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2015年 10月 30日
日本国憲法の秘密-87-
神工知能(神造知能)搭載ロボット

先日「エネルギー」という言葉の曖昧さに触れたが、「自然」「生命」「生物(生き物)」「物質」原子」などの言葉も同じように線引きが明確ではなく、非常に曖昧に使われることが多い。
使われる場所も使う人も多種多様。
どんな意味を持ってその言葉を使っているのかは時と場合によって違うだろうし、人によっても違うと思う。
・使われる場所―日常会話、職業会話、論文、レポート、記事、教科書、創作作品、SNSなど。
・使う人―素人(一般人)、超専門家、専門分野外専門家、学者、現場作業者、教師、知識人、ジャーナリスト、記者、ライター、作家、政治家、知識人、有名人など。

まず述べておかなければならないが、「matter(物質)」という概念は西洋での概念史を辿ってみると実は、あきれるほどの混乱を呈しており、学者ごとに主張はバラバラで、互いに矛盾するような説明に溢れており、それらのバラバラの見解がある一方向に向かってすっきり変化してきたわけでもない。

冷たい風に吹かれて たたずむマテリアルワールド
立ち止まる cross road さまよう winding road
傷つけずには愛せない

<Mr.Children 『CROSS ROAD』より> 

material worldではなくてマテリアルワールド。
クロスロードではなくcross road。
ウィンディングロードでもウェディングロードでもバージンロードでもなくwinding road。


おそらく現代人の多くは、自然や生命や生物を善きもの(良きもの)と思っていて、物資や原子は悪しき物と思っている。
悪しき物とまでいかなくても「物質」にどことなく後ろめたさを感じてしまう。
物質に惹かれ物質を買い求めて必死に自分自身を構築しながら、その一方で心底物質を愛しておらず、むしろ後ろめたさを感じているという矛盾の中を生きてる。
そうした人々の価値判断、とかいうか物質と自然や生命の違いを何に見ているかと言うと、おそらく硬さ柔らかさの違い、または容易に変化するものとしないものという違いだと思う。

物質とは?
・いわゆる「もの」のことで、生命や精神(心)と対比される概念。「生命の世界、物質の世界」などと使う。
・(哲学)感覚によってその存在が認められるもの。人間の意識に映じはするが、意識からは独立して存在すると考えられるもの。
・(物理学)物体をかたちづくり、任意に変化させることのできない性質をもつ存在。空間の一部を占め、有限の質量をもつもの。


この世に存在しているものは全てが物質なのだ。
いわゆる自然も、いわゆる生物も、いわゆる人間も、いわゆる物質も、分解すればみな物質的なものになり、人間だった私もあたなも次はいわゆる物質として生まれ変わることだってあるだろう。
取扱いが難しいのが「心」「精神」「思考」「思想」といったもので、これらが人間を別格にしてきた。
人工知能と言うけれど、人間だって神様が作った神工知能が埋め込まれているいるだけかもしれない。


カロリー

エネルギーの単位のJ(ジュール)は、仕事量・熱量・電力量の単位でもある。
熱量という言葉は栄養学界隈でも馴染み深い。
生物の活動に伴って吸収消費される熱量(エネルギー)のことを生理的熱量と呼ぶ。
食物摂取から得られる熱量を栄養学的熱量と言ったり、代謝や運動によって消費される熱量を消費エネルギーと言ったりする。

熱量なので生理的熱量の国際単位もJ(ジュール)である。
しかし日本では使用されているのはcal(カロリー)、ダイエッターや糖尿病患者にもお馴染み「カロリー計算」のカロリーである。

かつては広く用いられていたが、1948年の国際度量衡総会(CGPM)で、カロリーはできるだけ使用せず、もし使用する場合にはジュール(J)の値を併記することと決議された。よって国際単位系(SI)においては、カロリーは併用単位にもなっていない。

カロリーは、日本の計量法では1999年10月以降、「食物又は代謝の熱量の計量」*のみに使用できる。計量単位令による定義は、1カロリー = 4.184 J(正確に)である。

*法令上の正確な表現では、「人若しくは動物が摂取する物の熱量又は人若しくは動物が代謝により消費する熱量の計量」に限定して使用できる(計量単位令第5条、別表第6の項番13)

カロリーの元々の定義は「1グラムの水の温度を標準大気圧下で1℃上げるのに必要な熱量」であり、これは昨日書いた比熱容量のことである。
水の比熱容量は温度によって変わる。(t度カロリー)
水1gの温度を15℃前後で1℃上げる(14.5℃から15.5℃に上げる)のに必要な熱量は「15度カロリー」で、これを「標準カロリー」ともいう。
その他、「0度カロリー」」「4度カロリー(事実上3.98度カロリーと同じ・水の密度が最大になる温度)」「17度カロリー」「20度カロリー」などが用いられる。
t度カロリーは理論的ではなく実験的(経験的・実測)に数値が決まる単位であるため多少誤差がある。
カロリーは、エネルギーの概念が最初に確立したのと同じ頃、19世紀(1800年代)に定義された。
また熱と仕事が交換できることも発見された。(エネルギー保存の法則)
このことから分かることは、「水の温度を上げる能力」がエネルギーの発祥であったということだ。
よく人間の身体はほとんど水で出来ていると言われるが、そんなわけで水と温度から定義される熱量は人間と無関係ではないのである。





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by yumimi61 | 2015-10-30 14:52
2015年 10月 29日
日本国憲法の秘密-86-
気象用語の「放射冷却」からして違うと思う

空気と水ならば、水のほうが熱容量が大きい。 
「熱容量が大きい」ということは、早く温まるとか熱くなりやすいという意味ではない。
物体の温度を1 ℃上げるのに必要な熱量が「熱容量」である。
簡単に言えば、熱しやすく(温めるのにそれほど熱量を必要とせず)、冷めやすいのが「熱容量が小さい」物。
一方、熱しにくく(温めるのに大きな熱量を必要として)、冷めにくいのが「熱容量が大きい」物である。
大きい小さいは物質によっても違うし、同じ物質でも質量や体積が大きくなるほど熱容量が大きくなる。

水は熱容量が大きい物質である。(参考:比熱容量の比較
空気(乾燥)・・・1005
空気(湿度100%)・・・1030
水蒸気・・・1850
氷(0℃)・・・2060
水・・・4186

※湿度100%とは空気が含むことができる水蒸気量限界まで水蒸気を含んだ状態(飽和水蒸気量)のこと。
温度が高くなるほど飽和水蒸気量も多くなる。
(異常気象と言われているものの一因は飽和水蒸気量が関係しているのではないかという説をこちらに書きました。)

人間にとって水は、入ると冷たいとか凍るとかいうイメージによって冷え冷えした印象が強いが、物質界においての水は保温性が高い。
温室やビニールハウスでも湿度(水蒸気)や水が保温に一役買っていたりもする。
しかしやはり水は凍るもの。植物を栽培していて成長に適した温度を確保したいがために作った温室やビニールハウスの中を凍らしたら意味がない。

ともかく、水は蒸発しにくく、凍結もしにくい。よく熱を伝えて、温まると冷めにくいという特徴を持った物質である。
地球は水(海)が多い。
温暖化が本当ならば問題は海にあるのでは?


効率

燃料から発生する熱量が全て仕事や電気に変わるわけではない。(100%の熱機関はない)
これを一般には「熱効率」という言葉で表している。
太陽光発電は最高でも20%程度。太陽熱発電は50%前後。
火力発電や原子量発電は40%くらい。
ガソリンエンジン車の熱効率は20~30%(カタログ性能はもっと高いでしょうか?)、ディーゼルエンジン車の熱効率は30~40%。

半分以上が廃熱(排熱)となる。


海を温めるもの

日本の原子力発電所は海沿いにあって海水を利用している。
60%の廃熱は温排水として海に戻される。
空冷式ではないので冷却塔は無い。
電気を作るために使う熱の2倍の熱を海に捨てているのだ。
このことは昨年も書いた
考えようによっては原発は海を温めるためのボイラーのようだ。

原子力発電所では核分裂によって生じる熱(これで電気を作っている)と崩壊熱という熱を生じる。
崩壊熱とはその名の通り、放射性物質の崩壊によって生じる熱である。
徐々に熱量は減るとはいえ、半減期の長い物質もある。
汚染水(放射性物質)が海に放出されれば、半減期に応じて崩壊熱を出し続けることになる。

放射性物質の毒性(生き物への影響)も然ることながら、熱(温度変化)が生態系や地球に影響を与えかねない。
(だから気候変動は嘘じゃないって言ったでしょ?)

現代においては太陽のエネルギー源は核融合ということになっている。
核融合も核分裂も核反応である。
例えれば、原子爆弾は核分裂であり、水素爆弾は核融合となる。





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by yumimi61 | 2015-10-29 16:38
2015年 10月 28日
日本国憲法の秘密-85-
ぱぴぷぺぽぱたからりるれろ

今日は群馬県民の日ですね。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
仕事仕事?

そろそろお昼ですが、食事中にむせた経験はあるでしょうか?
食べ物が気管に侵入しそうになるとむせは生じるのですが、水物や粉物はむせやすいかもしれませんね。
私達は通常意識することなく、食べ物は食道へ、呼吸した空気は気管へと送り、嚥下する時に気管に蓋をして誤嚥(ごえん)しないようにしています。
しかし加齢とともに嚥下機能も低下するため、気管や肺へと送られてしまう誤嚥が起こったりします。
高齢になってからの誤嚥は肺炎や窒息に繋がり生命にかかわることもあります。
そんな嚥下機能低下を少しでも防ぐために、レッツパタカラ!
ぱぴぷぺぽぱたからりるれろ~
嚥下と構音(発声)には共通点があり、「ぱたから」はもともとは構音障害の発声訓練に用いられていたものです。
講音は医学用語で、言語学では調音と言います。
失語症と構音障害は違うものです。
失語症は文字や言葉の思考や理解に障害をきたす。話す、書く、読む、聞くという機能の一部、または全部に障害があるのでコミュニケーション(意思疎通)が難しい。
構音障害は分かってはいるが上手く音(声・言葉)にならないという状態。言葉にできない~♪


寒冷化と温暖化、どちらがよいですか?

地球温暖化の原因とされている温室効果ガス。
その大部分が二酸化炭素ということで、二酸化炭素(CO2)削減に躍起になってはや何年。
二酸化炭素を減らしていったい何を増やしたいのか?何が増えれば地球に良いと思っているのだろう。
二酸化炭素だけが消滅するとでも考えているんだろうか?
前記事に書いた通り、外部に流出しない限り物質(原子)は増えも減りもしないという保存の法則がある。
そもそも地球に良いことは動植物にも良いと言いきれるのだろうか?

温室効果という言葉が誤解を生んでいるように思うが、二酸化炭素が空の上のほうでガラスやビニールのように膜を作っているという話ではない。
二酸化炭素は大気の中にばらけてある。(二酸化炭素は空気より重いので窪みや低地や密閉空間など無風で対流のない場所では滞留し酸欠事故が発生することもあるくらいだが、大気では拡散される)
温めるのは二酸化炭素ではなく赤外線である(コタツも赤外線)。二酸化炭素は赤外線の一部波長を吸収する。
温室効果ガスによる温暖化というのは、地表から放出された赤外線が大気中の二酸化炭素に吸収されて、宇宙にすぐに放射されず、再び地表に向かうという話である。

だけど地球の大気には温室効果がなくては困るという話が国立環境研究所 地球環境研究センターの「二酸化炭素の増加が温暖化をまねく証拠」という記事に書いてある。
温室効果がないと地表付近の平均気温はおよそ−19℃になると計算されているのだとか。
それが温室効果のおかげで14℃になって私達は結構快適にこの地球で暮らしてきたわけです。
そんなわけで温暖化の原因が二酸化炭素であることは肯定しているが、どれくらい温暖化するかは不確かだそうだ。(締めは「決して温暖化問題を過小評価してよいことを意味しません」という御言葉でした)


温室温室って言うけれど温室に入ったことありますか?

せっかくなので温室の話もしよう。
温室やビニールハウスを所有したことはあるだろうか?
所有のハードルが高ければ、温室やビニールハウスに入ったことはあるだろうか?
個人の趣味や家庭用ならばともかく、商業用のそれらはほとんど加温設備や器具を備えている。
冬に部屋を暖めるように暖房を入れたり、植物などに合わせて適した温度や湿度を厳密に管理しているのだ。
要するに温室やビニールハウスだけでは温度管理は出来ないということだ。

太陽光の電磁波(紫外線・可視光線・近赤外線)はガラスやビニールを透過して、内部の地表や物体に当たたり、それらの温度を上げる。
電磁波が熱なのではなく、空間を伝って物体に当たった時の振動エネルギーによって物体の分子が振動し熱を発するということで、これを熱放射(輻射)と言う。
電子レンジもこれを利用したもの。
熱は高温から低温へと移動する性質を持っている。
電磁波が当たって熱を持った物体から低温な空気へと熱が移動することによって空気が温められる。
開放された場所では空気に伝わった熱(熱をもらった空気)はすぐに拡散してしまうが、温室やビニールハウスでは拡散を防ぐことが可能である。
だから温室やビニールハウスの外よりは温度が高い状態になる。
風(拡散)を防ぐ覆いに意味があるのだ。
もちろんこれは太陽光が降り注いだ時の話だ。


波長

(二酸化炭素が覆いではないのに)「温室は覆いに意味がある!」と言うだけでは身も蓋もないので、もうひとつ波長の話もしよう。
ガラスやビニールが透過する赤外線は近赤外線のみで、中赤外線や遠赤外線は透過しないそうだ。
一方、温室やビニールハウス内の物体が放射する赤外線の中心的な波長は遠赤外線。(温度によって放射する赤外線の波長は変化する)
ガラスは中赤外線や遠赤外線は透過しないのだから、赤外線は出て行かない。
太陽からは近赤外線が透過して中に入ってくるけれど、温室内では遠赤外線となり出ていかないので温まるという理論である。
赤外線収支が±0ではなく、+となるから温かい。
地球温暖化はこちらに似ている。ガラスやビニールが二酸化炭素に置き換えられるわけである。
夜が来て太陽光が届かない時間もあるだろう。しかし赤外線が出て行かず、また太陽が昇って赤外線が届けば、赤外線は蓄積される一方なはずだ。
では温室やビニールハウスはずっと温かいか?またはどんどん温かくなるか?そんなことはない。

波長の話が本当だとしても、それがもたらす効果はごく僅か、無視できるレベルではないだろうか。
少なくとも温室やビニールハウスではそうだと思う。


地球は恒温動物!?

住宅は熱が外に逃げて行かないように断熱仕様になっている。
現在の住宅は昔の家屋に比べると気密性も高い。
高断熱高気密を売りにしている住宅も少なくないはずだ。
それでも冬季には暖房を使う。
温室やビニールハウスはガラス一枚、ビニール一枚の部屋である。
もちろん断熱効果のある複層ガラスや新しいガラスも出来ているだろう。ビニールだって二重三重にしようと思えば出来なくはない。断熱ビニールもあるかもしれない。
しかし冬にその中で暮らせと言われれば心許ない。夜は特に心細い。
車の中だって暖房入れなければ寒くなる。
バスタブに入れたお湯も蓋を閉めたところで何時間も何日も同じ温度を保てるわけではないし、お湯によって温まった浴室もいずれ冷える。
その程度のものである。

赤外線が透過しようがしまいが、熱は高い方から低い方へ移動する。この法則が覆されたことは未だかつてない。
太陽光が届かない日、冬の寒い日、夜間など、外気温が低くなれば温室内の熱は外に移動する。
やがては外気温と同じ室温になるのだ。

では何故地球は宇宙と同じ温度にならないのだろうか?

太陽が見えなくなっっても、太陽が消えてなくなったり、どこかに隠れているわけではない。
太陽は飽きずに放射し続けている。
地球のどこか一部で太陽が見えなくなっても、違う場所では見えて太陽光が届いている。
そこが温室やビニールハウスとは違うところではある。







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by yumimi61 | 2015-10-28 11:34
2015年 10月 27日
日本国憲法の秘密-84-
再び力

今年6月父の日に「ちから」のことを書いた。
「力による現状変更は認めない!」という言葉が政治家の間で流行って(?)いたからである。
「力」にもいろいろあるけれど、どの力を指しているのかという話である。

世の中には力が溢れている。
英語ではforceやpowerという言葉があり、さらにはviolentなんていう言葉もあり、微妙に使い分けているようだが、「力による現状変更は認めない」という言葉はその全てを否定してしまうような気がする。
要するに「現状変更は認めない」ということが言いたいのではないかと思える。
どんな力を付けても現状を変えることはできない、どんな力を付けることも意味ないと宣言しているような。

私としては「武力や暴力による現状変更」と言わないことがミソなのではないかと思った次第で。
武力や暴力に限定しないということは武力や暴力以外の力を含めている(または武力や暴力以外の力そのもの)、あるいは武力や暴力を認めることもあるので限定しなかったか。


力(ちから)とは、
1.人や動物に備わっている、自ら動き、または他の物を動かす働き。
2.ものごとをなすときに助けとなるもの。
3.ききめ。
4.自然科学において、物体の状態を変化させる原因となる作用。力学においては特に、物体の運動を変化させる状態量。


「力による現状変更を認めない」とはなかなか凄い発言なのである。

物理学での「力」は4。
単語もはっきりと使い分ける。
"Power"と"Force"は同じではないし、どんなに大きく過激に見えても"violence"は用いない。
「力」は"Force"であり、「仕事率」や「電力」は"Power"である。
「力/Force」の国際単位はN(ニュートン)。


あれこれ

エネルギーとは?
1 (物理学)仕事をすることのできる能力のこと。物体や系が持っている仕事をする能力の総称。
2 1. の意味から転じて、物事をなしとげる気力・活力のこと。活動の源として体内に保持する力。
3 エネルギー資源のこと



現在用いられているようなエネルギーという概念が確立したのは19世紀後半のことであるが、概念の確固たる成立はともかくとして、「エネルギー」という用語は、19世紀のはじめ、トマス・ヤングが1807年に著書 A Course of Lectures on Natural Philosophy(『自然哲学講義』)の中で、従来使われていた「力」を意味するラテン語 vis の代わりとして提案された。

エネルギーという語・概念は「物体が仕事をなし得る能力」を意味したが、その後、自然科学の説明体系が変化し、熱・光・電磁気もエネルギーを持つことが知られるようになり、さらに、質量までがエネルギーの一形態である、と理解されるようになった。


アルファ線、ベータ線、ガンマ線、エックス線、紫外線、可視光線、赤外線、電波、電子、原子核、陽子、中性子、中間子、ニュートリノ 、、、、
いろんなものが発見されたのでエネルギーの概念も何が何だか分からなくなってきた変化してきた。
急に質量が見つかるわけだから前と全く同じというわけにはいかない。
しかし人間は変化に弱い生き物なので、ちょくちょく混乱や誤動作を起こす。

エネルギーの国際単位はJ(ジュール)である。
ジュールはエネルギーだけでなく、仕事、熱量、電力量の単位でもある。

1ジュールは標準重力加速度の下でおよそ 102.0 グラム(小さなリンゴくらいの重さ)の物体を1メートル持ち上げる時の仕事に相当する。
●1ジュールは1 ニュートンの力がその方向に物体を1 メートル動かすときの仕事。
 ※1ニュートンは、1kgの質量を持つ物体に1m/s2(1メートル毎秒毎秒)の加速度を生じさせる力の大きさ。
●1ジュールは、1ボルトの電位差の中で1 クーロンの電荷を動かすのに必要な仕事。
●1秒間に1ジュールの仕事が行われるときの仕事率が1ワット。
●1キロワット(=1000J/s)の電力を1時間(60分=3600s)消費したときの電力量1kWh(=1kJ/s ×3600s=3600kJ)が電力量単位として用いられている。

日本の計量法では、仕事量・熱量・電力量の単位として、ジュールとともにワット秒(ジュールと等しい)、ワット時(3600J)の使用を認めている。


保存の法則

■質量保存の法則
化学反応の前と後で物質の総質量は変化しないという法則。
後記理由により、質量保存の法則は自然の基本法則ではないということになってしまった。(整合性がとれないから)
孤立系か閉鎖系か開放系かによっても結果は違う。(時と場合によって違う)

素粒子論・核物理・宇宙論などを除く自然科学のほとんどの分野で実用上用いられている法則である。

化学反応の前後で質量変化が実験的に観測されなかったことから生まれた法則だが、現在では相対性理論に基づく質量とエネルギーの等価性がより根本的な法則で、質量保存の法則はその近似に過ぎないとされている。もっとも、質量とエネルギーの等価性は自然科学の多くの分野では問題とならず、質量保存の法則は多くの場面で運用上有効な法則である。

物質の根源に迫ることを目的とした素粒子論や宇宙論などの研究対象においては、質量保存の法則は全く成り立っていない。たとえば培風館の物理学辞典には、かつて「物質は不滅だ」などと考えられていた時代があったので、こうした法則が主張されたが、「こうした考えは捨てなければならない」と書かれている。

核反応の世界では実験的に十分に測定可能なだけの質量変化が起こっており、反応の前後で元素の種類や各々の物質量も変化していく。さらに、素粒子論の世界では物質・質量の生成や消滅が広範に起こっている。これらの世界においては、質量保存の法則や物質の不変性・不滅性は全く成り立っていない。

化学反応においても、反応によって放出または吸収されたエネルギーに相当する質量変化が起こっており、質量は厳密には保存されていないとされる。そのことを考慮に入れると「化学反応の前後で、それに関与する元素の種類と各々の物質量は変わらない」という表現がより正確な表現となる。

アメリカやヨーロッパの初等教育では「化学反応の前後で質量の総和は変わらない」というようなlaw of conservation of mass(質量保存の法則)の指導は余りされておらず、化学反応で保存されるのは物質量であることを強く押し出すためprinciple of mass/matter conservationと表記される。[要出典]



■エネルギー保存の法則
孤立系のエネルギーの総量は変化しないという法則。

エネルギー保存の法則は、物理学の様々な分野で扱われる。特に、熱力学におけるエネルギー保存の法則は熱力学第一法則 (the first law of thermodynamics) と呼ばれ、熱力学の基本的な法則となっている。
熱力学第一法則は、熱力学においては基本的な要請として認められるものであり、理論的証明のない経験則であるが、たとえばニュートン力学などにおける、他のエネルギー保存の法則は、理論的に導かれる数学的な定理である。


■運動量保存の法則
ある系に外部からの力が加わらないかぎり、その系の運動量の総和は変化しないという法則。


収支

■エネルギー収支(または熱収支)
ある系に入るエネルギー量と出ていったエネルギー量、および系の内部での発熱、吸熱の総和を指す。
エネルギー保存の法則により、これらの量は
(系がもつ熱量の変化) = (系に入る熱量) - (系から出る熱量) + (系内部の発熱量) - (系内部の吸熱量)
という関係を持つ。
系が定常状態にある場合は左辺が0であるため、右辺は差し引きのバランスを保つ。

定常状態とは時間とともに変わっていくことのない状態である。
温度によって物の状態(固体か液体か気体か)が変わるので、基準温度の取り方には注意を要する。

■物質収支
ある化学反応の系において、その系に投入した物質の量と系から得られた物質の量との収支を指す。
上に引用している要出典の文章は「物質収支は±0であると指導している」と言い換えることが出来る。
物質収支式は「原子は消滅したり、新たに生成したりしない」という質量保存則に基づいており、特定の装置またはプラント内で物質は増えも減りもしないという原則に基づいて立てる式である。
蓄積量の時間変化 = 流入量 - 流出量 + 生成量 - 消滅量
系が定常状態の場合には蓄積量の時間変化はないため、流入量 + 生成量 = 流出量 + 消滅量 となる。



地球のエネルギー収支

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地球のエネルギー収支を簡略化した図(NASAによる)


地球に入ってくる全てのエネルギーと地球から出ていく全てのエネルギーは、地球のエネルギー収支という1つの物理的なシステムと考えることができる。地球が得るエネルギーの合計と放出するエネルギーの合計は等しく、均衡が保たれている。
「エネルギー収支」は分かりやすく広く使われている語であるが、実際はエネルギー(ジュール)ではなく仕事率(ワット)のことを示すため、「地球の仕事率収支」のほうが正確な語である。

地球全体のアルベド(反射率)の平均はおよそ0.3である。つまり、地球に注がれた太陽エネルギーの3割が宇宙に向けて反射されるということで、残りの7割は地球に吸収される。ただ、吸収された7割全てがその後赤外線(長波)として再び放射される。


エネルギー収支±0という図なのだが、「エネルギー」を何と捉えるかということによってその意味が変わる。
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by yumimi61 | 2015-10-27 11:58
2015年 10月 25日
日本国憲法の秘密-83-
体温

現代っ子はもう水銀体温計を見たことがないかもしれないが、水銀体温計では37という数値が赤で記されていた。
赤というのは異常や危険や警告を意味する色でもあるので、多くの人は37℃以上ならば「熱がある!」と思っていたのだ。(人間に熱がなければ困るんですけれどもね)
私も小学生の頃、学校をずる休みする時には水銀体温計の数値をなんとかして上げようと思い、お湯に浸けたり(割ってしまったこともあった・・お湯が熱すぎたようだ)、摩擦熱で上げようとしたりした(これも力を入れ過ぎて割ってしまったことがあった・・)。

日本人の平均体温は36.89℃と言われている。
37℃というのは実は平均値なのだ。平均の赤色であった(青にすべきだったか?)。
「そんなことはないでしょう、もっと低いはず」と言うかもしれないが、普段は本当の体温が計れていないだけなのだ。

体温には深部体温と皮膚温がある。
体内の温度が深部体温である。
皮膚温は深部体温よりも低く、特に手や足という末端は温度が低くなる。
深部体温は1日の中においても僅かに変動が見られ、この体温の変動は生体リズムと関係がある。
また女性が妊娠出産や避妊などのために用いる基礎体温も1ヶ月の中の僅かな深部体温変動を見ている。
それはすなわち僅かな変動に大きな意味があるということであるが、一方で人間は外気温に左右されず体温をほぼ一定に保つ性質も持っている。

恒温動物と変温動物がいるということは理科の授業で習ったと思うが、人間は恒温動物である。
恒温動物は哺乳類と鳥類だけなのだとか。
変温動物は外気温に体温が左右されるため外気温が適温でないと活動できない(生物によって適した外気温は違う)。代謝が低下する。
先日、代謝とは「理由なき反抗」のようなものと書いたが、その代謝が低下するので自然環境と一体化していくのである。
冬眠、疑似冬眠、冬籠り、避難などして低下期間をやり過ごすわけだが、冬眠などは仮死状態とも言えるわけで死と背中合わせなのだ。
微妙なバランス(僅かばかりの代謝)でかろうじて留まっているわけだから、春や適温がいつまでも来なければそのまま死(flat)(分解)に向かうのである。
生体の代謝も化学反応である。水を媒体として行われ、熱を産出する。
水が凍ってしまうようだと代謝は出来ない。逆らうことが出来ないから運命づけられた死が待っている。

温度は100℃(50℃や30℃だとしても)から0℃にひとっ飛び(warp)するわけではない。
どんなに急激に低下したと言っても必ず過程を経ている。
その過程に沿うのが変温動物である。
従って変温動物は意外にも急激な温度変化には弱い。


放熱

赤ちゃんや子供の手が温かくなると「ああこの子眠いんだわ」と言うお母さんやお祖母ちゃんがいると思う。(お父さんやお祖父ちゃんでもいいですよ)
手が温かくなった時は眠くなった時ということを経験として知っている。
人は睡眠時には深部体温を下げる。代謝を低下させ熱の産出量を下げる。
それまでの抵抗を少し緩和する、すなわちリラックスした状態である。
深部体温を下げないと眠りに就けないのだ。
どうやって深部体温を下げるかと言うと、末梢血管が開き、手足に血液がよく流れ、末端から熱を棄てるという仕組み。
この時の状態を「手が温かいから眠い」と言っているわけである。
熱を棄て冷えた血液が巡って深部体温が下がる。
いろいろなことが相関関係にあるので、リラックスした状態ならば入眠しやすい(入眠はリラックスした状態)、一旦深部体温を上げたほうがスムーズに入眠できる(深部体温が下がるのが睡眠)といった逆も成立する。

人間の深部体温は37℃くらいなので、いくら熱を産出しても、通常それ以上は必要ない。
だから余分な熱を絶え間なく放散している。放熱に重要な役割を果たすのは皮膚である。
放熱は熱の移動だから外気温と関係がある。
外気温が高ければ熱は移動しにくく、外気温が低ければすばやく移動する。
夏に寝苦しいのは、外気温が高いので手足から熱を棄てにくく、深部体温も下がりにくいからである。

下がらないだけならともかく、上がってしまうと問題だ。
「うつ熱」と呼ばれる状態があるが、これは放熱の効率が悪くなって高体温をもたらすもの。
「赤ちゃんに手袋をしたり靴下を履かせたり、必要以上に厚着にさせたり布団をかけたりしないように」と聞いたことはないだろうか?
これはうつ熱を予防するための注意である。
赤ちゃんは体温調節機能が未熟であり、しかも寝たり起きたりを繰り返す。大人と同じではない。
放熱が上手くいかず、逆に深部体温が上がってしまうようだと、赤ちゃんは基礎代謝を下げて(産熱を抑制して)何とか深部体温を下げようとする。
基礎代謝を下げるという事はつまり仮死状態に近づいていくわけである。その先には死がある。
身体は温かく(熱い)、よく眠っているようなのに死んでしまうということが起きるのだ。
乳幼児突然死症候群(SIDS)(ゆりかごの死)の一因ではないかと考えられている。

恒温動物とはいうものの、外気温と無関係ということではない。


変化しない生き物ではなくて、変化に耐えられない生き物

変温動物は急激な温度変化に弱いと書いたが、温度とは外気温である。
外気温に合わせて自分自身も変化させることができる生き物だけれど、急激な変化だと間に合わない。
恒温動物は大きな温度変化に弱い。こちらの温度は深部体温である。
体温が変わらない動物というよりも、深部体温の大きな変化に適応できない動物という感じ。
逆を言えば深部体温さえ保てれば外気温が大きく変わっても耐えられるということなのだが、生体化学反応が外気温と無関係ではないのでなかなか難しい。

直腸温(深部体温と見做す)が35°C以下に低下した場合に低体温症と診断される。
深部体温が37℃くらいなのだから、たった2℃下がっただけである。
とはいってもそれですぐ死んでしまうわけではない。
「寒い寒い、助けて」と言ったり、ぶるぶる震えだす。
震えは無駄な行為ではなく熱を産出しているのだ。
それでも助けてもらえず寒冷暴露の環境に変化がないと、次第に無関心無気力になっていく。(あっ俺だとか言わないのっ)
眠くてぼーっとしている感じになる。基礎代謝が下がってきた証拠だ。
その次は錯乱。いわゆるハイな状態。正常者が見ればやけっぱちに見えるだろう。
それもだんだん落ち着いてきて、いよいよウトウトしてくる。
「おい眠るな、眠っちゃ駄目だ、バンバン(頬を叩く音です)」と起こされる。
そして・・・。


アネッサ(ANESSA)じゃなくて?

太陽虫(Heliozoa)と放散虫(Radiolaria)。






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by yumimi61 | 2015-10-25 12:35
2015年 10月 24日
日本国憲法の秘密-82-
おーのーかーのー

再生流行りは再生医療ばかりではない。
再生可能エネルギーも大流行。英語で言うとRenewable energyらしい。
再生可能エネルギーと言う時、何を指しているかといえば、太陽エネルギーだったり、風力エネルギーだったりする。
なぜに太陽エネルギーや風力エネルギーを再生可能エネルギーだと思うのだろうか?
地球が回って朝と夜が順番に来て季節も巡る、行く波は返ってくる、そういう意味での再生なのだろうか?
それなら何故「可能」なんていう文字を付け加えたんだろう?
「可能」は希望のある言葉であるが、裏を返せば100%約束されたものではないということになる。
(ほっ、ここまでは何とか大丈夫だった)という「可能」であり「Renewable」だろうか。

再生可能エネルギーとは本来、「絶えず資源が補充されて枯渇することのないエネルギー」、「利用する以上の速度で自然に再生するエネルギー」という意味の用語であるが、実際には自然エネルギー、新エネルギーなどと似た意味で使われることが多い。具体例としては、太陽光、太陽熱、水力、風力、地熱、波力、温度差、バイオマスなどが挙げられる。
ただし、詳細な定義や、法規や統計にどのようなものを含めるかについては、個別の資料・団体・法規などにより下記のように差異が見られる。欧州連合のように、性能次第で範疇に含めるかどうかを分ける例もある。
なお、石油などの化石燃料は定義を満たさない。
水力発電には注意が必要である。水力発電のうち、大型のダムを用いるものについては環境破壊の少ないマイクロ水力発電と区別され、統計上再生可能エネルギーとは別扱いされることがある(例えばREN21では、出力10MWを境に区別している (Table1))。また揚水発電は発電ではなく、発電調整のための蓄電・放電である。


確固たる定義はなくて、自分の気に入るものを雰囲気で再生可能エネルギーと呼んでいるらしい。
自分には一般人個人もいれば、時の権力者もいるし、また権力が形作る団体などもあるだろう。
太陽にエネルギーや資源が投入されることも戻ることも無く、寿命があっていつか消えて無くなるものならば、太陽エネルギーは再生エネルギーではない。
一方、化石燃料が有機(植物や生物の死骸など)由来だとするならば、化石燃料こそ再生エネルギーである。但し太陽が存在する間という期間限定の再生。
それが私個人の見解である。


無機なら解決するか?

最近は化石燃料にも無機由来説がある。「化石」燃料ではないということだ。
有機由来ではなく無機由来だから枯渇しないという論調だ。
しかしそうであったにしても必ず何かから出来ているということには変わりない。
何かとは1である。その1はどこから来たのかという問題を差し置いても、1または2でも3でもよいが、それら何かは投入されたり回収されないのか?という問題が残る。
投入されたり回収されない限り有限であるから寿命がある。

自分もしくは自分の子供が生きているくらいの超限定した期間でエネルギー問題を論じているならば、最初にはっきりとそう言ってほしい。(見方によってはそれを自分勝手や他人事と言います)
何度も言うようだが、どの長さ(範囲)で見るかによって物事は大分違うのだ。
化石燃料のように長い時間を要すると考えられるものは短期で結果は出ないし、だからと言って何もしなければ遠い未来に残すことも出来ない。


自転車操業

太陽光や原発や温暖化の話になると、「エネルギー=電気」みたいな捉え方をしている人がいる。
前にも書いたが、エネルギー(資源)は電気だけに使われるものではないので、原発を止めて太陽光発電にすれば解決するなんてことは現状絶対に在り得ない。
電気は二次エネルギーである。問題になっているのは一次エネルギーである。
日本で消費されるエネルギーのうち電力が占める(電気として使われる)割合は25%程度に過ぎない。(しかしながら国際比較すると高い方である)
原子力が担ってきたのは電力25%のうちの3割程度だった(震災前)。(こちらにも書きました
電力以外のエネルギー、火力発電、発電設備や発電装置を作るエネルギーは化石燃料を用いている。
世界のエネルギー源は今なお化石燃料なのだ。

電力以外に使われるエネルギーが分からないという人は周りを見回してください。
そこにある物は全てどこかで製造されたもの。
あなたが魔法でそこに置いたものではない。

テレビを作るのにも、ソーラーパネルを作るのにも、半導体を作るのにも、LED電球を作るのにも、イルミネーションするにも、エネルギーが必要なのだ。

全エネルギー消費の半分は物を作るために使われたものだ。
「物」には二次エネルギーである電力も含まれ、製造に使われるエネルギー(一次エネルギー)の半分は「電力」という物を作るために使用されているという。

 ・物を作るためのエネルギー
 ・電力を作るためのエネルギー
 ・作った物や人を輸送するために使われるエネルギー
 ・電力エネルギー(電気として使われるエネルギー)

物を作ることと電力を使うことには相関関係がある。物を作れば作るほどエネルギーも電力も必要である。
一般家庭(個人)で消費されるエネルギー(電力・ガソリン・灯油・ガスなど)は全体の1割程度。
残りは社会生活の営みの中で消費される。

資源に乏しい日本が製造大国であることは致命的欠陥とも言えよう。
グローバルリズムも悪循環の源である。
例えお金があっても資源が買えない、例えお金があっても資源が無いという状況が一番怖いのだ。
だから誰かの言い成りになるしかないということだろうか?


陽射しが強ければよいわけではない

エネルギーと電力が同じものになってしまうように、暑さ(気温の高さ)と日照の多さと太陽光発電の適している場所がイコールになってはいないだろうか?
「夏に何度も全国最高気温を叩きだす群馬県は太陽光発電にぴったり♪」と思ってはいないだろうか。
太陽光発電に太陽は不可欠だけれど、太陽光がそのままエネルギーになるわけではない。太陽熱とも違う。
太陽光発電で発電するためにはソーラーパネルという「物」が欠かせない。
そしてそのソーラーパネル、高温に弱い。
真夏の炎天下の車のボディやハンドルはとても熱くなっている。アスファルトも熱い。
ソーラーパネルも熱いに違いない。
しかしソーラーパネルは熱くなればなるほど発電効率が下がる。
e0126350_00262.png

太陽生活 パネルの温度によって出力が変わるって本当ですか?


カタログ性能(100%出力の可能性のあるパネル温度条件)は25℃。25度ですよ25度。体温よりも低いです。(物だから当たり前?)
これ以上パネルが熱くなればどんどん出力は下がる。

私はこちらに「北海道にメガソーラーが乱立していて驚いた」と書いたが、やはりパネルが熱くならない地域がよいのかなぁと思ったのだ。
ただ雪が積もったらやはりダメなので、北海道でも雪が降らない地域か、冬はもう諦めているか・・・。

太陽光発電は効率が悪いためになかなか普及しなかった。発電効率は最高でも20%程度しかない。
太陽熱発電の効率は50%くらいあるが、こちらも全然普及しなかった。








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by yumimi61 | 2015-10-24 12:06
2015年 10月 22日
日本国憲法の秘密-81-
※追記しました。(10月23日)


人生は楽しいですか?

小説や映画やドラマやライブのあらすじや内容やラストを話すと血相変えて怒る人は少なくないだろう。
でも私は全然大丈夫。
あらすじやラストが先に分かっても残念という気持ちがほとんどない。
子供の頃は自ら率先して、最後のページをまず読んでから読み出したり、斜め読みをしてからじっくり読んだものだった。
それらは読みたいという気持ちが増幅する儀式でもあったのかもしれないと大人になってからは思うようになった。

この世界で一番確かなものは死である。
いつの時代も、どこに居ても、何をしてもしなくても、誰であっても、必ず起こるもの、それは死なのだ。
生まれたばかりの赤ちゃんがそれを分かっているかどうかは確かめようもないけれど、子供を生む大人はみな分かっているはずだ。
大人だけでなくある程度の年齢になった子供は「人は皆いずれ死ぬ」ということを知っている。
人生の結末を知っているからこそ、知りたくない気持ちが強いのだろうか。
意地悪でも何でもなくて、なぜ皆がむきになって怒るのか私は分からなかったのである。


Never Let Me Go

日本の長崎で生まれ、海洋学者の父親の仕事の都合で5歳で渡英し、28歳の時にイギリスに国籍を移しイギリス人(日系イギリス人)となったKazuo Ishiguro
彼の書いた『Never Let Me Go(私を離さないで)』という小説はクローン人間と臓器提供に関係する話なのだけれど、クローンじゃない人間も結局は同じことなんだなぁと思うのだ。

臓器は細胞に置き換えることが出来て、いくら新しい臓器と交換出来ても、行き着く先が「死」である限り、大した変化はない。
80年の中の長さの攻防に過ぎない。
提供する側も提供される側も同じモノであるという現実。まさしくクローン・・・。


再生とは何か?

再生医療流行りであるが「再生」とは何だろう。人々は何だと思っているのだろう?

再生とは、基本的には文字通り、「再び生きること」や「再び生かすこと」を広く指している。
 ・"死んでいる"とされる状態(仮死状態)から、"生きている"とされる状態に戻ること。→回生、蘇生。
 ・キリスト教の用語・概念。→「復活(キリスト教)」、「新生(キリスト教)」
 ・ヴェーダや仏教の用語・概念。死後に生まれ変わること。→転生
 ・倒産した企業等が、事業の再開や継続を図ること(=「企業再生」)→民事再生法
 ・経済的に破綻した個人が、経済生活の継続を図ること→個人再生
 ・生物が一部を失ったときにその失った部分を補うこと。→再生 (生物学)
 ・リサイクルなどにて、廃品を新しい製品として作り直すこと。
 ・ビデオやCD、カセットテープなどの記録媒体に記録された映像・音声などを実際に動かしたり聞かせたりすること。play。ボタンの表示などには右向きの三角形の記号が用いられる。→録音再生機器
 ・演奏者が楽器などを演奏することで、芸術作品としての音楽(楽曲)を表現すること。→再生芸術
 ・受信機において、受信した周波数の信号の一部を増幅回路に再入力(正帰還)して増幅度と選択度を高める電子回路の方式。→再生回路


再生 ・・・大辞林 第三版
1.死にかかっていたもの、死んでいたものが生き返ること。蘇生。
2.心を改め、くずれた生活からまともな生活に戻ること。更生。
3.廃品となったものを再び新しい製品に作りなおすこと。
4.録音・録画したものを機械にかけてもとの音・画像を出すこと。
5.再びこの世に生まれること。 → 輪廻
6.失われた生体の一部が再び作り出されること。下等生物ほど再生能力が強い。
7.〘心〙記憶の第三段階で、記銘され保持された経験内容を再現すること。想起。 → 記銘 ・保持

脳死者や心停止者からの臓器移植に焦点を当てれば1と3ということになるだろうか。
(心停止と言うが実際には心臓が停止してから移植の準備を始めたのでは間に合わない。心停止前からの準備が必要である。)

再生医療とは  ・・・科学技術政策(内閣府)より
○損傷を受けた生体機能を幹細胞などを用いて復元させる医療
○臓器移植と異なり、ドナー(臓器提供者)不足などを克服できる革新的治療
○従来法では治療困難である疾患・障害に対応可能
○未来の医療の実現に向けて、我が国を含めた世界各国が熾烈な競争


再生医学(英: Regenerative medicine)とは、人体の組織が欠損した場合に幹細胞などを用いることによりその機能を回復させる医学分野である。この分野における医療行為としては再生医療とも呼ばれる。

再生医学を行う手法として、クローン作製、臓器培養、多能性幹細胞(ES細胞、iPS細胞)の利用、自己組織誘導の研究などがある。将来的には遺伝子操作をした豚などの体内で人間の臓器を養殖するという手法も考えられている。
自己組織誘導については、細胞と、分化あるいは誘導因子(シグナル分子)と、足場の3つを巧みに組み合わせることによって、組織再生が可能になるとみられており、従来の材料による機能の回復(工学技術にもとづく人工臓器)には困難が多く限界があること、臓器移植医療が移植適合性などの困難を抱えていることから、再生医学には大きな期待が寄せられている。


国や医学界は、義肢や人工臓器、移植医療(他者からの輸血や臓器移植)などは再生医療ではないという見解らしい。
カセットテープの表紙にしたければ、臓器提供だけでは駄目で、クローンでなければならなかったのだ。


野球と賭博は本質的には同じものである

記録媒体に記録された映像・音声などを実際に動かしたり聞かせたりすることの「再生」、英語で言えば「play」。
そこで今度は「プレイ」と「play」を見てみよう。

プレイ(play) ・・・大辞林 第三版
①遊ぶこと。遊び。
②競技すること。また,その一つ一つの動きや技。
③演劇。戯曲。また,上演。
④演技。演奏。
⑤プレー-ボールの略。

play  ・・・プログレッシブ英和中辞典(第4版) 
[動]
━━(他)
1 (劇などで)…の役を演じる;(一般に)…のふりをする;〈役割を〉(…において)果たす((in ...))
2 〈子供が〉…ごっこをする;〈…する〉まねをして遊ぶ
3 〈劇などを〉上演[公演]する;〈劇団などが〉〈場所で〉興行する
4 〈ゲーム・球技を〉(人・チームと)する((with, against ...))
5 〈人・チームと〉(ゲーム・球技で)対戦する((at ...));(試合で)対戦する((in ...))
6 〈ポジションに〉につく;〈選手を〉(ポジションに)つかせる((at, as ...))
7 (球技で)〈球を〉打つ, 蹴る;《チェス》〈こまを〉動かす;《トランプ》〈札を〉出す, 使う
8 (勝負事で)〈金などを〉賭ける;〈金などを〉すってしまう((away));〈株式市場で〉投機をする;〈馬などに〉賭ける
9 〈楽器を〉弾く;(…で)〈楽曲を〉演奏する((on ...));〈CD・ラジオなどを〉かける;〈人を〉(音楽を演奏して)迎え入れる((in));送り出す((out))
10 〈勘・運などに〉たよる
11 〈いたずら・詐欺などを〉(人に)しかける, する((on ...));〈人に〉〈計画などを〉しかける
12 〈光線・ホース(の水)などを〉(目標に)ずっと向ける;〈銃などを〉(目標に)続けざまに発射する(on ...))
13 〈事を〉うまく処理する[扱う]
14 〈(針にかかった)魚を〉泳がせて[遊ばせて]疲れさせる
━━(自)
1 遊ぶ, 遊戯をする;遊び回る((about, around))
2 [play with A]〈Aと〉たわむれる;〈Aを〉もて遊ぶ, 軽くあしらう;〈A(思案)を〉めぐらす
3 競技をする, 競技に出る;(…の)ポジションにつく, (…を)守る((at ...));(…と)試合をする((against ...));〈グラウンドなどが〉(使うとき)(…の状態)である
4 賭け事[勝負事]をする, (金を)賭ける, ばくちをする((for ...))
5 ふるまう, 行動する;(…の)ふりをする
6 芝居をする, 演じる, 出演する;〈劇・映画などが〉上演[上映]される;〈テレビ・劇の台本などが〉上演できる[に適した]
7 (楽器を)演奏する, 弾く((on, upon ...))(▼前置詞がつく場合はメロディーに重点がおかれ, 比較的大きな楽器について用いる);〈楽器・音楽が〉演奏される, 鳴る;〈人・楽団が〉演奏する;〈CD・ラジオなどが〉鳴る
8 〈機械の部分が〉自由に動く, 遊びがある.
9 〈動物・鳥・空想が〉軽快に動き回る((around, about));〈光・風などが〉ゆらぐ, そよぐ;〈微笑が〉浮かぶ
10 〈水などが〉続いて噴き出る;〈光などが〉(目標を)照らす;〈銃が〉(目標に)発射される((on ...))
11 ((略式))(人に)受け入れられる;(人に)言われたように行動する((with ...)).

上記辞書の意味からplayをするのがどんな人かまとめてみた。
俳優、子供、スポーツ選手(年齢不問・プロアマ問わず)、ゲーマー(年齢・プロアマ不問)、賭博師、投資家、演奏家、音楽愛好家、詐欺師、釣り師、狙撃手(犯人含む)、消防士、猟師、ギャンブラー、ハスラー、遊び人。

ここに学者も仲間入りする。
他動詞1に例の1つとしてこのように書いてある。
play God
神のようなふるまいをする(▼遺伝子操作など)

嘘をつくことが仕事である小説家も含めたほうがいいですか?




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by yumimi61 | 2015-10-22 14:00
2015年 10月 21日
日本国憲法の秘密-80-
ゴミ屋敷は地球的生き方!?

1軒の家を思い浮かべてほしい。
そこから出ていくものは何だろうか?
単独で出られるのは住人だけ(自力で動けない人は除く)である。(ペットの家出脱走もあることはあるが)
住人が持ち出すものとすれば俄然種類は増える。
しかし住人が持ち出したものは住人とともに戻ってくる場合が多いだろう。
そこで戻ってこないものを考えてみよう。
燃えるごみや粗大ごみなど(不用品・不要品)、誰かに進呈した物や盗まれた物、使用したり贈与したり落とした金銭。
自発的に出て行った住人やペットも戻ってこない場合がある。

家から出ていくものは、廃棄物か交換のための代価か贈呈品である。(空気の出入りは無視します)
戻ってくるものが無く入ってくるものも無いとすると、家の窓やドアから廃棄物や贈呈品をポンポンと投げているという状態になる。
1日に投げる量を決めたとしてもいつかは空っぽになる。お腹も空っぽになる。
お金も無くなるから支払いも出来なくなって、水道・電気・ガスなどライフラインも止められてしまう。
待っているのは死ということになりそうだ。(例え空気があっても)
そのまま放置しておけば、人間も家も朽ち果てる。

戻る物がなく、投入される物もない太陽は、それと同じ状態である。
ポンポンと投げ捨てているのが太陽である。
そこでまた先日リンクしたバタイユのブログ。
つまり太陽は存在そのものが過剰(不要)ということになるのだ。
地球上のエネルギーの根源は、太陽から放射される熱である。
この熱は、補給や見返り無しに地球に与えられる。この熱は循環したり、回収されることがない、この熱の本質は「過剰なるもの」である。
他方、熱は生命体を生み出す。生命体がこの熱によって産み出されるなら、生命体の本質は「過剰」である。
本質としてのこの「過剰」をどう処理すべきかというのがバタイユの問題意識の所在する場所なのだ。
バタイユはこの莫大なエネルギーを放つ太陽というイメージを文学作品で描写している。


The Unbearable Lightness of Being(存在の耐えられない軽さ)

「私は投げてなんかいません。戻ってくるし投入されています」などと違いを訴えてもダメである。
人間には寿命がある。今まで死ななかった人間はいなかった。必ず死が待っている。
どんなに優秀な医者や科学者を揃えても五十歩百歩。
その結末は、ポンポンと投げて死んだ家の住人や太陽と同じなのである。
そんなのおかしい?ご飯を朝昼晩と食べているし、優しい言葉も沢山入れているのに?
いざとなったら流動食だって高カロリー輸液だって厭わないつもりよ?
あまり大きな声では言いたくないけど、ヒアルロン酸やFGFやボトックスや脂肪も注入しているのよ?

だ・け・ど!死なずに済んだ人間はいない。
人間は食事をするなどして加齢や死に必死に抗う。
待っている死に抗うために自ら死を選ぶのだ。代謝のことである。
誰かに与えられた循環ではなく、自らの中で循環させようと試みる。
いわば死の先取りである。細胞を死なせて新しい細胞を作る、体内で死と生を繰り返す。
何でもかんでも遺伝子につなげる遺伝子論はあまり好きではないが、それを用いて言えば、抵抗することがDNA(遺伝子)に書かれているのである。
だから抵抗するという意識がなくても抵抗している。「理由なき反抗」と言ったところ。
よく食べない方が調子が良いとか身体のためには良いという人がいる。菜食主義もそうした考えに近い。
要するにこれは抵抗しないということなのだ。抵抗しない方が調子がいいし長生きできるという考え。
全く根拠ない無鉄砲な話でもないのだ。
霞を食って生きているという仙人もこのイメージにある。
霞とは朝日や夕日、つまり太陽の光のことで、それだけを食べて抵抗せずに(欲を出さずに)生きれば不老不死でいられるということになる。
しかしそれでも実際には死ななかった人はいない。

そこでまたバタイユブロクから引用。 ―生命体の本質は「過剰」である。
DNAには存在が過剰であること、すなわち死が書かれていて、抵抗よりも上位にある。
よって死は避けられないのだ。
死ぬというプログラムには突然変異すら起きたことが無い。一度も誰にも。これは注目すべき点ではないだろうか?




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by yumimi61 | 2015-10-21 14:17
2015年 10月 20日
日本国憲法の秘密-79-
不可逆性

エントロピー増大則は熱力学から出てきたものである。(熱力学第二法則)
外部に何の影響を与えることなく元の状態に戻すことができない性質を不可逆性と言う。
(マンションの杭が自然に短くなることはあっても自然に長くなることはない)
簡単に言えば「自然に逆はない」ということ。
熱は必ず高温から低温へと移動し、低温から高温に移動することはない。
これが熱力学第二法則である。

人間の身体や生命も不可逆性であることは皆さんご存知の通り。

熱力学第二法則(現象)は幾つかの視点(原理や法則)で説明されている。
科学者によって表現の仕方が違うだけで同じことを言っているということ。

①クラウジウスの原理:外部に何も変化を残さず、熱を低温から高温へ移すことは不可能である。
②トムソンの原理:外部に何も変化を残さず、熱が全て仕事に変わることはない。熱効率100%の熱機関はない(排熱がある)。(低温や劣化した熱に変化せざるを得ない)
③エントロピー増大の法則:自然界においてはエントロピーは必ず小さいほうから大きいほうへ進む。 (乱雑な状態へ移行する)

映画『タイタニック』のセリフの話で、私は物理は人間にはどうにもならない普遍的な事象を表現する学問と書いたが、これらはまさに観察によって見出された法則であり、日常生活にも馴染みが深いものである。
科学者が科学的に熱を説明すれば、物体を構成する電子や原子核のような微視的な粒子の運動ということになるだろうが、巨視的な(微視的粒子の集合体としての)現象においては、物体の構造に関わりなく必ず成立する法則である。
この法則を覆した人間はいない。


そこに戻る

「エントロピーの増大」の法則が成り立つ条件は、外部からエネルギーや物質の出入りがない状態とされている。
これを孤立系と呼ぶ。
外部からエネルギーや物質を受けるが、外部に出さないものを閉鎖系と呼ぶ。
出入りがあるものは開放系。
孤立系と閉鎖系が同等に語られる場合もある。

地球は開放系と言う人もあれば、太陽エネルギーを受けるが外には出していない閉鎖系と言う人もある。
いずれも「だからエントロピーは増大せず、従って終わりもない」という結論に至る。地球は秩序に覆われた世界だと。
その一方で宇宙は孤立系と考えられている。
宇宙の中の太陽、宇宙の中の地球と考えると、矛盾がないだろうか?

そもそも外部からエネルギーや物質の出入りが全くない状態(もの)が有るんだろうか?
完全なる閉鎖や孤立は在り得るのか?
エントロピーの増大を説明する「外部からエネルギーや物質の出入りがない状態」「閉鎖」「開放」「孤立」という言葉が誤解を生んでいるような気もする。
特定の物質やエネルギーに限定すれば、それが出入りしない場所はあるかもしれない。
しかしあらゆる物質、あらゆるエネルギーとしたらどうだろう。
これは0と1の問題に通じる。
突き詰めて1にすることは出来るが、0にすることは出来ない。
ではその1はどこから来たのかという話になる。
かつての科学者や数学者は物事を突き詰めていった結果として神に傾倒する事が多かった。
アインシュタインもその1人である。
残る1を解決できないからだ。
この1こそが始まりの1なのだけれども。
始まりと終わりの場所は1。ではその1はどうやって生まれたのか?今日の科学者の皆さんどうですか?


太陽の破片

誰かの役に立つことが生きがい、社会に貢献することが人間のあるべき姿、こういうことがあちこちでよく語られている。
特に娯楽ツールのはずのテレビを見ている時に耳にすることが多くて「なんだかなぁ」と思う。(教育ツールだった?それとも扇動ツール?)

食物連鎖やエネルギー循環は「役に立つ」が繋がって回っていることになる。
上に人間の身体や生命は不可逆性と書いたが、それは1人の人間の成長や一生という観点からのことで、循環の中でみれば可逆性であり、その循環は可逆サイクルと言える。
どの長さ(範囲)で物事を眺めるかということで大分違うものになる。

地球上の循環の中心にあるエネルギーは太陽エネルギー。
しかしながら太陽に戻るものがないとするならば太陽は循環サイクルの構成には含まれない。
太陽は孤立系なのか?


原子力とともに歩んだ太陽

太陽は光や熱を放っているわけだが、ではその太陽のエネルギー源は何か?
このことが随分長いこと分からなかった。
太陽は石炭で出来ている説、重力エネルギー説、衝突によって発生した運動エネルギー説、数々の説が歴史を彩ってきた。
しかしどれも説得力に欠けた。
何故かと言うと、それらで試算する太陽の寿命はどれも、地球(生命)が誕生してからの時間よりも短いものだったからである。
太陽エネルギーが地球の循環の中心にあるというのに、地球より太陽のほうが後に誕生したというのでは如何せん具合が悪い。

寿命があるということから分かるように、どこからにせよ太陽にエネルギーが投入されるという発想は当初からなかったようだ。
持っているエネルギー(資源)を使い果たしたらそれで終わり。循環はなく一回こっきり、使い捨て、再生もない。

現代では太陽のエネルギー源は核融合反応ということになっているが、そう決定したのはそれほど古い時代ではない。

・20世紀に入ると量子力学と相対性理論の二つの新しい物理学が興り、量子力学は天体からの光を解明する理論的手段を与え、1920年代から本格的な天体物理学が進展し、観測の発展と相まって太陽や恒星、星間物質や星間雲、星団や星雲に関する本質的な知識が得られるようになった。また原子核やその反応についての実験や量子力学的研究が進んだ結果、ベーテH.A.Bethe(1906‐ )とワイツゼッカーC.F.von Weizsäcker(1912‐ )により恒星中心部における原子核反応が具体的に明らかにされ(1938‐39)、太陽をはじめとする恒星のエネルギー源を説明するとともに,恒星進化および宇宙の物質進化の研究が可能になった。(世界大百科事典 「宇宙」より)
(#追記 ベーテ氏は2005年に、ワイツゼッカー氏は2007年に、お亡くなりになっています。物理学者のワイツゼッカー氏は”過去に目を閉ざす者は、現在に対してもやはり盲目となる”という演説が有名なドイツのワイツゼッカー元大統領の兄である。父はナチス・ドイツの外務次官であった)

・1934年、ラザフォードとその協力者たちは、2Hの原子核を2Hの標的に衝突させ3Hができることを実験的に確かめた。そして、この核融合に伴って発生するエネルギーが太陽エネルギーの源であることを、ベーテHans Albrecht Betheが1938年に理論的に証明した。(世界大百科事典 「原子力」より)


ハンス・ベーテ
アメリカの物理学者(ドイツ系ユダヤ人)
第二次世界大戦の間、彼はロバート・オッペンハイマーに招かれカリフォルニア大学バークレー校での特別夏季会議に参加した。それは原子爆弾の最初の概略を説明したものであった。オッペンハイマーがロスアラモスで秘密兵器研究所を開設したとき、ベーテは理論部門の監督に任命された。

1967年、「原子核反応理論への貢献、特に星の内部におけるエネルギー生成に関する発見」によってノーベル物理学賞を受賞した。

娘が、日本文化に関心を持っていた事から、日本に対する関心が深かったと言われる[要出典]。


核融合反応がエネルギー源となってからは太陽の寿命は100億年ということになった。
50億年くらい経過しているけれど、まだ50億年くらい残っているということで、人間が心配する年数ではなくなったのだった。
1億年だって私達誰も心配しないわよね?、





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by yumimi61 | 2015-10-20 11:44
2015年 10月 19日
日本国憲法の秘密-78-
有益と無益

地球上のエネルギーの根源は、太陽から放射される熱である。
この熱は、補給や見返り無しに地球に与えられる。この熱は循環したり、回収されることがない、この熱の本質は「過剰なるもの」である。
他方、熱は生命体を生み出す。生命体がこの熱によって産み出されるなら、生命体の本質は「過剰」である。
本質としてのこの「過剰」をどう処理すべきかというのがバタイユの問題意識の所在する場所なのだ。
バタイユはこの莫大なエネルギーを放つ太陽というイメージを文学作品で描写している。


例えばそれは噴火であり、例えばそれは肛門であった。

しかし、猿が人間になるプロセスにおいて、彼は肛門を足の狭間へと隠してしまう。では、エネルギーの過剰は何処へ向かうのか?それは元々存在した太陽を目指し、身体の上部へと向かい、太陽を見るためだけに眼球を作り出す。それが「眼球譚」のイメージなのだ。つまり、過剰なエネルギーは何処へ向かうのか、それがバタイユの第一義的な主題なのだ。そして、この問いにバタイユはこう答える。過剰である限りは、それは過剰なまま浪費されなければならない。つまりそれは有効性に還元されることなく、無意味に使われ、喪われなければない、と。

 近代資本主義社会は、「等価なものの交換」しか知らない。現代においては貨幣という共通の尺度を設定し、その体系に従い商品に価格を付け、貨幣と等価な商品を交換することで商品経済は成立している。
また、古代の人々が行なった交換も自分に欠けたもの、必要なものを他者から受け取り、その代わりに相手に自分の物を与えたのだと我々は想像する。そこでもやはり、価値の釣り合いが双方の合意に含まれ、等価交換として当時の交換様式は捉えられる。しかし、原初の人間はその意識はなかった。それは「結果として物と物を交換したかのように見えた」だけである。原始社会の「交換」は、「有用性」つまり効用と切り離されているのだ。
では、古代の交換は何と深く結びついていたか?古代社会においては、狩猟や農耕で獲得された収穫物は、むろん自分たちで消費もしたが、まずは「初物」として神に供儀された。それは消費することが「何か役立つ」と見越された上での消費ではない。消費それ自体の中に、究極的な目的が蔵されているのだ。この消費は「非生産的」な消費として見える。これこそが「蕩尽」なのだ。そして、既存の経済学はこの「蕩尽」を考察することがなかった

バタイユは、エネルギー消費の働きは、二つの部分に弁別されるとする。第一の部分はなにかに還元可能なものであって、一定の社会に属する諸個人が、生命を存続させ、生産活動を持続させるのに必要な最小限に生産物を使用するという働きだ。第二は、非生産的な消費である。即ち、奢侈、供儀、葬儀、戦争、祭礼、見世物、倒錯的性行為、そして後で述べる贈与慣例「ポトラッチ」などである。バタイユは生産と生産的消費のみに着目してきた従来の経済学を「限定経済学」とし、自身が計画する生産活動と生産的消費活動に加えて非生産的消費活動即ち「蕩尽」を含んだ経済学を「普遍経済学」と位置付ける。


青字は先日バタイユのことを書いた時にリンクしたブログの記事(ジョルジュ・バタイユ『呪われた部分―普遍経済学の試み』より。
とてもよくまとまっているし良いことが書いてある文章だと思う。
バタイユもこのブログの著者も着眼点は素晴らしい。
ただ非生産的な消費(奢侈、供儀、葬儀、戦争、祭礼、見世物、倒錯的性行為、ポトラッチ)も最終的には還元されるので、還元可能と還元不可能、有用性と無用性という分類はごく狭い範囲にしか当てはまらない。
合成されたものは分解される運命にある。腐朽するし溶融するし溶解するのだ。土や大気や水に戻る。
食物連鎖やエネルギー循環を考えれば結局みな生産活動に繋がるものとなる。
経済の観点から第一第二と分けても物質が行き着く場所は同じ。それが循環するということ、サイクルである。


開かれた場所

昨日書いた「エントロピーの増大」の法則が成り立つ条件は、孤立系(閉鎖系)で外からエネルギーなどが加わらない状態であるとされる。
エントロピーの増大の先にあるのは終焉。(しかしそれは開始でもあるはずだ)
だからバタイユはまず出口を探した。孤立や閉鎖を避けるための出口に注目したのではないだろうか。
ジョン・レノンも出口に注目していたふしがある。(Exitの写真

しかし出口があってもその外側が閉鎖していれば同じことである。
乱雑さや無秩序さが出入口から出入りして広がっていき、平均で均一な空間を作り、やがては壁も崩壊して平衡となるだろう。
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人間は卵子(卵細胞)という閉鎖空間に精子が穴を開けることから始まる。
胎児は穴によって外界と繋がらないと生きていけない。
外界に誕生した人間の身体にも幾つもの穴が存在する。
死んだ細胞は細胞膜が崩壊する。
人間が死ねばやがてはその姿形も崩壊する。
要するに出口があるだけでは終わりは避けられないということだ。
むしろ出口は終わりに重要な役割を果たしている。
穴や出口といった開口部は生命の維持と死に重要な役割を果たしている。
エントロピーの増大と同じで、終わりであり始まりである。
人間は受精の瞬間からひたすら死に向かっているのだ。





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by yumimi61 | 2015-10-19 14:04