2017年 11月 20日
日本国憲法の秘密-624- (外貨準備と貿易について)
e0126350_16055741.jpg


 

日本は概ね貿易黒字国である。
貿易黒字とは輸入よりも輸出が多い状態である。
輸入の時は相手国にお金を支払う。支出となる。
輸出の時は相手国がお金を支払ってくれる。収入となる。
支出(輸入)よりも収入(輸出)が多くなれば黒字である。
収入(輸出)よりも支出(輸入)が多くなれば赤字である。


貿易キャラナビTlady 学んで使える貿易女子のデイリーマガジン 
貿易事務に携わる方、貿易事務を目指す方のためのお役立ち情報メディア
というサイトがある。
サイト運営会社は株式会社パソナ (Pasona Inc.)。
国家戦略特区諮問会議の民間有識者議員である竹中平蔵が取締役会長の会社。
代表取締役グループ代表は南部靖之。
パソナ創業者。大阪大学大学院国際公共政策研究科客員教授。
兵庫県神戸市出身。兵庫県立星陵高等学校、関西大学工学部卒業。学位は工学士(関西大学)。
ベンチャー企業の起業家が一般的ではなかった時代には、ソフトバンクの孫正義、エイチ・アイ・エスの澤田秀雄とともにベンチャー三銃士と称された。
竹中平蔵を2007年2月からパソナ社の特別顧問としていたが、2009年8月からは「取締役会長」及び「アドバイザリーボード」のメンバーとした。
投資ジャーナル事件で逮捕された中江滋樹とは盟友関係にあった。 また、2014年に覚醒剤取締法違反等の容疑で逮捕されたASKAとその愛人女性との出会いの場となったパソナ迎賓館「仁風林」で開かれた秘密パーティーの主宰者が南部だった。


関西大学卒業ということだが、森友学園の籠池理事長(元理事長になるのかな?)も関西大学卒業生。
非常勤(客員)ならば博士の学位がなくても教授になれる、フリーターバンザイ !?
それはともかく。


2017/01/05の貿易コラム 教えて、こんてなん!「日本はアメリカに何を輸出し、何を輸入しているの?」という記事。
この中に重大な誤りの記述がある。

戦後、日本とアメリカの間で貿易が盛んに行われ、1980~90年代のアメリカの大統領と日本の首相が対談するときには、アメリカの貿易赤字(日本にとっては貿易黒字)による貿易摩擦問題がそのトピックスに取り上げられたんじゃ。

※貿易赤字とは、輸入より輸出が上回る(お金を外国に支払っている量が多い)状態を指します。アメリカの対日貿易赤字は1991年がピークで、翌年以降徐々に低下しています。現在もアメリカの貿易赤字が続いていますが、かつてほどの差はなく、アメリカ国内では対中貿易の赤字の方が問題視されています。


貿易赤字は、輸出よりも輸入が上回る状態。
漢字の出が付いているから支出、入が付いているから収入ではない。
物とお金の動きは逆である。
国の経済担当相や国家戦略特区の有識者が会長の会社が運営しており、しかも貿易ナビゲーターのサイトなので胆になる部分であり、輸入輸出が逆さまになってしまったら単なる間違いでは済まない。

名前:こんてなん
年齢:??
趣味:鉄道写真
自己紹介:
ワシのことは「こんてなん」と呼んでおくれ。そこらへんの港に積まれとるコンテナだと思ったら大間違いじゃ。ワシのボディーには、貿易に関する知識や、世界各国を旅した経験がパンパンに詰め込まれているのじゃぞ!県道沿いの空き地に放置されとる元カラオケボックスやトランクルームみたいにならぬよう、これからも精進せんといかんのう。





ニクソンショックをきっかけに唯一金本位制だったドルもその役目を終え、固定相場から変動相場に移行した。
ニクソンショックの前のアメリカ国内はドルが国外に流出しデフレだった。
それがやがてインフレに傾いて行く。
何故かと言えばアメリカも金の縛りなくドルが供給できるようになり、どんどん供給したからだ。

ブレトン・ウッズ協定が1971年から1972年に掛けて崩壊し、ニクソンは連邦準備制度の金の窓口を閉鎖し、合衆国は金本位制から完全に離れた。この間1971年12月、ハント委員会(President's Commission on Financial Structure and Regulation)が開かれ、定期性預金の預金金利最高限度を廃止してマクファーデン法のモーゲージ規制を骨抜きにしたり、特に貯蓄貸付組合と相互貯蓄銀行をモーゲージ貸付に誘導したり、連邦住宅局保険付貸付・復員軍人局保証貸付によるモーゲージ金利最高限度額規制を廃止したり、全金融機関で住宅モーゲージ貸付由来の利子所得に特別税額控除制度を適用したりすることが同委員会より勧告された。
1973年10月に金融機関法案が同委員会の勧告を多分に盛りこみ上程された。
1975年以降、議会に追及されながらも連邦準備制度が通貨供給量を増やしていった。
連邦準備制度の独立性保証が先のハント委員会で勧告されていた。
このような一握りの人間が計画した官民連携が、西海岸の住宅ローン、特に将来のサブプライムローンが太っ腹に組まれる条件としての資産インフレを招いた。


日本でも紙幣供給しすぎて怖いのはこのインフレであるが、その予防策としては日本銀行の国債売りがある。
国債を買い入れる時に紙幣発行したのだから、日本銀行は国債を保有している。
その保有国債を売れば対価としてのお金が日本銀行に入ってくる。つまり世に出た紙幣を引き上げて日本銀行に戻させることが可能。
もちろん国債を買ってくれる人がいなければ売りたくても売れない。
またどんなに紙幣発行しても市中銀行にそれが留まっているうちはインフレにはならない。
銀行から紙幣が世に出ていくには借金する人を増やしたり預貯金を引き出してもらう必要がある。だから金利を下げたりする。

・日本銀行が国債を沢山保有している状態は世にお金を沢山出した状態。(デフレ対策になる)
・日本銀行が国債を売って保有を減らしている状態は世からお金を引き上げている状態。(インフレ対策になる)


アメリカはニクソン大統領の後のジェラルド・R・フォード大統領、ジミー・カーター大統領、ロナルド・レーガン大統領の間、およそ15年くらいインフレの状態が続いた。
 紙幣の量>物の量 →インフレ(物価高、貯金や借金の目減り)


インフレは紙幣量に比べて品薄で物の値が高いということだから、他国から物が入りやすい状態である。アメリカは輸入が増える。日本などはアメリカ向け輸出が増える。
ドル決済だとドルが支払われるのでまたまたドルは外国へ流出するが、今度はドルを供給しているのでアメリカもデフレにはならないし、国際的にドルがかなりインフレ状態となっているので流入によってもアメリカのインフレは拡大する。

規制緩和の動きはニクソンが辞任したときに始まり、フォード、カーターおよびレーガンの政権下で超党派の動きとなった。最も重要なのはエネルギー・通信・輸送・金融各分野から、グラス・スティーガル法とニューディール政策の規制を取り去ることだった。預金と貸付の規制を急いで緩和したが、一方連邦保険はそのままだった。これが預金・貸付危機となり、政府は推計で1600億ドルを失った。間接金融から逃避した資本は投資銀行の日欧進出を勢いづけた。

バランスの悪い規制緩和によって危機を招き、銀行(間接金融)に預けられていた紙幣も銀行を敬遠する形で世に出た。これで一層インフレを加速させた。
アメリカはインフレの悪循環に陥っていたとしか思えない。

1981年に就任したレーガン大統領は高インフレ抑制政策として厳しい金融引締めを行った。
ドルの供給量を抑えて金利を上げ、世の紙幣流通量を減らすのが金融引き締め。
その結果、ドルの金利は20%にまで達した。
金利が高いと金融機関にお金が集まる。世の中から紙幣が減っていく。
アメリカ国内はもとより金利20%に惹かれ世界中からドルがアメリカへ流れ込む。
でも金利狙いであり世に出るわけではないからインフレにはならない。
こんな高い金利では借金する人も少なくなるから紙幣は世に出ない。
こうしてアメリカの紙幣流通量が減り、高インフレが解消していく。
但しこんな金利が高いと働かなくてよい人が出てくる。
一生懸命仕事しないのでアメリカ政府の収入には繋がらない。財政赤字になる。
アメリカ国内が働かなくなって物が不足したら輸入する。すると貿易赤字が進む。
他国から来てアメリカ国内で金融商品を買われたら国際収支も赤字になる。

こうなると次に行うのは金融引き締めの反対の金融緩和である。
また世にお金を出すのだから世間の金回りはよくなって景気は良くなる(ように見える)。
金利も下がったのでまた借金して物を買う人も増える。
金利が下がったのでまた働くかぁと思う人もいる。
物に対する需要が全体的に上がるので品薄となり価格も上がっていく。
するとまた外国から物が入って貿易赤字は続いていく。ドル決済ではドルは外国に出ていく。
しかし金利が下がった状態ではドルがアメリカに流入してこない。
日本などは輸出に有利な状況でいたいので、為替介入してドルを自国で貯め込む。
この為替介入によってドル安にならないのだ。
要するに貿易赤字の国の通貨がいつまでも価値がある状態(ドル高)であり、実態と乖離した状態となっていた。
ニクソン大統領の時と同じような状況で、再びドル危機が危ぶまれていた。
それを回避するための合意が1985年9月のプラザ合意だった。






[PR]

by yumimi61 | 2017-11-20 17:30


<< 日本国憲法の秘密-625- (...      日本国憲法の秘密-623- (... >>