2007年 06月 04日
変換
e0126350_1911053.jpg


浮遊する記号が群れる 文字を言葉に変換する術を知らずに

誰かの立派な論文より 君の走り書きが愛おしいのは

替えがきかないからなんだ

[PR]

# by yumimi61 | 2007-06-04 12:48
2007年 06月 01日
胸騒ぎ
e0126350_1473640.jpg


確固たるものは何もなかった

何もなかったけれど

確かな予感が私を包んでいた



何ヶ月かカメラから離れていた私に、再びカメラを持たせたのは胸騒ぎ。
カメラをどうしても持っていかなくちゃいけないという胸騒ぎ。
その日見たのが、この光。


そして。
[PR]

# by yumimi61 | 2007-06-01 14:00
2007年 05月 07日
目次(2012年8月~ )
*ご案内*
ブログの記事を検索する場合には、検索サイトにて yumimi61 という言葉とともに、検索したい用語を入れるとヒットしやすくなります。



【2012年】

10月

10月14日 故郷  牛の思い出、猫の思い出
10月13日 尽力  258円のミニトマトとアスパラのベーコン巻
10月12日 ケルト 人種・国籍・移民の問題をビートルズとギャラガー兄弟と大統領たちのアイルランドから
10月11日 プロファイリング  一青窈さんの財布盗難事件(2009)を考える
10月10日 区切り  100年も一緒にいられない、桜とハナミズキとハナカイドウ 
10月10日   ビートルズを敬愛したバンドオアシス、ギャラガー兄弟の父親非難
10月9日 欺瞞  ビートルズは労働者階級出身ではない
10月9日 知らせ  父のこと
10月8日 Flare  シングルマザー、日本とアメリカの雇用、ゆらゆらと
10月7日 absolute  Nike- Nike+
10月7日 通念  父親不在はそんなに不幸か?
10月6日 カーブ  『ストレイト・ストーリー』に見る人生
10月6日 不幸  人の不幸は復興ビジネス、狙われる日本の若者達
10月5日 アンテナ  忽然と姿を消したウルトラマンとウサギ
10月5日 MAY  いちばん美味しかったのはジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ委員長(かもしれない)
10月4日 沈没  問題はどこにあったか?1980年代以降のアメリカ大統領と日本の首相、主な出来事
10月4日 Overlap  クリントン大統領と三洋電機元会長の関係
10月3日 テレビ  三洋電機と半導体、ソニーとテレビ、陥れられたグローバル企業
10月2日 Board  サムスンの生みの親は三洋電機で、サムスンはかつて三星電子と呼ばれていた
10月2日 時間軸  「子供達の未来」は「大人達の今」
10月1日 Rain lily  雨に咲く花、始まりのための終わり



<font size="1">9月

9月30日 The Notebook Extra  実はこんな絵が・・・ 実は日本のダイナマイト発祥地
9月30日 ノーベル  ノーベル賞はそんなに有り難いものだろうか
9月30日 The Notebook 8  そして未完、pullとプール、終末と終末、少年は納得したのか? 
9月30日 The Notebook 7  「引くぞ」 
9月29日 The Notebook 6  フードを被る謎の人物登場 
9月29日 The Notebook 5  少年の前に現れたハイネック(もしくはマスク、マント)の男 
9月29日 The Notebook 4  少年が見た「出口」という文字 
9月28日 The Notebook 3  「た・・すけ・・て」 いっ!?
9月28日 The Notebook 2  首都ユートピアのアンフィテアトルムで行われている剣闘士の闘い
9月28日 The Notebook  マンドリンという国に住む少年
9月27日 裏腹  あれは安全でこれは危険、行動の不一致
9月27日 Only  宿題と歯科医師会ノートとアイテム
9月26日 懸念  日本が保持している核抑止力とと核攻撃力
9月26日 氾濫  オバマ大統領チェコでの演説から核をめぐる世界の動き
9月26日 Game  「アドベンチャ」から「アドベンチャー」になる
9月26日 でんき  とりりの冒険(ゆみみからとりりへ)
9月25日 視点  謙虚な天才の友情
9月25日   アルファとオメガー始まりと終わりー最初と最後
9月24日 変異  Xとは、男女を決めるXY染色体、男性滅亡の危機
9月24日 ブラインド  ヒロの『燃えてヒーロー』を歌う安藤監督、藤井兄弟と藤井先生、ダブル岡田監督
9月22日   High Flying Birdsとナイチンゲール、理念とリネン
9月21日 921(2)  おくれてごめんね
9月21日 断面  舌癌の受け持ち患者
9月20日 LOVE  遠い世界へ旅立った君へ ~ティーンネイジドリーマー~  
9月20日 場所  オバマ大統領の鎌倉大仏訪問は酷すぎた 
9月19日 semi  原発の大きさと構造
9月18日 ゾウさん  ドイツ製圧送機をめぐる攻防で見えた大人の事情
9月18日 爆破  806広島、809長崎、911アメリカ、311日本
9月17日 RM  日本の使用済み核燃料貯蔵プールの混み具合
9月17日 水槽  福島第一原発事故の爪痕
9月16日 汚染  日本が再処理を依頼していたイギリスのセラフィールドの汚染問題
9月16日 役割  知っている人と知らない人の逆転現象、文部科学省原子力安全課はα線の危険を知っていた
9月15日 免疫  検査はあらゆるものを網羅せず、アレルギー・癌・感染症は自然界のSOS
9月15日 検出  その測定は万能か?(γ線測定器ではα線放出核種は測定できない!)
9月14日 アセスメント  放射線と癌
9月14日 RBE  放射線が人体に与える影響(線種を考慮する必要がある)
9月13日 循環 核燃料サイクル、霧が関埋蔵金はプルトニウムだった?
9月12日 渦中  火中の栗、福島第一原発での爆発
9月12日 Help  0時15分の目覚め
9月11日   創作話「ありが島」、発展途上国の衛生
9月11日 manpower  乳幼児死亡率が世界一低い日本、保健師の仕事
9月10日   放射性物質と水の関係、水道水以外は法的規制は無し
9月10日 弱者  食品の偽装と管理、給食の牛乳
9月9日 JA  農協の問題点と日本の農業
9月9日 ブレンド  米との暮らし、米選び、米の偽装
9月8日 習性  都合の悪いことは隠したい・見たくないという人間の習性
9月8日   内部被曝を低温火傷からイメージしてみよう
9月7日   日本の米どころ(米の収穫の多い県少ない県、人口の多い県)
9月6日 日照  道の上は秋田!?
9月6日 告白  School Bicycle (pleasant to the eye and pleasant to the ear )
9月5日 因縁  サッカー天皇杯一回戦@正田醤油スタジアム(過去の栄光と歴史的敗北から再び)
9月4日 一筋  公立の学校とは何か、トド先生が教えてくれたこと
9月4日   陸上には奇跡が起きない、個人競技の部活に潜在する問題
9月3日   サッカーには奇跡が起きる、そのことを知っている人達
9月2日 奇跡  少年サッカー事情と中学校の部活が抱える問題
9月1日 多数決  家族の幸福度で判断すればロムニー大統領候補の勝利
9月1日 条件  「良き父」作戦で煙に巻くオバマ大統領一家、美男美女のロムニー夫妻




8月

8月31日 類似  天才たちの夏の話
8月29日 Monster  天才の転機の話  
8月29日 伝説  理科の天才(小学生編・中学生編)
8月28日 Modesty  謙虚な天才の話
8月28日 可逆  スポーツと年齢、加齢とともにプラスしていけるもの(思案中)
8月27日 Frog  おにいちゃんかみなりのときはそばにいて
8月27日 Step  アームストロング船長と空飛ぶモンティ・パイソンの関係とは?
8月25日 Type  アメリカNIH界隈のいじめ、アメリカの良い所悪い所
8月24日 記念  ディズニーランドと愛しのハリー
8月23日 風花  舞う雪を掌でキャッチしたことがありますか?
8月22日 一面  アンバランスな心
8月21日 Haver  マリーナ・デル・レイー水辺の想い出
8月19日 三面  芸能界とインタ―ネット界のいじめ
8月18日 いじめ  人気子役の春名風花をいじめるの巻
8月18日 YES  ある愛の詩
8月17日 パス  海の家の仲間たち(トーマス、電車、車)
8月17日 古墳  盆、あれはペットのお墓
8月16日 ポッシュ  007→栗原類(2枚ある)→PrettyGreen→ノエル(2枚ある?)→POSHBOY
8月15日 Entry  リオで会いましょう
8月14日 オリンピック  歴代オリンピック開催地と公式ポスター、オリンピックの中止・返上・ボイコット
8月13日 閉会式  誰のための開会式であり閉会式か
8月13日 無気力  スポーツの中の日の丸と日章旗、バトミントン4ペアとサッカー日本女子チームの無気力試合 
8月12日 政治的  オリンピックと政治をサッカー韓国男子チームとアメリカバスケチームから語る
8月11日 Sister  閉所恐怖症
8月10日 未開  「未開の地」は問題か?   
8月9日 Mental  「ダッコちゃん」「ちびくろサンボ」を追い込んだ「黒人差別をなくす会」
8月8日 せめぎあい オバマ家とバスケットボール、恐るべきアメリカチーム
8月7日 剛柔一体  オバマ大統領夫人のオリンピックファッションから見える戦略
8月6日   銀銀銀でさりげなく(サイチャンとの出会い)
8月5日 ぐるぐる  Google音声検索の陰謀(Noと言いまくるグーグル)
8月5日 Bow  おめでとう銀メダル、夢を諦めないということ、上腕二頭筋の歴史
8月4日 Display 祝銀メダル、iPodとiPhoneと私、携帯電話に喋る人 
8月3日 Craft  アメリカ製のラグとタグ 
8月2日 予約  女子中学生と高橋盾とトム・ヨーク
8月1日 Wall  ゆだ。ユーだ。「hot water bottle」と「湯たんぽ」
[PR]

# by yumimi61 | 2007-05-07 22:18
2007年 05月 06日
目次(2012年2月~7月)
*ご案内*
ブログの記事を検索する場合には、検索サイトにて yumimi61 という言葉とともに、検索したい用語を入れるとヒットしやすくなります。



【2012年】




7月

7月31日 Study  中体連県大会と次男のTシャツ、快適とは何か
7月29日 開会式  中体連県大会と若者たち  
7月28日 1991 6月が暑かった年、『FALLING DOWN/フォーリング・ダウン』  
7月28日 Never  世界名前事情、チャーチル首相の有名な演説と野田首相、父の夢は私の夢  
7月27日 矯正  いろいろと矯正しているオバマ大統領夫人  
7月26日 偽装  技術の進歩とイラク戦争の怪
7月26日 PET  行田で誓った愛!?
7月25日 Dome-like  熊谷ドーム
7月24日   犬の名前と大統領、ソフトバンクCMの裏の顔、TOMODACHIって何だろう
7月23日 French  ミシェルとマイケルの元はとミカエル、ビートルズのフランス語
7月23日   『Å Collection of Beatles Oldies/オールディーズ』、ラリー・ウィリアムズとジョン・レノン 
7月22日 Fertile  Hey Jude(リアム君喜んでくれるかなぁ)  
7月21日 継承  オバマ大統領夫人の名前と大財閥疑惑
7月21日 Rail  ケニアの名前の付け方
7月20日 アフリカ  アフリカ人と視力と眼鏡(桜井君喜んでくれるかなぁ)
7月19日 スーパー  熊谷を盛り上げろ!(卵といえば?)
7月18日 Exit  サウンド・オブ・サイレンスのExit、ジョン・レノンの主夫育児生活と後年の誤解
7月17日 空白  洞爺湖サミット→福田首相の辞任、ブッシュ大統領とオバマ大統領の空白
7月16日 湖畔  バリー少年の行った湖、怪しかった洞爺湖サミット
7月16日 Foe  『Itsy Bitsy Spider』と『静かな湖畔の森の陰から』
7月14日 Pouring  妹と雪の思い出
7月13日 由緒  オバマ大統領母の再婚とインドネシア生活の謎
7月13日 雑踏  オバマ大統領のルーツ
7月12日 費用  オバマ夫人のバレエレッスン疑惑写真から見る大学進学と奨学金
7月11日 リップ  RIPへの苦言、ときどき、シューベルトの子守歌
7月10日 グレー  オバマ大統領夫妻のハイソサエティアジアンテイストな過去
7月9日 ショップ  「野田外相」とヒラリー、ハイチアンとエスペランサ、アンパンマンとチャリダーマンのイラン交遊
7月8日 GOOD NIGHT  巨乳、火花、縮毛矯正
7月7日 染み  彼女を変えたもの、刺青騒動
7月6日 流浪の民  過去・現在・未来の区別、存在と意識
7月4日   アメリカ独立記念日に纏わる出来事
7月4日   盛り上がらない理由、それでも出せる日本
7月3日 ピンポイント  あなたの知らない地震、神風か竜巻か一緒に帰るか
7月1日 三国  世界で最も影響力のある女性メルケル首相、世界で最も称賛されない男性ヒトラー

6月

6月30日 TITLE  スリット対決、44&水色対決
6月29日 るるる  マイケル・ジャクソン『THIS IS IT』に登場したショートフィルムの舞台はシカゴ
6月28日 ゴールデンライン  オバマ大統領夫妻と長崎原爆の関係
6月27日 偶像  アイコンと宗教
6月26日 交響詩  マイケル・ジャクソンとスティーブ・ジョブズ逝去時の大統領声明の違い
6月25日   アファーマティブ・アクション、黒人優遇とアジア人不遇について
6月25日 ホワイトハウス  指輪の謎、プロム写真のお相手
6月23日 Knit  若かりし頃のツーショット写真(オバマ大統領夫妻・ギャラガー兄弟)
6月23日 夜会  オバマ大統領夫人のプロム写真とフェイス変遷
6月22日 ワーク  エディバラ公とマクドナルド、オバマ大統領夫人とディズニー
6月21日 Bed ベネトン広告の合成キス写真の元写真を発見
6月20日 Item アメリカ大統領夫人の先物買いファッション、英国製のブルックス・ブラザーズのコート
6月18日 Cabbage 天皇皇后両陛下の訪英、失言王と言われるエディンバラ公爵、ローマ法王の訪英と赤い靴  
6月18日 ばら  エリザベス女王との特別な関係、王室や皇室としきたり、
6月17日 宣誓  大統領夫人対決アメリカvsフランス、防寒手袋と曰くつき聖書
6月16日 簡単  大統領就任式とノーベル賞授賞式に夫人が着た日本製の糸のカーディガン
6月16日 ファッション  オバマ大統領夫人とファッション・アイコン
6月15日 Blessing 松田聖子さんの再再婚
6月13日 ロード ブログを更新できなかった理由!? カメラの故障、自転車の盗難、消えた写真
6月6日 CHICAGO  シカゴ美術館のポスター、モネの絵
6月4日 決別  政府紙幣を発行し暗殺された大統領、ベネトン広告と同性婚支持表明、世界の一神教化
6月3日 弓張岳  原爆で止まった時計の整合性、広島と長崎の意味、原爆とユダヤの関係
6月2日 WW2  第二次世界大戦期間と終戦記念日、ジョージ・ハリスンのアルバム、フランク・シナトラとモー・オースティン
6月1日 岐路  卒業写真に写る国会議事堂と黄色い服 

5月

5月31日 TOMODACHI  AKBネタ、原爆「LITTLE BOY」、ビートルズ「FOOL ON THE HILL」
5月30日 臨江閣  「NOと言える日本」「それでもNOと言える日本」及び当時のベストセラー
5月29日 揺り  記録のなかった地震と気付かなかった地震、奇妙な一致
5月28日 時事  とある芸人の生活保護問題について
5月27日 迷宮  息子の迷宮入りな(?)絵、オノ・ヨーコのカオスな作品
5月26日 薄明  「No cross, No crown」、ジョン・レノンのYESとNO 
5月25日 有明  有明いろいろ、尾崎豊有明コロシアムライブの恐竜
5月23日 ごほう  火事誤報、盗難車炎上、目立つ不審車両、焼身自殺
5月22日 天空  スカイツリー探索
5月21日   金環日食とマヤ暦
5月20日 Match  マッチのお父さんの死、フェイスブックCEOの結婚
5月19日 水系  ホルムアルデヒド混入事件
5月18日 MINI  こっれきりボタンi60
5月15日 5月14日  夢で見た日にちと義父の死
5月14日 月光   『Strawberry Fields Forever』の中のYes,No  
5月12日 Shadow ジョニー・デップ来日と小さなファン、耳に残るは君の歌声
5月12日 アイリス  虹と2本の木、アイリス・チャン、村上春樹が世界に紹介したこと
5月9日 都市  ヨーコの帰国とキョーコの存在及びジョン・ケージとペギー・グッゲンハイム
5月8日 辻褄  ジョン・レノンのプライベートビデオ、不穏な時代、キョーコの誕生  
5月7日 明確  コペンハーゲンとCOP15、鳩山イニシアチブと革命、ラグビー、源義家  
5月6日 スーパー  オノ・ヨーコQ&A便乗セカンドオピニオン②   
5月6日 除幕  オノ・ヨーコQ&A便乗セカンドオピニオン①  
5月5日 チャイルド  オノ・ヨーコQ&A便乗セカンドオピニオン①
5月4日 みどり  
5月3日 アリス  時代は変わる、三洋電機とゴールドマン・サックス
5月1日 Space  ヒヤシンスと貯金箱と外貨


4月

4月30日 タッチ  メーデーと君と
4月29日 GW  誕生日と没日、アップルと三洋電機
4月27日 抗議*51  年金施設の投げ売りと想像力
4月26日 抗議*50  年金保険料・雇用保険料を財源にした施設、国民休暇村、地方自治体との関係
4月25日 抗議*49  ビッグバン、グリーンピア、ソニーとアップル
4月24日 抗議*48  宝くじと銀行、金融持株会社解禁、純粋持株会社
4月23日 抗議*47  宝くじとギャンブルとテラ銭、群馬県とギャンブル
4月22日 Bunny  生きるということ 
4月21日 Queen  女王様の誕生日、ハンプトンコート  
4月20日 抗議*46  不思議なことに同じ記事が2つ投稿されている(1分違いで)。記念に(?)残しておくことにする。
4月20日 抗議*46  アップしたのが消えて落ち込んだところに自転車のパンクに見舞われる。 
4月19日 抗議*45  日本の個人金融資産(後半部分、一度アップしたにもかかわらず消え、23日に再アップ)
4月18日 抗議*44  日本の資産
4月17日 梅返し  米問題やらTOBLERONE問題など
4月16日 R17  日本橋から123㎞はあの場所だった  
4月15日 らんらん  ロン(犬)の誕生日
4月14日 桜皮
4月13日 抗議*43  埋蔵金代案の税金券について
4月13日 抗議*42 埋蔵金に代わる案
4月11日 抗議*41  政府貨幣(硬貨)と埋蔵金
4月11日 抗議*40  日本国債の買い手、紙幣を刷ること、インフレ、お金で失う価値
4月9日 抗議*39  サラ金地獄、それでも日本は破綻しない論について、先物取引
4月8日 抗議*38  国家予算と消費税増税  
4月7日 抗議*37
4月6日 抗議*36  赤字の謎、年金及び厚生労働省の収支決算とその比較
4月4日 抗議*35  国家予算、埋蔵金と年金積立金、国庫負担金の謎
4月3日 抗議*34  衝撃の告白、国家が揺らぐ
4月1日 抗議*33  年金制度の実態

3月

3月31日 抗議*32  国民年金廃止論、データから見る公的年金、驚くべき実態
3月30日 抗議*31  国民年金について(国庫負担金、納付額と受給額)  
3月28日 抗議*30  国民年金について
3月26日 抗議*29  社会保障費とリターン
3月25日 抗議*28  社会保険料負担割合、国保&国民年保険料負担割合
3月24日 抗議*27  社会保険について、健康保険と医療費
3月23日 抗議*26  知らないと損をする税金の話(給与所得控除、各種控除)
3月22日 波及     村井秀夫刺殺事件と都立広尾病院、尾崎豊と白髭橋病院、隠蔽された真実  
3月21日 スクープ   オウム真理教幹部-村井秀夫刺殺事件の真実(映像の検証など)
3月20日 境界線    春分の日、お彼岸、3月20日は地下鉄サリン事件のあった日
3月19日 抗議*24  法人企業の寄附金の扱い、寄付金は節税対策?
3月18日 抗議*23  コカ・コーラ、法人税と所得税率
3月17日 抗議*22  東日本大震災義援金の検証(海外編) Part2
3月16日 ヘリテージ  Heritageとヘリテージで薔薇、千葉県佐倉市
3月16日 Weakness  ある英文、編集画面に打ち込んだ文字が消えた(涙)   
3月15日 抗議*21  東日本大震災義援金の検証(海外編)
3月15日 抗議*20  義援金・募金の不透明さ、日本赤十字社の監査とオリンパス事件
3月14日 抗議*19  青色発光ダイオードの発明、技術者と芸能人の格差、ロビンフッド財団
3月13日 抗議*18  元凶はビートルズ?、音楽出版社・著作権・著作隣接権などについて
3月12日 抗議*17  尾崎豊と須藤晃、ソニー人事、音楽業界再編
3月11日 合いの手  15の君へ、妊娠中の食べ物、買い物
3月10日 抗議*16  尾崎豊の創作ノートや遺書について
3月9日  抗議*15  3月8日について、スティーブ・ジョブズのラブレター
3月8日  抗議*14
3月8日  抗議*13  何もたさない、何もひかない
3月8日  抗議*12  ノースキャロライナ、キャロライン洋子 
3月8日  抗議*11  アンディ・ウォーホルの日記、アップル&アップル
3月7日  抗議*10  目玉おやじ、メディアとインターネットと規制
3月6日  抗議*9   "Love&Peace" "War Is Over" "No War"
3月5日  抗議*8  尾崎歌詞、スキマスイッチの歌詞、尾崎やジョンレノンが題材の歌詞、マイケル・村井遺体写真
3月4日  抗議*7  ソフトバンクの緑色の広告、レディー・ガガ来日テレビ出演時の画像
3月3日  抗議*6  『ジョン・レノン 最後の日々』、ダコタハウスでのガガ事件、マイケル・ジャクソンの肌の色、「白」
3月2日  抗議*5  レディー・ガガ(写真あり)、おっぱいについて
3月1日  抗議*4  テレフォンカード&ふみカード、溝畑宏観光庁長官、レディー・ガガの怪しさ
2月29日 抗議*3  ベネトン、レディー・ガガ、スピリチュアルと代替医療
2月28日 抗議*2  渡辺謙&杏、使用人を訴えたオノヨーコ、ジョンの日記
2月27日 抗議*1  営団地下鉄とSwatchを訴えたオノヨーコ、ジョンの消えたライター








[PR]

# by yumimi61 | 2007-05-06 22:17
2007年 05月 05日
資料
資料1)オウム真理教 村井秀夫氏(と思われる)遺体写真

   ・More内に掲載しています。
   ・写真はインターネット内で掲示されていたもの。遺体及び写真が本物かどうかは不明。
   ・閲覧は自己責任で。


More
[PR]

# by yumimi61 | 2007-05-05 00:20
2007年 05月 04日
資料(税金関係)
 
(図1)賃金推移の国際比較

More
[PR]

# by yumimi61 | 2007-05-04 20:41
2007年 05月 03日
資料(年金)
・21年度年金給付金の負担額の計算

More
[PR]

# by yumimi61 | 2007-05-03 15:41
2007年 05月 02日
資料(パナソニックと仏教とオリンピック)


5月2日「アリス」の記事にリンク

下記はインターネット内にあった記事ですが、すでにブログごと削除されています。

More
[PR]

# by yumimi61 | 2007-05-02 13:25
2007年 05月 01日
資料(写真)
この記事からのリンク。

More
[PR]

# by yumimi61 | 2007-05-01 01:09
2007年 04月 30日
皇居に消火器爆弾事件
【元“傭兵”が皇居に消火器爆弾 製造した爆発物600キロ】
2008年10月19日配信 産経新聞

e0126350_15571414.jpg


事件の概要と判決
[PR]

# by yumimi61 | 2007-04-30 00:00
2007年 04月 29日
武士道とは死ぬ事と見つけたり
fujix Home Page の「悪魔のことわざ」よりの転載です。
年賀状も面白いです。


(転載はじめ)
-----------------------------------------------------------------------------------------------

◇ 武士道とは死ぬ事と見つけたり

佐賀・鍋島藩士、山本常朝「葉隠」のなかの有名な言葉である。
が、この言葉はかなり間違った理解をされている。
「武士道といふは死ぬ事と見付けたり。
二つ二つの場にて早く死ぬほうに片付くばかりなり」

・武士道の本質は死ぬことだ。つまり生きるか、死ぬかという二つを選択するかといえば、早く死ぬ方を選ぶと言うことにすぎない。
と言うような意味である。

この「葉隠れ」に魅了された三島由紀夫が「葉隠入門」を書いたのは昭和42年のことである。
そして、この本を読むと「葉隠」が三島の精神の中で大きな地位を占めていたかが分かる。

先ほどの言葉の続きを書けば、
・二者択一を迫られたときに絶対に正しい方を選ぶことは難しい。人は誰でも、死ぬよりは生きる方がよいと言うに決まっている。
となれば、多かれ少なかれ生きる方に理屈が多くつくことになる。
死を選んでさえいれば、事を仕損じて死んでも犬死、気ちがいだとそしられようと、恥にはならない。
これが武士道の精神である。
   ー三島由紀夫 「葉隠入門」

三島由紀夫は昭和45年11月25日、市ヶ谷陸上自衛隊で激文をまき、その後割腹自殺をとげた。
その後、色々な識者がの行動、精神面について分析を試みているが、悪魔に言わせれば、本当の答えは上の文章にあるのである。

事件当日の夕刊で語られた著名人の三島事件に関する第一声は次のようなものであった。

「常軌逸した行動」
    ー中曽根防衛庁長官 『朝日新聞』

「三島さんは本気だったんだなあということだ」
    ー開高健 『朝日新聞』

「こういうことは単なる事件と簡単に考えてはいけない」
    ー松本清張 『朝日新聞』

「彼は結局内面の緊張に耐えられなくなって死んだのではないか」
    ー井上光晴 『朝日新聞』

「全く不思議なことを起したものです(絶句)」
    ー有馬頼義 『毎日新聞』

「彼はこれからの七〇年代の日本の運命の予言者になるかも知れぬ予感がする」
    ー村上兵衛 『毎日新聞』

「文学とは全く関係のないナンセンスなことだ」
    ー山崎正和 『毎日新聞」

「天才と狂気は紙一重」
    ー佐藤総理大臣 『毎日新聞』

「精神日本生かすため自決予期していた」
    ー伊沢甲子麿 『読売新聞』

「今回とった行動はもとよりかれの思想にたいしても批判はあるがいまは何もいいたくない」
    ー石原慎太郎 『読売新聞』

「直情しすぎた行動の美学」
    ー竹山道雄 『読売新聞』

*掲載紙はいずれも東京本社最終版による。
    福島鑄郎「三島由紀夫」より。
 

その後、続々と批判やら賛美の声が交錯していく。

「軽薄すぎる現代に対して、いつも怒っているところが特に好きだった。
 −しかし好意的にそう思ってもなお、私はこの事件に失望している。
それは本質的にすぐれた文学者であった三島なら後世に残る「愛国者のためのバイブル」が書けたはずだし、
書くべきだったと思うからである」
    ー月刊ペン 編集長

「・・・三島由紀夫の死は、その唐突な喜劇的ショックから、次第に神話に昇華していくに違いない」
   ー竹中労

「三島氏ははじめから終りまで演技に徹した生涯。
 鶴田浩二のチャンバラ、村田英雄の流行歌と次元を一にしていた」
    ー立原正秋

「現代の狂気としかいいようがない。実りがないことだった」
    ー石原慎太郎

「理解できない。永遠にわからないだろう」
    ー 福田恒存

「一流の仕事をする文士で情事が道楽であるのが媚薬の量を間違えることがあっても別に驚くことではない」
    ー吉田健一

「なぜこんなにうろたえるのか。三島由紀夫に恩をうけっぱなしで、恩がえしをしないうちに突然の死を知った」
    ー野坂昭如

「日本の地すべりをくいとめる人柱」
    ー林房雄

「インチキな平和的・民主的秩序なるものの面皮をひっぱがそうとしたのではないか。
ムダ死にであることにより逆に象徴的行為としては完全に成功した」
    ーいいだもも

「可哀そうな、可哀そうな三島由紀夫」
    ー森茉莉

「彼とは文体もちがい政治思想も逆でしたが、わたしは彼の動機の純粋性を一回も疑ったことはなかった」 
     ー武田泰淳

「三島にさきをこされたとあわてふためく左翼ラジカリズム馬鹿と、
三島につづけとトチ狂う右翼学生馬鹿と、
生命を大切にと教訓をたれる市民主義馬鹿」
     ー吉本隆明

「まったく伜は天才的な詐欺師だと思いましたよ。私もだまされたし、家族の者もだまされた。みんな、こんなことになるなんて、夢にも思わなかった……」
     ー父平岡梓

「三島が言う「放将な美徳」や「純潔な頽廃」といった相反する両極の概念の結合は、精巧ではあるがニセモノになる」
        ー開高健(「一個の完壁な無駄」)

  *以上 嵐山光三郎「追悼の名人」より


後は、悪魔がどこかで拾い集めておいたノートから。

「数年前三島さんにロールシャッハ法による心理診断をした結果、わかったことは、三島さんの精神構造が、非現実化、非人間化への著しい傾向でした。
これらの反応は、美しく、華麗であり、宗教的、魔術的で怪奇でもありました」
     ー片口安史中京大教授 

「三島の行動と実践は ある種の反面教師だった.,左翼の側にも三島のいうように口舌の徒が多すぎる。
革命という言葉が乱用され、実践が少なすぎる。三島には、目分を賭けきってしまう立派さがあった。
こうなったら、われわれも死に方と死ぬ決意を固めなくてはいけない。
ただ毛沢東語録の中にこういうのがありますー『人はいずれ死ぬものだが、ファシストに奉仕した死は鴻毛より軽く、人民のために死ぬのは泰山より重い』と。三島の死は前者で、われわれの死は後者になるでしょうがね」
     ーML派学生解放戦線、香月徴

自決の翌々日に執り行われた葬儀に白薔薇を持って訪れた弔問客に向かって、(三島の)母の倭文重が次のように言い放った。
「お祝いには赤い薔薇を持ってきてくださればようございましたのに。公威(三島由紀夫)がいつもしたかったことをしましたのは、これが初めてなんでございます。喜んであげてくださいませな」
  - ジョン・ネイスン

「文体の隅々まで刻苦して西洋を溶け込ませた作家が声高に攘夷を言った。
その心の闇はこれ以上覗かないほうがよさそうだ。覗いても闇なのだから何も見えはしない。
死者にはむしろ死者の平和を。それが、生き残った者の礼節ということになろうか」
     ー出口裕弘「三島由紀夫・昭和の迷宮」

最後に三島由紀夫ご本人のお言葉を。

「たいてい勇気ある行動というものは、別の在るものへの怖れから来ているもので、 全然恐怖心のない人には、勇気の生まれる余地がなくて、そういう人はただ無茶をやってのけるだけの話です」
     (「葉隠入門」 光文社) 

「すべてのものに始めと終りがあるように、行動も一度幕を開けたらば幕を閉じなければならない。
行動は、たびたび繰り返したように、瞬時に始まり、瞬時に終るものであるから、その正否の判断はなかなかつかない。歴史の中に埋もれたまま、長い年月がたっても正当化されない行為はたくさんある」
     (行動の終結)

「『葉隠』の死は、何か雲間の青空のようたふしぎな、すみやかな明るさを持っている。それは現代化された形では、戦争中のもっとも悲惨な攻撃方法と呼ばれた、あの神風特攻隊のイメージと、ふしぎにも結合するものである。神風特攻隊は、もっとも非人間的な攻撃方法といわれ、戦後、それによって死んだ青年たちは、長らく犬死の汚名をこうむっていた。しかし、国のために確実な死へ向かって身を投げかけたその青年たちの精神は、それぞれの心の中に分け入れば、いろいろた悩みや苦しみがあったに相違ないが、日本の一つながりの伝統の中に置くときに、『葉隠』の明快な行動と死の理想に、もっとも完全に近づいている。人はあえて言うであろう。特攻隊は、いかなる美名におおわれているとはいえ、強いられた死であった。そして学業半ばに青年たちが、国家権力に強いられて無理やりに死へ追いたてられ、志願とはいいながら、ほとんど強制と同様な方法で、確実な死のきまっている攻撃へかりたてられて行ったのだと……。それはたしかにそうである。「死」には、「選んだ死」とか「強いられた死」とかの区別はない」
      (「葉隠入門」 光文社)
 

最後の最後に岡本太郎氏のお言葉。

「あれかこれかとなったらマイナスを選ぶんだ。これをやったら死ぬ、という方に進むんだよ」
「どうなるかはわからない。たとえどうなろうと、賭けるんだ。
 瞬間瞬間が一回きりの賭で、賭けた以上は一寸先は虚無だろう。
 だから、賭けとうし貫いて自分の運命を生きなければならない」

彼も葉隠れ武士だ。


*参考:三島由紀夫(「葉隠入門」 光文社)

-------------------------------------------------------------------------------------------------- 
(転載おわり)

[PR]

# by yumimi61 | 2007-04-29 00:00
2007年 04月 28日
『マルコポーロ』1995年2月号 松本サリン事件
『マルコポーロ』1995年2月号 p.156

緊急特集2
米化学兵器研副所長が松本で徹底検証。
松本サリン事件は、テロリストの犯行だ。


死者七名を出した松本のサリン事件は、半年を経た現在も解決をみず警察の捜査は難航している。
それというのも、日本にはサリンを実際に扱える専門家がいないからである。
警察は完全に初動捜査を誤り、事件はうやむやのうちに忘れられようとしている。
そこでついに、米国生物化学兵器研究所副所長のオルソン氏が事件の解明に乗り出した。
事件現場を徹底して歩き、第一通報者河野義行氏との会見は二時間半にも及んだ。
オルソン氏は警告する。
「事件はもう一度起こる。これをやった人間は『次はもっと大きな舞台でやってみせる』とほくそえんでいる」と。


---------------------------------------------

カイル・オルソン●文
text by Kyle B. Olson
1954年、米国モンタナ州生まれ。1977年ウエスト・バージニア大学院、1980年モンタナ州立大学院修了。
1985年米国化学製造者協会安全及び運営担当研究員として化学分野の実績を積み、1990年ジュネーブ国際平和会議メンバー、1991年対イラク化学兵器処理活動コンサルタントを歴任。1992年には米国政府の生物化学兵器処理などに協力する非営利団体「米国生物化学兵器研究所の設立メンバーとして副所長就任。


松本のサリン毒ガス事件の知らせを聞いたとき、私はまず、「起こるべくして起こってしまった」と、思いました。

日本では、第一発見者の河野義行さんが、ほとんど容疑者として扱われているようですが、この事件の本質はそんなに単純なものではありません。これがアメリカであれば、すぐに軍が現場を封鎖するとか、CIAやFBIが事件の解明に乗り出すことになる。あるいは、一週間以内に私のような専門家が派遣されているはずです。これは国家安金保障上の重大な失敗と言わざるをえません。

日本から送ってもらった報道記事の内容を子細に検討しても、疑問の点がたくさんあります。このレポートで私はその疑問点を詳述して、事実の解明に少しでも役に立ちたいと願っています。


さて、事実の解明を始める前に、サリンがいかに危険な物質であるかをお話ししましょう。

サリンは1930年代にドイツで開発されました。すでに1925年のジュネーブ協定で化学兵器の使用は禁止されていましたが、その開発と備蓄には何の規制もなく、また、報復としてのみ使用することが許されていたのです。

1960~80年代 NATOドクトリンでは、ヨーロッパで対ソ連戦が起きた場合、1日に最大1万トンの化学兵器を使用する計画がありました。もしもこの計画が実行に移されれば、東ヨーロッパは数日のうちに存在しなくなってしまう。化学兵器というのは、それくらい危険なものなのです。

そこで1970年代末から再交渉を行ない、化学兵器の開発、研究を禁止し、貯蔵量をなくそうと努力していますが、未だに締結されていません。現在においてもサリンを始めとする化学兵器がアメリカに4万トン、旧ソ連に4万5千トン存在しています。


アメリカの化学兵器のうち最も危険なのは、ケンタッキーやアーカンソーに備蓄されている20万発のサリンを積んだミサイルです。当時つくられたサリンの質が悪く、腐食が進んでいるため、これらの処分を巡ってアメリカでは大変なツケを払わされています。なにしろサリンの分解は簡単なものではありませんし、それ以上に、少しでも人体に触れれば死に至らしめてしまう危険なものだからです。

結局、完金に密閉された部屋で、ロボットを使って遠隔操作で裁断しますが、その時にミサイルが爆発しても大丈夫なように、かなり頑丈な建物が必要になるのです。
太平洋のジョンストン島に唯一の処理場がありますが、とても間に合いません。そのためアメリカ本土にあと8ヶ所の処理場を建設する計画はあるのですが、そんな危険なものを、どこが喜んで引き受けるでしょうか。地元住民の反対で頓挫しています。

すでにアメリカはこのミサイル処理に120億ドルを投じていますが、これは最初にミサイルを作った予算の、なんと10倍以上です。
それだけではない。太平洋沿岸の各国などに置き去りにしたミサイルの処理のために、さらに250億ドルの予算が必要です。


そもそも、サリンが戦場で使用された例は、歴史上一度もないのです。湾岸戦争で使用したと言われるイラクのケースでさえも、実際に使用したかどうか、確認はできていません。


その理由は二つあります。

よく、化学兵器はA液とB液をミサイルに積んで、爆発時に混合させるといわれます。バイナリー・ウェポンと呼ばれるものです。しかし、サリンは化学反応に時間がかかるので、この方法は適当ではありません。
となると、非常に危険な物質を戦場に持ち込まなくてはなりません。そのためには設備が大がかりなものになって、すぐ敵の目についてしまう。

仮に首尾よく敵に打ち込んだとしても、風によって思わぬ方向に拡散します。ドイツが第一次世界大戦で学んだ教訓は、風が毒ガスの向きを変えてしまうということでした。それでも使用しようとする場合には、防毒マスクと防護服で全身を覆う必要があるわけで、そんな恰好で戦闘を行うことは、あまりにも非現実的です。

無理にサリンを使用する実例を想像するならば、戦術上どうしても必要な町を落とす前に無人化しておきたいような場合。しかし、それも賢明な方法とはいえません。あとは、抑止力としての存在。その程度です。
私は幾つかの疑問を解くために、まず第一通報者の河野義行さんのお宅を訪ね、2時間半にわたって事件当夜の現場を案内していただき、また詳しいお話を聞きました。


---------------------------------------------

河野さん、あなたと家族の皆さんはモルモットにされたんです。

オルソン:いろんな資料読んだときに、なぜ、誰がやったのかに非常に興味をもちました。今回お話があったとき、ああ、やっとこのいくつかの疑問を自分が解けるチャンスが出来たと、正直言って興奮しました。
河野さんご自身はどんなふうにお考えだったんですか。

河野:私はまったく何がなんだか分からないという状態です。人為的ということが、警察のほうで言われてるわけなんですけど、いままでのマスコミの報道をいろいろ見てると百パーセント、それも信用してるのかどラなのか疑問です。

オルソン:サリンというのは絶対、偶然には出釆ません。つまり、非常に明確な意図を持った人物が作ったものだと私は思っています。
ご自身、いちばん初めに普通じゃないと感じられた症状は何だったんですか。

河野:まず目のほうで、見える像が非常に歪んで釆ました。

オルソン:呼吸困難とか、あとはのどがごくっと詰まるとか、呼吸器官でそういうことが何かおありになったですか。

河野:そういうふうには感じなかった。

オルソン:耳鳴りとか・・・・。

河野:幻聴というんですか、ドドドドドというような音がしました。そのときは幻聴と思ってなかったんですが、娘のほうもやはりそういうような音を聞いたようです。

オルソン:たとえば唾液が出るというようなことありませんでしたか。

河野:唾液はかなり出ましたし、救急車の中でかなり吐きました。

オルソン:ああ、そうですか。日本ではあまり注目されていないようですが、これは非常に重要なことなんです。いわゆる神経に障害を与えるある種のガスの非常に典型的な症状なんですよ。
あの夜は、具体的に皆さん、どうしていらしたんですか。

河野:まず8時から9時のあいだ私、長男、妻の3人が居間でテレビを見ながら食事をしておりました。長女がこの家の2階にいました。次女は離れにいました。長男は9時から10時頃までこの部屋で寝まして、それ以後起きて、離れの自分の部屋に戻ってるんです。
私は九時から十時頃まで新聞等読んでおりまして、妻は台所と居間を行ったり来たりしながら、洗い物とか片付けとか、そういうことをしておりました。

オルソン:最初に犬の異変にお気付きになったということを聞いてますけども、それまで奥様はべつに何でもなかったですか。

河野:10時から10時40分、NHKの歌謡番組を妻と一緒に見ておりました。その番組が終わってしばらくしてから、妻がちょっと気持ちが悪いと言い出しまして、このときはまだ異変とか異常とかいうふうに感じてませんでした。それで、私が居間のほうで横になったら、ということで横たえました。それとほぼ同じ時間に犬小屋のほうから音がしたわけなんです。

私はなぜかなと思って、犬小屋を見ましたら、親犬が横になっておりましたもんですから、外に出ていったんですよ。親犬は白い泡を吹いていました。
玄関のところに緑の車があるんですけど、その前においた漬物桶に水が張ってあります。それで泡を拭いてやろうと恩いまして、その桶を犬のところへ運びました。

それから、同じ車の中に軍手がありましたもんですから、もう一度、車のほうへ戻りました。それで犬を拭いたんですけど、とても助かりそうもないと判断して犬小屋の前の簀子の上へ親犬を横たえたんです。
そのときには子犬はもう横たわって、ぜんぜん動かないような状況でした。
同時に2匹が具合が悪くなるというのは、普通では考えられませんから、外から毒物かなんかを投げ込まれたんじゃないかなと思いました。それで、中にいる妻に対して、警察のほうへ連絡したほうがいいんしゃないかと声を掛けた。ところが返事がなかった。それで、居間のほうヘ戻りましたところ、もう妻が非常に痙攣を起こして苦しんでいた。そんな状況ですね。

オルソン:そのときに救急車を?

河野:妻が非常に苦しがってまして、衣服をちょっと緩めたんですけれども、痙攣とか異常な状態だったもんですから、まず救急車が先だと思い、119番通報しました。
私に具体的な変調が現れたのはその時です。先程言ったように、ドドドドッという音がしました。また、非常に画像が歪んだというか、テレビの垂直同調が合わないときのようにバタバタバタと見えて、非常に驚きました。また、ライトが暗く感じたんですけど、うちはいつもわりと暗いもんですから、それはちょっと判断がつきませんでした。
それから私はみんな集まれというようなことで、子供を呼んだんです。
その後は、一秒でも早く救急隊員を呼ぼうと歩きだしましたが、玄関で座り込んでしまいました。その時に次女とすれ違っています。長男には「ちょっと駄目かもしれない。駄目だったら後を頼むよ」というようなことを話しました。
それからサイレンの音が聞こえてきたので、フラフラと歩きながら外へ出て、救急車の中で倒れたわけです。

オルソン:いちばん初めに第一容疑者として扱われたときに、河野さんはどのようにリアクションなさったんですか。

河野:警察のほうは容疑者という言い方はしてないはずです。あくまでも被害者という言い方で一貫しております。

オルソン:ただし、いろいろ私が読ませていただいた報道だと、必ずしもそういう扱いではなかったような・・・・。

河野:ですから警察は被害者というスタンスの中で、容疑者的扱いをしたということです。

オルソン:じゃ、河野さんが薬学的な知識をお持ちである。ただし私に言わせれば、サリンとぜんぜん関係ない薬学だと思いますけど、とにかく知識をお持ちになってる。
それから日本の非常に保守的な社会の中で、職を転々とする生き方が少し変わっていらっしゃるとかということから、1+1=2ではなく3も4もという形になったことをどう思われますか。

河野:捜査員自身が薬品に対する知識というものがおそらくなかったと思います。たとえば硝酸銀という薬品がありますんですが、これがAgNO3という化学記号になるんですが、Agって書いてナンバー3というような押収リストになってるんですよね。化学的知識がかなり低い方だと思うんです。

オルソン:県警以外にどなたかいわゆる専門家と話をなさいましたか。

河野:まず私のほうで、7月15日の日に独自検証ということで、有機化学の田坂興亜先生(国際基督教大学)をお呼びしまして、私のほうの自宅でそういうものが出来るかどうかというような検証をしております。そのときにサリンのつくり方、第一段階物質、それから第二段階物質に対して、サリンがどういうふうにつくられるかというような説明は聞いております。
サリンの作り方は8通り以上ある。大学生なら理解できる程度の知識。

オルソン:なぜ私がこのような質問をするかと言いますと、犠牲者と呼んでも容疑者と呼んでも何でもいいんですが、河野さんに対する警察側の態度みたいなものですね。それは私としてはどうしても確かめたかったんで、こんな質問をしました。
そもそも、はっきりとした知識に基づいてあのような危険な物質をつくり出した人間が、自らも被害を蒙るような場所に戻るということが、論理的に全く考えられないことだからです。
実はこれは私自身の見解であって、なおかつ自分と一緒にこの仕事に関わっているプロフェッサーも含めた意見なんですが、今回の事件を、いわゆる中央官庁が一切調査してないというのは、たいへんな驚きです。これはテロリストがつくったのかもしれない。こういうものをテロリストが手にλれればどうなるか。
つまりあなたを含めてご家族、かなりの人がモルモットだったと思います。
まず松本で一応使ってみてどんな反応になるか。将釆、たとえば都会のど真ん中で使うということでの、テロリスト集団による一種のトライアルだったということをなぜ考えないのかと私は不思議に思います。
私に言わせれば、誰か個人が自分を含めて近所、家族も危険にさらすようなことをするという可能性よりも、このテロリスト説のほうがよっぼど信懸性がある。
私どもの見解に関して河野さんにあえて、どういうふうに思いますかなんてことは聞きません。ただ実際に政府の中央機関がなんら関心を持たず、なおかつ世界的なレベルでの一連のテロリスト、海外で活躍しているテロリストとの関係みたいな形からの視点でものを見ないということを、私は危倶します。
ところで、事件当時にお撮りになった写真を見せていただけますか。

河野:7月4日ですね。私の友だちが警察の方と一緒に並んで撮った写真なんですけど。

オルソン:縁側の前には何かありましたか。

河野:ドラム缶が置いてあるだけで・・・・・。

オルソン:家屋の犬小屋に面した壁の、床下にあたる部分が格子になってましたよね。縁側の下が通風口になっていて、その吹き出し口が犬小屋のところなのです。この縁側の下は、警察は調べましたか。

河野:さあ、私にははっきりとわかりません。

オルソン:これは重要だと思いますよ。つまり、池で発生したサリンはまず縁側の下を通って犬小屋を襲った。遅れて、台所や縁側のガラス戸の隙間、あるいは床板の間からサリンが拡散して来て、奥さんや河野さんを襲ったと考えることができるからです。

河野:たとえばですね、先ほど居間のところのガラスが割れたところを見ていただきましたよね。いわゆる浸透性というんですか、そういう性質に対してはどんなかなと。

オルソン:少量でもたいへん大きな影響を与えるということをまず言いたいと思います。つまりサリンというのは、雫が肌に触れただけでその人を殺す。そのぐらいの毒性のあるものだということを理解していただくとすると、たとえばさっきの床の裂け目で充分ですね。特にこういう日本的な家屋ですから、普通のところよりは当然、浸透性は高いでしょう。
今回の場合は、マンションで亡くなった皆さんは窓を開けていらっしゃった。逆に、河野さんは風の通りがいいから閉めていらっしゃったというのがあるわけで、どっちが幸運だったかということです。

河野:サリンは重い物質で、しかも草木を枯らすことはないということのようですけれど・・・・。

オルソン:その通りです。つまりサリンをつくる過程で副作用としてガスが発生して、樹木や下草を枯らしたんだと思います。
サリンのつくり方は、使ってる装置によって、それこそ8通り以上あるんですね。もちろん最終的なデータがないのでこういう結論を出すのは怖いんだけれども、かなり可能性があるのは、アルコールを最後に足すことによってそれが完成するわけですけど、それ以前の2つぐらいのステップをここでやったのではないかということは言えます。
最初に聞いたとき思ったのは、フッ化水素ですか、それとあと・・・・。

河野:塩化水素と、東京大学の森謙次先生もそラいうふうなことをおっしゃってます。

オルソン:私もそう思います。木が枯れたのは、そのガスによる影響だと思います。フッ化水素はガラスのエッチングにも使うような非常に危険な物質です。質量の違いや、発生した時間の違いから、拡散したガスの層が違っていたのでしょう。
入院した直後はどのような処置を受けられましたか。

河野:薬品名は分かりませんけれども、入院した当初というのは、かなり吐き気がひどくて、それから熱も38度5分から39度近く出まして、注射、座薬なんかを入れても全く効かなかったです。それから、ずっと点滴というような形で1日4本とか5本とかいうような量の点滴をやってます。下痢が1カ月ずーっと続きまして、体重が10キロ以上減りました。
妻に関しては、いわゆる血液透析というんですかね、毒物を活性炭に吸着させるというような処理を施したそうです。
被害にあわれた方のほとんどが、中性脂肪が減っていると、病院の先生から聞きました。

オルソン:最近の症状はいかがですか。

河野:微熱ですね。37度2分ぐらいまで上がるんです。それから朝起きたときが36度8分ぐらい。その間で振れてます。それから頭痛と不眠が残ってますね。
仕事は一応長期欠勤という形をとっています。1994年中の職場復帰をめざしていたんですけど、今の筋肉の状態ではまだ無理です。落ち葉をかき集めて燃やしたりとか、軽い運動をするようにしています。

オルソン:奥さんをはじめ、他のお子さま方の病状というのはいかがなんですか。

河野:妻のほうは、依然として意識不明の状態です。それから視神経のほうがやられてるということです。目は開いてるんですけど、見えてない。刺激与えても脳波に変化がないというような状況が確認されています。
現在、自分の診察も兼ねて週に2回見舞いに行っています。本当はもっと行ってやりたいのですが、まだちょっと無理です。
子供については、たまに微熱が出ることがありますんですけど、まあそれが後遺症なのか、ちょっと断定出来ません。
先ほどおっしゃったように第2、第3の事故というか事件が、可能性あるわけですから、ほんとに全容を解明していただかないと安心出来ないですね。


---------------------------------------------
パート2に続く。


  

[PR]

# by yumimi61 | 2007-04-28 14:55
2007年 04月 27日
『マルコポーロ』1995年2月号 松本サリン事件(パート2)


---------------------------------------------

その後、幾人かの被害者や、河野さんの主治医を始め、治療に当たった医師に話をききました。


たとえば明治生命寮に住んでいた大西英夫さん(50)は、当夜の状況を次のように証言してくれました。

「わが家は一階で、池とは反対側の部屋でした。暑いので南と北の窓を開けてありました。10時半頃、頭が痛くなって、鼻水、くしゃみが出ました。そして、その後に吐いてしまいました。横になったのですが、眉間のところが痛くて寝るどころではありません。
妻は11時半まで長電話をしていましたが、途中から息苦しさを感じています。また、電灯が暗い感じがして2人でつけたり消したりしていました。妻には下痢の症状が出ました。
12時頃、救急車のサイレンの音がしましたが、近くの大学生が騒いでいるんだと思ったんです。それが裁判官舎にも赤色灯が見えたんで妻が聞きにいきまして、『ガス漏れじゃないか』と消防署の人に言われました。
 ところがしばらくして警察の人が、『明治生命寮は無事か』と聞いてきましたので、驚いて各部屋を回ったんです。
3階の榎田さんの部屋から返事がなく、マスターキーで開けて部屋に入ると、風呂の中で死んでました。肌の色が異様な黒っぽい感じだったのを党えています。同じ3階の稲田さんは突然意識不明になったそうです。発見された時は口から血が流れていました。それに比べれば、うちは軽症でした。榎田さんを相沢病院に運んだのは午前1時すぎ。ご臨終が2時18分です。
報道陣に、『あなたも見てもらったほうがいいよ』と言われてたんですが、すでに相沢病院は一杯で城西病院に行きました。そうしたら先生が『帰ってはいけません』と。亡くなった方の次に酷い検査結果が出たそうです」



城西病院の薄井尚介副院長は、当夜の様子を語るとき今も興奮を抑えられない様子でした。

「その夜は救急担当病院ではなかったのですが、ほかの病院に収容しきれなくなった患者さんが続々とやってきました。救急担当病院では、ベッドに収容しきれず、一時は患者を待合室のソファに横たえていたようです。
患者に共通して見られた症状は目がピンホールのように暗くて見えない状況でした。それとコリンエステラーゼ(神経の伝達をスムーズに行うために不可欠な酵素)の著しい低下です。
うちの病院で亡くなられた患者さんは一人だけですが、電気ショックみたいにベッドから飛び上がって手が付けられない状態で、この人の命を救うのに手一杯でした。抗痙攣剤を致死量に近いくらい使いましたが、全く駄目でした。  硫酸アトロピン(縮瞳・唾液・嘔吐・尿失禁等に効果がある)をどんどん打ちましたが、効果がない。一人のために外来用の硫酸アトロピンを金部使いました。ほかにも、なんとか呼吸をさせようと気管切開までしたんですが・・・・。結局一時間ほどで為す術もなく亡くなりました。
大西さんご夫妻が入院されたのは明け方の六時五十分。それまで同僚の命を救おうと必死だったようです。
ご主人の場合、正常値が百から250といわれるコリンエステラーゼがわずかに39。亡くなった患者さんが10とか20という値で、その次に深刻だったんです」



また、河野義行さんの担当医、松本共立病院の鈴木順氏は次のように語っています。

「この事件の被害者は200名。うち死者が7名。当院入院患者は18名です。その夜はドクター5人と看護婦10人が緊急に呼び出されました。
興味深いのは警察官や救急隊員、医師や看護婦に頭痛や呼吸苦、目がチカチカするといった2次汚染があったことです。特に患者と同じ部屋で長時間接している看護婦に症状が現れました。手袋などはしていたんですが患者の吐き方が酷いので、手についてしまったんでしょう。
最初は心理的な問題かという意見もありましたが、サリンと分かる前から訴えがあったし、やはり患者と長く接した人間に顕著に現れています。
原因がサリンと分かってからは、日本医師会から『有毒化学剤等障害者に対する処置・治療に関する参考資料』というのが送られてきました。そこに書かれている症状はいちいち納得できるものでしたね。
呼吸器官の組織のただれですか? なかったと思います。自衛隊やその他中央からの情報提供や実態調査もありませんでした」



私は2次汚染の原因は、衣服に付着したサリンだと思います。いずれにしても、恐るべき威力というしかありません。

これらの人物へのインタビューで得た最も重要な情報はすべての患者において、コリンエステラーゼの数値低下が見られることです。これは、全く新聞の報道では知ることができませんでした。現地へ来て初めて分かったことですが、疑いなく、サリン中毒にみられる顕著な症状です。

また、呼吸器官の組織がただれていないということは、多くの患者に塩素やフッ化水素の被害が少いことを示しています。

私は松本を訪れる前まで、サリンはかなり純度の低いものではないかという漠然としたイメージを持っていました。それは、サリンが、1滴でも体に触れれば死に至らしめる劇薬であるにもかかわらず、一命を取り留めた人達がたくさんいたからです。
しかし、それは間違いだったようです。むしろ犯人はきわめて純度の高いサリンを作っています。このことに、あらためて背筋の凍る思いがしています。

160ページの表を見てください。ここに示しただけでもサリンの作り方は8通りあります。余談ですが、この図を掲載した私の本の共著者は大学院生です。つまり、それほど簡単な知識なのです。大学で化学を勉強した程度で充分理解できるでしょう。

このうち松本で作られたサリンの製法は、最も低い100度で生成するルートをたどったと思われます。一番最後にフッ素化合物と五塩化リンとアルコールを混合するとでき上がりです。

この結果生じるものは、サリンと塩化水素、また化合しなかったフッ化水素が気化することもあるでしょう。サリンは重たい気体ですから、河野家の庭木が高いところまで枯れていたのは塩化水素やフッ化水素によるものと考えられます。
サリンは植物を枯らすことはありません。また、池から風下に行くに従って樹木の上のほうが被害が大きくなっています。

犯人たちは、サリンの精製という手順を省いただけで、実験自体は非常に上手くいったと、今頃ほくそえんでいることでしょう。


---------------------------------------------

最終段階の薬剤を混ぜるだけならたったの2,3分だ。

もう1つの疑問は、サリンが重たい物質であるにもかかわらずアパートの住人には、上の階に深刻な被害者が多かったことです。現場を見てみてわかりましたが、河野家の付近は昔のお屋敷があったところで一軒一軒の敷地が大きく、最近ではそれを取り壊してマンションを建てているとのことでした。

鉄筋コンクリートの建物と木造家屋が混在する点は、サンプルとしても興味深いものです。

辺りにはそれほど高い建物はなく、サリンの発生現場からみて風下はコの字形の吹き溜まりになっています。こういった地形では一種のビル風のようなものが吹きあがったり、風が巻いたりします。重いといっても、あくまで気体ですから、風に乗って思わぬ広がり方をすることは当然です。テレビのシミュレーションでやっていたようにじわじわとは広がらないのです。

ただ、もしもこの何棟かのアパートが無かったら、被害は付近の多くの家に広がっていたでしょう。そのことを考えるとさらにゾッとします。

私の感覚では作られたサリンの量は約1キログラムです。
これはあくまで仮定ですが、アルコールとフッ化水素を加える前の液体はまだ安全ですから、これを氷でできた容器に入れて最後の作業を現場で行なったとしたら、私ならわずか2,3分で現場を立ち去ることができるでしょう。そして、氷製の容器はサリンの化学反応で起きた熱によって溶けてしまうのです。化学反応が起きるまでには、最短で20分、最長で二時間。無事に逃げるまでには充分な時間があります。

いずれにしても、サリンは現地で最終段階の作業を行なったのです。決して純粋なアンプルなどを用いたわけではありません。つまり、犯人は作ろうと思えば何度でも作ることができる。

松本という街は、来年長野オリンピックの舞台の一つになるそうですが、私にはテロリスト達が実験をするのにふさわしい場所だと思えました。
つまり、通りすがりの人はほとんどいない。結果は必ずマスコミが伝えてくれる。
そして、地方の警察がオタオタするだけで、やがて有耶無耶のうちに忘れ去られてしまう。

もちろん、それがなぜ松本なのかは、犯人に土地勘があったとか、何らかの理由があったには違いありませんが。

サリンの実験に適した気象条件は、気温が高く、湿度が低く、直後に雨が降って痕跡を消してくれることです。


事件の起こった6月27日は、梅雨の合間でした。前日までシトシト降り続いた雨がやみ、初めて気温が30度に達して、部屋の窓を開けている家がたくさんありました。しかも、その後に雨が降る確率は非常に高かった。湿度が高いことを除けば、非常に適した条件だったのです。
いずれにしても私には犯人のほくそえむ顔が見えるようです。
もしもこれが、新宿の地下街で起こったら。あるいは大阪の繁華街で起こったら。いや、ニューヨークやロンドンかもしれない。
犯人たちは、次はもっと大きな舞台で、大きな悲劇を起こそうとしているのです。
(取材協力・大野和基)

[PR]

# by yumimi61 | 2007-04-27 16:00
2007年 04月 26日
イエスは馬小屋で生まれたか?
keep innovating
京都産業大学

イエスは馬小屋で生まれたか?

平塚 徹(京都産業大学)
--------------------------------------------------------------------------------

 イエス・キリストは「馬小屋」で生まれたとよく言われます。中には、聖徳太子が馬小屋で生まれたこととの類似性を指摘する人もいますし、この類似性に基づいて、かなり大胆な説を主張する人もいます。

 しかし、西洋のキリスト教文化においては、イエスが生まれたのは「馬小屋」だとは言えません。例えば、キリスト降誕を主題にした絵画を見ると、確かに、馬小屋らしいところが場面になっていることが多いのですが、そこにいるのは「馬」ではなく、「牛」と「ロバ」なのです。また、クリスマスにはキリスト降誕の場面の模型を飾る習慣がありますが、ここでも、「牛」と「ロバ」が定番になっています。つまり、イエスが生まれたの「馬」小屋ではなく、「家畜」小屋なのです。それでは、日本ではイエスが「馬小屋」で生まれたという話が流布しているのはなぜかということが問題になります。しかし、この問題を考える前に、イエスが「家畜小屋」で生まれたという伝承があることを確認しておきましょう。

 実は聖書を見ても、この点については、はっきり書いてありません。家畜小屋で生まれたことを示唆するのは、「ルカ福音書」第2章第7節「初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。」の記述です。しかし、これでも、はっきりと家畜小屋だと分かるわけではありません。

 それでは、イエスが家畜小屋で生まれて、そこには牛とロバがいたという話は、どこから出てきたのでしょうか。実は、これは、「偽マタイ福音書」という書物に出てくる記述がもとになっています。この本によると、イエスは洞窟で生まれたことになっています。しかし、その後、マリア達は洞窟をあとにして、家畜小屋に入って、イエスを飼葉おけに寝かせると、牡牛とロバがイエスをあがめたとあります。この場面が、西洋のキリスト教絵画でよく描かれる場面のもとになったのです。そして、その後、この話が単純化して、イエスは家畜小屋で生まれたという伝承が成立したようです。

 それでは、日本でイエスが「馬小屋」で生まれたという話が流布しているのはなぜでしょうか。イエスが生まれた「家畜小屋」を指す言葉ですが、例えば、フランス語では étable が使われます。この単語は、「家畜小屋」や「牛小屋」を意味しています。一方、英語では、stable という単語が使われますが、この単語が問題です。この単語は、フランス語の étable と同じ語源の単語で、やはり、「家畜小屋」一般を指すのにも使われた単語なのですが、現在では「馬小屋」の意味で使うようになっています。つまり、イエスが stable で生まれたと言うときには、本当は「家畜小屋」を指しているはずなのですが、何も知らずにこの言葉だけを見ると、「馬小屋」だと思ってしまうのです。恐らく、この「馬小屋」という解釈が日本では流布してしまったようです。日本では、イエスが生まれたときに牛とロバがいたという話もなかなか聞かないし、そのことを表す絵画もそれほど目にしないので、「馬小屋」でもおかしいとは思いにくいわけです。

 なお、「ルカ福音書」第2章第7節に出てくる「飼葉おけ」ですが、日本聖書協会から出ている文語訳聖書では、「馬槽(うまぶね)」という単語が使われています。これは、馬にやる餌を入れる容器ですが、この訳は、イエスが馬小屋で生まれたという話に影響されたのでしょう。

--------------------------------------------------------------------------------

 イエスが生まれた「家畜小屋」を指す単語を集めてみました。日本では「ベツレヘムの馬屋(うまや)」などと言うのですが、英語以外を見ていると、必ずしも「馬小屋」というわけでもなさそうです。



英語 stable
フランス語 étable
スペイン語 establo, pesebre
イタリア語 stalla
ドイツ語 Stall


--------------------------------------------------------------------------------

 「偽マタイ福音書」第14章のラテン語版・英訳・フランス語訳・ドイツ語訳を以下に掲載します。赤い単語が「家畜小屋」を指す単語です。

--------------------------------------------------------------------------------

【ラテン語[A系統写本]】
Tertia autem die natiuitatis domini egressa est Maria de spelunca et ingressa est in stabulum et posuit puerum in praesepio, et bos et asinus genua flectentes adorauerunt eum. Tunc adimpletum est quod dictum est per Esaiam prophetam dicentem: Agnouit bos possessorem suum et asinus praesepium domini sui. Et ipsa animalia in medio eum habentes incessanter adorabant eum. Tunc adimpletum est quod dictum est per Abacuc prophetam dicentem: In medio duorum animalium innotesceris. In eodem autem loco commoratus est Ioseph et Maria cum infante tribus diebus.
(Corpus Christianorum, Series Apocryphorum 9, Brepols)

--------------------------------------------------------------------------------

【ラテン語[P系統写本]】
Tertia autem die natiuitatis domini egressa est Maria de spelunca et ingressa est stabulum et posuit puerum in praesepio, et bos et asinus adorabant eum. Tunc adimpletum est quod dictum est per Esaiam prophetam dicentem: Cognouit bos possessorem suum et asinus praesepe domini sui. Ipsa autem animalia, id est asinus et bos, in medio eum habentes incessanter adorabant eum. Tunc adimpletum est quod dictum est per Habacuc prophetam dicentem: In medio duum animalium innotesceris. In eodem autem loco moratus est Ioseph et Maria cum infante tribus diebus.
(Corpus Christianorum, Series Apocryphorum 9, Brepols)

--------------------------------------------------------------------------------

【英訳】
And on the third day after the birth of our Lord Jesus Christ, Mary went out of the cave and, entering a stable, placed the child in the manger, and an ox and an ass adored him. Then was fulfilled that which was said by Isaiah the prophet, 'The ox knows his owner, and the ass his master's crib.' Therefore, the animals, the ox and the ass, with him in their midst, incessantly adored him. Then was fulfilled that which was said by Habakkuk the prophet, saying, 'Between two animals you are made manifest.' Joseph remained in the same place with Mary for three days.
(The Apocryphal Jesus, edited by J. K. Elliot, Oxford U.P.)

--------------------------------------------------------------------------------

【フランス語訳】
Or, deux jours après la naissance du Seigneur, Marie quitta la grotte, entra dans une étable et déposa l'enfant dans une crèche, et le boeuf et l'âne, fléchissant les genoux, adorèrent celui-ci. Alors furent accomplies les paroles du prophète Isaïe disant : « Le boef a connu son propriétaire, et l'âne, la crèche de son maître », et ces animaux, tout en l'entourant, l'adoraient sans cesse. Alors furent accomplies les paroles du prophète Habaquq disant : « Tu te manifesteras au milieu de deux animaux. » Et Joseph et Marie, avec l'enfant, demeurèrent au même endroit pendant trois jours.
(Écrits apocryphes chrétiens, Bibliothèque de la Pléiade, Gallimard)

--------------------------------------------------------------------------------

【ドイツ語訳】
Am dritten Tag nach der Geburt des Herrn verließ Maria die Höle und ging in einen Stall. Sie legte den Knaben in eine Krippe; Ochs und Esel huldigten ihm. Da ging in Erfüllung, was der Prophet Jesaja gesagt hatte: "Es kennt der Ochse seinen Besitzer und der Esel die Krippe seines Herrn." Die Tiere nahmen ihn in ihre Mitte und huldigten ihm ohne Unterlaß. So erfüllte sich der Ausspruch des Propheten Habakuk: "In der Mitte zwischen zwei Tieren wirst du bekannt werden." An demselben Platz blieben Josef und Maria mit dem Kind drei Tage lang.
(Fontes Christiani 18, Apokryphe Kindheitsevangelien, übersetzt und eingeleitet von Gerhard Schneider, Herder

[PR]

# by yumimi61 | 2007-04-26 12:47