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2017年 09月 30日
日本国憲法の秘密-573- (加計学園問題について)
2009年9月‐2012年12月 自民党が野党になる
2009年10月 「株式会社政策工房」設立(会長・高橋洋一、社長・原英史)
2012年12月 安倍内閣誕生(再登板)
2013年9月 国家戦略特区第1次指定地域のヒアリング
2013年12月 国家戦略特別区域法施行
2014年1月 国家戦略特区 第1回諮問会議
2014年3月 国家戦略特区 第4回諮問会議 ※この会議で1次指定区域案が提示された
2014年5月 国家戦略特区 第1次区域指定


2015年1月 「株式会社特区ビジネスコサルティング」設立(顧問・高橋洋一、石津賢治、社長・松島凡) 
2015年4月2日 今治市の職員が首相官邸を訪問
2015年6月4日 今治市が国家戦略特区に申請(加計学園による獣医学部新設を提案)
2015年6月30日 「日本再興戦略 2015」が閣議決定される

2015年8月6日 内閣府が今治市の大学建設用地を視察
2015年8月17日 安倍首相と加計孝太郎・加計学園理事長がともにゴルフ
2015年8月28日 国家戦略特区 第2次区域指定

2015年10月20日 国家戦略特区諮問会議(第16回)・・今治市はまだ議題に上らず 
2015年11月27日 国家戦略特区諮問会議(第17回)・・3次指定についての話あり 
2015年12月15日 国家戦略特区諮問会議(第18回)・・3次指定区域案提示 
2015年12月24日 クリスマスイブ 男たちの悪巧み…(?) 
2016年1月29日 国家戦略特区3次区域 指定(決定)




2003年の文部省の告示によって実質的に獣医学部の新設は出来ない状態にあった。=規制
現行の規制下では不可能であることにチャレンジする。それが国家戦略特区の1つの目的でもあるので、この場合規制があることはむしろ望ましい。
但しどのように現行規制を打破していくかという観点での提案が必要なはず。
特区のもう1つの目的は、産業の国際競争力の強化又は国際的な経済活動の拠点の形成の推進なので、ライフサイエンス研究が持ち出された。
こうした提案作成には、2015年1月に福岡の特区を利用して設立されたという「株式会社特区ビジネスコサルティング」が関わったのだと思う。
この会社はコンサルティングだけでなくロビー活動を行うと会社概要に書いてあった。

アメリカなどでは当たり前だが、日本ではあまり馴染みない言葉かもしれない。
ロビー活動(lobbying)
特定の主張を有する個人または団体が政府の政策に影響を及ぼすことを目的として行う私的な政治活動である。議会の議員、政府の構成員、公務員などが対象となる。ロビー活動を行う私的人物・集団はロビイスト(lobbyist)と称される。また、政府と民間企業の出入りを繰り返すことを回転ドア(revolving door)と呼ぶ。
自分達(顧客である企業や法人)に有利になるように政治家や官僚などに直接働きかけるのだ。
株式会社特区ビジネスコサルティングはほぼ直線的に国家戦略特区の意思決定者に繋がる会社である。また官僚や政治家にも十分なコネクションがある。


現行規制を打破する手段として選ばれたのが「日本再興戦略 2015」の閣議決定だった。
ここに獣医学部新設を検討する文章を掲載した。
「日本再興戦略 2015」は数百ページに及ぶもので、国家戦略特区についてのみ書いてあるものではない。
獣医学部の検討は「国家戦略特区の実現」の中の「地方主導による大胆な規制改革の実現」に関する記述の中にさらっと書いてある。

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これを含む「日本再興戦略 2015」が2016年6月30日に閣議決定されたのだ。
加計学園が国家戦略特区に申請したのが6月4日なのでグッドタイミング!当然狙ってるでしょう。

獣医学部新設について「石破4条件」として次の4つが挙げられているが、このように4つに分けて書かれているわけではなく、上に載せた⑭の文章である。
また当時の国家戦略特区担当大臣が石破茂議員だったので石破4条件と言われているが、石破大臣が直接4つの条件を出したということでも、文章を書いたということでもない。
1.現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化
2.ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らか
3.既存の大学・学部では対応が困難な場合
4.近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討


ポイントは1の箇所の「現在の提案主体による構想」。
現在の提案主体は愛媛県今治市の加計学園による獣医学部新設。
すでに提案が提出されている(申請済み)。
本音を言えば他からの獣医学新設申請なんて眼中にないのだ。
現在の今治市の提案にこのようなことが盛り込まれていれば(盛り込まれれば)現行規制を打破して獣医学部が新設できますとお知らせしているに過ぎない。
これは前に書いた獣医学部新設にはらむ問題、①獣医学部の新設が妥当かどうか、②大学学部の新設が適切且つ適材適所か、獣医学部を新設する学校として適切且つ適材適所か(大学学部認可)、この2つのクリアする上でも重要である。
この条件をクリアすれば獣医学部を新設できる!という宣言でもあるのだ。
しかも2015年度版の戦略に記されているものであり、遠い将来のことを書いているわけではない。今年度すべきことを中心にしている。獣医学部については条件が揃えば本年度内に検討すると書いてある。
獣医師が新たに対応すべき分野に既存の大学学部が即座に対応することは困難であると判断していからこそ3を入れた。
四国に獣医学部がないことや獣医師が少ないこともすでに調査済み、だから4のような書き方をした。
すべて加計学園ありきで練られた文である。
そして実際、国家戦略特区において本年度(2015年度)に検討され、2016年1月に今治市の区域指定された。これで獣医学部新設も決定ということだったのだ。
内閣(日本再興戦略)は農水省や文科省に年度内(2016年3月31日まで)に獣医学部新設にゴーサインを出せ(学校認可せよ)と迫っていた。
しかし期限内にそれが行われなかった。







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by yumimi61 | 2017-09-30 00:03
2017年 09月 29日
日本国憲法の秘密-572- (加計学園問題について)
☆素朴な疑問なのですが、「1,000万都民のリーダーである都知事」と「国政政党代表」の二足のわらじが懸念されるならば、「1億万国民のリーダーである日本国首相」と「国政政党代表」の二足のわらじはどうなんでしょうか?(なんかの会議の議長なんかも兼ねていたりして・・)
懸念材料は、下々の数の多さなのか(それならば・・)、それとも地方と国という種類の違いなのか、地方と国という規模の大きさなのか?よく分からない。

☆先日赤ちゃんパンダの名前が「シャンシャン」と発表され「シャンシャン総会」を思い出した人は少なくないと思う。
「今日は午後から総会に行ってくるから」
「部長、総会屋なんですか?」
「私は社員だ」
昔は1株でも株を持っていれば株主として偉そうな顔が出来たが、総会屋を締め出すために単位株という制度が導入されて、一定数以上の株を持っていないと総会に出席して発言したりできなくなった。
1982年(昭和57年)10月1日に改正商法が施行されると、単位株制度は実際に多くの総会屋を株主総会から閉め出し、会社から総会屋への対策費などの支出も減少したが、生き残りをかけた総会屋の活動も活発になる。1984年(昭和59年)1月30日に行われたソニーの株主総会では、12時間30分という記録的な「マラソン総会」となり、「総会屋は死なず」という衝撃を世間に与えた。

☆前記事に政権のタウンミーティングのやらせ事件を書いた。サクラを仕込み賛成の質疑応答を偽装したことが発覚し官僚が処分された。全71回、参加者を確保するため、国や地方自治体などが、職員などを大量動員していたことも判明した。
実は私、いろんな講演会の参加者ノルマの片棒を担いだことがある。(過去記事
講演会と一口に言ってもいろいろな講演会があるわけで、なかには人数が集まらないという講演会もあるわけです。
講師の方を頼むのに人数が集まらないのは申し訳ないし、企画した側もどうなのかと問われることにもなるので、そういう場合は大抵、関係各所に参加人数のノルマが割り当てられるわけです。
ノルマを割り当てなければ集まらないような講演会ならやらなくちゃいいのにと思ったりするわけですが なかなかそうもいかないようなのです。
(略)
その2,3年後、私はまたしてもノルマの片棒を担いで、講演会に出掛けました。その講演の途中で不思議な感覚に包まれたのです。この光景をどこかで見たことがあるような気がする、この話も聴いたことがあるような気がする、、、デジャブ!?(略)





医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成に係る大学等の設置や収容定員増はたとえ定員要件を満たしたとしても認可しないと2003年に文科省が告示したが、2005年にそれを見直す動きがあった。
その時の首相は小泉首相。小泉首相最後の第3次改造内閣(2005年10月31日-2006年9月26日)
内閣官房長官が安倍晋三、総務大臣が竹中平蔵、外務大臣が麻生太郎、経済産業大臣が二階俊博、環境大臣が小池百合子。

意外だが、安倍晋三はこの時が初入閣である。
1993年39歳の時から継続して衆議院議員。祖父が首相経験者で、父親もリクルート事件でこけて(?)首相にこそならなかったが幾つもの大臣や自民党の要職を経験している。
いわば安倍晋三は政界のサラブレッドである。
それでも初入閣したのは2005年秋の小泉第3次改造内閣だった。
しかも内閣官房長官。そして2006年9月26日からは自身が首相となるのである。
だから内閣官房長官以外の大臣を経験したことは一度もない。自民党から首相となる人物としては珍しいケースではないだろうか?
自民党の役職も総裁以外は小泉総裁の時に2003年9月-2004年9月に1年幹事長を経験したのみ。
自民党の皆さん、大丈夫ですか?

医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成に係る大学等の認可に関する見直し論が起こったのは安倍晋三が内閣官房長官の時だった。
まず教員の養成がターゲットにされた。

この教員とは小中高校の教師のことである。それを養成するのは大学。
先生1人に対して児童生徒が多すぎる、少人数学級でないときめ細かい教育が出来ない、教師は忙しすぎる、残業も多く過重労働で大変、そんな話を聞いたことはありませんか?
だから教師を増やしたほうがよいとなるわけである。
教師を増やすには養成機関である大学を増やすべきと導かれる。
しかし少子化しているのでは・・?
教員ほど詳しくは語られなかったが、教員とほぼ同時期に獣医師養成も検討する必要があるとの発言があった。
それがつまり2005年で、加計学園が今治市に「獣医師学部なら新設してもよい」と返答した年である。


この時の文部科学大臣は中山成彬。
第2次小泉改造内閣と第3次小泉内閣(2004年9月27日 - 2005年10月31日)の大臣。
自民党から党を転々として、2016年の参院選で落選している。その時の党は「日本のこころ」。
そう、彼の妻は中山恭子、つい先日まで「日本のこころ」の代表を務めていた人物。
彼女は代表を放り投げて(?)「希望の党」へ加入した。

中山成彬
鹿児島ラ・サール高校、東京大学法学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。大臣官房企画官などを経て1982年に退官し、政治の道に入る[要出典]。

2004年の第2次小泉改造内閣にて文部科学大臣として初入閣し、日本原子力研究所と、もんじゅを運営していた核燃料サイクル開発機構を統合し独立行政法人日本原子力研究開発機構とする法案を成立させた。また、清和政策研究会事務総長を務めた[要出典]ほか、かつて慰安婦問題で調査を行い、南京事件は存在しないというレポートを出した日本の前途と歴史教育を考える議員の会会長を務める。

2008年9月25日に麻生内閣の国土交通大臣に就任するが、同月28日に辞任。原因は同月25日の「成田反対はゴネ得」、「日本は単一民族」、同月27日の「日教組を解体へ」の発言に対して度重なる抗議を受けたため。


■日本の前途と歴史教育を考える議員の会
自由民主党内で結成された議員連盟。1997年(平成9年)設立。
会長は古屋圭司。自民党の議員が多く所属しており、前身である日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会では安倍晋三が事務局長を務め、中川昭一、衛藤晟一、松岡利勝、高市早苗、森田健作、山本一太、中山泰秀などが会員だった。

歴史教科書、慰安婦、南京事件問題に関し否定的な立場から提言を行っている。現在では主に第二次世界大戦末期の沖縄戦における集団自決について議論を行っている。同会では自決について「旧日本軍の組織的な強制・強要はまったくの事実無根」との立場をとっており、2007年(平成19年)10月17日、会内に「沖縄戦検証のための小委員会」を新たに設置した。

会長:古屋圭司
事務局長:義家弘介
顧問:安倍晋三
南京問題小委員会 委員長:(空席)
慰安婦問題小委員会 委員長:中山泰秀
沖縄戦検証のための小委員会:萩生田光一
会員:岸田文雄、佐藤勉、今村雅弘、江渡聡徳、山崎正昭


山中会長の後任・古屋圭司は第二次安倍内閣で国家公安委員会委員長だった人物。
中山夫妻(夫は落選し議員失職したが在職中)は日本会議国会議員懇談会のメンバーである。


見直しが検討された時の文部科学大臣の時の副大臣は塩谷立。
その後自身も麻生内閣( 2008年9月24日-2009年9月16日 )で文部科学大臣に就任した。
静岡県立静岡高等学校卒業後、米国カリフォルニアのアンバサダーカレッジに留学。帰国後、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業した。

第44回衆議院議員総選挙において、文部科学副大臣という立場を利用して「塩谷文部科学副大臣講演会への動員へのお願い」というタイトルの文章を静岡県西部の複数の私立中学・高校へファックスし講演会に学校関係者を動員するなど、選挙活動に当たる行為を行い公職選挙法に違反したのではないかとの疑いが浮上した。



見直しが検討された時の文部科学省事務次官は結城章夫。
山形県村山市に生まれる。山形県立山形東高等学校から東京大学工学部に進学し、1971年6月に東京大学工学部物理工学科を卒業する。

1971年7月、科学技術庁に入庁。入庁後は主に原子力安全や研究開発行政に携わる。2001年、科学技術庁と文部省が統合して文部科学省が発足すると、初代大臣官房長に就任する。その後、文部科学審議官を経て、2005年1月11日に文部科学事務次官に就任する。

2007年7月6日、事務次官を退任する。同日開かれた退任会見で、山形大学の学長選挙に出馬することを表明する。その後、7月26日に開催された学長選考会議において学長候補者に選ばれ、9月1日に学長に就任した。
2011年6月27日、自身の任期満了を受けて開催された学長選考会議で再び学長候補者に選ばれ、学長に再任される。その後、2014年3月末をもって学長を退任し、同年4月に山形大学から名誉教授の称号を授与される。


事務次官を退任したその日に国立大学の山形大学の学長選挙に出馬することを表明し、しかも選ばれるなんて。
天下り学長と考えていいですね?



一内閣一仕事という言葉がある。
1内閣(1人の首相在任期間)で成し遂げる仕事は1つが精一杯という意味。
やりたいことは山ほどあっても1つのことに集中せよという戒めの意味でもあり、1つくらいは成し遂げよという目標的な意味もある。
内閣総理大臣を経験した竹下登は内閣が政治懸案事項について「道筋をつけたり、解決・達成できるのはせいぜい一仕事くらいである」と述べている。

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※図はクリッククリックでもう少し大きくなります。

私は感情的になっているつもりもないし、誰かと特別な利害関係にあるわけでもないが、正直なぜ安倍首相がそんなに支持されるのかさっぱり分からない。どうして飽きられないのか、ボロがボロボロ出てもどうして許され続けるのか理解できない。
他の首相と何がどう違うのだろう? 違いというか特別感というか魅力みたいなものが私には分からない。
現状を維持していく上で特別感は別に必要ないとも思っているが、特別感や魅力が特にないのにこの飽きっぽく不寛容な社会で継続していることがこれまでと何か違うように感じて怖い気がする。
これまでと違うことからくる漠然とした不安を世の中の多くの人が感じないのも不思議。
代わりの人がいないからとよく言われるけれど、では戦後70年ここにきて日本にはどうして代わりの人がいなくなってしまったのだろう?


安倍晋三が内閣官房長官の時に獣医師養成見直しの動きがあり、その後安倍内閣が誕生した。
しかし今治市の「加計学園による獣医学部新設」の構造改革特区申請は安倍内閣(一次)の期間中には間に合わなかった。
一度退陣した首相が再登板したことは、戦後混乱期の吉田茂を除いて戦後一度も無い。
加計学園理事長のことを腹心の友と言って憚らない安倍晋三が首相の座にいる期間を十分に活かせず加計学園と今治市のチャンスは潰えたように思えた。
現に2007年以後、構造改革特区への申請は不可の判定が続いた。
だが2012年安倍は2007年退陣の際には誰も想像していなかった再登板を果たす。
この後に今治市と加計学園の獣医学部新設も急展開を見せていくことになる。








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by yumimi61 | 2017-09-29 11:07
2017年 09月 28日
日本国憲法の秘密-571- (加計学園問題について)
文部科学大臣】 ※下段は事務次官

ー民主党・野田政権ー(2011年9月2日-2012年12月26日)
2012年10月 1日-2012年12月26日 田中眞紀子 ・・大学不認可騒動を巻き起こす
 (2012年年1月6日-       森口泰孝)


ー自民党・安倍政権ー
2012年12月26日-2015年10月 7日 下村博文 ・・STAP細胞騒動(理研・笹井自殺)、1次区域指定、2次区域指定
 (          -2013年7月8日 森口泰孝)
 (2013年7月8日-2015年8月4日  山中伸一)STAP騒動時、1次区域指定時
 (2015年8月4日-        土屋定之)


2015年10月7日-2016年8月3日 馳浩  ・・今治市3次区域の指定決定
 (         -2016年6月21日  土屋定之)
 (2016年6月21日-        前川喜平)

2016年8月3日-2017年8月3日 松野博一 ・・文科省の組織的天下り事件発覚
 (        -2017年1月20日  前川喜平)
 (2017年1月20日-     戸谷一夫)

2017年8月3日-現在 林芳正
 (       -現在   戸谷一夫)


2001年に誕生した小泉政権の小泉劇場を支えた女傑が、田中角栄の娘である田中眞紀子だった。
金権政治と批判され元首相でありながら逮捕までされた父親を持ちながら、父親譲りの歯に衣着せぬ物言いや人間臭さで人気が高かった。
小泉政権誕生の功労者の1人である田中眞紀子は外務大臣に就任した。
しかしー
彼女は更迭という形でその座を去った。

ターニングポイントとなったのが2002年の事務方との対立に起因する外相更迭であり、当時は世論の圧倒的多数が更迭に反対して田中を支持、小泉内閣の支持率が一時的に急落するほどであった(読売新聞では下げ幅が30.7%に及んだ)。しかし直後に自らの秘書給与問題が浮上し、議員辞職に追い込まれる。2003年衆院選で復帰し、院内会派「民主党・無所属クラブ」に加入。今度は以前に所属していた自民党に対して厳しい批判を繰り返すようになった。


彼女はその後民主党入りするのである。
衆院選を目前に控えた2009年8月15日、新潟県長岡市内で記者会見し、夫の田中直紀参議院議員とともに民主党入りを表明。

そして2012年10月 1日野田政権の改造内閣で文部科学大臣に就任した。
しかし野田首相は11月16日に衆議院を解散した。
発足から僅か1ヶ月ほどで解散が決まり、選挙期間を含めても内閣は3ヶ月あまりで終焉を迎えた。(現内閣と同じ感じですね!)
現内閣がマスコミの世論調査で50%前後の一定の支持率を継続しながら解散に踏み切って費用のかかる選挙を行う判断をしたなら、野田内閣は支持率を20%を下回り選挙をしたら勝てないであろうという時期にあえて解散に踏み切った。全く逆のようだが「先が予想できる」状態で解散に踏み切ったのは同じ。

野田内閣の解散は長い安倍内閣の始まりだった。
田中眞紀子の政治生命はあの時にほぼ終わってしまった。

3ヶ月弱しか文科大臣の職に就けなかった田中眞紀子だったが、彼女は行動の人だった。
就任1ヶ月の2012年11月2日に、田中は申請されていた3大学の新設を認めないと突如表明したのだ。
その3校は、秋田公立美術大学、札幌保健医療大学、岡崎女子大学。
この3校がダメというよりも、大学改革、認可改革、文部科学省改革を行いたかったのでないか。大学不認可によって問題提起したということ。
となれば、助言者がいたような気もするがどうだろう。
結局11月8日に不認可を撤回し新設認可。
解散はこの後に突如発表されたのだ。
岩盤規制は一枚岩では?



かつて「私立大学の大規模校は定員の2倍も3倍もの学生を入学させている」とまことしやかに囁かれたことがあった。
ほんの数年前であってもまだ「私立大学なんて全員学校来たら収容しきれないんだってさ」と言われていたりした。
定員オーバーの程度はともかくして、定員を割っている大学が数多くある一方で定員増しで入学させる大学があるのは事実である。

大学新設が緩和される前の1990年の大学入学現役比率は64.1%、2014年では86.0%である。
浪人者数は1990年には約17万4800人、2014年では約8万3000人いる。
浪人者数はここ数年8万人前後で推移してきた。
大学が増えて、大学希望者≦大学定員 となっているが、この数字が変わらないということはこれ以上大学を増やしても意味がないであろう。
では定員増しをやめたら他に学生が流れるか?
受験レベルが高い学生の定員増しをやめても、彼らには譲れないものがあることが多いので、浪人に流れる可能性が高く分布が大きく変わることはないであろう。
問題は一般入試以外で入学している学生である。
例えば100名の定員で、合格者を一般入試50名、一般入試以外50名とする。
一般入試以外の50名が全員一般入試受験者より学力が高いかと言ったらそうではない。
でも定員を遵守しようと思ったら、学力が高い一般入試の受験者を落とす必要が出てくる。
それをもったいないと思えば合格にする。
定員100名、一般入試合格者90名、一般入試以外合格者50名、計140名。←これは一般入試以外で入学した学生のうち一般入試レベルにある学生は10名であるという事例。
こういうふうに定員オーバーしてしまう。
人気の高い大学が定員増しで入学させていたら、ますます均衡は取れないのだ。
しかし大学経営(お金)や大学間競争のことを考えると、なかなか止められない。
また一般入試だけに限ってしまうと、多様性を否定するのかとか、学力(偏差値やセンター試験)偏重であると非難されかねないので難しい問題。
多様性と言うけれど、この社会には実は多様性がなく、みな同じブランドものを着たいのだ。
何故かと言えば、ブランドものが素晴らしいという社会の評価や評判があるからである。
評価や評判は作ろうと思えば意図的に作れるものであるが、多くの人はそう思っていないし、評価や評判の真偽がどうであれ、そこに恩恵があるならそれに自分も与りたいと考えるものなのだ。


2003年、文部科学省は『大学、短期大学、高等専門学校等の設置の際の入学定員の取扱い等に係る基準』を告示した。(文部科学省告示第四十五号
大学を新設したり定員増加させる場合には定員要件を満たしていないと認可しません、というものである。
4年制大学学部の新設では過去4年の定員超過率平均が1.3未満と定められた。
100人定員ならば入学者130人未満であるということ。

前述したこの事例
定員100名、一般入試合格者90名、一般入試以外合格者50名、計140名。←これは一般入試以外で入学した学生のうち一般入試レベルにある学生は10名であるという事例。
これが4年続いているようでは新設や増員は認められない。
しかし逆を言えば、文科省は定員増しを禁止しているわけではなく、あくまでも新設や増員を認めないと言っているわけで、暗に定員増しを認めていることにもなる。

この告示の中には次のような一文があった。
医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成に係る大学等の設置又は収容定員増でないこと。

定員要件を満たしても、医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成に係る大学等の設置又は収容定員増は認めないということなのだ。
資格や免許に関係し需要供給のバランスとレベル維持が目的にあると思うので、私はこれを問題だとは思わないが、見る人が見れば、どうしてこれだけ特別なんだ?と思うのだろう。


ちなみに新設と増員に定員要件があるだけでなく、入学超過率が一定以上になると私学補助金を不交付にするという決まりによっても規制しているので、大学が補助金を受けたければその範囲内に収めるであろう。
私大補助金不交付の超過率は、2003年は1・46以上と定められていた。
現在は1.3(1.2暫定期間)以上。(中規模校の場合)
医学部と歯学部は1991年以降1.1以上であり、他の大学学部より厳しく数値が設定されている。
医歯学部の質を保つ努力は、認可しないということだけでなく、私学補助金でも行われている。
1.1以内に収めるという条件に獣医学部が入っていないのが不満だったとか?



このように文科省は、医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成に係る大学等の設置や収容定員増は認可しないと2003年に告示していたわけだが、2005年加計学園は「獣医学部をつくる!」と今治市の学校建設誘致に乗った。
実はその2005年に「医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成」の特別視を見直す動きがあった。
2005年はまだ小泉内閣である(2006年9月26日まで、その後は1次安倍内閣2006年9月26日- 2007年9月26日)。

2005年1月28日に文科省の中央教育審議会(文科大臣の諮問機関)から答申された「我が国の高等教育の将来像」において、質を保証するために新設や増員を認めていない医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の5分野に関して、「人材需給見通し等の政策的要請を十分に見極めながら、抑制の必要性、程度や具体的方策について、必要に応じて個別に検討する必要がある」との見解が示された。

=見直し検討を行うための調査研究協力者会議メンバー=
大路正浩  千葉県教育委員会教育次長
小原芳明 玉川大学長
門川大作 京都市教育委員会教育長
清田善樹 岐阜聖徳学園大学教育学部長
児玉隆夫 元大阪市立大学長
舘昭 桜美林大学大学院国際学研究科教授
林勇二郎 金沢大学長
(主査) 村山紀昭 北海道教育大学長

●大路正浩
1964年 兵庫県生まれ。 篠山鳳鳴高校、 上智大学外国語学部卒業。
1987年文部省 (現:文部科学省) 入省。アメリカに5年滞在し、この間ピッツバーグ大学大学院社会学専攻修了。
千葉県教育次長、文化庁長官官房国際課長※、私学行政課長、スポーツ・青少年局学校健康教育課課長、子ども安全対策支援室長補、国際交流基金上級審議役などを歴任。
文科省天下り事件で戒告処分を受けている。 

●小原芳明
祖父が玉川学園創立者
東京生まれ。玉川学園小学部・中学部を経て、高等部2年生よりアメリカ・マサチューセッツ州ロクスベリー・ラテン・スクールに留学、同校を卒業[要出典]。その後マンマス大学(en:Monmouth College)へ進学。卒業後、玉川大学大学院文学研究科、スタンフォード大学大学院教育政策分析専攻修士課程を修了。
1987年以降、玉川大学文学部教授。国際教育室長・文学部長・副学長を歴任。父・小原哲郎の引退に伴い、学長職を世襲し第5代学長となる。
日本私立大学協会理事、文部科学省大学設置・学校法人審議会(学校法人分科会)委員を歴任。2013年より文部科学省中央教育審議会委員[要出典]。
クリスチャンとして宗教の重要性を説く[要出典]。「情報はチャンス」とIT教育に力を入れる。中学部・高等部では「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を採用した[要出典]。


●門川大作
京都府京都市中京区生まれ。京都市立堀川高等学校定時制普通科卒業後、京都市教育委員会に就職。働きながら、立命館大学法学部第二部を卒業した。
京都市教育委員会総務部長、教育次長を経て、2001年に京都市教育長に就任し、2007年まで同職を務める。また2003年から中央教育審議会委員、2006年から安倍内閣の下で設置された教育再生会議委員を務めた
2007年、京都市教育長を辞職し、翌2008年の京都市長選挙に自由民主党・公明党・民主党京都府連・社会民主党京都府連の推薦を受けて出馬する意向を表明。2月の市長選挙では日本共産党が推薦する弁護士の中村和雄らを破り、初当選を果たした。市長就任後、京都サンガF.C.顧問にも就任。2011年6月7日、「世界文化遺産」地域連携会議会長に就任。2012年2月5日に行われた市長選挙で再選された。また2016年2月7日実施の京都市長選挙において、民主・自民・公明・社民府連の推薦を受け三選を果たした

●清田善樹
岐阜聖徳学園大学の講師や教授であったこと以外の来歴情報は確認できず。岐阜聖徳学園大学は1972年に設置された私立大学。西本願寺系で龍谷総合学園に加盟している。

●児玉隆夫
自身が大阪市立大学を卒業しており同窓会会長にも就任している。
2016年3月、大阪市立大学同窓会主催による五代友厚銅像建立完成記念行事が開催された。五代友厚は大阪市立大学前身の大阪商業講習所の共同設立者の1人で中心的役割を果たした人物。記念行事ではNHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」で五代を演じて一躍有名になったディーン・フジオカさんがスピーチしたそう。

●舘昭
東京生まれ。1972年東京大学教育学部教育行政学科卒業、77年同大学院博士課程満期退学。奈良教育大学助教授、放送教育開発センター助教授、大学評価・学位授与機構教授、桜美林大学教授。
桜美林はキリスト教系の大学

●林勇二郎
1942年石川県金沢市生まれ。1970年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程を修了。同年金沢大学工学部講師に着任後、助教授、教授を経て(この間、米国パデュー大学客員教授)、1997年工学部長。1999年9月から2004年3月まで金沢大学長、続いて2008年3月まで国立大学法人金沢大学長。現在、JSTイノベーションプラザ石川総館長、国立高等専門学校顧問、北陸先端科学技術大学院大学監事、石川県工業試験所顧問、金沢こども科学財団理事長、日本学術会議会員など。

●村山紀昭
北海道大学文学部卒業。同大学院文学研究科修了。北海道教育大学札幌校助教授。同教授。1998年同札幌分校主事。1999年(平成11年)北海道教育大学11代学長。2007年(平成19年)北海道教育大学退官。同名誉教授。札幌国際大学人文学部教授。2008年札幌国際大学・札幌国際大学短期大学部学長。2010年病気を理由に学長退任。札幌国際大学短期大学部総合生活学科教授。2012年札幌国際大学退職。


※大路正浩が文化庁官房長官国際課長だった時の文化庁長官は近藤誠一。
第20代文化庁長官。国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)大使、デンマーク駐箚特命全権大使を歴任。退官後は、近藤文化・外交研究所を設立し、JXホールディングス取締役、カゴメ取締役、パソナグループ取締役、長野県文化振興事業団理事長、東京都交響楽団理事長、東京大学政策ビジョン研究センター特任教授、東京藝術大学客員教授などに就任。神奈川県生まれ。

近藤誠一の前の文化庁長官は玉井日出夫。文科省官僚から文化庁長官となり、退官後2012年に玉川大学芸術学部教授(文化政策などを担当)に就任している。
玉井は文部科学省官房長在職中の2006年12月15日にタウンミーティング 小泉内閣の国民対話での不祥事に関して口頭厳重注意の処分を受けた。

■タウンミーティング 小泉内閣の国民対話(やらせ事件)■ 
小泉内閣(2001年 - 2006年)が実施した、閣僚や有識者と一般市民が対話する(としていた)政治集会である。いわゆる“やらせ”・“仕込み(サクラ)”(偽装)が行われていたことが後に発覚して問題になった。

2006年9月2日に教育基本法改正などをテーマに行われた「教育改革タウンミーティング イン 八戸」で、開催前に内閣府が青森県教育庁を通じ、教育基本法改正に賛成する趣旨の質問をするよう参加者に依頼、原稿を作成した上、「やらせ」であることを悟られないよう質問方法まで詳細に指示を出していたことが明らかになった。
その後、2003年12月13日の岐阜県岐阜市、2004年5月15日の愛媛県松山市、2004年10月30日の和歌山県和歌山市、2004年11月27日の大分県別府市の「教育改革タウンミーティング」でもやらせが発覚。
そのうち、別府でのタウンミーティングでは、大分県教育委員会の職員4人が、一般県民になりすまし(タウンミーティングでは、質問前に自身の職業を述べる必要がある)、賛成の意見を述べていたことが分かった。

このほか、全タウンミーティング中、15回のやらせ質問が行われており、最多は、裁判員制度などについて議論された司法制度改革タウンミーティングの6回であった。このほかにも、全71回で、参加者を確保するため、国や地方自治体などが、職員などを大量動員していたことも判明した。

2006年5月21日に北海道札幌市で行われた「再チャレンジタウンミーティング」でも同様にやらせを指示するよう北海道庁に対し行っていたことも発覚した。

内閣総理大臣安倍晋三は「(内閣府に対し)注意した」とコメントし、その後の参議院教育基本法特別委員会でも陳謝した。内閣府側は、賛成の意見を述べるよう質問を依頼したことは認めたものの、原稿を作成したのは、文部科学省からの出向職員であるとした。

(処分)
12月15日に政府はこの件での内閣府等の職員を以下のとおりの処分及び16日付けでのタウンミーティング室の廃止を決めた。
内閣府
事務次官内田俊一 - 訓告、給与10%を1カ月分(約13万円)国庫に自主返納
TM担当室長谷口隆司 - 戒告
賞勲局長(元担当室長)勝野堅介 - 訓告
担当室参事官長谷川秀司 - 訓告
大臣官房付(元担当室参事官)田辺靖夫 - 訓告
担当室次長土肥原洋 - 厳重注意
担当室次長竹沢正明 - 厳重注意
国民生活局長(元担当室次長)西達男- 厳重注意
大臣官房審議官(元担当室次長)松田敏明 - 厳重注意
会計課長福富光彦 - 厳重注意
官房長山本信一郎- 訓告
元担当室次長(他省庁出向中)中藤泉 - 厳重注意を所属官庁に依頼
担当室次長(他省庁出向中)成田一郎 - 厳重注意を所属官庁に依頼
元会計課長(他省庁出向中)大森雅夫 - 厳重注意を所属官庁に依頼
元担当室参事官(他省庁出向中)音瀬均 - 厳重注意を所属官庁に依頼

文部科学省
教育再生会議担当の内閣参事官(前広報室長)白間竜一郎 - 訓告
初等中等教育局長銭谷真美 - 訓告(伊吹文科相は国会で「彼は(やらせの)事実を知らなかったと思う」と答弁していた)
官房審議官布村幸彦 - 訓告
生涯学習推進課長高橋道和 - 文書厳重注意
生涯学習政策局長田中壮一郎 - 文書厳重注意
内閣府男女共同参画局長板東久美子 - 文書厳重注意
官房審議官尾山真之助 - 文書厳重注意
官房長玉井日出夫 - 口頭厳重注意

法務省
事務次官(司法制度改革TM運営の指揮に当たった当時の刑事局長)大林宏 - 厳重注意
刑事局長(当時の官房長)小津博司 - 厳重注意


「秘書がやった、知らなかった」という言い訳が得意な政治家だが、これも全く官僚の暴走だと言うのだろうか。(忖度?)
教育基本法が第一次安倍内閣の時に改正されたということは先に述べたが、この改正は小泉内閣からのレール上にあった。安倍内閣で可決した。













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by yumimi61 | 2017-09-28 12:46
2017年 09月 27日
日本国憲法の秘密-570- (加計学園問題について)
前川・前文科事務次官が国会前で行われていた2015年安保法制反対デモに参加していたと自分自身で暴露したらしいのだけれど、どうしてわざわざそんなこと言うんだろう?他から暴かれることを恐れて?
国会前デモに参加したと言えば鳩山由紀夫元首相。与党議員で元首相という立場ながらデモに参加してとても話題になった。あれは反原発デモだった。
私的には鳩山由紀夫首相は環境マフィアに通じてしまうので(地球温暖化対策・二酸化炭素の排出削減・鳩山イニシアチブ・お金で買える二酸化炭素排出削減)、何をしても胡散臭く思えてしまう。
その鳩山家は悪巧み安倍一派の1人の親戚である。
安保法制反対デモを行った学生集団SEALDs(シールズ)、あれもネーミングからしてちょっと・・
正式名は Students Emergency Action for Liberal Democracy- s(複数形のs)なんだそうだ。
でもシールズと言えば、SEALsだと思うのです。
正式名は United States Navy SEALs。アメリカ海軍の特殊部隊。
SEALsという名称は、SEがSEA(海)、AがAIR(空)、LがLAND(陸)と、陸海空のアルファベットの頭文字から取られており、アザラシ(英: seal)に掛けたものでもある。個々の“チーム”は単数形の「SEAL」であり(SEAL Team 1から10まで)、総隊は複数形の「s」が付く。
チーム6は対テロ特殊部隊DEVGRUとして独立している。

SEAL+DEVGRUでSEALDs!?
戦争や軍隊を否定したいのか肯定したいのか分からない「安全保障法制反対」デモ。 
SEALDsは国立大学の学生が少ない。大学は限定されていないがキリスト教系が多い。それもそのはず、高校が同じというメンバーなのだそうだ。その高校はキリスト教愛真高校や和光学園。
キリスト教愛真高校は島根にある全寮制の高校で偏差値は30を切るとか。
学習とか学力向上とか受験とか、たぶんそういうところに目的を置いていないのだろう。




内閣府特命担当大臣 国家戦略特区担当→地方創生担当
2013年12月13日から始まった内閣府特命担当大臣の1つであった国家戦略特区担当は2015年10月7日で廃止された。

2013年12月13日-2014年9月3日 新藤義孝(自民党) 
2014年9月3日-2015年10月7日 石破茂(自民党)

以後は内閣府特命担当大臣の地方創生担当に成り代わった。

2015年10月7日- 2016年8月3日  石破茂(自民党)
2016年8月3日- 2017年8月3日  山本幸三(自民党)
2017年8月3日-現在  梶山弘志

全員が日本会議国会議員懇談会のメンバーである。
愛媛県今治市が「加計学園による獣医学部新設」を申請し(2015年6月)、今治市が広島県とともに国家戦略特区/地方創生特区に指定される(2016年1月)までの担当大臣は石破茂議員だった。キリスト教徒である。かつて徴兵制の国防軍を組織すべきとか主張していたらしい。



文部科学省事務次官
2013年7月8日-2015年8月4日  山中伸一  ・・今治市申請
2015年8月4日-2016年6月21日  土屋定之  ・・今治市3次区域に指定
2016年6月21日-2017年1月20日  前川喜平  ・・天下り事件発覚
2017年1月20日-現在  戸谷一夫


山中伸一 山梨県出身
1972年 山梨県立都留高等学校卒業。1977年3月 東京大学法学部卒業し、文部省入省。文化庁文化部著作権課。
1992年4月-1995年3月、横浜国立大学大学院国際経済法学研究科助教授。
文化庁文化財保護部記念物課長、文部省高等教育局学生課長、内閣官房内閣内政審議室教育改革国民会議担当室副室長、大臣官房主任教育改革官、 文部科学省生涯学習政策局政策課長、文部科学省大臣官房総務課長、大臣官房審議官(初等中等教育局担当)、 高等教育局私学部長、教育再生会議担当室副室長、大臣官房付(併・内閣官房内閣審議官、命・内閣官房教育再生懇談会担当室長)、 スポーツ・青少年局長、 官房長、初等中等教育局長、 文部科学審議官(文教担当)を歴任。
文部科学事務次官退官後は駐ブルガリア特命全権大使。
2017年3月30日 - 文部科学省の組織的な天下り斡旋問題に関与していた責任を取り、駐ブルガリア特命全権大使を辞任する意向を表明し、2017年5月19日に辞任。


・官民協働海外留学創出(トビタテ!留学JAPAN)事業の「留学促進広報戦略本部」の本部長に就任し、 同 AKB48〔公式〕動画の2分2秒から自らもダンスを踊って広報宣伝に努めた。

・文部科学省顧問に就任してからも精力的に講演をこなしており、パソナでは在日留学生を対象にした合同企業説明会『JOB博』の基調講演を行っている。なお、山中はパソナ・グループの迎賓館「仁風林」で接待を受けた政・財・官界人の中で、マスコミに名前が取り沙汰された官僚だった。


土屋定之 広島県出身
1972年(昭和47年)、修道高等学校を卒業。1979年(昭和54年)、北海道大学大学院環境科学研究科修士課程を修了し、同年に旧科学技術庁(現・文部科学省)に入庁。
その後宇宙開発事業団ロサンゼルス駐在員事務所長、科学技術庁科学技術振興局科学技術情報課長、文部科学省科学技術・学術政策局基盤政策課長、理化学研究所横浜研究所研究推進部長、文部科学省大臣官房総務課長、文化庁文化財部長、文部科学省大臣官房長、科学技術・学術政策局長、文部科学審議官を歴任。


戸谷一夫 岐阜県出身
1980年、東北大学工学部原子核工学科卒業、科学技術庁に入省。
1989年-1992年、パリの経済協力開発機構原子力機関に勤務。のち、同庁原子力局調査国際協力課国際原子力協力企画官、科学技術振興局研究基盤課長等を歴任。2000年-2002年、宇宙開発事業団ロサンゼルス駐在員。2003年1月文部科学省研究振興局ライフサイエンス課長、2004年7月内閣府参事官(原子力担当)、2006年7月文部科学省大臣官房会計課長、2008年7月文部科学省大臣官房審議官(高等教育局担当)。2009年7月14日-2012年1月5日、日本原子力研究開発機構理事。2012年、文部科学省研究開発局長。2013年7月、同省官房長。2015年8月4日、文部科学審議官。




文科省天下り事件
 文部科学省による組織的な再就職あっせん問題で、松野博一文科相は30日、国家公務員法に違反する行為があったなどとして、歴代事務次官8人を含む37人を処分したと発表した。2月の中間まとめ以降、同省の調査で新たに27件の違反が判明。違法事案は2010-16年の計62件となった。うち半数で仲介役のOBを経由せず、現役職員が直接関わっていた。

 同省はこれらを盛り込んだ最終報告を29日、政府の再就職等監視委員会に報告した。1月に公表した分を含め、天下り問題での処分者は計43人。同省では過去最多となった。最終報告では2月の中間まとめで違反が確認できないとしていた8件も違法と認定した。

今回処分された37人のうち懲戒処分は16人。前川喜平、山中伸一、清水潔各氏の歴代事務次官を含む5人が最も重い停職(退職者は停職相当)で、11人が減給や戒告。戸谷一夫事務次官ら21人が訓告や文書厳重注意となった。駐ブルガリア大使を務める山中元次官は30日、岸田文雄外相に辞意を伝えた。

  国家公務員法は職員が退職者の再就職をあっせんすることなどを禁じている。
「文科省天下りで37人処分 最終報告、違法事案62件に」 日本経済新聞 2017年3月31日より)

文科省は口利きや斡旋が当たり前のように存在した土壌だったということだ。
違反を止められない体質なのだから官僚などの再就職のみならず、受験や認可にもそのようなことがあったであろうと想像させる。ないと考えることは難しい。

現在の事務次官の前3人(山中・土屋・前川)は全員処分を受けている。
それを考えると、国家戦略特区チームは文科省から認可を得ることはそう難しいことではないと踏んでいたはずだ。
一番のネックだったのは前記事に書いた「①獣医学部新説の妥当性」のほうだったと考えられる。
でもそれは区域決定によってクリアした。
あとは政権権力者が文科省責任者に「君、よろしく頼むよ」と言えば済むはずだった。
しかし思った以上に「①獣医学部新説の妥当性」への抵抗が大きかったのではないか。
急に特区で獣医学部新設が解禁されたのだから関係者は驚いたであろう。






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by yumimi61 | 2017-09-27 00:09
2017年 09月 26日
日本国憲法の秘密-569- (加計学園問題について)
愛媛県今治市は何十年も前から学校誘致を続けてきたが、手を挙げる学校なり法人はなかった。
獣医学部という条件で誘いに乗ったのが加計学園である。
愛媛県今治市は12年前から加計学園ありきだったと加戸・前愛媛県知事が証言したけれども、この加計学園ありきは別に問題ない。
(大した証言ではないので報道しなかったと受け取ることもできる)
愛媛県今治市は獣医学部設置母体が加計学園であることを隠していたわけではなく、それを明記して構造改革特区や国家戦略特区に申請してきたのだ。
申請は加計学園ありきでなければ(どこか請け負う事業者がなければ)進まない話である。
だからヒアリングや陳情に加計学園の担当者が含まれていたとしてもそれも全く問題ない。具体的なことが分かる人がいたほうがいい。

問題があるのは獣医学部や獣医師の現況を無視した「獣医学部ありき」だったということ。
これについて加戸・前愛媛県知事は証言しなかったし偽りの証言もした。
「獣医学部ありき」という条件を今治市に提示したのは加計学園である。


国家戦略特区というのは1つの事業を1つの事業者が行うことを目的とはしていないので提案を軸に膨らませていき、また特区に指定された後には特区としての事業に相応しい事業を行う意思のある他の事業者の公募も行われている。
国家戦略特区は区域の認定である。区域の中には事業がある。
この制度自体が申請された1つの提案をぼかしてしまうようになっているが、愛媛県今治市の区域指定の大元には「加計学園による獣医学部新設」提案がある。
つまり「獣医学部ありき」と「加計学園ありき」は重なっている。
愛媛県今治市を区域指定するということは「加計学園による獣医学部新設」を認めたことに他ならない。
言い換えれば「加計学園による獣医学部新設」なくして指定はなかったということ。

この区域や事業の選定や認定は諮問会議で行われ、意思決定の場に関係省庁の大臣や責任者・担当者は参加していない。
参加させると自分達が望む方向には決まっていかないから、それらを無視して半ば強引に話を進める。
その諮問会議の議長は他でもない安倍首相であり、会議議員を自身の擁護者で固めている。

愛媛県今治市の区域指定には、①獣医学部の新設が妥当かどうか、②大学学部の新設が適切且つ適材適所か、獣医学部を新設する学校として適切且つ適材適所か(大学学部認可)、この2つの問題をはらんでいたわけである。
①の部分を嘘の言い訳や誤った現状評価を用いて強引に推し進めた。
残るは②の学校認可の問題。
保育園なら必要に迫られてということもあるが、大学が未認可では箔が付かない。国家試験受験資格を諦めたとしても未認可大学では・・・ここをどうしてもクリアする必要があった。


2009年9月‐2012年12月 自民党が野党になる
2009年10月 「株式会社政策工房」設立(会長・高橋洋一、社長・原英史)
2012年12月 安倍内閣誕生(再登板)
2013年9月 国家戦略特区第1次指定地域のヒアリング
2013年12月 国家戦略特別区域法施行
2014年1月 国家戦略特区 第1回諮問会議
2014年3月 国家戦略特区 第4回諮問会議 ※この会議で1次指定区域案が提示された
2014年5月 国家戦略特区 第1次区域指定

2015年1月 「株式会社特区ビジネスコサルティング」設立(顧問・高橋洋一、石津賢治、社長・松島凡) 
2015年4月2日 今治市の職員が首相官邸を訪問
2015年6月4日 今治市が国家戦略特区に申請(加計学園による獣医学部新設を提案)
2015年6月30日 「日本再興戦略 2015」が閣議決定される
2015年8月6日 内閣府が今治市の大学建設用地を視察 ※1
2015年8月17日 安倍首相と加計孝太郎・加計学園理事長がともにゴルフ ※2
2015年8月28日 国家戦略特区 第2次区域指定


※1 経済産業省と併任で内閣府にて国家戦略特区を担当していた藤原豊・地方創生推進事務局審議官も現地視察に出向いていた。「総理のご意向」という言葉を文部科学省に伝えたのは藤原審議官でしたよね?


※2 安倍首相が8月15~20日まで山梨県鳴沢村の別荘で夏休みを過ごしていた。8月17日のゴルフは「富士桜カントリー倶楽部」にて。メンバーは上記2人の他、高橋精一郎・三井住友銀行副頭取、本田悦朗・内閣官房参与 がいた。


2015年10月20日 国家戦略特区諮問会議(第16回)・・今治市はまだ議題に上らず ※3
2015年11月27日 国家戦略特区諮問会議(第17回)・・3次指定についての話あり ※4
2015年12月15日 国家戦略特区諮問会議(第18回)・・3次指定区域案提示 ※5
2015年12月24日 クリスマスイブ 男たちの悪巧み…(?) ※6
2016年1月29日 国家戦略特区3次区域 指定(決定)


※3 3次指定区域についてはまだ議論されていない。最後に「国家戦略特区の今後の進め方」が確認されている。進め方を提示しているのは諮問会議議員の民間有識者(秋池玲子・坂根正弘・坂村健・竹中平蔵・八田達夫5名連名)。
1、「新3本の矢の1本目(強い経済)」の実現に向けて
- 「岩盤規制改革の工程表」を踏まえた規制改革の加速化 -
・ アベノミクス第2ステージが始まるに当たり、「新3本の矢の1本目(強い経済)」を実現するため、従来の「第3の矢」の柱である「規制改革の総仕上げ」が必要。

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※4 国家戦略特別区域担当大臣であった石破茂より「国家戦略特区の3次指定について」提示されている。
○ 「『日本再興戦略』改訂2015」(平成27年6月30日閣議決定)等に基づき、本年内に「国家戦略特区の3次指定(地方創生特区の第二弾)」を実現する。
○ 本年春から秋に規制改革事項等の提案のあった43の地方自治体(別紙参照)のうち、夏にヒアリング済みで追加提案のないものを除く全自治体について、特区ワーキンググループにおいてヒアリングを実施中。
(11月12日から20日にかけて4日間、30件。)
○ 指定は、下記(1)の国家戦略特区の基準によるが、特に、エ)について、下記(2)の基本的考え方を適用する。
(1)国家戦略特区の指定基準(基本方針(平成26年2月25日閣議決定))
ア)区域内における経済的社会的効果
イ)国家戦略特区を超えた波及効果
ウ)プロジェクトの先進性・革新性等
エ)地方公共団体の意欲・実行力
オ)プロジェクトの実現可能性
カ)インフラや環境の整備状況

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※5 この会議で広島県・愛媛県今治市が3次指定候補として初めて登場した。国会の答弁で安倍首相が「指定された2016年1月まで知らなかった」と答えていたが、どんなに遅くてもこの時には知っていなければならない。
よって虚偽答弁である!

1.広島県・愛媛県今治市
2.東京圏
3.福岡県福岡市・北九州市

(注) 本方針については、「国家戦略特別区域基本方針」(平成26年2月25日閣議決定)及び「『日本再興戦略』改訂2015」(平成27年6月30日閣議決定)に即して定めるものとする。
1.対象区域
広島県及び愛媛県今治市
2.目標
「しまなみ海道(西瀬戸自動車道)」で繋がる広島県と今治市において、多様な外国人材を積極的に受け入れるとともに、産・学・官の保有するビッグデータを最大限に活用し、観光・教育・創業などの多くの分野におけるイノベーションを創出する。
3.政策課題
(1)創業人材を含めた高度外国人材の集積の推進
(2)雇用ルールの明確化によるグローバル企業・新規企業への支援
(3)地場製造業や新たなホスピタリティ・サービス産業の活性化
(4)スポーツ・教育面における国際交流拠点の整備
(5)観光分野における先進的な「自治体間連携モデル」の推進
4.事業に関する基本的事項
(実施が見込まれる特定事業等及び関連する規制改革事項)
<雇用・労働>
・ 多様な外国人受入れのための在留資格の見直し【家事支援、創業】
・ クールジャパン外国人材の就業促進
・ 技能実習制度の拡充
・ 高度人材ポイント制度の拡充
・ グローバル企業等に対する雇用条件の整備【雇用条件】
・ 官民の垣根を越えた人材移動の柔軟化【官民人材】
<都市再生・まちづくり>
・ 「道の駅」の設置主体(地方公共団体等)の民間拡大
<教育>
・ 国際教育拠点の整備(獣医師系(ライフサイエンスなどの新たに対応すべき分野)) 
<医療>
・ 臨床修練制度を活用した外国人医師の診療所における診察【外国医師診療所】
<その他>
・ 小型無人機による公共インフラの保守管理など



※6
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左から、加計孝太郎(学園理事長)・高橋精一郎(三井住友銀行副頭取)・安倍晋三(首相)・増岡聡一郎(鉄鋼ビルディング専務)。

高橋精一郎は福岡県の久留米大学付属中学・高校を経て、慶應義塾大学経済学部を卒業。旧住友銀行(1979年入行)出身。今年になって金融庁参与にも就任している。

増岡聡一郎も慶應義塾大学経済学部を卒業(1985年)。
三菱地所に勤務した後、増岡グループ企業へ。
増岡家は広島県呉市で増岡組を創業した一族。増岡聡一郎の祖父が創業者。
一族は三菱グループ企業と関係が深いご様子(三菱の企業に入社した者が複数いる)。
増岡聡一郎の母親は、日本銀行→日本輸出入銀行総裁となった古澤潤一(佐賀県出身)の娘。
古澤潤一の妻は鳩山由紀夫元首相の祖父でやはり首相経験者である鳩山一郎(岡山県出身)の娘。










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by yumimi61 | 2017-09-26 12:15
2017年 09月 25日
日本国憲法の秘密-568- (加計学園問題について)
芸術には悲劇が必要だと誰かが言った
世界には悲劇が必要なんだと別の誰かが言った
ところで君はどうして悲劇が生まれるか分かるかい?
僕は日の暮れた森をあてもなく歩いた
悲劇は理想や形が存在するところにしか起こらない
理想や形をアポロン的、情動をディオニュソス的とすれば
ディオニュソス的なものなくして悲劇は誕生しない
永遠なるアポロン的なものにそれほど心は動かない
僕は死にたいのだろうか生きたいのだろうか
死の本能と生の本能が蠢いていた
リビドー、それはエロスのエネルギー、性へ生へと向かっていく
デストルドー、それはタナトスのエネルギー、死へ破壊へと向かっていく
森には創造的破壊が必要なんだ
森は泣いている?森は笑っている?
情動こそが理想や形を認識させる?
僕は強烈に生を希望し強烈に死を希望した
あの人はそれを二律背反と言うだろうか
対立しあい支え合う二項対立と言うだろうか









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by yumimi61 | 2017-09-25 19:09
2017年 09月 24日
日本国憲法の秘密-567- (加計学園問題について)
本日2本目です。 


どの程度の範囲で言われていることなのかは定かでないが、結構前から官僚界の最高峰は財務省であり、底辺は文部省(文科省)と言われているらしい。
文部省が絡む陰謀論が多いのはそのせいなのか?
なぜ財務省が最高峰なのかと言えばお金が絡むからなんだろう。金で買えないものはないと言うくらいだし。
お金がなければ生活できないので何より身近なものだし、直接自分が払う払わないは別として税金は国民全てに関係する。
教育には義務教育が存在しこちらも国民全てに関係するわけだが、ではなぜ文部省が底辺なのか?教育なんて意味がないから?(という悟りの境地?)無駄に費用かかりすぎ?
それとも宗教関係も扱っているので胡散臭いとか?著作権絡みの文化とか芸能とかが胡散臭い?異次元にも足を突っ込んでいるから?


前記事の載せた株式会社政策工房の会長も社長も官僚出身。
会長の高橋洋一が財務省、社長の原英史が通産省(現:経産省)。
原は前述したように国家戦略特区ワーキンググループの座長代理。

実は私、高橋洋一という人のことを前にも書いたことがある。
そのことを私がとてもよく覚えているのは大阪都構想の住民投票の翌日に投稿したからである。


2015年5月18日記事より)
やばいやばい

実はNHKと同じように決算報告書の意味を理解しておらず、誤った報告書を公然と公表している大組織がある。
それはなんと!日本国の財務省である

NHKの年金問題を2009年に報じていたのは渋谷区に本社のあるダイヤモンド社の週刊ダイヤモンド(経済誌)だった。
今年2月、そのダイヤモンド社のビジネス情報サイト(ダイヤモンドオンライン)に「国の債務超過490兆円を意外と簡単に減らす方法」という記事が載った。
「高橋洋一の俗論を撃つ!」というシリーズの記事である。

ダイヤモンド社は『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』という本がヒットした会社。
この本やドラッカーは糸井重里さんが大絶賛していた。
と思ったら2011年4月からNHKでアニメを放送。
6月にはAKB48の女の子を主演にして秋元康さんが映画化した。
本の著者の岩崎夏海さんは秋元さんの事務所で働いていた人で、2009年12月に発表した作品で初めての著作。
いわば仲間内で仕掛けたものだ。
まあそれはどうでもいいか。
いやいやよくないな。みんなグルでしょ?

高橋洋一
日本の元大蔵・財務官僚、経済学者である。
嘉悦大学教授、株式会社政策工房代表取締役会長、金融庁顧問、大阪市特別顧問。
NPO法人万年野党アドバイザリーボード。
研究分野はマクロ経済、財政・金融論、数理統計、金融工学、会計・行政法。
2008年、著書 『さらば財務省!』で、第17回 『山本七平賞』(PHP研究所)を受賞した。

1974年 東京都立小石川高等学校卒業、東京大学理科一類合格。
1978年 東京大学理学部数学科卒業。同年、東京大学経済学部に入学。
       学籍を置きつつ、文部省の統計数理研究所に勤務。
1980年 東京大学経済学部卒業。同年、大蔵省入省
1982年 財政金融研究所。日本開発銀行から出向中の竹中平蔵が上司であった。
1998年 プリンストン大学の客員研究員となる。
研究者としてプリンストン大学に在職中には、当時同大学経済学部長で、後に連邦準備制度理事会(FRB)議長となるベン・バーナンキの薫陶を受けた。
2006年 早稲田大学政治経済学部非常勤講師を兼務。
       第一次安倍内閣の内閣参事官となり経済政策のブレーンを務めた。
自由民主党衆議院議員・中川秀直のブレーンであるともされる。『官僚国家日本を変える元官僚の会』 の発起人にも名を連ねている。みんなの党政策ブレーン(江田憲司NET・今週の直言/2012.9.10)
2007年 千葉商科大学大学院で博士号(政策研究)を取得。
2008年 国家公務員退職。
      東洋大学経済学部総合政策学科教授、金融庁顧問就任。
2009年 窃盗容疑で書類送検され、東洋大学を懲戒免職となる。
練馬区の温泉施設 『豊島園 庭の湯』の更衣室ロッカーから、高級腕時計「ブルガリ」や財布など約30万円相当を盗んだ現行犯で事情聴取された所轄の警視庁・練馬警察署による逮捕はなく、窃盗の容疑で書類送検された。
2010年 嘉悦大学経営経済学部教授に就任。
2012年 大阪市長橋下徹の特別顧問に就任

上記記事の1ページ目の中に(会員以外は全部は読めない)、財務省HP 平成25年度「国の財務書類」の貸借対照表の概要、という資料がリンクされている。

バランスシート(貸借対照表)は2003年度からは正式版として公表されているそうで、それより以前(20年前)に初めて国のバランスシート(貸借対照表)を作ったのは筆者、つまり高橋洋一さんだということである。
だけど口外しないようにと注意を受けたそうなのだ。
何故かと言えば、それまで日本の負債の多さを強調してきたが、そこにはあまりに日本の資産が多額にあることが記載されていたからだという。
「これまで言っていたことと違うじゃないか!」と言われかねないという意味だろうか。
しかも資産の大半は特殊法人(NHKのような法人)などへの出資金・貸付金であったため、仮に資産売却・整理となると、特殊法人の民営化や整理が避けられず、天下り先を失う可能性が高かったことも口外しないようにさせた理由だと述べている。
だから国のバランスシートを公表しても、マスコミへも説明しなかった。説明しないからマスコミも書けない。そういう事情があったそうなのだ。(説明しても書かないよね!?無視するよね?)

これまで日本政府は巨額な資産をオープンにせず債務の多さだけを強調してきたのに、ここにきて資産・負債差額が報道されたことは、高橋さんにとっても興味深いことだったそうだが、その先は会員でないので読めん。ごめん。

しかしともかく資産と負債の差が出たら、貸借対照表(バランスシート)としては失格である。
バランス取れてないじゃん!という話である。
誰が付けたか知りませんが、「対照」という言葉が悪かったのでは? 「対称」にすればよかったのかも。
これも意味ないか。


上記のように橋下徹・大阪市長(当時)の特別顧問だった人物である。
さらに竹中平蔵や東洋大学(国家戦略特区諮問会議議員やWGに関係者多し)とも関係ある。


2009年 窃盗容疑で書類送検され、東洋大学を懲戒免職となる。
※練馬区の温泉施設 『豊島園 庭の湯』の更衣室ロッカーから、高級腕時計「ブルガリ」や財布など約30万円相当を盗んだ現行犯で事情聴取された。所轄の警視庁・練馬警察署による逮捕はなく、窃盗の容疑で書類送検された。
(はめられたんですか?)


2015年1月、またまた新しい会社が設立された。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
株式会社 特区ビジネスコンサルティング

本社  〒810-0042 福岡県福岡市中央区赤坂1-3-21 赤坂丸ビル402
※(福岡創業特区を活用して設立しました。業務は全国を対象に行なっています。
出張所 〒102-0083東京都千代田区麹町3-12-1 麹町三丁目ハウス403

・代表取締役 松島 凡
・顧問    高橋洋一(嘉悦大学教授、元・内閣参事官)
       石津賢治(前・北本市長)
・ディレクター  黒澤武邦(早稲田大学公共経営大学院非常勤講師)
・広報・PR担当 宇佐美智久(真人堂取締役)
         山本洋一(地方議会ニュース、元日本経済新聞)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この会社は国家戦略特区1次指定区域である福岡県福岡市(創業のための雇用改革拠点)を利用して設立された会社のようだ。
顧問が高橋洋一である。
事業内容は社名の通り、国家戦略特区のコンサルティング。

①政治・行政対応コンサルティングおよびロビイング
国家戦略特区をはじめ、規制改革を伴う民間企業のビジネス展開において、行政に対する提案から事業開始までのコンサルティングおよびロビイング活動を行います。

②新規事業スタートアップサポート
①に関する新規事業のスタートアップについて、企画提案から事業構築、事業継続までを一貫してサポートを行います。

③広報・PRサポート・各種ツール制作・出版支援
①に関する広報・PR活動のサポートを行います。また各種広報・PRツール制作、書籍・雑誌等の制作、出版についてのサポートを行います。


会社のホームページ(https://www.tokkubiz.com/)は現在準備中と表示される。
以前はオープンになっていたのに加計学園問題が騒動になってからホームページを下げたのだ。(アーカイブはこちら

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写真で紹介されている面々に注目。もろもろという感じ。安倍首相擁護派で前川・前事務次官の証言などに対しては猛反発していたご様子。
竹中平蔵と高橋洋一についてはすでに書いたので残るお二人も。

堺屋太一
大阪市生まれ。本籍地は奈良県。父は弁護士。
東京大学工学部建築学科に進学後、東京大学経済学部へ転入し卒業。
1960年4月に通商産業省入省。
1978年に通商産業省を退官した後も、イベント・プロデューサーとして数々の博覧会を手掛けた。

1998年、小渕内閣に民間人閣僚として経済企画庁長官に就任。第2次森内閣まで務め、同時に総合交通対策担当大臣、新千年紀記念行事担当大臣、情報通信技術担当大臣なども兼任した。

2002年、東京大学先端科学技術研究センター客員教授に就任。2004年、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、同大学日本橋キャンパスインテンダント(学督)に就任。2008年には関西学院大学大学院経営戦略研究科客員教授に就任。

2008年大阪府知事選挙の際に、国定浩一らとともに橋下徹を支援する団体として「橋下氏を知事にする勝手連」の設立に関わった。
2009年にはみんなの党の母体となり、後にサポーター組織となった「国民運動体 日本の夜明け」のナビゲーターに就任した。
2010年には大阪維新の会の支援団体である「経済人・大阪維新の会」の最高顧問に就任した。また、2012年には大阪維新の会が政治家の育成を目的に設立した維新政治塾の名誉塾長に就任した。こうした観点から、堺屋は橋下徹及び大阪維新の会のブレーンとされている。


岸博幸
東京都立日比谷高等学校を経て、1986年に一橋大学経済学部卒業し、通商産業省(当時)に入省。

通産省通商政策局総務課、工業技術院総務部産業科学技術開発室を経て、1995年より朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)に出向、1998年、通産省が改称した経済産業省に復職。その後、資源エネルギー庁長官官房国際資源課を経て、2000年内閣官房情報通信技術(IT)担当室に出向しグループリーダーを務めた。

2001年(平成13年)の第1次小泉内閣発足を機に、経済財政政策担当大臣補佐官に就任(大臣は竹中平蔵)、2002年からは金融担当大臣補佐官兼務。2004年以降は竹中経済財政政策担当・郵政民営化担当大臣政務担当秘書官に就任。側近として、情報通信政策や郵政民営化などに携わる。「B層」の言葉が生まれるきっかけとなった宣伝企画立案を行なった、広告会社・スリードの代表を竹中に引き合わせたのも岸である[要出典]。
また、1998年に坂本龍一らと共にメディア・アーティスト協会を設立、同協会事務局長を2000年に同協会が解散するまで務め、著作権保護のあり方についての議論に加わった[要出典]。

2004年からは慶應義塾大学助教授に就任。総務大臣となった竹中の下で総務大臣秘書官を兼任した。
2006年に第3次小泉改造内閣の内閣総辞職及び、竹中の議員辞職にあわせ、経済産業省を退官し、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授に就任、2年後の2008年に慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授に就任した。
ほかに、2007年から2010年3月までエイベックス・グループ・ホールディングス株式会社取締役コーポレート企画本部担当。
2008年から総務省通信・放送問題タスクフォース委員も務める[要出典]。

2008年6月には、衆議院議員の江田憲司や元財務官僚の高橋洋一らと共に「官僚国家日本を変える元官僚の会(脱藩官僚の会)」を設立。いわゆる脱藩官僚としてテレビ番組などにも出演する[要出典]。

2010年3月よりエイベックス・マーケティング株式会社取締役。同年4月よりエイベックス・グループ・ホールディングス株式会社顧問。新生ホームサービス株式会社特別顧問。
2013年から大阪市特別顧問、大阪府特別顧問、大阪府市統合本部特別顧問。


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2016年度の提案実績に昭和村外国人材活用特区とあるが、昭和村というのは群馬県の沼田市のお隣の村である。
利根・沼田という1つの地域を形成するが(選挙区で言うと前橋市と同じで群馬1区になります、中曽根康弘孫兼中曽根弘文子が出馬するとかいう選挙区です)、この地域も平成の大合併でいろいろあった。
昭和村は沼田市と合併しなかった。

沼田市
・昭和村、川場村との合併に失敗し砂時計のようなH型に。
・水上としようとしても月夜野が妨害。
 ・「市役所を月夜野に移動しろ」って馬鹿じゃないの?

川場村の東京都世田谷区入り未遂
・間にどんだけ自治体があると思ってんだか。姉妹都市関係だからと言って、ムチャにも程がある。群馬県に穴が開いてしまうところだったぞ(実際、村民は世田谷の飛び地化までは賛成できなかったらしいが)。
・阿保だろ。てか世田谷が拒否するでしょう。
  ・その世田谷も結構乗り気だった。
    ・それを口実に政令指定都市みたいな?

みなかみ町
・吸収合併がそんなにイヤか?月夜野町よ。
 ・月夜野の方が古い地名なのにね。
  ・だから水上では駄目だったわけね。
・どうしてひらがなにした!NHKの気象情報では浮いてるぞ!
 ・そもそも、NHK自体ひらがな好きだし。(「びわ湖」とか)
 ・水上でも月夜野でも新治でも良いからどれかにしてほしかった。カッコ悪い。さいたま市を馬鹿にできない。
 ・そのうち沼田市になるだろうからどうでも良い。
・この場合は、「水上温泉町」でよかったと思う。
 ・水上温泉町に納得できるぐらいなら「水上町」に反対しないかと・・・
 ・「水月(みなづき)町」の方がいいと思う。
  ・結局合成地名ってこんな感じで出来ていくのだろうな・・・











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by yumimi61 | 2017-09-24 17:58
2017年 09月 24日
日本国憲法の秘密-566- (加計学園問題について)
似たような特区制度が小泉政権と第二次安倍政権にて導入された。

「構造改革特区」(2002年~現在)
従来法規制等の関係で事業化が不可能な事業を、特別に行うことが可能になる地域をいう。

「国家戦略特区」(2013年~現在)
あらゆる岩盤規制を打ち抜く突破口とするために、内閣総理大臣が主導して、地域を絞ってエリア内に限り従来の規制を大幅に緩めることを目的とする。また、この区域は「解雇ルール」、「労働時間法制」、「有期雇用制度」の3点の見直しを対象としている。


小泉内閣 2001年4月26日-2006年9月26日
安倍内閣 2006年9月26日-2007年9月26日
福田内閣 2007年9月26日-2008年9月24日 申請開始 結果「不可」
麻生内閣 2008年9月24日-2009年9月16日 申請 結果「不可」
鳩山内閣 2009年9月16日-2010年6月8日 申請 結果「実現に向け検討」
                     ※愛媛県出身衆議院議員が国会にて獣医師環境について質問
菅内閣  2010年6月8日- 2011年9月2日 ※愛媛県・岡山県選出議員が獣医と構造改革特区に関する勉強会を開催
野田内閣 2011年9月2日- 2012年12月26日
安倍内閣 2012年9月2日-現在




構造改革特区は提案を年2回ほど募集をしており、愛媛県今治市は2007年から2014年まで「構造改革特区」に申請を続けてきたが認可されることはなかった。
要するに愛媛県議が自民党議員経由で口利き依頼したと思われる民主党政権でも、その後安倍内閣に代わってもすぐさま愛媛県今治市が認可に至ることはなかった。
これが安倍内閣の言う「岩盤規制」そのものなんだと思う。
大物政治家をもってしても動かなかった認可不可の烙印。
だから安倍内閣は妥当岩盤規制!打倒岩盤規制!を掲げ、霧ヶ峰霞が関の官僚を敵と見做した。
逆を言えば、「(たとえどんな理由があろうとも)大物政治家や政権の依頼に従わないやつはけしからん」と言っているに等しい。


自民党が野党になった翌月(2009年10月)、とある公共政策系コンサルティング会社が設立された。
会社のホームページの所在地には「東京都港区」としか記載されていない。
会社のブログの会社概要は「このページは表示できません」と出る。
ペーパーカンパニーか会社の体を成していないのか。
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社長の原英史は、国家戦略特区ワーキンググループの座長代理となっている人物である。


2009年9月‐2012年12月 自民党が野党になる
2012年12月 安倍内閣誕生(再登板)
2013年9月 国家戦略特区第1次指定地域のヒアリング
2013年12月 国家戦略特別区域法施行
2014年1月 国家戦略特区 第1回諮問会議
2014年3月 国家戦略特区 第4回諮問会議 ※この会議で1次指定区域案が提示された
2014年5月 国家戦略特区 第1次区域指定
2015年8月 国家戦略特区 第2次区域指定

構造改革特区も法律施行前に募集が始まっていたが、国家戦略特区も法律施行前にすでに関係自治体にヒアリングを行っている。
これは募集・申請・認定という過程を踏んでいない。なにせ法施行前なので細かいことは何も決まっていないし公になっていない。
区域ありき(規制を逸脱してしたいことありき)。

1次指定区域(2014年5月指定)
・東京圏(東京都・神奈川県の全域または一部、および千葉県成田市) - 国際ビジネス・イノベーションの拠点
・関西圏(京都府・大阪府・兵庫県の全域または一部) - 医療等イノベーション拠点、およびチャレンジ人材支援
・沖縄県 - 国際観光拠点
・新潟県新潟市 - 大規模農業の改革拠点
・兵庫県養父市 - 中山間地農業の改革拠点
・福岡県福岡市 - 創業のための雇用改革拠点

※医学部新設の解禁は1次指定の千葉県成田市が用いられた。


法律が施行され、諮問会議などが開催された後には公募(募集)が始まった。
但し「国家戦略特区」は提案募集期間が設けられていない。集中的に募集する時期もあるが、その時しか申請できないというわけではなく、随時受け付けている。つまりいつでもよい。間口が広い。
もちろん申請してからといって、その全てが認められるわけではない(今度は自らが揺るぎない採択者になるわけである)

提案は、随時受け付けています。
また、年2回(春・秋ごろ)、締切を設け集中的に規制改革事項を受け付ける、いわゆる「集中受付期間」として、規制改革事項の提案募集を行っています。



国家戦略特区は、例えば「加計学園による獣医学部新設」という何か1つのことを行う区域ではない。
1つの事業や1つの企業や法人に関わることならば区域を指定する必要は無い。
さらに国家戦略特区に申請する提案は「 産業の国際競争力の強化又は国際的な経済活動の拠点の形成の推進に資するもの」で、且つ「その実施が現行の規制・制度の下では不可能又は困難である場合に、それを可能にするために必要となる規制・制度改革についての具体的な提案が盛り込まれていること」が条件。
「区域」を補強するために、区域を指定した後に、提案に盛り込まれている事業者以外からも事業者を募集している。


「公務員獣医師が不足していて大変なんで獣医学部を新設したい」なんて理由では本来ダメである。
日本の公務員獣医師が不足しているからと増員したとして、国際競争力が上がりますか?(獣医学部卒の公務員教員を増やして研究者を養成すればいいではないか?)
日本は国際的に家畜が少なく獣医師は多い。
「不足」や「大変さ」が主観では困る。公務員であるなら尚更だ。客観的事実をデータで示す必要があるだろう。
東京都と愛媛県の人口は違うので学校数も教員数も当然違う。その学校数や教員数の違いを偏在や不平等と言いますか?言いませんよね?
だけど獣医師では言っている。
獣医師の場合は「獣」が付いているくらいなのだから家畜数を抜きには語れない。それは国際標準でもある。
目的や条件を何に置いている制度であり、どんなことをどのように提案すれば良いのか、それを教える事から始めないと目的に沿った提案はなかなか出てこないという現実があるのだろうと推測する。だからこそコンサルタントが必要になる。

愛媛県今治市は国際的競争力向上や国際的経済活動の拠点になる資質を持っているか?まずそこが問われる。
残念ながら国内の競争でも負けたから未だに造成地が埋まらないでいるのだ。答えなんかとっくのとうに出ている。
そこで持ち出されたのがライフサイエンス分野の研究の発展だった。
しかし愛媛県今治市がライフサイエンス分野の研究の発展に特別に寄与するだろう資質があるだろうか?
それを推進していくのに適した区域であると判断する事実や実績があるだろうか?
正直別にないと思う。
区域の指定となるとすでにある実績や利便性や経済力などが考慮されるためハードルが上がってしまう。
改革と銘打っても、結局大都市には敵わないということになる。

そこで今度は地方創生が持ち出された。
国家戦略特区の2次と3次指定は地方創生特区でもあるのだ。
要するに「国際的に」という目的にはやや遠いので地方創生という目的が引っ張り出されたわけである。
地方創生
東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的とした一連の政策である。2014年(平成26年)9月3日の第2次安倍改造内閣発足時の総理大臣記者会見で発表された。ローカル・アベノミクスともいう。

第2次区域(2015年8月指定)
・秋田県仙北市 - 農林・医療ツーリズムの改革拠点
・宮城県仙台市 - 女性活躍・社会起業の改革拠点
・愛知県 - 産業の担い手のための教育・雇用・農業等の総合改革拠点
・東京圏において、東京都の区域を全域に拡大










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by yumimi61 | 2017-09-24 15:19
2017年 09月 22日
日本国憲法の秘密-565- (加計学園問題について)
法律施行よりも早く、2002年の夏に第一次募集が行われた構造改革特区。
加計学園と今治市の間で獣医学部の誘致の話が始まったのは2005年。先に述べたように「獣医学部新設」は加計学園側の希望(提案)だった。
それから話し合いを重ね、応募書類などを用意したのだろう。実際の申請は2007年となった。
そして2007年2008年と立て続けに認定を蹴られた。
今治市が認定不可となるだけならまだよいが、加計学園を誘い了承してもらった手前、認定不可が続けば加計学園に合わせる顔がないと自治体側はプレッシャーになるだろうと思う。何と言っても「区域」の募集だから。
それで国会議員に口利きを依頼したのではないだろうか。同郷で本宮県議がかつて公設秘書を務めた村上誠一郎・衆議院議員(自民党)に。
しかしその頃、政権は民主党に変わっていた。
従って村上はそれを妹の夫である岡田克也・衆議院議員(民主党)に振った。岡田は民主党の要職に就いており閣僚でもあった。

小泉内閣 2001年4月26日-2006年9月26日
安倍内閣 2006年9月26日-2007年9月26日
福田内閣 2007年9月26日-2008年9月24日 申請開始 結果「不可」
麻生内閣 2008年9月24日-2009年9月16日 申請 結果「不可」
鳩山内閣 2009年9月16日-2010年6月8日 申請 結果「実現に向け検討」
                     ※愛媛県出身衆議院議員が国会にて獣医師環境について質問
菅内閣  2010年6月8日- 2011年9月2日 ※愛媛県・岡山県選出議員が獣医と構造改革特区に関する勉強会を開催
野田内閣 2011年9月2日- 2012年12月26日
安倍内閣 2012年9月2日-現在


自民党政権で2回「不可」をもらい、その後民主党政権に変わって「実現に向けて検討」という結果を得た。
やはり口利きが功を奏したのか民主党政権ではだいぶ歩み寄りがみられた。
しかしそれも地域限定(愛媛・岡山出身者)なものであり、結局民主党政権でも認可されることはなかった。
そうこうしているうちに2011年、東日本大震災が発生し、翌年再び自民党・安倍首相の時代を迎えることとなった。
そして登場した「国家戦略特区」。


「構造改革特区」(2002年~現在)
従来法規制等の関係で事業化が不可能な事業を、特別に行うことが可能になる地域をいう。

「国家戦略特区」(2013年~現在)
あらゆる岩盤規制を打ち抜く突破口とするために、内閣総理大臣が主導して、地域を絞ってエリア内に限り従来の規制を大幅に緩めることを目的とする。また、この区域は「解雇ルール」、「労働時間法制」、「有期雇用制度」の3点の見直しを対象としている。

似たような特区制度が2つ存在している。
どちらにも関わっている人物が竹中平蔵。

上の2つの特区の一番大きな違い、それはこれだと思う。

・2013年(平成25年)10月21日、午前の衆院予算委員会で、雇用分野を所管する厚生労働相など、、関係分野の大臣を、国家戦略特区ごとに設ける統合推進本部から、外す考えを表明。この件に関して安倍晋三総理は、「意見を述べる機会を与えることとするが、大切なのは意思決定。意思決定には加えない方向で検討している」と語った。

・産業競争力会議の竹中平蔵は、総理の主導により「地方から国にお願いして国が上の立場から許可するというもの」ではなく、「国を代表して特区担当大臣、地方を代表して知事や市長、民間を代表して企業の社長という国、地方、企業の3者統合本部でミニ独立政府の様に決められる主体性を持った新しい特区」であると語り、「特区を活用して岩盤規制に切り込みたいと思っている」と語っている。
 

国家戦略特区は統合推進本部から関係分野の大臣を外し、意思決定には加えないことにした。
獣医師であれば農水省、医師や薬剤師や看護師であれば厚労省、その大臣を加えないで意思決定を行うというのだ。大臣の後ろには官僚と呼ばれる省庁職員(国家公務員)などがいるわけで、要するにそうした人達が岩盤規制の元凶だから加えないでおこうと思ったのだろう。
でも少なくとも政治家よりはそれぞれの分野に精通しているはずである。
国家戦略特区は専門省庁や専門家を蚊帳の外に置いて、「特区担当大臣」「知事・市長」「企業の社長」、この3者で進めましょうという驚くべき制度なのだ。
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国家戦略特別区域とは、日本経済再生本部からの提案を受け、第2次安倍内閣が成長戦略の柱の一つとして掲げ、国家戦略特別区域法2条で地域振興と国際競争力向上を目的に規定された経済特区である。実態はパソナグループ会長の竹中平蔵の金儲けのために、国のルールを変更する売国機関に成り下がっている。 


(内閣府 国家戦略特区ホームページより)
 産業競争力会議において、これまでとは次元の違う国家戦略特区の創設の検討が提案されたことを受けて、国家戦略特区の具体的な制度設計等の検討を行うため、国家戦略特区ワーキンググループを設置しました。
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ちょっと前に「異次元の圧力」とか言っていた人がいて、「それを言うなら次元の違う圧力のほうがいいのでは」と突っ込まれていたけれども、意味は同じですね。ロケットなら異次元のほうがしっくりするかも!?それはそうと国家戦略特区も次元が違うらしい。


上の名簿にも下の名簿にも名前がある坂村健。
この人、トロンOSの人である。

学歴
1971年 慶應義塾高等学校卒業
1974年 慶應義塾大学工学部電気工学科卒業
1979年 慶應義塾大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程修了(相磯研究室)工学博士。論文名は「問題適応型可変構造計算機の研究 」

職歴
1979年 東京大学理学部情報科学科助手
1986年 東京大学理学部情報科学科講師
1987年 東京大学理学部情報科学科助教授
1996年 東京大学総合研究博物館教授(研究部・博物情報メディア研究系、大学院理学系研究科情報科学専攻教授併任)
2000年 東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授
2017年3月 東京大学を退職、名誉教授
2017年4月〜 東洋大学教授(同大学 情報連携学部 情報連携学科、及び 情報連携学研究科)

1983年頃にどのような経緯があったかは不明であるが、1984年6月に、前述のヴィジョンのためのコンピュータ・アーキテクチャなどを実現する目的を持ち、TRONプロジェクトを開始、TRONの名は「The Realtime Operating system Nucleus」の頭字語から。「Todaini itatokini tukutta Realtime Operating system Nucleus」とも、また、映画『TRON』を見た後の命名ではある、とも書いている。


1985年8月12日日本航空123便の墜落事故の陰謀説にトロンOSが出てくる。
陰謀と言うと急に胡散臭くなるがあの事故や経過はかなり不可解であることは確か。

==主要な陰謀説==
・プラザ合意のための揺さぶり
(G5のアメリカ・イギリス・西ドイツ・フランス・日本によって1985年9月22日に発表された。協調的ドル安を図ることの合意である。実質的にはアメリカの対日貿易赤字が顕著であったため、 円高ドル安に誘導する内容であった。日本不利な合意と墜落日が近かったために当初からこの説は根強い。だから坂本九さんなど有名人を多く乗せたとまで言われる)
・グリコ森永事件絡み
(脅迫された企業の1つであるハウス食品工業の社長・浦上郁夫氏が搭乗していて亡くなった。また同じ日に犯人側からの「終結宣言」が届いていた。しかしどこに届いたのかは、墜落でそれどころではなくなり定かではない)
・神経生理学の世界的権威であった大阪大学の塚原伸晃氏が搭乗していたから。
(文部省の神経領域の大型プロジェクトの総括班長であり、文部省に出向いた帰路だった。マインドコントロールを研究していたとか)
・トロンOSの開発技術者が17名搭乗していたから。
(噂が出た最初の頃は「WindowsOS日本版の開発技術者」だったが、現在は「トロンOSの開発技術者」になっている)
・123便には貨物として多量の医療用ラジオアイソトープ(放射性同位体)が積載されていたから。
(核兵器転用可であり、日本国内で核兵器製造を計画していたため、アメリカのCIAやロックフェラーが脅して妨害したという噂)
・プロ野球チームの阪神タイガースがペナントレースで快進撃を続けていたため。
(阪神タイガースの中埜肇球団社長が搭乗していて亡くなった。阪神タイガースナインはこの日、福岡→羽田の移動で墜落機に乗っていた。それが折り返して羽田→大阪便になった。 しかし結局この年、チームは日本一に輝いた)


【トロンOS説での検証】

昨今この説でよくコピペされているのは以下の文章。
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実は20年前に日本に純国産の無償OSが存在していた。

無償OSというと耳新しいもののように感じるが、実は20年程前、即ち「Windows」の草創期の頃の日本に「トロン」というOSがあったのである。
「トロン」は坂村健・東大教授(当時、助手)が開発した基本OSでオープンソースであり無償なのであった。
95年に「Windows95」が日本に上陸しパソコン市場を席巻し独占したわけだが、実はその当時、日本の多くのパソコンメーカーはOSとして「トロン」の採用を希望していたのである。 
それがWindows95の独占的な採用になったのは、米国政府からの圧力だったのである。
 
即ち、米国政府からの 「スーパー301条」による報復関税や輸入制限の制裁措置をちらつかせた圧力に、当時の日本政府が屈した結果だったのである。
もしもこのとき日本のメーカーがパソコンのOSを「トロン」にしていたなら、無償というメリットもあって世界中のパソコンに採用されていたかも知れないのである。
日本の基本OSが世界を席巻し、現在のマイクロソフト「Windows」の躍進やOS市場の独占も無かったかも知れないのである。
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20年前というのは80年代後半のこと。
ネタ元はこちらのようだ。
上の記事は123便墜落絡みの記事に引用されていたものだが、ネタ元の1989年はしっかり省かれている。123便の墜落は1985年である。
つまり元の記事は墜落事故に絡めたものではなかったのだが、これを引用してあたかも墜落と関係しているかのように仕向ける記事を書いた人がいたのであろう。

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皆さんご存知だろうか。かつて日本にもこの「Windows」と競った「OS」のあったことを。
1980年代のことである。坂村健・東大教授(当時、助手)が手がけた「トロン」があった。
1989年、日本の全国の小中学校に大量の教育用コンピュータを導入する計画が打ち出され、大手メーカー11社の全社がOS「トロン」の採用を希望したのだった。
ところが、日本市場を「トロン」に独占され米国製OSが締め出されると危機感を抱いた米国政府が、「スーパー301条」による報復関税や輸入制限の制裁措置をちらつかせて圧力をかけてきたのだ。
この勢いはただ者ではなく、日本に戦争を仕掛けてきたような勢いだったのである。即ち、米国にとっての「OS市場の独占」とは「国家戦略」であり、戦争に等しいものだったのだ。
この有無を言わせぬ「宣戦布告」に対して、当時の日本政府はあっさり「無条件降伏」をしたのだった。

かくして「Windows 95」が上陸し、瞬く間に日本のパソコン市場を独占して行ったのである。
米国のこの世界戦略は大成功し、パソコンOSといえば「Windows」、それ以外のアーキテクチャの機種は市場の片隅に追いやられたのである。殆どの人が、パソコンというと「Windows」そして「米国製」というイメージさえ持っている筈だ。
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TRONプロジェクト
TRONプロジェクトの推進母体としてトロン協会が発足したのは1988年である。

このトロンプロジェクトに松下電器が関わっていた。
実は123便の犠牲者には松下電器グループの社員が複数いた。
1985年8月14日の毎日新聞には「一度に17人遭難松下電器グループ」という記事見出しがあったようだ。
「トロンOSの開発技術者が17名搭乗していた」という説の17名はここから来たものと思われる。

犠牲者一覧があるので私も数えてみたが16名である。後で身元判明した人がいたのかもしれない。
会社や部署はそれぞれ違う。



この陰謀説に文部省も登場する。
大阪大学の塚原伸晃が文部省の神経領域の大型プロジェクトの総括班長であり文部省に出向いた帰路で犠牲となった。
塚原は1985年に『脳の可塑性と記憶』という本を執筆した。
能の可塑性とは可塑性とは形を変えることが出来る可能性、変化しうる性質、可変性や柔軟性のことである。
外界の刺激などによって常に変化が起こっている。
辞書で可塑性を調べると誤解しそうな説明が書いてある。
「外力を加えて変形させ、力を取り去っても元に戻らない性質」
可塑性を持つ身近(?)なものと言えば粘土。
粘土いろんな形にすることが出来る。一度作ったものは手を離してもぐにゃ~と崩れてしまうようなことはない(元に戻らない性質を持っている)。
固まってカチカチになるのはまた別の要素。
熱で柔らかくなって変形する物質もあるが、冷えると固まるので、元に戻らないということはない。

文部省関係で言えばこんな陰謀説もある。
日航ジャンボ123便 米軍最強SR-71は日本の文部省が撃墜した
電磁パルスに関係するものだが(なんと愛媛丸も出てきます!)、北朝鮮による電磁パルス攻撃の可能性があると少し前にテレビやネットで盛り上がっていましたね。






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by yumimi61 | 2017-09-22 22:34
2017年 09月 21日
日本国憲法の秘密-564- (加計学園問題について)
あれは僕が大学を辞めた頃だったろうか。
この町に学園都市構想なるものが持ち上がった。
正直僕はどうでもよかった。いや、正確には、そんなものは望んでいなかったと言うべきかもしれない。
それを望むくらいならとっくに僕はこの島を離れていただろう。
穏やかな海が、高くない山が、父や母の背中に重なった。
曲がりなりにも僕は大家族や故郷を愛していたのだ。

そんな僕の思いを知ってか知らぬか、30年間あの土地を占拠するものは現れなかった。
遮るものない風景への思慕は決して嘘ではない。
嘘ではないが・・時はとどまることを許してはくれない。
あの頃僕は20代だった。
そして今は僕は・・
この町に加計学園が、獣医学部でいいなら、来てくれると言ってくれたんだ。

それが2005年のことだった。(たら~ららららら~ら♪)



2002年12月小泉内閣は構造改革特別区域法を制定、2003年4月施行。
地方自治体・民間企業・個人から提案を募集し認定し、認定されると特例措置にて法規制が緩和される方法で進められた。
募集は法律施行よりも早く始まっており、2002年の夏には第一次募集が行われた。(国会の数の論理による’可決ありき’での募集でしょうか?)
2011年安倍内閣から始まった国家戦略特区の陰に隠れてしまった形になったが募集は継続して行われている。
今年度6月~7月に行われていた募集が29次になる。

愛媛県の本宮勇県議がブログにて「国の構造改革特区第12次提案から申請を続けています」と書いている(前記事参照)。
第12次募集は2007年10月15日~11月14日が募集期間だった。
以後、愛媛県今治市は「加計学園による獣医学部新設」を何度か申請していたようだ。
しかし小泉内閣に始まった構造改革特区は下から上に這い上がるのを支援することを目的とはしていない。
獣医に関する法規などを所管する農水省も学部の現況や需要と供給のバランスを考え獣医学部の新設は必要ないと判断していたのだろうと思う。
認可は下りなかった。

小泉内閣 2001年4月26日-2006年9月26日
安倍内閣 2006年9月26日-2007年9月26日
福田内閣 2007年9月26日-2008年9月24日 申請開始 結果「不可」
麻生内閣 2008年9月24日-2009年9月16日 申請 結果「不可」
鳩山内閣 2009年9月16日-2010年6月8日 申請 結果「実現に向け検討」
菅内閣  2010年6月8日- 2011年9月2日
野田内閣 2011年9月2日- 2012年12月26日
安倍内閣 2011年12月26日-現在

潮目がやや変わったのは民主党政権の時だった。
これが一部自民党支持者(安倍首相擁護派)の反論材料にもなっていた。
「自民党は認可していなかった、検討すると言ったのは民主党ではないか!」と。
しかしそう、昨日書いた通り、加計学園と今治市を繋いだ本宮勇県議は同じ愛媛県出身の自民党衆議院議員である村上誠一郎の公設秘書だったことがあり、その村上誠一郎の妹の夫が民主党(現:民進党)・岡田克也議員である。
加計学園理事長と安倍首相は友人関係にある。

安倍晋三(自民党)衆議院議員
 |
加計孝太郎
 |
学園理事・事務局長(本宮県議の同級生)
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本宮勇(自民党)愛媛県議会議員
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村上誠一郎(自民党)衆議院議員 愛媛県今治市出身
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岡田克也(民主党)衆議院議員 三重県四日市市出身

この繋がりは無視できない。


加計学園誘致関係人物を見ると、加戸を除いて同世代である。
もうひとつ東京大学法学部という共通点もみられる。
村上・岡田・前川に関しては卒業年もあまり変わらないため大学在籍期間が重なっているということになる。

安倍晋三 1954年9月生まれ 東京都(選挙区は山口県) 成蹊大学法学部卒
加計孝太郎 1951年7月生まれ 広島県 立教大学文学部卒
本宮勇  1954年3月生まれ 愛媛県 愛媛大学中退
村上誠一郎 1952年5月生まれ 愛媛県 1977年東京大学法学部卒 
岡田克也 1953年7月生まれ 三重県 1976年東京大学法学部卒 通産省(経済産業省)入省
前川喜平 1955年1月生まれ 奈良県(東京都)1979年東京大学法学部卒業 文部省(文部科学省)入省
加戸守行 1934年9月生まれ 関東州(愛媛県)1957年東京大学法学部卒業 文部省(文部科学省)入省

※村上誠一郎は東大在学中、亡父・信二郎が所属していた三木派を引き継いだ河本敏夫の知己を得て、東大卒業後は河本の秘書を務める[要出典]。
村上は村上水軍の子孫であるそうだ。

※岡田克也
ジャスコ創業者の岡田卓也は父。イオン取締役兼代表執行役社長の岡田元也は実兄。2010年より東京新聞政治部部長を務めている高田昌也は実弟。
桑名市と四日市市を地盤としていた竹下派所属の山本幸雄の後継者として出馬をした。竹下登と財界との関係で繋がりが深かった父の岡田卓也を通じて打診、克也が「やってもいい」と意欲を見せたことで自由民主党竹下派の新人候補として出馬に至った
今でこそ野党の顔というイメージが強いが、彼はもともと自民党に所属していた。大企業創業家という地位を持ち大物政治家との繋がりもあった。
ちなみに妻(村上誠一郎の妹)は医師であるらしい。


村上水軍のことは、中曽根弘文―前川真理子<前川喜平の妹>の話の流れでこちらに書いた

(呉市は)地形的に天然の良港と言われ、古くは村上水軍の一派が根城にしており、明治時代以降は、帝国海軍・海上自衛隊の拠点となっている。第二次世界大戦中は、帝国海軍の拠点でもあり、当時は全国10大都市に数えられるほどの実に40万人を越える人口を抱えていた。

呉市山手の通称「山手の谷」はもともと被差別部落ではなかったが、1889年の軍港開設と共に海軍に納める牛豚肉のための屠場が設けられ、続いて火葬場や海軍の監獄、野犬処理場等が作られ、この付近に住む人々が賤視されて被差別部落になったとされる。山手の入口にある上山手橋には地獄橋の異名があった。

瀬戸内海沿岸に散在する部落について、「瀬戸内海ですと、村上水軍ですとか、塩飽水軍などの名前を聞くはずですが、村上水軍の一番の支配者の人は部落ではないのですが、水軍のかなりの部分は、現在でも被差別部落民です」(『江戸の非人 部落史研究の課題』本田豊、三一書房、1992)、「海岸や沖合警備の名目で瀬戸内の島々に政策的に配備された部落は、豊臣秀吉によって壊滅させられた村上水軍の系統を引くものではないか―そのように私は考えるのだ」(『日本民衆文化の原郷』沖浦和光、解放出版社、1984)との考察がある。


そしてまたメビウスの輪のように(?)ここに戻ってしまう。

森興業(日本沃度→日本電気工業)、昭和肥料、東信電気、これらは漁師一家出身の森&安西コンビが関わった会社である。
スポンサーは、ヨード事業を手掛けていた鈴木商店で成功を収め、味の素を創業した鈴木三郎助。
電力事業を行っていた東信電気は国家統制に組み込まれることになった。後に東京電力の一部となる。
日本電気工業と昭和肥料は合併して昭和電工となった。

安西八郎兵衛(勝浦の貧しい漁師)
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安西直一
(森矗昶より12歳年上で豪農の娘と結婚した森矗昶の仲人となる、後に千葉県議会議長)
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安西浩(東京瓦斯会長)・・・帝国コークス社長の娘と結婚
安西正夫(昭和電工会長)・・・森矗昶の長女と結婚

安西浩の長男・一朗(昭和アルミニウム社長)
 東京大学名誉教授で癌研究会癌研究所所長でもあった吉田富三の娘と結婚
安西浩の長女・和子 ・・・佐藤栄作首相の次男と結婚
安西浩の次男・邦夫(東京ガス相談役)・・・日本交通社長であった川鍋秋蔵の娘と結婚

安西正夫の長男・孝之・・・日清製粉会長の正田英三郎の娘(皇后美智子の妹)と結婚
安西正夫の次男・直之・・・住友財閥の創業家住友家16代当主吉左衛門の娘と結婚
安西正夫の長女・千世・・・政治家大橋武夫の長男である大橋宗夫と結婚
安西正夫の次女・八千代・・・現在も武蔵野音楽大学の学長である福井直敬と結婚
安西正夫の三女・公子・・・住友銀行会長堀田庄三の長男でモルガン・スタンレー証券会長堀田健介と結婚

中曽根弘文・真理子(旧姓:前川)夫妻の娘の結婚相手である川鍋一朗の父は川鍋秋蔵の息子である。

森為吉(勝浦の貧しい漁師)
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森矗昶(豪農の娘と結婚隣家の安西直一に仲人を依頼し、以後ビジネスパートナーとなる。森コンツェルン創始者)
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森暁(昭和電工社長、衆議院議員)・・・外務官僚で貴族院議員であった室田義文の孫と結婚
森清(昭和火薬社長、衆議院議員)・・・1965年河野一郎亡き後、中曽根康弘らと対立し森派を形成
森美秀(昭和火薬社長、衆議院議員)森満江・・・父森矗昶のビジネスパートナー安西直一の息子の安西正夫と結婚
森睦子・・・三木武夫首相と結婚
森三重子・・・三重県知事や衆議院議員であった田中覚と結婚(田中は再婚)

※田中覚
三重県四日市市出身の官僚。1955年に辞職して三重県知事選に出馬当選。5期務めた。四日市ぜんそく発生時の知事。
1972年、知事5期目の途中で、田中角栄・三木武夫の説得に応じて自民党三木派から衆議院選挙に立候補して当選した。
森三重子と結婚したのは1975年。









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by yumimi61 | 2017-09-21 23:45