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2017年 07月 02日
日本国憲法の秘密-508-
アイゼンベルグとは何か?
・アメリカ最大のマフィアであり、麻薬ネットワークを構築している。
・金銭で殺人を請け負う「殺人株式会社」と呼ばれている。
・イスラエル建国の中心的存在であり、あらゆる産業を支配している。国家そのものと言っても過言ではない。


アイゼンベルグのルーツは「殺人株式会社」にある。
マーダー・インク (Murder, Inc.) または殺人株式会社 (Murder Incorporated)
1930年代から40年代にかけて暗躍した犯罪組織。主要メンバーの出身地にちなみ、ブラウンズヴィル・ボーイズ (Brownsville Boys) とも呼ばれた。なお、これらの名前は、マスコミが命名したものである。

1930年代前半に、ラッキー・ルチアーノを中心とするニューヨークのイタリア系ユダヤ系犯罪シンジケートが、「縄張り争いは各々のビジネスを損なう」という発想の元、殺人行為を規律化するため、プロの殺し屋から構成される暗殺専門の執行機関を作った。暗殺はビジネスの必要に限定され、恋愛や復讐など個人的な理由は禁じられた。反逆者の粛清や政府密告者の口封じが中心だった。
際限ない復讐合戦に歯止めをかけるという点で役立った反面、「抗争はギャングのビジネスを損なう」というビジネス至上主義は、容易にビジネス拡大のための縄張り強奪の正当化に転じた。

構成員は主にニューヨーク市ブルックリン区のブラウンズヴィル、イースト・ニューヨーク、オーシャン・ヒル地区のユダヤ系・イタリア系ギャングが中心だった。

この体制で実際に数百人のギャングやマフィア幹部らの殺害が実行された。その手口は、銃撃や絞殺、溺殺、刺殺などで、武器は足のつかないアイスピックやロープが好まれたといい、「仕事はあくまでビジネスと割り切る」、「決して民間人を巻き込まない」などの厳しいルールの下で任務を実行したという。メンバーは暗殺ターゲットと直接利害関係がなく互いに顔も知らないことが強みとなり、全米各地に出向いては暗殺業務に従事した。

組織は一連のメンバー逮捕および実刑確定により事実上消滅した。



イタリア系と言えば「マフィア」が有名であろう。
マフィアとは、本来イタリアの中でもシチリア島を起源とする犯罪組織のことである。
アメリカへの拡大は、1865年終結のアメリカ南北戦争の後にシチリアからアメリカに移住した人達に依る。
アメリカではニューヨーク拠点とシカゴ拠点のマフィアが有名。

シチリアはフランス王家の支配下にあり、続いてスペイン王家、オーストリア王家の支配下となり、再びスペイン王家の支配下に戻り、1861年にイタリア王国(統一イタリア)へ統合された。
フランス、スペイン、オーストリア、みなカトリック国であった。
このイタリア王国はローマ教皇領も併合した。教皇保障法によってその地位を保障しようとするが、ローマ教皇はこれを拒否して対立するに至る。
その対立はムッソリーニ政権でラテラノ条約(1929年)が結ばれるまで続いた。

日本では憲法改正が取り沙汰されているが(外国では結構何度も改正しているという論調もあるが)、改正しなかった期間ナンバーワン憲法は、カトリックと対立関係にあったこのイタリア王国の憲法である。
イタリア王国は1946年に共和国に移行し憲法も変わったが、その間に改正はなく、85年間改正無しという(名誉な?不名誉な?)記録を持っている。
日本の現憲法は1947年に制定されたものなので、今年で70年。
記録を更新しようと思ったら後15年は改正できない。

ともかくイタリアでマフィアが勢力拡大したのはイタリア王国誕生後のことで、マフィアはカトリックの宗教組織を利用して拡大していった。
また激化した労働者運動・社会運動(ファッシ・シチリアーニ)とも関係がある。
「ファッシ」という単語は集団というような意味だそうで、「ファシズム」はここから生まれたが、最初にこれを使用したのが1880年代後半のシチリアの運動である。
王国という政権に対して革命的な民主主義者という意味合いを持っていた。
カトリックという権威とマフィアという犯罪組織と労働者運動・社会主義的運動はここで繋がっていたのだ。
この時代にシチリアからアメリカに移住した者が多数いた。そしてアメリカでもマフィアが暗躍するようになる。

もうひとつ台頭したのがユダヤ系ギャング。
ユダヤは貧富の差が激しい。
金のないユダヤ人は金になることならば何でも行った。
また金のないユダヤ人が美味しい話を餌に東欧やロシアから連れてこられ、非合法な活動や売春などをさせられた。
他民族の通り一遍なユダヤ人に対する偏見がそれを助長したりもした。
しかしながらユダヤ系ギャングはなかなか頭脳的でもあった。逆境を糧に。ピンチをチャンスに。
1919年に禁酒法が成立すると、密造酒や密輸によって、ユダヤ系ギャングは全盛を極めることになる。

このようにマフィアやユダヤ系ギャングがアメリカ暗黒街を形成していくが、発祥の時代から言うと、アイルランド系ギャングのほうが早く、当初は彼らがアメリカの裏社会を仕切っていた。(後にアイリッシュ・マフィアと呼ばれるようになる) ボストンを拠点としていた。
アイルランド系ギャングの後に台頭してきたマフィアやユダヤ系ギャングと縄張り争いなどで抗争を繰り広げることになる。
アイルランド系ギャングは特にシカゴ拠点マフィアとの対立が激しかった。
アイルランドもカトリック国である。

ケネディ大統領の父親はアイルランド系ギャングと親密だったと言われる。
ジョセフ・P・ケネディ・シニア
巨大な資産をバックグランドにした民主党の有力政治家であり、アメリカのカトリック教徒および、アイルランド系アメリカ人の実力者でもあった。
フランクリン・ルーズベルトの大統領選出時(1932年)に財政支援を行った功によって、初代証券取引委員会委員長(1934年)、連邦海事委員会委員長(1936年)、在イギリスアメリカ合衆国大使(1938年〜1940年)のポストを歴任した。

1888年、ボストンにアイルランド系政治家の子として生まれたジョセフ・P・ケネディ・シニアは、ボストン・ラテン・スクールからハーバード大学に進み、金融業につくと株式市場を利用して莫大な財産を築いた。この財産を元手にさまざまな資産を運用するようになった。第一次世界大戦中、ケネディはベスレヘム・スチール社の造船部門の支配人補佐となり、海軍次官補だったフランクリン・ルーズベルトと知り合った。その後、映画産業に食指を動かし、いくつかの映画会社を統合してRKOを設立する過程で一財産築いた。さらに1933年に禁酒法が廃止されると、ルーズベルト大統領の長男と組んでサマセット社という会社を設立、ジンとスコッチの輸入を一手にとりまとめさらなる富を生み出した。1945年には建設当時世界最大のビルだったシカゴのマーチャンダイズ・マートビルを買い取ったことでも有名になった。

しかし外交官および政治家としての活躍は唐突に終わる。1940年11月、バトル・オブ・ブリテンのさなかに行われたボストン・グローブ紙のインタビューで「英国で民主主義は終わった。米国にはまだあるかもしれない」と発言したことが大問題となったためだった。以後ケネディは表舞台には出ず、豊富な資産を運用して息子たちの政界進出を強力にバックアップした。


ケネディ大統領父が「イギリスで民主義は終わった」と述べたのは原爆開発が行われていた頃である。


アイルランド系移民を支持した団体として知られているのがタマニー・ホール。
私は以前にもこの団体について書いたことがある。

「タマニー・ホール」は移民など貧困層に関わる代わりに選挙の時に投票してもらうという方法を取っていたのである。
これがニューヨーク市政に強力に影響を及ぼすようになって、否応なく経済界をも巻き込んでいく。
雇用、特定候補への投票依頼、企業への見返り。選挙の企業票というのはこの時代に確立した。

「タマニー・ホール」のボスとして名高いのが、ウィリアム・ツィード。
アイルランド移民にボスあり。
移民や貧困層への慈善活動でその地位を揺るぎないものした。
「票は金で買うもの」と言って憚らず、ニューヨーク市会議員にもなった。
殺人、恐喝、売春、違法な酒場、密輸、密輸品の売買など、彼が絡まなかった犯罪は存在しないとまで言われた。
政治にも不正の限りを尽くした。
ニューヨーク市当局とマフィアのボス、それに群がるギャング達が公然と取引していたのである。
ウィリアム・ツィードはニューヨーク市のお金を着服していたことがばれて失脚したが、「タマニー・ホール」はその後もアイルランド人がトップに立ち続けた。
タマニー・ホールとアイルランド系移民と民主党の癒着はここに始まり育っていった。(ユダヤ人とドイツ人も、タマニー・ホールの集票マシーンに認められていた)
その集大成はおそらくケネディ大統領の誕生であったのであろう。
ケネディ大統領とは直接的な関係はないとされているが、アイルランド移民がアメリカやイギリスに恨みを晴らした瞬間であった。

だいぶアスターから話が逸れてしまったが決して無関係なことではない。
ウィリアム・バックハウス・アスターは、ボスのウィリアム・ツィードと組んでの不正取引で、アスター家の財産を拡大したのであった。
アスター家のこの代は、暗黒街に生きたアスター家の中でも特にアウトローに彩られていた。


アスター家はドイツ出身。アヘンの密貿易で財を成して、ニューヨークの土地を買い、人に貸して儲けた。
1800年頃から密貿易で得た資金をニューヨーク・マンハッタンの土地に投資するようになった。
この時代はまだニューヨークは今のような街ではなかったが、アスターは土地を購入するだけで開発にはタッチしなかった。
ある一定の期間で契約を結び土地を他人に貸したのである。
ニューヨークが開かれた街になることを知っていたのである。
土地を借りた人が勝手に開発してくれ、契約満了時期には土地の価格は高騰していた。
彼はリスクを負うことなく巨大な富を手にした。
金融業に手を出すこともなかった。


アスター1世→長男(アスター2世):精神障害があったため後継者にはならず
       →次男(アスター2世代理)・・・暗黒街に生きたアスター家の中でも特にアウトローに彩られていた

アスター2世代理→長男(アスター3世)
            次男ウィリアム・ジェイコブ・アスター・ジュニア(父の名を受け継ぐが後にそれを外す)
             ・・・妻キャロラインがニューヨーク社交界のスター
         次男夫妻には取り巻き連中がいた。
         (有力な取り巻き)
         ・ロスチャイルドがアメリカに送り込んだオーガスト・ベルモントの一族。
         オーガスト・ベルモントは1853年に黒船で日本にやってきたマシュー・ペリーの娘と結婚した。
         ・J.P.モルガンの一族

アスター3世→長男ウィリアム・ウォルドルフ・アスター
次男ウィリアム→長男(アスター4世)

アスター3世と次男ウィリアム・ジェイコブ・アスター・ジュニアが1890年と1892年に亡くなる。
すると次男の妻のキャロラインと3世の長男の間の確執が表面化。
キャロラインはロスチャイルド系の取り巻き連中を引き連れてアッパー・イーストへお引越し。
キャロラインの息子であるアスター4世は1912年沈没したタイにタック号に乗船していて47歳で亡くなった。
タイタニック号の実質的なオーナーはJ.P.モルガンであった。
タイタニック事件の時にはすでに母であるキャロラインも亡くなっている(1908年没)。
5世を継承したのは4世の子ではなく(若かった)、アスター3世の長男ウィリアム・ウォルドルフ・アスターの子であった。
当時5世はアメリカではなくイギリスに暮らしており、イギリスの近衛騎兵連隊ライフガードの任務にあたっていた。インド総監でもあった。
以降、アスター家はイギリスに移ることになる。アスター家とおしでは現在は8世となるが、4世の子孫ではないため、ウィリアム・ウォルドルフ・アスターからスタートしたウィリアム・ウォルドルフ・アスター4世ということになる。
どの家にもお家騒動があって「●●●家」で十把一絡げに語ると真相は分かりにくくなる。
ウィリアム・ウォルドルフ・アスター家のほうはイギリス・フランス連合と考えてよいのではないだろうか。


アイルランド移民を支援したのがタマニー・ホールならば、ユダヤ系ギャングを支援したのはユダヤ名誉毀損防止連盟(ADL)である。
ユダヤギャングが暗躍し始めた頃にはニューヨーク市警察も取り締まりを強化したが、ユダヤ名誉棄損防止連盟がユダヤ人を不当に扱うと非難して大々的に抗議活動を行った。(今の黒人問題のような感じ)
ニューヨーク市警察長官はその地位を追われ、結果警察も委縮。
そんなずる賢さも手伝ってユダヤ系ギャングは隆盛を極めることになった。
ユダヤ名誉毀損防止連盟(ADL)は現代でもユダヤ関連で様々な抗議活動を行っている。
今でこそ穏健派と言われるが、それは1968年に過激派であるユダヤ防衛同盟が出来たからである。


上に書いた「殺人株式会社のリーダーは“レプキ”・ルイス・バカルター。東欧系のユダヤ人(ユダヤ系)である。
その右腕だったジェイコブ・"グラ"・シャピロ。ロシア系のユダヤ人(ユダヤ系)。

だが殺人株式会社を組織したのは彼らではない。
ユダヤ系ギャングのボスであったマイヤー・ランスキーである。

上の転載文に「1930年代前半に、ラッキー・ルチアーノを中心とするニューヨークのイタリア系ユダヤ系犯罪シンジケートが、「縄張り争いは各々のビジネスを損なう」という発想の元、殺人行為を規律化するため、プロの殺し屋から構成される暗殺専門の執行機関を作った」とあるが、マイヤー・ランスキーはラッキー・ルチアーノの少年時代からの親友だった。

ルチアーノとの出会いはユダヤ人の用心棒などをやっていたルチアーノが、小柄だったランスキーに目を付けて自分を雇わせようとしたのが発端で、ランスキーは用心棒など要らないと突っぱねた。ランスキーが体格で大きく上回る自分に断固とした態度をとってきたことに驚いたと言い、以降無二の親友となった。身長は低く160前後だったという。

ラッキー・ルチアーノは、シチリア出身のニューヨーク拠点マフィアの最高幹部となる。
マフィアの古いしきたりを一掃してビジネスライクな組織に変革させた人物でもある。

(シチリア発の)マフィアは日本のヤクザや香港の三合会とは異なり、徹底した秘密組織・非公然組織である。これはマフィアには構成員に服従と沈黙を厳しく命じる血の掟(オメルタ)が存在するためである。掟を破った時には、他の構成員に対する見せしめの為、凄惨な制裁がなされる。行方不明になり、のちに拷問を受けた痕のある惨殺体で発見される例が最も多い。
この掟と正式構成員が少人数であることが相まって、マフィアに対する犯罪捜査は困難である。


その代わりに縄張り争いによる抗争に民間人を巻き込まないなどの決まりもあったわけである。
でもそんな古いしきたりは一掃してビジネスライクに徹する。
マーダー・インクの説明に、「仕事はあくまでビジネスと割り切る」、「決して民間人を巻き込まない」などの厳しいルールの下で任務を実行したという、と書いてあるがビジネスと割り切るからこそ殺人依頼のターゲットが民間人でも場合によっては引き受けられるのだ。
「決して民間人を巻き込まない」というのは古いしきたりである。
またマフィア同士の抗争は殺しで落とし前を付けるのではなく金で解決できるようにもした。これでこそビジネスライクである。
こうしてマイヤー・ランスキ―は「全米犯罪シンジケート(NCS)」を組織することに成功した。
シチリア発のマフィアもここに加盟していた。
マイヤー・ランスキ―はギャング・マフィア界の頂点に立つことになる。

(マフィアの)主な活動内容は麻薬取引、殺人及び暗殺、密輸、密造、共謀、恐喝及び強要、みかじめ料(縄張り地域で営業する店舗から喝取する占有料)徴収、高利貸しなどの犯罪と、不動産業など合法的なものである。

「ワイズ・ガイ」(wiseguy)であるように、マフィアのメンバーは個人事業者であり、一つに限らずあらゆる商売をする。賭博のノミ行為、暴利金融、ポルノ・セックス関連、故物売買以外に、パートナーと言われる周旋業がある。商売をしたい、賭博をしたい人間と、彼らにサービスを提供できる人間を繋ぎ、その代わり共同経営者になったり手数料を貰ったりする仕事である。

売春と賭博は「名誉ある男」が行うビジネスではないとされており、ご法度とされている。イタリアの流通業界団体の報告書によればマフィアは年間約1300億ユーロ(約15兆8600億円)の売上高を上げているとの推計を発表している。


上記にはないが保険金を巻き上げることもマフィアの重要な活動である。保険金というからには合法であろう。
しかし保険金を払わないと必ず良くないことが起こる。
でも古今東西、一番の活動はやはり麻薬取引である。

上記マフィアの活動には賭博はご法度とされているとあるが、マイヤー・ランスキ―の有力支援者はユダヤ人賭博王であった。
アーノルド・ロススタイン
アメリカの実業家、ギャンブラー、ギャング。組織犯罪の元祖とされ、ラッキー・ルチアーノやマイヤー・ランスキーに多大な影響を与えた。
またマイヤー・ランスキーと親しかったユダヤ系ギャングのべンジャミン・シーゲルは酒の密売と麻薬で稼いだ資金を元手に「ラスベガス」を作った。
アメリカのギャングには賭博が御法度なんてことはなかったのだ。
べンジャミン・シーゲルはハリウッドとの関係も深い。
ハリウッドの社交界に出入りして人脈を築く傍ら、手練手管でハリウッド映画のエキストラ組合に強引に入り込み、組合ストを盾に大手映画会社から示談金を巻き上げた。また映画スターから金を借りて返済せず、そうして懐に入れた金は年に40万ドルにも達した。
ケーリー・グラント、ハンフリー・ボガートら多くの映画スター、プロデューサーと交際し、ケティ・ガリアン、ウェンディ・バリー、ジーン・ハーロウ、マリー・マクドナルドらハリウッド女優と浮き名を流した。 


「全米犯罪シンジケート」の最高幹部の1人で、「殺人会社(Murder Inc.)」のメンバーでもあったアブナー・ツビルマンというユダヤ系ギャングもハリウッドに多額の投資をしていた。

活動がビジネスライクになってくると、民間人とギャング・マフィアの見分けがつきにくいという難点がある。
べンジャミン・シーゲル家の近所の人は彼がギャングスターだなんてことは全く知らず企業の役員か何かだと思っていたという。

ユダヤ系ギャングのマイヤー・ランスキ―とシチリア発マフィアのラッキー・ルチアーノ、それにやはりユダヤ系ギャングのべンジャミン・シーゲルが組んで、「殺人会社(Murder Inc.)」を設立して私的に運営していた。
ビジネスライクと言っても金で解決できると言っても、やっぱり最後は殺人。
この世には金で動かない人間がいる。そうなったら殺しで動かなくするしかない。
人々が最も恐れるのも金ではない、死(殺し)である。
こうして「全米犯罪シンジケート(NCS)」は確かなものになっていった。
CIAはここと関係を深めていく。









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by yumimi61 | 2017-07-02 17:46