2017年 01月 28日
父の病③
前記事に一般病棟入院基本料について書いた。
入院基本料は一定の条件のもと診療報酬の点数で決まるため、病院が独自に値段を付けられるものではない。(保険外の個室の差額ベッド代は病院独自で値を付けられる)
入院基本料の条件として大事なのは看護体制と平均在院日数(入院日数)である。
平均在院日数(入院日数)をクリアしないと所定の点数が付けられない(入院基本料が取れなくなる)ので、医療機関、特に急性期病院では入院期間短縮を目指している。
一般的には「3か月経つと追い出される」と言われることが多いが、救急搬送を受け入れているような急性期病院では入院期間は1~2週間を目標にしており、3か月なんて悠長なことはなかなか言っていられない。
このようなことを書いたわけです。

入院料金を決めるのは基本料だけでなく加算もある。
こんなケースには加算されるといった特定の場合にのみ加算されるものもあるが、そうではなくて基本料と同じく入院した誰にでも適応される加算が入院期間に応じた点数である。

入院患者の入院期間に応じ、次の点数(1日あたり)をそれぞれ加算する。
 ①1~14日以内の期間  450点加算
 ②15日~30日以内の期間  192点加算
 ③30日以上 加算なし

例えば、看護職員が入院患者7人に1人いる病院では、1日の入院基本料は15910円である。
その病院に入院した場合の入院料金には2週間までは4500円が加算されるので、1日20410円になるわけである。
入院期間が2週間を超えると加算分が、4500円/日から1920円/日になってしまい、1ヶ月を越えようものならば加算することが出来なくなる。
つまり1人の患者を長く入院させておくと病院の入院料金収入は減ってしまうわけである。
長く入院させると病院が儲からないような仕組みに診療報酬がなっているのである。
儲からないということは人件費が出なくなるということに繋がる。
給料が他よりも安いのに、生命危機にある重症患者が多く精神的にも肉体的にも辛い、患者や家族に訴えられる可能性がある、夜勤が多い、労働環境が悪いなんてことになれば看護職員が離職するだろう。
そうなると今度は看護体制が維持できなくなってしまう。


では国はどうして長く入院させないような仕組みを作っているのかというと、医療費がかさむからである。

(例)看護職員が入院患者7人に1人いる病院に1週間入院した。
20,410円(基本+加算)×7日=142,870円 ・・・病院の収入
 ・患者自己負担(3割の場合)  42,861円
 ・健康保険(国保や社保)負担 100,009円 ⇒医療費がかさむというのはこの部分のことを指す

さらには、1ヶ月の医療費の患者負担が高額になった時(一定額を超えた場合)、申請 して認められれば限度額を超えた分が高額療養費として患者に払い戻される。
公的医療保険における制度の一つなので、国保でも社会保険でも高額療養費の払い戻しは行われる。
そのため一般的な治療で入院する場合、本人負担がべらぼうに高くなるということは実はないのである。
金銭感覚は人によってだいぶ違うと思うのでうっかりしたことも言えないが、払えそうな金額で済むということなのだ。
入院してひとつ儲けようとか、会社を休み入院したからその間の給料分をカバーしたいとか、差額ベッド代や保険適用とならない食事代をカバーしたいという人は別だが、個人で保険会社の保険に加入などしなくても標準的な治療や入院費用は公的医療保険(健康保険)がかなりの部分カバーしてくれる。

医療費がかさむというのはその公的医療保険(健康保険)の負担が大きくなるということである。
健康保険には次の種類がある。

 ◾組合健保  主に大企業などの従業員が加入しているもの
 ◾協会けんぽ 主に中小企業の従業員が加入しているもの
 ◾船員保険  船員が加入しているもの
 ◾共済組合   公務員が加入しているもの
 ◾国民健康保険 自営業者や無職者などが加入しているもの

各保険には個々人から保険料が支払われていて、健康保険負担分の医療費はその保険料から捻出される。
組合健保や協会けんぽでは保険料を支払うのは労働者と雇い主である。、
組合健保では保険料(料率)を独自に決定できる。組合員(従業員)の医療費を抑えられれば保険料が少なくても済むし、会社が福利厚生に積極的であったり利益が出ている時には会社側が多く負担してくれるということも可能。
でもまあ全従業員の保険料の半分を会社が負担するわけだから会社の負担は大きい。
だから非正規社員などは加入させないといったことも出てくる。(そうすると非正規社員は国保に回る)
それでも会社が儲からなくなってくれば組合健保を維持することも難しくなってくる。
そのようにして組合健保を解散し協会けんぽに流れた会社も少なくない。
とはいってもここはまだ保険料が労使負担なので国は直接的には関係が無い。
一方共済組合や国民健康保険では、組合健保などの雇い主(使)に当たる部分が国家である。国庫負担金として拠出する。
国が直接医療費を負担するということになる。赤字国家にはこれが大変辛いというわけである。


国民の4割ほどは国民健康保険に加入しているそうである。
国民皆保険が始まった1960年代には国保というのは自営業者や第一次産業(農林水産業)従事者が主体であったが、現在は無職者が半分以上を占めており、次いで多いのは社会保険に入れない雇用者である。
無職者と言うと、そんなに失業者が多いのかと思うかもしれないが、一番多いのは定年退職した高齢者である。
会社を退職すると社会保険からは離脱せざるを得ないので国保に加入する。
従って60歳以上の国民の75%ほどは国保に加入している状況にあったのだ。
普通に考えれば高齢者ほど医療のお世話になる。つまり国保の医療費はかさむ。

●組合健保や協会けんぽ(運営者)←労働者と雇い主(保険料を支払う)
       ↓
   組合員の医療費負担


●市町村(運営者)←国保加入者と国庫負担金(保険料として支払う)
     ↓
  加入者の医療費負担


国民健康保険(通称:国保)は保険料を自治体が徴収している。保険料と言っているが税金である。
そして国庫からも拠出される。
国は親分で地方自治体より権力を持っているので、国庫負担金を決めるのは市町村ではなく国である。
加入者に課せられる税金(保険料)は一律ではなく市町村ごとに違いがあるのが特徴。
医療費が少なく抑えられる自治体は加入者の支払う税金(保険料)を少なくすることが出来る。
またどのように課するか、例えば高所得者には多く支払ってもらうのか、それとも平等割なのかといったことも自治体が独自に決定できる。

医療費増大に困った国は1984年から国庫負担の引き下げを始めた。
また会社を定年退職した人は会社で面倒みてくださいとばかりに退職者医療制度を創設して、会社に医療費を負担させ国保負担から除いた。
1984年には国保の保険料の約50%ほどを国が負担していたが、20年後の2005年にはおよそ30%になっている。
だからといって急に人々が病院にかからなくなるわけではない。
それまでと同じ程度のサービスを提供しようと思えば、国が出さなくなった部分を加入者に負担してもらうよりない。
こうして保険料はどんどん値上げされる。
あまり高くなると保険料が払えない人が出てくる。未納や未加入者が増える。国民皆保険が崩れてくる。
保険料収入や国庫負担金が減っていく市町村も国保財政難に陥って国保なんかやっていられないということになる。
2008年には後期高齢者医療制度を創設して75歳以上の国保加入者をそこに移しした。
市町村が運営者であり国庫負担金も30%程度あることは変わらないのだが、多くの加入者は国保よりも保険料が上がった。









[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-28 11:58
2017年 01月 25日
父の病②
1月18日の未明、父は炬燵から立ち上がろうとして後ろに倒れ、そのまま起き上がれなくなったそうで、母が3時にトイレに起きた際に「うーうー」というような声で何とか自分の存在を知らせたらしい。
母が「救急車を呼ぼうか?」と訊くと首を横に振って断ったため、母が父の首の後ろに手を入れ子供を抱えるようにして付き添い4~5時間同じ状態でいたらしかった。
その間にも何度か起き上がろうとしたが力が入らず起き上がれなかったそうだ。
母も力があまりないので力で起こしてやるようなことは出来ない。

年末頃から昼間はベッドで横になっていることが多かったのだが、母の話だとどうも夜中に起き炬燵に座っていたらしい。
呼吸器疾患や心臓疾患の人が呼吸苦になった時には起座位のほうが楽なのである。
父のベッドはもともとリクライニングベッドだったのだが壊れてしまっていて上げ下げが効かなかった。
12月の上旬にはいつもお世話になっているケアマネージャーさんが電動ベッドのレンタルを働きかけてくれて、父は一度は了解したのが何を思ったのか直後に断っていた。
私も「起きていたほうが楽なんじゃないの?」と何度も尋ねたが、「寝てれば大丈夫」と言う返事で、現に私が昼間行った時などは静かにベッドで寝ていた。
夜中になると不安感が増大して余計に呼吸が苦しくなってしまうのだろうか。

1月17日13時頃ににD病院で出してもらった鎮痛剤トラムセット10錠は、1月19日午前中には残り1錠になっていた。
1月19日午後がかかりつけの病院の呼吸器外来の日だったので受診した。
家の中でトイレにいくくらいはなんとか動いていたが、それ以上動くことはもう無理なので病院での移動は車椅子を利用した。


呼吸器外来の医師に12月中旬以降の状態や17日にD病院を受診して鎮痛剤を処方してもらったこと、18日未明の出来事、緩和ケアを希望することなどを話した。
すると今日入院させましょうと言ってくれた。
B病院の緩和ケア病棟への転院を前提にかかりつけの系列の病院(E病院)へ入院が決まった。


放射線治療を受ける前、父は治療はしなくてもよいと言っていた。
私は全く治療しないにしても放射線治療を受けるにしても状態が悪化してきた時が在宅では難しくなると思っていた。
そこで最初の段階から緩和ケアを行っている病院を気にしていたのだった。
前述したとおりD病院では放射線治療の時にスタッフが緩和ケアについてアンケート(問診)を取っていた。
また新病院のB病院では病院案内に緩和ケア病棟とあったので緩和ケアを行っていることを知った。
C病院で「定位放射線治療はやはり出来ない(難しい)」と言われた時にも、治療は仕方ないが最期の時が心配である旨伝えた。
「そういう意味も含めて近くの病院で放射線治療を受けておいたらどうか」とC病院の放射線科の医師にアドバイスされたのだった。

E病院にも呼吸器科があるわけではないのだが、父は以前にも肺炎で入院したことがあって馴染みがある。
家に戻ることなく受診から直に19日の夕方にE病院に入院した。
入院前のE病院の医師と話をして気管切開や経管栄養を希望するかどうかを確認されたが望まない旨伝えた。
状態によっては転院前に・・ということも覚悟の上。
移動は両病院の看護師さんが行ってくれ、夕方入院なのに夕食にも即対応してくれて、その前に摂食・嚥下障害の有無を確認すると言語聴覚士が病室を訪ねてくれるなど本当に一安心だった。
病院スタッフは基本みんな親切で本当によくしてくれる。
たぶん父も精神的に安心したのではないかと思う。
ただE病院の看護師さんが「この病院では普段そんなに強い鎮痛剤(麻薬系のことだと思う)は使わないので置いてないんですよ。早く転院できればいいですね」と言っていたように、鎮痛剤が効かず痛みが酷くなるようならば緩和ケアしかないだろうと思う。
痛みに苦しむということは本人も家族もスタッフも大変である。


看護師をはじめ病院スタッフは常に入院患者のQOL(quality of life)維持や向上に努めている。
出来ればずっと病院にお願いしたいという人も少なくないだろうと思う。
病院で見てもらえれば家族は安心。
病院嫌いな患者さんは少なくないが、そうは言っても本人にとっても安心。現実的な話、身内より他人のほうが良いこともあるのだ。
でも病院にずっといるこということはなかなか難しいことでもある。
一般的にはよく「3か月たつと退院や転院するように迫られる」というようなことが言われる。
どうしてこういうことが起きるのかと言うと、病院や病院スタッフはボランティアで行っているわけではないから。利益を出さなければならないのだ。
(災害ボランティアだってずっとではない、急性期だけですよね!?ボランティアですらそうなのだからボランティアでない場合には当たり前という話になる)


入院料金に大きく関与しているのは看護職員の配置である。
看護職員が多く配置されている病院ほど診療報酬の点数が高くなる。

【一般病棟入院基本料】
看護体制 1日の点数 看護師比率 平均在院日数
 7対1   1591点   7割以上   18日以内
10対1   1332点   7割以上   21日以内
13対1   1121点   7割以上   24日以内
15対1    960点   4割以上   60日以内
特別     584点     ―       ―  
(特別とは上記を満たさない場合)

看護職員が入院患者何人に対して1人いるかということが看護体制。7人に1人、10人に1人など。
平均人数なので平日昼間にはもっと多くの看護職がいる場合もあるし、夜間や休日はもっと少なくなる。
夜間も病棟ごとに最低2人は看護職員を配置しておく必要があるが、大抵最低人数2人で担当している。
「私1人で2人分働くので」とか言ってもダメである。

1点10円なので、看護職員が入院患者7人に1人いる病院では、1日の入院基本料は15910円となる。
そのうち患者さんの負担は1~3割。残りの部分は国民保険や社会保険が支払う。

看護師比率とは看護職員(看護師と准看護師の合計)のうちの看護師(正看護師)の割合のこと。
ランクが高い(入院基本料金が高い)病院ほど正看護師が多く必要になる。

平均在院日数は病院の一般病棟の入院患者から計算する。
例えば7対1の病院で平均在院日数18日を超えると、たとえ看護職員が十分に足りていても7対1の点数(入院基本料)を課すことが出来なくなってしまうのである。
看護職員を多く抱えるといことはそれだけ人件費がかさむのに、入院基本料金が安くなってしまっては元も子もないという状況に陥る。
看護体制の確保、平均在院日数の縛り、それ以外にもランクを維持するのは条件があるが、次第に条件は厳しくなってきている。
病院経営も大変なのだ。
看護体制が7人に1人、10人に1人の病院が一般に急性期病院と言われる病院で、こうした病院では3か月も入院させておけない。平均在院日数絡みで1~2週間勝負。
短期間入院を稼ぐためには手術よりも内視鏡のほうが良い。1クールの放射線治療を入院して行う理由などどこにもない。
とにかくベッドの回転率は病院にとってとても重要なのである。

過去記事
機宜*58 病院を入院から考える
機宜*61 入院とベッドの関係性 矛盾を抱えて
(診療報酬の点数は2年ごとに改定されているので過去記事とこの記事の点数は異なっています)






[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-25 17:11
2017年 01月 23日
父の病
1936年(昭和11年)1月3日生まれの父は今年のお正月に81歳となった。
昨年80歳の誕生日を過ぎたところで肺に影が見つかった。
肺がんと診断されたのは3月だった。
すでに肺気腫の持病を持っており在宅酸素療法をしていたくらいで呼吸機能が良くない。
手術は難しいだろうと思っていたが、検査入院の結果手術も化学療法も無理だという結果が出た。
日常的には然程支障なく暮らせていても臓器や血液に問題がある場合の手術は要注意なのだ。

とくに術前術中術後の呼吸管理は非常に大事である。
全身麻酔では人工呼吸器を使用するために肺へ大きな影響を及ぼす。
また手術操作を容易にするための処置も呼吸抑制などを起こしやすい。
術後は一般的に呼吸機能が一時低下する。
つまり呼吸機能が正常でないと(余力がないと)手術中や術後の状態が死に直結してしまうのである。
普段は酸素を補いながら日常生活は支障なく送れていたとしても、手術となると全く話は違う。
在宅酸素療法患者(慢性呼吸不全患者)に限らず、例えば肺がんを早期に発見して肺を一部切除した場合なども同様で、肺を一部切除後に新たに違うがんに罹患した場合には呼吸機能が問題になって手術が出来なくなるようなことも起こり得る。

父は肺炎にも幾度か罹ったことがあり、もともと肺機能があまりよくないこともあって「最悪のことも覚悟して置いてください」と言われたこともあったが回復してきた。
病院は毎月かかさず受診していた。
しかし肺に影が見つかった時には、その大きさはすでに6~7cmあった。

今の時代はどこの病院も事も無げに本人にがんの可能性やがんであることを告知する。
他にどんな方法があるのか、どんな方法が最善なのかと問われれば答えに窮すが、患者本人の落ち込みは見た目以上に大きいものである。
「80歳まで生きられたからもういい」「周りに迷惑かけるだけだから治療などしなくていい」と口では言っていたが混乱して眠れない日々過ごしたようだ。
「あまり寝付かれないからラジオでも聞くかと思って夜中に付けてみたけどガチャガチャしたのしかやっていなかった」とこぼしたこともあった。
食欲旺盛な人だったが食欲がなくなった。

かかりつけの病院から呼吸器に強い病院を紹介してもらって検査入院した。(A病院)
その病院が昨年4月に統合され新病院になったため新病院に罹り直した。(B病院)
B病院で、手術や化学療法が不可能、放射線療法も難しいと言われる。
放射線療法はがん細胞だけでなく正常細胞をも破壊してしまうので、結局呼吸機能を落とし危険であるという判断である。
父は「治療はしないで放っておく」と言っていたが、B病院の医師が僅かな望みとしてということで「定位放射線治療」を勧めてくれた。

定位放射線治療は精密なコントロールのもとピンポイント(病巣)目がけて多方向から放射線を照射するものである。
個々の線源からの放射線は細く弱くても、多方向から病巣に向けて照射するので、病巣部に対しては大きな線量となり効果を上げることができる
通常の放射線治療よりも周囲の正常細胞に当たる線量を減少させることが可能で副作用が最小限に抑えられる。
この治療の体幹部への照射は2004年から保険診療の適応となっている。
治療が行える病院は限られていて群馬県内では2~3か所。
新病院のB病院でも導入予定だったが、導入を待っていたら間に合わないと言われて別の病院(C病院)を紹介された。

この治療は転移が無い状態で腫瘍が5cm以内が適応とされている。
父の場合は大きさ的に最初から微妙ではあった。
(肺の場合はステージに関係なく腫瘍の種類や位置によっても手術や放射線治療の適応が変わってくる)


5月連休前にC病院を受診して、連休明けに短期入院で治療を行う予定で体にマークを入れて準備をした。
場所をずらさないという精度が非常に大事な治療なので、このマークがとても大切である
消えないように消さないようにとの注意を受けて連休明けを待ち、治療開始直前に受診。
画像検査の結果からなのか、そこで「定位放射線治療は難しい」と告げられた。
そして家から近い病院で普通の放射線治療を受けたらどうかと言われ、D病院に移ることになった。
5月から6月いっぱいまで通常の放射線治療を1クール通院で受けた。
この治療の最中に姪っ子(父にとっては孫)が亡くなった。
1クール終了直後の検査で腫瘍が少し小さくなったそうだがそれ以上の治療はもう出来ないので、放射線治療終了後はかかりつけの病院の呼吸器外来(月1回)に移った。

かかりつけの病院→A病院→B病院→C病院→D病院→かかりつけの病院

呼吸機能が以前よりも悪くなるのは避けられず、力仕事や俊敏に動くことは難しくなったが、酸素を供給しながらなんとか過ごせていた。
しかし12月中旬から胸に痛みが出始めたようで体調がみるみる悪くなった。
食欲が無く、トイレにいくというような動きでも呼吸が苦しくて大変で、年末頃からは一日ほぼ寝ているというような生活になった。
何度も「病院に行こう」と誘ったが「大丈夫」と断られる。
年が明けてからはさらに状態は酷くなった。
そうこうしているうちに大雪が降り外出が余計に大変になってしまう。
そうこうしているうちに父も痛みに耐えかねたようで、1月17日にやっと病院に行く気になってくれたので連れて行った。

痛みが出てきたということは、がんの末期の疼痛であろう。
私はそう思ったので、放射線治療を受けた病院に連れて行った。
放射線治療を受けた際に緩和ケア(末期の痛みコントロールなど)の希望についてのアンケートをスタッフがとっていたので、内科受診して緩和ケアに繋げてもらおうと思ったのだ。
ところがその日は内科に呼吸器の医師が不在であった(心臓専門の医師に診てもらった)。
放射線治療後の経過を診ていないことや呼吸器の態勢が万全ではないとのことで、受け入れには消極的な感じであった。
緩和ケアも専門の科があるわけではなく、院内でチームを作って対応にあたっている状況だということだった。
でもとても長い時間話を聞いて下さり、最後は「専門外で治療は一切しないということを了解してもらえるならば私が主治医になってもいいですよ」と言ってくれた。
そのドクターが「がん難民」という言葉を使っていたが、最期の時はやはりなかなか難しい。


がん難民救済のカギ 止まらないがん難民の発生

現在、日本のがん治療の現場では納得した治療・療養生活を探し求めてさまよう「がん難民」と呼ばれる患者さんが増えていることが大きな問題となっています。手術や抗がん剤治療といった標準治療はほぼ平均的に全国に行き渡っているにもかかわらず、がん難民になる患者さんが跡を絶ちません。何故でしょうか?

日本のがん治療の全体像は、手術・抗がん剤・放射線治療を中心とした標準治療とがんの終末期のケアを目的とする緩和医療の2つに大きく分けられています。一般に標準治療で約半分のがん患者さんに根治が望めます。しかし、残りの半分は根治が見込めない患者さんたちです。ここで標準治療を使いきるあるいは標準治療ができなくなった時点で、「もう、治療はありません。あとは、緩和医療です」と言い渡されます。

また、抗がん剤の副作用で心身ともにボロボロになって、「もう、イヤだ」と、その先の抗がん剤治療を拒否した場合も「もう、治療はありませんから来なくていいです。あとは緩和病棟に行ってください」と見捨てられます。

ほかにも、抗がん剤治療の副作用で苦しんだ身内や知人を見たことのある方のなかで、最初から「抗がん剤治療はやりたくない」という患者さんも同様です。「それなら、もう来るな」です。

ところが、がんが身体に残っている、医師に見捨てられた“元気な”がん患者さんはたくさんいます。そういった患者さんは、「自分はまだ、こんなに元気なのに治療がないから緩和病棟に行けといわれた。本当に、もう諦めなくてはいけないのか?」 という思いから、何らかの治療・希望・可能性を求めてさまよう「がん難民」となるのです。がん難民は標準治療と緩和医療とに連続性がなく、両方の間に大きなスキマが存在することにより生まれます(図)。

e0126350_1324978.jpg


このスキマをいちばん実感しているのは患者さんご本人、あるいはそのご家族の方々でしょう。このスキマでは「これ以上治療はない」が前提のため、標準治療を提供する大学病院、がん専門病院、総合病院では解決策が出てこないことが多いのです。

一方、緩和医療ではモルヒネによる疼痛コントロールなど、がんに伴う症状の緩和行為は行うものの、がん病巣そのものに対しての医療行為は何もしないで死を待っているのが現状です。多くの患者さんは、たとえ緩和病棟を勧められようと延命効果が見込めないと告げられようと心の中では、いつまでもがんそのものに対する何らかの治療行為を求めています。

医療法人社団キャンサーフリートピア 銀座並木通りクリニックより>


上の記述とは少し違うのだが、父も私も積極的な治療行為は求めていない。
父は母の事を気遣っているせいもあるが、病院よりも自宅にいたい人である。
その父が私に病院に連れて行かれることを嫌がらなかったということはよっぽど体の状態が辛かったということなのだ。
私は父に痛みが出てからは緩和ケアを希望していたわけだが、その緩和ケア自体受け入れ先がそんなにない。
隙間の治療がないという問題だけではなく、緩和ケア専門の病院なり科を持つ病院が不足しているという問題もあるのだ。



1月17日受診のD病院では「緩和目的でうちに来るにしても他の病院に行くとしてもかかりつけの呼吸器の先生を介したほうがよい」とアドバイスされた。
かかりつけの病院の呼吸器の医師もその病院には月に2回しか来ていなかった。
だから待ってられずにD病院を受診したということもあったのだが、かかりつけの病院で19日がその医師の診察日だったので、D病院で話を聞いてくれた医師に「なんとか今日少々強めの痛み止めを出してもらえないでしょうか」とお願いして鎮痛剤を処方してもらった。
胸が痛むようになってからの父は市販の鎮痛剤を服用して誤魔化していたようだったのだが、その鎮痛剤も底をつきたらしかった。

ドクターはトラムセットを10錠ほど処方してくれた。
鎮痛剤としては結構強い薬ではあるが、通常は非がん性疼痛に処方される。
逆を言えばがん性の痛みというのはそれほどに強いということでもある。
トラムセットには弱オピオイド系と呼ばれる物質が含まれており他の鎮痛剤とは違う効き方をする(抗炎症作用はない)。
弱オピオイド配合製剤で、麻薬系鎮痛剤と考えてよいものだが、日本の法律では麻薬扱いされていない。
ドクターも「麻薬系ではないが強めの薬を出しておきましょう」と言って処方してくれた。
他のオピオイド系(麻薬系)より依存性が少ない。
麻薬系鎮痛剤であっても適切に用いている限り薬物中毒は起きないとされているが、それらの薬よりも依存性が低い。

ただし乱用は誤った使用方法ではやはり中毒に陥る。
こんな記事もある。

米国で蔓延する「オピオイド系鎮痛剤の中毒」
オピオイド系と呼ばれる鎮痛剤には驚くほどの常習性がある。米国では鎮痛剤の使用および乱用が蔓延状態であり、米国政府の試算によれば、2013年にはおよそ190万人の米国人がこうした鎮痛剤の依存症だったという。そこでアメリカ疾病予防管理センター(CDC)は2016年3月中旬、医師が鎮痛剤の処方を管理するための新しいガイドライン(PDF)を公開した。

オピオイド系鎮痛剤に関しては以前から、「薬物治療」と「薬物中毒」の境界が曖昧だ。そして規制当局は、両者のバランスを取ろうとして苦労してきた。

オピオイド系鎮痛剤はもともと、植物のケシ(Opium poppy)からつくられた。ケシの実から採集されるアヘン(Opium)が、古来から麻薬として使われていたのだ。紀元前3400年ころの古代シュメール人たちもケシを栽培しており、「喜びをもたらす植物」と呼ばれていた。

20世紀はじめの米国では、アヘン中毒が問題になっていた。1908年にはセオドア・ルーズベルト大統領がアヘン中毒に対処する「アヘン・コミッショナー」を初めて任命したが、当時の米国では400人にひとりがアヘン中毒であり、そのうち2/3は女性だったという。1914年のアヘン規制法により、上流階級の白人女性でアヘン中毒になる人数は減少したが、非合法の利用は減ることはなかった。その後も政府は規制の努力を続け、1924年、1951年、1970年にも、(ほかの麻薬も含めた)規制法が成立した。

しかしその一方で、製薬会社はアヘンからさまざまな鎮痛剤(オピオイド系鎮痛剤)を開発していった。1804年にはモルヒネ、1832年にはコデインが作成され、1874年には、モルヒネからヘロインもつくられた(最初は鎮咳薬として販売されたが、注射器投与により強力な麻薬作用が生じることが判明し、厳しく規制されることになった)。その後、アヘンに含まれるアルカロイドからオキシコドンが合成されたほか、ヴァイコディン(コデインから合成されたヒドロコドンとアセトアミノフェンを配合したもの)やパーコセット(オキシコドン・アセトアミノフェン・パラセタモールを複合的に配合したもの)などの各種オピオイド系鎮痛剤がつくられていった(米国では処方薬として購入できるオピオイド系鎮痛剤が、日本では違法薬剤であることも多い。たとえばオキシコドンは2015年6月、トヨタ自動車の女性常務役員が麻薬取締法違反容疑で逮捕された原因となった)。

米国では、慢性痛の治療に使われるオピオイド系の鎮痛剤が乱用されており、中毒状態になっている者は190万人。死亡者は1999年から2014年までで16万5,000人に上るとされる。



■代表的な非ステロイド系鎮痛剤の強さ
ジクロフェナクナトリウム(ボルタレンなど)>インドメタシン>ロキソフェナクナトリウム(ロキソニン)>メフェナム酸(ポンタールなど)> イブプロフェン(ブルフェンなど)=アセトアミノフェン(カロナールなど)>アスピリン(バファリンなど)

非ステロイド系鎮痛剤にも副作用や習慣性がある。
トラムセットは副作用が吐き気以外にほとんどないわりに非ステロイド系鎮痛剤よりも鎮痛作用が強い。
(でも他の麻薬系鎮痛剤と比べると5分の1程度の鎮痛作用)











[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-23 13:32
2017年 01月 16日
日本国憲法の秘密-452-
これまでいろんな角度から原子力を見てきた。そのどれもが素晴らしくてどんな角度から見ても核分裂の利用は困難で、利点も大して無く、在り得ないという結論に至ってしまう。
1つ嘘をつくと、それがばれないようにとまた嘘をつく。嘘は雪だるま式に大きくなっていく。

核分裂の利用は困難でもウランは天然に存在する物質であり、これを使用することは出来る。
ウランは放射性物質であり有害化学物質である。
人体に影響を与える有害化学物質は数多くあるし、人を大量に殺傷する能力を持つ兵器は核兵器だけではないだろう。
そもそもなぜ核兵器と言うかと言えば、「原子核の分裂」を利用しているから。
でも放射性物質を積載した爆弾(汚い爆弾)だって、投下爆発後に拡散した放射性物質(核種)の「原子核が崩壊」を起こしていく。つまりこちらも核兵器である。
放射性物質は無暗に拡散させないことが大事(放射性物質に限らず細菌やウイルス、危険な化学物質もそうだけれど)。
もっと簡単なのは原子力発電所など放射性物質が存在している箇所を狙って爆弾を落としたりミサイルを撃ち込むこと。それだって核兵器となりうる。
稼働しているとかしていないとかは関係ない。そこに放射性物質がありさえすればよいのだ。
ミサイルに積み込む放射性物質よりも遥かに多い量の放射性物質がそうした施設にはあるのだから、そちらのほうがずっと効率がよい。核分裂なんか別に必要ない。

人間にとって一番脅威なのは予防の手だてがないものだろう。そして非選択性なもの。
自分には関係ないと思うものに対しては概して興味が薄く積極性も欠けるものなのだ。
もし世界が何より核兵器を拡散させたくないと考えているならば、放射性物質の悪影響に対しては予防の手だてがなく、非選択性だと思っているということになる。
そうでないならば、予防の手だてがあり、選択性がある(自分は大丈夫)と思っていることになる。
あるいは、核兵器なんか存在しないと思っているか(核兵器は裸の王様)。


2007年4月に、コスタリカ・マレーシア両政府の共同提案として「核兵器禁止条約(案)」が国連に提出された。
しかしこの条約は未だに発効されていない。
2015年4月27日開幕の核兵器不拡散防止条約再検討会議に向けて事前にオーストリアのアレクサンダー・クメント軍縮担当大使が、国連加盟国(193ヶ国)全てに「悲劇を二度と起こさないため、核兵器を法的に禁止することで無くす。この考えに貴国は賛同するか?」という外交文書を送ったそうだ。
この時点での賛同国は南米やカリブ海諸国、アジア、中東、欧州の一部など計65カ国で3分の1程度だった。
再検討会議の場でも同大使が「核兵器禁止条約」の発効を精力的に働きかけた。
アメリカは「地道な核兵器削減努力に水を差す行為」と反発したそうである。

アメリカ「核軍縮が進んでいないという発言には失望しました。我が国は軍縮の義務に真摯に向き合っています。議長、そして皆さん、禁止条約派の主張には注意してください。議論を単純化しています。たとえ、あなたの国が調印しても、調印しない国が出てきたら、どう思いますか?確実に不信感を持つでしょう。」

オーストリア「リスクが高い核兵器で安全を守れるというのは幻想です。まさにギャンブルだと何故気づかないのですか?人類のために目覚めてください。核兵器を禁止しましょう。」

唯一の原爆国と積極的に謳う日本は、2013年に一度だけ拘束力がない共同声明に賛同した以外は、これまで一貫してこの提案への賛同を拒否してきた。
この時も賛同せず、どうしてなのか?と報じられたので覚えている人もいるかもしれない。
あのイランだって(失礼!)賛同しているというのに。
もっともアメリカと日本だけでなくNATO(北大西洋条約機構 アメリカとカナダ及びヨーロッパ諸国によって結成された軍事同盟)に加盟している国はどこも賛同していない。ヨーロッパの国の多くは加盟している。
オーストリアはNATOに加盟していない国なのだ。

加盟国
1949年 アイスランド、アメリカ合衆国、イギリス、イタリア、オランダ、カナダ、デンマーク、ノルウェー、フランス、ベルギー、ポルトガル、ルクセンブルク
1952年 ギリシャ、トルコ
1955年 ドイツ
1982年 スペイン
1999年 チェコ、ハンガリー、ポーランド
2004年 エストニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア
2009年 アルバニア、クロアチア
[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-16 17:27
2017年 01月 15日
日本国憲法の秘密-451-
人はみな自分が正しいと思っている。
正しさの基準は自分にある。
個人を尊重すればそれは少しも間違いではない。
何を主張しても何を選んでも良いはずだ。
選択肢だって沢山あるほうが選びがいがあるだろう。
他人の人生を生きているのではない、自分の人生を生きているのだから。
本来それ以上もそれ以下も無い。自分の人生は自分で選ぶものだ。人が口出しすることではない。
でもそれを法律や社会や親族が許さないことがある。
法律や社会や身内の人間が力や多数を盾に制限を与え制裁を加える。
自分の好きなように生きられるわけではないのが現実でもある。

①Aを主張して、Bを主張する人を批判する人がいる。
②Bを主張して、Aを主張する人を批判する人がいる。
③どちらかに決めることは愚か、人間や社会は一様ではないと、Aを主張する人やBを主張する人を批判する人がいる。
なんとなく③が素晴らしいようなのだが、行っていることは同じ。結局みな同じことをしている。
ある意味これもパラドックス。
自分と違う主張がすーっと胸に浸透するなんてことはまずないと思っていい。
どんな体裁を整えても自分の考えに沿わない人は気に入らない。これが人間の本性だと思う。
そのことに気付いているからこそ「褒めて育てる」や「承認欲求」などが蔓延する。
自分の考えに沿わないけれどあの人が好きだということは在り得ないのだろうか?
愛されたいがゆえに、自分の考え方に沿わないことに酷く失望するのだろうか?

本来、一個人としてそれを行っているのか、仕事の一環として行っているのか、社会の一員として行っているのか、親族として行っているのか、どの立ち位置にいるのかによっても主張や行動は変わるものだ。

例えば、例えばAをオバマ大統領に、Bをトランプ次期大統領としてみよう。
Aはクリントンさんではないか?選挙で負けたクリントンさんはこの比較には当てはまりません。
選挙で勝利したのは誰が何を言おうと、トランプさんだったのだから。
報道などではだいたいトランプ次期大統領は悪者である。
だから②の人が劣っていたり悪く言われたりする。そうはっきり言わなくても必然的にそうなる。
選挙で勝った人を批判するということは多くの選挙民が馬鹿だと言っているのと同じである。

では実際、AとBとどちらが良いのか、どちらが正しいのか。誰しもが納得する明確な答えは存在しない。
比較に値する存在(この場合は同じ国の大統領職ということで比較に値する)であっても、選挙のように白黒付けることは出来ない。
誰かにとって良いことは、誰かにとって良くないことであったりするのだ。
どうしても白黒付けたければ、多数決を取って収めるしかない。
人は金で動く、人は愛で動く、人は気分で動く、人は欲で動く。
多数決を支えているのは個人の欲であり愛であり、個人に帰結する。客観的な指標など別に必要なく動く。
つまり多数決の結果は票を投じた個人の勝ち負けに直結する。
負け戦などしたくないと思えばわざわざ選挙に出向いたりもしないだろう。負けるくらいなら最初から参加しないと棄権する人がいる。
勝ち負けは思う以上に人々の日常に根付いている。スポーツに熱狂する人なんか軽く凌駕するくらい広くに勝ち負けは浸透している。
だから選挙の前には下馬評がとても大事になる。どちらかが優勢な雰囲気は投票行動をも左右することになる。




客観的にみると、原子力発電所よりも危険なのは、酸化ウランを六フッ化ウランに転換したり再び酸化ウランに戻す転換施設と、六フッ化ウランを用いているウラン濃縮施設である。
それは昨日書いた通り、ウランという放射性物質・有害化学物質のほかにフッ素という有害化学物質を大量に扱うからである。
フッ素は水に反応して(加水分解反応)フッ化水素を生じる。
加水分解と酸化は同じではない。酸化数(電子の変化)を伴うのが酸化で、伴わないのが加水分解。
フッ素は大気中の水分や人間の身体の水でも反応してフッ化水素を生じるのだが、このフッ化水素も非常に危険で呼吸器や皮膚・粘膜を破壊するという急性症状を示し、最悪死亡してしまう。

一般的に「フッ素」と言えば、虫歯予防のフッ素であろう。
虫歯予防のフッ素はフッ化ナトリウムである。

かつてフッ化ナトリウムとフッ化水素を間違えてしまった事故が歯科医院で起こったことがある。

1982年4月20日午後3時50分頃、八王子市内の歯科医院で、同院の院長である歯科医師(当時69歳)がう蝕予防用のフッ化ナトリウムのラベルがある合成樹脂製小瓶の液体を脱脂綿にしみこませ、市内に住む3歳の女児の歯に塗布したところ、辛いと訴えた(フッ化ナトリウムは本来無味である)。
女児の母親と同院の助手の女性が女児の体を押さえつけ、さらに液体を塗布したが、女児は診察台から転がり落ちて苦しがり、口からは白煙が上がった。
救急車で近所の医院に搬送され、症状が重篤であるため東京医科大学八王子医療センターに転送されたが、同日午後6時3分頃、急性薬物中毒のため死亡した。
翌日、女児の通夜の席で、歯科医師は脳血栓の発作を起こし倒れた。

この液体は、歯科材料商社から大瓶で購入し、歯科医師が当日小瓶に移し替えて使用していたが、事故後、歯科医師の妻(当時59歳)が「薬を間違ったのでは」と思い、ためしに塗布液を自分の歯に塗ってみた。ところが、強い刺激とともに歯ぐきが荒れたため、うがいをして吐き出したという。妻はこの液体を中身ごと自宅の焼却炉で処分した。妻には医学や薬学の知識はなかった。

その後の調べで、同年3月19日に歯科医師の妻が市内の歯科材料業者に、フッ化ナトリウムのつもりで「フッ素」と注文し、業者はこれを歯科技工用のフッ化水素酸と解釈し、同院に配達した。その際、毒物及び劇物取締法に基づき、受領書に捺印を求めた。これは、フッ化ナトリウムでは不要のものである。この瓶と従来使用していたフッ化ナトリウムの瓶の意匠が異なることについて、歯科医師は「前年暮から新たに取引を始めた業者であり、別のメーカーの製品ではないか」と思いこみ、品名を確認していなかった。

歯科医師は刑事責任を問われた。1983年2月24日、東京地方裁判所八王子支部で業務上過失致死罪により禁錮1年6月執行猶予4年の有罪判決を受け、この一審判決が確定した



フッ化ナトリウム(フッ素)は歯科医院で塗布することが主流だったが、その後歯磨き粉や洗口液などに加えられるようになり、現在は自分で塗布するような商品も販売されている。
世界的には水道水に添加してしまうという方法が採られている。
日本でも検討や議論があったが現在国内で水道水にフッ素を添加しているのは米軍基地内と群馬県下仁田町役場内の水道水だけだそうである。
この虫歯予防のフッ素に関しても反対している医師や科学者がいる。


水道水フッ化物添加についての議論


フッ素はほとんどの場合(ウラン濃縮で利用する以外は)化合物として存在しているが、化合物とはフッ素と何かがくっついたという状態である。
多少性質は変わるがフッ素自体がなくなったわけではない。
塵も積もれば山となるではないが、日々口にするようなものに有毒なフッ素を添加するのはいかがなものかということである。
商品ならば嫌ならば買わなければよいが、水道水に入れられてしまうと選択性がなくなってしまう。(ミネラルウォーターを買えばよいじゃないか?)
そういう意味ではやはり問題はあると思う。
ちなみにフッ素化合物を水道水に添加することを世界で最初に導入したのはナチスだったと言われている。(虫歯予防?人体実験?痴呆化目的?)


戦後の1950年代にアメリカで水道水への添加を巡って科学者の間で一大論争が起こった。

アメリカにおけるフッ素の有効利用の始まりはアメリカにおけるアルミニウム産業でした。
産業廃棄物であるフッ素の毒性と処理に手を焼いていたアルコア社の主任研者フランシス・フレイリーは、メロン産業研究所の研究員ジェラルド・コックスにフッ素の歯に与える影響を研究して、その有効利用を提案しました。
そして、コックスは 1939 年に虫歯予防のために、公用の水道水にフッ素を添加することを提唱します。

また、このメロン産業研究所は、アルコア社の株主であるアンドリュー・メロンが設立したもので、真の目的は、大企業が起こす大気汚染・土壌汚染などの公害に対して行われる訴訟から産業を守るために有利なデータを作成することでした。
同社はアスベスト産業を守るために「アスベストは安全である」と長年主張し続けています。

その後、欧米において「宣伝広告の父」との異名をもつ、エドワード・バーネイが「虫歯予防にフッ素」というキャッチフレーズで水道水へのフッ化物添加キャンペーンをテレビ・ラジオ・ポスターなどを用いて全米で大々的に展開しました。
そして、「フッ素は安全なもの、体に良いもの」というイメージが一般社会に定着したのです。

THINKER 虫歯予防”フッ素”の真実 より>


1950年代は、時代的に核兵器開発や核の平和利用(原発)が盛んになってくる時期である。
(アメリカのアイゼンハワー大統領が、1953年12月8日にニューヨーク の国際連合総会で「平和のための原子力」演説を行った。)
アメリカの一大論争の際、低濃度ならば安全であると主張したフッ素添加支持派の中心的人物がハロルド・ホッジだった。ホッジは原爆と無縁ではなかった人物であった。
原爆にしろ原発にしろウランを濃縮する必要がある。そこではフッ素が使用される。

ハロルド・ホッジ博士は、予期される核実験反対や訴訟に備え、あらかじめウランやプルトニウムを人体に注射し、その毒性を測る実験を指揮していました。
それと同時に核兵器の製造時に大量に使用し、排出されるフッ素ガスの毒性を一般大衆に察知されないように安全性をアピールしておく必要があったのです。
そのためにどうしても「フッ素は安全なもの」として一般の人々のイメージに浸透させておく必要がありました。こうしたことが、すべてからんでいるためにフッ素に関しての真実はいまだに隠蔽されたままなのです。
<出典は同上>


1930年代ハロルド・ホッジはアメリカのロチェスター大学の医学部と歯学部で、フッ化物と歯のフッ素症の研究を含む毒物学を探求した。
当時のアメリカで取り上げられていたのは虫歯予防ではなくて、天然に存在するフッ化カルシウムの濃度が高い地域でフッ素症の発生が認められることと、フッ化物を含む工業的大気汚染による健康への悪影響であった。
水道水にフッ化物を添加するのではなく、水道水からフッ化物を除去することが課題であった。


潮目が変わったのはやはり戦時中の原爆開発だったのだろう。
ホッジはウランとプルトニウムの安全性を調べる人体実験を行ったという。

The US government settled with the victims' families, paying $400,000 per family. Seven victims were injected with material smuggled into a hospital secretly through a tunnel. One unmarried, white 24-year-old woman was injected with 584 micrograms of uranium; another 61-year-old man was injected with 70 micrograms per kilogram of uranium.:93 Hodge also arranged for Dr. Sweet to inject 11 terminally-ill patients with uranium for their brain tumors; however, these subjects may have known they were being tested.

Hodge is also singled out by BBC journalist Christopher Bryson in his book The Fluoride Deception as having played a key role in promoting the implementation of water fluoridation in the U.S., from which the water fluoridation controversy stems. Hodge's position on the Manhattan Project was connected with his knowledge of fluoride from his tenure at the School of Medicine and Dentistry in Rochester, New York. Fluorine and fluoride by-products were considered as highly dangerous and had been quite thoroughly researched by Kaj Roholm at that time. Modern toxicological profiles confirm the industrial risks inherent in working with fluorine, fluoride and hydrogen fluoride.Bryson makes the case that Hodge knowingly lied in testimony to Congress regarding the safety of fluoridation.


ホッジは戦後も米国原子力委員会(AEC)の薬理・毒物学部門を率いてウランやベリリウム(有毒性が高いと言われている)の吸入影響などを研究していた。
そんな中、水道水のフッ化物添加を推進していたわけである。

しかし1993年にアメリカの地方紙アルバカーキー・トリビューンのアイリーン・ウエルサム記者(ジャーナリスト)が"The Plutonium Experiment"(プルトニウム実験)と題してホッジの戦時中の人体実験を暴露した。
彼女はこれによりピューリッツァー賞をはじめ数多くの賞を受賞し、ホッジの評判はがた落ちとなった。
彼女は1999年にも "The Plutonium Files: America's Secret Medical Experiments in the Cold War"(プルトニウム・ファイル:冷戦におけるアメリカの秘密医学実験)」という書を執筆し賞を受賞している。

タイトルはプルトニウムだがホッジはウランの実験もしている。
戦時中はウラン爆弾の実現性が乏しくプルトニウムに期待する向きがあったが、やはりプルトニウムは有効ではなく、戦後はプルトニウムから離れてウランを中心に研究していたということだろうか。

アメリカ合衆国における人体実験
[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-15 14:10
2017年 01月 14日
日本国憲法の秘密-450-
ウランは酸素を与える酸化剤や助燃性の性質を有し、酸素を奪う還元剤としての性質も持つ。自然発火性も有している。
また水素とも極めて反応しやすく水素化物(水素化合物)を作る。水素吸蔵合金の性質も持つ。
非常に反応性の高い物質である。
こうした特徴を上手く使えば役に立つことも多いが、反面取り扱いが難しい物質でもある。
核燃料として用いられているのはウラン単体ではなくて酸化ウランである。
水との両立性に優れ、融点も高くなる(約2800℃)。
ウラン単体よりもずっと安定していて取扱いやすい。

原発や軍事利用のウランは濃縮をして(ウラン238と235の比率を変えて)使用しているが、濃縮を行うためにはウランを気体にする必要がある。

ウランの融点と沸点は昨日書いた。
ウラン単体は、融点(固体→液体)1132 °C、沸点(液体→気体)3745 °Cである

ウラン単体を気化して濃縮を行うならば、沸点3745 °C以上の温度を維持し続けなければならない。
この温度を維持するということはなかなか大変なことであるし、非常に多くのエネルギーが必要になる。
ウランは最初から効率があまりよろしくないが、さらにこれではさすがに効率が悪すぎると思ったのだろう。
そこでどうしたかというと、「六フッ化ウラン」を使うことにしたのである。
フッ素化したウランということである。
六フッ化ウランは常温では固体だが56.5 °Cで昇華(液体とばし)して気体になる。
3745 °Cを維持するのと、 56.5°Cを維持するのでは、その差は歴然。

濃縮は僅かな質量差(中性子3つ分)を頼りに行うので、もしもフッ素にもいろいろ種類(核種)があり質量差があればウランの差なのかフッ素の差なのか分からなくなるが、幸い(というかだからこそ選ばれたんだろうけれども)フッ素は天然に存在する核種がただ1つしかない元素である(単核種元素)。

ちなみにヨウ素やセシウムも単核種元素である。天然に存在しているものは安定した核種である。
ところがヨウ素やセシウムは核分裂により新たに放射性核種が誕生する(と言われている)。分裂片のことである。
ヨウ素129やヨウ素131やセシウム137などは新たに生まれた放射性核種である。(ヨウ素129は核分裂の他ウランの自然崩壊でも生成される)(ヨウ素による健康への影響を心配するならばヨウ素129も取り沙汰されてよいはずなのだが、ウランの半減期が長いところに持ってきてヨウ素129の半減期も1570万年と長いためあまり注目されずにいる)
ヨウ素127が安定同位体であり、他37種類が知られているものの、全て放射性同位体である。
これらの新たに生まれた放射性核種が単核種元素の存在比を乱してしまっている(よく分からなくさせている)。
ヨウ素について言えば、安定ヨウ素127とヨウ素129以外は半減期が短いため、通常環境中にはないとされる。(どこかで放出され、それを採取し、計測して、人間があーでもないこーでもないと考察を加えているうちにヨウ素ではなくなっているだろうから環境中にあることを知ることは出来ないということ)


◎天然ウランが核燃料になるまで
天然ウラン→酸化ウラン→六フッ化ウランに転換→(気体にして濃縮)→酸化ウランに再転換→酸化ウラン粉末→プレス機で成型・加工→高温で焼き固めてペレットに→核燃料


◎フッ素の黒歴史
酸素を発見したアントワーヌ・ラヴォアジェも単離には至らなかった。

1800年、イタリアのアレッサンドロ・ボルタが発見した電池が、電気分解という元素発見に極めて有効な武器をもたらした。
イギリスのハンフリー・デービーは1806年から電気化学の研究を始めると、カリウム、ナトリウム、カルシウム、ストロンチウム、マグネシウム、バリウム、ホウ素を次々と単離。しかし1813年の実験では電気分解の結果、漏れ出たフッ素で短時間の中毒に陥ってしまう。デービーの能力を持ってしてもフッ素は単離できなかった。単体のフッ素の酸化力の高さゆえである。実験器具自体が破壊されるばかりか、人体に有害なフッ素を分離・保管することもできない。

アイルランドのクノックス兄弟は実験中に中毒になり、1人は3年間寝たきりになってしまう。
ベルギーのPaulin Louyetとフランスのジェローム・ニクレも相次いで死亡する。
1869年、ジョージ・ゴアは無水フッ化水素に直流電流を流して、水素とフッ素を得たが、即座に爆発的な反応がおきた。しかし、偶然にも怪我一つなかったという。

ようやく1886年、アンリ・モアッサンが単離に成功する。白金・イリジウム電極を用いたこと、蛍石をフッ素の捕集容器に使ったこと、電気分解を-50℃という低温下で進めたことが成功の鍵だった。当時は材料にも工夫があり、フッ化水素カリウム (KHF2) の無水フッ化水素 (HF) 溶液を用いた。だがモアッサンも無傷というわけにはいかず、この実験の過程で片目の視力を失っている。フッ素単離の功績から、1906年のノーベル化学賞はモアッサンが獲得した。翌年、モアッサンは急死しているが、フッ素単離と急死との関係は不明である。


そんなフッ素を大量に・・・。

その性質上、フッ素を単体で使う場面は少なく、フッ化カルシウム (CaF2) と硫酸 (H2SO4) から生成するフッ化水素 (HF) を介して利用されることが多い。ウラン235 (235U) 濃縮のため、揮発性の高いフッ化ウラン (UF6) を製造する目的で単体フッ素が利用されることは、特筆すべき事柄である。

フッ素の化合物は、一般に極めて安定しており、長期間変質しないという特徴を持つ。この性質は環境中で分解されにくく、いつまでも残存するということを意味しており、その使用には注意が必要である。



フッ素は天然(自然界)にも単体では存在しておらず蛍石や氷晶石などとして在る。
酸化性が極めて高い物質。
反応性が高く取扱いが非常に難しい危険な物質であるため、酸化剤として用いられることはまずない。
研究などであってもおいそれと使える物質ではない。
あのNASAも諦めたくらいである。
単体のフッ素やClF5などの化合物はロケット燃料の酸化剤として、1950-1970年頃にかけNASAを含むいくつかの機関で検討されたことがある。例えばNASAでは液体酸素の代わりに液体酸素-液体フッ素の混合物(フッ素を70%含むFLOX-70や同30%含むFLOX-30等)をアトラスロケットのエンジンを用いて試験しているし、ソビエトでも同様の実験が行われていた。これはフッ素を酸化剤として使用した場合の比推力が酸素を用いた場合を上回るためであったが、性能向上がわずかであったのに対しフッ素の危険性ゆえに取り扱い上の困難が非常に大きく、結局ロケット燃料としての利用に関しては断念されることとなった。
[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-14 16:22
2017年 01月 13日
日本国憲法の秘密-449-
原子炉建屋内には運転に用いている核燃料(ウラン110トン)のみならず、使用済み核燃料も冷却されて保管されていた。
事故の状況によってはウラン100トン分の放射性物質が放出されるだけでは済まないということである。


福島原発事故の際、原子炉などの説明として報道機関の報道をはじめとしてよく用いられてた図はこのようなタイプが多かった。
e0126350_1354490.jpg


こちらはこの間も掲載した電力会社の原子力発電(沸騰水型)の仕組みの説明図。
(今回分かりやすいように「原子炉格納容器」という言葉と矢印を私が書き入れました)
e0126350_136427.gif


原子炉格納容器(原子炉を格納している容器)(外側の容器)の一番下の部分には水が溜めてある。これを圧力抑制プールという。
(一番上の図では断面図であるためプールというイメージが少々涌きにくいかもしれない)
約3,000トンの水が入れられているそうだ。
温度がコントロールできないのも困るが、圧力がコントロールできないのも困る。(温度と圧力には関係があるけれども)
圧力が上がり過ぎれば容器の破損に繋がるからだ。
何らかの不具合(故障・事故)で原子炉圧力容器の圧力が上がり過ぎた場合に、原子圧力容器の弁を開けて蒸気を圧力抑制プールに送り込み、貯めておいたプールの水で冷却し圧力を低下させる役目を持っている。
送り込まれた蒸気が多ければ、あるいは原子炉圧力容器が破損して蒸気が漏れだしているようなことがあれば、原子炉格納容器も蒸気によって圧力が上がってしまい破損しかねない。それを水による冷却によって防ぐという役目もある。
いざという時には炉心(核燃料)を冷やす役目も持っているそうである。

では事故発生の時に散々耳にした炉心溶融(メルトダウン)とは何なのか。

炉心溶融、あるいはメルトダウンとは、原子炉中の燃料集合体が(炉心を構成する制御棒やステンレススチール製の支持構造物等をも含めて)核燃料の過熱により融解すること。または燃料被覆管の破損などによる炉心損傷で生じた燃料の破片が過熱により融解すること。

炉心溶融は原子力事故における重大なプロセスの一つであり、さらに事態が悪化すると核燃料が原子炉施設外にまで漏出して極めて深刻な放射能汚染となる可能性がある。それに至らないまでも、溶融した炉心を冷却する際に発生する放射性物質に汚染された大量の蒸気を大気中に放出(ベント)せざるをえないことが多く、周辺住民の避難が必要となるなど重大な放射能汚染を引き起こす可能性がある。

臨界状態の核燃料が炉心溶融を起こす場合もあるが、原子炉の運転中に生成蓄積された核分裂生成物が臨界停止後も大量の崩壊熱を発生するため、未臨界状態の核燃料であっても炉心溶融を起こしうる。


早い話、燃料棒(燃料被覆管)か、その中に収められていた核燃料(固体の酸化ウラン)が融けることである。(図の赤い部分)
要するに密封されていたはずの核燃料が被覆管の外に出てしまうということ。そこには放射性物質が多数存在している。

福島原発事故では、まず地震による停電で外部電源を失った。
しかし外部電源喪失は地下に設置されていた非常用ディーゼル発電機の起動によってカバーできるようになっていた。
ところが津波によって非常用ディーゼル発電機も海水に浸かって故障。
同時に電気設備、ポンプ、燃料タンク、非常用バッテリーなども流出したり故障したりで、全電源喪失状態(Station Blackout、ステーション・ブラックアウト)に陥った。
電気を作っている原子力発電所自体も電気なしにはやっていけない。
電気がストップして一番に問題になるのは原子炉圧力容器や原子炉格納容器に水が送れなくなることである。

水が送れないと蒸発する一方なので水位はどんどん下がっていき、通常は水(沸騰水)に浸かっている燃料棒が顔を出すようになる。
さらに続けば完全に水(沸騰水)が蒸発してしまう。
やかんに水を入れて火にかけ、かけたことを忘れるといずれ水が全て蒸発して、空焚き状態になる。
新潟県糸魚川市の大規模火災も元を正せば鍋の空焚きだったとか。
温度がどんどん上昇して火災にも繋がる状況である。(最近のコンロならば空焚きを感知して止まるようになっているらしいけれども)

それならば蒸気を逃さないようにすればいいじゃない?
普通の鍋に水を入れてしっかり蓋を閉める。
そのまま熱し続ければ、蓋がガタガタしだして、蓋が外れたり煮こぼれたりしますね。
蒸気を逃してやらないと中で圧力や温度が充満して耐え切れなくなってしまう。
蒸気や液体を逃さないように密封し、ある程度の圧力に耐えられるのが圧力鍋である。
しかし爆弾を作るのに使われたりする。圧力鍋だって限界を超えれば耐え切れない。
原子炉も蒸気を逃さないで熱し続ければ、結局容器が耐え切れなくなってしまう。


ボケ老人じゃないんだから(失礼!)忘れてたなんてことはないでしょ、まず火を止めなさい?
原発は火を止めたのである。緊急停止装置が作動したのである。
原発の「火を止める」とは緊急停止装置が制御棒を全て入れて「臨界反応(核分裂連鎖反応)を止める」ことである。
しかし実際のところ、この停止はほとんど意味をなさない。
何故かと言うと、人間には原子核が崩壊することによって生じる熱を止めることが出来ないからである。
原発の核燃料で核分裂に用いているのはウラン235の比率は3~5%。
残りの97~95%はウラン238である。
このウラン238、またウラン235の核分裂によって生じた放射性物質(分裂片)と、ウラン238の核崩壊によって生じた放射性物質が、どんどん核崩壊を続けている。熱を発し続けている。
だから実際のところ「火を止める」ことは出来ない。
考え方を変えて見ると、核分裂などさせなくても危機に陥るほどの熱を生じるのだから、端から核分裂なんか必要ないのである。
事故防止に大事なのは「火を止める」ことではなく「水を送り込む」ことなのだ。


ウラン単体は、融点(固体→液体)1132 °C、沸点(液体→気体)3745 °Cである。
燃料に用いている酸化ウランの融点は2850℃。
燃料被覆管に用いているジルカロイという物質の融点は1850℃。

温度は熱源の温度ではなくて物質の温度である。
物質(固体)の温度がこれ以上になれば融けて液体になってしまう。
熱源の温度が高ければ物質の温度も当然上がりやすいが、前にも書いた通り、温度の上がりやすさ(熱の蓄積)には熱伝導率や熱容量なども関係してくる。

燃料被覆管のジルカロイはジルコニウムと他の金属を合わせた合金。
主となるジルコニウムの熱伝導率はだいたいステンレスと同じくらいで、金属の中では熱伝導率は低いほうである。熱するまでにやや時間がかかるが熱は外に逃げにくい(熱しにくく冷めにくい)。

圧力容器内の冷却水(沸騰水)(水蒸気)の温度は約285℃。圧力は約70気圧。
水の沸点(液体→気体)は100℃であるが、これは常圧(1気圧)の時であり、それより圧が高いので100℃を超えて285℃となっている。
原子炉圧力容器は厚さ約15cmの鋼鉄(鉄と炭素の合金)製で90気圧まで耐えられるという。
純粋な鉄の融点は1535℃だが、一般的な鉄は炭素を含んでおり、1535℃よりも融点は低くなる。
鉄や炭素の熱伝導率はステンレスよりも高い(より早く熱し、熱を外にも逃しやすい)。
上にも書いたように圧力容器内の圧力が高くなりすぎた時には、弁が自動的に開いて高温高圧の水蒸気を圧力抑制プール(ウェットウェル)に逃し圧力を下げる。

沸点に達してから初めて蒸発すると勘違いしている人がいるかもしれないが、蒸発は低い温度でも発生する。
常圧にある水は沸点100℃にならなくても表面から蒸発している。
但し温度が高いほうがより蒸発しやすく、温度が低いと蒸発は少ない。
液体内部から蒸発が起きて一斉に蒸気になろうとする温度が沸点である。

内側の核燃料がジルカロイに熱を与え、ジルカロイは外側の水に熱を逃す。
燃料被覆管が融けてしまったら話にならないので、通常は被覆管ジルカロイは融点1850℃を超えない温度にある。

しかし不具合が起きていた。
何らかの不具合(故障・事故)で原子炉圧力容器の圧力が上がり過ぎた場合に、原子圧力容器の弁を開けて蒸気を圧力抑制プールに送り込み、貯めておいたプールの水で冷却し圧力を低下させる役目を持っている。
送り込まれた蒸気が多ければ、あるいは原子炉圧力容器が破損して蒸気が漏れだしているようなことがあれば、原子炉格納容器も蒸気によって圧力が上がってしまい破損しかねない。それを水による冷却によって防ぐという役目もある。


格納容器を守る役目もある圧力抑制プールであるが、福島原発の事故では格納容器内のプールではない部分(ドライウェル)の蒸気を外に逃すことも行われたそうだ(ドライベント)。
ウェットウェルだけでは間に合わなかったということだ。
被覆管や圧力容器に異常があってすでに放射性物質が被覆管や圧力容器外に漏れ出している可能性が高い。
そうは言っても原子炉格納容器は厚さ3cmの鋼鉄製。圧力容器より厚さがない。
水は気体になると体積が1700倍にもなる、逃さなければ爆発に繋がる。
だから放射性物質がすでに漏れ出している状態の蒸気を外に出すしかない。
でも結果的に福島第一原発の原子炉は爆発が起こった。
[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-13 14:18
2017年 01月 11日
日本国憲法の秘密-447-
本日2本目の記事となります。

ヨウ素が取り沙汰された理由は半減期の短さだけではない。
いまいちど甲状腺がんのリスクとして挙げられている要素を思い出してほしい。

<リスク>
・放射線被爆
・遺伝
・体重増加
・ヨウ素(ヨード)摂取量
・ホルモン(ホルモン異常,経口避妊薬使用の有無,女性ホルモン補充療法の有無,不妊症治療薬使用の有無,乳汁分泌抑制剤使用の有無など)
・月経(初経年齢,閉経の有無,閉経年齢など)
・妊娠(妊娠回数,分娩回数,流産の回数,初回妊娠年齢,初回分娩年齢など)
・魚介類の摂取量
・アルコールや煙草


被爆とは別に「ヨウ素摂取量」自体がリスクの1つなのである。
ヨウ素(ヨード)は人間にとって必須成分であり、その半分は甲状腺に集まっていて、甲状腺ホルモンを生成するという役目を果たしている。
ヨウ素は食事などから定期的に摂取する必要がある。
多く含む食品は、昆布、ワカメ、ヒジキ、ノリ、寒天などの海藻類である。
こうした海藻類や魚介類を他国より多く摂取する日本ではヨウ素不足が問題になることはなかった。
(それでもヨード卵などという卵が売られていますね)
しかし世界的にはヨウ素不足は深刻で、これで命を落とす人も少なくないのである。
欧米では塩にヨウ素を添加することで改善をみたが、大陸の山岳地帯の発展途上国を中心に現代でもヨウ素不足は改善されていない。

ヨウ素過不足については過去記事でも触れている。
放射性ヨウ素を蓄えてしまう前に、安定ヨウ素で先に満たしてしまおうという考えで放射線汚染時に用いられるのがヨウ素剤である。
ヨウ素は通常でも過不足で健康障害を引き起こすことがある。
ヨウ素を含む海に囲まれる島国であり、広大な大陸でもないため土壌のヨウ素含有率も深刻に少ないという状況ではなく、さらに海産物を食べる習慣のある日本人は不足にはなりにくい。よってどちらかと言えば過剰が問題であった。
健康な人であればヨウ素摂取量が多少増えても排泄により自然に調節可能だが、長期間の過剰摂取は過剰症を引き起こすことがある。また疾患を持つ人は自然調節が上手くいかない場合もある。
外国では塩にヨウ素を添加していることも多いので日本人は注意が必要。
過不足ともに主に甲状腺(ホルモン)や妊娠や胎児に影響がある。


ヨウ素の過不足(特に不足)は周産期(妊娠22週から生後満7日未満)死亡に繋がる。
また先天的疾患や脳障害の原因としても非常に重要で、知的障害(精神遅滞)の最大の原因は世界的に見るとヨウ素不足なのである。

このヨウ素の過不足が甲状腺がんの発生にも関係しているという論文は幾つもある。
ヨウ素不足地域では性質の悪い未分化がんという種類の甲状腺がんが多く発生し、過剰地域では大人しく治りやすい乳頭がんの発生が多いそうである。
同時にヨウ素過不足と甲状腺がんの関係性は認められないとする論文も幾つかある。
両方を尊重すれば未だよく分からないといったところ。


ロシアは塩にヨウ素を添加している国である。
チェルノブイリ周辺の旧ロシア地区も比較的ヨウ素の摂取量が少なくヨウ素欠乏症が認められる。

2013年ロシアの状況
下院保健委員会のニコライ・ゲラシメンコ第一副委員長が、店舗で販売される全ての食塩にヨウ素を添加する法案を提出した。今、わが国では食塩へのヨウ素添加は任意である。ゲラシメンコ第一副委員長は、卸売・小売用の食塩にヨウ素添加を義務付け、パンの製造にもヨウ素添加塩の使用を義務付けることを提案した。

このような法案の根拠となったのは、内分泌学研究センターの研究である(2002〜2006年に行われた研究)。わが国では長い間、甲状腺の病気の状況が良い状況とはいえない。調査された19地域のうち15地域では、ヨウ素不足のために甲状腺腫(ヨウ素不足に関連した甲状腺の病気)の罹患率が5%から19%である;3地域(アルハンゲリスク州、ニジェゴロド州、アストラハン州)では甲状腺腫の罹患率は20〜29%の範囲にある。また、スヴェルドロフスク州では30%を超えている。これらのデータは法案への解説文に引用されている。

甲状腺腫を予防する最も単純な方法は、ヨウ素添加塩である。「実際、20世紀初頭、ソビエト政府によりすでにこの有益な実地応用は行われていました」―このように、「食事と健康クリニック」のミハイル・ゼイガルニク、主任医師は述べている。「これは深刻な病気―幼い子供の知的障害から大人の甲状腺機能低下症まで―を予防するための、最も安価な方法です。成人を完治させることができる一方で、子供たちのヨウ素不足は深刻な知的発達障害を引き起こしうるのです」。



摂取されたヨウ素の多くは甲状腺に運ばれる。
特に成長期の小児は甲状腺の働きが活発であるので、より多くのヨウ素を取り込みやすい。
慢性的にヨウ素が不足気味だったところにヨウ素が入ってくれば、待ってましたとばかりにそのヨウ素が使われる。
喉が渇いてれば水をゴクゴク飲むのと同じである。
チェルノブイリ周辺はヨウ素不足気味な地域であった。
従って原発から放出された放射性のヨウ素(ヨウ素131など)を甲状腺にたっぷりと取り込んでしまう。
日本ではこれまで健康な人が普通に生活していればヨウ素不足になるということは考えにくかった。
そうであるならば、不足気味で甲状腺に多くを取り込んでしまうチェルノブイリの小児と、不足の心配はない福島の小児とは、同じではない。

ヨウ素の種類が安定でも不安定な放射性でも、甲状腺細胞がそれを取り込む。
ヨウ素131など放射性のヨウ素が取り込まれると、放射性ヨウ素は甲状腺で放射線を放出し原子をイオン化させ、それがやがてがんになっていく。
がんになると手術でそれを取り除く。
もしも甲状腺を全摘するとなると、以後甲状腺ホルモンが作れなくなるので、ホルモン剤の服用が必要になる。
手術による甲状腺摘出や放射線療法による甲状腺機能廃絶後は、医源性の甲状腺機能低下症となってしまうのだ。
もともと疾病として持っている甲状腺機能低下症は原発性と言う。(原子力発電所の原発ということではない)

甲状腺ホルモンは全身のエネルギーを促すホルモンであり、それが利用できなくなるため、症状は多岐にわたる。 主な症状は、強い全身倦怠感、無力感、皮膚の乾燥、発汗減少、便秘、上下肢、脇、眉の外側の脱毛、声がかすれる、聴力の低下、目に光がなくなり,顔もぼてっとする,鍵の開け閉めなどできにくくなる、体重増加などである。 全身の活動が低下し無力感を持ったり低体温になる。
本症で最も問題となる症状は早老による動脈硬化などである。 また子供のクレチン症の場合は生育に必要な甲状腺ホルモンが欠如するので、発育障害や知的障害にいたる場合がある。
甲状腺機能低下症のその他の症状のうち、うつ症状、鼻閉、便秘/腸閉塞、多関節炎が非定型的で見逃されやすく、注意を要する。


上記の他、不妊の原因にもなりうる。
ホルモン剤で改善が見られる人もいるが、なかなか難しく何もする気が起きないという人も少なくない。
甲状腺にがんが見つかって甲状腺を切除してしまうとこうした厄介な問題を後々抱えることになりかねない。
成長期で後の人生が長い小児の場合はより深刻となるだろう。


実は放射性ヨウ素は甲状腺がんの原因になるだけでなく甲状腺がんの治療に用いることがある。放射性ヨウ素内用療法という。
放射性ヨウ素ががん細胞に取り込まれ、がん細胞を破壊するから有効なのである。
この治療が適応となるのは甲状腺がんで甲状腺を全摘した者。
全摘したのに何故必要?と思うかもしれないが、手術では甲状腺を完全に取り除いたつもりでも目に見えないほどの小さな甲状腺組織が残っていることがほとんど。
その残った甲状腺組織の中にもしもがん細胞があれば増殖してしまう。
それを防ぐために放射性ヨウ素をあえて飲んでもらい、放射性ヨウ素を甲状腺に送って、残っている甲状腺組織を破壊してしまうのである。
また肺やリンパ節などに転移している場合にも転移したがんは甲状腺と同じ性質を持つため、そこも破壊することが可能。
一方、全摘ではなくて甲状腺組織を一部残している場合、内用療法の利用は十分な検討を要する。
何故かというと、正常細胞を破壊してしまうからである。
従って治療ではなく体内に取り込んでしまった放射性ヨウ素にも細胞を破壊する(生命力を奪う)能力があると考えるのが妥当であろう。
がん細胞でも正常細胞でも非選択的に破壊してしまう能力があるということなのだ。
取り込んだ放射性ヨウ素の量によって結果は多少違うと思うが。


ここまで放射性ヨウ素について語ってきたが、私は以前何度か述べているように、核分裂利用についても懐疑的である。
もし核分裂を利用していないとなれば、ヨウ素131は生成されない。
それでもウラン238とウラン235は崩壊するので放射線は放出するし、違う種類の放射性物質も出来る。
でもヨウ素131やセシウム137は出来ない。
そうなれば原発事故で小児の甲状腺がんが他のがんに先駆けて発生する理由はなくなる。
甲状腺がんが有意に増えなくても良いということである。

でもチェルノブイルは有意に増えている?
それはヨウ素不足から発生したがんとは考えられないのだろうか?
不足しているところにヨウ素131が取り込まれてもがんの原因になるが、ヨウ素不足だけでもがんの原因になる。そういう論文がすでにある。
さらにスクリーニングによるバイアスも完全には否定できない。
核分裂の証明にはヨウ素131があったほうが都合が良いのだろうけれども。
[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-11 18:19
2017年 01月 11日
日本国憲法の秘密-446-
昨日の記事にて広島・長崎原爆後の調査とチェルノブイリ原発事故の調査が「甲状腺がんの増加は放射線被爆と関係がある」との結論を導き出したと書いた。
但し広島・長崎原爆とチェルノブイリ原発事故では被爆の在り様が違う形で捉えられている。
広島・長崎原爆ではγ線の被爆(外部被爆)という認識。
一方のチェルノブイリ原発事故では放射性降下物という認識である。

放射性降下物(英: nuclear fallout)またはフォールアウト(英: fallout)とは核兵器や原子力事故などで生じた放射性物質を含んだ塵を言う。広域な放射能汚染を引き起こす原因はこの放射性降下物である。
一般には死の灰という俗称で知られる。日本では第五福竜丸事件が有名である。


第五福竜丸とは1954年のアメリカの水爆実験に遭遇して被爆したマグロ船のことである。
先日書いたように死の灰を浴びたが、乗組員の異変は「輸血による血清肝炎」だとアメリカは主張した。

放射性降下物とはウランなどの放射性物質(核種)(原子が集合し微粒子となり、さらに塵などに付着し粒子となったもの)のことで、それが広範囲に拡散されるのである。拡散されるということは密度は低くなる。
放射性物質があれば放射線を放出するが、放射線を放出するのは核崩壊する時であり、随時及び長期に亘る。
密度は低いとしても微粒子1個でも人間の体内に入れば原子のイオン化という異常をもたらす。リスクは有る。
つまりチェルノブイリ原発事故の調査は内部被爆の影響が念頭にあると言うことが出来る。

広島・長崎原爆では外部被爆(γ線)の影響で甲状腺がんが増加したと考えている。
一方のチェルノブイリ原発事故では内部被爆(放射性降下物に含まれる放射性物質から放射されるα線・β線・γ線)の影響で甲状腺がんが増加したと考えている。
両者には違いがある。

何が念頭にあるかによって調査の仕方は変わる。
特に後ろ向き研究の症例対照研究(ケースコントロール研究)では、対象者からそれに合わせた情報を得る必要があるので、何が念頭にあったかによって結果は随分違うものになる。
福島の原発事故の際も、日本では原爆の調査と同様に、ほとんどがγ線や外部被爆を中心に報道されたり論じられていた。
これにずっと違和感があった。
人々は福島第一原発から放射線が飛んでくるようなイメージを持っているかのようだった。


原爆も原発も核分裂を利用していると言われている。
核分裂を起こさせるにはウラン238ではなくウラン235が必要である。
それを完全に分離して使用することは出来ないので、238と235の比率を変えて利用する。これがウラン濃縮である。
広島・長崎原爆の比率がどれくらいだったかは分からないが、核兵器に用いる場合にはウラン235の割合が相当高くないとダメだと言われていて分離できないにしても100%近くになっていないとダメだという話があった。
現在一般的には核兵器などの軍事利用には70~90%の高濃縮ウランが必要と言われている。
原発の燃料に用いているウランのウラン235の比率は3~5%ほどだという。
劣化ウランは天然ウランのウラン235の比率0.7%よりも低い。
ではウラン235以外は何かと言えばウラン238である。

核分裂では放射線は放出されない。
もし100%のウラン235を用いた原爆ならば、爆発(核分裂連鎖反応)の瞬間に放たれる放射線はない。
厳密に言えば分裂後の放射性物質(分裂片)から幾らかは放射されるかもしれないが、取るに足らないものである。
もっと厳密に言えばウラン235の自然崩壊による放出もあるが、崩壊してしまうとウラン235ではなくなるということで核分裂連鎖の成功が怪しくなってくるので、崩壊はないことになっている。
核分裂は直ちに全ての放射性物質(分裂片)が崩壊を起こして放射線を放出するわけではないのだから、放射線はそれほど放出されない。
新たに生じた放射性物質(分裂片)の種類と量と半減期によって、どんな頻度で崩壊してどの程度の放射線が放射されるかは変わってくる。
ウラン235の比率が高いということは、瞬間的な放射線の放出量は少なくなるということなのだ。
広島や長崎の原爆が爆発した瞬間に多くの放射線(α線・β線・γ線)が放出されたということはない。
それなのに急性放射線症が被害の中心であるかのように謳っていることも、私があれは原爆ではなかったとする根拠の1つである。
(どこで摩り替えたか被害をもたらしたものは「熱線(赤外線)」になってはいるけれども)


原発に用いられているウランは原爆とは逆でウラン238のほうが圧倒的に多い。
ウラン238は核分裂しないのだから、来るべき崩壊の時を待つしかない。
核燃料内のウラン238は、適宜、順次、長期に亘って崩壊が続く。崩壊に従って放射線が放出されている。
核燃料内に3~5%ほど含まれるウラン235は核分裂連鎖反応を緩やかに継続させている。

以前、福島第一原発の3号機を例にして酸化ウランの量を計算した。
 ・ペレットの大きさは直径1cm×長さ1cmほど。小さな円筒形。
 ・ペレット1個の重量は約8g。
 ・燃料棒1本につき350個のペレットを用いる(燃料被覆管に350個のペレットが密封されている)
 ・燃料棒を束ねたのが燃料集合体であり、1体あたりの燃料棒数は72本
 ・原子炉一基あたりの燃料集合体数は548体
 ⇒8×350×72×548=110,476,800g=110,476.8kg≒110t(トン)


3号機という原子炉一基あたりではおよそ110トンのウランが使用されている。(これで4年間運転継続可能だそう)
そのうちの3~5%がウラン235であるので、3.3~5.5トンのウラン235が含まれている計算となる。

では原爆にはどれくらいウランが使用されていたのか?
科学者が計算で弾き出した数値としては、以下のとおりである。
・核分裂連鎖反応による爆発を起こさせるには、純度100%のウラン235が20kg以上必要。
 (ウラン10kgはおおざっぱに500mlペットボトル1本分くらいの大きさである)
・プルトニウム239でも、純度100%で5kg以上ないと核爆発しない。

しかしウラン235を分離することは出来なかったため、ウラン総量で75kg積載した。(ウラン235の比率が80%で60kg含有)
後年、このうち核分裂を起こしたのは60分の1程度、つまり総量で1.25kg・ウラン235で1kg相当だったと言われるようになる。(つまり不完全爆発だった)
ともかく原発一基に使用されているウラン量に比べたら遥かに少ない。

【ウラン総量】
 ●原爆 75kg
 ●原発 110,000kg(110t) 
※原爆の1467倍のウランが福島第一原発3号機には存在していた。

【ウラン235量】
 ●原爆(純度80%として) 60kg
 ●原発(純度4%として)4,400kg(4.4t)
※原爆の73倍のウラン235が福島第一原発3号機には存在していた。



原発事故後にその名が取り沙汰された放射性物質は「ヨウ素131」や「セシウム137」、「ストロンチウム90」。
これらはウラン235の核分裂後に出来る放射性物質(分裂片)である。
「ヨウ素131」や「セシウム137」が崩壊して別の核種になる際に放射線を放出する。
核分裂後に出来る放射性物質(分裂片)はこの2つだけではないし、核分裂しないウラン238だって崩壊によって放射線を放出する。

「ヨウ素131」「セシウム137」「ストロンチウム90」の崩壊過程は下記の通り。
15過程を経るウラン238に比べると過程は少ないし半減期も短い。
(物質としてはウランのほうが不安定なはずなのに半減期がやたら長いという矛盾があることはすでに指摘してきたこと)
※原子番号(原子番号が大きいほど不安定) ストロンチウム38 ヨウ素53 セシウム55 ウラン92

●ヨウ素131(半減期8.0207日)→β崩壊→キセノン131m(11.934日)→γ崩壊→キセノン131(安定)

●セシウム137(半減期30.1671年)→β崩壊→バリウム137m(2.225分)→γ崩壊→バリウム137(安定)

●ストロンチウム90(半減期28.90年)→β崩壊→イットリウム90(64.053時間)→β崩壊→ジルコニウム90(安定)

大きさが1μm(0.001mm)の酸化ウラン微粒子1個からは年に3~4回放射線が放出される。
・大きさが5μm(0.005mm)の酸化ウラン微粒子1個ならば1日に1回放射線が放出される。

1回の放出でもリスクはある。
ウラン238の半減期は44.8億年である。
それに比べてヨウ素131の半減期は8.0207日である。
微粒子の大きさが同じならば放出回数がもっとずっと多くなるということである。
1回の放出でもリスクはあるのに沢山放出があれば・・・。
現状、半減期が短いと放射線被爆リスクが高いということになる。
だから事故後真っ先に「ヨウ素」が取り沙汰された。
しかし反面、ヨウ素の半減期が短いために、その間に何もなかったからと放射線被爆から解放されたような気持になっていった人も多かった。
ヨウ素131は多くの放射性物質の1つに過ぎない。
またヨウ素を取り込んで被爆したとしても外部被爆による急性の放射線症ではないのですぐに影響が現れるわけではない。一般的には4~5年でも早いくらいである。
但しヨウ素は半減期が短い(被爆リスクが高い)という特徴があるので、それによって出現時期も早いと考察することも出来なくはない。
原発ではヨウ素131が生成される可能性のあるウラン235の比率は3~5%。
97~95%はヨウ素131を放出しないウラン238である。ウラン238の崩壊ではβ線より電離能力の高いα線を放出する。
[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-11 12:06
2017年 01月 10日
日本国憲法の秘密-445-
高齢者の罹患は社会的に盛り上がらない、若年者の罹患のほうが訴求力が高い。

そこで原発事故でクローズアップされたのが甲状腺がんである。
甲状腺がんを発症する年齢は10代から高齢者までと非常に幅広い。
言い換えると小児と呼ばれる若い年齢層でも大人と同様に罹患する可能性がある珍しいがんなのである。
大人に多い胃がんや肺がんは小児ではみられない。(がんを見つけるための検査もしてない)

小児が罹患するがんを「小児がん」という総称で呼ぶ。(小児とは15歳以下を指す)
小児がんの中の割合。
①白血病 33%
②脳腫瘍 22%
③悪性リンパ腫 9%
④神経芽腫 6.5%
⑤骨腫瘍 4.1%
⑤軟部腫瘍(全身のあらゆる軟部組織に発生する腫瘍) 4.1%
⑦腎腫瘍(腎芽種) 3.5%
⑦網膜芽腫瘍 3.5%
⑨肝腫瘍(肝芽腫) 2.3%
その他 11%

①②③以外は大人ではまれなものばかり。
芽種は胎児期に細胞の分化が上手くいかずに、なるべき細胞になりきれず異常な細胞となり増殖して発生すると考えられている。これらには遺伝的要素があるものもある。
小児がんの場合には同じ腫瘍でも種類(病態)が沢山あり細かく分かれていて治療法も異なる。
大人の胃がんのようにがんが見つかったら手術して除去すれば良いというような単純なものではない。
そんなこともあってかつては小児がんは不治の病だった時代もあるが、現在はかなりの確率で治るようになってきている。

若い人のがんの進行は早いと言うが、小児がんは大人のがんよりも治癒率が高い。
現代では小児がんの70〜80%は治癒すると言われている。小児がんは不治の病ではなくなったということだ。
但し代わりに問題となってきたのが晩期障害・晩期合併症(Late Effects)である。
小児がんは克服しても、薬や放射線、手術など治療の影響(副作用や新たな疾病)がそのまま残る、あるいは何年か後に、場合にはよっては何十年も後に発症することがある。


日本では小児10,000人に約1人の割合で小児がんと診断されているような状況である。
1年に2,000~2,500人の小児ががんと診断される計算。
小児のうち10~14歳は死因のトップががんとなるが、それ以下の年齢ではがんがトップではない。

日本で甲状腺がんと診断されるのは、大人も含めて1,000人に2~3人くらいの割合。
そのうちの85%は、自覚症状が無く、進行も非常に穏やかな、治りやすい乳頭がんという種類のがんである。通常若い人が罹るのはこのがんである。
高齢になってからの罹患は若干予後が悪くなるが、それでも甲状腺がんで死亡する人は少ない。
甲状腺がんで問題となる(自覚症状があり、悪性度が高く、進行も速く、きわめて予後が悪い)種類のがん(未分化がん)は1%ほどである。発症するのは40代以降で高齢になるほど多い。
その他のやや問題になる種類の甲状腺がんを含めても、全体で90%は死を心配する必要はないがんである。
全てのがんの中でも最も大人しいがんと言われるくらい。

甲状腺疾患はがんよりも機能亢進症や機能低下症、甲状腺炎などホルモン異常事例のほうが遥かに多いし、現実的にはこちらのほうが問題となる。。
内分泌・代謝疾患のテキストを見ても甲状腺腫瘍(良性・悪性)の扱いはごくごく僅かである。


甲状腺がんとはそのようながんであるが、そのうえでリスクの話をすれば、甲状腺がんのリスクとして真っ先に挙がるのは放射線被被爆である。
この場合は若いほどリスクは高いとされる。
<リスク>
・放射線被爆
・遺伝
・体重増加
・ヨウ素(ヨード)摂取量
・ホルモン(ホルモン異常,経口避妊薬使用の有無,女性ホルモン補充療法の有無,不妊症治療薬使用の有無,乳汁分泌抑制剤使用の有無など)
・月経(初経年齢,閉経の有無,閉経年齢など)
・妊娠(妊娠回数,分娩回数,流産の回数,初回妊娠年齢,初回分娩年齢など)
・魚介類の摂取量
・アルコールや煙草

リスクがあるとかないとか何が決めるかと言うと「論文」である。
誰が決めるかと言えば、その論文を書いた学者や医療従事者ということになる。
実験や調査研究の結論で有意にリスクがあるとかないとか言うわけである。
これが「科学的に証明された」ということにもなる。
だけど前述したように調査者やその手法によって結論なんてどうにでもなってしまうものである。
だからと言うか何というか同じことを調べても真逆の結果がでることがある。リスク有りとリスク無しという論文がどちらも存在することはよくある。
そのどちらかだけを取り上げて何か言うならば「有り」か「無し」になるし、両方を尊重すれば「はっきりしない」「明らかになっていない」ということになる。
また調査数自体が少ないという場合もある。
「リスク有り」という論文を誰か書いたとしても、それ以外の人が誰も興味を持たずに調査研究していないという状態。それでも反論がないということで堂々と「リスク有り」と取り上げることも出来る。

放射線被爆は「有意にリスク有」りとされているが、この元になっているのは広島・長崎原爆後の調査とチェルノブイリ原発事故の調査である。
広島・長崎原爆後の調査で被曝量と甲状腺がんの発生には有意な直線関係が存在している、若い時の被爆ほどリスクが高いという結論が導き出されている。
但しこちらの調査は戦後すぐに行われたという状況ではなさそうだ。後ろ向き調査が主流だろうか。

チェルノブイリ原発事故では4~5年で甲状腺がんが増加したという報告があった。
一般的な大人のがんの場合にはリスクに曝露してから発生(発病)までにある程度時間があると考えられている。4~5年で発生というのは比較的短期である。
そのため増加したのはスクリーニングのせいではないかと疑われた。
スクリーニングとは集団全員を対象として「異常あり」「経過観察」「異常なし」などとふるいわけることである。
健康診断はスクリーニングの一種である。
事故が起きなければ調べることなどなかったのに、事故が起こったから調べた。
しかも原発事故なんていう特殊な状況で、調べる人も調べられる人も周辺の人々も平常心をやや欠いている。高ぶっている状態であるので余計にバイアスがかかりやすい。
しかしその後、スクリーニングだけでなく、症例対照研究やコホート研究(2つは代表的な観察研究である)もなされ、広島・長崎原爆と同様、被曝量と甲状腺がんの発生には有意な直線関係が存在していると結論づけられた。

■症例対照研究(ケースコントロール研究)・・・・後ろ向き研究
「異常あり」の集団と、「異常なし」の集団に対して、特定の要因への曝露状況を調査し、比較する。
特定の要因と疾病の関連を評価する研究手法である。罹患率を求めることはできず、リスクが何倍などと表される。
過去に遡ってリスク要因を調べていくので記憶に頼らなければならない。対象者から得た情報はどうしても不正確になりがち。
自分の記憶以外の情報から脚色されて自分のことだと思い込んでいることなどが考えられる。その傾向は「異常あり」とされた人に強い。
(原爆の被爆者があの日の空はこんなだった、とか言っているのを聞くといろいろと心配になる)
また自分の記憶も「異常なし」の人よりも「異常あり」の人のほうがよく覚えているという傾向が在り、記憶の程度からして違うため、そもそも両者が比較に耐えうるものではないという大きな欠点を抱えている。

■コホート研究・・・・前向き研究
特定の要因(リスク)に曝露した集団と、曝露していない集団を追跡して、研究対象とする疾病(例えば甲状腺がん)の発生率を調べる。
発生するかどうかも分からないものを長期間追跡するので、お金と時間がかかるという大きな欠点がある。
そのあげく、どちらもほとんど発生しなかったという悲惨な(?)結末も無きにしも非ず。
[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-10 13:54
2017年 01月 09日
日本国憲法の秘密-444-
【HCVに感染している可能性が一般よりも高い人】
・1988年以前に血液凝固第VIII、第IX因子製剤の投与を受けた人。
・1992年2月以前に輸血を受けた人。
・1994年以前にフィブリノゲン製剤の投与を受けた人。

輸血用血液でHCV(C型肝炎ウイルス)に関してのスクリーニング検査が始まったのは1992年2月。
妊婦健診でHCV抗体の検査が導入されたのが1995~1996年頃。
近年では健康診断や人間ドックでも、HBs抗原、HBs抗体、HCV抗体を検査項目にしていることが多い。
C型肝炎は感染力が強くなく日常生活はもとより母子感染(垂直感染)もほとんどないとされており、感染経路は血液が主である。
傷などから感染する可能性も皆無ではないので日常生活でも血液には直接触れないように注意する必要がある。

前記事でリンクした記事に書いたことだが、1954年にはアメリカは輸血が肝炎を引き起こすという事実を掴んでいた。
1954年3月1日、アメリカの水爆実験で、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」も死の灰を浴びて被曝した。
乗組員の異変をアメリカは「輸血による血清肝炎が原因であるとし、放射線の被曝は決定的なものではない」と主張した。
日本がこれより前に輸血に関してどのように考えていたかは分からないが、少なくともこの時には肝炎と無関係ではないことを知ったはずである。
ちなみに現在でも日本は他国と比較すると輸血を多くする国である。(最先端とか技術の高さとか愛を売りにしているのかしら?)
輸血で救われた私が言うのもどうかと思うが、こちらに書きました

日本は先進国の中でも輸血が多い。
しかし輸血は感染や拒絶反応などリスクも高く、費用もかかる。
臓器移植より簡単に考えられているが、本質的には同じである。
最先端の考え方は、他の方法で出血を防ぎ、輸血はなるべくしない方向にある。

適正な輸血が行われるためには、使用する医師が使用基準を熟知し、医療機関や国は使用基準が守られているかどうかチェックする必要がある。
日本はこれが大変甘い。
にもかかわらずというか、だからというべきか、日本は輸血を実施している病院が実に多いのである。
ところが専門の輸血部を持つ病院は非常に少ない。
日本赤十字社の御膝下である赤十字病院でも専門の輸血部を持つ病院は僅かしかない。
多くの病院が医師個人の裁量のみに頼り、頼りない施設の中、ぎりぎりの人数の医療従事者で実施しているのが現状である。
懸念されるのは輸血される血液の安全だけではないということ。



アメリカが言った「血清肝炎」とは血液や体液を介して感染する肝炎のことである。
血清肝炎はC型だけでなくB型やD型もある。
B型は急性症状を示すが予後は悪くない。C型は急性症状は示さないが発がんの可能性を残す。
被爆や輸血後すぐに発症したというのでは、C型肝炎のみが原因とは言えない。

B型肝炎については近年ひそかに性病として注目されていて、以前こちらに書いた
C型よりも感染力は非常に強い。
日本では昔は母子感染が多かったが、昨今はほとんどが性行為感染となっており、B型肝炎は「性行為感染症」として扱われている。
エイズなどと同じで海外では特に注意が必要。

辿る経過は以下の通り。
・自然治癒
・一過性の感染
・HBVキャリア(持続感染)
・劇症肝炎

B型肝炎は感染力は強いが治る病気である。ほとんどの人は良くなる。
感染したことに気付かずに自然治癒する人も珍しくない。
慢性肝炎になるとC型と同じように肝硬変や肝癌に繋がることはあるが、急性肝炎であれば一般的に長くても数ヶ月で治癒する。
劇症肝炎になると予後は悪くなるが、発症率は1%程度である。


主に水や食べ物を介して感染するのが、A型・E型肝炎ウイルス。こちらは衛生状態のあまりよくない発展途上国に行く際に注意が必要。

兎にも角にも、1954年には輸血に肝炎感染の可能性があると知っていたにもかかわらず、何も手を打たず1992年まで40年間あまり放置し続けた。
この間にも感染者は拡大し続けたであろう。

1954年から10年後の1964年にライシャワー事件が起こった。

血液銀行(輸血用血液)が日本赤十字社の独占業務になったきっかけが「ライシャワー事件」だったということである。
今なお日本の血液は日本赤十字社が牛耳っている。(その日本赤十字は皇室との関係が深い)
ライシャワー事件とは、1964年、駐日アメリカ大使のライシャワー氏がアメリカ大使館前で精神分裂病(統合失調症)であった若者にナイフで刺された事件。
ライシャワー氏はこの時の輸血により肝炎に感染したそうである。
アメリカの医療ドラマ『ER』でも医学生のジョン・カーター三世が院内で精神分裂病患者に刺されるというシーンがあった。
日本での放映はこの部分がそっくりカットされた。
ライシャワー事件では、輸血用血液の問題だけでなく、日本における精神障害者の医療体制も取り沙汰され、これが通報や入院制度の強化など精神衛生法の一部改正にも繋がった。
過去記事より)


薬害エイズ事件にはミドリ十字ルートというのがあったのだが、ミドリ十字社は日本赤十字社が血液銀行を独占する前に血液を売買していた。
「ミドリ十字社」は元軍医だった医師が創業したベンチャー企業「日本ブラッドバンク」としてスタートしている。
1950年に日本最初の民間血液銀行として会社設立されたのだ。
それを追うように血液銀行を開設したのが日本赤十字社である。
1952年、日本赤十字社法施行、血液銀行開設。

日本赤十字社は明治時代には新島襄を追っていた。
新島襄が設立した京都看病婦学校が始めた巡回看護を追いかけるようにして日赤篤志看護婦人会なるものを設立し活動を始めた。
さらに新島襄が亡くなった1890年に日本赤十字社は看護婦養成所を設立した。
新島襄の未亡人八重は夫が創立した学校ではなく日本赤十字社のほうへ肩入れしていったのだった。
新島襄が総合大学を目指して設立した同志社は未だに医学部が無い。

その後アメリカ水爆実験による被爆事件(1954年)があり、その後駐日アメリカ大使が刺される事件(1964年)があった。
ライシャワー事件後の閣議決定により日本赤十字社は目出度く(?)血液業務を独占することに成功した。
独占前にはベンチャー企業だったミドリ十字社も血液の売買をしていたが、ミドリ十字社は1996年薬害エイズ事件で歴代社長3人が逮捕された。
このあたりも因縁深い。


=============================================

高校サッカーの決勝戦を前半終了までテレビで見ていたが2-0で前橋育英が負けていた。
今まで失点してこなかっただけに厳しいかなぁと思ってトイレに立つと、犬がそわそわしだしたので仕方なく散歩に出かけ、散歩から帰宅後は暗くなる前にと思って買い物に出た。
買い物の最後に今日も灯油を買った。
相変わらず新聞紙はあのままである。
混雑している時や人手が少ない時以外は車両への積み込みを手伝ってくれるのだが、着いた時にはあまり客はいなかった。
それでも18リットルの灯油缶2本に灯油を入れている間に客がやってきたので店員さんも若干迷ったらしかった。
私はささっと1本目をトランクの「19人殺害」と書いてあるほうに積み込んだ。
そこへ店員さんがやってきてもう1本を積み込んでくれた。
セーフ。(なにがセーフなのか・・)

すると店員さんが「お客さん、サッカー見てた?」と言ってくる。
本当に一瞬のことだと思うけれど、「サッカー?なんで・・?」「え?どこで見られたのか?」とか頭をよぎりグルグルしたが、すぐに「高校サッカーのことだ!」とチャンネルがあった。
「前半まで見てましたけど」
「勝った?勝ったの?」
「いえ、2-0で負けてました」
「負けてたのかぁ」(がっかり観満載)
おじさん(店員さん)はそそくさと仲間の方へ歩いて行った。「2-0で負けてたってさ。こりゃあ負けたな」という声が背後から聞こえてきた。
その時にすぐに気が付けば良かったけれど、スマホで調べればすぐに結果は分かったから教えてあげられたのに思いつかなかった。

実は「19人殺害」見出しの横紙面の見出しは「27年ぶり聖地王手」なのである。
店員さんやっぱり新聞が目に入るんでしょうか・・入るんでしょうね・・。

============================================

[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-09 13:48
2017年 01月 08日
日本国憲法の秘密-443-
・大きさが1μm(0.001mm)の酸化ウラン微粒子1個からは年に3~4回放射線が放出されると計算される。
・大きさが5μm(0.005mm)の酸化ウラン微粒子1個ならば1日に1回放射線が放出される。
・ウラン238ではα崩壊が起きる。
・1回のα線放出でおよそ13万個の原子をイオン化する。
・たった1回の放出でも発がんリスクはあるとされる

「リスク」の考えかたにもいろいろあるが、放射性物質を体内に取り込まなければ、放射性物質による電離・切断はない。従って放射線による挙動不審状態や余分なエネルギーや誤った再結合はない。
本来「無い状態」が「有る状態」になるのだから、それだけでリスクは高まる。
要するに放射性物質を体内に入れることは、電離能力の高いα線やβ線が体内で放出されることなので、それだけで発がんリスクがあると言えてしまう。(発がんリスクのみならず出生やその他の異常のリスクも同様)


「発がんリスク」と言えば、「無い状態」が「有る状態」になるのだから例え1回の放射であっても「リスクあり」になる。
放射の回数が増えれば増えるほどリスクは高まる。
でもこうしたリスクというのは健康な人には響かないことが多い。
保健師は健康教育や健康診断後に保健指導などを行ったりするのだが、この響かなさは嫌と言うほど経験している。
前にも書いたが比較的響きやすいのが妊産婦や乳幼児を持ったお母さん方である。(近年は巷にもいろんな情報が氾濫しているのでこうしたお母さん方が混乱したり追い込まれる元となる)
働き盛りのサラリーマンなんか要経過観察や要指導で指導してもまあ改善しないと言っていい。
その場だけ、口だけ、分かっちゃいるけど~ってな感じ。
改善に本気になったり注意を払うようになるのは入院するような事態になった時である。
でも治癒して退院して元気になってくるとだんだん忘れてくる。
(あまり人の事は言えないけれども)

そんなこんなで人々がより興味を抱きやすいのはリスクの有無ではなく発がん率などになると思う。
しかし発がん率が低ければやはり他人事になる。自分だけは大丈夫観が誰にでもある。
ともかく1回の放射で悪性腫瘍が発生する確率はどれくらいか。
何回放射されれば悪性腫瘍が何パーセントの割合で発生するのか。
それを調べるには動物実験なり人体実験をしてみなければ分からない。

例えばマウスに大きさ1μm(0.001mm)の酸化ウラン微粒子1個を取込ませて、悪性腫瘍が発生するかどうか観察する。
するとマウスに悪性腫瘍が生じた。
これをどう評価するかも観察者によって違う。
・マウスと人間は違う種の生き物であり同じことが必ず人間に起きるとは言えないと考える人もいるだろう。
・同じことは起きるかもしれないが発生までの時間や確率は違うと考える人もいるだろう。何故かと言えば個体の大きさ(=原子の数)が違うから。
・大きさ(=原子の数)は違ってもα線は40μm(0.04mm)しか動かないのだから部分に与える影響は同じと考える人もいるだろう

また例えば悪性腫瘍が発生したのが酸化ウラン微粒子を取り込ませてから1年後だったとする。
年に3~4回放射線が放出されたわけだが、悪性腫瘍は1回目の放射線放出の影響を受けて1年後に発生したのか、それとも4回放出されたからこそ発生したのか(累計が問題になるのか)、それは正直言ってこの1つの事例からだけでは分からない。
数多く実験を重ねて、いつも1年後なのか、1か月後に発生することもあるのか、翌日に発生することもあるのか、平均ではどれくらいなのか、そうしたことを調べる必要があある。
比較するには個体差による違いを排除するため比較に耐えうるような(同じような)マウスを用いなければならない。
次の段階では個体差(種類・大きさ・雄雌・疾病の有無など)による発生の違いがあるのかどうかも調べる必要があるだろう。


人間にとってどんな影響があるかは人間で実験するのが手っ取り早いが倫理的人権的にそれは出来ない(やりづらい)。
そうなると臨床試験か疫学統計に頼るしかない。
有効性を調べるならば臨床試験でよいが、悪影響を調べる時には臨床試験もやりづらい。
そうなれば生じた結果のデータを集めて考察するしかない。
しかし前にも書いたように疫学統計はやろうと思えばどんな結論でも出すことが可能。
意図的なものでなくても調査者やその方法、解釈によって導き出される結論は大いに変わってくる。
また断定的な物言いがしにくい。
従って疫学統計の結論は訴求力が弱い。
「リスクがある」と言うのと同様に広く一般に訴える力は実はそれほどでもない。
専門家向け、権力者向けなど、ある特定な者に対してわりと有効なのものである。
一般向けには小難しい数字データよりも、個人のクチコミのほうがよっぽど影響力がある。


私はHCV(C型肝炎ウイルス)のキャリア(持続感染者)である。
私は幼児期に血小板減少性紫斑病に罹患し入院した。
皮下出血・吐血・下血があり、この時に輸血を受けている。
激しい腹痛というアレルギー性紫斑病のような症状もありほぼ絶食であり点滴を繰り返し、そのうち腕に針が刺せなくなり足に針を刺して点滴したこともあった。
特定の症状だけで済まなかったためなかなか診断が付かず開腹手術が予定されたが、結局開腹手術はすることなく回復した。(このことについては過去記事『キャリア』に書きました)
退院後はすっかり元気になったが、小学校高学年から中学生の頃に首のリンパが腫れる(リンパ節炎)やリンパ液が溜まり(リンパ管種)、疲労感が酷くなったことがあった。(かなり運動をしていたと言えばしていたが)
リンパ液を抜くために定期的に受診していたことがあったが、疲労感の原因はよく分からず、しまいには人間ドックを受けさせられた(その病院では史上最年少の人間ドック受診者だったらしい)。
その結果で少し肝臓が悪いかもしれないと指摘されたが、疲労感も次第に回復して元気を取り戻した。
そんな私がHCV(C型肝炎ウイルス)のキャリア(持続感染者)であると知ったのは、次男を妊娠した時である。
今でこそ輸血歴のある人は献血できないが、キャリアの私でも高校大学時代に献血をしたことがある。
感染源にもなったということである。(そのことについてはこちらに書きました)


C型肝炎ウイルスは急性症状を示さないで慢性に経過する。そして肝がんに繋がることもある。
ウイルスと放射線は違うものであるが、こういう経過があるという参考にはなるのでは。
というのも私は放射線の内部被爆も比較的長い時間を経て発がんすると予想しているからである。

・HCV(C型肝炎ウイルス)に感染する。⇒感染者の約70%がHCVキャリア(持続感染者)となる。

・HCVキャリア(持続感染者)の65~70%が初診の段階で慢性肝炎と診断される。

・40歳のHCVキャリア(持続感染者)の集団を70歳まで適切な治療をせずに放置したと仮定する。⇒その集団の30~40%の人が肝硬変に移行し、肝硬変に移行したうちの60~70%の人が肝がんになると推測される。

・肝がんに移行するのは50代終盤から多く、高齢になるほど好発する。

・日本人の100人に1~2人がHCVキャリア(持続感染者)か慢性肝炎の人であると推測され、21世紀の国民病と言われることもある。

100人に1人を率にすれば1%である。多くの人には関係ないこと。それでもその国民全体の僅か1~2%が「国民病」という名に相応しいものであったりもする。
簡単に「流行」とか「多い」とか言うけれども数字にしたら大したことはない。
ではがんはどうか?
がんは30年以上も死因の第1位と なっており、国民の2人に1人(男性2人に1人、女性3人に1人)の割合でがんに罹る計算となる。
ガンで亡くなる人は、男性は4人に1人、女性は6人に1人。
2人に1人を率にすれば50%である。押しも押されぬ国民病である。
がんという国民病にはすでに放射線が関係しているかもしれない、あるいはこれからもっと増えていくかもしれない、そう考えることも出来る。
ではがんであるといつ発覚するか。
50歳前に発覚(罹患)する人は、男性では2.2%、女性では4.4%でしかない。
10人に1人(10%)ががんに罹患すると言えるようになるのは60歳を超えてから。
それでも、70歳未満の男性、75歳未満の女性は、80%以上の人ががんにならない。
3人に1人(約33%)ががんに罹患すると言えるようになるのは、男性では70代後半、女性では85歳を超えてから。

愛する身内ががんになり亡くなったりすれば例え何歳だって辛く悲しいものだが(皆さんそうでもないのかな?)、社会的に老害などと呼ばれる年齢になってからがんに罹患する人が増えたところで実際のところは「いい歳なんだしそんなもんでしょ」が本音ではないだろうか。
「直ちに影響がない」ということは何とも悲しく、社会的には便利なことなのかもしれない。
逆に社会的の関心を引くには「直ちに影響はない」や高齢になってから発病はあまり都合の良いことではない。
熱さが喉元を過ぎないうち、人々の神経が高ぶってるうちに、問題提起したほうが盛り上がる。
高齢者の罹患は社会的に盛り上がらない、若年者の罹患のほうが訴求力が高い。
[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-08 12:11
2017年 01月 07日
日本国憲法の秘密-442-
原子からマイナスの電子が弾き飛ばされるのが電離、イオン化である。原子は中性ではなくプラスになる。
プラスになった原子と中性の原子は結合していられない。原子と原子が離れる、つまり切断されてしまうわけである。
これが染色体やDNA(遺伝子)が傷つくということである。



原子が切断され染色体やDNAが傷つく。情報が正確に伝わらなくなったり決まった役割を果たさなくなるということなので何かしら異常が起きやすい。
さらにその断片、プラスになった(イオン化した)原子は不安定な存在となっている。挙動不審な存在である。
弾き飛ばされた電子も自由電子となり本来いるべきないではところにいる。
人間の身体は何か少し本来と違ったことが起こってもそれを他がカバーする力を持っているし、DNAで不具合が生じると相同組み換えで修復する機能も持ち合わせている。
しかしながらこの状態が多かったり継続することは決してよいことではない。

だから原子自体も元に戻ろうとする性質を持っている。
不安定な原子は自由電子を捕まえて再び元の安定に戻ろうと努める。
安定に戻る時には一回で基底状態に入らないで励起を経ることがほとんど。
励起の時には余分なエネルギーを放出する。それが蛍光であったりγ線であることは前述した。
この余分なエネルギーもやや不安要素として残る。
しかしともかく原子が元に戻れば再び結合して切断は解消される。

ところがこの再結合が却って悪い方向に進めてしまうことがある。
それは原子のイオン化(プラス化)が同じような場所で幾つも起こった時に起こりやすい。

下図は離れた場所にイオン化(プラス化)された原子がある場合。
切断された箇所で再び結合する。
e0126350_14302599.jpg


下図は近い場所に複数イオン化(プラス化)された原子がある場合。(イオン化の密度が高い場合)
こういう時には再結合が誤った箇所で行われることが頻発する。
切断された場所とは違う所(矢印の箇所)と再結合してしまう。
(同様に相同組み換えも誤った解釈で行われてしまう可能性を否定できない)
切断されて挙動不審に陥っていた原子や分子、染色体やDNA、細胞は再結合によって本来の生命力を取り戻す。
要するに元の元気な状態になるわけだが、情報や役割を間違えている状態なので行うべきことではないことを行ってしまう。
これががん細胞を生成することに繋がる。
e0126350_143125.jpg



前記事に書いたことだが、
・大きさが1μm(0.001mm)の酸化ウラン微粒子1個からは年に3~4回放射線が放出されると計算される。
・大きさが5μm(0.005mm)の酸化ウラン微粒子1個ならば1日に1回放射線が放出される。
・ウラン238ではα崩壊が起きる。
・1回のα線放出でおよそ13万個の原子をイオン化する。
・たった1回の放出でも発がんリスクはあるとされる。

「リスク」の考えかたにもいろいろあるが、放射性物質を体内に取り込まなければ、放射性物質による電離・切断はない。従って放射線による挙動不審状態や余分なエネルギーや誤った再結合はない。
本来「無い状態」が「有る状態」になるのだから、それだけでリスクは高まる。
要するに放射性物質を体内に入れることは、電離能力の高いα線やβ線が体内で放出されることなので、それだけで発がんリスクがあると言えてしまう。(発がんリスクのみならず出生やその他の異常のリスクも同様)

ここで少し考えてもらいたい。
γ線やX線は電離能力が低い。
進むことだけに力を注ぎ、最後止まる時に僅かに残っているエネルギーを原子の電子に与えて終わる。
放射性物質が崩壊する時に放出する放射線はα線やβ線であってγ線ではない。こう言ってはなんだが崩壊に於いてはγ線はおまけみたいな存在である。
医療で用いるX線は原子核の崩壊ではなく人工的に作り出しているので、持っているエネルギーが核崩壊によるγ線とは違う。(性質は同じ)
だから電離作用が弱いにも関わらず治療(がん細胞の生命力を奪う、副作用としては正常細胞の生命力も奪われる)に用いることがあるのだし、検査に用いる時には細心の注意を払う。
レントゲン室の中に付き添って入ったりはしないですよね?
歯科でレントゲン撮影する時には鉛のエプロンをかけてもらいますね?
健康診断その他でレントゲン撮影する時には妊娠しているか、その可能性があるか聞かれますね?YESならばレントゲン撮影は避けていますね?

原発事故で皆さんが盛んに計測していたものはγ線である。(一般的な線量計はγ線しか計測できない)
核の崩壊で放出されるγ線のエネルギーは、α線やβ線に比べたら僅かである。
そのγ線の線量が高いということは、α線やβ線はそれよりもっとずっと高いということに他ならない。(ただ計測できないだけ)
反対にγ線の線量が高くなくても、α線やβ線はγ線よりも高いので安心できない。(α線やβ線は通常計測できない)
それでも問題視されてこなかったのはα線やβ線の透過力が弱いから。
放射している放射性物質のよほど近くにいない限り、人間がα線やβ線の影響を受けることはないからである。
何度も言うようだが、放射線を浴びる事と(外部被爆)、放射性物質を体内に入れてしまう事(内部被爆)は、全く違う。
だから肝心なことは放射性物質をやたらに動かさないことなのである。
[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-07 14:44
2017年 01月 06日
日本国憲法の秘密-441-
年末までしていたウランの話に戻ります。

原子1個の大きさをおおざっぱに言うと1億分の1cm(0.00000001cm=0.0000001mm)である。
だから1×1×1cmの立方体(水ならば1g)に含まれている原子の数は、1億×1億×1億となる。
1億×1億×1億=1兆×1兆なので、1兆×1兆個の原子が含まれている。

福島第一原発の3号機を例にして酸化ウランの量を計算してみる。
 ・ペレットの大きさは直径1cm×長さ1cmほど。小さな円筒形。
 ・ペレット1個の重量は約8g。
 ・燃料棒1本につき350個のペレットを用いる(燃料被覆管に350個のペレットが密封されている)
 ・燃料棒を束ねたのが燃料集合体であり、1体あたりの燃料棒数は72本
 ・原子炉一基あたりの燃料集合体数は548体
 ⇒8×350×72×548=110,476,800g=110,476.8kg≒110t(トン)

ウラン酸化物とウランの重量は同じではないので(金属の酸化物は通常重くなるが、粉末などになった場合には軽くなる)、一概に比較できないが大きく違うわけではないので、おおまかな量を知る手掛かりにはなる。

ウラン10kg(おおざっぱに500mlペットボトル1本分くらい)に含まれる原子(原子核)の数は、10兆×1兆個である。
10,000,000,000,000×1,000,000,000,000=10,000,000,000,000,000,000,000,000(10秭)

10kgのウランに含まれる原子数は、10,000,000,000,000,000,000,000,000(10秭)。
110,476.8kgならば?簡単に考えればおよそ1万倍となる。
110,476,800,000,000,000,000,000,000,000(約11穣)。単位が上がった。


原子はあまりに小さくあまりに数が多いために現物をなかなか実感しにくい。
そこで砂や細菌・ウイルスなどと比較した。(同じ物でも大きさは一律ではなく何でも幅がある)

1m=1,000mm(ミリメートル)=1,000,000μm(マイクロメートル)=1,000,000,000nm(ナノメートル)=1,000,000,000,000pm(ピコメートル)
よって、1μm=0.001mm、100μm=0.1mm となる。

砂粒の大きさ(直径)を0.4mmと仮定したが、砂粒の大きさにも幅がある。0.06mm~2mmほどの粒が砂と呼ばれる。
小麦粉の粒子の大きさは砂粒よりもずっと小さくて30~150μmほどの粒子である。
細菌の大きさは約1~5μm(0.001~0.005mm)、ウイルスの大きさは20~1000nm(0.02~1μm)(0.00002~0.001mm)である。
ほとんどのウイルスは0.3μm(300nm)以下であり、ノロウイルスは0.025~0.035μm(25~35nm)ととても小さい。
細菌やウイルス単体は、医療現場で用いているサージカルマスクでも通過してしまう。
但し細菌やウイルスが飛ぶ状況は咳やくしゃみでもたらされるので、粒子の周りに水分を含んでいて5μmほどになっている。
この大きさになればサージカルマスクによって防ぐことが可能となる。
結核菌や麻疹ウイルスのような水分のない飛沫核(直径5μm以下)の場合にはもっと特別なマスク(0.3μm以上の微粒子を95%以上遮断し遮蔽率も高い)でないと感染予防できない。



原子1個の大きさをおおざっぱに言うと1億分の1cm(0.00000001cm=0.0000001mm)であると書いたが、実際には原子の種類(ウラン原子や水素原子など)によって若干大きさは違う。
但し人間が接する物質は例え小さくても原子1個というより粒子である。

酸化ウランの微粒子の直径は0.001~5μm(マイクロメートル)であるが、半分は1.5μm以下の微粒子であり、平均径はおよそ0.01μmとなる。
細菌(約1~5μm)やウイルス(0.02~1μm)と同じくらいの大きさの微粒子もあるが、多くはもう少し小さい。
微粒子を吸い込めばダイレクトに肺に届く大きさである。
酸化ウランが大きければ避けたり除染にも効果があるだろうが、微粒子になってしまうとマスクでは防げないし除染効果も弱い。

とても小さいウイルスの中でも特にノロウイルスは小さいということを先に述べた。
ほとんどのウイルスは0.3μm(300nm)以下であり、ノロウイルスは0.025~0.035μm(25~35nm)ととても小さい
最近はノロウイルス亜種のサポウイルスによる感染(食中毒)も増えているそうだが、サポウイルスはノロウイルスよりも感染力が強く2,3個のウイルスを体内に取り込んだだけで発症する。
こうした大きさのウイルスは手指に付着すると指紋や爪の間に入り込み、手洗いしても簡単に落とすことができない。(ノロやサポはアルコール消毒による殺菌も効果が無いので厄介。次亜塩素酸ナトリウムや熱湯は効果があるが手に振りかけるわけにはいかない)(外科医大門先生の爪が長いのが気になりましたね!?私、芸能人なので?所詮ドラマなので?あーひょっとして。私、心配しないので?)
とても小さなノロウイルスやサポウイルスに対しては手洗いが有効でないのと同じで、それよりも小さい酸化ウラン微粒子に除染は有効ではない。高圧洗浄機でもミクロの隙間に入り込んだ粒子は取り除けないと言われている。

体内をはじめどこかに入り込むには微粒子のほうが有利。
言い換えると小さければ小さいほど入りやすいわけだが、小さいということは原子の数も少なくなる。
原子が崩壊することで放射線を放出するのだから、1個当たりでくらべれば、大きいもの(=原子の数が多い)ほど放射線を多く放出する。
粒子1つよりも塊1つのほうが、微粒子1つよりもペレット1つのほうが多くの放射線を放出するわけである。
微粒子ほど体内に入れてしまうリスクが高まるが、体内に入った場合には粒子が大きいほどリスクは高い。

例えば大きさが1μm(0.001mm)の酸化ウラン微粒子1個ならば、年に3~4回放射線が放出されると計算される。
大きさが5μm(0.005mm)の酸化ウラン微粒子1個ならば、1日に1回放射線が放出される。
(この計算には半減期が関係しているので半減期が違えば回数も違ってくる。半減期が短いほど回数は増える。ウランは半減期が長い物質。私は半減期の定義に懐疑的である。しかし現状計算すれば上記のようになる。)


崩壊時に放出されるのはα線とβ線。励起(微調整)の時にγ線が放出される。
α線とβ線は、透過力が弱く、電離能力が強い。γ線やX線は、透過力が強く、電離能力が弱い。
前に進むという仕事と、電離(電子を弾き飛ばす・電子にエネルギーを与える)という仕事、どちらかを優先すれば一方が劣るのだ。


体内にウランの微粒子が入った場合には体内で放射線が放出されることになるが、α線とβ線は透過力が弱く自分では動く距離は僅か。
従って持っているエネルギーのほとんどを電離(電子を弾き飛ばす)に使う。
人体を構成している細胞や組織の原子をイオン化してしまうわけである。

ウラン238はまずα崩壊するのでα線を放出する。
α線が体内で進む距離は40μm(0.04mm)ほど。人間が見れば動いたのは分からないレベル。
進むと言うと電車が一本線路を真っ直ぐ前に進むようなイメージがあるかもしれないが、放射であるから放射線と呼ばれているわけで、開いたクジャクの羽根のように多方面に放たれる(進む)。
α線が電離に使えるエネルギーは4,200,000eV(電子ボルト)。電子ボルトはエネルギーの単位の1つ。
原子1つをイオン化するエネルギーの平均は32.5eVである。
4,200,000÷32.5≒129,231 
1回のα線放出でおよそ13万個の原子をイオン化することが出来る。
たった1回の放出でも発がんリスクはあるとされる。(ただこれはウラン半減期が長いことを前提にした話なので、本当はもっと何度も放出しているということになれば1回の放出で云々ということは言えなくなる。)


原子を構成する陽子は正荷(+)、電子は負荷(-)。そして原子自体は中性となる。
この中性の原子と原子が結合している。2つ以上の原子から構成される分子も中性である。
原子からマイナスの電子が弾き飛ばされるのが電離、イオン化である。原子は中性ではなくプラスになる。
プラスになった原子と中性の原子は結合していられない。原子と原子が離れる、つまり切断されてしまうわけである。
これが染色体やDNA(遺伝子)が傷つくということである。
[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-06 12:59
2017年 01月 05日
ずっと
下記はこのブログの2011年6月10日の記事より

公害病や血液製剤によるエイズや肝炎のように、
安全だと思われていたものが、後で覆されるということがあります。
今では当たり前のことでも、その時点ではよく分からなかったということもあるでしょう。
公表の遅れが被害を拡大させた事例もあるかもしれません。

そういう犠牲のもとに確立された「安全」もあるのです。

私の妹の下の子は障害を持っています。
1歳になる前に、インフルエンザ脳症に罹患したのです。
インフルエンザ脳症の発症のメカニズムは今でもよく分かっていません。

妹の子供は高熱を出したため、妹が近所のかかりつけの医院に連れて行ったそうです。
その医院で、解熱剤としてボルタレンの座薬が処方され、妹はそれを子供に使ったのです。
けいれんなどが見られた為、再度受診し、総合病院へ移送されましたが、重症化は避けられませんでした。
一時は生死を彷徨ったほどです。
幸い命はとりとめましたが、障害を残しました。

当時は、インフルエンザ脳症についても、ジクロフェナクナトリウム製剤(ボルタレン)との関わりについても分かっていなかったのです。
これが平成11年(1999年)の状況。
こういった情報が出されたのが、平成12年(2000年)

妹の下の子は、うちの長男と同じ、平成7年(1995年)生まれ。その年に発症。
100年も200年も前の話ではありません。
今では当たり前のことでも、わずか数年前には分かっていないことがあったのです。


下線部には製薬会社(NOVARTIS・ノバルティス)ホームページでの注意勧告をリンクしたが現在はリンク切れになっている。
現在と書いたが、2012年にはすでにリンク切れとなっており、そのことについても記事(2012年9月8日・習性)にした。


現在はインフルエンザにボルタレンを使うことは禁忌となっている。
インフルエンザ ボルタレン で検索すれば注意喚起する記事が幾つも出てくるが、当時はまだそういった認識がなかったのである。
インフルエンザの解熱にボルタレンは危険!使用禁忌の成分と理由は?
インフルエンザにボルタレンは禁忌!座薬タイプも危険!
ボルタレンをインフルエンザ時に使用してはいけない理由

インフルエンザと解熱剤の深い関係
インフルエンザ罹患から48時間以内であれば「タミフル」や「リレンザ」といった医薬品によってある程度の治療が可能なのですが、それ以外にはほとんど効果がありません。
ただし、対処療法的に効果があるものがあります。それが「解熱剤」なのです。

ところが、インフルエンザ時には解熱剤の利用には慎重にならなくてはいけません。通常は生理痛や頭痛などにも使われるような解熱鎮痛薬であっても、インフルエンザ時に投与すると「急性脳症」といわれる重篤な症状をひきおこすことがあるのです。
そして、ボルタレンはそのなかでも最もインフルエンザ時に使用してはいけないタイプの薬品なのです。

ボルタレンは通常、関節リウマチ、変形性関節症、腰痛症、手術後・抜歯後などの鎮痛・消炎や急性上気道炎の鎮痛、解熱などに使われ、風邪などに処方されることはそれほど多くありません。効果の強い薬の一つで、ごくごくまれにインフルエンザ等で高熱がでている時に処方されてしまうこともあるそうですが、絶対に飲んではいけません。

というのも、インフルエンザにおいて飲んではいけないことが「2000年11月、「平成12年度厚生科学研究インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学および病態に関する研究班(厚生省インフルエンザ脳炎・脳症研究班)1999/2000年シーズンにおけるインフルエンザ脳炎・脳症二次調査」という現厚生労働省の文書でも記されています。ここでは大人もボルタレンを飲んではいけないことが明確に指示されていますので、注意が必要です。

特に小児期への投与は厳禁
ボルタレンはインフルエンザ脳症を引き起こす可能性があることは広く知られていますが、他に「ライ症候群」などといった意識障害を引き起こす可能性があることも知られています。
インフルエンザ脳症や、ライ症候群は小児期に起こりやすく、特に1,2歳での発症が目立ちますが、15歳未満まで発症のリスクがあります。
インフルエンザ脳症などを引き起こす原因も実はよくわかってはいませんが、有るタイプの解熱鎮痛薬との関係が強く指摘されています。インフルエンザ脳症の罹患数は少なく、誤診されてしまうこともあります。



姪っ子の障害は、療育手帳で程度が「A」とされる知的障害である。重度障害者にあたる。
まず言葉が出ない、会話は不可能。文字の読み書きも出来ない。
排泄など日常生活にも促しや介助が必要。だから大きくなってもオムツは外せなかった。自ら考えて何かをするということは出来ない。
でも聞くことはできるので言えば分かることもある。「これをしよう」とか「これしてね」とか言えば出来ることもある。ただし加減がなかなか効かない。
感情は豊かで嬉しい時や楽しい時には笑うし、悲しいことがあればポロポロ涙をこぼして泣く。
自分のほっぺを人差し指でつんつんとする時は美味しいの合図。
人見知りがちだが祖父母にはとてもよく懐いていてた。温泉が大好きだった。
身体障害の程度は軽く、足と手が少し動かしにくい程度。車椅子などは必要としないで自分で動くことは出来た。
幼い時はぐずぐずしたり癇癪起こすことが普通の子よりも多く妹は大変だったと思う。
外出した時にぐずぐずしてしまっていたら、近くにいた知らない人が「親なら子供をなんとかしなさい」と注意されたそうで、妹は憤り悲しんでいた。
手や足が無かったり車椅子にでも乗っていれば一目で障害者と分かるのかもしれないが、そうではないので障害による難しさだということが分からなかったのだろうと思う。
ディズニーランドに行っても午前中のうちには帰ってきたと言っていた。
しかし小中高と養護学校に通い、季節季節の行事や旅行なども経験した。
18歳で養護学校の高等部を卒業後は施設に通っていた。

その姪っ子が昨年亡くなってしまった。
うちの長男と同じで平成7年(1995年)生まれ。長男は4月生まれで、姪は6月10日生まれ。
昨年21歳になる誕生日の前の夜、20歳最後の夜に急逝した。
その詳細についてはここに書くつもりはない。

あの事件が起きたのはそれからおよそ2か月後のことだった。








 

[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-05 12:53
2017年 01月 04日
生涯
昨年夏に園芸用の土を買いに行った。
園芸店の人が「車に載せるのに新聞紙が必要ですか?」と言って下さったので新聞紙を戴いた。
その新聞紙をトランクに敷いて土袋を上に載せる。
新聞紙を広げて敷くと「19人殺害」という大きく派手な見出しが目に飛び込んできた。
7月26日未明に神奈川県相模原市緑区の障害者施設「県立津久井やまゆり園」で発生した事件を報じる記事の見出しだった。新聞はスポーツ紙のようだった。
あまり気持ちの良い文字ではなかったが、かといって新聞紙を交換するとかわざわざ反対面にするほどのことでもないと思って、そのまま使用した。
さらにその後も荷物を載せるあてがあったので、新聞紙は敷いたままになっており、冬を迎えた。
灯油を買いに行った。お店の人が灯油を入れて重くなった灯油缶を積み込んでくれるというのでトランクを開ける。
トランクを開けると嫌でも「19人殺害」が目に入ってくる。
なんだか少しバツが悪い気もしたが、そこに灯油缶を積み込んでもらって、挨拶をして別れた。


おそらく多くの人が言葉には出さないが感じているだろうあの事件の居心地の悪さみたいなものの正体はいったい何なのだろう。
狙われたのは重度の障害者、犯人はかつての職員、知ってか知らぬか道路に設置された防犯カメラに写る位置にあえて停車し犯行現場へ、衆議院議長や首相に宛てた手紙、親が教師、措置入院、尿から大麻反応、断片的に伝えられる情報がますますそれを助長する。
19人も人が殺されながら、犯人の趣旨に一定の理解を示す人が少なからずいるという事実に、人々は戸惑うのだろうか、それとも安堵するのだろうか。

衆議院議長への手紙は昨年2月15日に渡していたものだと言われている。
発表によると植松容疑者は今年2月14日、東京都千代田区永田町にある衆議院議長公邸を訪れ、手紙を渡そうとしたということです。
しかし受付で手紙を受け取ってもらうことはできず、翌2月15日になって再度訪れたとのこと。そこで座り込みを行ったことなどもあり、警備にあたっていた警察官が衆議院事務局に確認したうえで、しかたなく手紙を受け取っていました。
渡した手紙はA4サイズのリポート用紙複数枚(合計で10枚にもわたるという情報もあり)で、手書きで書かれていたといいます。
そのなかには犯行予告ともとれる内容が含まれていたことなどから、管轄する警視庁麹町署はその日のうちに、神奈川県警津久井署に情報提供していました。


手紙を見ると「津久井やまゆり」という施設名が書かれている。犯行時間帯も施設名も分かっていた、犯人には措置入院の経歴もあった、にもかかわらず犯行を防げなかった。


衆議院議長大島理森様(1枚目)

この手紙を手にとって頂き本当にありがとうございます。
私は障害者総勢470名を抹殺することができます。
常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。
理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。
障害者は人間としてではなく、動物として生活を過しております。車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません。
私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。
重複障害者に対する命のあり方は未だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。
フリーメイソンからなる(   )が作られた(      )を勉強させて頂きました。戦争で未来ある人間が殺されるのはとても悲しく、多くの憎しみを生みますが、障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます。
今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。
世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。是非、安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければと思います。
私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます。
衆議院議長大島理森様、どうか愛する日本国、全人類の為にお力添え頂けないでしょうか。何卒よろしくお願い致します。


フジテレビはその手紙を独自入手したとして報道した。
文面は警察から公表されたが手紙を独自で入手したということなのか、それとも手紙を入手したフジテレビが報道した以降に文面が報道されたのか、そのあたりの経緯が良く分からないが、手紙(コピー)を渡せるのは国か警察しかない。

e0126350_12464078.jpg

e0126350_1230599.jpg

e0126350_186257.jpg

(※赤線は私が引いたものです)


福島原発やもんじゅのお金問題ではないが、私はこの事件のベースにもお金の問題があるのではないかと思った。
犯人はかつてそこで働いていた職員だと知って余計にその思いを強くした。
何故そう思ったかと言うと、世間には「障害者は給付金を沢山貰っているんでしょう」と思っている人がいるからである。

しかし障害者と一口に言っても程度は様々。
軽度の障害ではお金なんか貰えない。
給付金などが支給されるのは重度障害者である。

「重度障害者」にも統一された明確な定義はなく、それぞれの法律や制度によって若干定義が違う。

例えば障害者雇用促進法における重度障害者ならば次の通り。
身体障害者
 ・等級が1級、2級の人
 ・等級が3級で重複の障害を持つ人
知的障害者
 ・療育手帳で程度が「A」とされている人
 ・児童相談所又は知的障害者福祉法に規定する知的障害者更生相談所、療育手帳の「A」に相当する程度とする判定書をもらっている人
 ・障害者の雇用の促進等に関する法律に規定する障害者職業センターにより「重度知的障害者」と判定されている人

例えば重度障害者医療費助成に該当する重度障害者ならば次の通り。
 ・1級・2級の身体障害者手帳の交付を受けている人
 ・知能指数(IQ)が35以下と判定された人
 ・3級の身体障害者手帳の交付を受け、かつ知能指数(IQ)が50以下と判定された人
 ・1級の精神障害者手帳を交付されている人

身体障害者には1~7級という等級があるが、4級以下は重度には該当しない。
3級の場合は重複の障害がある場合のみ。
雇用促進法では精神障害者は含まれない。たとえ身体障害3級と重複していたとしても。
身体障害者の1級と2級、療育手帳で程度「A」ならばどの法律でも制度でも重度障害者と認められると考えてよいと思う。

但しこの等級(障害程度)は医学的な判定(基準)に基づくものであり能力(スキル)全般を表すものではない。
重度身体障害者でもパラリンピックに出場して活躍できる人もいるし、仕事や特技で持っている能力を健常者以上に活かせる人もいる。
そういう意味で一番難しいのは重度知的障害者だと思う。
パラリンピックにも知的障害者が出場しているが、おそらく重度障害者ではないだろうと思う。
NHKの番組に出演していた障害者も比較的軽度な方が多かったのではないだろうか。
津久井やまゆり園は知的障害者の施設で、しかも重度障害者が狙われたと報じられていた。


では重度障害者はどれくらいの給付金などを受けることができるのか。
20歳未満の重度障害者でひと月14万くらい。
20歳以上の場合には障害者年金が関係してくるので障害者となった年齢や保険料支払いによって変わるが、満額に他の給付金も含めてひと月18万くらい。
但し障害者年金以外の給付金は、施設に入所していたり、病院に入院している場合、世帯所得が一定額以上の場合には給付対象とはならない。
その場合には障害者年金くらいになってしまうので年間100万程度(ひと月9万くらい)

その他に税金の減額や免除、医療費助成、住宅手当や補装具・日常生活用具の支給、ガソリン補助、住宅改造や車両改造の助成、交通機関(高速道路、航空、電車、バス、タクシー)の割引や補助、携帯電話料金やNHK受信料の割引や免除、宿泊助成や各種施設優待など優遇措置があるので、一般の人に比べて日常生活においてもお金がかからないと言えばかからない。

ちょっと下衆な話になるが、生まれながらの障害ではなくて、不慮の事故で身体障害者になった場合、もし保険に加入していれば保険金が支払われる。
金銭的な面や障害後のスキルや仕事、バックアップ体制に関して言えば、知的障害者よりも身体障害者のほうが有利であると言えよう。


障害者は障害福祉サービスを受けられる。
在宅での支援、医療機関での支援、勤労支援や日常生活支援などを行うための施設への通所、施設入所など様々な形があるが、自己負担額は所得に応じて4区分に分けられ、それぞれ負担上限月額が設定されている。
ひと月に利用したサービス量に関わらず、これ以上の負担が生じることはない。
1.生活保護世帯 負担なし0円
2.非課税世帯(概ね世帯所得が300万円以下) 負担なし0円
3.課税世帯(概ね世帯所得が600万円以下) 9,300円 
4.所得が3を超える者 37,200円
※入所施設利用者(20歳以上)とグループホーム・ケアホームを利用している者は世帯所得に関わらず4となる。
※18歳以上の障害者の場合の世帯所得とは本人と配偶者のことを指し親は含まれない。

サービスの自己負担分に加えて、施設入所者には食費・光熱水費の実費負担がある。
58,000円を上限として施設ごとに額が設定されているが(通所はもっと安い)、低所得者が障害者年金から出すとなると、それを超える額になってしまうこともあるので、いずれの場合も本人に25,000~28,000円残るように調整される。
つまり障害者年金を超える額を支払うことはない。俗に言えば食いっぱぐれはない。
※障害者年金や各種給付金は所得には含まない。


給付金だけのことを考えれば施設に入所させてしまうよりも在宅や通所のほうが多く貰えるし残る。但し家族の負担は増える。
施設入所すると給付金は貰えなくなるが、制度自体が本人の障害者年金内で済むようになっているため、家族からの費用の持ち出しがほとんどない。あっても僅か。
それで施設に入れてしまって後は全部おまかせということになると、犯人の手紙にあるように「保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません」ということにも繋がりかねない。
面倒見てくれる人がいるからそれでもやっていけてしまうのだ。
その面倒見てくれる人たちの給料が高いかと言ったらそんなことはなくて安月給である。仕事は精神的にも肉体的にも重労働であるにもかかわらず。
多くの施設は国の制度の範囲内の料金でサービスを提供しており利益追求には限界がある。高い給料を払える環境にはない。


犯人の手紙では「重複障害者」を問題にしている。
私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。
重複障害者に対する命のあり方は未だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。

重複障害者が多く在籍している2つの園(津久井やまゆり、      )を標的にします。


この「重複障害者」が「重度障害者」の言い間違いではないとすると、重度の知的障害と重度の身体障害が重複している状態である「重症心身障害者(児)」のことを指しているのではないだろうか。
上に一番難しいのは重度知的障害者と書いたが、重複を含めれば当然重度の知的障害と身体障害を持つ人が一番難しい。



幾ら相手が重度障害者だったとはいえ短時間に一人で19人も殺害するなんて尋常ではないし大胆不敵な犯行だと思う。
ただ重複障害者を問題にしていたわけで、障害者がみんなダメだという考えでもなさそう。
重複障害者が重度障害者や重症心身障害者のことならば、その人達が一番大変なのは事実であり、そこまで支離滅裂ではない印象を受ける。
常軌を逸する発言であることは重々承知しているとも自ら書いていて冷静さがないわけでもない。
しかし重複障害者を殺害すると世界経済の活性化や第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと思った理由はなんだろうか。やはりお金絡みな発想だろうか。
障害者殺害(作戦)が革命になると思うのは何故なんだろう。
自分は戦争で人を殺すのは嫌だから、私は先に障害者を殺しますので勘弁してくださいという意味なんだろうか。



首相の名前が出てきたり首相に嘆願するのは分かりやすいが、衆議院議長というのはなかなか珍しいと思った人も多いのではないだろうか。
これは衆議院議長という肩書が重要だったわけではなく、尾崎行雄記念財団会長という肩書が重要だったのではないだろうか。
実は私、ちょうど1年前の1月4日の記事に「一般財団法人 尾崎行雄記念財団 役員一覧 (2015年9月現在)」を掲載している。
会長 大島理森 (衆議院議長)

尾崎行雄(相模国・現神奈川県出身)は世界連邦運動に携わった人物である。
日本では(第二次世界大戦)終戦直後に尾崎行雄ら有志の議員が「世界連邦建設に関する決議案」を国会に提出。1948年には「世界連邦建設同盟」が結成され尾崎行雄が会長に、賀川豊彦が副会長となって活動を開始した。また、名誉会長には戦後初の総理大臣東久邇稔彦が、第五代会長には湯川秀樹が就任している。「世界連邦建設同盟」は現在「世界連邦運動協会」と名を変えて活動している。

昨年2月13日の記事より。
※尾崎行雄
日本の議会政治の黎明期から戦後に至るまで衆議院議員を務め、当選回数・議員勤続年数・最高齢議員記録と複数の日本記録を有することから「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれる。
伊勢神宮内宮前・合格神社の祭神。
世界連邦建設同盟(現、世界連邦運動協会)初代会長。


年初にイエズス会のことを書いた。
現皇后陛下が通われたのが聖心女子学院高等科と聖心女子大学だからである。
この学校はカトリック系。設立母体は「イエズスの聖心会」。
聖心女子大学の卒業生の中に参議院議員の山谷えり子さんがいて、尾崎行雄記念財団の顧問もされているので、財団の役員も列記した。

実は尾崎行雄もクリスチャンである。しかも聖公会の信徒であった。
1875年(明治8年)のクリスマスに、聖公会のカナダ人宣教師で英語教師でもあったアレクサンダー・クロフト・ショーより洗礼を受けた。


相模国津久井県又野村(現・神奈川県相模原市緑区又野)生まれ。
尾崎家の先祖は今川義元の家来で、武田信玄に攻め立てられて没落した。

今川義元は駿河国・遠江国(現:静岡県)の大名。

父・行正(彦四郎)は、戊辰戦争(1868-1869年)の際、官軍土佐藩迅衝隊総督の板垣退助の徳を慕って馳参じ、隊長・美正貫一郎の率いる断金隊(旧武田家臣の子孫たちで構成された部隊)に加わって会津戦争を戦い抜き、貫一郎の討死後は、断金隊の二代目隊長に任ぜられ、維新後は弾正台の役人となった。

先にも述べたとおり、板垣退助は1868年に乾姓から板垣姓に改姓して旧武田家臣を騙くらかした。
尾崎行雄の祖先は武田信玄に敗北し没落した。
その武田家(信玄の次代)も織田・徳川連合軍に滅亡させられてしまったわけだが、尾崎行雄の父は旧武田信玄家臣を騙す側の板垣退助に付いて旧徳川幕府勢力と戦い、やがて旧武田家臣の上に立つようになったということになる。







[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-04 12:38
2017年 01月 03日
そうそう
「24時間テレビ」は障害者の「感動ポルノ」 裏番組のNHK生「バリバラ」に大反響(J-CASTニュース 2016年8月28日 21時24分)
J-CASTの当該ページをリンクしたがブログがこれを反映しない。それならばアドレスをそのまま掲載しておこうと貼り付けたが、これも文字にならない。真っ白。
こんなことは初めての経験だが、いったい何が起こっているのでしょうか。

 「Eテレが本気出してる」「バリバラ攻めすぎでしょ」――視聴者からそんなツイートが相次いだのは、日本テレビの「24時間テレビ」の裏番組として、NHK Eテレが2016年8月28日に放送した「バリバラ」(19時00分~30分)だ。

24時間テレビをパロディー化して笑いのめしながら、障害者を「感動」の具とする「感動ポルノ」に、障害者自身も含む出演者たちが異を唱える。そんな野心的な内容は、ツイッターで番組名が「トレンド」に入るなど、大きな反響を呼んでいる。



『24時間テレビ』の裏で障害者番組『バリバラ』が“感動ポルノ”批判! でも溜飲を下げる前に考えるべきことが(LITERA本と雑誌の知を再発見 2016年8月29日)

放送直前にパーソナリティのひとりだった高畑裕太容疑者が逮捕され、注目を集めた『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ系)だが、今年も「サライ」の大合唱で無難に幕を閉じた。しかし、その一方でネット上では、ある裏番組の“ぶっこみ”に話題沸騰となった。

 その番組とは、テレビ業界で「もっともチャレンジングな番組」と評判の“日本初の障害者のためのバラエティ番組”である『バリバラ』(NHK Eテレ)。『バリバラ』はなんと、『24時間テレビ』が佳境に入りはじめた真裏の28日19時からの放送で「検証!〈障害者×感動〉の方程式」と銘打ち、真っ正面から「障害者に感動は必要なのか?」と疑問を投げかけたのだ。

 番組はまず、「24」という字がプリントされたボードがアップで写され、出演陣全員が「笑いは地球を救う」と書かれた黄色地Tシャツに身を包むという手の込みようでスタート。もうこの時点で“『バリバラ』の本気”を見た思いだが、番組は骨形成不全症を抱え2014年に亡くなったジャーナリスト・コメディアンのステラ・ヤング氏によるこんなスピーチを紹介したのだ。

「手がない女の子が口にペンをくわえて絵を描く姿、カーボンファイバーの義肢で走る子ども、こうした姿を見たとき、みなさんは『自分は人生は最悪だけど、下には下がいる。彼らよりはマシ』だと思うでしょう。私たちはこれを“感動ポルノ”と名付けました」



NHK『バリバラ』が『24時間テレビ』の裏で"障害者×感動"をテーマに大討論(@Niftyニュース 2016年11月26日21時25分)

記事まとめ
⇒NHK教育テレビジョン(Eテレ)の『バリバラ』で、障害者×感動をテーマに討論が行われた
⇒出演者のひとりは「普通に生きているだけなので感動の材料にされたくない」とコメント
⇒番組終了ではコメンテーターが「サライ」のメロディを口ずさみ去って行った

提供社の都合により、削除されました。
概要のみ掲載しております



「NHK Eテレ」はかつての「教育テレビ(3チャンネル)」です。
私も夏の終わりに、Yahooニュースだったか何かで、Eテレが障害者番組を感動ポルノだと批判をしたという記事の見出しを見た。
(パラリンピックを大々的に持ち上げているNHKがパラリンピック前によくそんなこと言えるなぁ、場所をEテレに移して暗にパラリンピック批判なんだろうか?)と思ったが、中の記事を読むことはなかった。
そんなわけでバリバラという番組も12月まで知らなかった。
私が知ったのは12月21日のこと、NHK総合テレビで夜に放送していた『ココがズレてる健常者』に遭遇したから。
見たの少しだけだったけれども、その時に「夏に見た記事の番組はこれだったのかぁ」と分かった次第です。
12月21日には番組中にサライが流れたらしいので、これはもう日本テレビ『24時間テレビ』狙いうち批判ということなんでしょうか?イメージ音楽?

完全なる余談ですが、高畑さんが事件を起こしたホテルはかつて私が実業団駅伝でいらしていたと思われる宗監督をお見かけしたまさにその場所にあります。
ちなみに私、高畑裕太さんという方を全然知らなくて、逮捕の一報を聞いたのが車のラジオのニュースだったのですが、俳優と言って報じてはいたもののあまり有名ではない俳優さんなのかとその時は勝手に思い込み通り過ぎました。
後でテレビなどで大々的に報じられているので驚いた次第です。

話はまた少し戻りますが、「感動ポルノ」と批判するような番組を放送しておいて、「ぐんまびと」で口で絵や詩を書く障害者を取り上げるなんて・・・まったく酷いですよね~!?






[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-03 15:29
2017年 01月 02日
新年
・大晦日の恒例番組NHK紅白歌合戦の採点(紅組勝利)に納得いかない人が多かったそうなので一言二言三言。
まず紅白歌合戦ですが、紅白歌合戦という名称から何となく分かるかと思いますが、紅組と白組に分かれて歌を歌ったり踊ったりします。(そこから?)
紅組は基本女性です。白組は基本男性です。女対男という時代錯誤な戦いなわけです。
そして合戦なので勝敗をつけます。
勝敗を付けるからには採点基準(例えば歌唱力の満点は何点、踊り何点、衣装何点など)が必要だと思いますが、そういうものは一切ございません。
従って好きか嫌いかという個人的な恨み辛み基準でも構わないので、歌合戦という名称がそもそも誤解の元になっていると思われます。
ともかく審査(投票)をします。
今年はテレビなどの視聴者(これは今年初めて導入されたのかな?)と会場での観覧者の票では白組の得票数が断然多かったのに、審査員票が入ったらひっくり返って紅組勝利、これに納得いかなかったということのようです。

でも野鳥の会出身の私としては(食べる会?野草!)、別に不思議でもなんでもありません。
紅白歌合戦は観覧者が紅か白かを掲げて、それを野鳥の会が数えるということを昔やっておりました。
しかし野鳥の会の存在もだんだん危うくなり(集計方法が変わったり、時間が押して省かれたり?)・・・。昨年は野鳥の会いました!
ともかく昔から観覧者の票は得票数ではなくて、紅か白か多かったほうにボール2つ入れていました。
だからテレビ視聴者から票を集めてもそれと同じで、多い方にボールが2つ入るだけです。
その審査方法を説明していたかどうかは定かではないですが、それが昔からのルールだったわけです。基本今まで通りです。
皆さん今まで紅白歌合戦見たことがなかったんですかね?

視聴者を無視する勝敗だと言っても、逆を言えば、視聴者で決まるならば審査員なんか必要なくなってしまいますからね。視聴者数と審査員数では数が違い過ぎます。わざわざ審査員を会場まで呼んでおいてそれはないでしょう。
私もクイズ番組で最後の最後に逆転可能とか言って逆転可能な点数を最後の問題にのみ乗っけるのは「今までの戦いは何だったのか・・」と疑問に思うことはありますが、紅白歌合戦の採点方法は点数ではないのです。


・大晦日の番組の視聴率が取り沙汰されることが多いですが、視聴率調査はとても怪しいものです。
前にも何度か記事にしています。

器官60ーTBS『半沢直樹』視聴率から国勢調査横流し事実まで

甍(いらか)百二十―ベネッセ個人情報流出と発覚までの不可解さ
(ベネッセの個人情報流出に該当していた我が家。流出についての詫び状がベネッセから来て兄弟のうちの弟宛てにしか来なかったと書いたが、その後実際に500円交換券が発送された際には詫び状が来なかった兄の分も届いた。しかし私はどちらもお金にすることはなかった。忘れていたわけではない。僅かながらのお金を受け取って許したと思われることは嫌だったから)

昭和 質拾伍―NHKのお金とNHKが得ている個人情報について
(この記事に次のように書いた。外部の干渉を受けないということは、受信料を支払っている国民なんか関係ないということ。 受信料をみんな「NHKのお金」と思っているのだろう。 外部から干渉されたくなければ、受信料徴収なんかやめて、放送法からも離れて民間企業になるべき。それでも出資者には干渉される。 しかしこれと紅白歌合戦の採点とは話が違う。お金とは経営のこと、組織の在り方である。ハードかソフトかと言えばハードな部分。番組はソフト。)

NHKは法的に保護されて受信料を徴収しているのだから競争は必要ないのです。
極端なことを言えば誰一人見ていない番組を放送することだって出来る。
法律で保護しているのだから受信料なんて曖昧な形にせずに国営放送にして税金にしてしまえばすっきりすると思います。
公共放送を自負して視聴率に拘るならば、公共に相応しい視聴率を決めて、それを下回るような番組はどんどん打ち切りにすればよいと思います。
ところでNHKはどうやって独自の視聴率調査をしているんでしょうか?

民放の視聴率調査は国勢調査にて得た情報を電通の子会社に横流しして行っています。しかも一社独占。
こうなるとテレビ局が牛耳っている選挙結果(速報)も俄然怪しくなってきますね。
また最近、韓国や電通の問題が相次いで表面化し取り沙汰されているのも、なんだかちょっとキナ臭いですね。


・視聴率の中でも特に怪しいのが瞬間視聴率というやつです。瞬間に意味ありますか?
例えば何時何分にこれを、何時何分にはこれを放送します、と事細かく事前に知らされているならば、その時間(その内容)を選んで見ることもできますが、そうではありません。
誰が何時何分にこの部分を歌って、何時何分にあの話をして、何時何分にその人が涙をこぼす、そんなことは分かっていません。
何かの瞬間(時間)の視聴率が高いと言っても、それは「これが見たい」と選択されたものではありません。
偶然の産物です。始まりとか終わり頃とかいった幅のある時間ならばまだしも、瞬間には意味が無いのです。
意味がないものをあたかも意味あるかのごとく扱っていることに対して非常に怪しさを感じてしまいます。






[PR]

# by yumimi61 | 2017-01-02 12:16
2016年 12月 31日
ホタルノヒカリ
蛍の光、窓拭きは・・・
書読む月日重ねつつ
何時しか年もすぎの戸を
開けてぞ今朝は別れ行く


『蛍の光』という曲の原曲はスコットランド民謡である。
"Auld Lang Syne"(スコットランド語)
英訳すると逐語訳では"old long since"、意訳では"times gone by"だそうだ。
作曲者は不詳。
歌詞を現在伝わる形にしたのは、スコットランドの詩人のロバート・バーンズである。
従来からの歌詞を下敷きにしつつ、事実上彼が一から書き直している。この歌詞は、旧友と再会し、思い出話をしつつ酒を酌み交わすといった内容である。
こうして採譜された「オールド・ラング・サイン」には、ハイドンやベートーヴェン、シューマンといった著名な作曲家たちも伴奏を付けたり編曲したりしている。



=ロバート・バーンズの詩の和訳(大意)=

旧友は忘れていくものなのだろうか、
古き昔も心から消え果てるものなのだろうか。

我らは互いに杯を手にし、いままさに、
古き昔のため、親愛のこの一杯を飲まんとしている。

我ら二人は丘を駈け、可憐な雛菊を折ったものだ。
だが古き昔より時は去り、我らはよろめくばかりの
距離を隔て彷徨っていた。

我ら二人は日がら瀬に遊んだものだ。
だが古き昔より二人を隔てた荒海は広かった。

いまここに、我が親友の手がある。
いまここに、我らは手をとる。
いま我らは、良き友情の杯を飲み干すのだ。
古き昔のために。


年中一緒にいた時(いられた時)の二人の関係は決して穏やかなものではなかった。
傍からはそう見えなかったかもしれないが、二人の間には常に距離があって隙間風が吹き荒れていた。
取り立てて何かがあったわけでもないのに、言葉にはできない感情がむくむくと育ち、わだかまりを生んで、ぎこちなくなってしまう。
親友と呼ぶに値する友にほど距離を感じてしまう不思議。
長い時を経ればそんな感情も消え果てるものなのだろうか。
長い時を経て再び友と向き合う。
手をとる二人は真の友情を感じ得たのか。
それとももう二度と埋めることの出来ない距離を知っているからこそ
手を取ることができるのか。



スコットランド民謡だったが現在においても世界中で愛されている楽曲である。
日本には大日本帝国海軍を経由して持ち込まれたのだと思う。
1881年(明治14年)11月24日発行の『小學唱歌集 初編』にて『螢』というタイトルで初めて掲載され発表された。
日本の作詞者は不詳とされていることもあるが、陸奥国棚倉(現:福島県東白川郡棚倉町)出身の国学者・作詞者の稲垣千穎である。

『蛍の光』


蛍の光、窓の雪、
書読む月日、重ねつゝ、
何時しか年も、すぎの戸を、
開けてぞ今朝は、別れ行く。

止まるも行くも、限りとて、
互に思ふ、千万の、
心の端を、一言に、
幸くと許り、歌ふなり。

筑紫の極み、陸の奥、
海山遠く、隔つとも、
その真心は、隔て無く、
一つに尽くせ、国の為。

千島の奥も、沖繩も、
八洲の内の、護りなり、
至らん国に、勲しく、
努めよ我が兄、恙無く。




富国強兵時代に付けられた歌詞であり、特に3番4番が露骨な感じなので、現在これはカットされていて、あまり知られていない。
大日本帝国海軍を経由して持ち込まれたのだと思うと上に書いたが、現に海軍兵学校(明治9年・1876年~1945年終戦まで存在した海軍の士官養成学校)で「告別行進曲」もしくは「ロングサイン」というタイトルで卒業式に用いられていた。

『小學唱歌集 初編』に掲載されたのが1881年だが、その2年前1779年に琉球処分(明治政府による強引な沖縄併合)があった。
また明治政府は1875年(明治8年)にロシアとサンクトペテルブルク条約(千島樺太交換条約)を結び千島の奥(ロシア領だった部分)を含めて列島全島が日本の領土となったと解釈されているが、この条約は条約の体を成しておらず有効ではなく法的拘束力を持っていない。

八洲(国)とは日本国の美称である。
獲得したばかりの「沖縄」や「千島の奥」を作詞者・稲垣千穎は「八洲(日本)の護り」であるとし、「至らん国」と表現した。
至らんとは・・?
「至らん」には「要らない」といった意味もあるし、日本の統治が至らない国(つまり外国)いうような意味にもとれる。
海軍兵学校では1881年以前から使われていた曲なので、その当時からこの歌詞が付いていたとするとまだどちらも日本の領土ではなかったということ。
防衛の要所として欲しい場所、そこで功績を残せるように、滞りなく務めなさい、我が男子たち、という意味。
護りの場所なんか欲しがらないで、それでもちゃんと功績が残せるように、滞りなく務めなさい、我が男子たち、という意味。
さてさてどちらでしょうか。

4番の歌詞の地名は、日清戦争後に「千島のはても台湾も」、日露戦争後は「台湾のはても樺太も」に変更された。
つまり地名が領土誇示色を強め、帝国主義を色濃く反映することになった。


1番の歌詞「何時しか年も、すぎの戸を、開けてぞ今朝は、別れ行く」は、すぎが「過ぎ」と「杉」の掛詞だと言われている。

下記はこちらから転載

「いつしか年もすぎのとを あけてぞけさはわかれゆく」の解釈について
この部分は意味のとりにくいところです。以下、幾つかの解釈をあげてみます。

(A) 日本近代文学大系53『近代詩 I 』(角川書店、昭和47年11月10日初版発行、平成元年8月30日再版発行)に『小学唱歌集』が取り上げてあって、「すぎのとを」の 頭注に、「「杉」の戸と「過ぎ」の懸詞。「杉」の板戸を開けるようにいつしか年も過 ぎてゆきという意」と、小川和佑氏  の注がありました。
小川氏は、「杉の板戸を開けるように」「年も過ぎてゆき」(下線は引用者)ととっておられるわけですが、できれば、「年も過ぎてゆき」は「年も明けてゆき」としてほしかったところです。つまり、「いつしか年も過ぎていって、杉の板戸を開けるように、年も明けてゆき」としてほしかったと思うのですが。)

(B) CD 『螢の光のすべて』(キングレコード、2002年)の解説冊子に、中西光雄氏による「螢(螢の光)」の通釈が出ています。この部分は、「いつのまにか年も、過ぎてしまったが、この学舎の杉の戸を、開けて、夜が明けた今朝、わたしたちは別れてゆく。」と訳しておられます。ここでは、「杉の戸を開けて」に実質的な意味をとり、「明けて」を「夜が明けて」ととっておられるわけです。そして語釈のところに、すぎのと…杉の戸。「すぎ」は「過ぎ」と「杉」との掛詞。和歌・雅文の影響が強く感じられる。この歌で唯一の修辞的表現。「杉戸(すぎと・すぎど)」は、江戸時代以降しばしば用いられた言葉で、質朴なイメージが喚起される。としておられます。

(C) 『埼玉大学』のサイトの高校生向け「埼玉大学だより」第3号に、山口仲美教授の「身近にいきづく昔の日本語」というページがあり、そこに山口教授のご著書、岩波新書『日本語の歴史』(2006年5月19日第1刷発行)から、この歌の1番の歌詞の現代語訳が紹介されていますので、ここに引用させていただきます。(注:このページは現在はインターネットでは見られないようです。……2009年9月29日付記)
蛍の光や窓の外に積もる雪を明かりにして本を読み学ぶ月日を重ねて、いつしか年も過ぎてしまったが、杉の戸を開けて、夜が明けた今朝は、別れてゆきます。 
「杉の戸を開けて」に実質的な意味をとり、「明けて」を「夜が明けて」ととっておられる点は、前者と同じです。

(D) 上にも引いたように、新日本古典文学大系 明治編 11『教科書啓蒙文集』の脚注には、「いつのまにか年限も過ぎ(「過ぎ」は次の「杉」にもかかり)、杉の戸を開ける(学業の成ること)」とあり、「あけて」の「あけ」に、「開け」と「明け」を掛けている、とはありませんので、注釈をお書きになった倉田氏は、「いつのまにか年限も過ぎ、学業も成って、今朝は別れてゆくのだ」とおとりになるのでしょうか。

(E) ここは、「いつしか年も過ぎ」(「杉の戸を開けて」)「明けてぞけさは別れゆく」という表現になっている。つまり、「杉の戸を開けて」は、「いつしか年も過ぎ」と、「明けてぞけさは別れゆく」を技巧的につなぐ働きをしているだけで、「(あの慣れ親しんだ、懐かしい杉の戸)」という響きを歌に与えるのは確かだとしても、歌詞の内容には直接的には関係していない(実質的な意味は持たない)。だから、ここを「杉の戸を開けて別れる」とは訳さない。
「いつのまにか年も過ぎてゆき、卒業を迎える年が明けて、いよいよ今朝はみんなと別れてゆくのだ。」(「杉の戸を開ける」を、倉田氏のように「学業が成って」ととれば、「いつのまにか年も過ぎてゆき、学業が成り、いよいよ卒業を迎える年も明けて、今朝はみんなと別れてゆくのだ。」とすることも考えられる。)                 
 ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※
(E)は、私の解釈です。この解釈について忌憚のないご意見をお聞かせいただければ幸いです。



良い解釈だと思います。
杉の戸に何か特別な思い出があり何かしらの意味合いが込められていたとしても、「杉の戸」と急に言われてもそれを知らない人にはあまり響きませんものね。
情緒や情感的にも「杉」はしっくりこない。リアル杉ると言うか何というか・・・。
でも掛詞だということなので、「杉」と「過ぎ」を掛けたのと同様に、「戸を」と「遠(とお)」、「開けて」「明けて」「空けて」を掛けたのではないでしょうか。
明けては夜が明けるという意味もあるし、奉公明けなど一定期間が終了するという意味もある。
戸は超えるべき戸でしょう。終了地点であり次に進むための通過点。出口であり入口。一区切りつける場所と言う意味。
それを一番に持ってきたところが心憎いところだと思います。

蛍の光、窓の雪、
書読む月日、重ねつゝ、
何時しか年も、すぎの戸を、
開けてぞ今朝は、別れ行く。

開けるには明けるよりも意思や意志が感じられるような気がします。
そして「ぞ」が活きます。









[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-31 14:47
2016年 12月 29日
日本国憲法の秘密-440-
福島第一原発の3号機を例にして酸化ウランの量を計算してみる。
 ・ペレットの大きさは直径1cm×長さ1cmほど。小さな円筒形。
 ・ペレット1個の重量は約8g。
 ・燃料棒1本につき350個のペレットを用いる(燃料被覆管に350個のペレットが密封されている)
 ・燃料棒を束ねたのが燃料集合体であり、1体あたりの燃料棒数は72本
 ・原子炉一基あたりの燃料集合体数は548体
 ⇒8×350×72×548=110,476,800g=110,476.8kg≒110t(トン)


原子炉一基でおよそ110トンの濃縮ウラン(酸化物)を利用しているわけだが、これで4年ほど運転可能なのだという。
1年あたりにすれば約30トンのウランが必要ということになる。30トンの濃縮ウランを作るには劣化ウランが160トンも出来てしまう。
一回セットするための濃縮ウラン(4年分120トンとして)を用意するには640トンもの劣化ウランが濃縮ウランとは別に生成される。

標準的な原子炉1基の最大出力は100万KWだが、この原子炉を1年間稼働させる場合に燃料として必要な濃縮ウランが30トンで、この30トンの濃縮ウランを作る時にできる副産物としての劣化ウランは160トンにもなるという。(資源的にもエネルギー的にもなんという非効率的な・・・)

使われるウランが30トンだとしても、濃縮ウランを生成すると劣化ウランが160トンも生じてしまうのだから、最低190トンの天然ウランが必要なのである。
e0126350_10552625.gif

(出典)よくわかる原子力(原子力教育を考える会) 「少しの燃料で大きなパワー」というけれど


天然ウランは鉱石から取り出すので、鉱石はさらに多く必要。
ウラン含有量が60%を超えるピッチブレンドのような鉱物は埋蔵量が少なく、資源とはいえない。資源としては,ウラン含有量が0.2〜1%の礫岩・砂岩などの堆積岩鉱床、マグマ起源の熱水鉱床などが重要である。
e0126350_1114148.gif

(出典)よくわかる原子力(原子力教育を考える会) 劣化ウラン及び劣化ウラン兵器


上記図はウランがずっとウランであるという前提での数字であるが、ウランだって崩壊していく。
崩壊すれば別の核種となりウランではなくなってしまうのだ。(ウラン濃縮のパーセンテージを留めておくこともできない)
どれくらいの量のウランがウランでなくなってしまうのかは、崩壊率と鉱石を採掘してから原発で利用されるまでの時間によって違うはずである。(半減期の定義と解釈が重要だが、崩壊スピードなどは公式にあてはめて算出するだけで解釈までには立ち入っていない。しかしその解釈に疑問がある)
どちらにしてももっと多くのウラン資源が必要ということになる。石油超え。
上の図に「低レベル廃物」とあるが、核分裂をしないという観点からみれば低レベルかもしれないが、放射性物質としては変わりない。低レベル廃物と呼べるのは残土くらいではないだろうか(残土にも多少ウランを残している)
複数回ある(例えば15回)崩壊過程の終わり近くにいけば放射のエネルギーも減じているだろうけれども、ウランの初期段階の崩壊ではまだエネルギーは落ちていない。
このホームページに限ることではないのだが、何をもって低レベルと言っているのか良く分からない。

(劣化ウランの民生利用)
 先ず始めに、劣化ウランの特性を見てみましょう。鉄の約2.5倍、鉛の約1.7倍の比重があります。例えば、コップ1杯の水(200g)と同じ容量の劣化ウランは約4kgにもなります。こうした特徴を利用した民生利用として大きいものに、民間航空機の主翼や水平尾翼、垂直尾翼のカウンターウエイト(重り部品)として使われてきました。1機に取り付ける重りの総重量は、機体により異なりますが、民間旅客機のボーイング747機の場合は最大400kgを搭載しています。
1985年8月12日に単独機で史上最悪の事故(乗員乗客合わせて520名の犠牲者)である日航ボーイング747Rジャンボ機が群馬県上野村御巣鷹山に墜落しました。この機体には約240kgの劣化ウランが尾翼に使われていました。この劣化ウランが火災にまきこまれなかったのが唯一の救いでした。
 事故後、日航、全日空、日本エアシステム社は劣化ウランをタングステンに交換しています。ボーイング社は 1981年以降、マクダネル ダグラス社も 1988年から製造している機体にはタングステンを使用しています。このように劣化ウラン使用が徐々に減ってきているとはいえ 世界の747ジャンボ機中 450機がタングステン使用、 551機が劣化ウラン使用のままです(1997年2月4日共同通信)。



ペレットはこういうものだそうである。
e0126350_10302654.jpg

Wikipediaに掲載されている写真であり出所は分からないが事故後にあちこちでよく使われた画像でもあった。
こんな形のチョコレートがありますよね。薄い手袋一枚で触っているのでペレットはウランを含んだ実物ではないと思われる。
別に手で持ったところを撮影しなくても良かった気がするが、何故に手で持ったところを撮影したのだろうか。
大きさを分かりやすく伝えたかったのだろうかと思って大きさに注目してみれば、ペレットが直径1cm長さ1cmも、燃料被覆管の直径も1cmないように見える。
ペレットの大きさが直径1cmで長さ1cmであることは東京電力のホームページ(用語説明)で確認できる。
e0126350_10522089.gif

(出典)よくわかる原子力(原子力教育を考える会) 「少しの燃料で大きなパワー」というけれど


ペレットを容れる燃料被覆管

燃料被覆管は、ジルコニウム合金にジルコニウム金属膜で内張りをした2層構造の厚さ0.7mmほどの細長い形状の管であり、外径が11mmほど、全長が4.47m、燃料有効長が3.71mとされている。

このような細長く特殊な材質のパイプを高品質で製造することが難しく、初期の原子炉で使用された被覆管では、ピンホールの発生などによる核分裂生成物 (FP) の漏出事故が発生している。このうち原因の多くが原子炉運転中の出力変化に伴い、燃料棒の温度変化によって生じる熱応力によるものと判明してからは、燃料棒の健全性を保つため原子炉出力の急な変化を避けるように運転が行われている。すなわち緊急の場合を除き、原子炉の起動と停止は、一日以上の時間をかけてゆっくりと行われ、燃料棒に対して余計なヒートショックを与えないような配慮がなされている。

被覆管は運転中に発生する核分裂生成物 (FP) を外部に漏らさないために運転中のあらゆる条件下、及び想定される事故の環境下で健全性を保つ必要がある。また内部の核分裂物質は原子核分裂に伴う崩壊熱を放出しているため、高温に耐え、かつ冷却材に熱がよく伝わるように熱伝導率の高い物質で無ければならない。冷却材と反応して健全性を損なうことの無いように、安定した物質であることも重要である。さらに燃料ペレットは運転中の温度変化や、生成した核分裂生成物 (FP) による膨張つまり「スエリング」や、縮小つまり「焼きしまり」といった体積変化を起こすため、燃料被覆管に局所的な応力を発生させる。これらの応力に耐えて、また原子炉運転中の震動等に耐える機械的な強度を持たせる必要がある。


燃料棒製造時にはペレットの他にバネと不活性ガスであるヘリウムを10気圧程度封入しているそうである。
兎にも角にもウランは細い棒の中に収められている。
核分裂であろうと崩壊であろうと、細い棒の中で起こっていることになる。
爆弾では破裂しなければ意味ないが、原発では細い棒を破裂させない。だけど核分裂が起こらないと困る。
その落としどころが低濃縮3~5%というわけである。
この濃度ならば1回のセットで4年も核分裂連鎖反応が続く・・・!?

あんな棒でどうして電気が作れるのかと言えば、あの棒が熱くなり、お湯を沸かすことができるから。(お湯が沸いて生じる蒸気でタービンを回す)
何故あの棒が熱くなるのかと言えば、棒の内部で熱が生じるから。
何故熱を生じるのかと言えば、エネルギーが放出されるから。
e0126350_15262130.gif

(出典)四国電力ホームページ 原子炉の種類


核分裂で放出されるエネルギーは結合エネルギー。これは運動エネルギーだと思ってもらっていい。
2つに分裂された核種に運動エネルギーが乗っている。熱エネルギーそのものが放出されるわけではない。核種が何かに衝突したり摩擦が起こったり運動を停止する時に熱を生じる。
また2つに分裂した核種はその後崩壊を繰り返すので、その時にも熱を生じる。
例えばウランを核分裂させなくても、ウランは崩壊していくので熱を生じるのである。
崩壊の場合は違う核種になる時に放射線が放出される。この放射線が他の物質に衝突したり吸収されたりした時に熱を生じる。

原発事故の際に冷却水という言葉を聞いたと思うが(冷却材と言う場合もあるが冷却材とは重水ではない軽水、つまり水のことである)、その冷却水をお湯にして蒸気を得ているわけである。
水(湯)がなければ幾ら燃料棒が熱くなったところで蒸気は生じない。
また燃料棒があまりに高温になりすぎると破損する恐れが出てくるので、それを防ぐための水(冷却水)という意味もあるのだが、電気の元になる蒸気が欲しい一方で、水の温度を上げ過ぎるわけにもいかないというジレンマを抱えることになる。ここでも非効率的。

また廃熱の問題もある。
日本では冷却水に海水を利用し、熱い蒸気・温水を冷ますことなく海に戻している。付近の海水の温度は上がる。
外国では河川や湖の淡水(真水)を利用。冷却塔を設け、そこで冷やして水に戻したり大気に逃したりしている。冷却塔は大気利用なので周辺の大気の温度が上がることは避けられない。
海と大気、どちらの保温性が高いだろうか・・?
[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-29 12:26
2016年 12月 28日
日本国憲法の秘密-439-
ウラン10kg(おおざっぱに500mlペットボトル1本分くらい)に含まれる原子(原子核)の数は、10兆×1兆個である。
10,000,000,000,000×1,000,000,000,000=10,000,000,000,000,000,000,000,000(10秭)

百より上の単位
10の68乗 無量大数 むりょうたいすう
10の64乗 不可思議 ふかしぎ
10の60乗 那由多 なゆた
10の56乗 阿僧祇 あそうぎ
10の52乗 恒河沙 ごうがしゃ
10の48乗 極 ごく
10の44乗 載 さい
10の40乗 正 せい
10の36乗 潤 かん
10の32乗 溝 こう
10の28乗 穣 じょう
10の24乗 秭・予(予禾) じょ・し
10の20乗 垓 がい
10の16乗 京 きょう(けい)
10の12乗 兆 ちょう
10の8乗 億 おく
10の4乗 万
10の3乗 千
10の2乗 百

私達が一般的に見かける単位は兆まで(主にお金の単位として)。せいぜい京といったところ。
しかしそれより上にまだこんなに単位は用意されているのだった・・。
ハイパーインフレでも起こって、紙幣価値が大暴落すれば使う機会もあるかもしれない・・。

18世紀のフランス革命直後のハイパーインフレ、19世紀の南北戦争直後のアメリカ合衆国のハイパーインフレなど、歴史的には巨額の戦費調達によって生じた例が記録されている。20世紀初頭にも、第一次世界大戦直後では、敗戦後のドイツ帝国の1兆倍、帝政が終わったロシア帝国の600億倍のハイパーインフレが発生している。
トーマス・サージェントは、その論文「四大インフレーションの終焉(The Ends of Four Big Inflations)」(1982年)において、第一次世界大戦後にハンガリー(1922年 - 1924年)、オーストリア(1922年 - 1923年)、ポーランド(1921年 - 1924年)、ドイツ(1922年 - 1923年)で生じたハイパーインフレーションを分析した。これらのハイパーインフレが生じた共通の原因は、戦争後の賠償金支払いなどに伴う財政赤字の急膨張であり、不換紙幣である政府紙幣の発行による、財政赤字のファイナンスであった。


インフレとは需要よりも供給が少なくなった状態(品薄)。(デフレは需要よりも供給が多い状態)
供給が少ないと商品価値が上がり価格も上がる。
トイレットぺ―パー1袋が400円だったのが4,000,000円(400万円)にもなってしまうのがハイパーインフレ。
沢山のお金がないと買えない状況となる。それはこれまでのお金の価値を変えてしまう(お金の価値が下がる)ということである。
例えるなら1万札が1円くらいの価値しかなくなってしまったというような状況。
400万円貯金があってもトイレットペーパー1袋しか買えなくなってしまう。
ただハイパーインフレの場合は、需要より供給が少なくなった時(品薄)よりも、世の中にお金が沢山出回った時のほうがなりやすい。
沢山存在するものには希少価値がない。世に沢山お金が出ればお金の価値は下がる。結果的に商品の価値が上がる。バブル時代はこの状態。
人々はそれなりにお金を持っているが、それ以上に商品の価格が上がっているため、誰もが何でも買えるわけではない。本当に恩恵を受けられるのは一部の人だけなのだが、空気に踊らされて浮かれたり気が大きくなって多くの人がローンなどしてまで高い物を買ってしまう。
災害時に義援金やふるさと納税などでお金がどばっと集まり、商品は品薄状態。これも一種のインフレだろうと思う。
世界的には戦費調達や戦争賠償金のために沢山紙幣などを発行したためお金の価値が下がってしまい、ハイパーインフレを招いた事例が多い。
日銀が国債を買うためにせっせと紙幣を発行してもいっこうにインフレにならないのが最近の日本で、相も変わらずデフレ脱却と言っている。皆さんよほどバブルに懲りたんでしょうか?
もっとも幾ら日本紙幣を発行しても、外貨に換えて外に出してしまったら日本の世にお金は出回りませんね。
外貨に換えるということはそれだけ外貨も必要だということだし、外貨を日本で製造するわけにはいきませんものね。

大きな数の単位はお金に一番縁があるのでお金の話になってしまったが、兆以上の数を扱うことが多いのは経済界ではなくて、物理学や生物学の世界である。
(例)
・観測可能な星の数、7×10の22乗(7×10^22)・・・700垓
・人体を構成している原子の数、7×10の27乗(7×10^27)・・・7000秭
・地球上に存在するバクテリアの数、10の30乗(10^30)・・・100穣



原発(軽水炉)で用いているウランは酸化ウラン(ウランの酸化物で二酸化ウランとも言う、UO2)である。
現用の軽水炉では低濃縮の酸化ウラン(IV)の粉末をプレス機で直径・長さとも約1 cmに成型・加工し、高温で焼き固めたペレットが使われている。
ペレットをジルコニウム製の燃料被覆管に詰めて燃料棒を構成し、燃料棒を8×8等の方形に束ねたものが燃料集合体であり、燃料集合体は炉心に装荷されて炉心部を構成する。


低濃縮とはウラン235の比率を0.7から3~5%程度にまで上げたウランのことだが、天然だろうが低濃縮だろうが高濃縮だろうが、全てが放射性のウラン(酸化物)であることには変わりない。

福島第一原発の3号機を例にして酸化ウランの量を計算してみる。
 ・ペレットの大きさは直径1cm×長さ1cmほど。小さな円筒形。
 ・ペレット1個の重量は約8g。
 ・燃料棒1本につき350個のペレットを用いる(燃料被覆管に350個のペレットが密封されている)
 ・燃料棒を束ねたのが燃料集合体であり、1体あたりの燃料棒数は72本
 ・原子炉一基あたりの燃料集合体数は548体
 ⇒8×350×72×548=110,476,800g=110,476.8kg≒110t(トン)

ウラン酸化物とウランの重量は同じではないので(金属の酸化物は通常重くなるが、粉末などになった場合には軽くなる)、一概に比較できないが大きく違うわけではないので、おおまかな量を知る手掛かりにはなる。

10kgのウランに含まれる原子数は、10,000,000,000,000,000,000,000,000(10秭)。
110,476.8kgならば?簡単に考えればおよそ1万倍となる。
110,476,800,000,000,000,000,000,000,000(約11穣)。単位が上がった。
[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-28 12:43
2016年 12月 27日
日本国憲法の秘密-438-
ウランの比重は約19、金も約19、鉛は約11、鉄は約8。(比重は水との比較。水を1とした場合の数値)(比重が4~5以上の金属元素のことを重金属と言う)
ウランはかなり重い物質である。(だから飛ばないというわけではない)

比重の基準にあるのは、原子核の重さでも粒子の重さでもなく、「1×1×1cmという立方体体積の重さ」あるいは「10×10×10cmという立方体体積の重さ」である。
水はこれが1g、1kgであり、水を標準にした比が比重。
比重19ということであれば水の19倍の重さがある。
でも物はいつも「1×1×1cmという立方体」や「10×10×10cmの立方体」で飛んでいくわけではない。
この中に幾つの原子や粒子が存在できるのかが重要。
原子や粒子の数が多いほど、1個あたりの質量や大きさは小さいということになる。
質量や大きさが小さいほど簡単に飛びやすい。(飛ばすために大きなエネルギーを必要としない)



放射線を放出するのは原子核が崩壊する時であるということはすでに述べた。
原子核の崩壊は自然現象であり人間が止めたりコントロールすることは出来ない。
核分裂そのものは崩壊とは違うため放射線(α線・β線・γ線)は放出しない。
放出するのは中性子であり、この中性子が分裂連鎖に重要な役割を果たすわけである。すなわち放出された中性子はまだ分裂していない原子核に取り込まれていく。

放射線を放出するのは原子核の崩壊時。だから放射性の原子核がどれほど存在するかが重要。
そこで今日はウランに原子核がどれくらい含まれているのかという話をしたいと思う。

ウラン10kg。
米ならばスーパーマーケットやお米屋さんで売っているポリプロピレン大袋が10kg。
お米屋さんや農家などでは茶色の紙製の米袋などで30kgや50kgといった単位でも扱っているが、一般に販売されているサイズの大きな袋が10kgである。
小麦粉の標準的な袋は1kgだから、10kgならばあれが10個ということ。
ウランがどういう状態(塊なのか粉体なのか液体なのか気体なのか)で存在しているかによって見た目の大きさは変わってくるが、先日書いたようにウランだけをもしも1Lのペットボトルに100%充填できるとするならば重さは19kgほどとなる。おおざっぱに言えば500mlのペットボトル1本で10kgくらい。
私達のマクロ的な感覚では小さな10kgだと感じるはずである。

原子1個の大きさをおおざっぱに言うと1億分の1cm(0.00000001cm=0.0000001mm)である。
だから1×1×1cmの立方体(水ならば1g)に含まれている原子の数は、1億×1億×1億となる。
1億×1億×1億=1兆×1兆なので、1兆×1兆個の原子が含まれている。
1×1×1cmの立方体に1兆×1兆個(1億×1億×1億)も入っていると言っても、単位に開きがあるためどれ程多いのかということをなかなか実感しにくい。

そこで砂に置き換えてみる。
砂粒の大きさを直径0.4mmと仮定する。この砂粒が1兆×1兆個ある。
これを世界最大の砂漠(南極大陸除く)、サハラ砂漠(面積は約900平方km)に敷き詰めるとすると高さが5メートルにもなる。
サハラ砂漠のおよそ164分の1の面積となる鳥取砂丘(約5.5平方km)に敷き詰めれば高さ820メートルにもなる。
ちなみに日本一の面積を誇る砂丘は鳥取砂丘ではなく、青森県の猿ヶ森砂丘である。
太平洋沿岸に広がる海岸砂丘である。ほぼ全域が防衛装備庁の下北試験場(弾道試験場)の敷地であり、一般の立ち入りはできない。幅は約1〜2km、総延長は約17km、総面積は約15,000haであり、日本最大規模の砂丘である。広さは鳥取砂丘の約30倍になる

鳥取県によると、面積が日本最大でないのに鳥取砂丘が日本一と言われる理由は、、
・砂丘本来の姿を残していて風と共に動く自然の姿が維持保全されている
・砂と砂の間に火山灰層を含んでいて、そこから砂丘の形成過程が分かる
・起伏が非常に大きい

だからだそうである。

青森の砂丘も鳴り砂で、かつては美しい砂丘だったらしいですよ。

サハラ砂漠は日本の国土面積の25倍も大きいのだから日本の砂丘面積が歯が立たないのは仕方がない。
そこで日本の国土を全て更地として、そこに直径0.4mmの砂粒を1兆×1兆個敷き詰めてみよう。それでも125mもの高さになるのだ。
ところが原子では1兆×1兆個が1cm立方体に納まってしまう。
原子がいかに小さいものか、そしていかに数が多いものか、なんとなく分かるのではないだろうか。


原子は原子核(陽子と中性子)と電子で構成されている。
それを図にする時には電子は軌道で描かれるが、実際に電子が存在する場所は空間である。その空間は電磁場である。
この電子が存在する空間をも含めた大きさが1億分の1cmである。
電磁場という空間の中央にあるのが原子核。原子核はもっと小さくて原子の1万分の1となる。
原子核単体の大きさだけで言えば1兆分の1cmである。
あまりに小さすぎてもう訳わからなくなってきましたね?ともかく小さいの小さいが原子核です。


再び原子よりは大きな粒子の世界に。(とは言っても粒子も小さい)
上で砂粒の大きさ(直径)を0.4mmと仮定したが、砂粒の大きさにも幅がある。0.06mm~2mmほどの粒が砂と呼ばれる。
砂の粒は粒子としては大きいほうである。
小麦粉の粒の大きさにも、小麦粉の粒子の大きさにも幅がある。
また粒子径の測定装置にも幾つかの種類(原理)と方法があり、それぞれ測定可能な粒子径が決まっている。
弾き出された数値をどう処理するか、どの数値を採用するのか、例えば体積平均径なのか、累積50%粒子径(中位径)なのかによっても違いが出てくる。
小麦粉の粒子の大きさは砂粒よりもずっと小さくて30~150μmほどの粒子である。

1m=1,000mm(ミリメートル)=1,000,000μm(マイクロメートル)=1,000,000,000nm(ナノメートル)=1,000,000,000,000pm(ピコメートル)
よって、1μm=0.001mm、100μm=0.1mm となる。

肉眼で見える限界がおよそ0.01mmとされている。(もちろん誰にでも見えるわけではない)
光学顕微鏡の限界は200nmなので、それより小さいものは電子顕微鏡の出番となる。

砂より小さな小麦粉の粒子も細菌やウイルスの小ささには到底かなわない。
細菌の大きさは約1~5μm(0.001~0.005mm)、ウイルスの大きさは20~1000nm(0.02~1μm)(0.00002~0.001mm)である。
ほとんどのウイルスは0.3μm(300nm)以下であり、ノロウイルスは0.025~0.035μm(25~35nm)ととても小さい。
細菌やウイルス単体は、医療現場で用いているサージカルマスクでも通過してしまう。
但し細菌やウイルスが飛ぶ状況は咳やくしゃみでもたらされるので、粒子の周りに水分を含んでいて5μmほどになっている。
この大きさになればサージカルマスクによって防ぐことが可能となる。
結核菌や麻疹ウイルスのような水分のない飛沫核(直径5μm以下)の場合にはもっと特別なマスク(0.3μm以上の微粒子を95%以上遮断し遮蔽率も高い)でないと感染予防できない。


●飛沫感染―水分を含んだ直径5μm以上の粒子
咳やくしゃみ、会話などによる感染。水分による重みがあるので落下しやすい。飛距離は短く半径1m以上離れていれば感染しない。落下した病原体、病原体の含まれた唾液や鼻水の付いた手などに触れれば接触感染することもある。インフルエンザ、風疹、おたふくかぜ、肺炎など。
これらも水分が無くなれば空気感染(飛沫核感染)するが、飛沫感染が主流。

●空気感染
・飛沫核感染―飛沫から水分が抜けた粒子。水分がないので飛沫よりも軽くなりふわふわと遠くまで飛んで行くことができる。浮遊時間も長い。部屋の中で咳をすれば部屋中が感染してしまうほどの感染力がある。非常に微小なため直接肺の奥まで届いてしまう。結核菌、麻疹ウイルス、水痘帯状疱疹ウイルスなど。
・粉塵感染―細菌やウイルスがちりやほこりに付着して感染するものである。レジオネラ菌など。

●接触感染―手指・食品・器具などを介して感染する。ノロウイルスなど。
[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-27 15:05
2016年 12月 26日
もんじゅ
地元区長「ふざけるな」=「遅過ぎた」歓迎も―「もんじゅ」立地の福井・敦賀

 高速増殖炉「もんじゅ」が立地する福井県敦賀市。

 「地元の中の地元」と言われ、もんじゅを受け入れてきた白木地区の坂本勉区長(61)は、「こんなことをやっていると国として成り立たなくなる。ふざけるんじゃない」と怒りをぶちまけた。

 白木地区には15世帯約60人が暮らす。坂本さんによると、昔は半農半漁で生計を立て、世帯数は明治の頃から常に15軒に保たれてきた。土地や資源が限られていたため、世帯数を増やさないしきたりがあったという。

 坂本さんは、もんじゅが地区に及ぼした効果を「交通の便が良くなり、就職の選択肢が増えたことが一番大きい」と話す。今は農業を営む住民はおらず、漁業に携わるのも4、5人だけ。代わりに地区から4、5人が原子力機構に勤め、関連会社で働く住民も7人ほどいる。「もんじゅがなかったら今の地区があるとも思えない。もんじゅがあって良かった」と語る。

 住民の間では「もんじゅがうまくいけば、こんな小さな所が外国で有名になる」との期待があった。その地区に説明もなく、政府は廃炉を決めた。坂本さんは「国家プロジェクトは地元の理解があって初めてできる。やめる時は『理解はいらない』と、そんな話はない」と批判。「こんなやり方をしていたら、原子力だけでなく、いろいろなことをどこも引き受けなくなる」と不信感をあらわにした。

 一方、もんじゅの設置許可取り消しなどを求め、東京地裁に訴訟を起こした原告の一人、今大地晴美敦賀市議(66)は「廃炉決定自体は待ち望んでいたこと」と歓迎。「遅過ぎた感はあるが、一つの時代の区切りを感じている」と語った。

 原告の松田正さん(67)=福井県坂井市=は「もんじゅを廃炉にしながら、新しい高速炉を計画するのはふに落ちない」と話した。 

最終更新:12/21(水) 17:16 時事通信社



Yahooニュースに取り上げられた上記記事寄せられたコメント。共感順(そう思う-そう思わない=共感)乗50位

・結局、立地してるところは交付金で経済や雇用が助かってたってことだよね。福島も同じだけど、犠牲になっただけじゃなく恩恵もあったってことだよね。

・結局、金目でしょ

・最初、作るってときには反対したんだろ?

・15世帯60人の地区を維持するために1兆円の税金使われるのは勘弁してほしいなぁ

・でも事故が起きたら被害者面するんでしょ?

・原発が無いと地元経済が成り立たないようにさせられてしまった、ということだね。
同情はするけど、何も成果を生まない施設にこれ以上金を掛けて居られないのも事実。受け入れるしかないよ。

・地元にとって重い決断だった事は分かるが、60人の為に稼働しない設備を維持するだけで兆というお金を払う事は出来ない。逆に60人だったら、雇用の世話は国がすべきだな。

・結局、推進派は自分とこに金が落ちるのとインフラが良くなったことしか行ってなく、どれだけ無駄遣いしたか、まるで他人事だな。もんじゅ失敗のツケを地元推進派にもあわせた方が良いな。

・まあ地元も結局騙されてる訳なのでこの怒りはわかるけど、世の中そんなにウマい話などないってことだけかと。

・結局札束に負けたんですよね。写真にあった大根食べて自立して下さい。

・結局はお金ってことだね。原発のある地区の本音が出てきたな。

・補助金でウマウマだったんだねw

・他に産業を育てなかったのが問題だろう。原発だけでは。

・廃炉に何十年も掛かるんでしょ? まだまだ仕事あるんじゃない?

・廃炉の作業に、何十年もかかるから あと二世代ぐらいは、なんとかなるんじゃない
その間に、じっくり考えてね

・残念ですが、「もんじゅ」はほとんど運転していません。
原因は、技術的とか、組織の問題とか、ありますが、こうなったら廃炉もやむなしでしょう。
廃炉は英断でした。

・いらない。これにつきる

・結局お金目的でしょってコメントがあるけど、そりゃそうでしょ。
渡してる側だってお金をあげるからお願いしますってことだし、それ以上でもそれ以下でもない。
今回はそれがたまたま60人の地区だったってだけで、原発があるところはどこでも同じような感じだよ。

・原発補助金依存症の、それぞれの禁断症状でした。

・国が諦めるくらい、ヤバいものなんでしょ?

・『収入源が絶たれると困る』って事ですよね?

・結局自分たちの利益しか考えてないじゃん。

・存続すべきかどうかは、それだけのリターンがあるかどうか。
リターンが見込めないなら廃炉は当然。
「地区から4、5人が原子力機構に勤め、関連会社で働く住民も7人ほどいる」なんて地元の都合まで考えていたら、何も決まらない。
シンプルに考えること、これが大事です。

・地元にとっては金の成る木ですよね。
事故を起こして被害が地元だけに収まるのなら良いと思うのですが、そうではないので廃炉は有難いです。

・どの国もそうなんだけど、田舎の小役人って、金目的なんだよね。
自分達がよけりゃ、他がどうなろうが、知ったこっちゃないって感じ。

・よくも白々しく言えたもんだと・・・

・しきたりがどうこうって言ってるけど、結局お金目当てにしか見えない

・補助金に頼ってばかりでは駄目ですよ。

・今までが良かった…ってことだよね?公務員じゃないんだから身分の保証などあるわけない。

・地元でもんじゅの経緯を見ていれば廃炉は分かりきった事だったのでは

・敦賀にはよく行きますが、無駄に広い道路や閑散としたランドマークが原発マネーで作られたんだなとつくづく感じます。行政だけでなく、地域に住む人まで原発マネーにどっぷりつかっているので、一度リセットした方がいいと思います。

・原発交付金で潤っていた住民がふざけるな!って、なんか笑える…。

・まあ、気持ちは分からないでもないが、それにしても、あまりの依存ぶりにちょっとゾッとする。

・15世帯を増やさないようにしていたってところがこう…時代錯誤というか…

・金が欲しいだけとしか思えない。

・そんなに稼働させたいのなら自分たち地元の税金使って修理して運転させれば良いやん。
国の税金はもう費やさないでほしいですね。

・地元は、もんじゅを作る時は反対し、作ったあと廃炉にする時も反対している。
作る時も廃炉する時も、すべて「カネ次第」。

・ふざけてはいないと思いますけど ダメだこりゃ(ToT)

・廃炉になるとしても、すぐに雇用が失われるわけじゃない
そういう保証の話が欲しいんでしょ?

・結局、利権かな?。

・22年で実質稼働が44日、まぁ仕方ないでしょ

・会社で言うと倒産みたいなもん。怒ってる理由が分からない。

・福島も恩恵があった失ったものも大きいと思うが得ていたものも大きかっただろう。

・これだけの税金を注ぎ込んだ成果は何だったのか?

・廃炉ビジネスでもっと仕事は増えると思いますが。。。しかもその為の作業もほぼ半永久的に。

・でもほとんど稼働してないのに毎年すごい額の維持費とかがかかってて、それが国民の税金から出てるって聞いたことあります。そこで働いてる人とか地域の人達は確かに納得できないかもしれないけど、無駄なことにいつまでも税金かけていられないですから。

・原発が欲しいって、変わってんな…。

・原発って必要ですか?

・あれだけ問題があった もんじゅ・・・ほとんど稼働してない もんじゅ・・・仕方ないよ・・ね。当然 リスクがあって受け入れも大変だったろうけど ちゃんと恩恵はあった訳だから。

・住んでて不安は無かったのかな?自分だったら引っ越す。



結構辛辣なコメントが並ぶ。
福島原発事故ではなかなか表に出てこない感想なり意見だろうと思う。
表だって出てこないけれど、福島に対しても同じような感情が燻っているということはないのだろうか。
そうだとすれば福島の子を特別扱いすることは、腹を空かした獣に獲物を放り込むようなものである。

もんじゅと福島第一原発は何が違うのか?
もし福島が地震とは関係なく起こったただの原発事故だったらどうだったのだろう?
地震をきっかけにして事故が起こったとして、もしも津波であれほどの被害を出さなかったら福島はいまのような立ち位置にあっただろうか?
もしもんじゅでも同じような事故が起きて故郷を追われるようなことがあれば、こうした感想や意見は影を潜めるのだろうか。
それとも地震や津波がセットでなければ現状と同じだろうか。
もんじゅに対して現状一番の多数派は無関心だろうとは思うけれども。

コメントでは地元が非難されているが、最大の責任と問題は稼働できない施設を、税金を捨てるような施設を、それも放射性物質を扱う施設を、見切り発車させた国にあるはずだ。
簡単に地元の人が造れるものではない。税金を投入したのは、させたのは国である。
また多くの人が他人事観丸出しだが、もんじゅは地元の人の雇用を確保するために造られた施設ではなかろう。それは福島も同じ。
もんじゅを造ってしようとしていたことは何なのか。私達はそれでどんな恩恵を受けるのか、受けてきたのか。
喉元過ぎれば熱さ忘れる。どんな災害や事故ががあっても電気の無駄遣いをやめようとはしない。
みんな中毒になっていて止められないのだろう。
だから都合の悪いことは何もなかったことにしたい。
コメントに英断という言葉が使われていたが、戦争を開始し、戦争を煽りに煽り、負けが込んでも被害が拡大しても和平に動かず、最後の最後に敗戦したら「英断」になる、あの戦争と同じである。
地元非難は、戦争に行かせておいて後になって行ったやつが悪いと言うようなものだ。
非難の矛先が間違えている。
子供は大人を非難することなど出来ない。非難なんかしたら何倍にもなって返ってくるだろう。
だから身近なところに向かうしかないのだ。いじめにしても情けにしても失望にしても。








[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-26 13:53
2016年 12月 24日
連歌
e0126350_1163362.jpg

バックナンバーなんて聞くんじゃなかった


ケーキもプレゼントも日常仕様
どうしてこんなに特別なことがなくなってしまったんだろう
街に飾られた灯りを風が揺らしても
心までは踊らされない
スーパーで知る季節はどこか味気ないから
スーパーマンにでもお願いしようかなぁ

こんなにも会いたいと思うのは
遠い星を信じていた頃に交わした約束のせい
会いたいと毎日思ってて
会ったら会ったで離れたくないと思っちゃう
今頃になって分かった
特別なのは今日でも明日でもなくて
あなたなんだってこと
空を見上げたら星が揺らめく

聞こえるまで何度だって言うよ
特別なのはあなただった

e0126350_10544455.jpg



ところで。(ところでじゃねーよ?)
back numberの『アルコール』『アンコール』というニューアルバム(BEST ALBUM「アンコール」2016.12.28 on sale)のCMに出演している女子が着ている洋服が私が今年よく来ている洋服によく似ている。
見たの?

[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-24 11:33
2016年 12月 23日
日本国憲法の秘密-437-
先日観光についての記事の最後にこう書いた。
何かが増えるということは何かが減るということなので、国際観光収入が増えてもGDPを押し上げるとも、失業者が減るとも、国の収益が上がるとも限らない。
も少し前にはWin-Winの関係はないとも書いた。
限りある世界、限りある資源、限りあるエネルギー。
そんな中、実に緻密に生命は設計され、保存され連鎖し循環してきた。
あらゆる物が相関関係にあると言ってもいいだろう。
このような世界においては、物質的にWin-Winな関係は成り立たない。
こちらが増えれば、あちらが減る。あちらが増えれば、こちらが増える。両方が増えるということはない。


活動にはエネルギーが必要で、行きつく所はエネルギー保存の法則なので、ありとあらゆるところに当てはまってしまうのだ。
α線とβ線は、透過力が弱く、電離能力が強い。γ線やX線は、透過力が強く、電離能力が弱い。―これもそういうことである。
前に進むという仕事と、電離(電子を弾き飛ばす・電子にエネルギーを与える)という仕事、どちらかを優先すれば一方が劣るのだ。

運動エネルギーは、質量に比例し、速さの2乗に比例する。
物体の質量が大きければ大きいほど、運動の速さが速いほど、他の物体へ与える影響は大きいということである。

これはやや応用的な考え方になるが言わんとしていることは同じである。
質量が大きいほどエネルギーを受け止める(保有する)ことが出来る。だから出来る仕事も増える。
速さが早いということは、遅いものより多くのエネルギーを与えられ保有している状態。だから遅いものよりも仕事が出来る。
入力と出力は同じ、エネルギーは保存されている。
(運動中にはエネルギーのロスがあるが、ロス+仕事で、ここでもエネルギーは保存されている)


放射線が与える影響も運動エネルギーが関係している。
前に進まないものほど仕事をする(影響を与える)。
放射線の影響は距離の2乗に反比例するのだ。

(例)
放射線を放出する放射性物質ウラン微粒子が私の1m先にあったとしよう。
この時ウランから放出される放射線に私が受ける影響を仮に「1」とする。

原発事故でも火災でも食事からでもなんでもよいが、放射性物質ウランの微粒子を私が体内に入れてしまったとしよう。
体内の細胞表面から0.1mmの場所に放射性物質がある。

1m(1000mm)の2乗は1,000,000(100万)である。
0.1mmの2乗は0.01である。
比例ならば数値が大きいほど影響が大きいということになるが、反比例なので数値が小さいほど影響は大きい。
つまり0.1mmの場所にある放射性物質のほうが与える影響が大きい。
ではどれくらい大きいのかと言うと、1,000,000/0.01=100,000,000(1億)となる。
1m先にあるウランの微粒子から放出される放射線から受ける影響が「1」ならば、体内の細胞表面から0.1mmの場所にあるウランの微粒子から放出される放射線から受ける影響は「100,000,000」となる。
1m先にある場合と、0.1mmの場所に在る場合では、影響力には1億倍もの差が出る。
内部被爆の場合(放射性物質が体内に在る場合)、外部被爆(放射性物質が外部に在る)よりも1億倍も影響は強い。

内部被爆を前提に0.1mmと設定したけれど、外部被爆であっても距離が近いほど影響は強いということになる。
但しこの距離とは放射性物質のエネルギーで動く放射線のことであり、放射性物質は静の状態にある。
放射性物質に外力が加わり飛んで距離を稼いだとか、何かにくっついて運ばれたとか、食物連鎖で動いたとか、そういう距離ではない。
あくまでも「ある場所に留まっている放射性物質」から放出される放射線から受ける影響である。
外力によって遠くに運ばれることはあるが、その距離と放射性物質が与える影響には直接的な関係はない。
簡単に言ってしまえば、事故現場である福島から離れた場所にある放射性物質ならば安全、そういうことはないということ。
放射性物質が自らのエネルギーを消費して動いたのではなく、外力(爆風、自然の風、人間や車両の動き、廃棄物や瓦礫や物品などの移動、食物の移動などなど)でもって動いたのだから。



ウランの比重は約19、金も約19、鉛は約11、鉄は約8。(比重は水との比較。水を1とした場合の数値)(比重が4~5以上の金属元素のことを重金属と言う)
ウランはかなり重い物質である。(だから飛ばないというわけではない)
重い物質ということはつまり、他の物質と同じ重さで並べて比較した場合、大きさ(見た目)が小さくなるということである。
ウランをもしも1Lのペットボトルに100%充填できるとするならば重さは19kgとなる。
19kgというのは10kgの米袋2つ分くらいの重さであるが、ペットボトル1本分の大きさと米袋2つ分の大きさは全然違う。

但し金属でもなんでも紛体にした場合には話が変わる。
何故かというと物質と物質の間に細かな空間ができるからである。
以前にも砂やおがくずの例でこの空間の話はした。
空間には通常空気があり、この空間も含めると比重は軽くなる。
砂と岩石の比重は同じで3ほどだが、砂という状態においては岩石よりも比重が軽くなる。(砂は飛ぶことも飛ばないこともある)
米粒の比重(粒子比重)は1~1.5くらい。容器や袋に入れた状態の比重(かさ比重)になると0.6程度となる。
小麦粉の比重(粒子比重)は1.4。容器や袋に入れた状態の比重(かさ比重)になると0.5~0.7程度となる。
軽そうに見える小麦粉も粒子の比重は水よりも重い。つまり水に入れたら沈むのである。
(小麦粉の元の小麦は小麦粉よりも比重が大きい)
(かさ比重は空間をなるべく少なくするようにぎゅうぎゅうに詰めたのかどうか詰め方によっても若干変わる。)
同じような比重であっても飛びやすさに違いがあることが何となく想像できるのではないだろうか。
小麦粉なんかうっかり扱えばふわ~っと飛び散りますね?
これには粒子の大きさが関係している。

比重の基準にあるのは、原子核の重さでも粒子の重さでもなく、「1×1×1cmという立方体体積の重さ」あるいは「10×10×10cmという立方体体積の重さ」である。
水はこれが1g、1kgであり、水を標準にした比が比重。
比重19ということであれば水の19倍の重さがある。
でも物はいつも「1×1×1cmという立方体」や「10×10×10cmの立方体」で飛んでいくわけではない。
この中に幾つの原子や粒子が存在できるのかが重要。
原子や粒子の数が多いほど、1個あたりの質量や大きさは小さいということになる。
質量や大きさが小さいほど簡単に飛びやすい。(飛ばすために大きなエネルギーを必要としない)
但し質量や大きさが小さいものは外力から受け取れるエネルギーも小さいので物理的に大きな仕事(他の物を動かしたり変形させたり)はしない。
満員電車1車両は風に飛ばなくても、人間1人が飛ばされることはあるかもしれない。
紙を沢山つめた箱は風に飛ばなくても、箱から紙を出せば1枚1枚の紙は飛ばされる。
原子1つはとても軽く小さいものである。その1つは物理的には大した仕事はしないが、それが数多く集まれば大した仕事をするようになる。
また放射性物質崩壊による放射線放出は外力から受け取ったエネルギーで行う物理的仕事とは全く違う。
[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-23 14:04
2016年 12月 22日
日本国憲法の秘密-436-
先日ウラン238崩壊過程の表を掲載した。-432-
ウラン238というのは一般的なウランである。
濃縮だなんだと言っても、完全に分離しているわけではないので、当然どんなウランにもウラン238が多く含まれている。

ウラン238―99.3%を占める。非分裂性。
ウラン235―0.7%しか存在しない。分裂性。


ウラン238が非分裂性ということで「安定していて放射線を放出しないのかぁ」と思う人もいるかもしれないがそうではない。
ウラン238は人工的な核分裂を起こすことが出来ないというだけのことで崩壊はする。崩壊して安定へ向かう。
最終的に鉛206で安定するまでには15の過程を経る。
放射性物質は崩壊する時に放射線を放出する。
崩壊にはα崩壊とβ崩壊があり、それぞれα線とβ線という種類の放射線を放出する。
α線とβ線の性質は、透過力が弱く、電離能力が強い。
透過力が弱いというが、加速させれば(外からエネルギーを与えれば)、その分だけ透過力も増す。
α線やβ線は粒子である。
α線とβ線は一般的な線量計では計測できない。

核分裂すると言われているのはごく僅かしか存在しないウラン235である。
核分裂に威力があるといっても、スタートラインのところからしてすでにかなり非効率的なので、原発など産業に用いる場合、それが他の資源と比べて果たして優れたものなのかは疑問符がつく。
ともかくウラン235を人間が人工的に核分裂させる。(ウラン235の原子核に中性子を取りこませて分裂させる)
崩壊の場合は物質が次々と変わっていくのであって、次世代の物質(核種)は1つである。
核分裂の場合も物質が変わることは同じであるが、分裂によって出来る次世代の物質(核種)は2つである。
ここに福島第一原発事故の際に頻繁に聞いた「ヨウ素」や「セシウム」が登場するのだ。
2つ出来る物質(核種)の片一方が「ヨウ素」「セシウム」「バリウム」「クセノン」など。
もう一方との組み合わせは決まっている。
「ヨウ素」の場合は「イットリウム」。
「セシウム」の場合は「ルビジウム」。
「バリウム」の場合は「クリプトン」。
「クセノン」の場合は「ストロンチウム」。

どれが出るかはお楽しみ。というのは冗談だけれど、こうしていろんな種類の物質(核種)が出てしまうのが核分裂ということ。
だけど前にも書いた通り、核種同定はとても難しいもので、そうそう簡単に出来るものではない(出来る人はいない)。 簡易検出器などありえない。
また分裂で出来た物質(核種)もそれで終わりではなく崩壊しながら安定へと向かう。いつまでも同じ物質(核種)として存在するわけではない。
だから事故後にセシウムが検出されたとかされないとか聞くたびに、いったい誰がどうやって調べたのか不思議に思っていた。
結構気軽に語られていたけれど、お茶から覚醒剤が検出されるのと同じくらい不思議なことである。

そこで私はまだ思うのである。
原発は核分裂ではなくてウランの化学的性質を利用していたのではないかと。

すると「じゃあなんで放射線が検出されたの?」と反論されるかもしれないが、ウランは放射性物質なので放射線を放出するのである。
「でもα線とβ線は線量計では計測できないって言ったじゃない。ウラン238の崩壊過程にはα崩壊とβ崩壊だけしかなかった。γ崩壊がなくてγ線が出ないのだから一般の線量計では測れないはず。それなのに事故後にあちこちで測れたというのはどういうわけ?」とさらに反論を食らう。
放射線は自然にも存在します。
福島第一原発だけでなく過去にも放射性物質が世に放たれてきました。
また線量計の精度にもいろいろあって安く手軽なものは信頼度が低いです。
これでは納得しない?

実はここにも誤解がある。
「γ崩壊」は「α崩壊」や「β崩壊」と種類が違う。
そのため崩壊という言葉をあてない人もいるくらい。
何が違うかと言うと、γ崩壊は物質(核種)が変わらない。つまり原子番号や質量数が変わらない崩壊である。(だから崩壊と言わない人もいる)
通常の崩壊は物質(核種)が変わるのである。

γ線が放出されるのは、原子核が励起の状態にある時。(電子と蛍光の説明に「励起」は出てきましたね)
エネルギーを少し余分に持っている状態で不安定。
そこでエネルギーを放出してあるべき姿(基底状態)になろうとする。

崩壊するということはエネルギーを放出することでもある。
α崩壊やβ崩壊の際に放出すべきエネルギーを一回で出してすんなり基底状態に収まればよいのだが、ほとんどの場合そうでない。
崩壊後に微調整して基底状態になるのである。
微調整で余分なエネルギーを放出する、それがγ線である。
α崩壊やβ崩壊後の原子核はほぼγ線を放出する。セットだと思ってくれていい。(なかには放出しない核種もある。また確率的にも100%放出とは言えない)
つまり、ウランだってγ線を放出する。崩壊する放射性物質はほとんどγ線を放出する。
だからどんな放射性物質であっても安定しない物質が存在すれば、γ線しか検知できない線量計でも反応するのである(ただ一般的な線量計の精度は低い)。
原発が核分裂を利用していなくても、ウランがあればγ線も放出される。


放射線について言えば、比較的α線やβ線が軽視されてきたのは、自然崩壊の過程において放出されるα線やβ線の透過力が弱いからである。
つまり外部被爆しても人体などの内部までには届かないだろうという発想の下でのこと。
ウランは原子番号が大きい元素なので鉛などと同様に透過力の大きいX線やγ線の遮蔽効果が大きく、医療用放射線機器等から発生する放射線の遮蔽用途があるくらいである。
自身が放射線を放出するのに遮蔽もなにもあったものではないと思うかもしれないが、これもウラン崩壊にて放出されるα線やβ線の透過力が弱いから出来ることであり、α線やβ線を線量計が感知しないから出来ることである。
このこと(外部被爆)と吸入や摂取によって内部に運ばれてしまう内部被爆は全然違う話となる。


先日書いたこの部分も誤解されやすそうなのでもう一度説明する。
原子番号が大きい鉛やウランは透過力の大きいX線やγ線の遮蔽効果が大きい。
遮蔽によく用いられるのは鉛である。
原子番号はウランのほうが大きいが鉛が用いられる理由は、鉛のほうが一般的で、さらに鉛には安定同位体があるからである。
安定に至っているのでそれ以上崩壊することのない同位体が存在する。
しかし、実は鉛にも安定同位体は1つも存在しないのではないかとも言われ始めている。事実、長らく安定同位体と信じられてきた204Pbも、実は安定同位体ではなかった。
ウランは安定しておらず崩壊が続く。自身が放射線(α線・β線・γ線)を放出するということである。
ただもともとγ線の遮蔽効果があるくらいなのだから、物体(塊)の内部で放出されるγ線は進まない。外に出てこない。物質の熱伝導と似たような考えである。
もしα線やβ線にγ線以上の透過力があればダメだが透過力がないということで、ウランも使い方次第で遮蔽に利用できる(原子番号が鉛より大きいウランの遮蔽能力は鉛より高い)。
[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-22 12:35
2016年 12月 21日
日本国憲法の秘密-435-
劣化ウラン弾の金属ウランは、目標命中時の変形エネルギーで微粉末化され、空中で直ちに酸素と結合して激しく燃焼して周囲に拡散するため、被害者が戦闘員だけに限定されず、付近に人や動物が居れば呼吸器から容易に吸い込まれる。わずかであるが残留している放射性同位体(234Uなど)による内部被曝を起こしているとして、国際的な社会問題になっている。重金属としての化学毒性もある。

上記は先日も転載した部分。

弾(物体)が飛んでいき、何かに命中して、命中した物体を動かしたり変形させる。これは運動エネルギーの仕事である。
運動エネルギーは、質量に比例し、速さの2乗に比例する。
物体の質量が大きければ大きいほど、運動の速さが速いほど、他の物体へ与える影響は大きいということである。
劣化ウラン弾は質量の大きなウランを加速させるのだから、他の物体へ与える影響は大きい。

ここも勘違いしやすい部分だと思うので、もう一度アインシュタインの法則を。

質量とエネルギーは等価なものである。「質量+エネルギー」で保存。だから質量とエネルギーは相関関係にある。

ウランやプルトニウム 質量が大きい だからエネルギーが小さい(=結合力が小さい)
ヘリウムやリチウムなど  質量が小さい だからエネルギーが大きい(=結合力が大きい)
水素 質量が小さい だからエネルギーが大きい(→だけど結合力は必要ない)

※崩壊も分裂もしないから結合エネルギーは必要ないのでエネルギーを保有しないと考えることも出来るわけだが、アインシュタインの「質量とエネルギーは等価」により水素もエネルギーを保有していることが分かった(裏付けられた)。


これを私が書いたのは、ポテンシャルエネルギー(熱エネルギー・結合エネルギー)についての説明の中。
弾が飛ぶという仕事は、弾に外から運動エネルギーを与えた状態であって、弾が元々保有しているポテンシャルエネルギーとは違う。
この場合の「質量+エネルギー」とは、質量が大きいほど大きなエネルギーを受け取れる、つまり大きな運動エネルギーを外から貰い保有することが出来るということである。
逆を言うと、質量が大きい物体を動かす時ほど、大きな外力が必要になる。(質量の大きな弾を飛ばす時には、小さなものを飛ばす時よりも大きなエネルギーが必要になる)
小さな力で質量の大きな物体を飛ばすということは不可能なのだ。(工夫の仕方はそれなりにあるが原理としては不可能)(放射性物質の質量が大きいから飛ばない説があったが、元素はミクロ世界のことであり、マクロ世界の物体・塊とは単純に比べられないし、外力がどれほど与えられたかによって全然異なる)

大きな運動エネルギーを貰った弾が動いている時には動くことにそのエネルギーを用いているが(当然ロスもある)、何かに命中して動きが止まれば持っていた残りの運動エネルギーは当たった物体を動かしたり変形したりするエネルギーとして用いられる。

ウランは質量が大きい物質なので、弾として用いた場合、まず物理的に優れている。
動いている時には貫通力があり、止まった時にも他の物体へ与える影響が大きい。


ウランは酸化性を有する。
加熱・衝撃・摩擦などによる分解によって酸素を発生し、可燃物と接触すると燃焼・爆発する。「助燃性」とも言う。


何かに命中して止まるということは、加熱・衝撃・摩擦などが起こるということである。
運動エネルギーが自分に跳ね返ってくれば自身も破壊され粉々になることもあろうだろう。ウランが粉々になれば自然発火する。
上の転載文に「変形エネルギーで微粉末化され」とあるが、化学的には微粉末化されなくても反応は起こる。
それはウランが酸化性を有しているからである。
命中それ自体が摩擦や衝撃であるし、摩擦や衝撃時には熱も発生する。それによって酸素が放出され、その場に酸化反応が起これば酸化熱も発生する。つまりウランが加熱される状況も整うので燃焼や爆発に繋がる。

劣化ウラン弾は主に対戦車用として使用されているらしいが、物理的に優れた性質のウランが戦車内部に入り込み、そこでさらに化学的性質を発揮する。
戦車は燃料を積んでいるわけだから簡単に引火して炎上爆発する。
劣化ウラン弾と書いてきたが、当然劣化ウランでなくて、ウラン弾でも良い。同じである。
現在は原発のウラン濃縮によって劣化ウランが沢山できるので、劣化ウランは核廃棄物でありコストがかからないと言われていて、「劣化ウラン弾」ということになっているが、ウラン濃縮にかなりのコストがかかっている。さらにウラン濃縮は誰にでも簡単に出来ないことになっている。
濃縮をしなければ(天然ウラン)、濃縮にかかるコストは必要ないのだから、その分安く出来る。
さてどちらが安いのでしょう?



ウランの医学的危険性の主張と反論(下記には劣化ウランとあるがウランも同じである)

●危険性の主張
劣化ウランは重金属である。したがって、他の重金属と同様に重金属中毒の原因となる。主に腎臓の障害を引き起こす。なお、劣化ウランの毒性は鉛や水銀よりも低く、砒素と同程度である。

また残留放射能による被曝も指摘されており[誰?]、湾岸戦争で劣化ウラン弾を使用した地域で白血病の発症率や奇形児の出生率が増加した、あるいは米軍帰還兵の湾岸戦争症候群などの健康被害の原因が劣化ウラン弾だと主張する意見がある。[要出典]

●反論
こうした環境問題について、アメリカやWHOは証拠が不十分と否定的な立場をとっている(ただし、WHOは子供が口にすることのないように警告している)。

●反論への反論
上記の通り、アメリカ政府は対外的には証拠が不十分と否定的な立場をとっている。

しかし米国では動物実験により劣化ウランが発癌性を持つと発表されており[要出典](ただしそれが放射能によるものか重金属毒性によるものかについては議論がある[誰?])、有毒物質として法律で規制され厳重な管理下に置かれている。

劣化ウランの微粉末吸引による内部被曝も問題視されており、人体への影響に関して未だ十分な医学的研究がされていない段階である。
「劣化ウランによる被害」とみなされる健康被害の原因については、統計的にも医学的にも十分なサンプル数が揃っていないと指摘されており[誰?]、被害の原因究明のためにも早急な症例収集・調査が求められている。


2007年12月5日国連総会では次年度の国連総会で劣化ウランを使用した兵器の影響について議論することが採択され、日本政府も賛成した。今後、科学的・政治的議論が国際舞台で展開されることが期待される。



日本は「唯一の被爆国」とか言うのが好きだが、劣化ウラン弾にもウランという放射性物質が使われている。
放射性物質である以上、多かれ少なかれ放射線を放出するのだ。
どんな基準でもって被爆と言っているのか分からないが、劣化ウラン弾だって被爆には違いないはずである。
戦車に乗っている人は、放射線障害を待たずとも燃焼や爆発で死んでしまうだろう。
それは原爆だって同じではないだろうか?
オバマ大統領は核兵器廃絶を訴えたわけだが、劣化ウラン弾ならば良いのだろうか?
上記のとおり、遅延型の健康障害に対して、アメリカやWHOは証拠が不十分と否定的な立場をとっている。
遅延型の健康障害は認めない、起こらないと言っているようなものである。
ということは、被爆とは急性放射線障害のことで、直ちに、あるいは数日中に死亡したケースだけを指すのだろうか。
そうであるならば何故、核兵器廃絶だけを訴える必要があるのだろう?
戦争では人が死ぬ。核兵器でなくとも。攻撃によって直ちに死んでしまう人が沢山いる。
兵器の廃絶を目指すべきではないのか。
[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-21 11:43
2016年 12月 20日
日本国憲法の秘密-434-
東日本大震災の際、千葉県市原市五井海岸の「コスモ石油 千葉製油所」にて火災が発生した。
この火災で隣接する「チッソ石油化学 五井製造所」も類焼(飛び火)した。
飛び火した場所は劣化ウランの保管施設だった。
先日述べたように、チッソ石油化学は1969年に合成ガス製造用の触媒として劣化ウランを使用し始めたが、その後に劣化ウランを含まない触媒が開発されたことから1972年11月に使用を止めた。
以後ずっと保管のみ続けてきたということである。


2011年3月11日の夜22:50に文部科学省に核燃料物質(劣化ウラン)の保管施設に延焼する恐れがあるとの連絡が入っていたことが東京電力の資料から確認できる。
しかしそのことが近隣住民や国民に知らされることはなかった。

3月11日の23時近くに「延焼の恐れ」だったわりには、日付が変わって3月12日2:16には地元消防による消火活動により鎮火が確認されたと記載されている。
その記載部分にこのように記されていた。
劣化ウランは不燃物質であり、不燃性壁に囲まれた倉庫に保管されているが、倉庫の状況については未確認。

劣化ウランというか、ウランは不燃物質である。それ自体は燃えない物質である。(ウランも劣化ウランも同じ)
しかしながらウランは酸化性を有している。

何故燃えないか簡単に言えば金属だから。
有機物は炭素を含んでいる。例えば石油に一番多く含まれている物質は炭素である。
有機物と違い炭素や水素(一部の金属化合物は含む)を含まない金属には燃える要素がない。

燃焼とは酸化である。
可燃物(有機化合物やある種の元素など)が空気中または酸素中で光や熱の発生を伴いながら、比較的激しく酸素と反応する酸化反応が燃焼である。
燃焼に必要な3つの要素は、可燃物、酸素供給体、点火源。

しかし金属も酸化する。そういう意味においては金属だって燃焼する。可燃物と言える。
鉄の錆も燃焼の一種であるということを先に述べた。
錆は緩慢な酸化であるが、通常錆が出たことを燃焼したとは言わない。
一般的な「燃焼(燃える)」とは激しく急速な反応なのだ。
火災や爆発のような激しく急速な反応が人間にとって問題となるのだし、その反応を用いて仕事を取り出すこともある。

実は錆にも種類がある。一般的にサビと言っているのは赤錆。
それとは性質が異なる酸化被膜という錆がある。
金属表面が空気に触れることによって酸素と反応し、とても薄い酸化化合物の膜を生じるようになる。これを酸化被膜という。
この酸化被膜はとても緻密な構造で、あらゆる物質媒体を遮断する働きを持っており、保護膜となる。
保護膜はすでに穏やかに酸化が進んだ状態であり、これ以上酸化しようがないのである。
酸化しようがないとはつまり、燃えないということである。酸化被膜によって金属は安定した状態となっている。
また金属は熱伝導率も高い(熱を放出しやすい)ため熱を蓄積しにくい。
よって金属塊は燃えない。
酸化被膜が生じているウラン(金属塊)は燃えない。

しかし金属も粉末にしたら容易に燃えてしまうということも、おがくずを例にして先に述べた。
空間が沢山あるということは熱伝導率は低くなる。
動かない空気層は保温効果があり、断熱材の役割をはたす。
乾燥したおがくずは極めて熱伝導率が低い。
熱伝導率が低いということは熱が逃げにくい(放熱しにくい)ということである。
熱伝導率の高い物質は熱が逃げやすく熱が蓄積しにくいので、物質の温度が上昇しにくい。
一方、熱伝導率の低い物質は、放熱されず引火点や発火点に達しやすく、火災の危険性が高くなる。
粉末も同じで、塊状であれば問題ない金属も粉末になると一気に燃焼しやすくなる。
粉じん爆発もその一例。


粉末にするということは金属塊よりも酸素に触れる面が数多く出来るということである。
金属塊を粉末にするのだから、塊状の時にあった酸化被膜も壊れてしまっている。
それだけ酸化しやすい(燃えやすい)状態である。


ウランは反応性の高い物質である。
酸化性を有し、可燃物や還元剤と激しく反応する。
ウランは加熱されると分解して、腐食性又は毒性の煙霧を発生する恐れがある。
粉末になったり、薄くスライスされたり、それらが水または湿った空気に触れた時には、発火する。
要するにウランは自然発火物質としての側面を持つのである。

ウラン単体は、反応性が高く、粉末を空気中に放置すると、空気中の酸素によって発火する。 

自然発火性のある固体は、不活性ガスで満たされた密封されたグローブボックスで保存される。 グローブボックスは高価で、メンテナンスを必要とする。 このため、少量の自然発火性のある固体はオイルや炭化水素溶媒に溶かしたり沈めた状態で販売されている。


不活化ガス(不活化気体)
化学合成や化学分析や反応性の高い 物質の保存に利用される反応性の低い気体である。不活性気体の利用に際しては、 製造コストや精製コストを考慮しつつ、問題となる化学反応や物質に対して不活性な ものを選択する。窒素やアルゴンが最も一般的である。

チッソ石油化学は劣化ウランを触媒として用いていた。
工業触媒は粉体で使用されることが多い。



ややこしい部分なのでもう一度説明する。
●酸化性
「酸化性」とは自分自身は燃えない(酸化されない )けれども、他の物質を酸化させる性質。
加熱・衝撃・摩擦などによる分解によって酸素を発生し、可燃物と接触すると燃焼・爆発する。「助燃性」とも言う。
ウランは酸化性を有している。

相手の物質に酸素を与えるか、相手の物質から水素または電子を奪う物質を酸化剤という。
酸化剤自体は還元される。
その反対で、相手の物質から酸素を奪うか、相手の物質に水素または電子を与える物質を還元剤という。
還元剤自体は酸化される。
酸化と還元は同時に起こり、どちらか一方だけが起こるということはない。必ず相手がいる。
ウランは加熱・衝撃・摩擦などによって酸素を放出する性質を持っているので、酸素供給体として燃焼を助ける役割を果たす。
それが、ウランは可燃物や還元剤と激しく反応する、ということである。

酸化性物質は火気・熱源から遠ざけて冷暗所に保管し、衝撃などを与えないようにしなければならない。
また酸化性物質は還元性物質や可燃物(有機物)と混合すると酸化発熱し発火するので混合させない。同じ場所に並べて置いておくことも避けるべき。

●自然発火性
室温で空気に触れると着火し燃焼する(発火する)性質。
自身は燃えないけれども酸素を発生させ可燃物などと激しく反応する、それがウランである一方で、ウラン自体も燃焼する。ウランは自然発火性を有するのである。

高温環境が必要なわけではなく、室温など環境温度で発火する。
一般的な可燃物(紙でも木でもタイヤでも)も自然発火するが、その自然発火とは意味合いが違う。
ウランの他に、ナトリウム、カリウム、リチウム、リン、セシウム、アルミニウム粉などが該当する。
自然発火性物質を無暗に放置してはいけないし、対策を取っていたとしても不活化ガスが抜けていたとか溶剤が気化していたなんてことがないように点検を継続しなければならない。
また自然発火性物質は水と激しく反応することが多い。
水と反応して可燃性ガス(水素ガスなど)を発生しその反応熱により発火、燃焼、爆発などを起こすので、水との接触は避けなければならない。


ウランは酸化性を有し酸素を発生させ、可燃物や還元剤と激しく反応する。
一方でウランは水から酸素を奪うという性質も持っている。
ウラン単体を水に投入すると、ウランは水から酸素を奪って、水素ガスが発生する。
ウランは酸化剤であり、還元剤であるのだ。
また水素とも極めて反応しやすく、水素化物(水素化合物)を作る。水素吸蔵合金の性質も持つ。
水素化物は400℃くらいまで加熱すると分解して水素を放出するが、ウランには水素を吸収する性質があるので温度が下がれば再び水素を取り込む。

※水素吸蔵合金
金属の中には、水素を取り込む性質のあるものが複数あることが知られている。水素吸蔵合金とは、このような性質を合金化によって最適化し、 水素を吸わせることを目的として開発された合金のこと。


核分裂連鎖反応なんか起こさなくてもウランの化学的性質を用いればエネルギー利用できるだろうと思う。
但し永久機関も100%の熱機関もないのは周知のとおりで、あとは効率的やコスト的に他のものと比べてどうなのだろうかという話になる。
[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-20 13:23
2016年 12月 18日
政官民で暴走!?
先日ランチ&ティーをしていた時、隣の席の男性2人の会話がところどころ耳に入ってきた。
何について語っていたのかはよくわからないけれど、「こんなに国力落としているのに」と言っていた。
私が日本もやばいくらい国力が落ちているのかもしれないなぁと感じるのは、外国人観光客が増えたとか増やそうとか、外国人観光客のためにとかいった観光騒乱を見聞きした時。
一億総観光かぶれみたいになっている感じさえする。
「観光客を呼び込もう」ならまだしも「観光立国を目指そう」なんて聞いた時には暗澹たる気持ちになる。
観光立国と言ってしまうと、単純に海外からの旅行者数が多いということではなく、国の経済や発展を観光に依存するという意味になる。

国土交通省 観光庁
観光は、我が国の力強い経済を取り戻すための極めて重要な成長分野です。
経済波及効果の大きい観光は、急速に成長するアジアをはじめとする世界の観光需要を取り込むことにより、地域活性化、雇用機会の増大などの効果を期待できます。


観光立国が検討されはじめたのは2003年小泉首相の時。
2006年9月に首相が小泉首相から安倍首相にバトンタッチされた。
観光立国推進基本法が成立し、最初の観光立国推進基本計画が閣議決定されたのは安倍首相の時だった。
しかしこの時の安倍首相は1年あまりで退任し、観光立国推進も2009年麻生首相の時に中国個人観光ビザの発給が開始されたくらいで目立った動きはなかった。
大きく観光に舵を切ったのは東日本大震災から1年経った2012年3月頃からのことで野田首相の時のことである。
2012年12月に安倍首相に代わったが、観光立国推進はそのまま引き継がれている。

この観光についても雰囲気論が非常に多いと感じられるもの。
そこでデータから見てみよう。

社会実情データ図録 海外旅行収支の国際比較より

e0126350_1419217.jpg


タテ軸は海外旅行愛好度であり、上ほど海外旅行が好きな国である。ヨコ軸は国際観光立国度であり、右ほど国際観光収入に経済が依存している比率が大きい国である。また、45度線より左上ほど収支がマイナス、右下ほど収支がプラスであることを示している。

海外旅行好きの国としては、香港、シンガポールがGDPの7〜8%を海外旅行に使っており、非常に目立っている。しかし、この2国は都市国家であり、それぞれ中国やマレーシアとの関係が深い。日本のような国であれば国内観光にあたるものまでも海外旅行となっているので、少し性格をことにしている。

香港、シンガポール以外では、ベルギー、マレーシア、アラブ首長国連邦、スウェーデンといった国が海外旅行の好きな国として目立っている。
日本と米国は、実は海外旅行の対GDP比は1%以下であり、海外旅行にお金を使っているかどうかでは、世界の中でも海外旅行を好んでいない2国である。まあ、閉鎖的な国民とも言える。(下の付表を見えれば分かるとおり、海外旅行の支出の金額規模から言えば、米国は2位、日本は12位と決して小さくはなく、日本人観光客の場合はかつて特定の国際観光地に集中する傾向があったから、日本人観光客の金遣いは目立っていたと言うことはあろうが、稼いだ額のどれだけを支出しているかという今回の指標からはこう言わざるを得ない。)


グラフの横軸の右に行けば行くほど観光収入が多い(GDP比)。
でも幾ら国際観光収入が多くても国際観光支出がそれを上回れば、収支は赤字であり観光立国にはなり得ない。
観光を商売(国の収益)として見るならば、国際観光収入が多くて国際観光支出が少ない国が観光立国になり得る。
貿易収支と同じ考えである。
観光立国と、観光好きや余暇の在り方は、分けて考えなければならない。
またこの場合の観光とは外国旅行のことなので、国内旅行は含まれていない。
従ってこの結果から一概に観光好きや余暇の在り方を語ることは出来ない。
さらに言えば、人の価値感はそれぞれ。
貯蓄が趣味な人と、宵越しの金は持たないという人もいる。入ってきたお金を入ってきたそばから出してしまう人もいるわけだが、それで幸せな人もいる。幸福度は人それぞれなのだ。
儲けたお金で海外旅行に行くことが幸せという人を非難することなど出来ないが、それでは残念ながら国は潤わない。
個人の幸福度と国の経済的豊かさは必ずしも一致しない。


グラフの青斜め線(45度線)の右下が収支プラスの国で、左上がマイナスの国だそうである。
押しも押されぬ観光立国はタイである。
マレーシア、オーストリア、スペインなどがそれに次ぐ。 

日本は収支がマイナスの国のようだ。
国際観光収入GDP比(国際観光依存度・観光立国度)は、2002年の0.1%から2013年の0.3%にへと増加している。
経済波及効果を謳っている観光庁であるが、収入が増えてもそれを外に持ち出したら、国内は決して潤わない。

収益という側面からではなく単に観光客数を比較した場合は下記のとおり。

外国からの観光客数が多い国ベスト10(2013年)
1.フランス
2.アメリカ
3.スペイン
4.中国
5.イタリア
6.トルコ
7.ドイツ
8.イギリス
9.ロシア
10.タイ



国際観光収入がGDP比が10%にもなるタイはともかく、せいぜい1~2%のことで、日本なんて0.5%未満。
それを「伸び代が大きい」と言えば聞こえもいいが、さほど大きくもない国土、限られた空港や移動手段、歴史を軽んじてきた歴史、災害の多さ、国内における都市集中(一極集中)などを考えると、大きな飛躍はなかなか難しいのではないかと思われる。
また大概の場合、何かが増えるということは何かが減るということなので、国際観光収入が増えてもGDPを押し上げるとも、失業者が減るとも、国の収益が上がるとも限らない。




[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-18 15:05
2016年 12月 17日
マスメディアの暴走
この口、なんのロ、気になるロ~♪

昨日一昨日の日露首脳会談で凄く気になったことがあった。
「日ロ」という表記である。

【「日ロ」表記を使用しているマスメディア】
NHK
TBS
フジテレビ
テレビ朝日

朝日新聞
東京新聞
日本経済新聞
時事通信
東洋経済

ロイター
BBC
ニューズウィーク

上毛新聞


主要テレビ局で言えば、日本テレビとテレビ東京が「日露」を使用していた。
主要新聞では、読売新聞、産経新聞、毎日新聞が「日露」使用である。

会談があることを知っていたり、そのことについて喋っていたり映像があったりすれば、日本とロシアと分からなくはないが、そうでなければ「日ロ」ではピンとこない。
分かっていたって違和感ありまくり。
「日ロ」ってなに?ひぐち?にっこう?暗号?ということになりかねない。

違和感のもとはカタカナの「ロ」が、漢字の「口」(英語でmouth)、記号の「□」とそっくり(形は同じ)だから。
パソコン入力文字だからこそ微妙な大きさの違いを何時なんどきも変わることなく再現してくれるけど、手書きで書けば大きい時も小さい時もある。人の書き癖によって大きさも変わる。
「口」「ロ」「□」

点滴袋に穴が開けられ混入物によって死者まで出した病院の名称が「大口病院」だった。
(内部犯行のように報道されていたのですぐに逮捕されるかと思いきや未だに未解決ですね・・)
この病院名も口を少々小さく書いてしまえば大ロ病院である。 「大口病院」「大ロ病院」
まあそれでも「だいろびょいん」や「おおろびょういん」と読む日本人は少ないだろうとは思う。
では「大口契約」はどうでしょうか? 「大口契約」「大ロ契約」
「大ロ契約」は大ロシア帝国との契約のこと、なあんて。

ともかく、学校教育で「日露戦争」などと学んできた私達は「日ロ」よりも「日露」にずっと馴染み深いのだ。
だからといって「露西亜」と書くわけではない。「ロシア」である。
そのへんはちゃんと使い分けている。
なにもロシアだけではない。
外国の国名には漢字表記が存在する。
日米、日英、日蘭、日独、日仏、日印などなど、関係や同盟などで2つの国の名前を略して言う時、ほとんどの場合漢字を用いている。
日ア、日イ、日オ、日ド、日フ、日イとは言わない。


そういうことか!

読売テレビの道浦俊彦氏が日露と日ロの使い分けについて書いている
日本テレビも2010年10月までは「日ロ」を使用していたらしい。
そこにどうして使い分けていたかの理由が書かれていた。

「露は1917年の革命以前の帝政ロシアのみに使用する。(例)日露戦争」

第一次世界大戦中の革命で皇帝が倒され、ロシア帝国は社会主義国のソビエト連邦に移行した。
1991年12月にソ連が崩壊し、ロシア連邦になった。
「ロシア」と言う時には、皇帝という君主のいる国と、いない共和国(大統領時代)とがある。
だからその2つを区別するために、旧ロシアを「露」、新ロシアを「ロ」と表現していたということのようだ。
しかし時を経たのでもうその区別をやめましたというのが日本テレビということ。(同じグループの読売新聞はかねてから「露」だった)
(ちなみにフジサンケイグループも、フジテレビは日ロで、産経新聞は日露である)
ドイツにもフランスにも皇帝がいた帝政時代があるので、帝政だけでは理由になりませんね。帝政というよりも社会主義国時代を区別したということでしょうか。
でもその区別が一般に周知されていない以上、区別は意味あるものとはならない。独善的。
伝えるのが使命であり仕事であるメディアの本分から外れる。「露」と「ロ」の違いを自分だけ分かっていたって仕方ないだろうと思う。

どの国も歴史あっての国であり領土である。
途切れることはない。どんな形にせよ連続して今があるのだ。
領土とか条約問題だって同じはずで、だから難しくもあるわけで。

2000年12月4日、プーチン大統領はこう演説した。
「十月革命前後の国家の象徴を一切否定することは間違えている」
ロシア連邦という国家がある日突然発生したわけではないということだ。あんな時代もこんな時代もあってのロシア連邦である。(うるうる、涙)
国旗は300年間使われてきたロシアの三色旗(白・青・赤)を、国歌はソ連の楽曲を、国章は東ローマ帝国から継承した「双頭の鷲」を、軍旗には紅旗を用いることを提案した。
12月9日、賛成371票と反対51票により、プーチン案は可決した。
敵を作らないように大層気を使ったプーチン大統領だったが、外側には敵ばかり!?



そそそそそ~と

では日本の政治の場ではどうだったのか。
首相官邸も外務省も「日露」を使用している。安倍首相のTwitterも確認してみたが「日露」使用だった。
日本経団連も「日露」を使用している。

「じゃあ日ソはどうなのよー。ソならいいわけ?日ソ共同宣言とか普通にみんな使っているでしょう!」と思う方もいるかもしれませんが、これには事情があります。
ソビエト連邦(ソ連)にも漢字国名はある。「蘇維埃」「蘇聯」
漢字一文字で書けば「蘇」である。
玉音放送の原稿冒頭部分で「蘇」が用いられれている。ソ連のことである。

朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

朕は帝国政府をして、米英支蘇4国に対し、その共同宣言を受諾する旨、通告せしめたり。

私は、アメリカ・イギリス・中国・ソビエト連邦の4国に対して、それらからの共同宣言(ポツダム宣言)を受け入れることを、日本政府に通告させた。


それなのに何故「日蘇」が一般的にならなかったかと言うと、「蘇」という漢字が常用漢字ではないからだ。

まず戦後当用漢字が決められた。
1946年(昭和21年)11月5日に国語審議会が答申し、同年11月16日に内閣が告示した「当用漢字表」に掲載された1850の漢字を指す。 

当用漢字は、さまざまな漢字のうち制定当時使用頻度の高かったものを中心に構成されており、公文書や出版物などに用いるべき範囲の漢字として告示され、その後学校教育、日本新聞協会加盟マスメディアなどを通じて普及した。複雑かつ不統一だった従来の正字体の一部に代えて、略字体を正式な字体(新字体)として採用した。
第二次世界大戦前から漢字制限主義者と表音主義者は、漢字は数が多く学習に困難であるから制限または廃止すべきであると主張し、作家・山本有三、土岐善麿らは漢字の濫用が軍国主義復活につながると主張し、実際に、文部省を中心に常用漢字表による用字制限などを試みた
しかし民間や文学者、日本語学者からの反対意見も強く、改革は行われないでいた。
戦後連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) の占領政策となった国語国字改革のもと、簡素化と平明さを目指して、戦時下に作成された標準漢字表内の常用漢字を基に当用漢字が策定された。


漢字乱用は怖いと書いた某アナウンサーもいたが(それに対して私は昨今の固有名詞の平仮名乱用が怖いと書いた)、実は漢字=軍国主義という考え方は古くからあったものなのだ。
画数が多く、赫赫としているので、威圧感を与えるのだろうか?(かくかくと角張っているから?)

「蘇」は当用漢字に含まれなかった。

1981年に当用漢字が常用漢字に取って代わった。
1981年(昭和56年)、常用漢字表が告示されたのに伴って当用漢字表は廃止された。

日本文部科学省文化審議会国語分科会の答申に基づき、「法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安」として内閣告示「常用漢字表」で示された現代日本における日本語の漢字である。 


幾度か改定があり、現在は2136字が選定されているそう。
「蘇」は常用漢字にも含まれていない。
常用漢字ではない漢字は学校で教えることもない。
従って「日蘇」は使われず「日ソ」だったのだ。
「露」は常用漢字であるので、日露は問題ない。
ちなみに日本国憲法に使われている漢字は全て当用漢字(常用漢字)に盛り込まれたそうである。


昔の名前で出ています!?

もちろん常用漢字以外は絶対に使ってはいけないということではないし、常用漢字に含まれているのに平仮名で書いたからといって罰則があるわけでもない。

新聞には新聞常用漢字表という日本新聞協会新聞用語懇談会がまとめた独自の漢字表がある。
しかし常用漢字とそう大きく変わるわけではない。
例えば2010年に告示された改定「常用漢字表」(2136字)と比較すると、そこから7字を除き、常用漢字以外から5字を加えて、2134字となっている。
日本の新聞や放送局は原則としてこの表に準拠した漢字を使用しているが、さらに若干の増減を加える社もあり、朝日新聞社などは「蘇」を付け加えている。
だから朝日新聞は「日露」どころではなく「日蘇」だっていけるわけである。
もっと言えば、固有名詞ならば常用漢字でなくても良いのである。(「蘇我さん」を「ソ我さん」とか「そ我さん」とは書かない)

但し固有名詞であっても、常用漢字表にある新字を使うという基準があり、旧字や標準字体以外の異体字は新字体に直すのが標準運用。
戸籍が「澤」でも「沢」にされてしまうというわけ。
でも名前で商売している芸能人は特別扱いらしいです。
新聞が「澤穂希」を「沢」と書き「長澤まさみ」を「長沢」と書かない理由
ただこれも独自路線を敷いている社もあるらしい。
朝日新聞など、ほとんどの新聞では「沢穂希」と書かれているが、毎日新聞では「澤穂希」。テレビ局ではNHKが「澤穂希」という表記になっていた。


独断と偏見の賜物?

昨日、東京で両首脳が会談と共同記者会見を行った後、経団連会館に場所を移し、「日露ビジネス対話」の全体会合に出席し挨拶をした。
主催: 【日本側】 (一社)日本経済団体連合会(経団連)、(一社)ロシアNIS貿易会(ROTOBO)
     【ロシア側】露日ビジネスカウンシル、ロシア産業家企業家同盟、実業ロシア

※(一社)とは一般社団法人の略語です。株式会社が(株)と書かれるようなこと。

日露ビジネス対話 Российско-Японский бизнес-диалогより
e0126350_15295114.jpg


「日露ビジネス対話」は両国の経済界が主催した催しものであり、「日露ビジネス対話」はその催しの名称、いわば固有名詞である。

ところがNHKはこの固有名詞も書き換えてしまっている。
誰かが名付けた固有名詞というのは特別な意味合いが込められている可能性だってあるわけで、独断で変えられるようなものではないはずである。

日ロビジネス対話 経済協力プランめぐり意見交わす NHK NEWS WEB 12月16日11時56分より
e0126350_15223011.jpg


日本経済新聞も日露ではなく日ロ派ではあるがはさすがに固有名詞までは書き換えなかった。
しかしながらそれ故に同じ記事内に日露と日ロが混在するという異様な記事になっている。

日ロ経済協力8項目を具体化へ ビジネス対話  2016/12/16 11:19日本経済新聞 電子版
e0126350_15225257.jpg



ららららら~ん

オランダ(阿蘭陀)は漢字1文字に略すと蘭である。
実はこれも常用漢字ではない。
しかし江戸時代の蘭学や蘭学塾などが歴史的に有名であるため、蘭がオランダであることは比較的よく知られていると思う。
また外務省や財務省などの省庁もオランダの略語として蘭を使用している。
1970年に発効された「所得に対する租税に関する二重課税の回避のための日本国政府とオランダ王国政府との間の条約」(正式名)は公に日蘭租税条約と呼ばれてきたし、それに置き換わる形で2011年に署名された条約も新日蘭租税条約と呼ばれている。
このように常用漢字ではなくとも固有名詞であるために省庁や新聞でさえも使用している漢字もあるのだ。

だから本当は1956年の日ソ共同宣言(正式名:日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言)だって日蘇共同宣言でも良かったはずなのだ。
それをあえて「ソ」と表記したのには何らかの意図があったのではないかと勘繰ってしまう。

ちなみにイタリア(伊太利)の伊も常用漢字ではないが、これも省庁や新聞でも日伊として使われている。








[PR]

# by yumimi61 | 2016-12-17 13:20