば無くなるほど差は生じ差は大きくなる。
しかし強制的にその差をなくそうとすると個人の尊厳が侵されることになる。


愛媛県今治市の大学建設は自由競争や個人の意思から生じる差にすっぽりとはまり込んでしまった。
自由競争における勝ち負けで言えば負けたのだ。
その上、小泉内閣は構造改革特区にて、従来法規からの逸脱を特定の地域に認めることにした。
この構造改革特区の恩恵を受けない限り、愛媛県今治市が陥った差から抜け出す方法はなさそうだ。
だが小泉内閣が目指したのは下から上に這い上がることを支援することではなく、平等の呪縛から解放してやることである。普通に甘んじていたものを上に引き上げること、突き抜けることを許すことである。
何を目的にそうしたかと言えば国際競争力を高めるためであろう。


国際競争に勝利したとしてもたらされるものは何だろうか。金か名誉か。
勝利するということは敗者がいるということに他ならない。
世界中の人々が安全に安心して生きていくのに果たして勝者と敗者が必要なんだろうか。


構造改革特区の是非はともかくとして国家として目指すべきものがあったということは理解できる。
愛媛県今治市の「何とか構造改革特区の恩恵に与れないものだろうか」という心情も分からなくはない。

構造改革特区を利用するとなると、従来法規制があった事業などを提案する必要がある。
従来から「お好きにどうぞ」と言われていた事業などを提案しても特区に認められることはないのだ。
「私立学校をどんどん作ってください、金銭的な支援も行いますよ」、国は随分前からそう言っていたのだから、単なる学校建設や学園都市構想ではダメである。
そこで持ち出されたのが獣医学部だったはずである。

国家資格、国家試験受験資格、そういうものは国が扱い、需要と供給のバランスや一定のレベル維持をコントロールしている。
看護師など保健福祉系の国家資格者は増員を目的に策が講じられてきた。
しかしその流れの中においても愛媛県今治市の大学建設は叶わなかった。
すでに全国各地に保健福祉系の大学は新設されている。
一方で大学進学率上昇に貢献したのは保健福祉系を筆頭にした医療系であるので、学生を集めることを考えると医療系は捨てられない。
医療系で、国家資格が関係し、今現在も国家が規制などコントロールしているものは何か?
医学部(医師)と薬学部(薬剤師)が思いつくだろう。
定員に比べると志願者は多いはずだから、後発だったとしても全国区の大学として十分通用するだろう、ハイカラな学部をつくるよりも確実に偏差値や学校の格は上がる、そう考えると思う。
では薬学部を誘致しなかったのは何故か?(薬学部は2006年に4年制と6年制の2つの過程が設置され、以後30校近く新設されたのでチャンスであったことは確か。現在全部で74校)
松山大学(私立)が2006年に薬学部を新設している。
実は愛媛県今治市の一番最初の学園都市構想(1975年)はどうも松山大学の移転を念頭に進められたようなのだ。
東京教育大学(筑波大学)が移転に猛反対したように、松山大学内からも反発が大きかったのかこの話が流れてしまった。
遺恨を残したのか、今更松山大学もないだろうという感じなのか分からないが、松山大学薬学部が今治市に来ることもなかった。


社会的地位の高さを思えば医学部こそ確実に学生が集まり大学の格も上がるが、実際医師を養成するのは楽ではない。実習研修施設なども確保しなければならない。となると病院がなくては話にならぬかもしれない。病院経営かぁ・・・なかなか大変そうだなぁ・・・病院作ったら医師以外にも必要だしなぁ・・・
医学部、薬学部と来て、次に思いつくのが獣医学部。
そうだ、これだ!これがいい!
何と言っても獣医学部は数が少ない(医学部より薬学部よりも)。
数が少ないということはライバルとなる大学が少ないということ。
つまり必然的に学校は全国区となり、確実に志願者がある、そう踏んだ。
研究職なら国家試験もいらないし(薬学部例より)、公務員養成だったらちちんぷいぷいちょっと誰かに頼めば何とかなるだろう、きっとそう思ったと思う。


誰がそう思ったかと言うと加計学園理事長(あるいはその側近、あるいはコンサルタント)。
腐っても鯛、仮にも学校経営者。ある程度大学進学事情を知っていたからこそ導き出された獣医学部。

加戸・前愛媛県知事の国会での証言を思い出してほしい。
「愛媛県の、今治の夢を託している事業であって、『加計ありき』と言いますけど、12年前から声をかけてくれたのは加計学園だけであります。
 私の方からも東京の有力な私学に声をかけました。来ていただけませんかと。けんもほろろでした。
結局、愛媛県にとっては12年間加計ありきでまいりました。いまさら、1、2年の間で加計ありきではないのです。それは愛媛県の思いがこの加計学園の獣医学部に詰まっているからでもあります」


(長いこと造成地が埋まらず切羽詰まった愛媛県今治市に)声を掛けてくれたのが加計学園だったと証言している。
12年前2005年のことである。

愛媛県今治市と加計学園を結んだキーマンはこの人。

本宮勇 
1954年(昭和29年)3月4日生まれ
実家は専業農家
(経歴)
愛媛大学 中退
今治南農協(現:JAおちいまばり)職員
自民党県連青年部長
衆議院議員・村上誠一郎の公設秘書
今治市議会議員(1991~1999年)
愛媛県議会議員(1999年~ 当選5回) 

選挙区:今治市・越智郡
所属政党:自由民主党
所属会派:自民党志士の会
所属委員会等:環境保健福祉委員会、議会運営委員会、地方創生・産業基盤強化特別委員会
役職:愛媛県議会議長(平成27年度)、愛媛県議会副議長(平成26年度)
県議会地域公共交通活性化促進議員連盟会長
県議会防衛議員連盟副会長
自民党畜産議員連盟副会長
愛媛県農業共済組合理事
今治市農業委員
全国道路標識・標示業協会愛媛支部顧問

村上誠一郎 1952年(昭和27年)5月11日生まれ
自由民主党所属の衆議院議員(10期)
愛媛県今治市生まれ。1965年(昭和40年)に東京教育大学附属小学校(現筑波大学附属小学校)、1971年(昭和46年)に東京教育大学附属中学校・高等学校(現筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。1977年、東京大学法学部を卒業。。
第2次小泉改造内閣・第3次小泉内閣で内閣府特命担当大臣(規制改革・産業再生機構)、第2次森改造内閣・第1次小泉内閣で財務副大臣を務めた。
今治市長や愛媛県議会議長、衆議院議員を務めた村上信二郎は父。
民進党衆議院議員の岡田克也は義弟(妹の夫)。



ブログ「愛媛県議会議員 本宮いさむ活動日記」 2014年6月18日
獣医学部誘致に向け、岡山で打ち合わせ

 岡山市内に本部を構える加計学園に到着しました。学園理事で法人事務局長を務めている高校の同級生と打ち合わせを行います。

 今から9年前、同級生に大学誘致の話を持ちかけたところ獣医学部であれば検討するとの返事が返ってきました。当時、加戸知事に相談したところ「何処の学園ですか?」との話があり「岡山の加計学園ですと申し上げたところ・・・」、それなればいうことで獣医学部誘致に向けた活動がスタートしました。獣医学部については約50年前に北里大学に設置されて以降は門が閉ざされていることもあり、国の構造改革特区第12次提案から申請を続けています。未だ認可をされていませんか、何年か前から国は提案実現に向けて対応をするとの回答になってきました。


2014年に今から9年前と書いているので加戸証言と同じく2005年である。
今治市の本宮議員の高校の同級生が加計学園の理事で事務局長であり、彼を通して誘致を持ちかけたところ、「獣医学部ならばいいよ」という返事だったということなのだ。








 



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by yumimi61 | 2017-09-21 12:12


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