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2015年 09月 30日
日本国憲法の秘密-64-
生体リズムが違う

9月27日「日本国憲法の秘密-63-」に載せた月の写真は、9月27日17時41分に撮った写真。
9月27日は中秋の名月(十五夜)だった。

9月28日「Supermoon2015」に載せた月の写真(一番上)は、9月28日18時16分に撮影した写真。
その下の写真は同日20時~20時30分頃に撮影した写真。

群馬県(前橋市)の月の出。
9月27日は17時01分。
9月28日は17時43分。
群馬県と東京都の月の出の時間はこの両日とも3分違う。(群馬のほうが遅い)
・北海道(札幌)と東京都では6~9分違う。(北海道のほうが早い)
・福岡県(福岡)と東京都では38~39分違う。(福岡のほうが遅い)
・沖縄県(那覇)と東京都では48~52分違う。(沖縄のほうが遅い)

9月27日と28日の各地の日の出と日の入りは下記の通り。
<札幌>
5時26分 17時25分
5時27分 17時23分 
<東京>
5時32分 17時32分
5時33分 17時30分
<前橋>
5時35分 17時34分
5時36分 17時33分
<福岡>
6時09分 18時11分
6時10分 18時09分
<那覇>
6時20分 18時21分
6時20分 18時20分  

人は自然に則った生体リズムを持っている。それは宇宙から与えられるリズムである。
それと同時に緯度や経度も違い年齢も違い成長のスピードや幅も違う。さらに様々な面で個人差がある。
広義には一律のリズムは必要不可欠なものではあるが、狭義に見れば、一律のリズムをあてがえばどこかの誰かに無理が生じてくるのは必然である。


どこから見るか

現在の暦は太陽暦である。
旧暦は月の満ち欠けを基にした太陰暦(季節とのずれを修正した太陰太陽暦)である。
太陰とは月(moon)のことである。
月の満ち欠けとは、新月(朔)から始まって少しずつ満ちて満月(望)となり、また少しずつ欠けていって新月に戻るさま。
地球上における月の見え方であり、本当に月が欠けるわけではない。
見えない部分は影である。見えない時は影を見ていると言い換えることが出来る。
人々が一般的に月と言う場合には見える部分を指している。三日月や半月、満月などの言葉がそれを象徴している。
だから考えようによっては月は「陰」ではなく「陽」である。
太陽を見ると目が傷む。だから太陽を直接見てはいけないと習い、太陽を見る時は陰で見る。
考えようによっては太陽は「陽」ではなく「陰」である。

月が地球の周囲を公転する周期(朔望月;月の満ち欠け周期))は一様ではなく29.3~29.8日で変化する。
月の軌道は楕円であり、速度も一定ではなく、地球の影響も受けるということで、月の動きは複雑なのだ。
平均では29日12時間44分02.879秒(29.53089日;29.53日)。
新月から始まって満月になり再び新月に戻っていくまでの期間の平均は29.53日ということ。
この周期が月齢として数えられる。旧暦はこれが1ヶ月だった。
29.53日×12か月=354.36日/年
1年365日というのは、太陽が黄道上の分点(春分・秋分)と至点(夏至 ・冬至)から出発し再び各点に戻ってくるまでの周期のことである。
要するに地球の公転周期であり、太陽年や回帰年とも言う。
太陽暦と太陰暦は修正しなければ1年で11日も違うのである。


新月や満月というのは何月何日とか月齢何日と決まっているわけではなく、太陽・地球・月を真上から2次元(平面的)に見た時に一直線になった時の事である。
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http://www.kids.isas.jaxa.jp/zukan/solarsystem/moon01.html

一直線になって影になるという状態はつまり月食や日食の状態であるので、月食や日食は平面的には毎月起こる。
実際には月の公転軌道が地球の公転軌道に対し傾いているため完全に隠れるということは少なくなり(3次元的条件をクリアする必要があり)、珍しい天体ショーとして取り上げられる。


月の公転周期(恒星月)は27.32日である。
月は公転と自転が同期しているので、自転周期も27.32日である。
(29.53日と言ったじゃないか?)
月が地球の周りを公転している間、地球も太陽の周りを公転している。
その影響で恒星月より朔望月(見かけの満ち欠け周期)のほうが少し長くなってしまうのだ。
同じ月の周期でありながら1周あたり2日ほど差が出る。


十六夜

中秋の名月は旧暦8月15日の夕方に出る月のことである。
現在使われている暦と旧暦の日にちは一致おらず、旧暦を太陽暦に当てはめると毎年日付が変わる。
今年の旧暦8月15日は9月27日だったということなのだ。

十五夜が満月というのは、月のおおよその満ち欠け周期29~30日の真ん中15日が満月になるという考え方である。
天文学的な満月は前述した通り、太陽と地球と月が一直線上になる時。軌道が楕円だったりするため、この状態になる月齢は一定ではない(月齢15とは言えない)。
そもそも十五夜(旧暦の15日)は月齢15でもない。
何故かと言うと、月齢0も暦(旧暦)の1日もどちらも新月(朔)であるが、月齢は0という数字から始まり、暦は1という数字から始まるからである。
また数字で0や1と表したとしても幅を持っている。
そして月や地球は1日の何時何分何十秒にまとめて1日分動くわけではなく、絶えず少しずつ動いているわけである。
旧暦1日(新月・朔)は月齢0.0±0.5日の状態にある月である。
従って15日の月齢は14.0±0.5となる。月齢13.5~14.5である。
15日=十五夜ということならば、十五夜の月齢は14(13.5~14.5)となる。
十五夜=満月ということにするならば、十五夜満月の月齢が14になってしまうのだ。

月齢15(14.5~15.5)は暦では16日。十六夜である。
満月の平均の月齢は14.8なので、満月は十五夜ではなく十六夜というべきであろう。

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http://www.nomu.com/ouchi/special/201309/03.html




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by yumimi61 | 2015-09-30 13:45
2015年 09月 28日
Supermoon2015
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シーラ!?

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by yumimi61 | 2015-09-28 21:50
2015年 09月 27日
日本国憲法の秘密-63-
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犬猫問題 (少数派ペットや家畜には触れていません、ごめんなさい)

屋根で上で救助を待っていた人と犬。
結局無事に人も犬も自衛隊に救助されたらしい。(私はその中継は見なかった)
世間の反応はおそらく二分するのではないかと思っていたが、やはり「犬も家族、救助されて良かった~。自衛隊の人ありがとう」という反応と、「人命優先、ルール違反」という反応があるようだ。
これは野良猫問題にも通じる。
野良猫に餌をあげるなど愛護すべきかルール違反だからやめるべきか、というような。
餌をあげないで飢え死にする分には構わないが個人が積極的に殺すことは許されない、というような。
多頭飼育は問題にするが子沢山大家族は称讃されるという取り上げ方の違いのような。

茨城県は犬の殺処分数が全都道府県中トップという状態が続いている。
平成17~25年度(2005~2013年度)の9年間連続1位。
犬と猫では猫の殺処分のほうが多いし、全国的に殺処分数は減少傾向にはある。
茨城県も犬の処分数は減少傾向にある。(茨城県のデータ
猫も含めた犬猫殺処分数の上位は西の都道府県が占める。
広島県、大阪府、福岡県、兵庫県、愛知県、長崎県、沖縄県、愛媛県、山口県など。
そこに関東の茨城県と千葉県が入ってくる。

上記は処分数であるが、それを人口比にすると犬猫処分数のトップ10は全て西の都道府県となる。
上記の県の他に、高知県、香川県、徳島県、和歌山県などが上位でランクインしてきて、茨城や千葉は10位には入らない。
犬猫を飼っている人の数、飼われている犬猫の総数、保健所に処分を依頼するという行為、捨てるという行為、業者による放置(捨てる場所の選択)、野で繁殖して増えてしまった犬猫、野良として生きていける環境の有無など様々な要素が絡むので、多い少ないという単純な比較で論ずることはなかなか難しくもある。

参考までに人口100人あたりの犬の登録数ランキング。飼われている犬の数。
自治体から狂犬病予防注射のお知らせが届く犬が登録済みの犬。
多い所はとくに災害時の対策を練っておいたほうが良いかもしれない。
多いトップ10は、三重県、香川県、岐阜県、群馬県、山梨県、愛知県、茨城県、静岡県、熊本県、高知県。
少ないトップ10は、山形県、東京都、福井県、秋田県、大阪府、奈良県、石川県、新潟県、鳥取県、富山県。
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http://grading.jpn.org/Divtx0740002.html



焼き鳥とか焼き魚とか・・?(手羽はいけるけど七面鳥の丸焼きはちょっと苦手です)

9月20日~26日は動物愛護週間だった。
週刊新潮は9月24日号で「行き過ぎた動物愛護」という記事を掲載したそうだ。
「自衛隊の犬救助をもう記事にしたのか、仕事が早い」と思ったら全然違った。
諏訪大社で毎年元日に行われている蛙狩神事のことらしい。
なんでも生きたまま蛙を串刺しにする伝統行事だそうで・・・。
それに対して「人形など代替品を用いてほしい」と要望していたのが、「動物愛護を考える茨城県民ネットワーク(CAPIN)」というNPO法人で、そこに新潮社が取材を申し込んだ。(経緯などはCAPINのブログを
この法人は茨城県つくば市に事務局があるようだ。
今日は私は蛙の話をするつもりはないのだが、参考までに言うと諏訪大社とは長野県にある神社である(長野のそれが全国の諏訪神社の総本社)。
長野県や群馬県はイナゴを佃煮にして食するという食文化もある。
また諏訪神社には、男児が神官に選ばれ任期を終えると人身御供として殺されるという「一年神主」の伝承も残っている。(ということをこちらに書いたことがある)(蛙がすでに代替品だったりして・・・)


頑張れ犬

常総市の浸水の際、水に浸かった状態でフェンス際で物憂げな顔をしている2頭の犬がテレビに映し出されたという。
「あの犬を助けたい!」とCAPINの会員がTBS(放送していた局)に場所を問い合わせたのだが、諸事情あって分からなかったんだとか。(CAPINブログより
でも無事が確認できました
「犬走ってますよ、その辺」「いましたよ昨日も」
会社の敷地内の空き地に住み着いていた犬らしく、要するに野良犬ということなんですね。
この犬の行く末を心配したほうがよいでしょうか・・。


群馬県と茨城県の共通点

犬の殺処分数9年連続トップの茨城県は、都道府県魅力度ランキングでは2年連続(2013年、2014年)最下位だった。
魅力度ランキングで最下位を争っているのが同じく北関東の群馬県である。
群馬県は犬の殺処分数は上位ではなく、どちらかと言うと下位だが、人口当たりの犬の登録数を見れば関東で多いのは群馬と茨城である。

TVガイド 魅力度ランキング最下位争いの茨城&群馬

現代ビジネス 「お前らにはいい温泉がないだろ」「そっちは海がないくせに」群馬県vs.茨城県「人気」なき戦い 北関東死闘篇 最新「都道府県『魅力度』ランキング」で最下位争い


おおこんなところに!

茨城県民も嘆いています。

魅力度ランキング47位の茨城県!魅力が無い理由がヤバかった!(まとめ)

47位の県 茨城県(トトの間へようこそ)

でもそんなに気にすることないと思いますよ!(群馬県民に言われても?)
実は私も前に「魅力度ランキング」について書いたことがある
そんな調査があると知ったのは群馬県知事選挙選だった。





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by yumimi61 | 2015-09-27 14:33
2015年 09月 26日
日本国憲法の秘密-62-
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越水したソーラーパネル設置個所の河畔林について前述したが、決壊場所の上手にも樹木のある地が川に迫り出すように存在している。
かつてはもっと長くそれが続いていたのだろうか。
決壊場所付近は砂地が広く広がっている。
流量が少ない時(通常の場合)にはどちらにしても水はそこまで上がってこないので問題がない。
問題がないというか問題を把握しにくい。
問題は今回のように流量が増えて川岸まで水が迫ってきた時である。

出っ張っている樹木のある部分を抜けた水は広がりを見つける。
自然界は平均的安定的に動くと前に書いたが、水が少ない箇所(広がり)を見つけた水はそこに入り込む。
従って川岸近くにカーブのような流れが出来ると思う。
カーブする時、水が速く流れるのはカーブの外側である。
何故かと言うと、内側と同じに辿りつこうとするから。
距離のある外側はそれだけ速く流れなければならないのだ。

犬も一緒に

堤防が崩れて入ってきた水に押し流された家の屋根の上に人間2人と犬が2頭いた。
電柱の人と同様にこちらも再三テレビ中継で映し出されていた。
あれは流された家が2軒で、その2軒がちょうどよい具合に接したため、ベランダから一旦低いほうの屋根に上り、そこから高い方の屋根に移動できたのだと思う。
ベランダから自分の家の屋根に這い上がるというのはかなり大変で、特に犬を抱えて出来るようには思えない。
結果的には屋根に上らず2階の部屋に居ても大丈夫だったと思うが。
ところで屋根に上ったことはありますか?
私はある。子供の頃によく上った。
屋根は大抵斜めになっているので滑りやすい。濡れていたりすると余計に滑りやすい。
今回のお2人は長靴を履いていた。
着の身着のまま放り出されたわけではなく、やはりそれなりに時間はあったということだ。
(ただゴム長靴でも場合によっては滑りやすかったりもします。また隙間の多い長靴だとかえって危険になるかもしれません)
そして屋根の雪止めに足を置くような形で座っていた。
もっと屋根の高い所にいたほうがよいのではないかと思った人もいるかもしれないが、雪止めの凹凸に足を乗せて安定を取っていたのだと思う。
犬を抱いていて両手が塞がっているので上には行きづらい。


ソーラーパネルが無くて良かった

屋根に乗って救助を待った御宅の不幸中の幸いは屋根にソーラーパネルを乗せていなかったこと。
ソーラーパネルは当然よく陽が当たる所に設置するわけだから、一般家屋では屋根全体にソーラーパネルを設置するということはまずないと思うが、屋根がそれだけ狭くなる。
人間の避難場所としての問題だけでなく、ソーラーパネルに水という組み合わせは感電の危険性もある。
消火活動に支障を来たすとも言われているくらいなのだから、浸水や冠水、家屋の破壊などではそのリスクは高まる。(ソーラーパネルには火災の危険性もあるのだとか)
災害でダメになってしまったソーラーパネルを廃棄処分にする。
災害でダメにならなくてもいずれ寿命が来て廃棄処分せざるを得ない。
パネルには有害物質が含まれている。
空気を汚さない理想のエネルギーとして歓迎された太陽光発電だったが、製造にも廃棄にも有害物質が付き物である。
人間が物を製造し、やがてそれを廃棄するとなれば、多かれ少なかれ環境に負荷はかかる。これはもう宿命のようなものだ。
ところが人は往々にして製造過程や廃棄処理のことが抜け落ちてしまう。
話がだんだん大きくなってきたが、ソーラーパネルで感電しなくて良かったという話です。

もうひとつ思い出した。
前に山を切り崩してソーラーパネルを設置するのは本末転倒ではないかと書いたことがあるが、他にも「それはどうなの?」というソーラーパネルの案件(案じている件)がある。
せっかく温かみのある色合いのお洒落な洋瓦の屋根なのにグレーで無機質なソーラーパネルによって半分くらい隠されてしまっている件(大抵は目に入りやすい南側の屋根が隠れている)。
じゃあ日本家屋なら合うのかと言えばそれも微妙な件。
本末転倒と言えるかまでは分からないけれど、ソーラーパネルと一般家屋の組み合わせはデザイン的にいまいちなのではないかと思う次第です。
もうだいぶ前になるけれど太陽光発電のセールスマンにそれは言ったことがある。
「昔よりはだいぶ見た目は良くなったんですけどね~」と反論された。まあ確かに創生期よりは。
地面に置くソーラーパネルも風景と馴染みにくく、私は今でもソーラーパネルの出現に違和感を感じることがよくある。
































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by yumimi61 | 2015-09-26 13:04
2015年 09月 25日
日本国憲法の秘密-61-
すぐに流されたわけではない家

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赤線箇所が決壊場所。
黄色並びに桃色で囲ったのが流された家。
家を押し流すほど水の勢いがあったのはこの範囲に限られると思う。
数字は流された大まかな順序。

テレビで自衛隊による救出を生放送していたが、最初に映っていたのが3の家からの救出。
救出後まもなく家が流されたため、自衛隊の判断は素晴らしいと絶賛していた人が多数いたようだ。
テレビ映像ではその家の近くに比較的大きな木(緑)があるのが分かるが、グーグル写真では緑色は確認できない。
但し葉を落とす落葉樹があるように見える。
グーグルの写真は昨年の3月に撮影されたもののようなので、グーグル写真で緑に色が付いている木は常緑樹と思われる。
ズームで近づいた動画でもそのように確認できる。

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日本経済新聞社
~10日午後1時22分、茨城県常総市(共同通信社ヘリから)~


この写真ではまだ2の家はまだ流されていない。
決壊した時間は9月10日(木)12時50分頃と報道されている。
結果してから1時間経過した13時46分に撮影された映像でもまだ2の家は流されていない。
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zakzak夕刊フジ
~10日午後1時46分、茨城県常総市(共同通信社ヘリから)


ヘリから映像を撮っているということは共同通信社のヘリはこの時すでに現場にいたということになる。


田んぼとの境目

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写真は上に掲載したものと同じ。
それに道を入れた。紫の線が県道357号線。緑は脇道。
水の部分が多いので、都市部に住む人が写真を見ると随分と家が流されてしまったような印象を受けるかもしれないが、この辺りは田園地帯である。
家は県道沿いにある感じで、その後ろは田畑が広がっている。
流されて建物が何も無くなったのではなく、もともと建物が無い土地が広がっている。
赤く記した部分の角にある電柱に人が立っていて、救出の様子を生中継している際に何度も映し出されていた。
テレビに映っていた時には水の中に電柱がポツンと立っていたが、13時22分や13時46分の写真ではその横に車らしき物体が3台並ぶようにあるのが確認できる。
この後側は田んぼ。
田んぼは田植えの時期には水を張るわけだから、道路よりは少し低くなっている。

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スポニチ
~10日午後1時46分、茨城県常総市(共同通信社ヘリから)~


写真は決壊後約1時間経過しているが電柱に立つ人は運よく足もほとんど水に浸かっていない状態でいる。
身体が水に浸かっていれば体温も奪われるし、水の流れに引きずられる可能性もある。
流れてきたものにぶつかって怪我をするかもしれない。
また災害発生時にはこの人の年齢や健康状態、障害の有無など全く分かっていないわけだから、非常に怖い状態である。
「体力と気力と水位が持って良かった良かった」という結果論にしか過ぎないと思う。
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電柱の所にいた人は農家の人で田んぼでも見に行ったのかと思っていたが、タクシー運転手(64歳)だそうだ。

大雨:電柱につかまり「助かった」 鬼怒川決壊の常総 (毎日新聞 2015年09月10日 23時33分)

昼ごろ水位を確認しにいったところ、足元から堤防が壊れ始めた。周囲から「決壊したぞー!」と大きな声も上がった。急いで自宅へ向かい、あとわずかの距離で玄関という庭先であふれてきた水に流された。
 「一気に来た。ひざぐらいの深さだったけど流れが強くてとても抵抗できなかった」。少し流されたところに立っていた電柱に何とかつかまったが、水位はどんどん上がる。電柱をよじ登ると、近所の家が流され出し、妻と息子がいるはずの自宅の方向を見ると、既に流されていた。
 息子は数メートル先を流れていく車の屋根に乗っていた。お互い身動きできないままだった。2本先の電柱が倒れるのが見え、自分の電柱も倒れるかもしれないと思った。流れてきた材木を押さえ、電柱が倒れたらその材木につかまるつもりだった。


写真の車の上の人は息子さんではないのだろうか?
記事の続きにご家族が無事であったことが書かれている。

危機一髪!?

決壊現場付近で自衛隊ヘリコプターが救出活動を始めたのは14時を回った頃。
救出の様子をテレビ中継していた。
13時46分には流されていなかった2の家がこの時にはもう流されていた。
14時15分~30分くらいの時間に中央の3の家の中にいた数人を自衛隊が救出。
間もなくして3の家も流される。14時50分の映像にはもう同じところに3の家はない。

グーグル写真で桃色で囲った2の家とその上の2の家はへーベルハウスの家まで流され止まっていた。
流れた時に1階部分が破壊されてしまったようだ。
桃色の家は犬を連れた2人が屋根の上で救助を待っていた。
屋根の上に出たのはへーベルハウスの所まで流されてからのことである。
もう1つの流された家も1階部分の屋根の上に2人が乗っていたが、1階部分が壊れたこともあって水に流されかけた。
しかし地に足が付くことに気付いたのか歩いて助かったようだ。
一面の水と小さなビルのようなへーベルハウスと1階が壊れた家屋の映像を見ると、家屋の1階部分が水にの下にあるような錯覚に陥るが、この場所の水位はそれほど高くはない。
へーベルハウスの基礎部分がやっと隠れるくらいの水位である。

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zakzak夕刊フジ
~10日午後1時25分、茨城県常総市(共同通信社ヘリから)~


上の写真の手前2つの家がへーベルハウスまで流されていった家。
手前から3軒目が3の家。




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by yumimi61 | 2015-09-25 17:35
2015年 09月 24日
日本国憲法の秘密-60-
運送会社と防犯カメラ

群馬県伊勢崎市で突風によってソーラーパネルが無残な姿になってしまったことを覚えているだろうか。
今年の6月15日のことである。
「完成して1ヶ月経っていなんですよ」と所有者がインタビューに答えていた。
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グーグル写真にはまだソーラーパネルはない。
飛び散ったソーラーパネルではなく車ですのでお間違えなく。
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ソーラーパネルが壊れた現場の直ぐ近くに運送会社がある。
この会社の防犯カメラ映像が天候の急激な変化を捉えおり、報道番組などに提供されたようで当時テレビで放送されていた。
運送会社と言えば、大阪府寝屋川市の中学生が殺害された事件で、一番最初に女子生徒の遺体が発見された場所が高槻市の運送会社駐車場だった。
あの事件の報道では運送会社の駐車場が映る防犯カメラ映像をしきりに紹介していた。

なぜ運送会社の駐車場に1人の遺体だけ放置する必要があったのか。
2人のうち1人残している状態でわざわざすぐに発見されるような所を選ぶ意味とは?
残りの男子生徒は何故山の中に遺棄したのだろう。
大阪を離れておきながら再び大阪に戻り、遺棄現場を見に行って捕まるっていったいどういうこと?
未だに殺害場所も監禁場所も特定できないのだから、福島に向かう途中でもなんでも、もっと大阪から離れた別の場所で遺棄していたら見つからなかったのではないかとさえ思ってしまう。


川沿いのソーラーパネル



伊勢崎市には「シャープ伊勢崎太陽光発電所」がある。
昨年のちょうど今頃、私は太陽光発電のことを書いていて、シャープの発電所も列記した
シャープ伊勢崎太陽光発電所(上の地図黄色マーク)は川沿いであり、ちょうどそこには堰もある。
脇を流れるのは荒砥川という川で、大きな川ではない。
大きな川ではないが氾濫するのは大きな川のみではない。
広瀬川という用水路生まれの川に合流する。広瀬川は「一級河川」である。
シャープのソーラーパネルはその合流地点の少し手前となる。

グーグルとヤフーの地図写真にはまだソーラーパネル自体は写っていないが、すでに完成して稼働している。
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やけに主張しているシャープ発電所(グーグルマップ写真)


伊勢崎市の洪水ハザードマップからその部分を切り取った。(赤い線や文字は私が入れたものです)
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伊勢崎市はシャープと協定を結んでメガソーラー発電事業に乗り出したのだ。
つまりそこは市が所有していた土地である。
その土地の名は「安堀涵養地」であった。



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by yumimi61 | 2015-09-24 17:04
2015年 09月 23日
日本国憲法の秘密-60-
①堰
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②ソーラーパネル設置(現在はグーグル写真より広い範囲で設置されている)
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③水路
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④平らにしている感じ
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鬼怒川の堤防

ソーラーパネルを設置した近辺は林になっていたらしい。
その木々を伐採し、堀削工事をして、ソーラーパネルを設置した。
そこから容易に越水した。

鬼怒川は都会や下流域に住む人が「一級河川」に想像するような川の堤防ではない。
利根川でも中流や上流にはそういう所もあるのだが、鬼怒川は川幅もそれほど広くなく、また高低差があまりない上に、川と日常生活圏がとても近い。


十一面山(若宮戸山)


 茨城県常総市(旧結城郡石下町)大字、本石下、字、西原から若宮戸地内にかけて、平地林があります。鬼怒川中流域東側に広がる里山です。利根川水系鬼怒川の河畔砂丘林です。
 総面積、約20HA余(約20町歩余)です。
 日本経済が高度成長期にあった頃、河畔砂丘の川砂が大量に採取され東京方面の大規模工事などに使われました。石油やガスの普及により、薪炭林としても活用されなくなりました。赤松林も少なくなりました。周辺の桑畑や野菜畑も放置されました。笹、セイタカアワダチソウ、蔓草、ニセアカシャ、アカメガシワなどが、目立つようになりました。廃車などまでもが不法投棄されました。
 平成15年に「十一面山の自然を守り育む会」が結成されました。その後、この会は、「十一面山平地林保全整備促進協議会」と名称を変更しました。
 「平成15年2月にトラック150台分もの不法投棄物が撤去されました。のべ500人以上もの人々が1週間以上も汗を流しました。
 平成16年11月に420人余の人々で5千本の苗木が植樹されました。ヤマザクラ、クリ、イロハモミジ、コナラ、クヌギです。早いもので大きくなりました。里山の観察会、川の観察会、巣箱かけ、野鳥観察会、植物観察会、栗拾いなどのイベントが実施されています。



今日は大丈夫だろうと思う

耐震性に問題があるから建て替えをするとかいう庁舎の屋上で「庁舎さよならイベント」を行うと聞けば、え?と思う。
耐震性に問題があるから使うのをやめるわけで・・・。
そこにあえて子供を呼んでどうするつもりなのかと・・・。
地震なんてそれこをいつ起きるか分からないものではないだろうか?
そのイベントの最中に地震が起これば・・・・。

今日くらいは大丈夫に違いないという根拠のない自信に支えられているのだと思うけれども(それとも発生しないという根拠があるの?)、それは結局、もう少し大丈夫だろうとか、ここは大丈夫、まだまだ大丈夫、そんな考えにも繋がっているような気がする。


調整池

鬼怒川は常総市からもう少し下っていき、茨城県守谷市並びに千葉県柏市と野田市の境界で利根川と合流する。
川は上流から下流に行く過程で幾つもの支流が合流する。
従って当然河川はその分だけ流量が増えることになる。
上流のあちこちにある幾つものダムが有効水位を超え、ダム決壊防止のためにみな放流を開始すれば、河川水位はどんどん上がる。
下流の河川はそれに耐えなければならないのだから大変なのだ。
治水のためにダムを作ると言えば聞こえはいいが、ダムを作ったら放流することも考えてもらわないと困る。
ダムが増えれば放流量が増える。
それによる水害を防ごうと思うのであるならば、堤防もそれに耐えうるものに変えなければならない。



利根川の下流には調整池というものがあって、これが治水の役割を担っている。
池と言っても池ではない。普段は農地となっている。
何年かに一度、何十年かに一度(何百年に一度?)という大雨洪水の時に備え、越流堤を設けておく。
一部分だけあえて堤防を低くし、そこから横に水に逃げてもらうのである。
人工的な浸水や冠水。原始的な最終手段。
ただそこが生活圏だと困るので、広大な農地に犠牲になってもらうわけである。
浸水した時に農作物を育てていれば農作物はダメになるけれども、それは補償されるらしい。
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治水対策はダムではなく遊水地で~田中貯水池を見学


今回浸水のあった地域はまるで調整池のような印象を受けた。
そう言えば「災害救護」ではなく、「災救護」と書いてあったっけ・・・。




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by yumimi61 | 2015-09-23 14:58
2015年 09月 22日
日本国憲法の秘密-59-
植物は水を必要とする

水を必要とするのは人間ばかりではない。
私の母は園芸好きな人で私が子供の頃には家には幾つもの鉢植えの草花があった。
鉢植えの植物には水遣りが欠かせない。夏には朝に夕に水をあげないと萎れてしまったりする。
「萎れたらまた買えばいいじゃん」思うかもしれないが、ペットが可愛いのと同じで、植物好きな人にとっては我が子も同然。
一度萎れると完全に元の状態には戻りにくいし、萎れてもなお水が供給されなければ、その先に待っているのは枯れである。
そんなわけで夏に旅行などで数日家を空ける時は大変である。
ペットなら連れて行くということも出来るかもしれないが鉢植えの植物を幾つも持って旅行に行くことはさすがに出来ない。
母が何をしていたかと言うと、鉢を水に浸けて、底の穴から水を吸わせる「腰水」。(←長期行ったり、天候によっては根腐れする)
鉢のやや高いところにバケツなどを置き、その中に水を入れて、バケツの水と鉢の土を布や管で繋ぎ水を送る「毛細管現象」や「サイホン原理」利用法。
私が成人になってからは、私に水遣り留守番を頼むという安易な方法も思いついたようだった。


両天秤

植物の生育に水が欠かせないということはつまり、林や森は水を必要とするということである。
地球の水は循環していると前記事に書いたが、地球に水を供給しているのは雨や雪である。それ以外にはない。
鉢植えの植物が水遣りをしないと枯れてしまうのと同じで、雨や雪が降らない場所では林や森は存在できない。
だから雨量の少ない砂漠地帯には林や森が出来ないのである。
林や森がある場所はそれなりに雨や雪が降る所と考えていい。
陸に供給された水は蒸発するか川や地下を流れて海に戻る。

昨今はエコブームである。
「環境を守ろう」「地球にやさしく」「温暖化防止」、エコを謳えば出来た人間や企業であるかのごとく氾濫する文字や声。
だけど環境がそれぞれ違う地球のどこに優しくあるべきで、どこの環境を守ればよいのだろう?

それは川に水が沢山流れていてほしいのか、洪水などの危険を避けるために少なく流れてほしいのか、そうした問いに繋がる。
森林は土中の水を吸い上げては空中に発散する。大量に水を消費するのだ。
森林には保水力があると言われることがあるけれど、森林の土はスポンジがたっぷりと水を含んだ状態のようになっているわけではない。
木々が消費しているからむしろ土は乾いている。
乾いているからこそ、大雨が降った時に吸収できる量が多い。
また森林は1つ1つの木々の葉や幹が雨を受け止めたり吸収し、土に落ちずにそのまま蒸発する水分も少なくない。
要するに川に流れ込む水の量は森林があるほど減るということなのだ。
洪水防止など治水のためには森や林があったほうがよい。
しかし川から引いて水を沢山使いたいとなれば、森林はないほうがよい。
もちろん森林は水の問題だけではなく、生態系を維持するという役割も担っている。


常緑樹から落葉樹か

森林にも、針葉樹など常緑樹からなる森林と、落葉樹からなる森林がある。
以前のブログだったか、私は晩秋に一枚だけ葉の残った木の写真に「始まりのための終わり」という文字を入れて載せたことがあった。
落葉樹は秋が深まると葉を落とし、次の春に備える。
では何故葉を落とすのか?
実は落葉にも水が関係している。光合成には水が必要である。(光合成に使う水以上に蒸散している)
日本では夏は秋に雨量が多く、冬季の雨量は少ない。
だから木々の成長に十分な水を得ることが出来ない時期が来る前に木々は葉を落として休眠してしまうのだ。
常緑樹は落葉樹よりも多くの水を必要とするし、だからこそと言うか吸い上げる力も長けている。
常緑樹や針葉樹は光の少ない地域で効率的に生育できる形や性質を持っているということになる。

雨が降った時に土に落とさず木が受け止める水分量は広葉樹(落葉樹)より針葉樹(常緑樹)のほうが多い。
カイヅカイブキやヒバ、コニファーなど常緑針葉樹が生垣になっていることがある。
そうした葉を見てもらうと分かると思うが、細かい葉が枝元まで密集している。
その細かな葉と葉の隙間に水分を乗せておくことができるのだ。
従って常緑樹と落葉樹を比較すれば、常緑樹の森林のほうが川に流れる水は少なくなる。


洪水は自然災害だろうか?

川は流れている。
雨はどんなに激しく降ろうとも水の塊が川に落ちるわけではない。
地に落ちた雨水が河川に流れ出るにもそれなりに時間がかかる。
そのように考えていくと、スムーズに流れている川から水が溢れだすことを想像することはなかなか難しい。
そんなことが果たして可能だろうかと思う。
日常生活を思い浮かべても、水のトラブルはスムーズに流れないことだったり、水路に穴が開いていたりすることだったりする。
洪水の原因もスムーズに流れていないことにあるのではないだろうか。
取水のための堰はもちろんのこと、多目的ダムですら水害の原因と思えて仕方がない。

『岸辺のアルバム』というドラマをご存じだろうか。
1977年にTBSで放送されたドラマである。
原作・脚本は山田太一、プロデューサーは堀川敦厚。
堀川氏は群馬県の中之条町出身の方。
倦怠期を迎えた夫婦の危機と子供たちが大人になる過程での苦悩、家族が崩壊していく様が描かれ、最後に水害により家が崩壊する。全15話。
1974年に発生した多摩川の水害にヒントを得て制作されたドラマで、ラストシーンは家が川に流されていくという先日見たような実際の報道映像がラストシーンに使用された。


1974多摩川水害

1974年9月、台風16号によって東京都狛江市の多摩川の堤防が決壊し、民家が川に呑みこまれた。
台風による豪雨が背景にあるものの直接の原因は取水のための堰だった。
この時は更なる被害を防ぐために、原因となった堰を自衛隊が爆破し解体し、流れをスムーズにした。

こちらに詳しい。
 ・多摩川決壊の碑

こちらでは決壊後と現在の現場の上からの写真を比較できる。
堰の性能はよくなったのだろうけれど何も変わっていないようにも見える。
 ・目の前で濁流に飲まれたマイホーム

この水害のことを今年7月9日、フジテレビの『アンビリバボー』という番組が取り上げていた。
内容を非常に詳しく掲載している。
 ・フジテレビ 奇跡体験!アンビリバボー


利根川の増水

首都圏の水がめ(ダム)を幾つも抱える群馬県の利根川も時たまやばい。
以前こちらの記事の「工業高校が原因?」というところで1998年の台風の際の氾濫にふれた。

こちらは2013年9月の台風の時の増水の様子。
 ・YouTube 台風18号 利根川増水 前橋市

普段の川との比較。(増水しているものは上記動画から。普段の川は私が現地で撮影した写真)
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普段の川の水位を知っているだけに上の動画の水位の高さには驚く。
河川敷や川の横を走る国体道路(国体のために作られた道路)の低い箇所は冠水してしまうのである。
群馬県庁も前橋市役所も川に近い所にあるが、川、堤防、河川敷、その上の堤防、国体道路とあって、街はさらにその上側に位置するので、そこまでは水が上がらない。
そこまで上がるようだと川にかかる橋がみな流されてしまうことになる。


鬼怒川決壊場所

利根川を見慣れている者からすると、鬼怒川は下流に来ても川幅があまりないと感じる。
しかしながら決壊した場所は比較的川幅がある場所である。
ここでの川幅というのは実際に水が流れている所のみではなく、普段は流れていない場所や河川敷を含めた話である。
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今回の大雨では水色の線の部分は全て水が流れていた。
赤い箇所が決壊場所である。

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映像は上流方向から見ているので、グーグル地図の写真もそれに合わせた。
グーグルの写真がいつ撮影されたものか分からないが、河川敷を造成中である。
工事車両が出入りしていて、その跡が分かる。
堤防は2重にはなっておらず、それほど高くない堤防のすぐ後ろに家がある。

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写真の断面は黄色い線側だと思われる。
グーグルの写真では堤防の上の道のすぐ下(川側)に車が停めてあるように見える。
道の横は写真でも分かるように傾斜部分のはずだが、傾斜部分に車を停めるとは思えないので、この当時はここは傾斜ではなかったんだろうか。

車(小屋?)がある所にズーム。ここがちょうど決壊した辺りである。
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天気予報であれだけ雨が伝えられていて、川は普段の何倍にも増水していた。
川の水と家はそう離れていない。堤防もそれほど高くない。
それでも人々は避難しなかった。夜なんかすごく怖いと思うけれども。
ただやはり津波と違って川だから浸水はしてもそれほど緊急性や水の勢いはないと思うのだろう。
実際に堤防が急に決壊するようなことがなければ、直ちに家が流されたり、命に危険があることは少ないであろう。
川岸は基本的には水が流れる方向ではなく横になるわけだから、水が当たって壊れるということを想像しにくい。
堤防を超えてくる水は水位を観察していれば分かるし、気付いてから逃げても間に合う、そう思うのではないだろうか。

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オレンジの丸が人がいた電柱だと思われる。




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by yumimi61 | 2015-09-22 11:02
2015年 09月 21日
日本国憲法の秘密-58-
重力か大気圧か

5年ほど前、オーストラリアの物理学者が辞典の間違いを指摘した。
間違っていた項目は「サイホン」だという。

サイホンの発明者は水時計を作った人ではないかと言われている。

誤った「サイホン」の定義、世界の辞書に1世紀 豪の物理学者が指摘(2010年5月15日 AFPBB NEWS)

辞典の「サイホン」執筆者はコーヒーサイホンが頭にあったのではないだろうか。
コーヒーサイホンは見た目も実験風だが、原理もちょっとした地球風である。
水にしてもコーヒーにしても物にしても、上から下に落ちるという現象は重力によるものである。
しかし水や物が「上にある状態」を作るのは重力だけでは説明できない。
コーヒーサイホンは熱を加え気圧差を利用して水を移動させている。
但し重力がなければ液体は下に溜まらない。
上から湯を注ぐドリップ式コーヒーだとしても上に湯を持っていく力がいる。

辞典の件は中心となる原理が重力か大気圧かという話なんだろうけれど、何かが動くということは厳密には1つの力だけでは説明できない。
また何かが動くという現象は均衡が崩れた時に起こる。

水の移動

地球上の水は太陽エネルギーと重力という位置エネルギーによって循環している。
これも厳密に言えば、圧力や運動エネルギーの関与が含まれる。

地球上の水はどこに存在しているか。
その分布は下記の通りで、圧倒的に海である(人の生活が海面水位を上げるのはいかに大変か分かる!)。
 ・海洋 97.25(%)
 ・氷河など 2.05
 ・地下水 0.68
 ・湖沼 0.01
 ・土壌 0.005
 ・大気中 0.001
 ・河川 0.0001
 ・生物圏 0.00004

水はある日突然宇宙の彼方から宇宙人が運んでくるわけではなく、地球上に存在する水が移動しているだけである。
水の動きは下記の通り。全体の降水量と蒸発量は同じ。
 ・陸地への降水量 107(×10 km3/年)
 ・陸地からの蒸発量 71
 ・地表流量ならびに地下水となる水量 36  ⇒これがやがて海に流れ込む
 ・海洋への降水量 398  ⇒流れ込む36を足すと434で蒸発量と等しくなる
 ・海洋からの蒸発量 434


位置エネルギー+運動エネルギー=力学的エネルギー

上にある物体は位置エネルギーを持っている。
重力によってそれが落下すると、位置エネルギーが減っていき、その代わりに運動エネルギーを持つようになる。
位置エネルギーが運動エネルギーに入れ替わるのだ。
実際には落下途中の空気抵抗などで逃げてしまうエネルギーがあるが、逃げてしまうエネルギーを含めてエネルギーの総量は変わらない。
このように保存の法則があるのだから、位置エネルギーが大きい(高い所からの落下)ほど運動エネルギーも大きくなる。
運動エネルギーは、地面や水面を変形させたり、物体を動かしたりすることが出来る。

水も一般的には、外力を加えなければ、高い所から低い所へ流れる。
水に限らずエネルギーは高い所から低い所へ向かうという性質を持っている。
自然界の反応は常に平均的安定的に働くのである。

水害のあった常総市ではポンプで排水していたけれども、あれは外力を加えたものである。
運動エネルギーの大きい水は低い所から高い所へ流れることもあるのだ。
例えば人がボールを上に放り投げれば、重力に逆らってボールはある程度まで上がる。
人が運動エネルギーを与えたからである。
それが位置エネルギーに入れ替わっていって運動エネルギーがゼロになれば重力による落下を始める。

川の水も通常は高い所から低い所へ流れる。山から海ということになる。
前に私は電車の上り下りに長いこと馴染めなかったと書いたことがあるが、東京は海の方だから自然の流れからすれば東京へ行くことは「下り」である。
電車というものは外力の塊なんだろう。

垂直や水平方向ではなく山や川のように傾斜の場合、たとえ勾配が違っても同じ高さから下に向かうのであれば、原則的には位置エネルギーも運動エネルギーも変わらない。力学的エネルギーは同じ。
摩擦や抵抗など途中のエネルギーの逃げを考えなければ、急勾配のほうが運動エネルギーが大きくなるということはない。
同じ物体(質量が同じ物)なら落下スピードは急勾配のほうが速くなる。急勾配のほうが短時間で下に辿り着くということ。



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by yumimi61 | 2015-09-21 12:36
2015年 09月 20日
日本国憲法の秘密-57-
変化する社会

産みたくても産めない不妊の人達がいて、不妊治療や体外受精や人工授精に時間と労力と資金が注ぎ込まれる一方で、少子化には歯止めがかからない。
だからなのか何なのか、「憲法の解釈変更は許さない!」という唱和は聞こえてきても、「家族や子の定義の解釈変更は許さない!」という唱和は聞こえてこない。
こちらはむしろ「解釈変更賛成!」という唱和の声が大きい。
非配偶者間の人工授精など憲法の解釈どころの話ではないと思うが、反対を叫ぶ人が少なくて驚く。
子供が欲しいという人に少子化問題は押し付けて解決してもらおうという魂胆だろうか。

子供の手前、結婚すらしたくないという人が増え、未婚率も上昇し続けてきた。
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新しい携帯電話が発売されたらそれが欲しい。大して稼ぎがなくても誘惑に負けてそれを買ってしまう。
知らない国を見てみたい。旅は、まだ見ぬ世界は、魅力的。
周囲がみんなやっているからTwitterやFacebookをしなくちゃ。他の人と違うことは出来ない。
LINEは便利だし心許しあう繋がりって大事。

人間の性質を考えれば、上記の携帯電話や旅行やSNSを、結婚や子供の誕生に置き換えても成り立つはずだと思う。
しかしそれが当てはまらない社会が拡大してきた。

ではテレビに当てはめたらどうだろう。
新しいテレビなんか別にいらない。どうせ大して見ないし。
面白いテレビ番組がないから見たいと思わない。
一家に一台?確かにそうかもしれないね。でも私は無くても困らない。正直テレビなんて古いでしょ。
テレビで心許しあうなんて出来る?画面の向こう側なんか信じられる?メディアなんかいい加減なもんさ。
おお、ぴったり合う!(偏向?)


結婚や出産を選ばない人生

結婚しなかったり子供を産まないのは、ずばり結婚や子供の誕生、要するに家庭がさほど魅力的なものに思えないからであろう。
自分が育ってきた家庭、つまり縦のライン、そして友達や社会に見る家庭、こちらは横のライン。
意外に思うかもしれないが縦のラインの不幸は克服しやすい。
「克服しやすい」というか「学習しにくい」という言うべきかもしれない。
満たされなかった心を外に、異性に求めるということは往々にしてあり、不幸な家庭で育ったから結婚や子供の誕生を躊躇するということは思うほどない。
それにはそれで問題があるのではないかということは置いておき、未婚率や出生率の数字を押し上げたり、押し下げたりする理由としては弱いと考える。
問題はおそらく横のラインなのだろう。
横のラインが魅力的に映らない。だから躊躇してしまうのだ。

一昔前は、「だからと言って一人でいるのはどうなんだろう」という歯止めがあった。
結婚しないことや子供を産まないことが少数派であった。
価値の多様化に親や社会が寛容ではなかった。
一人より夫婦二人のほうが何かと楽だった。
お金が大して無くても家族がいれば楽しめることがあった。
そういうことが何だかんだ言っても結婚や出産に走らせたのだ。

経済的に厳しいから結婚や出産をしないのではなく、仕事もお金も楽しいこともそこそこにある人や、合わない人と一緒にいる苦痛を遥か手前で経験してしまった人が増えて、あえてリスクや苦労のある生き方を選択しなくなってきたのではないだろうか。
一人でも生きていく術を身に着け、一人でも生きていける社会があるからこそ、結婚や出産を選ばなくて済む。

こちらも少子化の原因は経済ではないという論説
 ・思考カフェ 少子化問題の根本原因は経済悪化ではない

こちらは私が前に書いた記事
 ・甍(いらか)百六十四 バランスのとれない社会
 ・器官104 命がけの意味




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by yumimi61 | 2015-09-20 14:27