2017年 05月 25日 ( 1 )

2017年 05月 25日
日本国憲法の秘密-481-
カトリック教会に異を唱え宗教改革が起こった16世紀以降に出来た新しいキリスト教会(宗派)をプロテスタントと言う。
これを福音教会(福音派)とも言う。
教皇だとか誰か他の偉い人の言葉を信じて動くのではなく、聖書を唯一の神の言葉と信じる教会である。(万人司祭主義)
何故こんな考え方が生まれたかと言えば、カトリック教会が権威を振りかざし信徒の信仰心を利用してお金を吸い上げ腐敗していたからである。

当時改革派だった福音派(プロテスタント)も時代が進むと保守派と呼ばれるようになる。
それは科学の発達(科学信仰)によって、聖書に記されていることをそのまま受け入れることを拒否する人が現れてきたからである。
こうした聖書批判が行われたことによって聖書を信じない、あるいは聖書の記述をそのまま信じることは出来ない(新しい解釈なり変化が必要)という人も増えてきた。
このような立場を取る人達をリベラルと言ったりする。
しかし依然福音派を信じる人もいる。
特に近代主義や合理主義の先端を行くことを自負するアメリカにおいて、科学者が提唱した進化論、人工妊娠中絶や同性愛などを頑なに拒否する福音派の人達は「キリスト教原理主義」と非難や侮蔑の意味合いを持って呼ばれる。
共和党の支持基盤だと言われ、ブッシュ大統領の信仰心が有名である。
でも「キリスト教原理主義」(プロテスタント、福音派)はもともとはカトリックに対立した改革派であった。

宗教改革はドイツのルター(ルーテル派)が有名だが、同じ頃スイスのチューリッヒでも宗教改革が起こっていた。
指導者はフルドリッヒ・ツヴィングリ。
カトリック教会制度に疑問を感じはじめ、やがてルターと同じく聖書や信仰こそが大事であるという万人司祭主義をとるようになる。
しかしながらその他の点についてはルターとの一致点を見出せずルターとも対立した。

神父であることからも分かるようにルターは元々は熱心なカトリック教徒であった。
おそらく神学博士として聖書を研究すればするほど乖離するものが増えていったのだろうと思う。
そんなルターがカトリック体制に反旗を翻した。
なるほど説得力のある話である。

しかしルターは「95のテーゼ(95ヶ条の論題)」をラテン語で記述したのだった。
すでに述べたように1300年中頃の黒死病の大流行を経てラテン語は消滅しつつあった。
ラテン語を読める人などほとんどいない所にラテン語で掲示したというのだ。
神学博士ゆえのプライドか、ラテン語が消滅しつつあるにも係わらず公用語にしているローマ教会や何の疑問もなくローマ教皇やローマ教会を支持する無知な聖職者や修道士に対するアンチテーゼか。
それとも逆に神父であり博士であるが故の非常識さやバランス感覚の欠如がそうさせたのか。
いずれにせよ、その掲示だけで大きな反響と支持を集めることは困難である。


私はルターは利用されたのではないかと思っている。

(略)
こうしてローマ教皇は、東ローマ帝国、イスラム勢力、息を吹き返したローマ人(ラテン人)(後のノルマン人)、ユダヤ人(ユダヤ教)という4つの敵を抱えることになった。

しかし同時にヴェネツィアの地中海商業覇権がユダヤ人に変異をもたらした。
前に書いた「サタンは悪者ではない派」や「黒い貴族」が生まれたのである。
さらに事を複雑にするのがユダヤ人の定義だ。
ユダヤ教を信仰すればユダヤ人になれるならば、ビジネスに成功したユダヤ人を見てユダヤ人になる(ユダヤ教に改宗・入信する)人もいるだろうと思う。
敵対関係にあって差別や迫害の対象になりやすいとはいえ、商いや金融においては「ユダヤ人」がブランド力になるからだ。
この変異したユダヤ人とローマ教皇が近づいていったのではないだろうか。
つまりローマカトリックにとっては、味方のユダヤ人もいれば、敵のユダヤ人もいるという状態である。

その後、4つの敵の2つは消えていった。
東ローマ帝国、イスラム勢力、息を吹き返したローマ人(ラテン人)(後のノルマン人)、ユダヤ人(ユダヤ教)

一方、新たに反カトリックという敵が生まれた。
この反カトリック勢力と黒い貴族が近づいていったのではないだろうか。
変異したユダヤ人とローマ教皇が近づいていったように。
ルターは利用されたような気がする。

さらに、変異したユダヤ人と黒い貴族は起こり方が似ているので、この両者を近い存在だと考えれば、複雑な関係が浮かび上がる。
  ローマ教皇―変異したユダヤ人−黒い貴族−反カトリック勢力(プロテスタント)(聖書回帰)(ラテン語回帰)
                              −反カトリック勢力(ユダヤ教・イスラム教)



フルドリッヒ・ツヴィングリはチューリッヒで徹底的にカトリックに対抗し成果をあげていく。
そしてそれがスイス全土に広がりを見せつつあった。
スイスの州はカトリック派とプロテスタント派で武力衝突(スイス内紛)するようになる。(ドイツでも両者が武力衝突した)
その戦いの中でフルドリッヒ・ツヴィングリは志半ばで戦死した。
ツヴィングリの死後にその派閥に近づいたのが「蓄財は悪ではない」と説いたフランス出身のカルヴァンだった。
カルヴァンも蓄財を悪とした既成の教えを否定したのであるから改革派(福音派、プロテスタント)である。彼はジュネーブにいた。
ツヴィングリ存命時の勢いを失っていた反カトリックであるツヴィングリ派はカルヴァンの呼びかけに応じ合同信条を作成したチューリッヒ協定を結ぶことでカルヴァン派と合流した。
これが長老派教会となったのだ。
牧師と教会員から選ばれた長老とにより教会が運営されるため「長老派」と呼ばれる。主にスコットランドやアメリカに広まった。


ツヴィングリが生きている時には戦争をするほど反カトリックであった。
先日私は「長老派教会ほどカトリックと対立しなかったイングランド国教会」と書いたが、それはカトリックからの分離独立の過程が全然違うということなのだ。長老派の前史を指している。
カルヴァン派と合流して出来た長老派も一応プロテスタントである。しかしそれほど反カトリックだろうか。
上に再掲した文章がその答えのようなものである。
スイスの蓄財を橋渡しに融和した。そして反カトリックを隠れ蓑にした。

●カトリック
●プロテスタント(福音派・キリスト原理主義))⇔リベラル派
   ルター(ドイツ) ・・・ルター派(ルーテル教会)
   フルドリッヒ・ツヴィングリ(スイス) ・・・戦死。一応後継指導者がいたが勢いは失った。
                                           ↑呼びかけ ・・・カルヴァン派(長老派教会)
                                     カルヴァン(フランス→スイス) 




フリーメイソンは、反イギリス王(反ドイツ出身王?)、反イングランド国教会、反フランス、親カトリックの仲間が集った。
啓蒙主義のようにも見えるが、神や教会を否定しておらず純粋な啓蒙主義ではない。
クラブの資金はロスチャイルドが提供していた。

もうひとつイルミナティという秘密結社がある。(フリーメイソン創立から若干遅れて創立した。1700年代後半) こちらもロスチャイルドが資金提供。
これも前に書いたことがあるが、イルミナティは急進的な社会改革思想を持つ結社で、自由と平等を唱え、反キリスト教、反王制を主張する結社であるが、その設立はイエズス会学者からの迫害が動機にあったという。
設立者はカトリックの支配下に置かれていたバイエルンのインゴシュタット大学の教授。
その大学に集められた学者はみなカトリック・教皇(イエズス会)の配下にあった。
イルミナティの創立者はイエズス会神学校に学び、インゴルシュタッド大学法学部に入学して、カトリック・イエズス会系の学者たちから教えを受けた。20歳で法学の学位を取り、若干24歳にして教授となった人物である。
どこからどう見てもイエズス会系の学者であった。何故にイエズス会学者から迫害されるのか?

イエズス会は宗教改革でカトリックが危機に陥った時に創立されたものだが、1769年に就任したローマ教皇によって解散に至った。
これは反イエズス会(反カトリックではない)だったヨーロッパの諸王室から強い圧力を受けたからと言われてる。
その解散命令が却ってイエズス会系の学者達を団結させ、非イエズス会の学者達に様々な圧力を加えるようになったそう。つまりイエズス会系学者が非イエズス系学者を迫害したというのだ。
イエズス会の庇護のもとに育ったイルミナティの創設者はこの頃に反イエズス会の思想に染まったという。


イエズス会を解散したのは他でもない教皇である。それを裏切られたと感じればイエズス会が反教皇になってもおかしくはない。
何が言いたいかと言うと、イエズス会にも「相も変わらず教皇信奉派」と「教皇に裏切られたと恨んでいる派」がいたのではないだろうかということである。(ルーツはどちらもイエズス会)
イエズス会派  ×教皇精鋭部隊派  〇「利権などを失い教皇に裏切られたと恨んでいる派」
非イエズス会派 ×精鋭部隊以外の信徒 〇「相も変わらず教皇信奉派」=反イエズス会


「イエズス会学者からの迫害が設立動機」と言うと一見もっともらしいのだが実は真相が相当ぼやける。教皇との関係もぼやける。
その上、社会改革思想を持つ結社で、自由と平等を唱え、反キリスト教や反王制を主張するとなると、フランスのフリーメイソンや啓蒙思想とも上手くいきそうな気配がある。
イルミナティはフリーメイソンに対抗してドイツで作られたと言うひともいる。つまりイギリス王(ドイツ出身)の周辺から始まったということである。

イルミナティの創設地であるバイエルンのインゴシュタット大学は、ドイツの州立大学であるルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(Ludwig-Maximilians-Universität München)の前身。
この大学には現在、かつて強烈に対立したカトリックと福音主義、両方の神学部があるという。


・フリーメイソン(反イギリス王、反イングランド国教会、親カトリック)
・イルミナティ(反イエズス会≒親教皇、反王政)

両者はイギリスの在り方ひとつで結合できる。
イングランド国教会が親カトリックになり、イギリスが王政をやめればよいのだ。
(よくよく考えればすでにそうではないか!)と誰か気が付いたか。
とはいえ、この融和もやはりロスチャイルドやスイスの金融家が橋渡ししている。
逆にヴェネチアやスイスには反カトリックや反教皇、反王政という風潮が全くないわけではなかったが、それを上手く収めたのは黒い貴族出身のイギリス王家だったのではないか。
こうして両者は一体化した。
もっともそれを知っているのは上層部の一部の人だけだと思うけれども。

          
                 








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by yumimi61 | 2017-05-25 14:06