2017年 11月 21日
日本国憲法の秘密-625- (外貨準備と貿易について)
日本などは輸出に有利な状況でいたいので、為替介入してドルを自国で貯め込む。
この為替介入によってドル安にならないのだ。
要するに貿易赤字の国の通貨がいつまでも価値がある状態(ドル高)であり、実態と乖離した状態となっていた。
ニクソン大統領の時と同じような状況で、再びドル危機が危ぶまれていた。
それを回避するための合意が1985年9月のプラザ合意だった。


プラザ合意( Plaza Accord)
1985年9月22日、先進5か国 (G5) 蔵相・中央銀行総裁会議により発表された、為替レート安定化に関する合意の通称。その名は会議の会場となったアメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市のプラザホテルにちなむ。
会議に出席したのは、西ドイツ財務相のゲルハルト・シュトルテンベルク、フランス経済財政相のピエール・ベレゴヴォワ、アメリカ財務長官のジェイムズ・ベイカー、イギリス蔵相のナイジェル・ローソン、そして日本の竹下登蔵相である。以後の世界経済に少なからず影響を及ぼした歴史的な合意だったが、その内容は事前に各国の実務者間協議において決められており、この会議自体はわずか20分程で合意に至る形式的なものだった。



日本政府が為替市場にて円とドルを交換すると為替介入となる。
為替介入すると外貨準備高が伸びる。
中国と日本は外貨準備高が異様に高い。

通常為替介入は自国通貨に急激な為替レートの変動があった時に行うものである。
変動相場制なので何らかの理由で急激に為替レートが変動する可能性がある。
しかし急に大きく為替レートが変わってしまうと輸出入企業や金融業界、投資などに大きなダメージを与えかねない。それは国の経済にも直結する。
そこでその急激な為替レートの変動を抑えるために政府(中央銀行)が介入する。
例えるなら右に大きく振れたものを左側に引っ張って元の位置付近で安定させるということ。
左に引っ張りたいがために安定してもなお左に誘導するのではないし、ましてや安定しているものを自国に有利だからといって継続的に左に誘導するものでもない。

プラザ合意は為替レートの安定化を目的に、複数の国で為替レートを一定の水準まで誘導することに合意した。
要するに急激に為替レートの変動があったわけではないが、今の状態は世界経済に良くない状態であるとの共通認識のもとに、アメリカ・日本・イギリス・フランス・西ドイツの5か国が協調介入して目標とするレート付近まで誘導することにした。
複数の国の政府が強力しあっているのだから、為替レートを一方向へ操作する強い影響力を持つ。が反面、秘密裡に進めるわけではなく公表して行うことであり、それに対抗する市場というものもあるので、急激に起こる為替レートの変動ほど世の経済に影響を与えない。


日本は外貨準備高がどんどん大きくなっていったのだから、当然政府の継続的な為替介入が疑われていただろう。
それは日本の貿易を有利にするのだ。
日本の最大貿易相手国はアメリカである。
そのアメリカは貿易赤字を増大させている。
問題にされて然るべき状況。
プラザ合意は日本に対する圧力だったと考えることができる。

だからこそプラザ合意は日本航空123便墜落の陰謀説の一番の理由として挙げられているわけである。
「これでもあなたたちはプラザ合意に合意しないおつもりですか」という無言の圧力をかけるために日本航空123便をアメリカが撃ち落としたという陰謀説。

この陰謀説には決定的な欠点がある。
日本航空123便は海上で最初に何か衝撃があった後、内陸や横田基地方面に向かっている。
横田基地に不時着を試みたような飛行ルートや高度の下げ方なのだ。
何者かに攻撃されたということならば、その状況を一番よく分かっているのは機長である。(特に日本航空123便機長は元自衛隊パイロット)
アメリカに攻撃されたとするならば陸の上空を進むという危険を冒して横田基地になんか向かうわけがない。
横田基地に向かったということは逆だったとしか考えられないのだが。


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ドルが基軸通貨な上に、日本はアメリカとの貿易が盛んなため、円高と言えば円がドルに対して上昇している状態であることを指していることが多い。
しかし世界の通貨は円とドルだけではなく、ドルに対して円高であっても、他の通貨に対して円高とは限らない。
実効為替レートは主要15通貨に対する為替レートの合成値(為替レートの一定時点を100として指数化して貿易額に応じて指数を加重平均する)である。
さらにインフレによる通貨価値の下落分を差し引いている。
実効為替レートは国際的な通貨の実力、おもに国際的な輸出競争力を示すとされている。
数値(指数)が高いほど通貨価値が高い。

水色の折れ線グラフは単に対ドルの為替レート。1ドル何円かというあれである。
青の折れ線グラフが上で説明した実質実効レート指数。
ここ何年かの日本は安かろう悪かろうの綿製品をアメリカに輸出していた1970年代前半の実質実効レートと同じくらいに通貨価値が低くなっている。
通貨量的に言えば、通貨が流通しすぎている状態ということになる。


上のグラフに私が線などを書き入れてみた。
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 ・黄色期間は、バブル景気(1986年12月~1991年2月)と呼ばれる好景気期間。不動産や有価証券などの高騰が主。
 ・①⇒期間は、いざなみ景気(2002年2月~2008年2月)の期間。
  いざなみ景気時の首相:小泉首相、安倍首相、福田首相
 ・②⇒期間は、再登板後の安倍内閣(アベノミクス)期間。

この3つの期間はいずれも好景気といわれている。
だが見てお分かりのように実質実効レートは低下している。
好景気に導く簡単な方法は通貨を供給することである。
景気なんて気分だから、物価が上がっていても給料が上がって儲かった気になるし、自分には何ら関係なくても世間様(マスコミとか)が景気の良い話をしているとそんな気分になってしまうものなのだ。


・黒⇒期間は、安定成長期(1973年12月~1991年2月)の期間。

上がった景気は必ず下がる。山(好景気)あり谷(後退期)あり。その山や谷がどれだけ高いか低いか、山や谷がどれだけ続くかの違いである。
安定成長期の中にも山も谷もある。
安定成長期とは、どれくらい経済が成長しているかの指標である経済成長率(GDPか国民所得の年間増加率)が安定的に伸びていた期間。
1973年12月~1991年2月の間は5%前後で安定して成長していた。
バブル景気が殊更異様に語られることが多いが、バブル期も経済成長率には大きな変化はなく前20年間と同じような伸び率だった。
経済成長率が大きかったのが高度経済成長期(1954年12月~1973年11月)。
高度経済成長期を好景気と勘違いしている人が時々いるがイコールではない。
経済成長期は日本で物を沢山作るようになった、サービスを沢山するようになったということ。儲かったとか儲からないとか景気が良いとか悪いとかは直接は関係なく一生懸命働いている証。
安定成長期は1991年のバブル崩壊(1991年大学設置基準緩和)とともに終わり、以後2~0%を推移。
1998年、1999年、2008年、2009年。2011年はマイナスだった。
大卒者は増えたが物を前より多く作り出せなくなった。サービスが増えることもなくなった。付加価値が生み出せなくなってしまった。

必要なものは大抵揃っている。人件費は高い。人々は早く帰りたくて休暇を取りたい。アイデアは出てこない。
作っても売れない、作らなくても概ね満たされている、この国で作ったら高く付く、先進国はどこもそのような状況である。
人間も成長期を過ぎたら成長がなだらかになり、やがて少しずつ失っていくほうになる。
先進国も成長期を過ぎた観がある。
一生ハングリーだと短命であると前に書いたけれど、ハングリーというのは成長期と言い換えることも出来る。








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by yumimi61 | 2017-11-21 12:29


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