2017年 03月 16日
父の病㉑
Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.
明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。
- Mahatma Gandhi (ガンジー) -

1人の人間の0歳~50歳までの50年間と50歳~100歳までの50年間には同じだけの時間が存在している。

では何が違うのか?
0歳~50歳までの50年間は「生」の中に「死」がある。
50歳~100歳までの50年間は「死」の中に「生」がある。

人間の死に例外はない。人は必ず死ぬ。
人間はそのことをよく知っているはずである。
にもかかわらず、死に向かう過程に対するケアはメジャーではない。
成長過程に対するケアと比較すればよく分かる。
「レームダック」には興味もなく冷たいということだろうか。
そうであるならば社会は社会的役割を終えた人には冷たいということになる。
要するに人間は社会の歯車であり金づるということだ。次世代の人間を作る製造マシーンでもある。
その役目を終えた時には、社会から、家族から見捨てられる。
それまでの「生」が支配していた世界から、「死」が支配する世界へと移行していく。
その節目が50年といったところであろう。
歯車や金づるでありつづければ「生」が支配する世界とより長く繋がっていられるが、時間は決して巻き戻せない。
前に進むしかないのである。どんなに繋がりを願ってもその距離は離れていくばかりである。
それは物理的にどうにもならないのである。

死が優勢となる世界は恐ろしいので、心を入れ替え健康に注意しながらも、普段は出来る限り死を意識しないようにしている。死が優勢な世界なんて認めたくないとも思っている。
ところが無情にもある日突然病を宣告される。ある日突然病が襲い掛かり倒れてしまう。
死があちらからこちらに向かってくるように目の前に迫ってくる。
「助けてくれ~」と叫んでも、生が支配する世界にはその叫びは届かない。死を意識しないようにと努めている人はその叫びに耳を塞ぐ。


紐の長さが同であるならば、振り子が大きく揺れている時も、小さく揺れている時も、往復にかかる時間は同じである。(振り子の等時性)
ガリレオが発見した法則である。
1人の人間の0歳~50歳までの50年間と50歳~100歳までの50年間は、どんな人生を送ろうとも同じだけの時間が存在している。
ただ人の一生は振り子やブランコのように往復はしない。一方通行である。
「世界のクロサワ」「世界の巨匠」と言われる黒澤監督であるが、映画に込めた思いが一方通行であったということはないであろうか。それは心配し過ぎか。


死に向かう過程に対するケアはメジャーではなく、緩和ケアの認知度もまだまだ低い。
「緩和ケア」よりはまだ「ホスピス」のほうが名が通るかもしれない。


緩和ケアについては、東北大学病院がんセンターが運営している「がん情報みやぎ」というサイトで非常に詳しく説明している。
宮城県のがん患者さんと、ご家族のために。と謳っているなか、県外者の私が臆することなく引用転載させてもらいました。

がん情報みやぎ 緩和ケアについて知ろう

【緩和ケアの定義】
WHOは1990年に、緩和ケアを「治癒を目指した治療が有効でなくなった患者に対する」ケアであるとしていました。
しかし、WHOは2002年に緩和ケアの定義を修正し、「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対する」ケアであるとしました。
これは、終末期に限らずより早期から提供されるべきものであるという立場を明確にしたものです。


誤解してもらいたくないのは、「緩和ケアの定義」とは「緩和ケア病棟の定義」ではないということである。

■基本的緩和ケア
緩和ケアはがんの診断時から、がん患者に関わるすべての医療者によって提供されるべきもので、これを基本的緩和ケアと呼びます。基本的緩和ケアとは手術や抗がん剤、放射線治療などのがん治療を行う医師や看護師などのがん医療に携わるすべての医療者によって提供されるものです。
■専門的緩和ケア
しかし、担当の医師・看護師らによる通常の診療・ケアで患者の苦痛を緩和することの困難も存在します。そのような場合は、緩和ケアについて特別なトレーニングを受けた専門家が対応し、これを専門的緩和ケアと呼びます。
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※青四角、赤四角は私が書き入れたものです。

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※赤ラインは私が入れたものです。
実際には明確な区別は医療従事者でも出来ていない印象を受ける。
ホスピスについては「場所」を指しているのではなく「ケアの考え方」を指していると書いているが、ホスピタルと並ぶ言葉(語源が同じ)でもあるので場所という認識が高いかもしれない。


【専門病棟のおける緩和ケア(ホスピス・緩和ケア病棟)】
 緩和ケア病棟(ホスピス)は、緩和ケアを専門的に提供する病棟です。名称としては緩和ケア病棟、ホスピス、緩和ケアセンターなどが用いられています。
 緩和ケア病棟は、一般病棟や在宅ケアでは対応困難な心身の苦痛がある患者への対応や、人生の最期の時期を穏やかに迎えることを目的とした入院施設です。緩和ケアの専門的な知識・技術をもった医師が診察にあたり、看護師数も一般病棟より多い傾向にあります。病棟によっては専属の薬剤師、メディカルソーシャルワーカー、宗教家(チャプレン)、ボランティアなどがおり、院内の栄養士、理学療法士、作業療法士などと共同して多職種によるチームケアがなされています。
 抗がん剤治療などを行わない場合が多いため、医師や看護師などが患者のベッドサイドに行く時間も比較的取りやすく、病室は多くが個室であり、病室の中に家族がくつろげるスペースがあるなど、プライバシーに配慮された構造になっています。家族が宿泊できる家族室や家族風呂、家族が調理できるキッチン、談話室などもあります。また、病棟では七夕やクリスマスなど季節ごとの行事や、音楽会などのレクリエーションを行っていることも多いです。

患者さんにとって、緩和ケア病棟に入院するメリットは以下のようなものがあります。
●苦痛症状を緩和するための専門的なトレーニングを受けた医師・看護師が主治医・受け持ち看護師となり、24時間ケアを受けられる
●ほぼ全室個室であり、プライバシーが守られた環境で家族や友人と穏やかな時間を過ごせる
●面会や持ち込み物の制限が少なく、自分の家のようにその人らしい生活を送れることなどである


父を転院させようと思っていた緩和病棟の問診票にも「緩和ケア病棟」の下に(ホスピス)と書いてあった。




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# by yumimi61 | 2017-03-16 13:00
2017年 03月 14日
乳の病⑳
本当に「受容」が理想なのか?―前記事にリンクした「キューブラー・ロスによる5段階モデル(死の受容モデル)と、それへの代表的な批判について」の中で挙げられていた批判の1つである。
そしてもう1つの批判が、「神との取り引き」という段階は科学的なのか?というもの。

精神科医であったキューブラー・ロスが、この5段階モデルで示したのは、精神医学的には「防衛」と呼ばれるメカニズムです。ただ第3段階とされる「取り引き」には「神」が登場します。これは、科学的なアプローチではなく、神学的なアプローチであり、混乱を招いてきました。

ここに、精神科医として、精神医学的な表現をするべきだったという批判があります。結果として、この理論は、科学としての説得力を下げてしまっています。

さらに『死ぬ瞬間』の原著(On Death and Dying)において、第3段階とされる「取り引き」に割かれているのは、わずかに3ページと言います。通常の科学的な態度では導き出せないステップを、サラリと簡単に触れただけで、あとはそれを事実として取り扱う態度はどうなのかという批判があって当然でしょう。



分からないことが多い。誰にでも証明できない。その気があれば捏造できる。
科学と神(宗教)という存在に関しての共通点である。
科学と神(宗教)は元々がとても近いものである。

(過去記事より)
ロスチャイルド家が台頭した1700年~1800年代はちょうど、ヨーロッパにおいてオカルティズムな神秘主義が拡大した時代だった。
その前の1500~1600年代に起こった宗教改革が良くも悪くも宗教の権威主義に変化を与え、合わせて独裁的な君主に反旗を翻す市民革命も起こったため、様々なことが世俗化し、自由の名のもとに多様化していった。
1人の人間が発揮する吸引力というものが失われた時代であると言える。
またイングランドでの中央銀行の誕生を経て、1800年代半ばから始まった産業革命が、近代化への幕開けを告げた。
それは科学の時代の到来でもあった。

要するに、「金(紙幣・数字)で買えない物はない」「科学で解決できないことはない」という時代を迎え、宗教はその根幹から揺らぐことになった。
「マリアの処女懐胎」や「イエスは神の子」を謳うキリスト教、特にそれによって権力を獲得したローマカトリックへの打撃が深刻であることは想像に難くない。
こうした時代の変化をいち早く読み取れば、宗教や国のこれまでの権力者は金(紙幣・数字)や科学に近づいていくだろうと思う。
それは自身が生き延びる術であるからだ。


分からないことに対しては恐れ・畏れを抱く。だからこそ威厳が保たれるという側面がある。
分かることが増えるにつれて宗教の権威が揺らぎ始める。社会は変化していく。
それならばと、宗教は率先して金や科学を懐に抱く。


それまでの絶対的権力が緩んだことによって勢いを増したのが、狂信的や反社会的として迫害されていた異端の宗教や宗派や教派である。
自由の名のもとに様々なものが交差して混じり合い変異した。
ユダヤ教とキリスト教の神秘主義の一体化はすでに述べたところであるが、さらには東方やエジプトの古代文明もが取り込まれアジアやイスラム圏にも近づいた。
この時代の神秘主義の中身が何かと言えば、神秘思想、占星術、魔術、錬金術などである。
神秘主義は秘密結社という場に於いて一際光輝いた。そこにはおそらく優越感や背徳感や一体感が存在したのだと思う。
いつの世にも決して廃れない占いやスピリチュアル、『ハリーポッター』や『鋼の錬金術師』などの流行を見れば、科学の時代になって久しい現代においてもこれらのものが多くの人々を魅了することを証明しうる。
また社会が金融や科学に傾けば傾くほど、これら神秘主義は支持されるという側面も持つ。
音楽や唱和などは多分にこの要素を持っている。

余談になるが、こうした時代背景を考え合わせれば、魔女狩りは神秘的な魔女を恐れて迫害したのではないという予想が付く。
どちらかといえば現実的で科学的だったからであり、その現実性や科学性が権力者や世俗の方向性と合致しなかったため迫害されたのだろう。 


(略)

不利な状況に追い込まれながら、こうした激動の時代を乗り越えて、今なおローマ教皇という宗教権力者が存在していることは、無条件の賞賛に値することかもしれないとも思う。
「事実」と「真実」という言葉に違いがあるとすれば、「真実」という言葉を贈れるような、そんな。
「事実」が必ずしも必要とされるものではないことを長い年月をかけて証明してみせたのは宗教であった。


(略)

たとえば今誰かが新しい宗教を興したとする。
すでに2000年以上の歴史があるユダヤ教やキリスト教と同じだけ歴史を重ねようと思ったら、少なくとも2000年という時間が必要になる。
たとえ新興宗教が頑張って幾ら年月を重ねたとしても、ユダヤ教やキリスト教が今後も衰退せずに存続すれば、その歴史の長さを超えることは決してない。
また2000年という時間は絶対に一人で達成できるものではない。
時代の荒波を超えて多くの人々が繋いできた信仰。信仰は強い意志でなければならない。
時間×人数(聖職者及び信徒)のエネルギー、、、それを前にすれば「私個人」だけではどうにもならないという事実に息を呑むだろう。
これを一から超えようなどと思う奇特な人物はもう出現しないのではないだろうか。
まさに、遅きに失する。
救世主の名乗りを上げたとしても、宗派や教派として紛れ込む手段を取らざるを得ない。
宗教界に於いてはもはやそれほど絶対的な存在なのだ。

イエスの誕生が起源と謳われ定められた西暦が用いられ、今や世界で広く使用されるに至るが、この暦の貢献度も高い。
人は毎日毎日来る日も来る日も、キリスト教の歴史の長さや長い時間を積み重ねた偉大さを無意識のうちに刷り込まれている。
とはいっても、西暦が実際に世界に広がったのは1800年頃からで、要するに上記時代背景の下に採用された暦でもある。
金融システムに支配された世界は非常に孤立化に弱いため、結果多くのものが共有されるようになった。
こうした共有がなければ今ほどのコンピューター社会を迎えることもなかっただろう。
宗教はお金を融通してもらう存在だけに甘んじているわけでなく、産業や政治への偉大な貢献者でもあるのだ。



近代世界は共産主義や社会主義を忌み嫌った。
枢軸国(日本・ドイツ・イタリア)の始まりは反インターナショナル(反共産主義)であった。
ロシア革命で初めて世界に誕生した共産主義国(社会主義国)がソ連である。
その共産主義に密接に関係しているのが「唯物主義」。
観念や精神、心などの根底には物質があると考え、それを重視する考え方である。
「心」や「愛」を振りかざして人を騙し洗脳し搾取する世界にノーを突きつけた。
現実的で科学的。言葉だけの学より実を取り、具体的な方法論を提示した。
しかしそれは「過激」というレッテルを貼られるようになった。
人々は怖かったのだ。
虎は自分とは全く違うもの。柵を取っ払えば自分や愛する者が虎に何をされるか分からない。だから柵を取っ払おうとする人は過激に見えた。
「心」や「愛」を振りかざす世界は動物園の虎を眺めているような状態だということである。
多くの場合、動物園に入るには入園料が必要。
お金を払い安全な場所から獣を眺めて、「心」や「愛」を共有した気になる。

だけど彼にはもうお金を払い安全な場所から獣を眺める時間(退職金を息子夫婦に渡して同居し孫と一緒に暮らす時間)が残されていない。
だから見ず知らずの住民の陳情を受けて公園を造った。
自分のお金ではない、税金で造ったものだ。仕事の一環に過ぎない。
入園料を取らず、柵を取っ払って誰でもが入れるようにしたって、もうあの頃の息子は戻ってくるはずもないのに。
(映画『生きる』の話です)



戦争があったからこそ科学は発展したと言われることがあるように、戦争と科学は切っても切れないものである。
同じように医療の発展と戦争も切り離すことができないものである。
そしてそれらに大きく関わって来たもの、それが宗教である。
宗教、戦争、科学、医療、みな密接な関係にある。
「神」が科学的ではなく神学的であり科学としての説得力を下げると言うならば、逆に精神医学や科学として論じていることは本来神の領域だから人間は立ち入るなと言うことだって出来てしまう。
どちらが正しいのか、私達は誰も明確な答えを持っていない。
私達が明確に例外なく知っている事実は、人間は誰しもが肉体的な終わりを迎える、要するに死んでしまうということだけである。

ともかく医療にはキリスト教✚の影が付きまとう。

教会で看護にあたる聖職者の無私の献身と歓待を「ホスピタリティ」(英: hospitality)と呼び、そこから今日の病院を指す「ホスピタル」(英: hospital)の語がでた。
歴史的には、ホスピタルもホスピス同様に、病院だけでなく、孤児院、老人ホーム、行き倒れの収容施設なども指した。


保健師活動の基盤にもキリスト教がある。

保健師活動は1887年に京都看病婦学校(同志社)がキリスト教精神にのっとった慈善事業として実施した巡回看護がもとになっている。巡回看護は社会事業的活動として、病院に行くことができない貧しい病人に対して看護活動を行ったものである。
その後1920年代から東京市や聖路加国際病院、済生会などが精力的に活動していた。巡回看護の内容は、貧困者への看護、災害被災者への手当てと保健指導(伝染病予防)、妊婦の妊娠出産に対する援助や育児相談などであり、現在保健師が行っている公衆衛生看護活動の基礎となっている。














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# by yumimi61 | 2017-03-14 14:31
2017年 03月 13日
父の病⑲
かかりつけの病院→A病院→B病院→C病院→D病院→かかりつけの病院

1月17日(火) D病院受診(鎮痛剤トラムセットを10錠処方)
1月19日(木) かかりつけの病院を午後受診→そのまま夕方入院 (午前中は母が受診)
1月20日(金) 入院に必要な荷物を持っていったり書類を提出したり。
1月21日(土)
1月22日(日)

1月23日(月) 地域連携課から電話あり(面談予約)。
1月24日(火) 地域連携課担当者と面談し、その後転院先へ送る書類記入。
1月25日(水)
1月26日(木) 地域連携課担当者から電話あり。面談。夕方3者面談。(午前中は母が受診)
1月27日(金) ナースステーション前の個室に移っている。地域連携課担当者と面談。
1月28日(土)
1月29日(日)
 死亡


1月26日(木)夕方
「かなり温度差があり、あれでは緩和ケア病棟に受け入れてもらうことは無理です」という言葉を残して看護学校の講義に出掛けて行った地域連携課の担当者(看護師資格を持つ相談員)と夕方再び会った。
まず私との2者面談を行った。
私は父と話をして転院することに対して了解を得たことを告げたが、相談員さんはもはや転院に積極的ではなかった。
完全に緩和ケア病棟への転院は無理と判断し諦めているような様子であった。
緩和ケア病棟は審査が厳しいので誰でも入れるわけではないというようなことを説明された。
本人が治療を望んでいる状態ではもちろんダメ。
病気の状態や現実を全てを理解し納得していること。迷いがある状態ではダメ。
死を受け入れて、死までを安らかに過ごしたいので「お願いします」というような気持ちや態度である必要がある。
それは家族ではなくあくまでも本人の意志でなければならない。
これだけを聞けば、父は緩和ケア病棟を希望する患者に相応しい優等生ではないと相談員さんに判断されたと理解するしかない。

しかし、死の受容ってそんなに簡単なことだろうか?
死はあらゆる人間に等しく与えられているものだが、死ほど不確かで不公平で理不尽なものはない。
それを受容した優等生でなければ入れない緩和ケア病棟とはいったい何なのだろう?
身体的な問題だけではなく、死に直面している患者の精神的サポートを含めた総合的なケアを行うのが緩和ケア病棟ではないのか。
迷いや死への恐怖、死を受容する過程にある不安定さ、死を直面してもなお持ち続ける希望、それを許さないターミナルケアや医療にどんな意味があるというのだろうか?


私は学生時代にキューブラー・ロスの『死の瞬間』という本を一度読んでおくことと言われ買わされたか買った。(買っただけでなくちゃんと読みました)
キューブラー・ロスは死の受容までには5つのプロセスがあると論じている。
当然のことながら最初から受容できるわけではない。受容が理想とも限らない。
受容した患者しか受け入れられないという緩和ケア病棟は医療の役割を端から放棄したようなものである。

エリザベス・キューブラー・ロス(Elisabeth Kübler-Ross;1926〜2004年)は「死」に関する科学的な認知を切り開いた精神科医(終末期研究の先駆者)として、人類史に名を残している人物です。彼女が切り開いた終末期医療は、今、世界中の多くの医学部で必修科目となっています。

特に1969年に、彼女によって出版された『死ぬ瞬間』は、世界的なベストセラーとなりました。今でも本書は、サナトロジー(死学)の基本テキストとして、世界中で読み継がれています。

なによりも意義深かったのは(1)それまでは医学が及ばない領域とされてきた「死」について、医師が言及したこと(2)死にゆくプロセスを5つの段階として科学的に捉えようとしたこと、の2点とされます。

「死の受容」プロセス(5段階モデル)
第1段階:否認と孤立(denial & isolation)
第2段階:怒り(anger)
第3段階:取り引き(bargaining)
第4段階:抑うつ(depression)
第5段階:受容(acceptance)

5段階モデルの代表的な批判1:本当に「受容」が理想なのか?
キューブラー・ロスによるこの5段階モデルの、最も中心的な批判とされるのが「段階」という考え方に対するものです。特に、キューブラー・ロスのモデルは、最終段階とされる第5段階に行き着くことを、無意識にも理想としている点が批判されます。
「段階」という考え方は、過去から未来への直線的な物事の進行を表現するものでしょう。そして、次の段階に至っているときは、前の段階は終了している(または次の段階の前提になっている)ことが求められます。
本当に「受容」という段階に至ることが、誰にとっても理想的な死なのでしょうか。そこに、キューブラー・ロス個人の価値観が入っているとは言えないでしょうか。批判の多くは、ここに集中するようです。


キューブラー・ロスによる5段階モデル(死の受容モデル)と、それへの代表的な批判についてより>


迫りくる死を受容するということは言うほど簡単なことではない。
それまで人生を達観していたような高名な学者や医師、宗教家であっても、いざ自らに死が迫りくると平常心ではいられず取り乱すという話はよく聞く。

人間一度は死なねばならない、とはだれしも一応は合点しているが、 「自分の死」 に直面したときは、動物園で見ていた虎と、山中で突如出会った虎ほど違う。

『死ぬ瞬間』などの著書で世界的に有名な精神科医、キューブラー・ロスは、ターミナルケア(終末医療)の先駆者として、40数年にわたり数千人の人々の最期を看取ってきた。
 死に行く人を励まし、愛の言葉で力づけてきた功績で、聖人とも聖女とも呼ばれていたそうだが、晩年脳梗塞に倒れ、豹変している。
「もうこんな生活はたくさん。愛ってよく言ったもんだわ」
「聖人? よしてよ、ヘドが出る」
精神分析は時間と金の無駄であった。自分の仕事、名声、たくさん届けられるファン・レター、そんなのは何の意味もない。今、何もできずにいる自分など一銭の価値もない、と言うのである。
 死は誰にでも訪れるものだから恐れなくてもよい、と他人を励ましてきた人が、自分の死に対してはとてもそうはいかなかった。
 幻滅して、離れていってしまったファンも多かったようだ。
 これはいかに「自分の死」に対して我々が無知であるかの証であろう。

 もちろん、戦場とか大ゲンカで極度に興奮しているときは、平気で死ねるように見えるし、不治の病で死の宣告を受けた患者の中には、自殺する人もいるが、あれは極度の興奮で一時気が動転しているか、死を恐れるのあまり自分から死んでしまうのである。
 フランスの哲学者、パスカルは、 「ここに幾人かの人が鎖につながれているのを想像しよう。みな死刑を宣告されている。そのなかの何人かが、毎日、他の人たちの目の前で殺されていく。残った者は、自分たちの運命もその仲間たちと同じであることを悟り、悲しみと絶望とのうちに互いに顔を見合わせながら、自分の番がくるのを待っている。これが人間の状態を描いた図なのである」(パンセ) と、言っているが、すべての人間の悲劇は遅かれ早かれ死なねばならないところにある。

 核戦争が怖い、公害が恐ろしい、食糧危機だ、交通戦争だと騒いでいても、しょせんは死が怖いということではないか。
 死という核心に触れることがあまりにも恐ろしすぎるので、それに衣を着せ和らげたものと対面しようとしているに過ぎない。

人生の目的 第5章生と死より>







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# by yumimi61 | 2017-03-13 15:23
2017年 03月 10日
Re

赤 青 黄色の 衣装をつけた

信号無視がしゃしゃりでて〜



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# by yumimi61 | 2017-03-10 09:15
2017年 03月 07日
父の病⑱
かかりつけの病院→A病院→B病院→C病院→D病院→かかりつけの病院

1月17日(火) D病院受診(鎮痛剤トラムセットを10錠処方)
1月19日(木) かかりつけの病院を午後受診→そのまま夕方入院 (午前中は母が受診)
1月20日(金) 入院に必要な荷物を持っていったり書類を提出したり。
1月21日(土)
1月22日(日)

1月23日(月) 地域連携課から電話あり(面談予約)。
1月24日(火) 地域連携課担当者と面談し、その後転院先へ送る書類記入。
1月25日(水)
1月26日(木) 地域連携課担当者から電話あり。面談。夕方3者面談。(午前中は母が受診)
1月27日(金) ナースステーション前の個室に移っている。地域連携課担当者と面談。
1月28日(土)
1月29日(日)
 死亡


父は入院して10日で亡くなった。上記が父が入院してから亡くなるまでの経過である。

1月17日から2日後の19日がかかりつけの病院の呼吸器外来の日だった。
月に2回(午後のみ)しか来ていない医師なので、もしも17日以降外来日までの期間がもっと開いていれば状況はまた違ったものになっただろうと思う。
ちょうどこの頃、母もめまいやふらつきが酷いということで受診することになっていて、午前中は母の受診に付き添っていた。(母が通っていたデイケアで母を担当してくれていた理学療法士さんが受診を勧めてくれたこともあって予約してあった)
母と入れ替わりで父を病院に連れて行った。
12月頃からの様子や1月18日の夜中に起きた出来事、D病院を受診して鎮痛剤を処方してもらったこと、D病院で放射線治療を受けた時に緩和ケアのアンケートを取っていたので繋げてもらえると思ったというようなこと、D病院を受診するならばかかりつけ医の紹介状を持ってきてと言われたこと等を話すと、肺気腫を長いこと診ていた呼吸器外来の医師は「そういうことならばとりあえずすぐにこのままこちら(系列病院)に入院させて、B病院の緩和ケア病棟に転院する手続きをとりましょう」と言ってくれた。
そして入院を手配してくれた。
但しこの呼吸器外来の医師はかかりけ病院の常勤ではく非常勤である。普段は開業医。


かかりつけの系列病院に移動して、そちらの病院の医師とも少し話をした。
その医師も「B病院の緩和ケア病棟に転院を前提に1~2週間を目途にお預かりします」と言っていた。
「ただB病院が空いていないと転院できないしなぁ。今日も送ろうとしたけど断られたんだよ」ともちょこっと言っていた。
「状態が今後どうなっていくか、どれくらい持つのかそれははっきり分からない。急変して転院まで持たないということもあり得るということは覚悟しておいて下さい」と付け加えた。
こちらの医師としてはそう言うしかないだろう。
この系列病院は、呼吸器科があるわけでもないし、がんの病院でもない。がんの疼痛コントロールなんて完全に専門外。救急搬送されてくる急性期病院である。
逆を言えば急性期病院であるからこそ、急な受け入れに対応できるということでもある。
しかし私もここに長くいられるとは思っていなかったし、それを強く希望していたわけではない。
ただこの時点では父が入院できたことは本当に一安心だった。


週が明けた月曜日午後にその病院の地域連携課より電話があった。
転院にあたってお聞きしたいことや記入してもらうものがあるので来てほしいということだった。
翌火曜日に予約した。


1月24日(火)
地域連携課の部屋の前にスタッフの氏名や顔写真が掲載されていた。
お電話をいただいた人の名前を探すと、看護師ではなく相談員とあった。
実際にお会いすると、身分証明書を首から下げていたので、何気にそれを見ると看護師と書いてあった。
この病院に看護師として就職したわけではない(現役看護師ではない)が、看護師資格を有しているのだなあということが分かった。
おそらく経験豊富な看護師さんでリタイア後に医療ソーシャルワーカーとして働いているということなのだろうと勝手に解釈した。
御本人も「看護師の〇〇です」と名乗った。

私は日々の生活の中で自分が保健師や看護師資格を有していることを積極的に言うことはあまりない。
仕事や就活の場以外でそれを言うことはメリットよりデメリットのほうが大きいと感じるからである。
人には知らない方がいいこともあるのだ。
ところが最初に面談で担当の人が名乗った時、「私も看護師の資格持っているんです」と、つい口が滑ってしまった。こんなことは珍しい(ほんとですよ!ねぇ?)

肺がん発覚からこれまでの経過を一通り説明した。
そして緩和ケア病棟に入るには審査があるということを聞いた。
まずは書類をファックスで送るのだという。その後に今度は病院に行って面接もあるとのことだった。
病気についてどのように説明されたか、どのように思っているか、緩和ケア病棟に何を望むなど、記述式の問いがある用紙に記入を求められた。
患者本人と家族がそれぞれ別に同じ質問に答える必要があった。
但し患者が書けない場合には代筆でもよいということであり、私はその場で2枚の用紙を書きあげて提出した。
別れ際に「では早速書類を作ってファックスしておきますね」と担当者は言った。


1月26日(木)
午前中は母の受診に付き添っていた。帰りに父のところに立ち寄るつもりでいた。
携帯電話に11時すぎに着信があったことに着信時間から30分後くらいに気付いた。留守電が入っていた。
しかし病院という場少しざわついた場所で聞いたせいか音量を上げても留守電の声が聞き取れなかった。
掛け直そうと思って場所を移動しようと思ったが母が診察に呼ばれたようだったので、呼び出し音の途中で慌てて切って戻った。
母はクモ膜下出血の後に耳が少し遠くなっていて普通の声はよく聞こえないため、病院で名前を呼ばれてたり、医師が質問や説明をする時にはそばにいるようにしている。
診察が終われば次は会計でいつ呼ばれるか分からないので、それが終わったら地域連携課に掛け直そうと思っていた。
するとちょうど会計をしている真っ最中に再び電話が鳴った。12時30分だった。
今度はそこで電話を受けた。
地域連携課の担当者は今日私が母と病院を受診していることは父から聞いたそうで知っていた。
予約をしていたわけではなかったが話があるということだったので「帰りにそちらに寄ろうと思っています」話すと、後どれくらいかかるかと訊かれたので、「会計中なのでもうすぐ行けると思います」と答えて電話を切った。
地域連携課を訪ねると、「実は私、この後〇時〇分から看護学校の講義があるんです」ということで、何やら急いでいた理由と看護学校の講師をしていることが分かった。

急ぎの話は、「かなり温度差がある」ということだった。
この日の朝に父に話を聞くために訪ねたところ、「転院なんか知らない。家に帰る」というようなことを父が言ったらしいのだ。
その言い方が荒かったのか無下だったのか、ともかく父は「話は娘が来てから」と全く取り合わなかったらしい。
緩和ケア病棟は家族ではなく本人が何もかも納得の上で強く希望していないと入れないそうで、「あれでは緩和ケア病棟に受け入れてもらうことは無理です」ということだった。
でも私は24日に書いた質問の答えに嘘なんか書いたつもりは全くない。
とにかくもう一度お父さんと話をしてみてくださいとは言っていたが、緩和ケア病棟への転院はもはやないような雰囲気があった。
看護学校の講義の時間が迫っていたので、夕方もう一度面談をする約束をして別れた。


「この病院には呼吸器科もないし、がんの専門でもないので強い薬もないから転院するけれど、とりあえずここに入院させてくれるって」と、私は父に入院した日とその翌日にも話しておいた。
それを忘れてしまったのか、それとも元気になって欲が出てきたのか。

実は父は入院後に少し元気を取り戻していた。
痛みは完全に無くなったわけではないとは言っていたが、22日(日)に母と姪っ子とお見舞いに行った時には途中でリハビリのスタッフが来て、ベッドに座り足の上げ下げなどのリハビリも行っていた。
リハビリスタッフは毎日訪ねてはリハビリを働きかけてくれていた。
もちろん普通に話も出来た。姪っ子に売店で何か買っておいでとお金を渡したりもしていた。
大部屋だが部屋にトイレがあり、そのトイレまでは点滴をしながらも歩いて用を足していた。
24日(火)25日(水)頃には父の声に張りが出てきたように私は感じていた。


地域連携課の担当者と別れたその足で母と父の病室を訪ねた。
「お父さんっ転院しないで家に帰るって言ったでしょ」
私は家で父に話しかけるように遠慮なくそう言った。
「今朝来て急に言われたから、娘が来てからにしてくれって言ったんだよ」と父。
「あの人は転院の手続きをしてくれている人だから。入院した時に説明したじゃない、転院するんだよって。あの時苦しかったからよく覚えてないんでしょ。だけどここにずっといられるわけではないし、家に帰っても大変だと思うよ。入院する前の日の夜の事を考えたらそう思うでしょう?今は病院で面倒見てくれるから少し楽になったかもしれないけれどさぁ」
「人は、喉元過ぎれば熱さ忘れる、なんだなあ」
結局父はすぐに観念した。
「面会に行くよ、お母さんも連れて行くから。状態がよくなれば外泊もできるんだって」と教えてあげるとちょっと安心したみたいだった。
母が「みんな心配してよくしてくれるんだからあまり我儘言わないで言うことを聞いてくださいね」と「そうだね」と父はうんうんと頷いた。

父の隣のベッドは父と同い年だった。
その人のところにはいつも奥さんが面会に来ていた。
たぶん午前中からずっといて長くいるようだった。
奥さんはいつもその旦那さんに何やらかんやら話かけていて、旦那さんは何故かいつも嫌そうで怒り調子だった。
リハビリスタッフがリハビリの誘いに来た時にも「お父さん、待っててくれているんだから早く」とかなんとか奥さんに急かされて旦那さんが声を荒げて怒っていた。
でもとげとげしい態度で接するのは奥さんにだけ。
そのせいか一緒に付いて行こうとする奥さんにリハビリスタッフが「奥さんはここで待っててもらっていいですか」と病室待機命令。(でも結局付いて行った)
娘さんらしき人がいたこともあったが、娘さんはベッドサイドで雑誌を読んでいた。

その隣の夫婦が私と父のやり取りを聞いていて話しかけてきた。
「みんな心配だからよね~」と奥さん。
「いや、この人(私の事)の言うことは合っているけれど、お前(奥さん)のは合っていない」と旦那さん。
「ねえ」とどちらにも同意を求められ若干困る私。
「でもおたくがお隣で良かったわ~話し相手がいてくれて。この病室の他の人、いつもみんな寝てるから」
5人の患者がいたっが(1人2人?入れ替わったような気もするが)、確かに他の3人は寝ていることが多かったし面会者とも行き会わなかった。
父は元々こうした病室などでもわりと誰にでも話しかけ打ち解ける人である(だから情報通で驚くことがある)。
今回の入院はさすがにこれまでのような元気はなかったが、それでも隣の人とは少し会話をしたらしかった。
隣の人も転院予定なのだという。
兎にも角にも父に転院の了承を取り付けたので一度実家に戻ることにした。
「御先に失礼します」
「あら、もう帰るの?」と奥さん。
「また夕方来なければならないので」




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# by yumimi61 | 2017-03-07 11:38
2017年 03月 06日
父の病⑰
(医療保険)
■一般病床 89.4万床
■医療型療養病床 27.1万床
■精神病床 33.6万床

(介護保険)
●介護療養病床(介護療養型医療施設) 6.1万床 ・・・廃止が決定してから5~6万床減少した。
●特別養護老人ホーム 54.1万床
●介護老人保健施設 36.2万床

・有料老人ホーム
・軽費老人ホーム(ケアハウス)
・グループホーム
・サービス付き高齢者向け住宅



すでに述べてきたように、介護保険制度に関係する施設で看護師必置が定められている施設は、介護認定で要介護1~5を認定されていないとそもそも入居資格がない。
またそうした施設であっても、医師が常勤でいるとは限らず、看護師の人数が多いわけでもない。種類や専門性も特に問わない。
がん末期患者のケアは正直難しいと思う。

父は肺気腫を患い慢性呼吸不全で動くと苦しくなるという症状が長いことあったが、在宅酸素療法をして安静な状態にあれば動脈血酸素飽和濃度が著しく悪くなるということはなかった。
肺がん末期の状態になるまでは動けないということもなかった。
それまでの介護認定が要介護ではなく要支援は妥当な判断であったと思っている。
但しそれはあくまでも酸素療法をしているからであって、それをしなければ療養病棟の医療区分2や3に該当する患者である。
「肺気腫による呼吸機能障害3級」の認定も受けていた。


肺がんと診断され治療手段がないと宣告され、それでも放射線治療を受けたのが昨年5~6月。
ところが8月の介護認定の更新で父の介護認定の等級は下がった。(要支援2→要支援1)
状態維持や改善可能性は低い。急速に状態の不可逆的な悪化が見込まれる。
予防給付(要支援)ではなく介護給付(要介護)に移るべき状態に相応しい。
父の状態は厚生労働省が示す予防給付に該当しない状態にあった。
・末期の悪性腫瘍や進行性疾患(神経難病等)により、急速に状態の不可逆的な悪化が見込まれるもの等。
要支援2のままならまだしも下がる理由は私には理解できなかった。
認定に不服があれば不服申し立てをすることが出来るが、現実的な話をすれば実費負担が若干増えるだけで父は今まで通りのサービスを受けることが可能だったし、要介護1になったところで要介護4や5に比べたら優先度は低くすぐさま施設入居は出来ない。父も介護施設に入居を希望していたわけでもない。
サービスに不服があったわけではないので関係性の維持のほうがずっと大切である。
不服申し立てをするメリットはない。


治療がなく状態が安定している状態で病院に入れて欲しいなどとはこれっぽちも望んでいない。
それは、安定したら病院から出てもらう、治療をしないのならば来るな、という現代の国や病院の方針とも何ら相違するものではないはずである。
幸い私は保健師資格や看護師資格を持っている。
同居しているわけではないので毎日常時一緒にいることは出来ないが、父の苦痛などは多少なりとも理解できるし、それを軽減するアプローチが全く出来ないわけではない。
私だけでなく、介護保険のほうでケアマネージャーさんやヘルパーさんにもお世話になっている。
ケアマネージャーさんも看護師資格を持っている。ヘルパーさんの中にも看護師資格を保有している人がいる。
でも薬剤処方や投与、医療行為など個人レベルでは行えないことも多々ある。
がんの治療を全くしないという選択もあったのに何故放射線治療を受けたのか、何故医師が近隣病院での放射線治療を勧めたのか、それは最期の時(ターミナルケア)を案じたからである。
末期患者の新患よりは、そこでがんの治療をした既患のほうが良いに決まっている。一見さんではないのだから。

ところが今回、科を亘るネックが想像以上に大きいことに気付かされた。
手術ならば外科、手術をしないならば内科、放射線治療ならば放射線科ということになるが、同じ病院であっても科が違うとすんなり物事は運ばない。繋がっていない、分断されている。
病院にとって新患でなくても、科が変われば新患、そんな感じ。受け入れたくない理由に過ぎないのだろうか?
放射線科で治療を受け、もうそれ以上は治療がないと言われ在宅で療養していたのに、末期で疼痛が出て内科を受診すれば「どうしてここに?」という反応であった。
全く別の専門外来を受診したというならばともかく、内科を受診したのである。
しかも何年、何十年と期間が開いているわけではない、放射線治療を受けたカルテがあるだろうにと思う。
そのカルテには他病院からの紹介状だって残されているはずである。

専門科があって、専門医や専門ナースがいる。それは悪いことではない。
しかし一人の人間は尊重されなければならない。
憲法にも謳われていることである。
「すべて国民は、個人として尊重される。」
病気や部分だけを診れば(看れば)よいのではない。
人は物や機械ではない、身分・地域・性別・信仰に関わらず、一人の人間として、一人の人格をもった存在として、尊重され尊厳が守られなければならない。
専門医対患者ではなく、病院対患者という「病院」という単位で考えれば尚更だと思うのだが。


父は母がクモ膜下出血を罹患した後、母の身体や生活を心配して、自分が調子悪くても家を離れたがらなかったし、無理して動いていたようなところがある。
ケアマネさんにもヘルパーさんにも、どこの病院でも母を心配するようなことを口にしていたように思う。
自分のことより母のことを優先し大事にしていた。
晩年はそれが生きがいになっていたようなところもある。
しかし現実的に苦しくて痛くて動けない状態となっていた。精神的にも余裕がない。
夫婦喧嘩というほどでもないのだろうけれど、何か行き違いがあったか何かひょんなことから「お母さんは俺が痛み止め(市販薬)飲んで何とか動いているって知らないだろう」と口走ったこともあったと母から聞いていたし、父がそんなようなことを呟いてるのも耳にしたことがある。
動けない父が家にいることは、父の身体的なことのみならず、父にとっても母にとっても負い目になって精神的に良くない、家で過ごすにはもう限界が来ていると私は思った。
例えば私が同居しているとか、母が健康で元気な時であれば、在宅での訪問診療・訪問看護を利用して最期の時を過ごすということも出来たかもしれない。
しかしそういう状況にはなかった。


かかりつけの病院→A病院→B病院→C病院→D病院→かかりつけの病院

12月頃から私は父に病院受診を働きかけ、父が1月17日にやっと応じてくれた。
放射線治療をしたD病院を受診したが、かかりつけの病院に戻された。
このかかりつけの病院というのは肺気腫を中心に診てもらっていた病院である。
父が受診していた呼吸器外来(専門外来)の医師は常勤ではなく月2回診察に来ている非常勤の医師(開業医)である。
腫瘍疑いの際には対応不可ということで他の病院を受診するように言われたのでA病院を受診したという経緯があった。
肺がんでかかりつけだったわけではない。むしろ肺がんは診られない(治療は出来ない)ということで病院を移るきっかけとなっている。







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# by yumimi61 | 2017-03-06 16:46
2017年 03月 04日
父の病⑯
高齢化社会ばかり叫ばれるので病院も施設もさぞかし儲かるのだろうと思いがちだが、どちらも経営はそれほど楽ではない。

(医療保険)
■一般病床 89.4万床
■医療型療養病床 27.1万床
■精神病床 33.6万床

(介護保険)
●介護療養病床(介護療養型医療施設) 6.1万床 ・・・廃止が決定してから5~6万床減少した。
●特別養護老人ホーム 54.1万床
●介護老人保健施設 36.2万床

・有料老人ホーム
・軽費老人ホーム(ケアハウス)
・グループホーム
・サービス付き高齢者向け住宅



療養病床は高価な機器や薬剤を使用する機会が少ないために一般病床などよりも支出が低く抑えられる。
また人件費も少なくて済む。
介護より医療の割合が大きくなればなるほど支出は増える。
病院が利益を上げるためには、人件費をなるべく抑え、入院単価(平均在院日数遵守など)と利用率(ベッド回転数)を上げることが大事であるが、単価を上げるためにはクリアしなければならない条件がある。
介護療養病床(介護療養型医療施設)の廃止が決まったために、医療型療養病床に転換した病院があるが、医療型療養病床は医療区分2・3の患者が8割以上(暫定で5割もあり)という決まりがあるため、医療の度合いが俄然高くなり支出が大きくなる。
患者も誰でも良いわけではなく、医療区分2・3の患者である必要がある。
介護療養病床(介護療養型医療施設)から医療型療養病床に転換した病院では病床利用率が下がり、且つ利用率の格差も広がっている。
患者確保と病床管理(ベッドコントロール)に苦労していて、なかなか利益に繋がらない。


施設も人件費をなるべく抑え、入居単価と利用率を上げることが大事。
入居単価が低い施設は放っておいても人気が高いが、入居単価が高い施設では利用者確保が経営を左右する。
入居単価が高いということは多くの場合、設備投資や人件費に費用が掛かっているはずなので、それを踏まえていかに利益を出すかということを考えなければならない。
例え非営利法人であっても利益を出さなければ人件費が出なくなったりして結局経営を維持できなくなってしまう。
(非営利法人とは利益を株主や出資者などに分配しない法人のことで利益を出すことは別に問題ない。但し無暗に利益追求すべき法人ではない)
営利法人であるならば利益追求は当然な話。


そこで病院も施設にも営業が必要になってくる。
かつては病院や施設の営業というと事務方の仕事であった。
例えば、企業の検診(健診)や人間ドック担当者のところに営業に向かい、「ぜひともうちの病院を使ってくれませんか」とアピールするわけである。
一方で病院は営業される側でもある。
製薬会社にはMR(Medical Representatives)と呼ばれる営業職があり、医師や薬剤師を訪ねて「これこれこういったうちの薬剤をぜひとも使ってもらえないでしょうか」と自社製品の情報提供とPRをする。

昨今は医療ソーシャルワーカーやケアマネージャーも営業活動を行う。
(昨今はと書いたが、聖路加病院の浅賀ふさは病院営業マンの先駆者ではないだろうか?)

医療型療養型病院の医療ソーシャルワーカーは、急性期病院や回復期リハビリ病院などに営業に出向き、自分の病院の対象となる患者を紹介してもらい、その患者を転院させて受け入れる。

施設のケアマネージャーは自分が勤務している施設などに利用者を確保するために病院の地域連携課(室)に営業に出向いて、医療ソーシャルワーカーなどに施設をアピールし、施設の利用者になりそうな人に施設を紹介してもらうなどする。

会計検査院が「特定の業者に偏りがちである」と指摘したように、公正中立であるべきケアマネージャーが所属法人の利益に繋がるようなプランを作成をしたりマネジメントをしてしまうことがある。
それ以外にも営業活動がケアプランやマネジメントに影響を与えていることがある。
医療や介護の現場も純粋に清廉潔白というわけでもない。
それは給料を得るために働く人がいて、利益を上げる必要があるからなのだ。
なかなか難しい問題ですね。


さらに難しいのは営業を行う人達。
経営側からは「利用率や回転率をなんとかしろ」とか」「利用者を確保してこい」といった命令を下され、いざその通りにすると今度は現場側から「こんな人手で患者(利用者)増やすとか迷惑なんですけど」とか「重症患者(利用者)ではなくてもっと軽い人を見つけてきてください!」とか言われてしまう。
経営と現場の板挟み。中間管理職みたいな感じでストレスを蓄積させたり爆発させやすい。
「いやいや・・そういう・・わけにも・・いかないのよ・・・法律での・・規定もあることだし・・・むにゃむにゃ」(蓄積型)
「はっ?それ私に言う?文句があるならば直接経営側に言いなさいよ!」(爆発型)
どちらの言い分が正当かどうかはともかく、現場に出ないマネジメントだけの仕事は現場から理解を得にくい。






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# by yumimi61 | 2017-03-04 14:49
2017年 03月 03日
父の病⑮
前回、「地域連携課(室)」「ソーシャルワーカー」「業務独占資格、名称独占資格」「日本の医療ソーシャルワーカーの母!?(浅賀ふさ)」「社会福祉士」「地域包括支援センター」について書いた。

地域包括支援センターでは、保健師、主任介護支援専門員(主任ケアマネジャー)、社会福祉士が必置とされている。


主任介護支援専門員(主任ケアマネージャー)

主任介護支援専門員(主任ケアマネージャー)は、専任の介護支援専門員(ケアマネージャー)として働いた期間が通算して5年あるいは3年あるという条件を満たす者が所定の研修を受けて得られる資格。
ケアマネージャーの上級資格となる。2006年の介護保険制度の改正により新たに誕生した資格(職種)である。
新人ケアマネージャーの教育指導をはじめ、他のケアマネージャーに対するスーパーバイザーとして機能することが求められている。


介護支援専門員(ケアマネージャー)

では介護支援専門員(ケアマネージャー)は何かと言えば、介護保険制度の中で介護をマネジメントする有資格者のこと。
こちらも介護保険制度とともに誕生した新たな資格である。介護保険制度は1997年に制定され、施行されたのは2000年4月。
介護保険制度を上手く運用させるために欠かせない職種と言えよう。

要支援・要介護認定者及びその家族からの相談を受け、介護サービスの給付計画(ケアプラン)を作成し、他の介護サービス事業者との連絡、調整などを行っている。
介護保険法に基づく名称は介護支援専門員であるが、多くはケアマネジャー(ケアマネ)と呼ばれている。

介護支援専門員(ケアマネ)になるためには、都道府県の実施する「介護支援専門員実務研修受講試験」(年1回)に合格し、「介護支援専門員実務研修」の全日程を休まず全て受講したうえで、レポートを提出する必要がある(第69条の2)。
登録を受けたものには介護支援専門員証が交付され、5年ごとに更新が必要(第69条の7-8)。

しかしながら誰でもが「介護支援専門員実務研修受講試験」を受けられるわけではなく、受験資格を持つ者は下記のように定められていた。

■「介護支援専門員実務研修受講試験」の受験資格

①次の法定資格を有する者
医師、歯科医師、薬剤師、保健師、助産師、看護師、准看護師、理学療法士、作業療法士、社会福祉士、介護福祉士、視能訓練士、義肢装具士、歯科衛生士、言語聴覚士、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師、栄養士、精神保健福祉士

②相談援助業務に従事する者
(例)救護施設及び更生施設における生活指導員、知的障害者更生相談所におけるケース・ワーカー、有料老人ホームにおいて相談援助業務を行っている生活相談員、特別養護老人ホームなどにおける生活相談員、入所者の生活や身上に関する相談及び助言並びに日常生活の世話を行う職員など

③介護等の業務に従事する者、社会福祉主事任用資格者等に該当する者
社会福祉主事任用資格、介護職員初任者研修(ホームヘルパー2級)、実務者研修などの有資格者

④介護等の業務に従事する者、社会福祉主事任用資格者等に該当しない者
資格はなくても業務経験があればよい

①②②は従事した期間が通算5年以上、且つ当該業務(要援護者に対する直接的な対人援助業務)に従事した日数が900日以上であること。
④の場合は、従事した期間が通算10年以上、且つ当該業務(要援護者に対する直接的な対人援助業務)に従事した日数が1800日以上であること
研究業務、教育業務、営業や事務などの業務を行っていた期間は当該業務に含まない。


「介護支援専門員実務研修受講試験」の第1回試験は介護保険制度制定の翌年1998年だった。
2016年の試験が第19回であった。
第1回の受験者数が一番多くて20万7080人。
受験者数は年によって違い、初回を除くと9~17万くらい。13~14万代が一番多い。
この試験の合格率が年々落ちてきているのである。
第1回が44.1%、第2回が41.2%、第3回から30%代に突入し、今や15%程度にまで下降している。
どの資格者がどの程度受験したかは明らかではないが、合格者の元の資格(職種)は分かっている。

これまでに介護支援専門員(ケアマネ)の資格を取得した職種。
1.介護福祉士 42.2%
2.看護師・准看護師 25.1%
3.相談援助業務従事者・介護等業務従事者 11.0%
4.社会福祉士 6.1%
5.保健師 4.1%
6.薬剤師 3.1%
7.医師 2.3%
8.理学療法士 2.1%
9.栄養士 1.9%
10.歯科衛生士 1.7%

合格率の低下を懸念したのか社会情勢の変化か、2015年に上記の受験資格が改正された。(但し2017年度の試験までは旧対象でOK)
どのように改正されたかと言うと、③介護等の業務に従事する者、社会福祉主事任用資格者等に該当する者、④介護等の業務に従事する者、社会福祉主事任用資格者等に該当しない者、を廃止したのである。


■新たな「介護支援専門員実務研修受講試験」の受験資格

①は変更なし。

②生活相談員
特定施設入居者生活介護、地域密着型特定施設入居者生活介護、地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護、介護老人福祉施設、介護予防特定施設入居者生活介護などにおける生活相談員として業務経験がある者。

③支援相談員
介護老人保健施設における支援相談員としての業務経験がある者。

④相談支援専門員
計画相談支援、障害児相談支援における相談支援専門員としての業務経験がある者。

⑤主任相談支援員
生活困窮者自立相談支援事業などにおける主任相談支援員としての業務経験がある者。

経験は通算して5年以上であり、且つ当該業務に従事した日数が900日以上であること。


居宅ケアマネと施設ケアマネ

ケアマネージャーの職場は大きく2つに分けることができる。
居宅ケアマネージャーと施設ケアマネージャーである。

居宅ケアマネジャーは、自宅で介護サービスを受ける人をサポートする仕事をしており、「地域包括支援センター」や「居宅介護支援事業所」で就業している。
利用者の家を訪問したり電話対応しつつ、ケアプランを作成し給付管理業務をこなし、会議などに出席する。
個人宅への外回りがあるのでかなりアクティブである。
個人宅への訪問と言えばかつては保健師の専売特許だったわけだが、介護が必要な高齢者についてはケアマネージャーも担ってくれるようになった。

「地域包括支援センター」と「居宅介護支援事業所」の違い。

「地域包括支援センター」は介護認定者に限らず全ての高齢者や高齢者に関する住民の相談を受け付けている施設。
その中でも主の業務となるのは、今現在は支援や介護が必要ではないが今後介護が必要になる恐れがある高齢者を対象とする「介護予防ケアマネジメント業務」(包括的・継続的マネジメント業務)である。
この業務の中に介護認定で要支援1・2と認定された人へのケアマネジメントがある。
すでに述べたとおり「地域包括支援センター」の設置主体は市区町村で、社会福祉法人に委託していることが多い。
「地域包括支援センター」には保健師、主任介護支援専門員(主任ケアマネジャー)、社会福祉士が必置であるが、介護予防ケアマネジメントは保健師と主任介護支援専門員(主任ケアマネジャー)が担当する。
保健師は健康医療の側面から自立者への普及や啓発、支援予備軍を対象とした教室などを中心にしており、ケアマネージャーが要支援1・2と認定された人のケアマネジメントを行っている。

「居宅介護支援事業所」は要介護認定を受けている高齢者のケアプランの作成や相談に応じる施設。
運営主体は、社会福祉法人、NPO、営利企業など民間の事業所。
ただ勝手に作ればよいというものではなく、市区町村の指定を受ける必要がある。
「居宅介護支援事業所」指定を受けるためには指定申請を行うが、市区町村に申請できるのは事業所ではなく「地域包括支援センター」。
要するに申請を仲介する「地域包括支援センター」が指定事業所の設置者ということになる。

住民が介護認定を受けで要介護(1~5)と認定されたら、地域の居宅介護支援事業者に問い合わせて、担当してくれるケアマネージャーを決め、ケアプランの作成してもらい介護の相談などをする。
居宅介護支援事業所は通常地域に複数あるので、市区町村窓口や地域包括支援センター、あるいは通院入院している病院の地域連携課(室)で、自分の住んでいる地区を担当する居宅介護支援事業所を紹介してもらい契約する。

居宅介護支援事業所は、9割が介護施設を併設した併設型であり、居宅介護支援事業だけを独立して運営している事業所は1割程度しかない。
居宅介護支援事業所のケアマネージャーは自治体に採用されている公務員ではない。
(地域包括支援センターのケアマネをはじめ保健師も委託先の社会福祉法人が直接雇用している場合がある)
自分が所属している法人(運営事業者)があるわけだが、それに係わらず(所属法人の利益確保や利益追求に走らずに)、公正中立に利用者にとってより良いケアプランを作成したりマネジメントを行う必要がある。
しかし2016年3月に会計検査院が「特定の業者に偏りがちである」と指摘している。


一方の施設ケアマネージャーは、「介護関係施設」の入居者の介護サービスをサポートする仕事をする。
「介護関係施設」とは、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護療養型医療施設、有料老人ホーム、グループホーム、小規模多機能型居宅介護施設などのこと。



介護認定  要支援1・2 →(在宅)地域包括支援センターのケアマネ
        要介護1・2・3・4・5 →(在宅)居宅介護支援事業所のケアマネ
                      →(施設入居)施設のケアマネ







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# by yumimi61 | 2017-03-03 14:14
2017年 03月 02日
映像
金正恩(キム・ジョンウン)氏がクアラルンプール空港で殺害されたとして防犯カメラ映像が流されている。

若い人は知らないかもしれないが、クアラルンプールと言えば、1975年8月4日に日本赤軍が起したテロが思い出される。
拘束されているメンバー及び、仲間に引き入れようと目をつけた新左翼活動家の釈放を目的に、マレーシアの首都クアラルンプールにある、アメリカとスウェーデンの大使館を占拠し、アメリカの総領事らを人質に取った。日本政府(首相:三木武夫)は要求に応じ、超法規的措置として日本赤軍への参加を拒否した2人を除く5人釈放した。

それはともかく、防犯カメラの映像が気になるのだった。
私が気になるのは空港のクリニックの場面である。

左手から歩いてきて、クリニック内に入っていく様子が公開されている。
分かりやすいためか安心感を与えるためか、クリニックと通路を仕切っているのはガラス。
そのため待合室の様子は外から見える。(一部曇りガラス)
クリニックに行く前に空港係員と警備員に顔に何かされたと訴えている映像があり、クリニックまで警備員らしき人と連れ立って歩いている。
しかしクリニックに入った後も警備員は一歩引いていて、率先してクリニック担当者に何かを伝えるような様子は見られない。
この時点において警備員に緊急性や重大性は全く感じられない。
金正恩(キム・ジョンウン)氏とおぼしき人物は受付のようなところに立って何か言っているようだ。
その後の映像が続かない。
次の瞬間は担架に乗せられて搬出されようとしている場面。

下の画像が途切れる前後。
(画像はこちらから
e0126350_16225817.jpg

e0126350_16223854.jpg


後にこんな画像が公表された。
e0126350_16394071.jpg

彼は黄色〇の椅子に座っていたことが分かる。
クリニックに来たのに診察室に入ることなく(?)、横に寝かされることもなく、そこでぐったりしている。
e0126350_16402188.jpg


途切れて公表されていない部分の映像が非常に大事である。
歩いていた彼がどのように崩れていったのか。
クリニックの誰かが彼の所にきて問診をしている様子があるのか。
何か計測した様子や処置をした様子があるのか。
診察室には入らなかったのか。

防犯カメラならば経過時間も分かるだろう。
彼がその椅子に座ってから担架に乗せられるまでに、どれくらいの時間が経ったのか。
数分か、数十分か、数時間か。
担架に乗せられてから空港を出るまでにどれくらいの時間を要したのか。
病院に搬送途中に亡くなったというけれども、それは病院を出てから何分後なのか。たらいまわしにされたということはないのか。
VXで死ぬまでの時間を云々言っているが、ここにどれほどいたのか分からないと何とも言えないのでは?

どれくらい後に行ったのか分からないが完全防備でクリニック内などを消毒をしている画像もある。
では、クリニックで彼に直接接触した人間はいないのか。
その人は素手ではなかったのか、手袋をしていたのか。
途切れた間の防犯カメラ映像があれば、それも分かるだろうに、何故かその重要な場面の映像が公開されていない。

近づいたり抱きついたりしている映像だけでは殺害した証拠にはならない。
彼女たちが何か薬品のようなものを持たされていたとしても、それがVXであったという証拠はどこにもない。
たとえ彼女たちがVXで殺害しましたと自白しても、先進国では通常それだけで公判を維持することは出来ない、それだけで犯人にしてはいけないはずである。
可能性を言うならば、クリニックで何か薬品を投与され、それが死に至らしめたということも考えられなくはないのだ。
そういう意味においても、途切れた時間の映像が重要である。







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# by yumimi61 | 2017-03-02 16:59
2017年 03月 02日
とおせんぼう
コンビニのくじであたったランチパック
よりによってピーナッツ
実は子供の頃から
あまり好きじゃないのよ
食べられないわけじゃないけど
ピーナッツバター
バタバタバーター
アイスと交換してなんて言えない

ない物がないような世界であなたが
貰って嬉しいものって何だろう
冷蔵庫の隅に忘れられた
スキッピーが泣いていた
ピーナッツバター
バタバタバーター
車のドアのポケットできっと



私人か公人か。
テレビカメラの前で、政府専用機のタラップをお手々繋いで一緒に乗り降りし、誰に向かってか揃って手を挙げる。
夫の出張に妻が同じ飛行機で同伴する。同じホテルの同じ部屋に宿泊する?
ファーストレディが公人ではなく私人ならば「公私混同」として大問題になりかねない。
公私混同の舛添前都知事の二の舞。
さらに言うなら韓国ではないけれども国家機密情報漏洩ということにだってなりかねない。

日本国の象徴やリーダーが夫婦同伴なのだから、企業は夫あるいは妻の出張に家族を同伴させて~~もちろん費用は企業持ちでお願いします。(やめて くれ!?)

そういえば、バリバリ現役で働いているキャリアウーマンのファーストレディっていませんよね?
時代遅れでは?
ヒラリー・クリントンさん?
誤解よ、私はただいつもビルと一緒にいたかっただけよ?新しい愛の形!?

1969年、ヒラリーはイェール・ロー・スクールに進み、そこでビル・クリントンに出会う。
1972年の大統領選ではビル・クリントンが参加していた民主党のジョージ・マクガヴァン大統領候補の選挙運動に加わった。
1973年のロースクール卒業(法務博士(Juris Doctor)の学位を受ける。)後は、エデルマンが新たに始めた児童防衛基金 (Children's Defense Fund) で働いた後、1974年には下院司法委員会によるニクソン大統領の弾劾調査団に参加している。
調査団解散後はビルのいるアーカンソー州に移り、ビルとともにアーカンソー大学ファイエットビル校ロースクールで教鞭を取った

この年ビルがアーカンソー州で下院議員選に出馬するが落選、翌1975年に彼と結婚している1976年にはビルがアーカンソー州の司法長官に選出されて州都リトルロックへ移るのに伴い、アーカンソー大学での職を辞し、ビンス・フォスターがパートナー(共同経営者)を務めるローズ法律事務所に移った。また同じ年の大統領選では、ビルとともにジミー・カーター民主党候補の選挙戦に参加した。
1978年ビルが32歳の若さでアーカンソー州知事に当選するとアーカンソー州のファーストレディとなったが、弁護士としての活動も続け、1979年にはローズ法律事務所の女性初のパートナーとなった。その一方で、アーカンソー州における質の高いヘルスケアの普及を目的とした地方健康諮問委員会 (Rural Health Advisory Committee) の議長を務めるとともに、児童防衛基金の活動にも参加。またカーター大統領の指名により、連邦議会が設立した非営利団体の司法事業推進公社 (Legal Service Corporation) の理事を務めた。

1980年ヒラリーは娘のチェルシーを出産。ビルは再選をかけた同年の知事選に破れるが(当時のアーカンソー州知事の任期は2年)、次の1982年の知事選で当選してカムバックした。この82年の選挙戦を機に、ヒラリーは結婚後も引き続き使っていた「ヒラリー・ローダム」を「ヒラリー・ローダム・クリントン」に替えている。

この第二期目のクリントン知事のもとで、ヒラリーはアーカンソー州の教育制度改革を目的とした教育水準委員会 (Education Standards Committee) の委員長を務めた。

1991年にビルは大統領選に出馬。その選挙運動中、ヒラリーが「家にいてクッキーを焼いてお茶を入れることもできたが、自分の職業を全うすることを選んだ」とコメントしたことで、一部から「専業主婦に対して冷淡」とか「急進的フェミニスト」などという批判を浴びることになった。こうした批判は選挙運動中収まることはなく、ヒラリーはその対応に苦慮した。この頃、法律事務所や「ウォルマート」の社外取締役、児童防衛基金の会長などの職を次々に辞している。

同年秋、ビルとクラブ歌手ジェニファー・フラワーズの不倫問題が公になり、この両者の間で交わされた電話の会話の一部を録音したテープがマスコミに流出すると、それまで選挙戦を優勢に戦っていたビルの支持率が急落した。


ビル、大統領になる。

就任後早々、ビルはヒラリーを医療保険改革問題特別専門委員会 (Task Force on National Health Care Reform) の委員長に任命した。

後にヒラリーは著書の中で、医療保険改革の失敗は「すべて自分の政治力が未熟であったせい」だと記している。一方当時の政治評論家は一様にこの失敗が「ファーストレディーを国政に参画させるという前代未聞の人事が国民には不適切だと受け止められたということに他ならない」と評した。しかし、1996年の著作『It Takes a Village and Other Lessons Children Teach Us』はベストセラー本となり、ヒラリーの子供を中心とした政策課題は過半数の女性には好感を持って迎えられ、また大多数のアメリカ国民は「国主導型の健康保険制度導入ということ自体がアメリカにとっては時期尚早だった」と見ていたことが世論調査などで明らかになっている。

いずれにしても、大統領選挙キャンペーンでビルがヒラリーとのコンビを「ひとつ分のお値段で、ふたつ分のお買い得 ("get two for the price of one")」と言っていたように、ビルがヒラリーを「最大のアドバイザー」と評して全幅の信頼を置いていたのは事実であり、ヒラリーはその後もクリントン政権を通じて閣議に臨席するという特別な存在であった(これはケネディ大統領が信頼する実弟のロバート・ケネディを司法長官に任命して常に傍らにおいた例を踏襲したものだといわれる)。

ヒラリーは、イーストウィングにあるファーストレディーとしてのオフィスとは別に、大統領執務室や閣議室のあるウエストウイングにも異例のオフィスを構えたが、そうした彼女のスタッフたちを、ヒラリー自身も含めて周囲は「ヒラリーランド (Hillaryland)」と呼んだ。








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# by yumimi61 | 2017-03-02 11:00
2017年 02月 28日
父の病⑭
地域連携課(室)

近年は急性期病院や大規模病院を中心に地域連携課(室)や地域医療連携課(室)という名の部署を設けている病院が多い。
一頃、高齢化社会の到来と医療費の増大とともに「3時間待ちの3分診療」といった病院の待ち時間の長さと診療時間の短さが取り沙汰された。
大きい病院=良い病院という意識が長いこと人々の意識にあり、ちょっとしたことでも大きな病院を受診する人が多かった。
また高齢者は、安い医療費負担(1割)のためか、暇を持て余しているのか、それとも心地よいのか、寄合所かサロンのように病院や診療所に集うとの批判もあった。
これは診療所の例だが、「最近〇〇さんに行き会わないけど具合が悪いんかね~」「あなたは具合が悪いからここに来てるんじゃないんかいっ!」(←そんなことは言いません)、というようなことも無きにしも非ず。
ともかく大きな病院の新患受け入れは原則他の医療機関からの紹介状が必要になった(予約制)。(新患でなく既患でも予約ベースのところが多し)
他の医療機関からの紹介(予約)の窓口になっているのが地域連携課である。

急性期病院では救急車で搬送されてくる患者がいる。救急の場合には一見さんを受け入れているわけである。
但しすでに述べてきたように急性期病院にいられる期間は短い。
病状が少し安定したところで、退院させるか相応しい病院に転院させる。この調整を行っているのも地域連携課である。
在院期間が長くなってきた患者や高齢者の転院や退院の相談に乗り連絡調整(在宅医療・転院・施設入所など)を行うのも地域連携課である。
つまり、病院・診療所・介護施設や福祉施設・地域包括支援センター・ケアマネジャーなどと連携を図るうえで欠かすことの出来ない部署であり、病院の病床管理や平均在院期間を維持するという重要な役割を担っている。
その他、医療費の心配など経済的問題、退院後の療養や医療についての相談を受けている。

地域連携課(室)のスタッフは看護師と医療ソーシャルワーカー(相談員)、事務員で構成されている。
地域連携課(室)はなく、医療ソーシャルワーカーが1人か2人程度、病院事務室(総務)に配属されているという病院もある。


ソーシャルワーカー

以前私はソーシャルワーカーについて少し書いたことがある。
第一次世界大戦前から独立運動を行い、戦後にチェコスロバキア共和国の初代大統領に就任したトマーシュ・マサリクについて書いていた時の事である。
トマーシュ・マサリクはチェコの東部の町の労働者階級の家に生まれた人物。妻がアメリカ人であった。
32歳の時にプラハ大学の哲学教授に任命されたが、若い頃は鍛冶屋として働いており大学で学び段階を踏んで教授になったわけではないので、妻がアメリカ人だったことの影響があったのではないかと私は書いた。
トマーシュ・マサリクはアメリカ人妻の5人の子がいて、そのうちの1人アリツェに関連してソーシャルワーカーについて触れた。
アリツェははカレル大学に入学を許可された最初期の女子学生の1人であり、その後、英国、ドイツ、アメリカに留学した。帰国後、大学教授となり、1911年のカレル大学における社会学部設立に貢献したが、第一次世界大戦中はマサリクの子は危険人物であるとして幽閉状態に置かれ、活動を制限された。チェコスロバキア独立後はチェコスロバキア赤十字総裁となり、父親の意向で女性の権利拡大にも貢献した。しかし、1939年のナチス・ドイツのチェコスロバキア併合により、米国に亡命。終生米国で暮らした。

アリツェ・マサリクはアメリカのシカゴに招かれた。
ハルハウスではなくて、シカゴ大学内に設置されたセツルメントに招かれたらしいが、ハルハウス創設者の社会福祉の母たちとの出会いがあった。
そしてチェコに戻った後の1911年にプラハ・カレル大学に社会学部を設置し教授となる。
シカゴとシカゴ大学に縁がある人なのだ。

第一次世界大戦後に独立をはたしたチェコスロバキア共和国で、1919年にチェコスロバキア赤十字の総裁となり、第二次世界大戦前の1938年にドイツがチェコスロバキアに侵攻するまでその地位にあった。
ドイツ侵攻後は再びシカゴ大学セツルメントに招聘され、アメリカで暮らした。


困っている人などを援助する社会福祉的な仕事をする人を英語ではsocial worker(ソーシャルワーカー)と言う。
この場合には慈善事業やボランティアなども含まれてくるので広義のソーシャルワーカーである。
日本では国家資格である社会福祉士と精神保健福祉士のことをソーシャルワーカーと呼んでいる。これは非常に狭い範囲のソーシャルワーカーである。
イギリスではソーシャルワークを行う場合には資格が必要でさらに登録制である。


ソーシャルワーカーとは、人権擁護の理念のもと、人々の社会的疎外を解決し、共存共栄社会の実現のために働く人たちの総称のことである。
発祥の頃は資格名や職種名ではなかった。ボランティアなどでも良かったのである。
その後は社会福祉に携わるあらゆる職種の総称となる。
日本ではさらに狭まり「相談援助職」(相談員や支援員)のことをソーシャルワーカーというようになった。
実は今現在も誰がソーシャルワーカーを名乗っても違法ではない。
その点、心理相談員や心理カウンセラーも同様である。

無資格者でもソーシャルワーカーの自称は可能であり、また活動そのものは無資格のソーシャルーワーカーが自己を名乗る際に「社会福祉士」、「精神保健福祉士」と名乗らなければ法律に抵触する事はないが(名称独占資格)、ソーシャルワーカーの国家資格である社会福祉士もしくは、精神保健福祉分野に特化した精神保健福祉士の資格を所持している者の方がもちろん無資格者よりステータスが高く、国家資格という形で国から認定されたソーシャルワーカーということになる。

巷にはソーシャルワーカーや心理カウンセラーが溢れている。
しかし現在医療現場でソーシャルワーカーと言えば社会福祉士のことである。
医療機関では「医療ソーシャルワーカー」と言っている。

医療ソーシャルワーカーとして勤務するための資格は無いが、ほとんどの病院で社会福祉士を保持することを条件としている。採用が内定しても、「社会福祉士国家試験に不合格の場合内定を取り消す」と明示している病院も少なくない。
理由としては、1,診療報酬点数の中に「社会福祉士」であることで請求できるものがあること。 2,病院機能評価機構が実施する評価の中に、専任のソーシャルワーカー配置や専用の相談室の設置などがある が考えられる。
また医師をはじめ、看護師、薬剤師、臨床検査技師など国家資格を保持している職種が働く機関において、無資格であることが許されないという情緒的な理由も考えられる。

(医療ソーシャルワーカーの)資格は無いが実質的には(国家資格である)社会福祉士を保持することが必要といえよう。


業務独占資格、名称独占資格

資格を有するものだけがその業務を行えるのが業務独占資格、資格を有するものだけがその名称を名乗ることが出来るのが名称独占資格である。
業務独占資格は名称独占資格でもあることが多い。

業務独占資格は、医師、看護師、助産師、薬剤師、臨床検査技師、理学療法士、作業療法士、救急救命士、弁護士、税理士、などなど。
資格を持つものでしか提供が許されない業務(行為)がある。
医療には資格者だけに許されている医療行為がある。

名称独占資格は、保健師、栄養士、調理師、介護福祉士、社会福祉士、精神保健福祉士、公認心理士などなど。
例えば保健師は保健指導や健康教育を業務として行う。
しかし保健指導や健康教育・健康相談は医師や看護師や助産師や栄養士などであってもそれぞれの範疇において出来るものであるし、実際に行うこともある。
つまり保健指導や健康教育という業務は保健師が独占しているわけではないので、業務独占資格ではない。
でも資格のない者が「保健師」を名乗ってそれを行うことは禁じられている。
国家資格である看護師が保健指導を行っているとしても、保健師国家資格がないのに「保健師」と称したり登録することは違法である。

「ソーシャルワーカー」は資格がなくとも誰でも名乗ることが出来る。
また看護師も保健師もソーシャルワーカー的な業務を行うことがある。
しかしながら、一般人はもとより看護師や保健師も社会福祉士を名乗ることは出来ない。
国家資格である「社会福祉士」は名称独占資格なので有資格者しか名乗ることが出来ない。
医療ソーシャルワーカー(相談員)=社会福祉士であることがほとんどなので、病院の地域連携課にはほぼ同じような仕事をしていたとしても看護師と社会福祉士がそれぞれ別の肩書(資格名)でいるということになる。


日本の医療ソーシャルワーカーの母!?

病院の医療ソーシャルワーカーの先駆者が浅賀ふさと言われている。
1929年にかの聖路加病院の医療社会事業部に勤務したことに始まる。

浅賀ふさ
生年:1894(明治27)年2月17日
没年:1986(昭和61)年3月3日
出生地:愛知県半田市
学歴:日本女子大学英文科卒(1916年)、ハーバード大学大学院教育学部修了

1919年(大正8年)に兄がアメリカに飛行機操縦の勉強に行くことになり、ふさはそれに同行した。
25歳になっていたふさは美術学校でデザインの勉強をしながら色々な仕事をした。
1924年30歳の時にシモンズ大学の社会事業専門学校に入り学んだ。
その後にハーバード大学教育学部で1年学んだ。(学歴はハーバード大が強調されている)
1928年(昭和3年)12月に帰国。翌年2月から聖路加国際病院(の前身病院)に勤務した。

戦後はすぐに厚生省児童局に入り、渉外専門家として社会事業に携わる。
1953年の中部社会事業短大(現:日本福祉大学)創設に加わり、教授として80歳まで日本福祉大学の教壇に立った。
日本医療社会協会の初代会長。

結核患者や貧困患者への相談や支援を行い、医療ソーシャルワークの草分け的存在となった。
その医療ソーシャルワーカーが国家資格にならなかったことや、聖路加国際病院が今日全室個室の富裕層向け病院となっていることは皮肉なことか、然もありなんといったところか。
女性の選挙権獲得にも大きな関心を持ち、女性運動家として母子保護法の制定に関わったり、1958年の国際社会事業会議で「放射能と人類福祉-なぜ日本人が核兵器実験に反対するか」というテーマで発表(広島の医療ソーシャルワーカーとともに被爆者調査をしたということで世界に発信)した。
朝日訴訟にも関わっている。

朝日訴訟
朝日訴訟とは、1957年(昭和32年)当時、国立岡山療養所に入所していた朝日茂(あさひ しげる、1913年7月18日 - 1964年2月14日:以下「原告」と呼称)が厚生大臣を相手取り、日本国憲法第25条に規定する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(生存権)と生活保護法の内容について争った行政訴訟である。

結核患者である原告は、日本国政府から一カ月600円の生活保護給付金と医療扶助を受領して、国立岡山療養所で生活していたが、月々600円での生活は無理であり、保護給付金の増額を求めた。

1956年(昭和31年)、津山市の福祉事務所は、原告の兄に対し月1,500円の仕送りを命じた。
市の福祉事務所は同年8月分から従来の日用品費(600円)の支給を原告本人に渡し、上回る分の900円を医療費の一部自己負担分とする保護変更処分(仕送りによって浮いた分の900円は医療費として療養所に納めよ、というもの)を行った。
これに対し、原告が岡山県知事に不服申立てを行ったが却下され、次いで厚生大臣に不服申立てを行うも、厚生大臣もこれを却下したことから、原告が行政不服審査法による訴訟を提起するに及んだものである。



社会福祉士

保健師・助産師・看護師(保助看法)の歴史が古いのに比べると、福祉専門職資格の歴史は浅い。
社会福祉士は1987年に新設された国家資格である。
また必置資格となったのは、2006年の地域包括支援センターの創設時が初めてだった。

必置資格
ある事業を行う際に、その企業や事業所にて特定の資格保持者を必ず置かなければならない、と法律で定められている資格。業務独占資格が必置資格としての性質を併せ持つ場合もある。
病院や診療所には医師と看護師が必ず必要。
保育所には保育士、クリーニング所にはクリーニング師、美容所には管理美容師、理容所には管理理容師、一定規模以上の事業場には衛生管理者など、様々な場所に必置資格者の設置が定められている。

社会福祉士資格が誕生するまで、日本における相談援助職と言えば、福祉事務所のケースワーカーと病院の医療ソーシャルワーカーのことだった。
ケースワーカーは大学卒業後に自治体に採用され、社会福祉主事任用資格を得て職に就くという形が主流だった。
社会福祉主事任用資格とは、大学で一定の科目を履修するか、入職後に一定の研修を経た者に資格を付与するものであり、自治体がケースワーカーを任用するための資格に過ぎず、包括的かつ深い知識や実務経験は問われない。
同じく自治体に採用される国家資格の保健師などとは違い、社会福祉主事任用資格を得ても部署が異動して他の業務に就くこともあり専門性は必ずしも高くなかった。
上記のように医療ソーシャルワーカーも独自の資格としては認められてこなかった。

(1989年に誕生した社会福祉士は)これまでは医療保険算定上においても職員の人員規定が無かったので、資格取得者を雇用しても雇用者側が一方的に人件費を費やすのみになり、『非生産部門』と位置づけられて地位も低かったが、昨今では医療保険点数の改訂にて後期高齢者退院調整加算等が創設され、保険加算のための人員配置基準となり、また地域包括支援センターにおいても職員の(主任)介護支援専門員、保健師と並んで人員配置基準になっており、資格者を求める傾向または無資格者には資格取得を求める傾向が出てきた。


地域包括支援センター

地域連携課の連携先の1つである地域包括支援センターというところがある。
地域包括支援センターは、介護保険法で定められた、地域住民の保健・福祉・医療の向上、虐待防止、介護予防マネジメントなどを総合的に行う機関である。各区市町村に設置される。2005年の介護保険法改正で制定された。
センターには、保健師、主任ケアマネジャー、社会福祉士が置かれ、専門性を生かして相互連携しながら業務にあたる。
法律上は市町村事業である地域支援事業を行う機関であるが、外部への委託も可能である。要支援認定を受けた者の介護予防マネジメントを行う介護予防支援事業所としても機能する。

(受託法人は社会福祉法人)

かつて市町村役場内にあった在宅介護支援などの相談業務を行う部署や窓口が専門性を高めて独立し外に出たということである。
妊産婦や乳幼児、成人の健康診断や健康相談、健康教育を行う部署が保健センターとして独立して外に出たのと似ている。
保健師はこの自治体の保健センターに多く就業している。自治体の地域包括支援センターに配属されている保健師もいる。






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# by yumimi61 | 2017-02-28 12:33
2017年 02月 26日
父の病⑬
「病院」とは、入院用ベッドが20以上あるところ。
「診療所」とは、入院用ベッドが19以下のところ。


【病院】
        病院数         病床数           
2001年  9239(100)   164万6797(100)
2014年  8493(91.9)↓  156万8261(95.2)↓


【診療所】
        診療所数           病床数           
2001年  9万4019(100)    20万9544(100)
2014年  10万461(106.9)↑  11万2364(53.6)↓

※(  )は2001年を100とする指数。


日本全体の病床数、つまり入院ベッド数は、この高齢化社会の中、2001年から2014年の13年間で17万5716も減少した。
特に診療所の病床数の現象が顕著である。診療所数自体は増えているのにベッド数は半分になった。
入院は儲からず経営が厳しくなるということだろうか。患者の大病院志向もある。
入院患者がいるとなれば24時間体制を敷かなければならなくなるので、小さな規模の診療所では負担が大きくなり医師や看護師の確保も難しいのかもしれない。
介護施設が増えて、高齢者がそちらに流れたということもあるだろう。


【病院患者数】
        入院         外来
2002年 137万7600人   195万2500人
2014年 127万3000人↓  164万1900人↓

【診療所患者数】
        入院         外来
2002年  7万3400人    337万7600人 
2014年  4万5800人↓   423万3000人↑


患者数が増えているのは診療所の外来のみ。


【看護職員数】
        病院              診療所  
2001年 77万6194人(100)   25万6809人(100)
2014年 97万7654人(126)↑  33万0149(128.6)↑

※看護職員は保健師・助産師・看護師・准看護師とする。
※(  )は2001年を100とする指数。


病床数が大きく減って、それに伴い入院患者数も減り、病院では外来患者も減っているが、病院と診療所で働く看護職員数は病院・診療所ともに増加している。
病院・診療所で働く医師も増加している。(2002年は26万2687人だったが、2014年は31万1205人)

近年看護大学が乱立した。
看護大学はもともと数が少なく、1989年度にはわずか11大学に過ぎなかった。入学者定員は500人程度。
ところが平成4年(1992年)頃から年々増加し続け、2014年度には228大学にまで急増した。入学定員も2万人程度に膨れ上がった。20年で20倍になったのである。
看護大学の他にも依然看護師養成学校や准看護師養成学校もある。
看護師養成学校(3年過程)は少しずつではあるが年々増加している。2014年は65校。
看護師養成学校(2年過程)はやや減少傾向にあり、2014年は80校。
准看護師養成学校も減少傾向にあるが2014年にはまだ188校ある。

看護大学乱立の背景には看護師不足があると言われているが、看護師は本当に不足しているのか?
医師も本当に不足しているのか?
すでに過剰気味なのではないだろうか?
さらに看護師は上記の従事者数以外に潜在看護師(資格を持っているが看護師として働いていない人)が50万人以上いると言われている。
医療現場などのようなところで働き方改革を導入すれば当然より多くの職員が必要になるわけだが、病床数減少の中で看護職員や医師数が増えているのはそういうことだろうか。
働き方改革で職員が増えるのは職員や患者にとっては悪いことではないかもしれないが正規職員では経営は厳しくなる。また一人一人の給与は減ると思う。世の中複雑。
看護師は過剰気味にいるのに、介護施設では看護師の確保に苦労している。


【都道府県別看護職員数】
病院・診療所に限らず何らかの職に従事している看護職の数を人口10万対比で都道府県別に比較。

■看護師・准看護師 多い10都道府県
①高知県 1663.0人
②鹿児島県 1652.4人
③長崎県 1587.8人
④宮崎県 1584.2人
⑤熊本県 1573.4人
⑥佐賀県 1544.6人
⑦徳島県 1484.6人
⑧大分県 1453.2人
⑨島根県 1437.4人
⑩山口県 1422.4人

■看護師・准看護師 少ない10都道府県
①埼玉県 691.9人
②神奈川県 693.7人
③千葉県 710.8人
④東京都 832.8人
⑤愛知県 851.1人
⑥静岡県 863.2人
⑦茨城県 865.0人
⑧奈良県 920.2人
⑨岐阜県 934.0人
⑩滋賀県 953.8人

■保健師 多い10都道府県
①山梨県 64.4人
②福井県 64.3人
③長野県 63.8人
④島根県 63.4人
⑤岐阜県 63.0人
⑥高知県 60.3人
⑦北海道 59.4人
⑧新潟県 58.6人
⑨佐賀県 57.0人
⑩山口県 56.4人

■保健師 少ない当道府県10
①神奈川県 23.9人
②埼玉県 24.8人
③兵庫県 27.9人
④大阪府 29.1人
⑤千葉県 31.8人
⑥東京都 34.6人
⑦奈良県 35.1人
⑧茨城県 35.5人
⑨三重県 36.3人
⑩愛知県 40.1人


職に就いている看護師・准看護師の10万対比については、西高東低というはっきりとした特徴がある。
これは先日掲載した要支援・要介護認定率の高低の傾向にも通じている。


■要支援・要介護認定率の高い都道府県
 1.長崎県 22.3%
 2.和歌山県 21.7%
 3.徳島県 21.2%
 4.島根県 20.7%
 5.愛媛県 20.6%
 6.鹿児島県 20.5%
 7.岡山県 20.3%
 8.秋田県 20.2%
 9.熊本県 20.1%
10.鳥取県 19.8%

■要支援・要介護認定率の低い都道府県
 1.埼玉県 13.7%
 2.千葉県 14.1%
 3.茨城県 14.4%
 4.愛知県 15.1%
 5.静岡県 15.1%
 6.栃木県 15.4%
 7.山梨県 15.6%
 8.神奈川県 15.7%
 9.岐阜県 15.8%
10.滋賀県 16.8%







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# by yumimi61 | 2017-02-26 00:29
2017年 02月 25日
父の病⑫
かつては特別養護老人ホームや介護老人保健施設にも看護職員を配置する基準はなかったが、基準が設けられたため、そうした施設でも看護師を確保しなければならなくなった。
高齢化が進む中、国は医療費の削減を目指し、医療保険から介護保険に比重を移したいと考え施策を練っている。一般病床の7:1という看護体制は減少傾向にある。
一方で介護サービスを受ける高齢者は増えて介護施設は増加している。
それでもまだまだ介護施設で働く看護師は少ない。
介護施設の約半分は看護師の確保に苦労していると言われている。

2014年(平成26年) 就業場所の割合

<資格>・・・特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、訪問看護ステーション、居宅サービス等で働く割合(特別養護老人ホーム、介護老人保健施設で働く割合)
※保健師は看護師資格も必ず有しているが、市町村と保健所以外は主にどちらの立場で働いているのか数値からだけでは分からない。

<看護師+准看護師>・・・11.8%(5.5%)

病院 63.0%
診療所 20.7%

特別養護老人ホーム 2.5%
介護老人保健施設  3.0%
訪問看護ステーション 2.7%
居宅サービス等 3.6%

<看護師>・・・9.5%(3.8%)

病院 70.1%
診療所 15.9%

特別養護老人ホーム 1.8%
介護老人保健施設  2.0%
訪問看護ステーション 3.2%
居宅サービス等 2.4%

<准看護師>・・・19.4%(11.1%)

病院 40,7%
診療所 35.7%

特別養護老人ホーム 4.9%
介護老人保健施設  6.2%
訪問看護ステーション 1.0%
居宅サービス等 7.3%

<保健師>・・・1.3%(0.2%)

市町村 46.0%
診療所 17.0%
保健所 12.0%
病院 9.2%

特別養護老人ホーム 0.1%
介護老人保健施設  0.1%
訪問看護ステーション 0.5%
居宅サービス等 0.5%


介護施設で働く方が病院(病棟勤務)で働くより夜勤が少ない。あるいは夜勤がない。
不規則勤務がないということは就業条件としては敬遠する理由にはならないが、不規則勤務(夜勤あり)がないと給与が下がる。給与が下がるということは敬遠する理由に十分なり得る。
また不規則勤務がないと言っても施設によってはオンコール対応が多いという場合もあり、その場合には結局長時間拘束されてしまう。
しかも拘束時間全てが給与になるわけではなく、出向いた分だけが給与に反映されるというケースが多い。
また介護施設では看護師が少数しかいないため、1人で判断したりや急変時に1人で対応しなければならなくなることもある。
非常に責任が重いし、家族や他職種とのトラブルなども予想できる。

そして何より人間関係がとても難しい。
どこの職場でも人間関係の問題はあるだろう。病院にももちろんある。
しかし介護現場はさらにいろいろと大変である。人間関係を理由に離職する人も多い。
看護職、介護職、リハビリ職、相談員、、、その境目があるようなないような環境。
しかしそれぞれに専門意識があることには変わりない。

医療現場や介護現場は社会のヒエラルキーの縮図のようなところがあるし、そういう意識が持ち込まれることも多々ある。
看護師として就職したとしても介護に全く携わらないなんてことは出来ない。介護の中に医療が必要な場合があるという感じであり、病院ほど看護師として働いている観はない。
また看護職も介護職も種類がある。看護師ならば正看護師と准看護師のように。養成課程や職歴が違う。
臨床経験の有無や年数やブランクによるスキルの違いもある。
正規職員なのか時給職員・短時間勤務職員なのか、はたまた嘱託・臨時・契約社員なのかという違いもある。
看護職・介護職ともに一般企業では定年後の年齢となる人も結構いる。しかしながら学校を卒業したての若い人達も多い。
年配の新人がいたり、若い上司リーダーがいたりする。経験年数と人生経験は必ずしも一致しない。
サービスを提供する対象はすべからく高齢者である。その高齢者が年齢が近い人が良いと思うか、若い人が良いと思うか、それは人それぞれ。みな各々に事情を抱え、それぞれ固有の人生経験を積んでいるという対象者側の背景がある。
病院のような短期の付き合いではなく、長期での付き合いとなり、且つ生活に密着する。
働いている人達は仕事が仕事なだけに勤務日や夜勤交代などで不公平感や不満感を募らせやすい。
売り手市場なので簡単に離職しやすいため、それを繋ぎとめたいがために管理者(経営者)が公平な対応をしない。
人手不足だけに来るもの拒まず的な採用をするなど様々なトラブルを内包している。

さらに男性も増えてはいるが女性が多い職場であることには変わりない。介護職員の7~8割は女性。看護職員は9割以上が女性。
口数・おしゃべりが多い、グループを作りやすい、家庭との両立など、女性ならではの独特な社会が形成されやすい。女の社会ということでママ友付き合いの難しさにも通じるものがある。

言うなれば幼馴染と元彼と今彼とその友達が一つ所にいるようなものです。(違う?)






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# by yumimi61 | 2017-02-25 15:23
2017年 02月 24日
父の病⑫
かいご病院の入院には看護基準(看護体制)が大きく関わっているという話を何度かしてきたが、介護施設にも法的にクリアしなければならない基準がある。

医療保険を使うもの

※左から、看護基準、平均在院日数、正看護師の比率、特徴

【一般病床】・・・・看護体制と平均在院日数によって診療報酬が決まる

 7:1  18日以内  7割以上  急性期
10:1  21日以内  7割以上  急性期
13:1  24日以内  7割以上  急性期・亜急性期
15:1  60日以内  4割以上  亜急性期

【医療型療養病床】・・・・患者の医療区分とADL(日常生活動作)によって診療報酬が決まる

20:1 期間の定めなし 2割以上  重症者が多い(医療区分2と3の患者が8割以上である必要あり)
25:1 期間の定めなし 2割以上  重症者が比較的少ない(医療区分2と3の患者が5割以上である必要あり)
―25:1は暫定的に認められている看護基準であり法的には20:1―

【回復期リハビリ病床】

13:1  180日以内  7割以上  重症患者3割以上
15:1  180日以内  4割以上  重症患者2割以上

【精神病床】

10:1  40日以内   7割以上  精神救急
13:1  80日以内   7割以上  精神急性期
15:1 期間の定めなし 4割以上  精神一般・療養
18:1 期間の定めなし 4割以上  精神療養
20:1 期間の定めなし 4割以上  精神療養


介護保険を使うもの

【介護療養病床(介護療養型医療施設)】
30:1 期間の定めなし 定めなし 医療管理の必要のある要介護者の療養
―30:1は暫定的に認められている看護基準であり法的には20:1―

入居者100人あたりで常勤換算17人の看護職員が必要となる。
介護職員も常勤換算で17人必要。
医師は3人。


【特別養護老人ホーム】 
・介護職員又は看護師若しくは准看護師の総数は、常勤換算方法で、入居者:職員=3:1以上の比率で配置する。
・看護職員の数は、次のとおりとすること。
(1)入所者の数が30を超えない施設では、常勤換算方法で1人以上
(2)入所者の数が30を超えて50を超えない施設では、常勤換算方法で、2人以上
(3)入所者の数が50を超えて130を超えない施設では、常勤換算方法で、3人以上

入居者100人あたりで常勤換算3人の看護職員が必要となる。
介護職員は31人必要となる。
医師は1人(非常勤可)。


【介護老人保健施設】
看護師若しくは准看護師又は介護職員の総数は、常勤換算方法で、入居者:職員=3:1以上の比率で配置する。
看護職員の数は看護・介護職員の7分の2程度、介護職員の数を7分の5程度を標準とする。

入居者100人あたりで常勤換算9人の看護職員が必要となる。
介護職員は25人必要となる。
医師は1人(常勤)。
そのほか、リハビリスタッフ(PT/OT/STのいずれか)を1人配置する必要あり。


・有料老人ホーム
・軽費老人ホーム(ケアハウス)
・グループホーム
・サービス付き高齢者向け住宅

上記施設には法的な看護職員や介護職員の配置基準はない。サービスとして配置しているところもあるが、そういうところは当然入居一時金や月額費用が高い。
但し特定施設の認定を受けて介護保険の「特定施設入居者生活介護」というサービスが利用できる施設(介護付有料老人ホーム、介護型ケアハウス、介護型サービス付き高齢者向け住宅施設)においては基準が設けられている。

【特定施設(介護付有料老人ホーム、介護型ケアハウス、介護型サービス付き高齢者向け住宅施設)】
看護職員又は介護職員を、要介護の入居者:職員=3:1以上、要支援の利用者:職員=10:1以上配置する。

看護職員の配置人数は次の通り。
・利用者数が50人以下の場合は、常勤換算で1人以上配置。
・利用者数が51人以上の場合は、常勤換算で、利用者:看護職員=50:1以上配置。

介護職員の配置人数は次の通り。
・常時1人以上(但し利用者全員が要支援者である場合の当直時間帯は除く)。


夜勤について

介護保険関係施設で職員の夜勤について基準があるのは、介護療養病床(介護療養型医療施設)のみ。
1病棟に付き2人以上で、且つ入居者30人ごとに1人以上。
2人のうちの1人は看護職員でなければならない。もう1名は介護職員で可。

医療保険を使う医療型療養病棟(正看護師割合は2割でOK)も1病棟に付き2人以上の夜勤職員が必要で、2人のうちの1人は看護職員でなければならないが、もう1人は介護職員で可。

特定施設の場合は介護職員配置は「常時」1人以上ということなので夜勤時間帯も1人は必要ということになる。

基準がない施設であっても介護度の高い入居者を預かっていて夜勤者が誰もいないということはさすがにないと思うが、経営に関わることなので基準がなければ最低人数で回すことが多いだろう。つまり多くは1人。
入居者が少なければ当然1人・・・。
1人だから、容態が悪化したり問題行動を起こしている人に付いていれば、他の人には目を配れない。
救急車を呼んだりした場合には誰が付き添っていくのか?行かないのか?そもそも救急車は呼ばないのかとか、、ね?オンコール?
夜中に起きて徘徊しだす認知症の人がいるような時にも大変だなぁ。車椅子?抑制?






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# by yumimi61 | 2017-02-24 14:43
2017年 02月 23日
父の病⑪
老いては子に従え。
介護度落ちた日本死ね。(もうそれはいいから?)


(医療保険)
■一般病床 89.4万床
■医療型療養病床 27.1万床
■精神病床 33.6万床

(介護保険)
●介護療養病床(介護療養型医療施設) 6.1万床 ・・・廃止が決定してから5~6万床減少した。
●特別養護老人ホーム 54.1万床
●介護老人保健施設 36.2万床

・有料老人ホーム
・軽費老人ホーム(ケアハウス)
・グループホーム
・サービス付き高齢者向け住宅



医療保険で入院する場合には当然医療の必要性がある場合となる。
医療の必要があると判断されれば年齢や介護度問わず誰でも入院出来るが、医療の必要性はない、あるいは必要性が低いと判断されれば入院は出来ない。
尚且つ入院したとしても入院期間には非常に厳しい。

介護保険を利用する次の施設は年齢制限があり、原則要介護1以上あるいは要介護3以上と決められている。
年齢が該当していても要支援では入所の条件を満たさない。
また順番待ちをしているような状況であり、要介護者であっても総合的に優先度が低いと判断されれば入所は難しく、入りたい時にすぐに入れるわけではない。
●介護療養病床(介護療養型医療施設) 6.1万床 ・・・廃止が決定してから5~6万床減少した。
●特別養護老人ホーム 54.1万床
●介護老人保健施設 36.2万床

介護保険を使う上記3つの施設は法にかなり縛られている。運営は社会福祉法人や医療法人。費用的には比較的安い(下記施設よりは安いことが多い)。そのため「国営」と言われる。
それに対して下記の施設は「民営」と呼ばれることが多い。
・有料老人ホーム
・軽費老人ホーム(ケアハウス)
・グループホーム
・サービス付き高齢者向け住宅


●「介護療養型医療施設」については前に説明したとおり、終身を前提にはしていない。
医療の必要性がなくなれば退院を求められる。平均在院期間は1年。
平均要介護度4.39

●「特別養護老人ホーム」(通称:特養や老人ホーム)は死ぬまで居られる。終身を前提として入所する。
終の棲家であるので、リハビリして自宅に戻り自立した生活を送れるようにという意識はほぼない。
だからと言うか何というか、住民票を移させる。(住所が施設所在地となる)
一端入ってしまえば後々の世話などを心配する必要はない。費用も一番安価である。だから人気が高い。
平均要介護度3.85

●「介護老人保健施設」(通称:老健)
病院と家庭の中間にあるような感じ。介護療養型医療施設との差が大してないとも言われる。
病気やリハビリで入院期間が長期となっている(退院・転院を迫られている)が、自宅での生活も難しかったり受け入れ病院がなかったりする高齢者の受け皿となっている。
リハビリなどの機能回復訓練やレクリエーションを行い、自宅で自立した生活ができることを目指している。
ということで、病状が安定し日常生活をある程度行うことができるようになったら自宅へ戻る。それが前提である。
こちらのほうが特養よりは空きがでやすい。
平均要介護度3.23


・有料老人ホーム

■「介護付有料老人ホーム」(特定施設入居者生活介護)
都道府県より特定施設入居者生活介護の指定を受けた有料老人ホームのみが「介護付有料老人ホーム」と名乗ることが出来る。
特定施設入居者生活介護の指定を受けていない有料老人ホームについては介護付と表示することはできない。
介護サービスは24時間施設常駐スタッフによって提供される。
食事や入浴や排泄など日常生活全般の介護サービス・生活サービスの提供を受けられる。
入居は要介護者を対象とした介護専用型と、要支援者や自立している人(認定を受けていない人)も受け入れる混合型がある。
経管栄養や気管切開といった医療ケア(医療行為)が必要な人でも入居できる施設が比較的多い。(しかしながら看護師が24時間常駐している施設はごく僅か)
部屋は個室、入居は終身が原則。

入居一時金は数百万、数千万、、、1億円超えのところもあり。
近年は入居一時金が必要なかったり安いところも誕生しているが、その場合には月額利用料が高めとなることが多い。(ので月額利用料もよく見ましょう)
入居一時金は入居時に30%など一部が初期償却され、残りも一定の期間内で少しずつ償却されていく。
償却期間内に死亡した場合などには未償却分が返還されるが、ある程度の期間居れば返ってくるものではない。
償却期間5年などと定められているので最初によく確認しておく必要あり(トラブル多し)。
90日以内の契約解除ならば一時金についてはクーリングオフが効く。
民間企業運営の場合には倒産なども全く在り得ないとはいえない。
介護サービスについては、介護保険1割自己負担で受けられ、介護度に合わせて1日当たりの金額額が決まっている。
その他に賃料、管理運営費、食費、水道光熱費、上乗せサービス、付加サービス、オムツ代、備品代など1ヶ月の利用料は15~50万円(~100万円)くらいかかる。
入居一時金も月額利用料も施設によって違いかなり幅がある。

昨今施設数が増え、入居にかかる費用も高いために、入居まで長期間待つということはほとんどない。
それでも入居率の全国平均は80%を超えるという。


■住宅型有料老人ホーム
入居は終身が原則。
サービスは食事の提供と緊急時の対応くらいで、施設常駐の介護スタッフによる介護サービスは提供されない。
介護が必要な人は自宅の場合と同様に訪問介護などの介護サービスを受けることは可能。(=介護保険による在宅介護サービス)
入居一時金は0~数千万と幅広い。月額費用は10~30万程度。
常駐の介護スタッフがいないため介護度の重い人の場合には外部介護サービスを頻繁に利用することになり介護保険の上限額を超えやすい。
超えた分は全額自己負担となるので、介護度の高い人は費用が必要以上にかかってしまう可能性が高い。


■健康型有料老人ホーム
自立した健康な高齢者が対象。食事サービスはあるが、その他の介護サービスはない。
健康な人が対象なので介護が必要になったら退去しなければならない。
全国でも20ほどくらいしか施設がない。


■特定有料老人ホーム
有料老人ホームのうち、次の条件を満たすもの。
1.医療法に規定する病院、老人福祉法に規定する養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム又は介護保険法に規定する介護老人保健施設に隣接した場所に設置されている。
2.定員が50人未満。
3.利用料が比較的低廉であり、かつ、入居者からは原則として利用料以外の金品を徴収しない。
これを満たせば独立行政法人福祉医療機構から融資の対象となるため、「介護付有料老人ホーム」(特定施設入居者生活介護)などに比べて利用料を安く設定でき、近くに病院や介護スタッフ・支援スタッフがいる施設があるということで住宅型有料老人ホームなどよりも安心感を売りにできる。
最近はこのタイプも多い。


・軽費老人ホーム(ケアハウス)

軽費老人ホームには、A型、B型、C型がある。
C型をケアハウスと言う。
原則個室(あるいは夫婦1部屋)で、終身前提。
民間運営の有料老人ホームに比べると安いため人気があるが、軽費老人ホーム数自体がそう多くないし、増加も顕著ではない。
C型制度が導入された以降(1990年以降)は、A・B型は新設されておらず、民間企業による特定施設型(介護型)ケアハウスへの参入によりC型のケアハウスに統合されている。
今現在9割がC型(ケアハウス)となっている。
2010年には都市型(入居定員数引き下げ、居室面積が3分の1)が運営できるように法改正された。
ケアハウスの全国定員は10万人ほどで、入居率は93%くらい。年収250万円以下の入居者が約9割を占める。入居者の半数以上は要介護者であるというのが現実で、当初の目的とは変わってきている。

■A型・B型
入居対象者は、60歳以上(夫婦の場合は、どちらか一方が60歳以上)で、身寄りがなかったり家庭の事情で家族との同居が困難な人。
その他、認知症や介護度・健康状態に基づく入居制限があり、誰でも入れるわけではない。(高齢による身体機能低下などにより日常生活に不安があるが、身の回りのことは自立して出来ることが必要)
入居後に介護が必要になった場合には、自宅の時と同様に個人で訪問介護を受けることができるが、介護度が重くなったり、医療行為が必要になった場合、長期入院した場合には退去を求められることが多い。

国が弱者救済の目的で整備を進めた施設であり公的側面が強い。
入居一時金や敷金・礼金は必要ないことが多い。かかっても10万円前後。
月々必要な費用は、生活費(住宅費・家賃)、食費、水道光熱費、事務費、管理費、冬季加算(共同スペースの暖房費)など。
月額費用額は所得に応じて決められており3~17万ほどであるが、入居者の平均は5~6万円前後である。
訪問介護(生活援助など)を受ければ別途費用が必要である。
入居条件に所得制限がある。1ヶ月あたり35万円以下であることが条件。
要するに年収約420万以下なので、年金しか収入が無い人は条件を満たす事が多い。
逆を言えば、これ以外の施設に入居して生活していくことは、年金しか収入が無く、且つ充分な預貯金や仕送りも無い人には難しいということでもある。

A型とB型の違いは食事。
A型は食事の提供あり。B型は自炊である。食費がない分だけ安くなる。
A型・B型は全般的に学生寮のようなイメージ。

■C型(ケアハウス)
1989年に制度が出来て誕生した施設。
入居対象者は60歳以上の個人(または夫婦どちらか一方が60歳以上)で、身寄りがなかったり家庭の事情で家族との同居が困難な人。これはA・B型と同じ。
但しC型は所得制限がない。そのかわりA・B型では必要ない入居一時金が必要となり、月額利用料も少し高くなる。
社会福祉法人や自治体が運営していることが多いので民間企業運営の有料老人ホームに比べたら安いことが多いが、軽費老人ホームの中では経済力がある人向けの施設である。

入居一時金は十数万から数百万。
入居一時金の支払方法としては、一括一度きり、数年分(例えば20年分)を一括納付、月々分納などがある。
月額費用は所得に応じて7~13万円程度必要となる。この部分を自治体が助成している(助成していてこの値段ということ)。

ケアハウスのなかにも自治体の特定施設入居者生活介護の認定を受けた特定施設がある。
これを通常のケアハウスと区別するため、「特定施設型ケアハウス」「介護型ケアハウス」と呼ぶ。
この特定施設型の場合には入居条件が変わる。
65歳以上で要介護1から5までに認定された者。つまり要介護認定が必要である。
通常のケアハウスでは施設による介護サービスはないが、こちらは特別養護老人ホームと同じレベルの介護サービスが受けられる。
入居一時金が高めであり(中には1000万円を超えるところもある)、月額費用も17~20万円ほどと高い。


・グループホーム

グループホームは、病気や障害などで生活に困難を抱えた人が少人数グループとなり、専門スタッフやボランティアの援助を受けながら住宅で生活する形態。
施設でなく住居であるということに重点を置く。
障害者や精神疾患患者を対象としてスタートした。
日本において介護保険関係でグループホームと言えば「認知症高齢者グループホーム」のこと。
「認知症高齢者グループホーム」の入居条件の1つは要介護認定。
要支援2から要介護5までの人は利用可能。但し要支援2の人は「介護予防」の指定を受けているグループホームでないと利用できない。
要支援1は利用不可。

ユニット型住居(個室に共同スペース)。1ユニットの定員は5~9人。ユニットの数が2以下であること。
入居一時金に数十万~数百万、月額費用は15~30万程度。

昨年夏、岩手県で台風による水害により高齢者施設の入居者が犠牲になってしまったが、あれがグループホームだった。
グループホームは木造平屋建、つまり住居を意識している。入居者は9名だった。
そのすぐ後ろにも建物があったが、あれは介護老人保健施設。鉄筋コンクリート3階建。こちらは上の階に非難させ全員無事であったそうだ。
川沿いという非常に危険な場所にあり、あの時は「今までにない雨風」とニュースや天気予報で散々予報を出していたので、避難準備情報の意味が分からないにしても事前に(昼間の内に)どうにかならなかったものかと悔やまれる。(入居者9人では夜勤は1人で担当)
上に書いた特定有料老人ホームのところで、隣接する場所にあるので安心感を売りにできると書いたが、実際問題隣接しているだけでは・・ということもある。


・サービス付き高齢者向け住宅

入居対象者は60歳以上の高齢者または要介護者・要支援者。
自立している人でも要支援者でも入居可能。
それもそのはず、早い話、賃貸住宅である。
もう少し丁寧に言えば、高齢者であっても契約しやすい(とはいっても連帯保証人は必要)、高齢者が生活しやすいように出来ている賃貸住宅である。
その代わりと言っては何だが、一般的な賃貸住宅より家賃は高い。
賃貸住宅なので個室は当然のこと、トイレ・キッチン・バスは部屋に付いている。
病気を持つ人や認知症の人は受け入れ条件がそれぞれ違うため入居可能か施設に確認する必要がある。

入居一時金はなく、敷金として初期費用が必要なことが多い。
敷金は退去後修繕にかかる費用を除いて残れば返還される。
敷金は無し~数百万。月額費用(主に家賃)は10~30万円。

サービスとあるが提供されるサービスは何かと言うと、安否確認と生活相談、緊急対応など。
「サ高住」「サ付き」とも呼ばれるが、短縮すれば良いというわけではないの典型!?
介護保険の訪問介護サービスは受けられる。(費用は別途)
介護度が重くなると生活は困難となる。

サービス付き高齢者向け住宅にも、介護付有料老人ホームや介護型ケアハウス同様に特定施設入居者生活介護の認定を受けた施設がある。
その施設では介護職員による食事・掃除・洗濯の生活援助、介護職員や看護師による入浴・食事・排泄などの介護などが受けられる。
この場合には入居一時金が必要なことが多く、月額費用も高くなる。

特定施設入居者生活介護の認定を受けた、介護付有料老人ホーム、介護型ケアハウス、介護型サービス付き高齢者向け住宅施設では、サービスはどれも似たようなもので、全て介護付き有料老人ホームの範疇に入る。









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# by yumimi61 | 2017-02-23 12:07
2017年 02月 21日
父の病⑩
介護度落ちた日本死ね

とでも書けば良かったんだろうか?

がんと診断され状態が悪くなる中、「末期の悪性腫瘍や進行性疾患(神経難病等)により、急速に状態の不可逆的な悪化が見込まれる」にも関わらず、父の介護認定は上がるどころか要支援2から要支援1に下がった。

父が要支援2で受けていた介護サービス
 ・介護予防訪問介護(ホームヘルプサービス)
 ・歩行車レンタル

介護サービスの何をどう使うかは、個々の問題を解消し課題を克服できるように、ケアマネージャーが本人や実際にサービスを提供する事業所と相談の上、ケアプランを作成して決定する。
介護保険には支給限度額が決められているので保険内で行えることは自ずと決まってくるが、目いっぱい使わなければならないということでもない。

要介護状態  支給限度額(単位) 自己負担限度額(円)
要支援1      4万9,700        約4,970
要支援2     10万4,000        約1万400
要介護1     16万5,800        約1万6,580
要介護2     19万4,800        約1万9,480
要介護3     26万7,500        約2万6,750
要介護4     30万6,000        約3万600
要介護5     35万8,300        約3万5,830
※1単位=1円
※1ヶ月あたりの限度額

要支援2だった父は月額自己負担1万400円までは介護保険でサービスが受けられた。
介護保険でのサービスは本人1割負担である。
どんなにお金を出すと言っても介護保険における(1割負担による)介護サービスはこれ以上は受け付けないが、全額(10割)自己負担すれば可能なサービスもある。

介護予防訪問介護(ホームヘルプサービス)が要支援者対象のもの。
ホームヘルパーが自宅を訪問してくれて、身体介護や生活援助(家事援助)などを行ってくれる。
要介護者対象のものは身体介護と生活援助を分けているが、要支援者対象のものは区別がない。(要支援者の場合は身体介護は少ない)

訪問介護の料金は下記の通り。
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出典:厚生労働省 訪問介護(ホームヘルプ)

※基本料金は上記の通りだが、介護職員処遇改善加算や地域加算などもあるので、自己負担額ももう少し上乗せされる場合もある。東京23区などは地域区分によって若干高くなる

明確に回数が決められているわけではないが、要支援1だと週2日まで、要支援2だと週3日までと言われる。1日(1回)の訪問時間は45分。
要支援2の父は介護予防訪問介護に3日入ってもらっていた。
その他、屋外用(庭用)の歩行車をレンタルしていた。座れるようになっているタイプなので歩いて行って苦しくなったら座ることが出来る。
訪問と歩行者レンタルで自己負担額は1ヶ月5000円弱程度だったと思う。
要支援2の上限(月額自己負担)1万400円までなので全額を使っているわけではない。
残りはデイサービスやショートステイに充てることが出来るが、父は使ったことはない。

ちなみに母もクモ膜下出血後に介護認定を受けて要支援2となった。今も変わらず要支援2である。
母も介護予防訪問介護に3日入ってもらっていたので、父3日と母3日で実家には週6日ほどヘルパーさんが来てくれていた。
母はそれにプラスして、ベッドサイドに手すりをレンタルしている。またデイサービス(通所介護)やデイケア(通所リハビリ)に通所していたこともある。父が検査入院した時にはショートステイのお世話にもなった。
介護予防訪問介護やデイサービス・デイケアとショートステイが同じ月にあると、介護保険内では収まらなくなるし、ショートステイも食事代などは全額自己負担である。


昨年夏に要支援2から要支援1になった父は、介護保険で入れる訪問が週3日から週2日になった。
介護度が下がったことは不思議だったが、だからといって暴れるわけにもいかない。
減った分は自費サービスを利用した。
介護度が上がるべき状態で上がらないことが一番問題になるのが、要支援か要介護かの違い(要支援2と要介護1の違い)である。
(父の場合は要支援2で現状維持でも問題であったが、それどころか下がった)

要支援と要介護の何がそんなに違うのか。
それは施設入所である。

介護保険を利用する施設
●介護療養病床(介護療養型医療施設) 6.1万床 ・・・廃止が決定してから5~6万床減少した。
●特別養護老人ホーム 54.1万床
●介護老人保健施設 36.2万床


これらの施設は原則要介護1以上、あるいは要介護3以上と決められている。
要支援では入所の条件を満たさない。
仮に満たしたとしても、「要介護度」「介護の必要性」「介護者の状況」「待機期間」「資産や収入額」などから総合的に判断し入所が決定するのだから、優先順位はかなり低くなってしまうだろう。
常時何十人何百人待ちしている施設に、要支援の人、介護度が低い人がすんなり入れるわけがない。






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# by yumimi61 | 2017-02-21 13:01
2017年 02月 20日
父の病⑨
動くと苦しくなる(苦しくて動けない)という特徴を持つ疾患を患っていて、肺気腫による呼吸器機能障害3級であった父の要介護認定の結果はどうであったかというと、要支援であり要介護になったことはない。

下記は先日書いたものだが、要介護度は要支援1から要介護5まで7段階ある。要介護5が一番介護を必要とする人。

介護保険では指定の介護サービスを1割自己負担で受けられるわけだが、①がその費用(自己負担分)である。
介護サービスは何でもかんでも希望するものを受けられるわけではなく、介護度に応じてサービスや金額は決まっている。
逆を言えば、どんなにお金を出すと言っても、介護保険における介護サービスはこれ以上は受け付けないということである。

要介護状態  支給限度額(単位) 自己負担限度額(円)
要支援1      4万9,700        約4,970
要支援2     10万4,000        約1万400
要介護1     16万5,800        約1万6,580
要介護2     19万4,800        約1万9,480
要介護3     26万7,500        約2万6,750
要介護4     30万6,000        約3万600
要介護5     35万8,300        約3万5,830
※1単位=1円
※1ヶ月あたりの限度額



【要介護度の決定まで】
①要介護認定を受けるためにはまず居住地の市町村に申請書を提出する。
②申請書が出されると、市町村の職員や市町村から依頼された介護支援専門員(ケアマネジャー)が家庭や施設、病院などに申請者を訪問し、全国共通の調査項目にそって日頃の心身状態などの聞き取り調査を行う。
③調査票の内容を元にコンピュータによって判定が行われる。⇒一次判定
④主治医から意見書をもらう。
⑤一次判定や主治医の意見に基づき、どれくらいの介護が必要かを介護認定審査会(保健医療福祉に関する学識経験者5~6人で構成)が判定する。⇒二次判定(7段階の介護度決定、あるいは非該当となる)

●申請から30日以内に市町村から認定結果が届く。
●認定は無制限に有効ではない。新規認定の場合の有効期限は6ヶ月。変更申請での認定も6ヶ月。更新申請の場合は12ヶ月。有効期限を経過すると介護サービスを利用できなくなるので、継続して介護サービスを利用する人はその都度更新申請する必要がある。


父は長いこと要支援2であった。
病気の程度や医療の必要性と要介護度は必ずしも一致しない。リンクしていないと考えたほうが良いかもしれない。

要介護認定は、介護サービスの必要度(どれ位、介護のサービスを行う必要があるか)を判断するものです。従って、その方の病気の重さと要介護度の高さとが必ずしも一致しない場合があります。

[例]認知症の進行に伴って、周辺症状が発生することがあります。例えば、アルツハイマー型の認知症の方で、身体の状況が比較的良好であった場合、徘徊をはじめとする周辺症状のために介護に要する手間が非常に多くかかることがあります。しかし、身体的な問題が発生して寝たきりである方に認知症の症状が加わった場合、病状としては進行していますが、徘徊等の周辺症状は発生しないため、介護の総量としては大きく増えないことが考えられます。

厚生労働省 要介護度認定はどのように行われるか より>

ではこの高齢化時代にどれくらいの人が介護認定(要支援・要介護)を受けているか?
認定率の全国平均値は17.6%である。
(認定率=介護保険第1号被保険者の要介護認定者数/介護保険第1号被保険者数) 
(介護保険第1号被保険者とは65歳以上の者)

簡単に言えば、65歳以上の17.6%の人が要支援・要介護の7段階の認定のいずれかを受けているということ。
65歳以上の17.6%でしかないと考えるか、17.6%もいると考えるかは人それぞれといったところか。
ちなみに要介護だけならば全国平均値は12.7%である。

■要支援・要介護認定率の高い都道府県
 1.長崎県 22.3%
 2.和歌山県 21.7%
 3.徳島県 21.2%
 4.島根県 20.7%
 5.愛媛県 20.6%
 6.鹿児島県 20.5%
 7.岡山県 20.3%
 8.秋田県 20.2%
 9.熊本県 20.1%
10.鳥取県 19.8%

■要支援・要介護認定率の低い都道府県
 1.埼玉県 13.7%
 2.千葉県 14.1%
 3.茨城県 14.4%
 4.愛知県 15.1%
 5.静岡県 15.1%
 6.栃木県 15.4%
 7.山梨県 15.6%
 8.神奈川県 15.7%
 9.岐阜県 15.8%
10.滋賀県 16.8%
(群馬県は11位で16.9%、東京都は14位で17.4%) 

認定率が低いのは関東圏である。上位3県は関東であり、関東の1都6県は全て全国平均値以下である。
ではここから何が言えるかということはなかなか難しい。
どこに有意差があって、どこに有意差がないのか、これだけでは分からない。
介護認定制度の認知度、あるいは申請の頻度に都道府県の差があるのかどうか。(上記のパーセンテージは認定者/申請者ではない)
コンピューター判定などを取り入れ公平に努めているとはいえ、最初の聞き取り調査や最終的な認定は人間が行っており、しかも全て同じ人間が担当しているわけではないから、比較のための条件が揃っているとは言いきれない。
また高齢になるほど援助が必要になるのは当たり前のことなので、「65歳以上」という同一の条件であっても、65歳以上の中に高齢者が多くいるほど認定率が高くなることは予想できる。
介護度認定と同居の有無は直接関係はないが、審査に携わる専門家(市町村職員、介護支援専門員、医師、学識経験者)にバイアスが全くかからないとは言えないと思う。
実際の運用面から見れば生活援助は同居の家族が居る場合には受けられない。
施設入所なども同居家族がいる場合には優先順位が低下したり収入限度額の関係で安いところには入れないなどといったことはある。

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出典:WAM NET 独立行政法人 福祉医療機構



第一次判定での要支援2と要介護1の要介護状態は同じである。
では2つを分けるのは何か?
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出典:厚生労働省 同上


要介護1に該当する(予防給付が適さない)のは次の人。
 ・心身の状態が安定していない者
 ・認知症等により予防給付の利用に係る適切な理解が困難な者

厚生労働省のホームページには具体的な説明がある。

予防給付の適切な利用が見込まれない状態像は、以下のように考えられる。

(1) 疾病や外傷等により、心身の状態が安定せず、短期間で要介護状態等の再評価が必要な状態

・脳卒中や心疾患、外傷等の急性期や慢性疾患の急性増悪期で不安定な状態にあり、医療系サービス等の利用を優先すべきもの 。
・末期の悪性腫瘍や進行性疾患(神経難病等)により、急速に状態の不可逆的な悪化が見込まれるもの等。

これらの状態の判断は、運動器の機能向上のためのサービス等、個別サービスの利用の適格性に着目して行うのではなく、要介護状態が変動し易いため予防給付そのものの利用が困難な事例が該当すると考えられる。

(2) 認知機能や思考・感情等の障害により、十分な説明を行ってもなお、予防給付の利用に係る適切な理解が困難である状態

・「認知症高齢者の日常生活自立度」が概ねⅡ以上の者であって、一定の介護が必要な程度の認知症があるもの。
・その他の精神神経疾患の症状の程度や病態により、予防給付の利用に係る適切な理解が困難であると認められるもの。



父は1年に一度介護認定を更新していて、昨年8月が更新時期だった。
肺がんと診断され、放射線治療を受けたのが昨年の5~6月。
呼吸機能が良くないために治療は不可能と言われ、父もそれを受け入れ積極的な治療は希望しなかった。
当初は放射線治療も呼吸機能を落とすだけなので出来ないと言われた。
それでも僅かな望みをかけてということで定位放射線治療を勧められ、その後は全て各病院の医師の指示に素直に従ったまでのこと。
結局定位放射線治療は受けることが出来ずに、当初出来ないと言われた放射線治療を行う結果になった。
「放射線治療の副作用が出るとしたら3ヶ月後くらいからだと思う」と放射線治療を行った医師は言っていた。
そうであるならば8~9月頃から副作用が出る、つまり容態が悪くなっていく可能性があるということである。

そうでなくともがんと診断されてからの父は体調が思わしくなかった。
がんが見つかるまではそれまでと変わったところはなく、がんが疑われた時にも父は「なんの症状もない」と言っていた。
肺気腫で在宅酸素療法を行っていたこともあって父は1ヶ月に1回欠かすことなく病院を受診していたが、定位放射線治療が問題なく出来るほどがんが早期に発見されることはなかった。
7~8cmの悪性腫瘍が肺にあるという宣告は周囲が思う以上に父を苦しめたと思う。
すぐに食欲不振や不眠を招き、混乱して記憶力の低下や同じことを何度も言うようなことが見られた。急激だった。
「頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃった」とか「うつになっている」など混乱を何度か口にした。
認知症ではなくてショックで認知能力が下がってしまった状態、父が自分で言うように老人性うつに近い状態だったかもしれない。

しかしながら驚くべきことに、8月の介護認定の更新で父の等級は下がったのである。
要支援2から要支援1になった。

父の状態は厚生労働省が示す予防給付に該当する状態にはなかった。状態維持や改善可能性は低い。予防給付(要支援)ではなく介護給付(要介護)に移るべき状態に相応しい。

・末期の悪性腫瘍や進行性疾患(神経難病等)により、急速に状態の不可逆的な悪化が見込まれるもの等。

しかし結果は全く違って逆行したのである。














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# by yumimi61 | 2017-02-20 14:33
2017年 02月 18日
父の病⑧
私は高校卒業後に一人暮らしを始めたので、父と一つ屋根の下に暮らしたのは10年あまりのことである。
そして多くの若者がそうであるように、家を出てから長男が誕生するまでの期間(私の場合は9年ほど)は実家に帰ることはそう多くなかった。

父の定年は、長男(1995年生まれ)と次男(1997年生まれ)の誕生の間にあった。
子供の成長に一喜一憂しながら慌ただしく流れる日々。
父の身体の変調や定年を迎えての心の変化に思いを馳せる余裕はなかった。
父がいつ病院を受診して、どんなふうに父の呼吸機能が悪化していったのか、実のところよく分からない。
禁煙をしたのかいつだったか、在宅酸素療法を始めたのはいつだったろうか、障害者認定を受けたのはいつのことだったろうか、思い出してみたが明確な記憶はまるでなかった。

父が亡くなった後に障害者手帳を見てみたら、「平成10年1月23日交付」とあった。
「肺気腫による呼吸機能障害3級」の認定を受けている。
1998年1月23日。次男が1997年4月生まれなので1歳前のことだ。
父が定年退職したのは1996年60歳の時だったと思うので、退職から2年で障害者認定を受けていることになるが、ということは在職中から呼吸が苦しかったのだろうか。
咳や痰は結構昔からあったが父は元気だった。私は元気な父しか知らない。
晩酌をし、休みの日にはあちこち出掛け、温泉に頻繁に通い、カラオケをした。山菜やキノコ採りをしたり山野草を愛した。飛行機に乗って海外旅行にも何度か行った。
定年間近でもそんな感じだったように思う。
いつからそんなに呼吸が苦しかったんだろう。
私の子供達が少し大きくなってからだって、ちょっとした山や公園に連れて行ってくれたり、バーベキューをしたり、温泉に一緒に行ったり。あの頃はまだ在宅酸素療法はしていなかった。
ゲートボールをしていて大会に出たりもしていたけれど、あの頃はもう酸素を吸っていたろうか。

煙草について言えば、私が子供産んで里帰りした時にはすでに父は煙草を一切吸っていなかった。
つまり肺がんが発見されたのは、禁煙して20年以上も経過してからのことになるのだ。



【障害の種類と等級】
 種類             等級 1級 2級 3級 4級 5級 6級
・視覚(目の不自由な人)      〇  〇  〇  〇  〇  〇
・聴覚(耳の不自由な人)      /  〇  〇  〇  /  〇
・音声言語(発語に障害)      /  /  〇  〇  /  /
・肢体(四肢に障害)         〇  〇  〇  〇  〇  〇
・内部                  〇  ※  〇  〇  /  /
 (呼吸器、心臓、腎臓、膀胱、直腸、小腸、肝臓に障害、AIDS)

/は単独障害での該当はなし。聴覚と言語など障害が重複した者はその等級(上位級)になることがある。
※の内部障害は2級は存在しない(重複の場合も)。


【内部障害(呼吸器機能障害)の場合】
1級 呼吸器の機能の障害により自己の身辺の日常生活活動が極度に制限されるもの
2級  ※
3級 呼吸器の機能の障害により家庭内での日常生活活動が著しく制限されるもの
4級 呼吸器の機能の障害により社会での日常生活活動が著しく制限されるもの
5級  /
6級  /


【内部障害(呼吸器機能障害)の認定基準】
1級 呼吸困難が強いため歩行がほとんどできない者
    呼吸障害のため指数(予測肺活量1秒率)の測定ができない者
    指数(予測肺活量1秒率)が20以下の者
    動脈血酸素分圧が50Torr以下の者

3級 指数(予測肺活量1秒率)が20を超え30以下の者
   動脈血酸素分圧が50Torrを超え60Torr以下の者
   又はこれに準ずる者

4級 指数((予測肺活量1秒率)が30を超え40以下の者
    動脈血酸素分圧が60Torrを超え70Torr以下の者
    又はこれに準ずる者



前に医療保険を利用する医療型療養病床(高齢者とは限らない)について書いた。
医療区分とADL(日常生活動作)区分によって入院点数(基本料)が決まるタイプの病床である。
療養病床は法的な入院期間の縛りはないが、3ヶ月を目安に退院や転院を勧められる。

(医療保険)
■一般病床 89.4万床
■医療型療養病床 27.1万床
 ←これ!
■精神病床 33.6万床

(介護保険)
●介護療養病床(介護療養型医療施設) 6.1万床 ・・・廃止が決定してから5~6万床減少した。
●特別養護老人ホーム 54.1万床
●介護老人保健施設 36.2万床



医療型療養病床の医療区分3には酸素療法患者も含まれている。
・酸素療法を実施している状態 (安静時・睡眠時・運動負荷いずれかでSaO290%以下。常時流量3L以上を必要とする状態、心不全状態(NYHA重症度分類のⅢ度又はⅣ度)、肺炎等の急性増悪で点滴治療を実施している状態(実施から30日間)に限定。それ以外は区分2)


障害者の認定基準にある「動脈血酸素分圧」はPaO2という。
医療区分にあるSaO2は「動脈血酸素飽和度」のことで、「動脈血酸素分圧(PaO2)」と「動脈血酸素飽和度(SaO2)」は酸素解離曲線で表されるので、どちらかが分かれば片一方が分かるということになるが、「動脈血酸素分圧(PaO2)」も「動脈血酸素飽和度(SaO2)」も血液ガス分析をしないと数値が出てこない。
簡単には調べられないということ。
それを簡単に調べられるようにしたのが、経皮的動脈血酸素飽和濃度(SpO2)である。
「動脈血酸素飽和度」とは血液中(動脈)のヘモグロビンの何%が酸素を運んでいるかを示しているわけだが、経皮的とあるようにSpO2 はパルスオキシメータという簡易装置を用いて測定できる(指先などを挟んで測定)。
要するにSaO2=SpO2であるので、これが分かれば「動脈血酸素分圧(PaO2)」も推測できるという仕組みである。

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出典:ナースプレス(ナース専科) 心不全と呼吸不全のアセスメント 酸素化の指標


臨床的には、SaO2(SpO2)が96%以上なら正常値、95%未満は呼吸不全の疑いあり、90%未満は酸素療法の適用ということになる。
但し肺疾患を患って長い人や高齢者などは、SaO2(SpO2)が90~95%の呼吸不全疑い状態であっても、呼吸苦を感じることなく日常生活を送れる人もいる。徐々に低下してきたような場合。
マラソン選手などが酸素の薄い高地でトレーニングすることがあるように、ある程度の低酸素に適応していく場合もある。

障害3級に当てはまる「動脈血酸素分圧が50Torrを超え60Torr以下の者」とは、「SaO2(SpO2)が85~90%の者」と言い換えることが出来る。
それはすなわち医療区分3の「安静時・睡眠時・運動負荷いずれかでSaO2が90%以下」にも当てはまってしまう。
つまり結構大変な状態である。酸素療法が必要。
父は定年から2年後にはこの状態にあったということになる。

実家にはパルスオキシメータがあって父は時々測定していたが、酸素療法を行っている状態での安静時は98~99%くらいであった。常時流量2.5Lだった。
肺繊維症や肺気腫での慢性呼吸不全の患者は歩行や動作時にPaO2やSaO2が大幅に低下する傾向が顕著であって、父もそうであった。動くと苦しくなるのである。






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# by yumimi61 | 2017-02-18 13:50
2017年 02月 17日
父の病⑦
先日2月14日の夕方から夜にかけて、慢性閉塞性肺疾患(COPD)のことと煙草やアスベストについて書いた。
ちょうどその日、実家でもアスベストのことが語られていたということを昨日母から聞いた。
所用があってケアマネジャーさんが母を訪問してくれたのだが、その時にケアマネジャーさんが父の事を離してくれたのだという。
「私は肺の病気と言えば煙草だとばかり思っていたけどそれだけではないんだってね」と母。
ケアマネジャーさんは父にアスベストの健康被害申請をしてみたらどうかと勧めてくれたことがあったらしい。
そのとき父は「世話になった会社だから、そんなことは出来ないよ」と言ったそうだ。
「らしいでしょ」とケアマネージャーさんは母に話してくれたんだとか。
肺の病の原因の可能性が煙草だけにあるわけでないことを父が知っていたことは私も知っているが、それについて深く話したことはなかった。

アスベスト(石綿)
石綿は生活のあらゆるところで使用されてきました。石綿の用途は3000種といわれるほど多いのですが、大きくは石綿工業製品と建材製品に分けられ、その8割以上は建材製品です。
石綿を使った建材製品は1955年ごろから使われ始め、ビルの高層化や鉄骨構造化に伴い、鉄骨造建築物などの軽量耐火被覆材として、1960年代の高度成長期に多く使用されました。
また石綿は安価で、耐火性、断熱性、防音性、絶縁性など多様な機能を有していることから、耐火、断熱、防音の目的で使用されてきました。

石綿は、石綿セメント製パイプ状製品として煙突や排気管などの低圧管と上下水道用高圧管に使用されていました。
また、タンクやパイプラインなどを接続する際の継ぎ目からの液体もれを防止するためのシール材としてパッキングやガスケットなどに使用されています。
この他、石綿は、ブレーキライニングやクラッチフェーシングと呼ばれる摩擦材などにも使用されていました。

独立行政法人 環境再生保全機構 アスベストはどのような場所で使用されていたか?より>



アスベストが肺癌の原因となる可能性があることは1938年にドイツの新聞が公表した。ドイツはすぐに対応し、アスベスト工場への換気装置の導入、労働者に対する補償を義務づけた。しかし、戦時中の研究は第二次世界大戦後無視されていた。

空気中の大量のアスベストが人体に有害であることを指摘した論文はすでに1964年の時点で公開されている(水道水には通常、大量のアスベストが含まれているが無害であると言われている)。
アスベストの製造物責任を世界で最初に追及されたのは、世界最大のアスベストメーカーであったアメリカのジョンズ・マンビル社である。1973年に製造者責任が認定されると、類似の訴訟が多発し、1985年までに3万件に達した。マンビル社自体も1981年の段階で被害者への補償金額が3,500万ドルを超えた。更に同社だけで2万件近い訴訟の対象となり、最終的な賠償金の総額が20億ドルに達することが推定できた。このため、同社は1982年に連邦倒産法第11章(日本の民事再生法に相当)を申請し倒産した。このような動きを受け、世界的にアスベストの使用が削減・禁止される方向にある。


(日本では)2005年にアスベスト原料やアスベストを使用した資材を製造していたニチアス、クボタで製造に携わっていた従業員やその家族など多くの人間が死亡していたことが報道された。クボタについては工場周辺の住民も被害を受けているとの報道もあった。
その後も、造船や建設、運輸業(船会社、鉄道会社)などにおける石綿作業者の健康被害が報じられ、2005年7月29日付けで厚生労働省から平成11年度から16年度までの間に、全国の労働基準監督署において石綿による肺癌や、中皮腫の労災認定を受けた労働者が所属していた事業場に関する一覧表が公表された。

アスベストによる健康被害は労働者だけではなく、その家族やアスベスト関連事業所周辺の住民にも被害が及んでいた疑いも持たれ、近隣住民の被害、政府の規制遅れが大きな問題となっていた。2005年8月26日、政府は関係閣僚会議を開き、アスベスト健康被害者救済の特別立法制定を正式に決定した。

建造物の中に含まれたアスベストは、将来解体されるときに排出されることになる。環境省では、建築物の解体によるアスベストの排出量が2020年から2040年頃にピークを迎えると予測している。年間100万トン前後のアスベストが排出されると見込まれ、その対応を懸念する声もある。

アスベストは建造物を解体しない限り危険性はないと言われる(普通、アスベストを含んだ建材は粉砕しないと空気中には飛散しない)「尼崎市保健福祉局」「WHO」。アスベスト吹き付け工事直後や解体工事時には多量のアスベストが飛散する恐れがあり、一連のアスベスト騒動で心配になったからといって、性急に除去工事を行うことはリスクを増大させる恐れがある。学校・病院等公共建造物ではアスベストの撤去作業を進めているが、解体作業者の安全性を考えると、アスベストを撤去した方が安全なのか、そのまま撤去しない方が安全なのか議論の分かれるところである。学校等の解体作業者が将来20~40年後中皮腫になる事についての懸念が持たれている。

災害で壊れた建物のアスベスト被害が確認されている。
アメリカ同時多発テロ事件 - 2001年(平成13年)9月11日発生
阪神・淡路大震災 - 1995年(平成7年)1月17日発生
東日本大震災 - 2011年(平成23年)3月11日発生 



父は前橋の設備会社に定年まで勤務していた。
学校、病院、温泉施設、旅館やホテルなど、そうした公共施設の設備を多く扱っており、建設や増改築、解体などといった現場に無縁ではなかったし、当然排気管や上下水道用高圧管なども扱っていた。

父と母が出会いもその会社がなければなかった。
父の同僚の奥さんが母の知り合いだったのだ。
その人を介して父と母は会って結婚した。
それともうひとつ縁と言うか何と言うか、父の前妻が亡くなった日は8月14日なのだが。私は8月15日生まれである。
前妻は病弱だったらしいが父は優しくしていたらしい。
母が父と結婚した理由は優しい人だったからだそう。









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# by yumimi61 | 2017-02-17 17:46
2017年 02月 17日
ほしはいつつのてんでえがく
私は以前、「ほしはいつつのてんでえがく(星は5つの点で描く)」という言葉を夢で聞いたことがある。
そのことは前にも書いたことがあるのだが、昨日の夜「VXガス」でひらめいた。

「V」「X」をローマ数字と考えれば、5と10!
星は五つのtenで描く・・・「いつつのテン」は日本語と英語!?

しかしローマ数字にVX(5・10)という並びは在り得ない。
510ならばDXで表される。
50ならばLで表される。
51ならばLIで表される。
ローマ数字で表せることが出来るのは3999までで4000以降は表現できない。

X 10
L 50
C 100
D 500
M 1000

ローマ数字で「L」は50なので、「LOL」に当てはめれば「50・O・50」。
アラビア数字では「0」(零)に「O」を用いてきた歴史もあるが、ローマ数字にはそもそも「0(零)」を表す表記が存在していない。
「L」ひとつで50と表せるわけだが、仮に「5・10」で「ごじゅう(50)」としよう。
「5・10」にそれぞれローマ数字を当てはめれば「VX」である。

「O」はアルファベットの15番目。
「O」は座標の原点。座標の原点は「0」ではなくて「O」。振りいれた数字の起点としては0(零)でもよいが、X軸やY軸に対応する原点はOということである。Originという単語の頭文字をとっている。
「O」は酸素の元素記号でもある。

15をローマ数字で表せば「XV」となり、VXの逆となる。
仮に1と5という数字そのままにローマ数字を当てはめれば「IV」であるが、ローマ数字でのIVは4である。
ローマ数字は減算則に則る。ある場合においては右側から左側を引くのである。IVがそうである。V(5)-I(1)=4である。
IX(9)なども同様である。X(10)-I(1)=9






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# by yumimi61 | 2017-02-17 09:25
2017年 02月 14日
父の病⑥
父は肺気腫を患っており慢性呼吸不全で在宅酸素療法(Home Oxygen Therapy・HOT・ホット)をしていた。
酸素カニューラ(カテーテル)を鼻腔に入れて酸素を吸入させる方法。
症状は安定しているが、十分に酸素を取りこむことが出来ない患者が適応となる。
かつては酸素を吸うために(酸素を吸うだけのために)長い入院生活を送る必要があったが、1985年に在宅酸素療法が保険適応となり、機器の発展もあって自宅で日常生活を送ることが可能となった。
室内では酸素濃縮装置(室内の空気から酸素を濃縮する装置)を、屋外や外出時には携帯用酸素ボンベを使う。
現在15万人以上の人が実施している。


肺の疾患というと必ずや原因に喫煙が疑われる。
特に慢性閉塞性肺疾患(COPD)は厚生労働省が「たばこ病」という名前を検討していたほどである。

慢性閉塞性肺疾患(COPD: Chronic Obstructive Pulmonary Disease)は、代表的な慢性呼吸器疾患の一つであり、肺胞の破壊や気道炎症が起き、緩徐進行性および不可逆的に息切れが生じる病気である。多くの場合、咳嗽や喀痰も見られる。

以前より病理学的に「肺気腫」と呼ばれていた疾患概念と臨床的に「慢性気管支炎」と呼ばれていた疾患概念を統一したもので、慢性閉塞性肺疾患 (COPD) として総称する疾患概念となった。

COPDの主要な原因はタバコ喫煙であり(間接的・受動的曝露を含む)、少数は大気汚染や職業病などによる、有毒なガスや微粒子の吸入である。日本名における慢性閉塞性肺疾患 (COPD) は通称「たばこ病」であり、厚生労働省は以前「COPD」の名称として「たばこ病」や「肺たばこ病」を検討していた。

2012年には世界で年間300万人がCOPDで死亡しており、これは世界における死因の6%を占める。死者の90%以上は中低所得国である。2030年までに、COPDは世界3位の死因になるであろうとWHOは予測している。


※上に「死者の90%以上は中低所得国である」と書いてありいかにも多いようなのだが、中低所得国が世界人口の84.5%を占めている。
だから凄く特別にCOPDの死者の割合が多いというわけではない。
人口が多ければその比率で死者が多くなるのは当然のこと。
人口が多いのにその比率でもって多くならなくて初めて特色が出るわけである。
COPDの場合は、がんと診断され死なない分だけ上乗せされたくらいの数値である。
統計のからくりの1つ。

それはともかくとして。

COPDの患者の80~90%に喫煙歴がある。
だからCOPDの原因の80〜90%は喫煙であると言い切る人もいる。
しかし喫煙者全体のうちCOPDになるのは15%程度である。
逆を言えば、喫煙者の85%はCOPDにはならないのだ。
この間書いたインフルエンザ脳症ではないが、どのような人(どのような喫煙者)がCOPDになり、どのような人がならないのか、実のところまだよく分かっていない。
加齢や体質、大気汚染やアスベストなどの化学物質による原因も考えられている。
上に転記した文章には「COPDの主要な原因はタバコ喫煙であり(間接的・受動的曝露を含む)、少数は大気汚染や職業病などによる、有毒なガスや微粒子の吸入である」と書いてある。
喫煙が原因と考えられる人であってもすぐに症状が出るものではなく数十年の年月を経てから発症する。
アスベストなどによる疾患もやはり数十年経ってから発症することが多い。
COPDに関しては日本にはおよそ530万人程度の潜在患者がいると考えられている。





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# by yumimi61 | 2017-02-14 18:36
2017年 02月 13日
父の病⑤
(前回のおさらい)
一般的に「3か月で追い出される」「3ヶ月で転院させられる」と言われてるのは、急性期病院ではない病院における入院のことである。
かつては、療養型病床や慢性期病院(慢性期病棟)、老人病院などと呼ばれていたが、2000年介護保険法施行、2001年医療法改正で見直され、 高齢者とは限らない療養型病床(慢性期病院)と高齢者が中心の老人病院を「療養病床」として一本化した。
そのうえで、「医療療養病床」と「介護療養病床」に分けた。
「医療型療養病床」は医療保険を利用して入院する。
「介護療養病床(介護療養型医療施設)」は介護保険を利用して入院する。

「医療型療養病床」は病院が入院に応じてくれれば誰でも入院できるが、医療区分2と3の患者の割合をクリアしなければならないので、医療区分2と3の患者が優先される。

「介護療養病床(介護療養型医療施設)」も病院と思ってもらっていいが、誰でも入れるわけではない。
入所対象者は医学的管理が必要な要介護1以上の高齢者(65歳以上)。
かかる費用は医療保険とは性質が違い、介護保険を使った施設入所に近い。
初期費用は必要ないが、月額利用料が必要。 月額利用料は施設や部屋の設備、世帯収入や課税状況によって違いがあるが、およそ9万~17万円/月ほどの自己負担となる。
医療保険ではないので高額療養費の対象でもない。
(おさらいここまで)


上に「介護療養病床(介護療養型医療施設)」に入るとおよそ9万~17万円/月ほどの自己負担があると書いたが、内訳としては次の通り。
 ①介護サービス費(入所して指定のサービスを受けるための自己負担分) 2~3万円
 ②居住費(賃料) 1~15万円
 ③食費  4~6万円
 ④介護サービス加算
 ⑤医療費
 ⑥理髪代など
 ⑦病院指定業者のレンタル品の使用料
 
個人差が最も大きいのが居住費である。病院の大部屋のような部屋ならば1万程度の負担で済むものからあるが、個室になれば高くなり、居住性を重視すればさらに高くなる。
また医学的管理が必要な人が入る場所なので、別途医療費がかかってくることが多い。
9万~17万円/月というのは比較的安くてという話で、1ヶ月の自己負担が20~25万以上になることも珍しくない。

介護保険では指定の介護サービスを1割自己負担で受けられるわけだが、①がその費用(自己負担分)である。
介護サービスは何でもかんでも希望するものを受けられるわけではなく、介護度に応じてサービスや金額は決まっている。
逆を言えば、どんなにお金を出すと言っても、介護保険における介護サービスはこれ以上は受け付けないということである。

要介護状態  支給限度額(単位) 自己負担限度額(円)
要支援1      4万9,700        約4,970
要支援2     10万4,000        約1万400
要介護1     16万5,800        約1万6,580
要介護2     19万4,800        約1万9,480
要介護3     26万7,500        約2万6,750
要介護4     30万6,000        約3万600
要介護5     35万8,300        約3万5,830
※1単位=1円
※1ヶ月あたりの限度額


そして実はこの介護保険にも高額介護サービス費制度というものがある。

区分     対象                                  負担限度額
第1段階  ・生活保護受給者                        ・・・1万5,000円(個人)
       ・老齢福祉年金受給者で世帯全員が住民税非課税の人・・・1万5,000円(個人)
第2段階  本人および世帯全員が住民税非課税で
                     課税年金収入が80万円以下の人・・・1万5,000円(個人)
第3段階  世帯全員が住民税非課税で第2段階に該当しない人  ・・・2万4,600円(世帯)
第4段階  上記以外の人                          ・・・ 3万7,200円(世帯)

※(世帯)とは夫婦それぞれの自己負担額を合算できるということ。
例えば要介護5の夫と要介護1の妻がいた場合、自己負担限度額は35,830円と16,580円で合わせて52,410円となるが、高額介護サービス費制度を使えば世帯で37,200円あるいは24,600円でよいということである。

※年金は、65歳に満たない人の受給額が108万円以下、65歳以上の人の受給額が158万円以下の場合、所得税を支払う必要がない(非課税)。その金額を超えた部分は課税となる。
住民税はケースによって違うがおおまかな目安として、65歳以上で年金などの収入額が年間155万円以下であれば支払う必要がない(非課税)。
生活保護を受けている人、、障害者、寡婦(寡夫)で前年中の合計所得金額が125万円以下の人も住民税を支払う必要はない(非課税)。 合計所得金額が125万円以下を年金などの収入額に換算すると年間245万円以下となる。
国民年金の老齢基礎年金(満額)だけを受給している場合、年間78万なので非課税となる。
年間158万や155万という年金は、ひと月に換算すれば12~13万である。
障害者手帳を持っている人ならば、ひと月20万円までの収入は住民税非課税。 


「介護療養病床(介護療養型医療施設)」への入所は医療保険を使った入院とは違うので高額療養費の対象とはならないが、上記のとおり介護保険の介護サービス部分については高額介護サービス費制度の対象となる。

また、居住費・食費の補足給付もある。
但しその対象になるのは次に該当する人のみ。
注目点は所得だけでなく預貯金などの資産も加味されること。(マイナンバーで管理しているのかと思ったら、今のところそうではないらしく、持っている通帳のコピーを提出するように求められる)
今現在所得はないが預貯金は何千万何億と所有しているという場合がある。
当座の貧乏裕福は所得だけでは分からないということなのだ。
1人当たり1,000万以上の預貯金があると、年金暮らしの非課税世帯でも対象にはならない。

区分     対象                                  
第1段階  ・生活保護受給者
       ・住民税世帯非課税の老齢福祉年金受給者

第2段階  ・住民税世帯非課税で合計所得金額+課税年金収入額が80万円以下の人
       ・本人の預貯金などが1000万円以下(夫婦合わせて2000万円以下)

第3段階  ・住民税世帯非課税で合計所得金額+課税年金収入額が80万円以上の人
       ・本人の預貯金などが1000万円以下(夫婦合わせて2000万円以下)


上記の要件に所得も預貯金も満たないという人は、居住費と食費についても負担限度額が定められている。
国が示した標準的な居住費・食費を基準費用額として、基準費用額と負担限度額の差額が介護保険から施設に支払われる。
基準費用額を大幅に超える施設であっても基準費用額までしか支払われないということなので、お高い施設側としては受け入れたくなくなるであろう。

        多床室 従来型個室 ユニット型個室 ユニット型準個室  食費

第1段階    0円    490円     820円       490円      300円

第2段階   370円   490円     820円       490円      390円

第3段階   370円  1310円    1310円      1310円      650円

基準費用額 370円  1640円    1970円      1640円     1380円

※ユニット型とは、概ね10人以下を1グループとした生活単位(ユニット)としたケア体制のことで、食堂・リビング等の共有スペースを囲むように個室が配置されている。

※金額は1日当たり。居住費の1ヶ月個人負担限度限は、370円×30日=11,100円から1,310円×30日=39,300円となる。食費の1ヶ月個人負担限度額は、300円×30日=9,000円から650円×30日=19,500円となる。


「介護療養病床(介護療養型医療施設)」の入所期間は特に定められていないが終身を前提にはしていない。平均入所期間は約1年である。
実はこの「介護療養病床(介護療養型医療施設)」、2006年に新設の停止と2011年度末での廃止が決定された。
しかし移行が思うように進まず、2011年に廃止を2017年度末まで延長した。2017年度と言えば今年度!
何故廃止の方針なのか。
実は全ての施設の中で介護度が高い人が一番多くいるのが「介護療養病床(介護療養型医療施設)」である。
「介護療養病床(介護療養型医療施設)」の平均要介護度は4.39であるとすでに述べたところだが、ほとんどが4と5の人ということである。
特別養護老人ホーム(通称:特養、現在の入居基準は原則として要介護度3以上)の平均要介護度は3.85である。
動けない=重体というイメージが強いせいか医療法人が経営する「介護療養病床(介護療養型医療施設)」には介護度が高い人が集まってしまう結果になってしまった。
実際に動けないということは大変なことである。しかしながら必ずしも、動けない=医療の必要性が高い(医療としてお金になる)ということではない。
医療の必要性がない人が入所してしまうという問題の他、医療を売りにしている施設なだけに本来その人には不必要な医療までをも提供してしまう(医療費がかさむ)などの問題点もある。
また医療行為(例えば痰の吸引や経管栄養)を必要とする患者の受け入れ先が無いといった問題にも直面していた。
痰の吸引は介護職員では行うことが出来なかったため介護施設では受け入れ不可能となっていた。(2012年に喀痰吸引等制度ができ、介護福祉士や研修を終了した介護職員が行えるようになったため受け入れ可能な施設は増えてはいる)
自宅介護で家族が行うならば許可されるのだが、介護してくれる同居家族がいない場合には当然不可能である。
国は在宅介護を促したいのだ。


(医療保険)
■一般病床 89.4万床
■医療型療養病床 27.1万床
■精神病床 33.6万床

(介護保険)
●介護療養病床(介護療養型医療施設) 6.1万床 ・・・廃止が決定してから5~6万床減少した。
●特別養護老人ホーム 54.1万床
●介護老人保健施設 36.2万床

・有料老人ホーム
・軽費老人ホーム(ケアハウス)
・グループホーム
・サービス付き高齢者向け住宅


以前書いたように一般病床は看護体制と平均在院日数によって入院基本料に違いがでる。
7対1、10対1といった看護体制を敷く急性期病院は1~2週間での退院を目指している。
13対1(平均在院日数24日以内)や15対1(平均在院日数60日以内)といった看護体制の病院ではもう少し長くいられる。

入院基本料は一度退院すれば在院日数がリセットされるため、療養病床に入らず(入ることが出来ずに)一般病床で転院を繰り返す人が続出した。
そこで90日ルールと180日ルールが導入されたのである。

「90日ルール」
同じ理由で90日を越えて入院している患者は「特定患者」となる。再入院の場合でも前の入院日数も加算される。「特定患者」になると、看護体制には関係なく十把一絡げに、「検査、投薬、注射、病理診断、単純撮影、創傷処置・酸素吸入・留置カテーテル・鼻腔栄養等厚生労働大臣が定める処置」が包括された「特定入院基本料928点/日」となってしまう。これは15対1の入院基本料よりも低い。厚い看護体制を敷く病院にとってはたまったものではない。

「180日ルール」
同じ理由で180日を超えて入院している患者は、入院基本料の85%しか医療保険の対象にならず、残り15%分は全額患者の自己負担となる(難病、がん、重症、小児などは除外)。入院期間は転院しても通算される。
但し生活保護受給者は残り15%も公費負担となる。
例えば入院して1ヶ月の入院基本料が30万だったとする。30万の15%(4万5000)は保険外となり全額自己負担。
残りの85%(25万5000)は保険適用で、1~3割(2万5000~7万6500)が自己負担。こちらの部分は高額療養費の対象となる。


また近年急性期病院では疾病群別包括払い制度という診療報酬の算出の仕方が導入されている。
疾病群別包括払い制度(DPC, Diagnosis Procedure Combination)とは、特定機能病院を対象に導入された、急性期入院医療を対象とした診療報酬の包括評価制度である。 日本の診療報酬は出来高払い方式をとってきたが、平成15年度よりDPC制度が導入された。平成24年時点では全一般病床の約53.1%を占めている。

DPCで用いる診断群分類は、約500種類の主な疾患(病名)を基本として手術・処置・副傷病名の有無などにより、さらに2494種類に分類したもの。
入院患者はそのうちのどれか1つに該当することになる。該当しない場合は今まで通りの計算。
これまで行えば行った分は多いにせよ少ないにせよ点数(お金)に反映された。これを出来高という。
DPCでは入院基本料の他、検査、画像診断、投薬、注射等が包括され、分類ごとに1日あたりの定額点数(包括点数)が予め決められている。入院日数も関係している。
(手術、麻酔、輸血、内視鏡・心臓カテーテル検査等、処置の一部、食事等についてはこれまで通り出来高)
DPCは過剰診療の防止や医療費増大の抑制に繋がるが、行っても行わなくても料金定額なので利益に繋げるためにはなるべく行わないほうがよい。そうとなれば今度は必要なことが行われない心配も生じる。
またこの方式ではアップコーディング(upcoding)という詐欺も可能である。(日本においては、診断群分類包括評価の対象となっている病院が、故意に実際と異なった病名をつけて、入院にかかる診療報酬を不正に多く請求すること
もっともどんな方式だって詐欺を行おうと思えば可能だろうけれども。


このように一般病床では入院日数に大変厳しい。
療養病床では入院日数に関する縛りが法的にあるわけではないが、良くも悪くも3ヶ月でおおよその結果が出る(目途が付く)と言われている。
手厚く熱心な医療、看護、リハビリを提供して劇的な回復をしたとしても、病院は成功報酬を取るわけにはいかない。
費用的には、どれだけ行ったかが大事であって、結果は関係ない。完全や成功を待つ必要はない。
従って医療型療養病床でも3ヶ月以内に退院させられるということになる。
唯一3ヶ月よりも長くいられるのが(平均1年)介護費用を利用しての入所(入院)となる介護療養病床(介護療養型医療施設)だったわけであるが、これが廃止の方向にある。









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# by yumimi61 | 2017-02-13 12:40
2017年 02月 09日
インフルエンザと薬
インフルエンザ、後追い自殺…「エビ中 松野さん急死めぐりデマ拡散、法的問題は? Yahoo!ニュース配信―弁護士ドットコム 2/9(木) 18:08配信

人気アイドルグループ「私立恵比寿中学」のメンバー、松野莉奈さん(18)が2月8日に急死したことを受けて、ツイッターなどSNS上では、作り話や真偽不明な情報が拡散された。

あるツイッターの投稿は、東京大学の男子学生が自宅で亡くなっており、「残された遺書の内容から、松野莉奈さんの病死に関連した後追い自殺と見られる」という内容だ。投稿は削除され、投稿者は後に「創作ニュースすら自由に流せない」と投稿している。

また、松野さんの死因はインフルエンザ脳症だとして、「インフルエンザのときに解熱剤を飲むとインフルエンザ脳症になることがあるらしい」という情報もツイッターなどで拡散され、NHKニュースが専門家の否定コメントを流す事態に発展した。

SNSには、真偽不明な情報が投稿されることも多く、デマや作り話を本気にしてしまう人もいる。実際の事件・事故などに関連してデマや作り話を投稿することは法的に問題ないのだろうか。清水陽平弁護士に聞いた。

(以降略)

タイトルを読んだ時点では、急死の原因がインフルエンザであったこと、後追い自殺があったこと、それらがデマだったという話かと思った。
驚いたことに記事を読んでみると少々違った。
若き女性が亡くなったことから離れて、「インフルエンザのときに解熱剤を飲むとインフルエンザ脳症になることがあるらしい」というのがデマだと言っているのだ。
しかも何故かNHK名指し。NHKだけが否定したということだろうか。

「インフルエンザのときに解熱剤を飲むとインフルエンザ脳症になることがあるらしい」という情報を一般の人が個人的にTwitterで呟くことがデマなんだろうか。
そうということならばSNSに限らず社会には数多のデマが氾濫しているけれども。
ともかく「インフルエンザのときに解熱剤を飲むとインフルエンザ脳症になることがあるらしい」をデマだと断言してしまう記事自体がデマということになりかねない。
非常に性質が悪い、オブラートに包んで言えば、読者に誤解を与える記事である。
「なんだデマか、じゃあ大丈夫なんだな」と誤解させることは命を危険にさらす行為となる。

その件を扱ったNHKのニュースサイト。
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アイドル急死 ”解熱剤でインフル脳症”がネットに拡散 NHK NEWS WEB 2月8日20時26分

人気女性アイドルグループの18歳のメンバーが8日亡くなったことに関連して、ソーシャルメディアなどでは、「インフルエンザのときに解熱剤を飲むとインフルエンザ脳症になることがあるらしい」という情報が拡散しましたが、これについて専門家は、「これまで詳しい研究が行われたことはなく科学的な証拠はない」と話しています。

亡くなったのは「私立恵比寿中学」のメンバーの松野莉奈さん(18)で、8日未明に亡くなったと所属事務所が発表しました。ツイッターなどには、松野さんが亡くなった原因は「インフルエンザ脳症」だとして「インフルエンザのときに解熱剤を飲むとインフルエンザ脳症になることがあるらしい」という情報が拡散しました。

インフルエンザ脳症に詳しい岡山ろうさい病院の森島恒雄院長によりますと、インフルエンザの時に解熱剤を飲むとインフルエンザ脳症になりやすいかどうかについては、これまで詳しい研究が行われたことはなく科学的な証拠はないということです。
ただ森島院長らが、過去にインフルエンザ脳症になった患者181人を対象に行った調査では「ジクロフェナクナトリウム」や「メフェナム酸」といった薬を脳症の患者に単剤で使った場合の死亡率は40%と、薬を使わなかった場合の死亡率25%に対し、高い結果になったということで、脳症になっていなくてもインフルエンザになった段階でこれらの解熱鎮痛剤は、使用すべきではないということです。

このためこれらの解熱鎮痛剤は、今では小児科部門でほとんど使われることがなくなっていてこうした悪影響がみられなかった「アセトアミノフェン」とよばれる解熱鎮痛剤が主に使われているということです。
また一般的に知られている「アスピリン」もアメリカで別の病気との関連を示す研究があるため、原則として15歳未満のインフルエンザ患者には使わないということです。


この記事を読んで一般の人がすぐに理解できるだろうか?意味がよく分からないであろう。
そもそも中味なんかよく読まない人も多いかもしれない。

NHKが取材した専門家が語ったとされていること。

①インフルエンザの時に解熱剤を飲むとインフルエンザ脳症になりやすいかどうかについては、これまで詳しい研究が行われたことはなく科学的な証拠はない
(下線部を言い換えると、詳しい研究が行われたことがないので科学的根拠があるとは言えない、ということになる。前にも説明したが科学的根拠とは論文である)

②インフルエンザ脳症の患者に「ジクロフェナクナトリウム」や「メフェナム酸」といった薬を使った場合、使わなかった患者よりも死亡率が高かった。

③インフルエンザ脳症になっていなくても、インフルエンザになった段階でこれらの解熱鎮痛剤は、使用すべきではない。

間違っても「鎮痛剤を使っても何ら心配ない」などとは一言も言っていないことが分かる。


では弁護士ドットコムは何故これをデマだと決め込んだのか。
NHKは何故これを「ネットに拡散」などという思わせぶりな誤解を与えやすいタイトルで配信したのか。
(インフルエンザ脳症に詳しい病院長の話として「根拠はない」を強調するも、デマという言葉を入れていないところがミソ)
NHKは誰の入れ知恵か知らないが、おそらくインフルエンザとインフルエンザ脳症の差を付いてきたのであろう。

インフルエンザに罹患するとインフルエンザ脳症という状態に陥ることがある。
インフルエンザ→インフルエンザ脳症

インフルエンザ脳症とは、インフルエンザウイルス感染に伴う発熱後、急速に神経障害・意識障害を伴う症候。
病型は、急性壊死性脳症、ライ症候群、HSE症候群(hemorrhagic shock and encephalopathy syndrome、出血性ショック脳症症候群)などに分類されている。


・急性壊死性脳症(狭義のインフルエンザ脳症)
5歳以下(特に1〜3歳)に好発し、A型インフルエンザ(A香港型)が原因のことが多い。発熱して平均1.4日後に発症する。嘔吐・下痢・腎機能障害とともに意識障害も出現する。血小板が減少しDIC(播種性血管内凝固症候群)になることもある。
原因は不明であるが、40℃以上の発熱の数時間継続と解熱剤のNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)内服など、何らかの原因で脳の血管内皮細胞が障害されて起こるということがわかっている。
インフルエンザに感染すると、サイトカインの産生が高まりミトコンドリアのエネルギー代謝が低下し、脂肪代謝系のCPT2への依存度が高まるが発熱継続によりCPT2の酵素活性が落ち、CPT2遺伝子多型患者の場合はミトコンドリアが更にエネルギー不足に陥るためにインフルエンザ脳症を起こしやすいことがわかっている。ちなみに、DICを合併した場合をHSE症候群という。


・ライ症候群
6〜12歳に好発し、B型インフルエンザが原因のことが多い。他、水痘・帯状疱疹ウイルスなどでも生じる。発熱して5〜7日後に発症することが多い。嘔吐・意識障害・痙攣を生じる。また、高度の肝機能障害・低血糖・高アンモニア血症も伴うことがある。解熱剤のアスピリンに含まれるサリチル酸がミトコンドリアを障害するという説がある。
実際はインフルエンザウイルスが発症者の脳から検出されたことはなく、メフェナム酸(ポンタール)やジクロフェナク(ボルタレン)といった、強すぎて海外では既に使われていないが日本国内では認可されている解熱剤により発症するという意見も無視することはできない。



私は1月5日にインフルエンザやインフルエンザ脳症やボルタレンについて書いている。
その中にこう書いた。

現在はインフルエンザにボルタレンを使うことは禁忌となっている。
インフルエンザ ボルタレン で検索すれば注意する記事が幾つも出てくるが、当時はまだそういった認識がなかったのである。


厳密に言うと薬の説明書に書かれている禁忌は、インフルエンザ脳炎・脳症の患者であって、インフルエンザの患者ではない。

しかし「禁忌」という言葉は薬の説明書だけに使われるものではない。
禁忌とは、「してはいけないこと」の意。タブーとしての禁忌には道徳的な含みが あるのに対して、他の用例では、技術的、科学的な根拠によって禁じられている。

禁忌
1 忌(い)み嫌って、慣習的に禁止したり避けたりすること。また、そのもの。タブー。「禁忌を破る」
2 人体に悪影響を及ぼす危険がある薬剤の配合や治療法を避けて行わないようにすること。

デジタル大辞泉

インフルエンザに医師が処方することが禁忌でなくても、保健指導の立場から、あるいは経験者の立場から、それが禁忌だと言うことはあるだろう。
また入院などしていて医療従事者が投薬する場合以外は、結局のところ処方された薬を使う使わないは個人の判断に委ねられている。
その個人の判断が吉となることもあれば、凶となることもある。
学者や医師だけで世の中回っているわけではない。

製薬会社ノバルティスファーマの医療関係者向けサイトのQ&Aにも次のようにある。

Q 小児の発熱に対するボルタレン錠、ボルタレンサポの使用は?

A インフルエンザの臨床経過中の脳炎・脳症の患者は禁忌のため、投与しないでください。
また、インフルエンザの発熱に対するボルタレン錠とボルタレンサポの使用は「禁忌」ではありませんが、臨床経過から脳症発症の可能性を予測することは困難とされており、その使用は推奨できません。
小児のウイルス性疾患の患者には投与しないことが原則であり
、やむを得ず投与する場合には、慎重に投与し、投与後の患者の状態を十分に観察してください。



どうしてインフルエンザ脳症が起こるのかよく分かっていない。
確定的なものは一つもないということになるが、解熱剤との関連性は有力視されている。
インフルエンザ脳症の状態にある患者に使えば重篤化してしまう。死亡率が高いとNHKが取材した専門家も言っている。

そもそもインフルエンザとインフルエンザ脳症の境目がよく分からないという大きな問題を抱えている。(ここ大事!)
上記に掲載したノバルティスの回答にはこんな表現があった。
「臨床経過から脳症発症の可能性を予測することは困難とされており」
つまり、インフルエンザと診断された患者が、いつ、どんな時に、どんな人がどんな確立でインフルエンザ脳症になってしまうのか分からないのである。
もちろんインフルエンザ脳症にならないで治る人が圧倒的に多いわけだが、治る人と治らずにインフルエンザ脳症になってしまう人の差が分からない。

病院に行ってインフルエンザと診断され薬をもらったので、ひとまず安心して家に帰った。
自宅で気が付いたらインフルエンザ脳症に陥っていたということもある。
病院で処方された解熱剤を使ってからインフルエンザ脳症に陥った人もいれば、処方された解熱剤を使わないうちにインフルエンザ脳症に陥ってしまう人もいるかもしれない。

乳幼児の場合は聞き取りや訴えにも限界がある。本人からいつどんな時にどういう状態になったのかと訊き出すことは困難。1歳未満の乳児では不可能。
だからどんな兆候があるのかよく分からない。兆候はなく突然起こるのかもしれない。
そばにいた人が観察して異変に気付くしかないが、すでにインフルエンザなり風邪で高熱を出してぐったりしたりぐずっている赤ちゃんや子供の更なる異変を早期に発見するのは難しい。
それは要するにインフルエンザからインフルエンザ脳症に移行する境界線を明確に引くことは出来ないということである。
例えば解熱鎮痛剤を使うことが問題なのはインフルエンザ脳症だけでインフルエンザは問題ないとしても、インフルエンザとインフルエンザ脳症の境目が分からない以上インフルエンザに対しても使うべきではない。(もう少し平たく言えば、インフルエンザでも使用は推奨できないということになる)


インフルエンザ脳症という名から分かる通り、症候(症状と診察所見)を指している。
疾患名とはニュアンスが違う。
症候は診断の手がかりとなるもの。
でも通常はすでにインフルエンザという診断がついているわけである。
それなのに通常インフルエンザでは見られない症状を呈する患者がいた。
それはどうも日本特有で、また日本でも昔からあるわけでもなくわりと最近のこと。(だから余計に薬が疑われる)
とにかく先にインフルエンザという診断が付いている。その後に脳に関する症候(症状)を呈する人がいるが、それによって何か別の疾患が見つかるわけではない。
だから症候がそのまま疾患名として用いられるようになったのだが、インフルエンザであったことには変わりない。
(ちなみにインフルエンザ脳炎と呼ばれることもあるが、インフルエンザ脳炎はインフルエンザ脳症よりは軽い状態とされる)




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# by yumimi61 | 2017-02-09 22:02
2017年 02月 06日
父の病④
長く入院させると診療報酬の点数が下がるので病院は儲からない。
病院はボランティアではないので、病院経営を考えてなくてはならない。
病院経営を考えた時には看護体制の維持と病床の管理が非常に重要となる。
病床管理には「病床稼働率」と「平均在院日数」という2つの指標がある。
急性期病院では1~2週間での退院を目指している。
このようなことを先に書いた。

では一般的に「3か月で追い出される」「3ヶ月で転院させられる」と言われてるものは何かと言えば、急性期病院ではない病院である。
かつては、療養型病床や慢性期病院(慢性期病棟)、老人病院などと呼ばれていた。
それが2000年介護保険法施行、2001年医療法改正で見直された。
高齢者とは限らない療養型病床(慢性期病院)と高齢者が中心の老人病院を「療養病床」として一本化した。
そのうえで、「医療療養病床」と「介護療養病床」に分けたのである。

「医療型療養病床」は医療保険を利用して入院する。
「介護療養病床(介護療養型医療施設)」は介護保険を利用して入院する。


まずは「医療療養病床」の説明から。
療養型の病院は、急性期病院(病棟)や回復期リハビリ病院からの受け入れが多い。
病院によっては急性期(一般病床)と療養型(療養病床)の両方を持つ病院もある。

前に紹介したこの診療報酬の点数は一般病棟に当てはまるものである。
【一般病棟入院基本料】
看護体制 1日の点数 看護師比率 平均在院日数
 7対1   1591点   7割以上   18日以内
10対1   1332点   7割以上   21日以内
13対1   1121点   7割以上   24日以内
15対1    960点   4割以上   60日以内
特別     584点     ―       ―  
(特別とは上記を満たさない場合)

【入院期間加算】
①1~14日以内の期間  450点加算
②15日~30日以内の期間  192点加算
③30日以上 加算なし


療養型の点数は次の通り。
医療区分1では診療報酬の点数が低くて病院は儲からない。
でも医療区分3や2という状態は一般の人からしたらかなり重体であり、そこに該当しない区分1であっても、これで区分1なのかと感じてしまうかもしれない。(実際には患者や家族に区分を教えるわけではないけれども)

【療養病棟入院基本料1】・・医師48対1、看護体制20対1、医療区分2と3の患者が8割以上である必要あり

        医療区分3 医療区分2 医療区分1
ADL区分3   1810    1412    967
ADL区分2   1755    1385    919
ADL区分1   1468    1230    814


【療養病棟入院基本料2】・・医師48対1、看護体制25対1、医療区分2と3の患者が5割以上である必要あり
                ・・29年度末まで暫定的に認められている体制。

        医療区分3 医療区分2 医療区分1
ADL区分3   1745    1347    902
ADL区分2   1691    1320    854
ADL区分1   1403    1165    750


■医療区分3
・スモン
・医師及び看護職員により、常時、監視及び管理を実施している状態
・中心静脈栄養を実施している状態
・24時間持続点滴を実施している状態
・人工呼吸器を使用している状態
・ドレ−ン法又は胸腔若しくは腹腔の洗浄を実施している状態
・気管切開又は気管内挿管が行われており、かつ、発熱を伴う状態
・酸素療法を実施している状態 (安静時・睡眠時・運動負荷いずれかでSaO290%以下。常時流量3L以上を必要とする状態、心不全状態(NYHA重症度分類のⅢ度又はⅣ度)、肺炎等の急性増悪で点滴治療を実施している状態(実施から30日間)に限定。それ以外は区分2)
・感染症の治療上の必要性から隔離室での管理が行われている状態

■医療区分2
・筋ジストロフィ−症
・多発性硬化症
・筋萎縮性側索硬化症
・パ−キンソン病関連疾患(進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、パ−キンソン病(ホ−エン・ヤ−ルの重症度分類 がステ−ジ3以上であって生活機能障害度がⅡ度又はⅢ度の状態に限る))
・その他の難病(スモン、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、パ−キンソン病(ホ−エン・ヤ−ルの重症度分類がステ− ジ3以上であって生活機能障害度がⅡ度又はⅢ度の状態に限る)を除く)
・脊髄損傷(頸椎損傷を原因とする麻痺が四肢全てに認められる場合に限る)
・肺気腫/慢性閉塞性肺疾患(ヒュー・ジョーンズの分類がⅤ度の状態に該当する場合に限る)
・悪性腫瘍(医療用麻薬等の薬剤投与による疼痛コントロ−ルが必要な場合に限る)
・肺炎に対する治療を実施している状態
・尿路感染症に対する治療を実施している状態 (発熱、細菌症、白血球尿(>10/HPF)の全てに該当する場合)
・傷病等によりリハビリテ−ションが必要な状態(原因となる傷病等の発症後、30日以内の場合で、実際にリハビリテーションを行っている場合に限る)
・脱水に対する治療を実施している状態 (舌の乾燥,皮膚の乾燥の両方ともみられるもの)
・消化管等の体内からの出血が反復継続している状態
・頻回の嘔吐に対する治療を実施している状態 (1日1回以上を7日間のうち3日以上)
・褥瘡に対する治療を実施している状態(皮膚層の部分的喪失が認められる場合又は褥瘡が2カ所以上に認められる場合に限る。)
・抹消循環障害による下肢末端の開放創に対する治療を実施している状態
・せん妄に対する治療を実施している状態
・うつ症状に対する治療を実施している状態(うつ症状に対する薬の投与は精神保健指定医が行う場合に限定)
・他者に対する暴行が毎日認められる状態
・人口腎臓、持続緩除式血液濾過、腹膜灌流又は血漿交換療法を実施している状態
・経鼻胃管や胃瘻等の経腸栄養が行われており、かつ、発熱又は嘔吐を伴う状態
・1日8回以上の喀痰吸引を実施している状態
・気管切開又は気管内挿管が行われている状態(発熱を伴う状態を除く)
・頻回の血糖検査を実施している状態((1日3回以上の血糖チェックを7日間のうち2日以上実施、糖尿病へのインスリン製剤又はソマトメジンC製剤の注射を1日1回以上実施)
・創傷(手術創や感染創を含む)、皮膚潰瘍又は下腿若しくは足部の蜂巣炎、膿等の感染症に対する治療を実施している状態

■医療区分1
医療区分3、医療区分2に該当しないもの


●ADL(日常生活動作)区分
ベッドの可動性・移乗・食事・トイレの使用についてそれぞれ次の6段階で評価し、ADL得点(合計)が決まる。

0:自立―手助け、準備、観察は不要又は1〜2回
1:準備のみ―物や用具を患者の手の届く範囲に置くことが3回以上
2:観察―見守り、励まし、誘導が3回以上
3:部分的な援助―動作の大部分(50%以上)は自分でできるが、四肢の動きを助けるなどの体重(身体)を支えない援助を3回以上
4:広範な援助―動作の大部分(50%以上)は自分でできるが、体重を支える援助(例えば、四肢や体幹の重みを支える)を3回以上
5:最大の援助―動作の一部(50%未満)しか自分でできず、体重を支える援助を3回以上
6:全面依存―まる3日間すべての面で他者が全面援助した(及び本動作は一度もなかった場合)

※合計ADL得点による区分
0~10点  → ADL区分1
11~22点 → ADL区分2
23~24点 → ADL区分3


医療区分3で唯一入っているスモン(亜急性脊髄視神経症)という疾患は薬害病である。
整腸剤キノホルム(クリオキノール、5-クロロ-7-ヨード-8-キノリノール)による薬害。1955年頃より発生し、1967〜1968年頃に多量発生した。
当初は原因不明の風土病とされ、発症者が多かった土地の名を取って釧路病と言われたり戸田奇病と言われたりした。ウイルス原因説も出たが、現在ではキノホルムが原因と判明している。
田辺製薬はキノホルム原因説の正しさを認識しつつ自社に不都合なデータを握り潰し、ウィルス原因説に固執していたが、白木博次の証言により敗訴に追い込まれた。




医療保険を利用する「医療型療養病床」(医師は48対1、看護体制20対1、29年度末までは25対1が認められている)への入院は、病院が入院に応じてくれさえすれば誰でも入院できる。
但し上記のように療養病床は医療区分3・2の人の比率を一定以上にしなければならず、医療区分3・2の患者が優先されるため区分1の患者の入院については必然的に厳しくなる。
こちらは医療保険を利用するので患者の支払う医療費(入院費など)は高額療養費制度の対象となる。

一方の介護保険を利用する「介護療養病床(介護療養型医療施設)」。
医師は48対1、看護体制は20対1であるが29年度末までは暫定的に30対1が認められている。
こちらは比較的重度の要介護者に対して医療処置とリハビリなどを提供するものである。
酸素吸入、痰の吸引、経管栄養など医学的管理ケアへの対応は十分であるが、レクリエーションや生活支援系サービスには重点が置かれていない。
医療機関という位置づけにある。医療法人が運営し病院に併設されていることが多い。
一般病棟のように大部屋もあり比較的少ない費用負担で利用できる。
とはいっても介護保険での入所となるため、かかる費用は医療保険とは全く性質を異にする。
初期費用は必要ないが、月額利用料が必要となる。
月額利用料は施設や部屋の設備、世帯収入や課税状況によって違いがあるが、およそ9万~17万円/月ほどの自己負担となる。
医療保険ではないので高額療養費の対象でもない。
入所対象者は医学的管理が必要な要介護1以上の高齢者(65歳以上)。
現実的には介護療養型医療施設の平均要介護度は4.39であり、入所者の要介護度はもっと高い。
ケアマネジャーを通して申込み、医師や施設スタッフや行政担当者などで構成される委員会が「要介護度」「介護の必要性」「介護者の状況」「待機期間」「資産や収入額」などから入所を判断する。
ほとんど満員状態であり、入所まで通常数か月程度の期間を要すると言われている。








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# by yumimi61 | 2017-02-06 17:50
2017年 02月 03日
ナンナクナンアリ
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上ばかり向いていても
下ばかり向いていても
見えないものはある
当たり前だよね

考えてみれば
上ばかり向いている人なんて
下ばかり向いている人なんて
見たことないよ

前に架かった虹は後ろを向いていたら見えないし
後ろに架かった虹は前を向いていたら見えないだろう
あそこに架かった虹はここからは見えなかった
ここに架かった虹はあそこからは見えなかったかもしれない

風を感じたければ走ればいいんだよとあの人は言った
七色を見たければ種を播けばいいんだよ
虹を見たければ水を撒けばいいんだよ
奇跡を待っていなくてもいいんだよ
奇跡は自分で作れるものなんだ
ちょっとしたコツはいるけどね

それでも偶然というものがあるならば
それはやっぱり神様がくれた奇跡なんだろう

***********************


日本では南側に虹が架かることはありません。
それは、虹は太陽の反対側に出来るからです。
東から昇った太陽が南に回って西に沈む。
だから南に虹が架かることはないのです。
眩い光ばかりを追い求めているとせっかくの虹を見逃してしまうかもしれません。

父が亡くなった翌日1月30日月曜日の午前中に自宅から実家へ向かう途中の17号線バイパス上で見つけた虹です。
北へ向かっています。
右手に見える山は「裾野は長し赤城山」です。
晴れていた日でしたが途中で雲が立ち込め、にわか雨のような通り雨のような天気雨のような雨が落ちてきて、その最中にうっすらと虹が架かっていました。

1月31日に実家に向かう途中では17号線の全面通行止めに遭遇。
伊熊の信号に警察官が立っていて全ての車両を右折させている。
何度となく通っている道だけれど17号線の全面通行止めに遭遇したのは初めてのことでした。
昨年の大雨で崖崩れがあった近くでもあったので、また崖崩れでも発生したのかと思いましたが交通事故が原因のようでした。
利根川沿いの裏道も昨年の大雨以降ずっと工事をしていて全面通行止めになっているため、関越道の赤城インターから高速道路を利用するしかない状況でした。


父が亡くなった日、死後処置の間、病棟の談話室で待っていた時のこと。
その談話室に小学生の子供2人(男の子と女の子)と女性が1人いました。
子供達は最初廊下で遊んでいて、上着は脱いでいましたがスキーウェアを着ていました。
談話室で女性が誰かに電話をかけだしたのですが、静かな談話室なため女性の声が耳に入ってきて、状況が全て分かってしまいました。
土日に千葉から家族でスキーに来ていたらしいのですが、その最中に旦那さんが何度も激しく嘔吐をするなど体調がおかしくなって地元の病院に救急搬送されてきたようです。
脳梗塞か脳出血のようでしばらくは動かせないのでこちらの病院に入院することになるということ。
奥さんは子供達を連れて一旦千葉の家に戻り、荷物を持って明日再びまたこちらに来るということでした。
その後、子供のお友達の家に電話。
朝早く出るので朝子供達を学校へ行くまで預かってもらって一緒に送り出してくれないかという相談でした。
夕方5時頃、「着くのは夜11時ぐらいかなぁ」と言って談話室を後にしていました。
「かかりすぎじゃない?」と小さな声で私の妹。
「高速道路は使わないのかも」と私。
ともかく子供達を連れてとても大変な状況にあることは私達にもよく分かります。
あの場所で出会ったのもきっと何かのご縁。御主人の回復を心からお祈りします。




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# by yumimi61 | 2017-02-03 10:30
2017年 02月 01日
父の死
1月29日午後4時46分、永遠の眠りに就きました。

生前のご厚情に深く感謝申し上げます。



銀嶺を映し出したる晴れた日に 行けとばかりにたらちねは往き
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# by yumimi61 | 2017-02-01 11:50
2017年 01月 28日
父の病③
前記事に一般病棟入院基本料について書いた。
入院基本料は一定の条件のもと診療報酬の点数で決まるため、病院が独自に値段を付けられるものではない。(保険外の個室の差額ベッド代は病院独自で値を付けられる)
入院基本料の条件として大事なのは看護体制と平均在院日数(入院日数)である。
平均在院日数(入院日数)をクリアしないと所定の点数が付けられない(入院基本料が取れなくなる)ので、医療機関、特に急性期病院では入院期間短縮を目指している。
一般的には「3か月経つと追い出される」と言われることが多いが、救急搬送を受け入れているような急性期病院では入院期間は1~2週間を目標にしており、3か月なんて悠長なことはなかなか言っていられない。
このようなことを書いたわけです。

入院料金を決めるのは基本料だけでなく加算もある。
こんなケースには加算されるといった特定の場合にのみ加算されるものもあるが、そうではなくて基本料と同じく入院した誰にでも適応される加算が入院期間に応じた点数である。

入院患者の入院期間に応じ、次の点数(1日あたり)をそれぞれ加算する。
 ①1~14日以内の期間  450点加算
 ②15日~30日以内の期間  192点加算
 ③30日以上 加算なし

例えば、看護職員が入院患者7人に1人いる病院では、1日の入院基本料は15910円である。
その病院に入院した場合の入院料金には2週間までは4500円が加算されるので、1日20410円になるわけである。
入院期間が2週間を超えると加算分が、4500円/日から1920円/日になってしまい、1ヶ月を越えようものならば加算することが出来なくなる。
つまり1人の患者を長く入院させておくと病院の入院料金収入は減ってしまうわけである。
長く入院させると病院が儲からないような仕組みに診療報酬がなっているのである。
儲からないということは人件費が出なくなるということに繋がる。
給料が他よりも安いのに、生命危機にある重症患者が多く精神的にも肉体的にも辛い、患者や家族に訴えられる可能性がある、夜勤が多い、労働環境が悪いなんてことになれば看護職員が離職するだろう。
そうなると今度は看護体制が維持できなくなってしまう。


では国はどうして長く入院させないような仕組みを作っているのかというと、医療費がかさむからである。

(例)看護職員が入院患者7人に1人いる病院に1週間入院した。
20,410円(基本+加算)×7日=142,870円 ・・・病院の収入
 ・患者自己負担(3割の場合)  42,861円
 ・健康保険(国保や社保)負担 100,009円 ⇒医療費がかさむというのはこの部分のことを指す

さらには、1ヶ月の医療費の患者負担が高額になった時(一定額を超えた場合)、申請 して認められれば限度額を超えた分が高額療養費として患者に払い戻される。
公的医療保険における制度の一つなので、国保でも社会保険でも高額療養費の払い戻しは行われる。
そのため一般的な治療で入院する場合、本人負担がべらぼうに高くなるということは実はないのである。
金銭感覚は人によってだいぶ違うと思うのでうっかりしたことも言えないが、払えそうな金額で済むということなのだ。
入院してひとつ儲けようとか、会社を休み入院したからその間の給料分をカバーしたいとか、差額ベッド代や保険適用とならない食事代をカバーしたいという人は別だが、個人で保険会社の保険に加入などしなくても標準的な治療や入院費用は公的医療保険(健康保険)がかなりの部分カバーしてくれる。

医療費がかさむというのはその公的医療保険(健康保険)の負担が大きくなるということである。
健康保険には次の種類がある。

 ◾組合健保  主に大企業などの従業員が加入しているもの
 ◾協会けんぽ 主に中小企業の従業員が加入しているもの
 ◾船員保険  船員が加入しているもの
 ◾共済組合   公務員が加入しているもの
 ◾国民健康保険 自営業者や無職者などが加入しているもの

各保険には個々人から保険料が支払われていて、健康保険負担分の医療費はその保険料から捻出される。
組合健保や協会けんぽでは保険料を支払うのは労働者と雇い主である。、
組合健保では保険料(料率)を独自に決定できる。組合員(従業員)の医療費を抑えられれば保険料が少なくても済むし、会社が福利厚生に積極的であったり利益が出ている時には会社側が多く負担してくれるということも可能。
でもまあ全従業員の保険料の半分を会社が負担するわけだから会社の負担は大きい。
だから非正規社員などは加入させないといったことも出てくる。(そうすると非正規社員は国保に回る)
それでも会社が儲からなくなってくれば組合健保を維持することも難しくなってくる。
そのようにして組合健保を解散し協会けんぽに流れた会社も少なくない。
とはいってもここはまだ保険料が労使負担なので国は直接的には関係が無い。
一方共済組合や国民健康保険では、組合健保などの雇い主(使)に当たる部分が国家である。国庫負担金として拠出する。
国が直接医療費を負担するということになる。赤字国家にはこれが大変辛いというわけである。


国民の4割ほどは国民健康保険に加入しているそうである。
国民皆保険が始まった1960年代には国保というのは自営業者や第一次産業(農林水産業)従事者が主体であったが、現在は無職者が半分以上を占めており、次いで多いのは社会保険に入れない雇用者である。
無職者と言うと、そんなに失業者が多いのかと思うかもしれないが、一番多いのは定年退職した高齢者である。
会社を退職すると社会保険からは離脱せざるを得ないので国保に加入する。
従って60歳以上の国民の75%ほどは国保に加入している状況にあったのだ。
普通に考えれば高齢者ほど医療のお世話になる。つまり国保の医療費はかさむ。

●組合健保や協会けんぽ(運営者)←労働者と雇い主(保険料を支払う)
       ↓
   組合員の医療費負担


●市町村(運営者)←国保加入者と国庫負担金(保険料として支払う)
     ↓
  加入者の医療費負担


国民健康保険(通称:国保)は保険料を自治体が徴収している。保険料と言っているが税金である。
そして国庫からも拠出される。
国は親分で地方自治体より権力を持っているので、国庫負担金を決めるのは市町村ではなく国である。
加入者に課せられる税金(保険料)は一律ではなく市町村ごとに違いがあるのが特徴。
医療費が少なく抑えられる自治体は加入者の支払う税金(保険料)を少なくすることが出来る。
またどのように課するか、例えば高所得者には多く支払ってもらうのか、それとも平等割なのかといったことも自治体が独自に決定できる。

医療費増大に困った国は1984年から国庫負担の引き下げを始めた。
また会社を定年退職した人は会社で面倒みてくださいとばかりに退職者医療制度を創設して、会社に医療費を負担させ国保負担から除いた。
1984年には国保の保険料の約50%ほどを国が負担していたが、20年後の2005年にはおよそ30%になっている。
だからといって急に人々が病院にかからなくなるわけではない。
それまでと同じ程度のサービスを提供しようと思えば、国が出さなくなった部分を加入者に負担してもらうよりない。
こうして保険料はどんどん値上げされる。
あまり高くなると保険料が払えない人が出てくる。未納や未加入者が増える。国民皆保険が崩れてくる。
保険料収入や国庫負担金が減っていく市町村も国保財政難に陥って国保なんかやっていられないということになる。
2008年には後期高齢者医療制度を創設して75歳以上の国保加入者をそこに移しした。
市町村が運営者であり国庫負担金も30%程度あることは変わらないのだが、多くの加入者は国保よりも保険料が上がった。









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# by yumimi61 | 2017-01-28 11:58
2017年 01月 25日
父の病②
1月18日の未明、父は炬燵から立ち上がろうとして後ろに倒れ、そのまま起き上がれなくなったそうで、母が3時にトイレに起きた際に「うーうー」というような声で何とか自分の存在を知らせたらしい。
母が「救急車を呼ぼうか?」と訊くと首を横に振って断ったため、母が父の首の後ろに手を入れ子供を抱えるようにして付き添い4~5時間同じ状態でいたらしかった。
その間にも何度か起き上がろうとしたが力が入らず起き上がれなかったそうだ。
母も力があまりないので力で起こしてやるようなことは出来ない。

年末頃から昼間はベッドで横になっていることが多かったのだが、母の話だとどうも夜中に起き炬燵に座っていたらしい。
呼吸器疾患や心臓疾患の人が呼吸苦になった時には起座位のほうが楽なのである。
父のベッドはもともとリクライニングベッドだったのだが壊れてしまっていて上げ下げが効かなかった。
12月の上旬にはいつもお世話になっているケアマネージャーさんが電動ベッドのレンタルを働きかけてくれて、父は一度は了解したのが何を思ったのか直後に断っていた。
私も「起きていたほうが楽なんじゃないの?」と何度も尋ねたが、「寝てれば大丈夫」と言う返事で、現に私が昼間行った時などは静かにベッドで寝ていた。
夜中になると不安感が増大して余計に呼吸が苦しくなってしまうのだろうか。

1月17日13時頃ににD病院で出してもらった鎮痛剤トラムセット10錠は、1月19日午前中には残り1錠になっていた。
1月19日午後がかかりつけの病院の呼吸器外来の日だったので受診した。
家の中でトイレにいくくらいはなんとか動いていたが、それ以上動くことはもう無理なので病院での移動は車椅子を利用した。


呼吸器外来の医師に12月中旬以降の状態や17日にD病院を受診して鎮痛剤を処方してもらったこと、18日未明の出来事、緩和ケアを希望することなどを話した。
すると今日入院させましょうと言ってくれた。
B病院の緩和ケア病棟への転院を前提にかかりつけの系列の病院(E病院)へ入院が決まった。


放射線治療を受ける前、父は治療はしなくてもよいと言っていた。
私は全く治療しないにしても放射線治療を受けるにしても状態が悪化してきた時が在宅では難しくなると思っていた。
そこで最初の段階から緩和ケアを行っている病院を気にしていたのだった。
前述したとおりD病院では放射線治療の時にスタッフが緩和ケアについてアンケート(問診)を取っていた。
また新病院のB病院では病院案内に緩和ケア病棟とあったので緩和ケアを行っていることを知った。
C病院で「定位放射線治療はやはり出来ない(難しい)」と言われた時にも、治療は仕方ないが最期の時が心配である旨伝えた。
「そういう意味も含めて近くの病院で放射線治療を受けておいたらどうか」とC病院の放射線科の医師にアドバイスされたのだった。

E病院にも呼吸器科があるわけではないのだが、父は以前にも肺炎で入院したことがあって馴染みがある。
家に戻ることなく受診から直に19日の夕方にE病院に入院した。
入院前のE病院の医師と話をして気管切開や経管栄養を希望するかどうかを確認されたが望まない旨伝えた。
状態によっては転院前に・・ということも覚悟の上。
移動は両病院の看護師さんが行ってくれ、夕方入院なのに夕食にも即対応してくれて、その前に摂食・嚥下障害の有無を確認すると言語聴覚士が病室を訪ねてくれるなど本当に一安心だった。
病院スタッフは基本みんな親切で本当によくしてくれる。
たぶん父も精神的に安心したのではないかと思う。
ただE病院の看護師さんが「この病院では普段そんなに強い鎮痛剤(麻薬系のことだと思う)は使わないので置いてないんですよ。早く転院できればいいですね」と言っていたように、鎮痛剤が効かず痛みが酷くなるようならば緩和ケアしかないだろうと思う。
痛みに苦しむということは本人も家族もスタッフも大変である。


看護師をはじめ病院スタッフは常に入院患者のQOL(quality of life)維持や向上に努めている。
出来ればずっと病院にお願いしたいという人も少なくないだろうと思う。
病院で見てもらえれば家族は安心。
病院嫌いな患者さんは少なくないが、そうは言っても本人にとっても安心。現実的な話、身内より他人のほうが良いこともあるのだ。
でも病院にずっといるこということはなかなか難しいことでもある。
一般的にはよく「3か月たつと退院や転院するように迫られる」というようなことが言われる。
どうしてこういうことが起きるのかと言うと、病院や病院スタッフはボランティアで行っているわけではないから。利益を出さなければならないのだ。
(災害ボランティアだってずっとではない、急性期だけですよね!?ボランティアですらそうなのだからボランティアでない場合には当たり前という話になる)


入院料金に大きく関与しているのは看護職員の配置である。
看護職員が多く配置されている病院ほど診療報酬の点数が高くなる。

【一般病棟入院基本料】
看護体制 1日の点数 看護師比率 平均在院日数
 7対1   1591点   7割以上   18日以内
10対1   1332点   7割以上   21日以内
13対1   1121点   7割以上   24日以内
15対1    960点   4割以上   60日以内
特別     584点     ―       ―  
(特別とは上記を満たさない場合)

看護職員が入院患者何人に対して1人いるかということが看護体制。7人に1人、10人に1人など。
平均人数なので平日昼間にはもっと多くの看護職がいる場合もあるし、夜間や休日はもっと少なくなる。
夜間も病棟ごとに最低2人は看護職員を配置しておく必要があるが、大抵最低人数2人で担当している。
「私1人で2人分働くので」とか言ってもダメである。

1点10円なので、看護職員が入院患者7人に1人いる病院では、1日の入院基本料は15910円となる。
そのうち患者さんの負担は1~3割。残りの部分は国民保険や社会保険が支払う。

看護師比率とは看護職員(看護師と准看護師の合計)のうちの看護師(正看護師)の割合のこと。
ランクが高い(入院基本料金が高い)病院ほど正看護師が多く必要になる。

平均在院日数は病院の一般病棟の入院患者から計算する。
例えば7対1の病院で平均在院日数18日を超えると、たとえ看護職員が十分に足りていても7対1の点数(入院基本料)を課すことが出来なくなってしまうのである。
看護職員を多く抱えるといことはそれだけ人件費がかさむのに、入院基本料金が安くなってしまっては元も子もないという状況に陥る。
看護体制の確保、平均在院日数の縛り、それ以外にもランクを維持するのは条件があるが、次第に条件は厳しくなってきている。
病院経営も大変なのだ。
看護体制が7人に1人、10人に1人の病院が一般に急性期病院と言われる病院で、こうした病院では3か月も入院させておけない。平均在院日数絡みで1~2週間勝負。
短期間入院を稼ぐためには手術よりも内視鏡のほうが良い。1クールの放射線治療を入院して行う理由などどこにもない。
とにかくベッドの回転率は病院にとってとても重要なのである。

過去記事
機宜*58 病院を入院から考える
機宜*61 入院とベッドの関係性 矛盾を抱えて
(診療報酬の点数は2年ごとに改定されているので過去記事とこの記事の点数は異なっています)






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# by yumimi61 | 2017-01-25 17:11
2017年 01月 23日
父の病
1936年(昭和11年)1月3日生まれの父は今年のお正月に81歳となった。
昨年80歳の誕生日を過ぎたところで肺に影が見つかった。
肺がんと診断されたのは3月だった。
すでに肺気腫の持病を持っており在宅酸素療法をしていたくらいで呼吸機能が良くない。
手術は難しいだろうと思っていたが、検査入院の結果手術も化学療法も無理だという結果が出た。
日常的には然程支障なく暮らせていても臓器や血液に問題がある場合の手術は要注意なのだ。

とくに術前術中術後の呼吸管理は非常に大事である。
全身麻酔では人工呼吸器を使用するために肺へ大きな影響を及ぼす。
また手術操作を容易にするための処置も呼吸抑制などを起こしやすい。
術後は一般的に呼吸機能が一時低下する。
つまり呼吸機能が正常でないと(余力がないと)手術中や術後の状態が死に直結してしまうのである。
普段は酸素を補いながら日常生活は支障なく送れていたとしても、手術となると全く話は違う。
在宅酸素療法患者(慢性呼吸不全患者)に限らず、例えば肺がんを早期に発見して肺を一部切除した場合なども同様で、肺を一部切除後に新たに違うがんに罹患した場合には呼吸機能が問題になって手術が出来なくなるようなことも起こり得る。

父は肺炎にも幾度か罹ったことがあり、もともと肺機能があまりよくないこともあって「最悪のことも覚悟して置いてください」と言われたこともあったが回復してきた。
病院は毎月かかさず受診していた。
しかし肺に影が見つかった時には、その大きさはすでに6~7cmあった。

今の時代はどこの病院も事も無げに本人にがんの可能性やがんであることを告知する。
他にどんな方法があるのか、どんな方法が最善なのかと問われれば答えに窮すが、患者本人の落ち込みは見た目以上に大きいものである。
「80歳まで生きられたからもういい」「周りに迷惑かけるだけだから治療などしなくていい」と口では言っていたが混乱して眠れない日々過ごしたようだ。
「あまり寝付かれないからラジオでも聞くかと思って夜中に付けてみたけどガチャガチャしたのしかやっていなかった」とこぼしたこともあった。
食欲旺盛な人だったが食欲がなくなった。

かかりつけの病院から呼吸器に強い病院を紹介してもらって検査入院した。(A病院)
その病院が昨年4月に統合され新病院になったため新病院に罹り直した。(B病院)
B病院で、手術や化学療法が不可能、放射線療法も難しいと言われる。
放射線療法はがん細胞だけでなく正常細胞をも破壊してしまうので、結局呼吸機能を落とし危険であるという判断である。
父は「治療はしないで放っておく」と言っていたが、B病院の医師が僅かな望みとしてということで「定位放射線治療」を勧めてくれた。

定位放射線治療は精密なコントロールのもとピンポイント(病巣)目がけて多方向から放射線を照射するものである。
個々の線源からの放射線は細く弱くても、多方向から病巣に向けて照射するので、病巣部に対しては大きな線量となり効果を上げることができる
通常の放射線治療よりも周囲の正常細胞に当たる線量を減少させることが可能で副作用が最小限に抑えられる。
この治療の体幹部への照射は2004年から保険診療の適応となっている。
治療が行える病院は限られていて群馬県内では2~3か所。
新病院のB病院でも導入予定だったが、導入を待っていたら間に合わないと言われて別の病院(C病院)を紹介された。

この治療は転移が無い状態で腫瘍が5cm以内が適応とされている。
父の場合は大きさ的に最初から微妙ではあった。
(肺の場合はステージに関係なく腫瘍の種類や位置によっても手術や放射線治療の適応が変わってくる)


5月連休前にC病院を受診して、連休明けに短期入院で治療を行う予定で体にマークを入れて準備をした。
場所をずらさないという精度が非常に大事な治療なので、このマークがとても大切である
消えないように消さないようにとの注意を受けて連休明けを待ち、治療開始直前に受診。
画像検査の結果からなのか、そこで「定位放射線治療は難しい」と告げられた。
そして家から近い病院で普通の放射線治療を受けたらどうかと言われ、D病院に移ることになった。
5月から6月いっぱいまで通常の放射線治療を1クール通院で受けた。
この治療の最中に姪っ子(父にとっては孫)が亡くなった。
1クール終了直後の検査で腫瘍が少し小さくなったそうだがそれ以上の治療はもう出来ないので、放射線治療終了後はかかりつけの病院の呼吸器外来(月1回)に移った。

かかりつけの病院→A病院→B病院→C病院→D病院→かかりつけの病院

呼吸機能が以前よりも悪くなるのは避けられず、力仕事や俊敏に動くことは難しくなったが、酸素を供給しながらなんとか過ごせていた。
しかし12月中旬から胸に痛みが出始めたようで体調がみるみる悪くなった。
食欲が無く、トイレにいくというような動きでも呼吸が苦しくて大変で、年末頃からは一日ほぼ寝ているというような生活になった。
何度も「病院に行こう」と誘ったが「大丈夫」と断られる。
年が明けてからはさらに状態は酷くなった。
そうこうしているうちに大雪が降り外出が余計に大変になってしまう。
そうこうしているうちに父も痛みに耐えかねたようで、1月17日にやっと病院に行く気になってくれたので連れて行った。

痛みが出てきたということは、がんの末期の疼痛であろう。
私はそう思ったので、放射線治療を受けた病院に連れて行った。
放射線治療を受けた際に緩和ケア(末期の痛みコントロールなど)の希望についてのアンケートをスタッフがとっていたので、内科受診して緩和ケアに繋げてもらおうと思ったのだ。
ところがその日は内科に呼吸器の医師が不在であった(心臓専門の医師に診てもらった)。
放射線治療後の経過を診ていないことや呼吸器の態勢が万全ではないとのことで、受け入れには消極的な感じであった。
緩和ケアも専門の科があるわけではなく、院内でチームを作って対応にあたっている状況だということだった。
でもとても長い時間話を聞いて下さり、最後は「専門外で治療は一切しないということを了解してもらえるならば私が主治医になってもいいですよ」と言ってくれた。
そのドクターが「がん難民」という言葉を使っていたが、最期の時はやはりなかなか難しい。


がん難民救済のカギ 止まらないがん難民の発生

現在、日本のがん治療の現場では納得した治療・療養生活を探し求めてさまよう「がん難民」と呼ばれる患者さんが増えていることが大きな問題となっています。手術や抗がん剤治療といった標準治療はほぼ平均的に全国に行き渡っているにもかかわらず、がん難民になる患者さんが跡を絶ちません。何故でしょうか?

日本のがん治療の全体像は、手術・抗がん剤・放射線治療を中心とした標準治療とがんの終末期のケアを目的とする緩和医療の2つに大きく分けられています。一般に標準治療で約半分のがん患者さんに根治が望めます。しかし、残りの半分は根治が見込めない患者さんたちです。ここで標準治療を使いきるあるいは標準治療ができなくなった時点で、「もう、治療はありません。あとは、緩和医療です」と言い渡されます。

また、抗がん剤の副作用で心身ともにボロボロになって、「もう、イヤだ」と、その先の抗がん剤治療を拒否した場合も「もう、治療はありませんから来なくていいです。あとは緩和病棟に行ってください」と見捨てられます。

ほかにも、抗がん剤治療の副作用で苦しんだ身内や知人を見たことのある方のなかで、最初から「抗がん剤治療はやりたくない」という患者さんも同様です。「それなら、もう来るな」です。

ところが、がんが身体に残っている、医師に見捨てられた“元気な”がん患者さんはたくさんいます。そういった患者さんは、「自分はまだ、こんなに元気なのに治療がないから緩和病棟に行けといわれた。本当に、もう諦めなくてはいけないのか?」 という思いから、何らかの治療・希望・可能性を求めてさまよう「がん難民」となるのです。がん難民は標準治療と緩和医療とに連続性がなく、両方の間に大きなスキマが存在することにより生まれます(図)。

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このスキマをいちばん実感しているのは患者さんご本人、あるいはそのご家族の方々でしょう。このスキマでは「これ以上治療はない」が前提のため、標準治療を提供する大学病院、がん専門病院、総合病院では解決策が出てこないことが多いのです。

一方、緩和医療ではモルヒネによる疼痛コントロールなど、がんに伴う症状の緩和行為は行うものの、がん病巣そのものに対しての医療行為は何もしないで死を待っているのが現状です。多くの患者さんは、たとえ緩和病棟を勧められようと延命効果が見込めないと告げられようと心の中では、いつまでもがんそのものに対する何らかの治療行為を求めています。

医療法人社団キャンサーフリートピア 銀座並木通りクリニックより>


上の記述とは少し違うのだが、父も私も積極的な治療行為は求めていない。
父は母の事を気遣っているせいもあるが、病院よりも自宅にいたい人である。
その父が私に病院に連れて行かれることを嫌がらなかったということはよっぽど体の状態が辛かったということなのだ。
私は父に痛みが出てからは緩和ケアを希望していたわけだが、その緩和ケア自体受け入れ先がそんなにない。
隙間の治療がないという問題だけではなく、緩和ケア専門の病院なり科を持つ病院が不足しているという問題もあるのだ。



1月17日受診のD病院では「緩和目的でうちに来るにしても他の病院に行くとしてもかかりつけの呼吸器の先生を介したほうがよい」とアドバイスされた。
かかりつけの病院の呼吸器の医師もその病院には月に2回しか来ていなかった。
だから待ってられずにD病院を受診したということもあったのだが、かかりつけの病院で19日がその医師の診察日だったので、D病院で話を聞いてくれた医師に「なんとか今日少々強めの痛み止めを出してもらえないでしょうか」とお願いして鎮痛剤を処方してもらった。
胸が痛むようになってからの父は市販の鎮痛剤を服用して誤魔化していたようだったのだが、その鎮痛剤も底をつきたらしかった。

ドクターはトラムセットを10錠ほど処方してくれた。
鎮痛剤としては結構強い薬ではあるが、通常は非がん性疼痛に処方される。
逆を言えばがん性の痛みというのはそれほどに強いということでもある。
トラムセットには弱オピオイド系と呼ばれる物質が含まれており他の鎮痛剤とは違う効き方をする(抗炎症作用はない)。
弱オピオイド配合製剤で、麻薬系鎮痛剤と考えてよいものだが、日本の法律では麻薬扱いされていない。
ドクターも「麻薬系ではないが強めの薬を出しておきましょう」と言って処方してくれた。
他のオピオイド系(麻薬系)より依存性が少ない。
麻薬系鎮痛剤であっても適切に用いている限り薬物中毒は起きないとされているが、それらの薬よりも依存性が低い。

ただし乱用は誤った使用方法ではやはり中毒に陥る。
こんな記事もある。

米国で蔓延する「オピオイド系鎮痛剤の中毒」
オピオイド系と呼ばれる鎮痛剤には驚くほどの常習性がある。米国では鎮痛剤の使用および乱用が蔓延状態であり、米国政府の試算によれば、2013年にはおよそ190万人の米国人がこうした鎮痛剤の依存症だったという。そこでアメリカ疾病予防管理センター(CDC)は2016年3月中旬、医師が鎮痛剤の処方を管理するための新しいガイドライン(PDF)を公開した。

オピオイド系鎮痛剤に関しては以前から、「薬物治療」と「薬物中毒」の境界が曖昧だ。そして規制当局は、両者のバランスを取ろうとして苦労してきた。

オピオイド系鎮痛剤はもともと、植物のケシ(Opium poppy)からつくられた。ケシの実から採集されるアヘン(Opium)が、古来から麻薬として使われていたのだ。紀元前3400年ころの古代シュメール人たちもケシを栽培しており、「喜びをもたらす植物」と呼ばれていた。

20世紀はじめの米国では、アヘン中毒が問題になっていた。1908年にはセオドア・ルーズベルト大統領がアヘン中毒に対処する「アヘン・コミッショナー」を初めて任命したが、当時の米国では400人にひとりがアヘン中毒であり、そのうち2/3は女性だったという。1914年のアヘン規制法により、上流階級の白人女性でアヘン中毒になる人数は減少したが、非合法の利用は減ることはなかった。その後も政府は規制の努力を続け、1924年、1951年、1970年にも、(ほかの麻薬も含めた)規制法が成立した。

しかしその一方で、製薬会社はアヘンからさまざまな鎮痛剤(オピオイド系鎮痛剤)を開発していった。1804年にはモルヒネ、1832年にはコデインが作成され、1874年には、モルヒネからヘロインもつくられた(最初は鎮咳薬として販売されたが、注射器投与により強力な麻薬作用が生じることが判明し、厳しく規制されることになった)。その後、アヘンに含まれるアルカロイドからオキシコドンが合成されたほか、ヴァイコディン(コデインから合成されたヒドロコドンとアセトアミノフェンを配合したもの)やパーコセット(オキシコドン・アセトアミノフェン・パラセタモールを複合的に配合したもの)などの各種オピオイド系鎮痛剤がつくられていった(米国では処方薬として購入できるオピオイド系鎮痛剤が、日本では違法薬剤であることも多い。たとえばオキシコドンは2015年6月、トヨタ自動車の女性常務役員が麻薬取締法違反容疑で逮捕された原因となった)。

米国では、慢性痛の治療に使われるオピオイド系の鎮痛剤が乱用されており、中毒状態になっている者は190万人。死亡者は1999年から2014年までで16万5,000人に上るとされる。



■代表的な非ステロイド系鎮痛剤の強さ
ジクロフェナクナトリウム(ボルタレンなど)>インドメタシン>ロキソフェナクナトリウム(ロキソニン)>メフェナム酸(ポンタールなど)> イブプロフェン(ブルフェンなど)=アセトアミノフェン(カロナールなど)>アスピリン(バファリンなど)

非ステロイド系鎮痛剤にも副作用や習慣性がある。
トラムセットは副作用が吐き気以外にほとんどないわりに非ステロイド系鎮痛剤よりも鎮痛作用が強い。
(でも他の麻薬系鎮痛剤と比べると5分の1程度の鎮痛作用)











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# by yumimi61 | 2017-01-23 13:32
2017年 01月 16日
日本国憲法の秘密-452-
これまでいろんな角度から原子力を見てきた。そのどれもが素晴らしくてどんな角度から見ても核分裂の利用は困難で、利点も大して無く、在り得ないという結論に至ってしまう。
1つ嘘をつくと、それがばれないようにとまた嘘をつく。嘘は雪だるま式に大きくなっていく。

核分裂の利用は困難でもウランは天然に存在する物質であり、これを使用することは出来る。
ウランは放射性物質であり有害化学物質である。
人体に影響を与える有害化学物質は数多くあるし、人を大量に殺傷する能力を持つ兵器は核兵器だけではないだろう。
そもそもなぜ核兵器と言うかと言えば、「原子核の分裂」を利用しているから。
でも放射性物質を積載した爆弾(汚い爆弾)だって、投下爆発後に拡散した放射性物質(核種)の「原子核が崩壊」を起こしていく。つまりこちらも核兵器である。
放射性物質は無暗に拡散させないことが大事(放射性物質に限らず細菌やウイルス、危険な化学物質もそうだけれど)。
もっと簡単なのは原子力発電所など放射性物質が存在している箇所を狙って爆弾を落としたりミサイルを撃ち込むこと。それだって核兵器となりうる。
稼働しているとかしていないとかは関係ない。そこに放射性物質がありさえすればよいのだ。
ミサイルに積み込む放射性物質よりも遥かに多い量の放射性物質がそうした施設にはあるのだから、そちらのほうがずっと効率がよい。核分裂なんか別に必要ない。

人間にとって一番脅威なのは予防の手だてがないものだろう。そして非選択性なもの。
自分には関係ないと思うものに対しては概して興味が薄く積極性も欠けるものなのだ。
もし世界が何より核兵器を拡散させたくないと考えているならば、放射性物質の悪影響に対しては予防の手だてがなく、非選択性だと思っているということになる。
そうでないならば、予防の手だてがあり、選択性がある(自分は大丈夫)と思っていることになる。
あるいは、核兵器なんか存在しないと思っているか(核兵器は裸の王様)。


2007年4月に、コスタリカ・マレーシア両政府の共同提案として「核兵器禁止条約(案)」が国連に提出された。
しかしこの条約は未だに発効されていない。
2015年4月27日開幕の核兵器不拡散防止条約再検討会議に向けて事前にオーストリアのアレクサンダー・クメント軍縮担当大使が、国連加盟国(193ヶ国)全てに「悲劇を二度と起こさないため、核兵器を法的に禁止することで無くす。この考えに貴国は賛同するか?」という外交文書を送ったそうだ。
この時点での賛同国は南米やカリブ海諸国、アジア、中東、欧州の一部など計65カ国で3分の1程度だった。
再検討会議の場でも同大使が「核兵器禁止条約」の発効を精力的に働きかけた。
アメリカは「地道な核兵器削減努力に水を差す行為」と反発したそうである。

アメリカ「核軍縮が進んでいないという発言には失望しました。我が国は軍縮の義務に真摯に向き合っています。議長、そして皆さん、禁止条約派の主張には注意してください。議論を単純化しています。たとえ、あなたの国が調印しても、調印しない国が出てきたら、どう思いますか?確実に不信感を持つでしょう。」

オーストリア「リスクが高い核兵器で安全を守れるというのは幻想です。まさにギャンブルだと何故気づかないのですか?人類のために目覚めてください。核兵器を禁止しましょう。」

唯一の原爆国と積極的に謳う日本は、2013年に一度だけ拘束力がない共同声明に賛同した以外は、これまで一貫してこの提案への賛同を拒否してきた。
この時も賛同せず、どうしてなのか?と報じられたので覚えている人もいるかもしれない。
あのイランだって(失礼!)賛同しているというのに。
もっともアメリカと日本だけでなくNATO(北大西洋条約機構 アメリカとカナダ及びヨーロッパ諸国によって結成された軍事同盟)に加盟している国はどこも賛同していない。ヨーロッパの国の多くは加盟している。
オーストリアはNATOに加盟していない国なのだ。

加盟国
1949年 アイスランド、アメリカ合衆国、イギリス、イタリア、オランダ、カナダ、デンマーク、ノルウェー、フランス、ベルギー、ポルトガル、ルクセンブルク
1952年 ギリシャ、トルコ
1955年 ドイツ
1982年 スペイン
1999年 チェコ、ハンガリー、ポーランド
2004年 エストニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ラトビア、リトアニア、ルーマニア
2009年 アルバニア、クロアチア
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# by yumimi61 | 2017-01-16 17:27