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2017年 03月 31日
父の病㉗
かかりつけの病院→A病院→B病院→C病院→D病院→かかりつけの病院

1月17日(火) D病院受診(鎮痛剤トラムセットを10錠処方)
1月19日(木) かかりつけの病院を午後受診→そのまま夕方入院 (午前中は母が受診)
1月20日(金) 入院に必要な荷物を持っていったり書類を提出したり。
1月21日(土)
1月22日(日)
1月23日(月) 地域連携課から電話あり(面談予約)。
1月24日(火) 地域連携課担当者と面談し、その後転院先へ送る書類記入。
1月25日(水)
1月26日(木) 地域連携課担当者から電話あり。面談。夕方3者面談。(午前中は母が受診)
1月27日(金) ナースステーション前の個室に移っている。地域連携課担当者と面談。
1月28日(土)
1月29日(日) 死亡

1月26日(木)
急ぎの話は、「かなり温度差がある」ということだった。
この日の朝に父に話を聞くために訪ねたところ、「転院なんか知らない。家に帰る」というようなことを父が言ったらしいのだ。
その言い方が荒かったのか無下だったのか、ともかく父は「話は娘が来てから」と全く取り合わなかったらしい。
緩和ケア病棟は家族ではなく本人が何もかも納得の上で強く希望していないと入れないそうで、「あれでは緩和ケア病棟に受け入れてもらうことは無理です」ということだった。
でも私は24日に書いた質問の答えに嘘なんか書いたつもりは全くない。
とにかくもう一度お父さんと話をしてみてくださいとは言っていたが、緩和ケア病棟への転院はもはやないような雰囲気があった。
看護学校の講義の時間が迫っていたので、夕方もう一度面談をする約束をして別れた。

(略)

地域連携課の担当者と別れたその足で母と父の病室を訪ねた。
「お父さんっ転院しないで家に帰るって言ったでしょ」
私は家で父に話しかけるように遠慮なくそう言った。
「今朝来て急に言われたから、娘が来てからにしてくれって言ったんだよ」と父。
「あの人は転院の手続きをしてくれている人だから。入院した時に説明したじゃない、転院するんだよって。あの時苦しかったからよく覚えてないんでしょ。だけどここにずっといられるわけではないし、家に帰っても大変だと思うよ。入院する前の日の夜の事を考えたらそう思うでしょう?今は病院で面倒見てくれるから少し楽になったかもしれないけれどさぁ」
「人は、喉元過ぎれば熱さ忘れる、なんだなあ」
結局父はすぐに観念した。
「面会に行くよ、お母さんも連れて行くから。状態がよくなれば外泊もできるんだって」と教えてあげるとちょっと安心したみたいだった。
母が「みんな心配してよくしてくれるんだからあまり我儘言わないで言うことを聞いてくださいね」と「そうだね」と父はうんうんと頷いた。


1月26日(木)夕方
「かなり温度差があり、あれでは緩和ケア病棟に受け入れてもらうことは無理です」という言葉を残して看護学校の講義に出掛けて行った地域連携課の担当者(看護師資格を持つ相談員)と夕方再び会った。
まず私との2者面談を行った。
私は父と話をして転院することに対して了解を得たことを告げたが、相談員さんはもはや転院に積極的ではなかった。
完全に緩和ケア病棟への転院は無理と判断し諦めているような様子であった。
緩和ケア病棟は審査が厳しいので誰でも入れるわけではないというようなことを説明された。
本人が治療を望んでいる状態ではもちろんダメ。
病気の状態や現実を全てを理解し納得していること。迷いがある状態ではダメ。
死を受け入れて、死までを安らかに過ごしたいので「お願いします」というような気持ちや態度である必要がある。
それは家族ではなくあくまでも本人の意志でなければならない。
これだけを聞けば、父は緩和ケア病棟を希望する患者に相応しい優等生ではないと相談員さんに判断されたと理解するしかない。



肺がんであることと治療方法がないことを宣告されてからおよそ1年。
1年もの間、死が迫りくるというストレスの中に身を置いてきた。
年末には胸の痛みが出たり以前にも増して呼吸が苦しくなっていた。これもまたかなりのストレスとなる。
息苦しさと胸痛(肺疾患・心臓疾患)、強い痛みは死を彷彿させるもので患者の苦痛(ストレス)は相当高くなるものでもある。
父はまさにその状況にあった。
年齢的にも80歳を超えている。
この状態にあって鮮明な記憶を維持し、混乱を来たさないことを要求することはあまりに酷である。
命が危ないと感じている状況で本人が意識的にインプットできる情報なんて限られている。
状態の悪かった入院時、「転院するからね」という私の言葉を父が意識的にせよ無意識であったにせよ生命維持には重要ではないと判断したとしてもそれは仕方のないことだ。
痛みがあり呼吸が苦しくて命が危ないと感じている状況でテスト勉強をしてどれほど頭に入るかという話ですよ。100点満点取れると思いますか?


父は入院前から自身の混乱を「頭の中がぐちゃぐちゃになる」などと幾度が口にしたことがある。
何かを忘れてしまったことや勘違いなどがあり本人もそれを自覚していた。
短期記憶が怪しくなる時があるわけだから、認知症テストをすれば点はそれまでよりも低めに出るだろう。
実際父はがん発覚以降に行った介護認定更新時の認知症テストで要経過観察となった。
加齢による記憶力低下も当然あるだろうけれども、多くはストレスから来るものだろうと私は感じていた。

父は介護認定更新時の認知症テストを受けた頃に私に電話をかけてきたことがあった。
「認知症テストしたんだけど、ぼけちゃったらしい。家族と病院に来るように言われた」という内容だった。
その後、指定の日に父と病院へ行った。
病院に行って初めて分かったが、認知症テストは全く関係なかった。
父は耳の下のリンパ節に少し痛みがあり、かかりつけの病院の耳鼻科を自分で受診したのだった。
そこで検査して悪性腫瘍が疑われたため結果説明に家族と来るようにと言われたのである。
父はそのことを忘れていたり分からなかったわけではない。
ちゃんと指定された日時に、呼吸器科でも内科でもリハビリ科でもなく耳鼻科に私を連れて行った。
医師の話も理解していた。
何も知らなかったのは私である。父は私にリンパ節の痛みという不安を打ち明けず自分一人で受診し、来てほしいという電話の時にもバツが悪かったのか私に心配をかけまいと必死だったのか耳鼻科にかかったという話を一切持ち出さなかった。
父を怒る気にはなれなかった。

耳の下のリンパ節に若干異常があることはB病院で指摘されていた。
但しこれを問題にするレベルにはないということも言われた。
肺の腫瘍のほうが大きく、それを治療する手立てがない状況では、リンパ節に異常があったとしてもどうにもならない。
リンパ節に関してはそれ以上詳しい検査などはしなかった。
私はそのことをよく覚えていたので、父に「耳の下のリンパ節に少し異常があることはB病院で言われたよ。だけど問題にするものではないから」と説明した。
「そうか」と父はちょっと安堵した表情を見せた。
私は耳鼻科の医師にも、父は肺がんであり耳の下のリンパ節にも若干異常が認められることをB病院で指摘されていることを説明した。
「父もその場にいました。聞いたこと自体は忘れてしまったのかもしれませんが、聞いたからこそ無意識に耳の下が気になっていて痛みとして現れ、受診したのかもしれません」とも話した。
「そうでしたか、知っていたならば結構です。知らないのかと思いまして」と医師は答えた。


地域連携課の担当者は、1月24日(火)の面談の時にはそういう素振りはなかったが、1月26日(木)になると緩和病棟への転院に急に難色を示した。
前にも書いた通り、地域連携課の担当者は26日の朝に父のもとに行ったということだった。
父はその場で転院をしないとかなんとか言ったらしかった。
私は入院後父が若干元気を取り戻していたように感じていたので、「病院で安心して少し元気になったせいかもしれません」と言った。
担当者も「私が訪ねて行った時にもベッドに座っていたから驚きました」と言った。
もっと容態が悪いことを想像していたということだろう。
ベッドに座って口答えをするような患者は緩和ケア病棟には向かないということなのだろうか。
私は緩和ケア病棟という所に実際に行ったことがないので、いろいろと質問をしてみた。
その担当者は緩和ケア病棟で働いていたことがあるということだった。
緩和ケア病棟にもいろいろあるが、転院しようしている所(B病院)はとにかく審査が厳しいということだった。
26日には担当者はほぼ無理であるという判断をしていたのだが、それがB病院の反応からだったのか、それとも本当に26日朝の父の様子からなのか私は真意を計りかねていた。

「書類審査で断られました」という返事ならば了承するしかない。でもそういう言い方はされなかった。
だから私は「審査を通らなくてもいいので手続きを勧めてほしい」と訴えたが良い返事はもらえなかった。
中間管理職のような医療ソーシャルワーカーにあまり無理強いをしても申し訳ないと思い、「それならば外来(緩和ケア外来)を受診してみるというのはどうでしょうか?」とまでも言ってみた。
しかし何を言っても駄目だった。

担当者は話す。
「本来はD病院で受け入れるべきだと思うんですよ。私もD病院い聞いてみたんですけど断られました」
D病院には緩和ケア病棟はないが緩和ケアチームが作られているそうである。
私は担当者に一通りの経過を24日に嘘偽りなく話しているのだが、D病院の内科を受診したことは確認がとれなかったような口ぶりだった。整形にかかっているとかなんとか言われたとか。
「地域連携課の話ですけれども」と付け加えた。

そして担当者は施設を勧めてきた。
「実はがん患者も受け入れている施設に1つ空きがあるとの情報をもらったのでちょうどよいと思って。月夜野病院の施設です」
私は、「父は施設に入れるような状態ではないと思うし、父の介護度は要支援1なので施設に入れる資格はないかもしれません」と答えた。
すると「とりあえず病院で受け入れて状態が良くなったら施設に行けばいいんですから」ということだった。
たった今「病院」ではなくて、「施設」に空きがあるって紹介したじゃない!(なんてことは口には出していない)
病院が運営している施設で併設されているから医療も受けられて安心と勧められた。
月夜野病院は知っていたが、月夜野病院がどんな施設を有しているのか私はその時点では分からなかった。
担当者から施設の詳細の説明はなかった。介護度についても触れなかった。
状態が良くなったら施設に行けばいいということは介護度が高い人が行く施設ではなさそうだと判断した。


月夜野病院の施設については家に戻ってから調べてみた。
介護関係の施設を幾つか持っているが、担当者から得た情報から判断すると該当するのは1つ。有料老人ホームだった。
有料老人ホーム花水月は、月夜野病院の3階に開設された住宅型有料老人ホームです。全室個室で25室あります。病院と同一の建物と併設し、医療・介護と連携して最高の安心をご提供します。「花水月」は名前の通り、春は美しい花々に囲まれ、夏は谷川の清水に蛍が飛び交い、秋は月夜野の名月を望む自然豊かな環境の中にあります。このような恵まれた環境で入居の皆様と一緒にリラックスした楽しい毎日を作っていくように、職員一同頑張ります。どうぞ、よろしくお願い致します。
月夜野病院ホームページより>

施設詳細はこちら

入居者募集中とある。

住宅型有料老人ホーム
全室個室 25室
(14.3~15.41㎡)

月額利用料金
136,500円
+別途介護費用がかかります。

例外があるのか分からないが入居条件は「要介護の方」と記されている。父は該当しない。
受け入れ体制完備という欄には、経管栄養や点滴などの他にがんの終末期とも書いてあった。


(医療保険)
■一般病床 89.4万床
■医療型療養病床 27.1万床
■精神病床 33.6万床

(介護保険)
●介護療養病床(介護療養型医療施設) 6.1万床 ・・・廃止が決定してから5〜6万床減少した。
●特別養護老人ホーム 54.1万床
●介護老人保健施設 36.2万床

・有料老人ホーム
・軽費老人ホーム(ケアハウス)
・グループホーム
・サービス付き高齢者向け住宅 


前にも書いたことだが有料老人ホームには次の種類がある。

■「介護付有料老人ホーム」(特定施設入居者生活介護)
都道府県より特定施設入居者生活介護の指定を受けた有料老人ホームのみが「介護付有料老人ホーム」と名乗ることが出来る。
特定施設入居者生活介護の指定を受けていない有料老人ホームについては介護付と表示することはできない。
介護サービスは24時間施設常駐スタッフによって提供される。
食事や入浴や排泄など日常生活全般の介護サービス・生活サービスの提供を受けられる。
入居は要介護者を対象とした介護専用型と、要支援者や自立している人(認定を受けていない人)も受け入れる混合型がある。
経管栄養や気管切開といった医療ケア(医療行為)が必要な人でも入居できる施設が比較的多い。(しかしながら看護師が24時間常駐している施設はごく僅か)
部屋は個室、入居は終身が原則。
(以後略)

■住宅型有料老人ホーム
入居は終身が原則。
サービスは食事の提供と緊急時の対応くらいで、施設常駐の介護スタッフによる介護サービスは提供されない。
介護が必要な人は自宅の場合と同様に訪問介護などの介護サービスを受けることは可能。(=介護保険による在宅介護サービス)
入居一時金は0〜数千万と幅広い。月額費用は10〜30万程度。
常駐の介護スタッフがいないため介護度の重い人の場合には外部介護サービスを頻繁に利用することになり介護保険の上限額を超えやすい。
超えた分は全額自己負担となるので、介護度の高い人は費用が必要以上にかかってしまう可能性が高い。

■健康型有料老人ホーム
(略)

■特定有料老人ホーム
有料老人ホームのうち、次の条件を満たすもの。
1.医療法に規定する病院、老人福祉法に規定する養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム又は介護保険法に規定する介護老人保健施設に隣接した場所に設置されている。
2.定員が50人未満。
3.利用料が比較的低廉であり、かつ、入居者からは原則として利用料以外の金品を徴収しない。
これを満たせば独立行政法人福祉医療機構から融資の対象となるため、「介護付有料老人ホーム」(特定施設入居者生活介護)などに比べて利用料を安く設定でき、近くに病院や介護スタッフ・支援スタッフがいる施設があるということで住宅型有料老人ホームなどよりも安心感を売りにできる。
最近はこのタイプも多い。 



「新しい月夜野病院の建物の3階に併設 最高の安心と安全を提供します」と施設紹介ページには大きく書かれている。
しかしながら居室の種類は、介護付有料老人ホームでも特定優良老人ホームでもなく、住宅型有料老人ホームなのである。
医療スタッフどころか介護スタッフも常駐していないのが住宅型有料老人ホームである。
必要な人は在宅時と同様に外部の介護サービスを申し込んで受けるタイプの施設である。
但し月夜野病院は介護サービスを提供する施設やセンター(月夜野病院総合介護センター)を別に持っている。
介護保険あるいは実費で希望者はその月夜野病院が展開する外部介護サービスを受けられるということなのだ。
病院と同じ建物に併設してあっても、法的には全く別の施設である。
言い方は悪いかもしれないが、ちょっとした詐欺のような感じである。


みんなの介護 有料老人ホームの設立の条件とは?

有料老人ホームの中でも、住宅型有料老人ホームでは人員配置に関する基準は特にありません。これは比較的元気な高齢者を入居対象者として想定しているこ と、提供するサービスが利用者ニーズにより異なることなどから施設が提供するサービスに応じて必要なスタッフが配置されていればいいとされているからです。

一方で、介護保険における特定施設入居者生活介護の指定を受けている介護付き有料老人ホームでは、介護保険法に基づき職員配置に関しては最低基準が設定されています。下記の表にある通り、要介護・要支援2の高齢者3人に対して最低1名を配置することが求められています。老人ホームを探している際に、人員体制で 「3:1」と記載されているのはこのことを指し、入居者2名に対し1名の職員を配置している場合は「2:1」などと表記されているはずです。最低基準は 「3:1」ですから、この数字が手厚い介護体制が整っているかどうかなどを判断するひとつの基準となっているのです。

有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅を運営するにあたって、特別に必要となる資格はありません。強いて言えば、「法人であること」ということになるでしょう。








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by yumimi61 | 2017-03-31 12:29
2017年 03月 30日
父の病㉖
前回、脳細胞(神経細胞)と脳細胞(神経細胞)を繋いでいる神経線維について触れた。
加齢によって脳細胞を減少するが、神経線維は増える。
神経線維が増えると、有機体のように多くの細胞を密に繋ぎ、互いに影響を及ぼし合うことが出来るようになる。
知恵を生み、臨機応変に物事に対応できるようになったり総合的な判断力に優れるようになる。
脳細胞の減少を補うことも可能である。

ネットワーク化が人間一人一人の生きる力になっていくことは間違いない。
但し視点を変えて社会や歴史という観点から見るとこれも諸刃の剣である。

インプットされなかった事柄については当然アウトプットも出来ません。
但しインプットは自身の体験でなくとも、書物やメディアや他人から得た情報を自身の体験としてインプットしてしまうこともあります。
例えば恐怖の体験をインプットしても、その時の空の様子はインプットしていない。(恐怖の体験は空の様子よりも個の生命維持に関係しているため記憶として勝る)
しかしながら後から得た情報をその時に自分が見た空と誤ってインプットしてしまうことがあるということになります。
あるいは別々の情報(記憶)を誤って繋げてアウトプットしているか。


ネットワーク化は事実や証言の妨げになることがある。
他から得た情報を悪意や悪気なく事実(この時のこの体験)と思い込んでしまうことがあるからだ。
また「この情報は今のこの体験に相応しい」と誤って繋げてしまうことがある。こうした際には、取り違え、読み違え、勘違い、誤認など判断ミスが起こる。
回線が込み合ってくると混線したり回線を間違うことがあるということ。
沢山回線があるのにいつも同じ回線しか使わないということもある。
太いよく使う回線が何時も「最適」とは限らない。
SNSのデマの拡散が度々問題視されるが、ああいう誤った情報がリンクされている状態は個人の脳の中でも起こっている。
それが個人の中だけに留まっているうちはまだよいが、外に発信され拡散されるような場合には、やはり社会や歴史に悪影響を及ぼしかねない。


「記憶にございません」「覚えていません」「忘れました」と覚えているのに嘘をつく人ももちろんいるだろう。
そういう嘘は許せないという気持ちは分かる。
しかし現実的な問題として人の記憶はそれほど万全なものではない。
詳細を記憶していて当然という前提のもと、記憶にないことを攻撃する社会はとても恐ろしいとも思う。
(記憶が万全ならば皆さんテストで100点取れるはずですよ)
明確に記憶を語るほうが実は嘘だったり誤りだったりすることもある。
(記憶になくてもとりあえず答案用紙を埋めることはできますよね?)
記憶にないことが病気とも言い切れない。
(失書でなくとも、薔薇という字が読めるが書けなかったりすることはありますよね?)


万全ではないところに持ってきて、腦に病変があれば記憶障害が起こることがある。
加齢による脳細胞の減少によっても記憶力は劣っていく。
神経線維の増加による混乱(混線)も無きにしも非ず。

病変や加齢とは関係なく起こるものにはストレス性記憶障害もある。
愛する者の死、虐待やドメスティックバイオレンス(DV)、事件や事故、災害など強く激しいショックやストレスを受けた場合に、記憶が欠落してしまうことがある。

思い出すことに精神的な葛藤があり、無意識に記憶をシャットアウトしている状態。
元々インプットしていない状態とは違う。
生命維持に強く関係することや激しい感情を伴った出来事で記憶はインプットされていて存在している。しかしそれを引き出してくることが出来ないので「記憶がない」ということになる。
防御反応の1種であるが、起こしやすい性格や環境があるとされている。
非陳述記憶(非宣言的、潜在的)が失われることは少ないので日常生活動作には支障がない。
また新しく記憶することにも問題がない。
記憶の欠落の仕方には幾種類かある。
  ・局在性健忘―限られた期間の出来事を一切思い出せない
  ・局在性選択的健忘―限られた期間の限られた出来事を思い出せない
  ・全般性健忘―これまでの人生の全ての記憶を失っている
  ・持続性健忘―ある時期以降の人生の記憶を失っている
  ・系統的健忘―特定の人物などある範疇に対する記憶だけを失っている
多いのは局在性健忘と局在性選択的健忘。
短期記憶障害に該当するものもあれば、長期記憶障害に該当するものもある。
(短期記憶にはインプットされたはずの最近の出来事が思い出せないと言う場合、自身の中で繰り返し思い出すということがないことや十分な睡眠をとれないなどの理由から側頭葉にコピーされず長期記憶に移行しないことが考えられる。長期記憶にコピーされない短期記憶は時期が来れば必然的に消えてしまう)

こうしたものの他に解離性同一性障害(多重人格)などもある。
これも大きく分ければストレス性記憶障害の範疇になるが、複数の人格が存在していて本来の自分以外の人格が現れている時の記憶は残っていない。


愛する者の死、虐待やドメスティックバイオレンス(DV)、事件や事故、災害など強く激しいショックやストレスを受けた場合に記憶が欠落してしまうことがある一方、記憶に振り回されてしまうこともある。
トラウマやフラッシュバック、心的外傷、PTSDなどといった言葉を聞いたことがあると思うが、これらは記憶に囚われ振り回されてしまっている状態である。
愛する者の死、虐待やドメスティックバイオレンス(DV)、事件や事故、災害などによって心が傷ついてしまったことを心的外傷という。
「外傷」というのは進行形で悪化していく病変とは違い、致命傷でなければ感染でも起きない限りだんだん悪くなっていくということは通常なく、次第に傷は癒えて回復するものである。
数字で表せば、外傷は10→1であるが、進行性の病気は1→10へと次第に進んでいく。

心的外傷の場合、特定の症状を呈し苦痛が持続することがある。
心的外傷を受けてから数日から1ヶ月ほど症状や苦痛が続けば急性ストレス障害と診断される。
若干回復に時間がかかってしまい短期的には重症だが予後は決して悪くない。自然治癒が望める。
1ヶ月以上続いていくようならば心的外傷後ストレス障害(PTSD)ということになる。
急性ストレス障害と心的外傷後ストレス障害(PTSD)の主な症状は次の通り。

・追体験(フラッシュバック)
 心的外傷の原因となった出来事を繰り返しはっきりと思い出したり、夢に見てうなされる。
・回避や麻痺
 心的外傷の原因となった出来事に関連する事柄を避けようとする傾向が顕著になる。
 感情が委縮し無表情になったり、希望や関心がなくなり意欲を失くす。
・覚醒
 神経が高ぶった状態が続き不安定で、不眠や不安などが強く現れる。

心的外傷は、普通の外傷と違って目に見えるものではない。
心的外傷には何らかの出来事に対する記憶が関係しているわけだが、記憶であるがゆえに必ずしも本人が体験したものとは限らないことに留意する必要がある。
3つの記憶パターン
 1.重大な出来事が記憶される。
 2.それほど重大でなかったが事後的に記憶が再構成される。 
 3.もともとなかった出来事が、あたかもあったかのように出来事の記憶となる。



PTSDを発症した人の半数以上がうつ病や不安障害などを合併している、
またしばしばアルコール依存症や薬物依存症といった嗜癖行動も抱えている。これは苦痛などからの回避行動、無自覚なまま施していた自己治療的な試みであると考えられている。
上記のような健忘が問題になることもあるが、忘れてしまうことも治癒に繋がる。
以前アメリカの医療ドラマ『ER』で医学生が精神分裂病(統合失調症)の患者に刺されるというシーンがあったということを書いたことがあるが、医学生はその後一時期薬物依存に陥ってしまうのである。


記憶というのは非常に厄介で映像や音声を記憶することもあれば、言語にして記憶することもある。
例えば、津波が押し寄せる映像を記憶する、逃げ惑う人々の姿と声を記憶する、2011年3月11日高い津波が襲ってきて私は津波に呑みこまれながらもなんとか助かったが非常に怖かったなどと言語的に記憶することもある。その他にも様々な記憶要素がある。
従って追体験(フラッシュバック)は、映像や音声や言語のみ、あるいはその複合とは限らず、怖かったという感情、冷たさ、痛さ、特有の匂いなどが無意識に突然襲ってくるというような場合もある。
また言語能力を有していない乳幼児などの場合には、出来事を言語化して記憶に残しておくことは出来ない。
他の記憶(映像や音声、感情や冷たさや痛さなど)も特に残らず出来事自体を記憶できなければそれで良いのだが、言語以外の記憶が残されている場合には追体験(フラッシュバック)に繋がることがある。
言語的記憶ではないので本人も「あの出来事の記憶」と意識できずに苦しむこともある。
また元が言語的記憶ではないことから言語を獲得してからも再構成が難しく、いつまでも鮮明な記憶として残りがちである。
原記憶よりも鮮明さは増す傾向が強いとも言われている。








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by yumimi61 | 2017-03-30 11:58
2017年 03月 28日
父の病㉕
コンピューターの性能を決める3つの要素は、CPUとRAM(メモリ)とHDD(ハードディスク)。

・CPU(Central Processing Unit;中央処理装置)

・RAM(Random Access Memory)

・HDD(Hard Disk Drive)

分かりやすく例えれば、CPUは人間、RAM(メモリ)は机(作業スペース)、HDD(ハードディスク)は部屋(書斎)。


書斎には沢山の本やファイルが並び、沢山の引き出しがある。これがHDD(ハードディスク)。

必要なもの(ソフト)を書庫から取りだしてきて1つ調べては戻すを繰り返すと時間がかかるので、作業に必要な本なり物を作業スペースに集めて作業をする。
辞書と参考書と日記、音楽を聞いた方が捗るのでプレーヤーといった感じに。これを置いておく場所がRAM(メモリ)。
狭い場所でちまちまとこれでもないあれでもないとかやっていると作業効率は悪くなる。なんとなく心に余裕もなくなる。
RAMは大きいほど良く、また目いっぱい使わずに余裕を残して使っているほうが良い。
(実際のコンピューターのRAMは半導体、記憶用ICチップ。部品そのもので見た目自体は小さいものである)
使わなくなった辞書(ソフト)を片付けるとその分のスペース(容量)が空くように思うが完全には空かない。
そこに辞書(ソフト)を置いていたという記憶はすぐには完全にはなくならないということである。
「ここは辞書、あっそうかさっき片付けたんだっけ」などと混乱してくるというわけ。
よって長時間コンピューターを使っていると、次第にメモリの残り容量が少なくなっていき、やがてメモリ不足でコンピューターが不安定になるというようなことが起こる。
スペース(メモリ)が足りなくなり、書斎の本棚(ハードディスク)を行ったり来たりしている状態はスワップと言う。

しかしながら幾ら広い作業スペースに有効な物を整然と並べたところで人間が作業をしなければ結局作業は捗らない。人間の作業がCPU。頭の回転の速さなどと例えられることが多いが要するに処理能力のことである。
広い作業スペースがあって沢山の物を置けても、却って何をどう使ってよいのか迷ってしまって作業効率が悪くなるという人もいるだろう。CPUが低いということになる。


人間の指示に従って、有意な情報を抽出したり、目的に沿った加工をするのがコンピューターのCPU。
行われた作業(データ)もまずメモリに保存される。人間の海馬と同じである。
海馬は一時置き。最大最長でも1~2週間が限度。パソコンのメモリは電源を切れば全て消えてしまう。
人間が記憶を長期保存するには側頭葉に、コンピューターのデータを長期保存するにはハードディスク・SSD・CD・DVD・USBフラッシュメモリー・磁気テープなど外部記憶装置に保存しなければならない。



先日ソフトバンクショップに行った。
すると4~5歳の男の子がPepperと戯れていた。(お母さんらしき人と来ていてお母さんは手続き中)
Pepperとは「世界初の感情認識パーソナルロボット」として売り出されたソフトバンク提供のロボットである。
Pepperは喋れるけれども、胸の辺りにパソコンのディスプレイのようなものを付けているので、大人にはロボットというよりもパソコンのように見えてしまう。
ショップのPepperはそのディスプレイに4つくらいの選択肢を出していて、男の子は「年齢当て」をタッチしたようだった。
「私の手を握って目を見つめて下さい」とPepper。
へぇ~手を握ると年齢が分かるのかぁと私は興味津々その様子を眺めていた。
男の子はPepperの手をそっと握りちょこっと見て離した。
Pepperは少し考えて、「う~ん、ひょっとして見た目よりも・・」とか言っている。
見た目よりも? 言葉を続けるとすれば、見た目よりも若いか、見た目よりも年寄りということになりそうだ。
だけど男の子の場合、見た目よりも何もない。見た目も若い!
私は少し面白くなってきた。
さてPepperはどうする?
男の子は年齢当てには興味はないらしく手をもう一度握るとかそういう行動には出ない。
「ねえ歯磨きはできるんですか~?」
男の子は唐突にPepperに質問をぶつける。
Pepperはその質問をガン無視。
「う~ん、ごめんなさい、今日は調子が悪いみたい。また今度試してね」Pepperは年齢当てを強制終了。

男の子は今度は(たぶん)「手品」をタッチ。ディスプレイ上にはカードが並べられている。
男の子はもちろん手品にもカードにも興味はない。
「歯磨きは出来るんですかぁ?」
男の子の興味関心はただ一つ。Pepperが歯磨きできるかどうかである。
Pepperは身体全体白い。白く輝いている。しかし口の中が黒い。
男の子はこれを汚れや虫歯だと思っているのだろうか。
しかもPepperは口が小さい。あーんと大きな口を開けて歯磨きをしてもらうとか歯磨きをする雰囲気がまるでない。
これでは男の子の心配も分からなくはない。
彼はきっとお母さんに「歯磨きをしなさい」あるいは「甘い物を食べないように」と口酸っぱく躾けられている最中なのだろうと私は勝手に推測した。

男の子は再度「年齢当て」をタッチ。
「私の手を握って目を見つめてください」
男の子はもはや手を握らない。ちょっとイライラしたのか差し出されたPepperの手をパンパンとやや乱暴に叩いた。
そしてまた懲りずに尋ねる。「ねえ歯磨きはできるんですか?」
その質問には今度もガン無視だが、ところがなんとPepper、今度は年齢が分かったらしい。
ディスプレイにでかでかと4歳と映し出される。
おおー。私は思わず声を上げるところだった。
手を握らないで叩くと4歳なのだろうか?
しかし男の子は微塵も感動する様子はなく、Pepperに「ぴったり」とか「だいたい当たり」とか「もっと上」「もっと下」とかの情報を与えることもなかった。


Pepperの見た目はともかくとして、コンピューターと人間の記憶の仕組みは人工知能を待たずとも実はよく似ている。
では人工知能とは何かということを考える時に登場してくるのが神経線維である。
人間の脳細胞(神経細胞)と脳細胞(神経細胞)を繋いでいるのが神経線維と呼ばれるものである。
昨日書いた通り、人間の脳細胞は成人以降毎日死んでいき再生はしない(海馬だけは再生の可能性あり)。脳細胞の数は減っていく一方なので必然的に記憶できることは減っていくわけである。20歳頃を境にして記憶力は劣っていく一方。
ただ神経線維は逆であり増えていく。
神経線維が増えるということは、有機体のように多くの細胞を密に繋ぎ、互いに影響を及ぼし合うことが出来るようになるということである。
1つ1つの記憶(情報や体験)がネットワーク化され、情報の共有や交換、処理の分散などが可能になる。
臨機応変に物事に対応できるようになったり総合的な判断力に優れるようになる。
知識(記憶)と判断・思慮分別の卓越性を両極に持ち、それらが相補的関係にあるのが知恵である。
どんなに多くの記憶(体験や情報)を持っていても、それが生かされなければ宝の持ち腐れ。
記憶(細胞)を活かしていくのが神経線維というわけである。
また記憶(細胞)の減少をネットワークでカバーすることも可能である。
コンピューターはこの部分があまり得意ではなかった。
コンピューターが得意なのは数多くの中から命令されたものを探し出すことであったり、命令に対して画一的な答えを導くことであった。
それは感情や主観を排除し、とても正確で便利なものである。でもそれが最適とは限らない。
人間の神経線維の役割を持ち知恵のようなものが生み出されるコンピューターが人工知能として目指されてきた。





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by yumimi61 | 2017-03-28 13:42
2017年 03月 27日
父の病㉓
少し間があいてしまうと、どこまで話したのか、どこまで聞いたのか、忘れてしまうことはよくありますね。
もっとも「聴いてない」「読んでいない」状態であれば、それは忘れたのではなくインプットされなかっただけのことです。

自分の体験した出来事や過去についての記憶が抜け落ちてしまうことを記憶障害と言います。
但し物忘れは普通によくあることなので、物忘れと記憶障害との境目は非常に難しくもあります。
また上に書いた通り、何かに接してもインプットされない(インプットが弱い)体験や情報などもあります。
全てが同じ強さや量でインプットされるわけではありません。
同じ場所にいても、同じ状況にあっても、見ているもの、聞いているもの、感じているものは、ひとそれぞれ違う。
同じ教室にいても、教師の話を聴いていない、教科書を読んでいない、違うことを考えていた、これでは授業の内容をインプット出来ない。
インプットされなかった事柄については当然アウトプットも出来ません。
但しインプットは自身の体験でなくとも、書物やメディアや他人から得た情報を自身の体験としてインプットしてしまうこともあります。
例えば恐怖の体験をインプットしても、その時の空の様子はインプットしていない。(恐怖の体験は空の様子よりも個の生命維持に関係しているため記憶として勝る)
しかしながら後から得た情報をその時に自分が見た空と誤ってインプットしてしまうことがあるということになります。
あるいは別々の情報(記憶)を誤って繋げてアウトプットしているか。


記憶障害は認知症の主たる症状の1つです。
「年寄りは過去に生きている」と言われることがあるのですが、まず短期記憶が失われるからです。

■短期記憶
短期記憶を司るのは脳の海馬と呼ばれる部分である。
一時的に保存するための記憶装置で、保存できる期間は最大最長で1~2週間と言われる。
インプットされた体験なり情報はまず海馬で一時的に記憶される。
あくまでも一時的な記憶であり時間の経過と共に失われるのが定め。
全ての記憶は海馬が取りこみ、一時的に保存し、記憶の重要性を判断する。
繰り返し入ってこない一度だけの体験や情報は重要ではないと海馬は判断し忘れてしまう。

認知症では海馬(短期記憶)が正常に機能せずに、海馬にすら記憶が格納されにくい状態となっているため、新しい事を覚える事がとても難しくなる。
また元々短い保存期間がさらに短くなっていく。数十秒とか。
これを短期記憶障害と言う。
認知症初期では比較的直近の記憶から失われていき、ついさっきの出来事が思い出せなくなり、次第にこれまでの記憶など思い出せない事柄が増えていく。
そのため認知症テストではこの短期記憶を中心に調べている。

■長期記憶
長期記憶を司るのは大脳新皮質の側頭葉という部分。
記憶容量が1000兆項目分ある(大容量)。記憶保存期間も長い。
海馬で重要な記憶と判断されたものはこちらに移されて長期記憶として残る。(睡眠中にコピーされる)
どんな記憶を重要と判断するかと言うと、生命維持に必要な記憶。
生命維持に必要な記憶とは繰り返される体験や情報である。
(天気予報が毎日繰り返されているからと言って10年前の今日の天気を覚えているということではない。晴れという状態がどういうものか、雨という状態がどういうものか分かっていて忘れないということである。今日の天気が分かるのは短期記憶となる)
また喜怒哀楽など強い感情を伴うほど海馬から側頭葉に移りやすい。

この領域に入った記憶は普段は忘れていてもきっかけなどがあれば記憶の底から引っ張り出すことが出来る。
健常者であれば基本的には死ぬまで持ち続ける記憶。
ここにあったのに、この記憶が抜け落ちてしまうことを長期記憶障害と言う。(例えば自分の名前を忘れるなど)

●陳述記憶(宣言的、顕在的、自伝的)・・・言葉に出来る記憶

・エピソード記憶障害
経験の記憶(エピソード)そのものを忘れてしまう障害。
本人は体験自体が記憶から抜け落ちているので体験していないと主張するため、周囲と話がかみ合わなくなり、人間関係が悪化することがある。

・意味記憶障害
学習から得た言葉の意味などを忘れてしまう障害。意思疎通が難しくなってくる。

●非陳述記憶(非宣言的、潜在的)・・・繰り返し練習によって体得した技術的な動作や経験則に基づいた潜在的な記憶など言葉に出来ない記憶。条件反射もこれにあたる。

・手続き記憶障害
身体で覚えたことを忘れてしまう障害。自転車や楽器の演奏など。
意識しないで出来るようになったはずなのに、いちいち考えないと出来なくなってしまう。
認知症の60~70%を占めるアルツハイマー病の最終段階ではこの記憶も失われるため日常生活の単純な作業も出来なくなる。(家事、歯磨き、衣服の着方など)
通常は身体で覚えたことは忘れにくいものである。
しかしながら逆に、身体で覚えたこと(例えば車の運転)が通用しなくなった(MT→ATなど)場合や、身体で覚えているのに外から「右に切って」などと声を掛けられると、咄嗟にどうすべきか訳が分からなくなり思わぬ弊害を生むこともある。
反対に身体で覚えていて意識していないと思っていても実は意識して行っていることもある。その意識が注意力散漫で外れたり、軸がずれているのに意識しないで身体の記憶だけで行ってしまうと間違いが起こることがある。(アクセルとブレーキの踏み間違えなど)

・条件付け障害
条件反射のような受動的な反応が起こらない、条件刺激に対して習得したはずの反応や回避反応が出なくなる。(例えば反射的に車のブレーキを踏む反応が遅くなる、反応しないなど)

・プライミング障害
チェックと言えばワンピース(バスでもいいけれども)、というような記憶がなくなる。

その他に局在病変による失行・失読・失書・視覚認知異常などが起こることがある。
失行や視覚認知異常はアルツハイマー病に多い。


人間の脳細胞は成人以降毎日死んでいく。脳細胞は再生はしない。つまり脳細胞の数は減っていく一方なのである。
認知症を引き起こす原因の60%以上を占めるアルツハイマー病では、脳細胞が減少し、海馬を中心に脳全体が萎縮するとされる。
再生しない脳細胞だが海馬だけは例外で適切な食事・運動・睡眠・生きがい・恋などがあれば再生増殖可能との報告もある。





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by yumimi61 | 2017-03-27 20:13
2017年 03月 24日
チェック
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3月23日、英警察当局は、ロンドンの国会議事堂付近で発生した襲撃事件に関連した家宅捜索で、7人を逮捕した。
英国のテロ対策を統括するマーク・ローリー氏(写真)が明らかにした(2017年 ロイター/Neil Hall)


籠池証人喚問で吹っ飛んだのはWBC決勝戦ではなくイギリスのテロでしたね。

上の写真に写っている"New Scotland Yard"は、スコットランドということではなく、ロンドン警視庁。
スコットランドヤードという名のドイツのボートゲームがある。ドイツのボードゲームだがロンドンが舞台。
日本でのコスプレのようなものでしょうか?

東京都浜松町にある都立貿易産業センター 浜松町館で開催されたミリタリー販売イベントのビクトリーショーのぶらり一人歩きレビュー
では、アメリカンポリスに対抗してイギリス警察コスをしたお二人の写真を見ることが出来ます。
(何度抗議されても止められない)ナチス親衛隊コスプレの方々も。

ところで市松模様な感じがどことなく似ていませんか?
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ただのチェックだろう?
チェックと言えばワンピース、今センバツには出場していませんが、桐生第一高校のスクールバスがチェック!
ありそうでなかったチェックのバス!!
中西元男事務所(PAOS)デザインで7色あるそうです。私はまだ2色しか見たことがありませんが。


私が森友学園問題で気になったのはこの発言ですね。

安倍昭恵さん
「せっかく塚本幼稚園で培ったものが公立学校へ入った途端に揺らいでしまう」

塚本幼稚園教頭の籠池氏長女
「せっかく園の教育でお子様たちが成長し純粋な双葉となったのに、公立小学校で汚れた雨に打たれて枯れてしまわないだろうかという心配が年々強まりました」(雑誌のインタビューにて)

私立の幼稚園なり学校を運営する人にとって公立というのは最大のライバルでもあるわけだから、ライバルを批判するのはまあ仕方ないとして。
問題は首相夫人の私立入れ揚げ。
国会議員は仮にも公務員。「公」側の人間である。
国立や公立の学校の設立や運営サイドの人間のはずである。
首相は公務員ピラミッドの頂点にいる人である。
私立に入れ揚げている首相夫人が「公人」では如何せん不味い状況である。それで「私人」と閣議決定したのかどうか。

ともかく今回の件に限らず、公務員(政治家含む)が国公立の学校を信用していないということは問題ありと私は前々から思っているし書いたこともあったかもしれない。
私立のほうが素晴らしい、私立優越という思想は外国で強いものである。
外国では宗教や君主(国のトップや国を代表する者となり得るが公務員ではない)が学校設立に関与してきた歴史があるからだと思う。
日本でもお寺や神社といった宗教法人が幼稚園や保育園を経営している事例は多数あるが、高等教育まで手掛けるということには発展しなかった。
日本では金銭的なこともあるがトータル的に言っても国公立のほうが人気が高いし実績もある。
世論という現実的な観点からも国公立が重視されるべきであるが、東京など大都市では私立と国公立の評価や人気の逆転現象がみられる。
特にその逆転現象の傾向は高校以下で強い。







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by yumimi61 | 2017-03-24 12:16
2017年 03月 22日
サムライ~生きるために死んでいく~
あの世代の方達は、よく「もののけ姫」とか「侍ジャパン」とかおっしゃるので、ちょっと我々というか、違和感を感じるところであります。

「七人の侍」をしっかりと守ることが私の責任です。



黒澤映画『七人の侍』は、毎年のように野武士に襲われて作物を奪われる農民らが7人の侍を雇って対抗する物語である。
農民は野武士の野盗から村を守るため侍を雇うことを決断する。
雇われたのは食べることもままならない浪人であった。
彼らは農民自らが戦うことが出来るように訓練する。
農民はそれぞれ武器を手に、雇った侍(浪人)とともに野武士と戦うのであった。


タイトルは侍であるが、農民に雇われるまでの彼らは浪人であった。
侍とは武士の別称。
主君に仕える職業が武士である。
侍は「従う」を意味する「さぶらう」 に由来する名称である。
主君のために命を投げ出すことも厭わない。
その代わり普段は主君の後ろ盾があり領地や食糧などが与えられる。
安心な毎日と危険な毎日が背中合わせに存在している。
どうも武士や侍を勘違いしている人が多いような気がする。

浪人や野武士は、主君(主家)を滅ばされたり、解雇されたり自ら飛び出したりして、主君を失った武士の事である。
望んで離れた者もあれば、望まないのに放り出されてしまった者もいる。いろんな人がいる。
武士や侍が主君に使える職業である以上、主君を失った時点で武士ではなくなる。
厳密に言えば、浪人や野武士は武士でも侍でもない。元武士や元侍である。
彼らを持っているのは食う物にさえ困る日々である。
危険を避ければ飢えと渇きが襲ってくる。
飢えと渇きを満たすには結局危険に身を晒す必要がある。


ラストシーンで語られる有名なセリフはこうである。7人の侍のリーダー格のお言葉。(7人の侍は全員無事とはいかなかった)
「今度もまた負け戦だったな・・・いや、勝ったのはあの百姓達だ、私達ではない」


「黒澤明と早坂文雄−風のように侍は」(筑摩書房)のなかで、西村雄一郎が、黒澤明本人に、この有名な台詞の意味を直接訊いたというクダリがあります(739頁)。

《黒澤本人に、聞いたことがある。
「七人の侍」のラストで、志村喬の勘兵衛が「勝ったのはあの百姓たちだ、儂たちではない」というが、あれはどんな意味だったのかと。
すると黒澤はこう答えた。
「百姓は、なかには藤原釜足のようにずるいのもいるし、土屋のような賢いのもいる。しかしどんな場合でも、大地と共に根強く生き続けていく。それに対して侍は、ただ旗のように翻っているだけだ。大地をさっと吹き過ぎていく風のようなものなのだ」
と答えた。》
のだそうです。

映画収集狂 勝ったのはあの百姓たちだ、わしたちではない より>

人は食べなければ生きていけない。
作物に始まり作物に終わる映画。
農民は本当に弱い存在なのだろうか。自由とは何か。安心とは何か。安全とは何か。
村に襲来して作物を奪う野武士も雇われた浪人も、実は同じような立場の人間であった。
『7人の侍』、このタイトルが意味するものは、農民という主君によって一時的に侍となり得た浪人たちということであろう。
武士とは因果な職業である。

生きろ!

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by yumimi61 | 2017-03-22 21:35
2017年 03月 21日
49日
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柔らかな光の粒を宿らせし 仏の御石露の輝き



3月18日、亡き父の49日法要と納骨を行いました。

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実家の後飾りに飾ってあった折鶴。
葬儀の翌日だったか翌々日だったかに実家を訪ねると折鶴があった。
普通の鶴と、入れ物に入った小さな鶴と、繋がっている鶴。

実家には私達姉妹が子供の頃から折り紙の本がある。
子供の時にはそれを見ながらいろんなものを折った。
妹の娘(姪っ子)も子供の頃、実家に来るとそれを見ながら折り紙をしていた。
その本も折り紙もまだ残っていた。
「折り紙があったから作った」と姪っ子。

それから数日して金と銀の折り紙で私も鶴を折った。
その後に姪っ子がまた赤い折り紙で鶴を折った。

近所の人がお線香をあげに来てくれた時、置いてあった折鶴に気が付いたらしく、
「あやちゃんが折ったんでしょう。子供の時によく折ってたものね。鶴が繋がっているやつを器用に折って、私もあやちゃんから貰ったのを家にまだ飾ってあるわ」と。

ちなみに父の母の名前は「つる」である。





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by yumimi61 | 2017-03-21 12:41
2017年 03月 17日
父の病㉒
以前ローマ帝国について書いたことがあるが、西ローマ帝国は400年代に滅亡した。
西ローマ帝国が滅亡した主たる原因はゲルマン民族の大移動だったと言われている。
ゲルマン民族とは北ヨーロッパからやってきたゲルマン語を話す民族である。
「蛮族」と呼ばれることもあるが、分かりやすく言えば「野蛮人」ということである。
野蛮とは、文明・文化に対立する概念であり、文化の開けていない状態あるいは乱暴で礼節を知らないことを言う。未開や粗野と同義。しばしば自身を「文明」と称する人々によって相手に付けられるレッテルとして用いられる。野蛮だとされる民族は「蛮族」と呼ばれる。
(今日の日本では未開の地やグンマーなどと言われている群馬県なんか当てはまりそうですね!?だから「未開の地」という呼称に怒った人もいるわけですよ)


しかしやがてその蛮族であるゲルマン民族はヨーロッパ全土に広がり各地を支配するようになる。
西ローマ帝国の滅亡からゲルマン民族がヨーロッパを支配した時代までを「中世」と言っている。
中世は「暗黒時代」とも言われる。
何故暗黒時代なのか?
ゲルマン民族の支配によって古代ギリシア・古代ローマの偉大な文化が衰退・停滞したからだという。
知的でもアカデミックでもない馬鹿な体育会系というような感じに思われていたのではないだろうか。
史上最大とも言える広大な帝国を作り上げたモンゴル帝国の遊牧民なんかも同じように思われていたかもしれませんね。(巻き込まないでくれ?)
ヒトラーやナチスはゲルマン民族の優位性を信じていた。(ヒトラーがゲルマン民族だったかどうかはともかくとしてゲルマン民族にはヨーロッパを支配したという動かぬ実績がありますからね)
ユダヤ人に「馬鹿な体育会系」と言われたことに憤慨したのか(そんなこと言ってませんよ?)、ナチスはオリンピックに力を入れ、青少年団体の加入を義務付けた。やがてこれがドイツの兵力を支えていく。


近代キリスト教・カトリック(あえて近代と言う)は、このゲルマン民族の大移動とともに拡大していき、ゲルマン民族が支配者になることでその地位を動かぬものにしていったのである。
つまりカトリックとゲルマン民族は切り離すことが出来ない。中世・暗黒時代の主役はカトリックとゲルマン民族なのである。


何故に中世の話なんか始めたかと言うと、ホスピスのルーツがあるからである。

ホスピスとは、元々は中世ヨーロッパで、旅の巡礼者を宿泊させた小さな教会のことを指した。そうした旅人が、病や健康上の不調で旅立つことが出来なければ、そのままそこに置いて、ケアや看病をしたことから、看護収容施設全般をホスピスと呼ぶようになった。

旅人とは主にゲルマン民族で、教会とはカトリック教会だったのではないだろうか。


古代―中世―近代
中世は輝かしいルネサンス時代の到来をもって終焉を迎えた。
輝かしいルネサンスとは何か?
ルネサンス(仏: Renaissance)は「再生」「復活」を意味するフランス語であり、一義的には、古典古代(ギリシア、ローマ)の文化を復興しようとする文化運動であり、14世紀にイタリアで始まり、やがて西欧各国に広まった(文化運動としてのルネサンス)。また、これらの時代(14世紀 - 16世紀)を指すこともある(時代区分としてのルネサンス)。
早い話、懐古趣味ですか?

宗教改革も同じ時期であり、1500~1600年代(14-15世紀)頃。それによりカトリックは窮地に陥り、プロテスタントが興った。
大航海時代は1400~1600年代(15-17世紀)。
こうして世界の中心はヨーロッパ本土からイギリスやアメリカに移っていくことになる。

ルネサンスに後に来るのは啓蒙時代。大きく分ければ現代もここに属する。
聖書や神学といった従来の権威を離れ、理性(悟性)による知によって世界を把握しようとする思想運動の時代。
中世に学問の中心であった教会や大学にかわり、フランス王立アカデミーやロイヤル・ソサエティなど国家の支援を受けた研究機関が、この時代には人文学、自然学ともに学術の中心となった。こうした動きは中央だけでなく、地方にも及んでいる。アカデミーは学者や芸術家に年金を支給して生活上の保護を与え、あるいは年報を刊行して発表の場を与え、また懸賞金をかけて特定の主題を提示し論文を募集し、学芸の振興を図った。

権威者的には、保守的なのが絶対君主、上から近代化を指示するのが啓蒙専制君主となる。
近代化は国民の総意だとするのが立憲君主!?
そしてここに大きな問題が立ちはだかる。
古代から近代の流れは退化なのか進化なのかということである。
多くは退化であるとの認識を持っている。唯物主義では進化と捉える。
人の一生の前半は進化で、後半は退化!?
さてはて。





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by yumimi61 | 2017-03-17 11:50
2017年 03月 16日
父の病㉑
Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.
明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。
- Mahatma Gandhi (ガンジー) -

1人の人間の0歳~50歳までの50年間と50歳~100歳までの50年間には同じだけの時間が存在している。

では何が違うのか?
0歳~50歳までの50年間は「生」の中に「死」がある。
50歳~100歳までの50年間は「死」の中に「生」がある。

人間の死に例外はない。人は必ず死ぬ。
人間はそのことをよく知っているはずである。
にもかかわらず、死に向かう過程に対するケアはメジャーではない。
成長過程に対するケアと比較すればよく分かる。
「レームダック」には興味もなく冷たいということだろうか。
そうであるならば社会は社会的役割を終えた人には冷たいということになる。
要するに人間は社会の歯車であり金づるということだ。次世代の人間を作る製造マシーンでもある。
その役目を終えた時には、社会から、家族から見捨てられる。
それまでの「生」が支配していた世界から、「死」が支配する世界へと移行していく。
その節目が50年といったところであろう。
歯車や金づるでありつづければ「生」が支配する世界とより長く繋がっていられるが、時間は決して巻き戻せない。
前に進むしかないのである。どんなに繋がりを願ってもその距離は離れていくばかりである。
それは物理的にどうにもならないのである。

死が優勢となる世界は恐ろしいので、心を入れ替え健康に注意しながらも、普段は出来る限り死を意識しないようにしている。死が優勢な世界なんて認めたくないとも思っている。
ところが無情にもある日突然病を宣告される。ある日突然病が襲い掛かり倒れてしまう。
死があちらからこちらに向かってくるように目の前に迫ってくる。
「助けてくれ~」と叫んでも、生が支配する世界にはその叫びは届かない。死を意識しないようにと努めている人はその叫びに耳を塞ぐ。


紐の長さが同であるならば、振り子が大きく揺れている時も、小さく揺れている時も、往復にかかる時間は同じである。(振り子の等時性)
ガリレオが発見した法則である。
1人の人間の0歳~50歳までの50年間と50歳~100歳までの50年間は、どんな人生を送ろうとも同じだけの時間が存在している。
ただ人の一生は振り子やブランコのように往復はしない。一方通行である。
「世界のクロサワ」「世界の巨匠」と言われる黒澤監督であるが、映画に込めた思いが一方通行であったということはないであろうか。それは心配し過ぎか。


死に向かう過程に対するケアはメジャーではなく、緩和ケアの認知度もまだまだ低い。
「緩和ケア」よりはまだ「ホスピス」のほうが名が通るかもしれない。


緩和ケアについては、東北大学病院がんセンターが運営している「がん情報みやぎ」というサイトで非常に詳しく説明している。
宮城県のがん患者さんと、ご家族のために。と謳っているなか、県外者の私が臆することなく引用転載させてもらいました。

がん情報みやぎ 緩和ケアについて知ろう

【緩和ケアの定義】
WHOは1990年に、緩和ケアを「治癒を目指した治療が有効でなくなった患者に対する」ケアであるとしていました。
しかし、WHOは2002年に緩和ケアの定義を修正し、「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対する」ケアであるとしました。
これは、終末期に限らずより早期から提供されるべきものであるという立場を明確にしたものです。


誤解してもらいたくないのは、「緩和ケアの定義」とは「緩和ケア病棟の定義」ではないということである。

■基本的緩和ケア
緩和ケアはがんの診断時から、がん患者に関わるすべての医療者によって提供されるべきもので、これを基本的緩和ケアと呼びます。基本的緩和ケアとは手術や抗がん剤、放射線治療などのがん治療を行う医師や看護師などのがん医療に携わるすべての医療者によって提供されるものです。
■専門的緩和ケア
しかし、担当の医師・看護師らによる通常の診療・ケアで患者の苦痛を緩和することの困難も存在します。そのような場合は、緩和ケアについて特別なトレーニングを受けた専門家が対応し、これを専門的緩和ケアと呼びます。
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※青四角、赤四角は私が書き入れたものです。

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※赤ラインは私が入れたものです。
実際には明確な区別は医療従事者でも出来ていない印象を受ける。
ホスピスについては「場所」を指しているのではなく「ケアの考え方」を指していると書いているが、ホスピタルと並ぶ言葉(語源が同じ)でもあるので場所という認識が高いかもしれない。


【専門病棟のおける緩和ケア(ホスピス・緩和ケア病棟)】
 緩和ケア病棟(ホスピス)は、緩和ケアを専門的に提供する病棟です。名称としては緩和ケア病棟、ホスピス、緩和ケアセンターなどが用いられています。
 緩和ケア病棟は、一般病棟や在宅ケアでは対応困難な心身の苦痛がある患者への対応や、人生の最期の時期を穏やかに迎えることを目的とした入院施設です。緩和ケアの専門的な知識・技術をもった医師が診察にあたり、看護師数も一般病棟より多い傾向にあります。病棟によっては専属の薬剤師、メディカルソーシャルワーカー、宗教家(チャプレン)、ボランティアなどがおり、院内の栄養士、理学療法士、作業療法士などと共同して多職種によるチームケアがなされています。
 抗がん剤治療などを行わない場合が多いため、医師や看護師などが患者のベッドサイドに行く時間も比較的取りやすく、病室は多くが個室であり、病室の中に家族がくつろげるスペースがあるなど、プライバシーに配慮された構造になっています。家族が宿泊できる家族室や家族風呂、家族が調理できるキッチン、談話室などもあります。また、病棟では七夕やクリスマスなど季節ごとの行事や、音楽会などのレクリエーションを行っていることも多いです。

患者さんにとって、緩和ケア病棟に入院するメリットは以下のようなものがあります。
●苦痛症状を緩和するための専門的なトレーニングを受けた医師・看護師が主治医・受け持ち看護師となり、24時間ケアを受けられる
●ほぼ全室個室であり、プライバシーが守られた環境で家族や友人と穏やかな時間を過ごせる
●面会や持ち込み物の制限が少なく、自分の家のようにその人らしい生活を送れることなどである


父を転院させようと思っていた緩和病棟の問診票にも「緩和ケア病棟」の下に(ホスピス)と書いてあった。




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by yumimi61 | 2017-03-16 13:00
2017年 03月 14日
乳の病⑳
本当に「受容」が理想なのか?―前記事にリンクした「キューブラー・ロスによる5段階モデル(死の受容モデル)と、それへの代表的な批判について」の中で挙げられていた批判の1つである。
そしてもう1つの批判が、「神との取り引き」という段階は科学的なのか?というもの。

精神科医であったキューブラー・ロスが、この5段階モデルで示したのは、精神医学的には「防衛」と呼ばれるメカニズムです。ただ第3段階とされる「取り引き」には「神」が登場します。これは、科学的なアプローチではなく、神学的なアプローチであり、混乱を招いてきました。

ここに、精神科医として、精神医学的な表現をするべきだったという批判があります。結果として、この理論は、科学としての説得力を下げてしまっています。

さらに『死ぬ瞬間』の原著(On Death and Dying)において、第3段階とされる「取り引き」に割かれているのは、わずかに3ページと言います。通常の科学的な態度では導き出せないステップを、サラリと簡単に触れただけで、あとはそれを事実として取り扱う態度はどうなのかという批判があって当然でしょう。



分からないことが多い。誰にでも証明できない。その気があれば捏造できる。
科学と神(宗教)という存在に関しての共通点である。
科学と神(宗教)は元々がとても近いものである。

(過去記事より)
ロスチャイルド家が台頭した1700年~1800年代はちょうど、ヨーロッパにおいてオカルティズムな神秘主義が拡大した時代だった。
その前の1500~1600年代に起こった宗教改革が良くも悪くも宗教の権威主義に変化を与え、合わせて独裁的な君主に反旗を翻す市民革命も起こったため、様々なことが世俗化し、自由の名のもとに多様化していった。
1人の人間が発揮する吸引力というものが失われた時代であると言える。
またイングランドでの中央銀行の誕生を経て、1800年代半ばから始まった産業革命が、近代化への幕開けを告げた。
それは科学の時代の到来でもあった。

要するに、「金(紙幣・数字)で買えない物はない」「科学で解決できないことはない」という時代を迎え、宗教はその根幹から揺らぐことになった。
「マリアの処女懐胎」や「イエスは神の子」を謳うキリスト教、特にそれによって権力を獲得したローマカトリックへの打撃が深刻であることは想像に難くない。
こうした時代の変化をいち早く読み取れば、宗教や国のこれまでの権力者は金(紙幣・数字)や科学に近づいていくだろうと思う。
それは自身が生き延びる術であるからだ。


分からないことに対しては恐れ・畏れを抱く。だからこそ威厳が保たれるという側面がある。
分かることが増えるにつれて宗教の権威が揺らぎ始める。社会は変化していく。
それならばと、宗教は率先して金や科学を懐に抱く。


それまでの絶対的権力が緩んだことによって勢いを増したのが、狂信的や反社会的として迫害されていた異端の宗教や宗派や教派である。
自由の名のもとに様々なものが交差して混じり合い変異した。
ユダヤ教とキリスト教の神秘主義の一体化はすでに述べたところであるが、さらには東方やエジプトの古代文明もが取り込まれアジアやイスラム圏にも近づいた。
この時代の神秘主義の中身が何かと言えば、神秘思想、占星術、魔術、錬金術などである。
神秘主義は秘密結社という場に於いて一際光輝いた。そこにはおそらく優越感や背徳感や一体感が存在したのだと思う。
いつの世にも決して廃れない占いやスピリチュアル、『ハリーポッター』や『鋼の錬金術師』などの流行を見れば、科学の時代になって久しい現代においてもこれらのものが多くの人々を魅了することを証明しうる。
また社会が金融や科学に傾けば傾くほど、これら神秘主義は支持されるという側面も持つ。
音楽や唱和などは多分にこの要素を持っている。

余談になるが、こうした時代背景を考え合わせれば、魔女狩りは神秘的な魔女を恐れて迫害したのではないという予想が付く。
どちらかといえば現実的で科学的だったからであり、その現実性や科学性が権力者や世俗の方向性と合致しなかったため迫害されたのだろう。 


(略)

不利な状況に追い込まれながら、こうした激動の時代を乗り越えて、今なおローマ教皇という宗教権力者が存在していることは、無条件の賞賛に値することかもしれないとも思う。
「事実」と「真実」という言葉に違いがあるとすれば、「真実」という言葉を贈れるような、そんな。
「事実」が必ずしも必要とされるものではないことを長い年月をかけて証明してみせたのは宗教であった。


(略)

たとえば今誰かが新しい宗教を興したとする。
すでに2000年以上の歴史があるユダヤ教やキリスト教と同じだけ歴史を重ねようと思ったら、少なくとも2000年という時間が必要になる。
たとえ新興宗教が頑張って幾ら年月を重ねたとしても、ユダヤ教やキリスト教が今後も衰退せずに存続すれば、その歴史の長さを超えることは決してない。
また2000年という時間は絶対に一人で達成できるものではない。
時代の荒波を超えて多くの人々が繋いできた信仰。信仰は強い意志でなければならない。
時間×人数(聖職者及び信徒)のエネルギー、、、それを前にすれば「私個人」だけではどうにもならないという事実に息を呑むだろう。
これを一から超えようなどと思う奇特な人物はもう出現しないのではないだろうか。
まさに、遅きに失する。
救世主の名乗りを上げたとしても、宗派や教派として紛れ込む手段を取らざるを得ない。
宗教界に於いてはもはやそれほど絶対的な存在なのだ。

イエスの誕生が起源と謳われ定められた西暦が用いられ、今や世界で広く使用されるに至るが、この暦の貢献度も高い。
人は毎日毎日来る日も来る日も、キリスト教の歴史の長さや長い時間を積み重ねた偉大さを無意識のうちに刷り込まれている。
とはいっても、西暦が実際に世界に広がったのは1800年頃からで、要するに上記時代背景の下に採用された暦でもある。
金融システムに支配された世界は非常に孤立化に弱いため、結果多くのものが共有されるようになった。
こうした共有がなければ今ほどのコンピューター社会を迎えることもなかっただろう。
宗教はお金を融通してもらう存在だけに甘んじているわけでなく、産業や政治への偉大な貢献者でもあるのだ。



近代世界は共産主義や社会主義を忌み嫌った。
枢軸国(日本・ドイツ・イタリア)の始まりは反インターナショナル(反共産主義)であった。
ロシア革命で初めて世界に誕生した共産主義国(社会主義国)がソ連である。
その共産主義に密接に関係しているのが「唯物主義」。
観念や精神、心などの根底には物質があると考え、それを重視する考え方である。
「心」や「愛」を振りかざして人を騙し洗脳し搾取する世界にノーを突きつけた。
現実的で科学的。言葉だけの学より実を取り、具体的な方法論を提示した。
しかしそれは「過激」というレッテルを貼られるようになった。
人々は怖かったのだ。
虎は自分とは全く違うもの。柵を取っ払えば自分や愛する者が虎に何をされるか分からない。だから柵を取っ払おうとする人は過激に見えた。
「心」や「愛」を振りかざす世界は動物園の虎を眺めているような状態だということである。
多くの場合、動物園に入るには入園料が必要。
お金を払い安全な場所から獣を眺めて、「心」や「愛」を共有した気になる。

だけど彼にはもうお金を払い安全な場所から獣を眺める時間(退職金を息子夫婦に渡して同居し孫と一緒に暮らす時間)が残されていない。
だから見ず知らずの住民の陳情を受けて公園を造った。
自分のお金ではない、税金で造ったものだ。仕事の一環に過ぎない。
入園料を取らず、柵を取っ払って誰でもが入れるようにしたって、もうあの頃の息子は戻ってくるはずもないのに。
(映画『生きる』の話です)



戦争があったからこそ科学は発展したと言われることがあるように、戦争と科学は切っても切れないものである。
同じように医療の発展と戦争も切り離すことができないものである。
そしてそれらに大きく関わって来たもの、それが宗教である。
宗教、戦争、科学、医療、みな密接な関係にある。
「神」が科学的ではなく神学的であり科学としての説得力を下げると言うならば、逆に精神医学や科学として論じていることは本来神の領域だから人間は立ち入るなと言うことだって出来てしまう。
どちらが正しいのか、私達は誰も明確な答えを持っていない。
私達が明確に例外なく知っている事実は、人間は誰しもが肉体的な終わりを迎える、要するに死んでしまうということだけである。

ともかく医療にはキリスト教✚の影が付きまとう。

教会で看護にあたる聖職者の無私の献身と歓待を「ホスピタリティ」(英: hospitality)と呼び、そこから今日の病院を指す「ホスピタル」(英: hospital)の語がでた。
歴史的には、ホスピタルもホスピス同様に、病院だけでなく、孤児院、老人ホーム、行き倒れの収容施設なども指した。


保健師活動の基盤にもキリスト教がある。

保健師活動は1887年に京都看病婦学校(同志社)がキリスト教精神にのっとった慈善事業として実施した巡回看護がもとになっている。巡回看護は社会事業的活動として、病院に行くことができない貧しい病人に対して看護活動を行ったものである。
その後1920年代から東京市や聖路加国際病院、済生会などが精力的に活動していた。巡回看護の内容は、貧困者への看護、災害被災者への手当てと保健指導(伝染病予防)、妊婦の妊娠出産に対する援助や育児相談などであり、現在保健師が行っている公衆衛生看護活動の基礎となっている。














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by yumimi61 | 2017-03-14 14:31