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2014年 10月 31日
甍(いらか)百五十五
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節穴から覗くように手に取るように

あの人のことが分かった

言葉にするのは憚れるけど

誰にも忌憚されず生きていくことを

たぶんその人は望んでいたはずだから

月も日も無い世界は残酷で冷徹だけれども

まだ闇と星があるさと憂いと欣喜を湛える

横並びの人生を嫌いつつ電光に強く憧れた

秋冬の時を迎えて黄泉を思えば

あの空に書くのは祈り

  


じゃあもう仕方ないな?
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by yumimi61 | 2014-10-31 10:15
2014年 10月 30日
甍(いらか)百五十四
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今年の9月16日、震度5弱の地震があった時に倒れた物たち

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これは今年の5月15日に撮った写真


高いハードル
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by yumimi61 | 2014-10-30 15:28
2014年 10月 28日
甍(いらか)百五十三
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現在、草津町には新聞販売店が1軒しかない。
ということは全ての新聞を扱う合売店であると思われる。
その名も「山本新聞店」である。
山本新聞店の少し東側(右側)に「ルーバン山田」という宿があるが、公式サイトによれば近代的なホテルでも老舗旅館でもないそうだ。


新聞記事への文句を新聞社ではなく販売店に言うようなこと?
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by yumimi61 | 2014-10-28 13:50
2014年 10月 26日
甍(いらか)百五十二
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雲の上の人!?
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by yumimi61 | 2014-10-26 13:38
2014年 10月 25日
甍(いらか)百五十一
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雨の日には下ろされる日の丸
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by yumimi61 | 2014-10-25 15:35
2014年 10月 24日
甍(いらか)百五十
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いつでも空けてあります。
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by yumimi61 | 2014-10-24 10:41
2014年 10月 22日
甍(いらか)百四十九
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安田財閥創始者・安田善次郎は富山県の出身。
今でも「越中富山」という呼び方が残っているが、廃藩置県で富山県になるまえが越中国であったからである。
越中は戦国大名による強い支配政権が成立していなかったため権力闘争など内戦がたびたび勃発した。
この内戦は隣接国の戦国大名である上杉謙信と武田信玄(一向一揆)の代理戦争のようでもあった。
(一向一揆は浄土真宗本願寺教団の信徒が起こした数々の一揆)
武田信玄が亡くなると、双方ともに越中に興味が無くなり争いは自然と収束していった。
その頃、越前の一向門徒に戦いを挑んだのが織田信長である。
これを脅威に思った越中の旧武田派や浄土真宗の僧・本願寺顕如が上杉謙信頼みとなり、越中は上杉の手に落ちた。

今度は越中を巡って上杉謙信と織田信長が戦うようになる。
上杉側が勝利するも謙信が亡くなると上杉側の内紛勃発 ⇒ その間に織田側が侵攻し勢力拡大 ⇒ 織田信長が本能寺の変で死ぬ ⇒ 織田側の佐々成政が越中を統一 ⇒ 織田家の実権争い(柴田勝家・織田信孝vs羽柴秀吉・織田信忠の遺児の秀信) ⇒ 佐々成政は柴田側に付き秀吉(元織田家臣、後の豊臣秀吉)と対立 ⇒ 北畠家の養子になっていた織田信長の次男が織田姓に復活し秀吉側に付く ⇒ 勝家が秀吉に敗れて死ぬ ⇒ 成政が加賀・能登の前田利家(秀吉側)と戦う ⇒ 秀吉の大群が富山城に立てこもった成政を包囲し降伏させる ⇒ 越中の大半は前田に与えられた ⇒江戸時代初期には越中全域が前田領となった ⇒ 後に加賀藩の支藩として富山藩が置かれたが大半は加賀藩領であった ⇒そのまま廃藩置県を迎えた

徳川家康は自らを清和源氏新田氏流と称していた。
徳川家康のルーツは群馬県にあると言われている。
それはともかく家康は松平家から出された人質として大名家を転々とする子供時代を送っていたが、成長して織田信長と同盟関係を持つようになる。
元々の領土は現在の愛知・静岡あたりで、山梨・長野方面へも進出した。
織田信長没後に勢力拡大した豊臣秀吉と戦い勝利するも平和的に講和を結ぶ。
この後に、秀吉と対立していた越中の佐々成政が自ら冬の北アルプスを越えて、「再度挙兵を!」と家康を説得しに行くも願いは叶わなかった。
(これを「サラサラ越え」と言う。冬季の北アルプスを本当に越えられたのか?山岳ガイドが付いていたということだけれども、これは伝説の域をでないだろう。それほどの覚悟を持って臨んだ面会だったということで。そのルートにはザラ峠という場所があり本来ならば「ザラ越え」や「ザラザラ越え」と呼ばれるべきだが、「サラサラ越え」として後世に伝わっていることもそれが簡単であったことを示唆している。連合赤軍の妙義山越えも・・。春の小川はサラサラ行くよ~♪)
秀吉の異父妹を妻にした家康は岡崎城(愛知)でマイペースに暮らしていたが、秀吉から母子が人質として送られてきた(私に面会に来なさいという催促。面会に出向くと言うことは巨下として従うことを意味していた)。
仕方なく豊臣秀吉に会いに行き忠誠を約束した。
秀吉からは関東への領地替えを命じられて、住み慣れた愛知を離れてのお引越し。豊臣秀吉政権下の最大領地であった。
秀吉が没した後には天下の覇者となり、長く続いた江戸時代の礎を築いた。

越中富山は「売薬」で知られている。
エボラ出血に効果があるとされる薬を開発したのが富山化学工業(富士フイルムグループ)であった。




赤門と赤線、石川・富山と東京
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by yumimi61 | 2014-10-22 15:02
2014年 10月 21日
甍(いらか)百四十八
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全共闘・新左翼・学生運動・安保闘争・反ベトナム戦争の聖地、東大安田講堂。
東京大学安田講堂の「安田」とはそう、安田財閥創始者である安田善次郎の事。
オノ・ヨーコさんの曽祖父である。
右翼に殺されたということになっている。
日比谷公会堂も安田の寄付によって造られたものである。


東大という特殊な場所
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by yumimi61 | 2014-10-21 13:42
2014年 10月 18日
甍(いらか)百四十七 *御嶽山特集八*

行く水に過ぐる時をば浮かべれば よしなしごとは消え果てぬめる


山荘情報(こちらを参考

■御嶽頂上山荘(剣ヶ峰頂上への最後の階段の上り口にある山荘)
 (住所)長野県木曽郡木曽町三岳 
 (期間外連絡先)長野県木曽郡木曽町三岳3304 新井龍雄さん

■御嶽剣ヶ峰山荘(御嶽頂上山荘と前後して並ぶ山荘) 
 (住所)長野県木曽郡木曽町三岳
 (期間外連絡先)長野県木曽郡王滝村3159-3 木曽御獄観光 かつてはこの山荘も個人経営だったらしい。

■王滝頂上山荘(王滝御嶽神社の前)
 (住所)長野県木曽郡王滝村
 (期間外連絡先)長野県木曽郡王滝村3159-3 木曽御獄観光

■二ノ池本館(エメラルドグリーンの池のそば)
 (住所)長野県木曽郡木曽町三岳
 (期間外連絡先)長野県木曽郡木曽町三岳3304 新井龍雄さん

■二ノ池新館
 (住所)長野県木曽郡王滝村2881  施設県名が東京都になっている
 (期間外連絡先)東京都調布市東つつじケ丘3-7-5

五の池小屋・・北から登ってくるルートにある
(今回の噴火でニュースに取り上げられていた山小屋。山小屋のすぐ裏手に 大瀧霊神を祀る飛騨頂上神社あり。飛騨側の御嶽神社奥宮となるが2010年に作られたもののようだ。神社のルーツは不明)
 (住所)岐阜県下呂市
 (管理者)岐阜県下呂市


不思議なのは二ノ池新館。
岐阜県(下呂市)と長野県(木曽町)の県境付近にあり、はっきりどちら側に属しているのか分からないが、少なくとも地図上では王滝村ではない。
二ノ池本館住所に王滝村と記されているものもあれば、「王滝村連絡先」として上記住所を記し、「山小屋直通」として電話番号だけ記入してあるものもある。別途「東京連絡先」もあり。
持ち主や管理者が誰であっても住所は住所だと思うのだが・・・。なんか少し怪しい感じ。飛び地?


▲御嶽教のおさらい
 明治15年5月17日に明治天皇の勅裁により開教された教派神道であり、現在、木曽と奈良に両本宮をおき平成24年に開教130周年を迎える由緒ただしき宗教団体で、天皇陛下即位20周年、又ご成婚50周年祝賀会に現管長が奉祝役員に選ばれ、宮中茶会にご招待を賜わりました。
八丁ダルミ付近の「まごころの塔」や「御嶽教神火祭斎場」は御嶽教90周年記念に作られたものであることはすでに述べたとおり。

里の本宮 御嶽山大和本宮
 (住所)奈良県奈良市大渕町3775

・山の本宮 御嶽山木曽本宮 
 (住所)長野県木曽郡木曽町福島和合4412-1


ここではまた別の本宮が出てくる。
現在、御嶽教神火祭は御嶽山木曽本宮で行われている。
御嶽教と御嶽神社の関係はいかに?
1944年に御嶽教などの教団と御嶽神社が「木曽御嶽山奉賛会」を設立し、その後「御嶽山奉賛会」と改称し神社の運営を行っているそうだ。



・戻ったオレンジ
・山荘と言えば「あさま山荘」だったね!
・灰に弱かったオレンジ?
・狙われたローリータンク!?
・写真について



御嶽の秋
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by yumimi61 | 2014-10-18 11:55
2014年 10月 17日
甍(いらか)百四十六 *御嶽山特集七*

彼の人は野辺の煙で天に消ゆ 世に降るたづきそこにやあらむ


・やっぱり無かった避雷針
・どうしてそれが分かったのか ~検視と検死と検案~
・何のために知りたいか


驚天動地
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by yumimi61 | 2014-10-17 12:16