2017年 10月 06日 ( 1 )

2017年 10月 06日
日本国憲法の秘密-580- (加計学園問題について)
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エスクァイア日本版という雑誌の2006年12月号。
昨日ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロが掲載されている。
上の写真はその雑誌。写真の右側はFreedomという名のルイ・ヴィトンのページ。
ルイ・ヴィトンページの撮影場所は館林美術館で、実は私その撮影に偶然出くわしたのだ。
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カズオ・イシグロという作家はそれより前から知っていた。
ルイ・ヴィトンの美術館のページの一部分を写真に撮り加工して作った私の作品は↓(2007年9月28日『超現実』 )にある。


Kazuo Ishiguro の記事より
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(略)
 彼が故郷に見たものは自分の思い出にある風景とはまったく異なる世界であった。そのときイシグロ氏は驚きも失望もしなかったという。しかし彼は確信したのではないだろうか。作家としての自分が求めているのは現実の日本ではないということを。
「もっともデビュー当初、批評家たちは僕のなかに僕自身が意識していない”日本的なるもの”を見つけようとしていたかもしれませんね。異国情緒とか精神性とか」
 悪戯っぽく微笑み彼は続けた。

(略)

 私たちは近頃よく耳にする「美しい日本」という符丁についての話をしていた。
「それは、ものすごく危険な言葉ですよね。耳には心地よく響くけれど、とても浅い。ノルタルジアは、ときにいとも簡単にナショナリズムと結託します。そんな匂いがしてくる言葉ではないでしょうか」

(略)
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オリンピックやノーベル賞はときにいとも簡単にナショナリズムに結託します(笑)


2015年10月22日「日本国憲法の秘密‐81-」にも彼が登場した。
Never Let Me Go
日本の長崎で生まれ、海洋学者の父親の仕事の都合で5歳で渡英し、28歳の時にイギリスに国籍を移しイギリス人(日系イギリス人)となったKazuo Ishiguro 。
彼の書いた『Never Let Me Go(私を離さないで)』という小説はクローン人間と臓器提供に関係する話なのだけれど、クローンじゃない人間も結局は同じことなんだなぁと思うのだ。

臓器は細胞に置き換えることが出来て、いくら新しい臓器と交換出来ても、行き着く先が「死」である限り、大した変化はない。
80年の中の長さの攻防に過ぎない。
提供する側も提供される側も同じモノであるという現実。まさしくクローン・・・


再生とは何かということについて書きたかった。
野球と賭博は本質的には同じものである
(略)
上記辞書の意味からplayをするのがどんな人かまとめてみた。
俳優、子供、スポーツ選手(年齢不問・プロアマ問わず)、ゲーマー(年齢・プロアマ不問)、賭博師、投資家、演奏家、音楽愛好家、詐欺師、釣り師、狙撃手(犯人含む)、消防士、猟師、ギャンブラー、ハスラー、遊び人。

ここに学者も仲間入りする。
他動詞1に例の1つとしてこのように書いてある。
play God
神のようなふるまいをする(▼遺伝子操作など)

嘘をつくことが仕事である小説家も含めたほうがいいですか?




自民党は社会党・村山首相を誕生させるために「リベラル政権を創る会」を結成した。そして1994年6月30日、自社さ連立による村山内閣が誕生した。
しかしながら日本において今回の選挙ほど「リベラル」という言葉が世間に向けて大々的に用いられたことがあっただろうか。
アウフヘーベンなんて言葉を使うなと怒る人はリベラルなんて言葉を使うなと怒ったほうがよいと思うが。

リベラル(liberal)という単語の意味。
気前のよい、大まかな、(…を)惜しまないで、けちけちしないで、たくさんの、豊富な、寛大な、度量の大きい、開放的な、偏見のない

外国でリベラルと言う場合、キリスト教と深く関係するものである。(過去記事参照)

(保守)
宗教改革前のキリスト教:カトリック
カトリック教会が権威を振りかざし信徒の信仰心を利用してお金を吸い上げ腐敗していった。

   ↓↑
(改革)
カトリック教会に異を唱え宗教改革:プロテスタント(福音派)=聖書を唯一の神の言葉と信じる教会(万人司祭主義)


さらに時代が進む

(保守)
カトリック教会に異を唱え宗教改革:プロテスタント(福音派)=聖書を唯一の神の言葉と信じる教会(万人司祭主義)

   ↓↑
(改革)
近代主義や合理主義の先端を自負、科学発達・科学信仰により聖書批判:リベラル
聖書が神だなんて信じられないという派閥。この派閥が福音派を非難や侮蔑の意を込めて「キリスト教原理主義」と呼ぶ。



プロテスタント(福音派)が対立したのは過去にはカトリック教会だったし、現代ではリベラル派となる。
ということで、プロテスタント(福音派)の対立相手であるカトリック教会リベラルがわりと近い路線をとることは十分に考えられることである。


聖書の正しい読み方はどちらか?福音主義とリベラルとの議論

近年のドイツでは、教会の出席者が激減しています。かつて30〜40年前は、国民のおよそ80%が教会の礼拝に出席していましたが、今ではその割合が5%を切るほどになっているのです。このような傾向は、ドイツだけでなく、他の西欧の諸国全体において、顕著に見られる現象です。

一体何が、このような現象を生じさせているのでしょうか?それは西欧のキリスト教世界に浸透してきた「リベラル神学(自由主義神学)」がその原因です。リベラルとは、簡単に言えば、聖書全体を神の言葉と見る保守的な信仰(福音的)に対し、聖書全体を必ずしも神の言葉とは見做さずに、人間の理性や感覚を重視する神学的立場のことです。

このようなリベラル神学が教会で教えられ始めると、人々は神に対する信仰を無くし、教会離れが加速していくのです。

True Ark Bible 聖書が語る―真実と希望のメッセージより)

リベラルの台頭により教会離れが加速していくと書いてあるが、この教会とはカトリック教会ではなくプロテスタント教会である。
プロテスタントを代表する国がドイツでありアメリカである。
こうした国でリベラルが幅を利かせるようになった。
アメリカの政党で言えば民主党がリベラルなのだ。
弱者の味方のイメージからリベラルには田舎っぽくのどかなイメージがあるが、実は全然逆なのだ。近代的で合理的で科学崇拝する。

リベラル.クリスチャン“とは、実は全くクリスチャンではないのですが、その教えでは、人間の理性が強調されて、それが最終的な権威として扱われます。
リベラル神学者たちは、キリスト教と世俗の科学と”現代的考え”とを調和させようと努めます。
そうすることで、科学を全知、聖書を間違いにあふれた偽りとして扱います。

リベラルクリスチャン神学とは何?より)


聖書の登場人物は何百歳であったりするので、それを信じれば大昔の人間の寿命は今よりずっと長かった。今より長生きできた。
昔の社会は科学的でなかったと仮定するならば科学が発展して人間は寿命を縮めたことになる。
もっとも昔と今では時間の概念(単位)などが違うかもしれないから何とも言えないところがあるけれども。
でもまあ聖書には、大人も子供もいて、長老も赤ちゃんもいる、また子供を何人も産む人が存在していた。となれば平均寿命が10歳だったということはないであろう。
何百年も何千年も前には今より長寿だったか、何百年も何千年も前から人間の寿命はそれほど大きく変わっていないか、そのどちらかなのだ。
現代において途上国と先進国の極端な例を比較しても平均寿命の差はせいぜい30年くらいである。




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by yumimi61 | 2017-10-06 12:47