2017年 10月 13日
日本国憲法の秘密-591- (加計学園問題について)
本日2本目の投稿となります。

文科省が難色を示していた2016年9月16日ワーキンググループヒアリングの後から10月の間くらいに内閣府から文科省に圧力が掛けられた。
その2016年9月からいっきに飛ぶようだが、問題発覚後の経緯を先に見ておきたい。

森友学園、加計学園ともに、朝日新聞のスクープから始まっている。
朝日新聞はこの両スクープにて2017年7月19日に日本ジャーナリスト会議(JCJ)が主催するJCJ賞で大賞を受賞した。
また森友学園への国有地売却問題をスクープした朝日新聞の記者2人が日本外国特派員協会の「報道の自由推進賞(Freedom of the Press Awards)」の「日本調査報道賞」に選ばれた。



2017年1月12日 国家戦略特区法に基づいて今治市の獣医学系の国際教育拠点事業実施主体が加計学園であることが発表され、実施主体として付け加えてほしい事業者を1月17日までの期日で募集。

2017年2月9日 朝日新聞が森友学園への安価な国有地売却問題を報道。

2017年5月16日 - 国家戦略特別区域会議合同会議広島県・今治市(第5回)で、今治市より、文科省により獣医学部設置認可の審査中であり、認可がおりれば2018年4月に52 年ぶりの獣医学部の開設 となることが報告される。

2017年5月17日 - 朝日新聞と毎日新聞が「総理のご意向」等と記された文書を報道、民進党の玉木雄一郎が国会で流出文書について質問

2017年5月22日 - 読売新聞が「前川前次官 出会い系バー通い 文科省在職中、平日夜」との見出しで前川喜平が文科省在籍中に新宿歌舞伎町の出会い系バーへ頻繁に通っていたことを報道。

2017年6月15日 文科省再調査で「総理の意向」などと記された文章と同じ内容か酷似する文書が確認されたと文科省が発表。

2017年6月16日 内閣府においては「総理の意向」などと発言した職員はいなかったとする調査結果を内閣府が発表。

2017年7月10日 参院閉会中審査が行われる。

2017年7月11日 閉会中審査の前川と加戸の報道時間の不平等を理由にメディア批判が始まる
Jcastニュース『加計問題、なぜか報道されない「当事者」前愛媛県知事の発言全容』 7月11日19:42

2017年7月24-25日 衆参予算委員会閉会中審査が行われる。

私は7月25日から加計学園問題について書いている。

2017年7月31日 解散が囁き始められる
 7月31日夜 連立パートナーの公明党・山口那津男代表の発言
 8月1日の会見 自民党の二階俊博幹事長の発言
Jcastニュース『支持率低下で「解散風」 安倍首相、来秋まで待てない?』 8月1日17:07

2017年9月14日頃から急速に解散風が強まる。

2017年9月28日 臨時国会召集→冒頭で衆議院解散



森友・加計学園問題をスクープしたのはどちらも朝日新聞であった。
一方、前川と加戸の放送時間の不平等を理由にしたメディア批判をいち早く展開したのも、解散風をどこより早く報道したのも、J-castであった。 
(観点の話ならともかく選挙中の政見放送でもないのに時間の平等なんて言いがかりである)

株式会社ジェイ・キャスト(英語:J-CAST, Inc.)は、日本のネットニュースサイト運営会社。J-CASTニュースの運営と配信、eラーニングサービス事業、メディアサービス事業、Web制作事業などを行っている。主に2ちゃんねるでのネタを記事にアクセスを稼ぎ、“ゴミカスのようなメディア”という意味でJカスとも呼ばれ、これを自虐ネタとして「カス丸」という公式のイメージキャラクターまで登場している。

ジェイキャストは1997年8月25日に、雑誌『AERA』元編集長・発行人の蜷川真夫によって設立された。ジェイはJapanや情報の略だと言う。
2006年からは「J-CASTニュース」と改名し、現在は月に1100万人以上の読者が訪れるニュースサイトに成長している。


蜷川真夫(1938年 - )
ジェイ・キャスト代表取締役。『AERA』元編集長。富山県出身。

富山県立富山中部高等学校、東京大学社会学科を卒業後、朝日新聞社に入社した。社会部記者として遊軍を担当。1975年、田中角栄の選挙区にある、新潟支局六日町駐在に志願して赴任した。これは立花隆の『田中角栄研究』に触発されたもので、異例の人事だったという。1976年のロッキード事件では新聞だけでなくテレビや雑誌とも協力し、視野を広げた。その後、ニューデリーに特派員として3年間赴任した。

『週刊朝日』に移動し、副編集長を務めた。その後、1988年に創刊された『AERA』に移動する。
1995年に開設されたasahi.comへの転属を希望し、アサヒ・インターネット・キャスターとなった。この時期に朝まで生テレビ!の臨時司会を担当したこともある。定年前に退職し、1997年8月にジェイ・キャストを設立した。同時にアスキーの顧問を兼務し、石田晴久などと出会った。


大森千明(1946年もしくは1947年 - 2017年7月22日)
日本のジャーナリスト、元ジェイ・キャスト取締役社長・執行役員。東京大学卒業。
1971年、朝日新聞社入社。経済部記者。
1995年、「アエラ」編集長就任
「週刊朝日」編集長就任。
2001年1月、朝日新聞社出版本部長。
2003年2月、出版担当付。4月、帝京平成大学非常勤講師。
2005年4月、週刊朝日武富士広告リベート問題で、当時の編集長だったため降格の上停職2ヶ月の処分。
2006年1月、朝日新聞社退社。7月、「J-CASTニュース」編集長。
2010年6月から2016年6月までジェイ・キャストの取締役社長を兼務。
2016年初めから体調を崩し、その後、療養に専念するため、2017年6月に取締役を退任。
2017年7月22日、死去。70歳没。



J-CASTの会長・社長ともに朝日新聞出身の人物だったのだ。
2人の経歴を見れば、2人も週間朝日やAERA(アエラ)編集部にも所属してたことがあった。
全日空(ANA)の前身は朝日新聞社の航空部であり、財界四天王の1人で戦後の財界のドンとも言われた永野重雄がANA設立に深く関わっている。
永野は麻薬販売網に暗躍するアイゼンベルグとも関係があるとされる。アイゼンベルグはアメリカとも関係がある。
永野は広島県出身で、同じ広島県出身の池田勇人首相を支えた。
その池田勇人と親交があったのが加計学園創立者の加計勉(元理事長の父)で岡山理科大の前身学校は池田首相在任期間に設立されている。


安倍首相と大変折り合いが悪いと感じられる朝日系列。
朝日系列は以前より左指向であると言われている。
政権(右)⇔左 、と考えれば折り合いが悪くてもおかしくはないが、そうとは言い切れない関係が歴史上にも現代においても認められる。
政権やその周辺と近く親しかったからゆえにANAになったのではないのか?それとも奪取された?
朝日新聞をはじめ、朝日系列を渡り歩いたJ-castの創設者は、親朝日(反権力)ではなく反朝日(親権力)なのか?
今回のメディア批判は政権側の味方によって行われている。
その先陣をきったJ-castはやはり政権の味方なのか。
反権力や親権力という思想はもう古いのかもしれない。
何より大事なのは個人の事情。だから首相との個人的関係や感情によって反権力や親権力も変わるということなのかもしれない。
それを考えると政党という考え方にも無理がある。

思想よりも政策、ということを言い換えれば、集団の理想よりも個人の損得ということになる。
よって集団の理想は幻想となる。



今日は妻がせっせと活動している教育関係の講演会。前川喜平が講演に来てくれている。
テーマは「子ども一人一人を大切にする教育」…当たり前すぎないか。けれど今このテーマで講演会をして会場が満員だということを私たちは改めて考えなければならない。

Yamaatsu2311 10/7(土) 15:09

このツイートをしたのはこの方。
山田厚史
日本のジャーナリスト。元朝日新聞社編集委員、デモクラシータイムス代表。東京都新宿区生まれ。

同志社大学法学部政治学科卒業後、毎日放送制作局ディレクターを経て、1971年12月朝日新聞社入社。青森支局、千葉支局を経て、東京経済部に異動。大蔵省、外務省、日本銀行、自動車業界、金融業界などを担当する。その後ロンドン特派員として欧州経済を担当したのち、大阪経済部次長。1993年4月から経済部編集委員で「国際経済と金融」担当に。同年9月にはハーバード大学ニーマンフェロー。1996年4月、経済担当の特別編集委員となる。2000年8月にはバンコク特派員(アジア経済担当)。2003年4月、東京経済部兼AERA編集局。2005年4月には朝日新聞編集委員(経済担当)となる。2008年1月より、朝日新聞シニアライター。

1996年からテレビ朝日コメンテーターとしてサンデープロジェクトや朝まで生テレビなどテレビへの出演を開始する。1997年4月に政策NPO「構想日本」運営委員に就任。2007年よりイー・ウーマンのサーベイ・キャスター。

2013年4月に株式会社インターネット・ニュース・ジャパンを設立し、同社代表となる。同社はデモクラTVという名で会員向けに時事問題の解説や、討論番組の配信を行っている。

2017年に投開票される第48回衆議院議員総選挙に立憲民主党公認で千葉5区より立候補。



10月10日が 第48回衆院選の公示日であり、立候補受け付けはこの日にされる。
立憲民主党公認。立憲民主党は2017年10月2日に民進党の枝野幸男が結成を宣言し、翌日10月3日に結党した。
山田厚史は国会議員ではなかった。
上記のようにやはり朝日新聞社出身。
講演会のツイートは立候補の3日前だった。講演会の予定は当然もっと前から入っている。

市川・浦安市民連合(千葉第5区市民連合)のツイッターが10月4日ごろに誰かに対する次のリプライをリツイートしている。

失礼します。元朝日新聞記者で現デモクラシータイムスの山田厚史氏も立憲民主党から出馬されるとのこと。山田さんは前川喜平氏にAERAで密着取材をされていたので、前川さんの出馬は無理でも、ブレーンのような形でつながることを願っております。一気に動きだすかもしれません。

上の流れからくればAERAで密着取材・・と思いますよね?
8月上旬に山田厚史がしたツイートがあった。
講演会日にち前後に再びリツイートされている。

【AERAに書きました】『現代の肖像-前川喜平』
なぜ前川がこのような行動をとったのか?その原点を探る!
キーワードは「宮沢賢治」「仏教」そして「憲法」
ネットには上がっておりません、是非お買い求め下さい^ ^ #前川喜平 #文科相 #前文科相事務次官 #AERA
@Yamaatsu2311

「AERA」の「現代の肖像」は前川喜平さん。タイトルは「面従腹背38年、役人から個人に戻る」。仏教と宮沢賢治に深く影響されたことがよくわかりました。前川さんが育った奈良県御所(旧秋津村)は水平社宣言につながる部落解放運動の発祥の地。差別があることを漠然と感じていたそうです。
@aritayoshifu→有田芳生参議院議員(立憲民主党に入ったらしい)(若い方は御存知ないかもしれませんがオウム真理教事件にてコメンテーターとして連日テレビに出演し一躍有名になったかたです)


J-castは加戸側(政権側)に付いてどこよりも先にメディア批判記事を書いた。
そのJ-castはAERAにも関係しているわけだが・・はたして?
立憲民主党はリベラルを謳う。でもそのリベラルって?という話は前に書いた。
かつて安倍首相は「リベラル政権を創る会」のメンバーだった。
前川・元事務次官の立ち位置の不可解さを私は最初から書いているわけだが、やはりここでも同じようにその不可解さに戻ってきてしまう。





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# by yumimi61 | 2017-10-13 19:00
2017年 10月 13日
日本国憲法の秘密-590- (加計学園問題について)
2015年12月15日 国家戦略特区諮問会議(第18回)
この会議で3次指定区域の案が提示された。
次の諮問会議は2016年2月5日(第19回)。
その前、2016年1月29日に3次指定区域が公表されている。
従って意思決定の場である諮問会議で指定区域案の決を採るなら2015年12月15日の国家戦略特区諮問会議(第18回)で行う必要がある。

案として配布された資料を担当者が読み上げたり説明を加えたりし、その後に質疑応答の機会を設け、最終的に拍手なり挙手で決を採る。
多数決なので意思決定の場に欠席する会議構成者には予め委任状を提出してもらう。
委任状を提出するということは議長に(あるいは人を指名して)一任するということである。
こうして採決で決定した議題については「案を消してください」などとアナウンスされる。
PTA総会などでそのような経験がありますね?

2015年12月15日に提示された案はその日のうちに採決されたはずなのだ。
そこでまたその日の議事録をあたってみた。
この諮問会議の司会進行は石破担当大臣。

以下、今治市と獣医学部に関する部分だけを抜粋した。議員とは国会議員ということではなく諮問会議の議員ということである。

〇石破議員
国家戦略特区の第3次指定の対象となる区域といたしまして、広島県及び愛媛県今治市、千葉県千葉市、福岡県北九州市の3地域を考えております。
しまなみ海道でつながっております広島県と今治市を連携して指定したいと考えます。雇用ルールを明確化し、グローバル企業や家事支援人材を積極的に受け入れます。また、ビッグデータを活用し、民間主導の道の駅の設置や、ライフサイエンスなどの新たに対応すべき分野における獣医師系の国際教育拠点の整備については、6月の改訂成長戦略に即して行います。


〇八田議員
ただいま石破大臣から御説明がありました今回の対象候補3地域は、いずれも特区指定により速やかな効果が現に見込まれている自治体でございます。※資料参照

〇竹中議員
今まで中国・四国に特区はなかったわけでありますので、その点についても今回新たに入るということは意味があること。広島、今治が入るということだと思います。
今回、その中でとりわけ獣医学部等々を含むライフサイエンス系の問題にこの地域が取り組もうとしているところは、私は高く評価すべきであろうかと思います。この問題は成田で38年ぶりに医学部ができる。これは大変大きな話題、アベノミクスが進捗している象徴になったわけですけれども、獣医学部に関しては、それを上回る47年間新しいものがない。かつ、昭和50年、つまり約40年前から定員がふえていない。これは驚くべきことだと思います。そういう意味で、ここにぜひ獣医学部の問題も含めて、ライフサイエンスで頑張っていただきたいという思いがあります。


○石破議員
御意見ありがとうございました。
いただきました御意見につきましては議長一任とし、国家戦略特別区域を指定する政令案及び区域方針に反映させたいと存じます。それでよろしゅうございましょうか。

(「異議なし」と声あり)
○石破議員 それでは、異議がないということで扱わせていただきたいと存じます。
以上で、本日予定された議事は終了いたしました。
最後に、議長であります安倍総理から発言をいただきますが、ここでプレスを入室いたさせます。


〇安倍議長・首相
全国で10番目となる国家戦略特区を、新たに決定しました。瀬戸内のしまなみ海道でつながった、広島県と愛媛県今治市です。
例えば、しまなみ海道の『道の駅』の民間による設置、ライフサイエンスなどの新たに対応すべき分野における獣医師系の国際教育拠点の整備など、観光、教育、創業などの分野で、国際的な交流人口の流れを呼び込み、地方創生を実現します。


八田議員説明資料より)
2、 国家戦略特区の3次指定に当たって
・ 今回の対象候補3地域、すなわち①「広島県・今治市」、 ②「千葉市」(東京圏に追加)、③「北九州市」(福岡市に追加)は、特に難易度の高い既存の規制改革メニュー(旅館業法、外国人家事支援)や、改訂成長戦略に記載された事項など(遠隔服薬指導、獣医学部検討)の活用を図ることにより、「特区指定による速やかな効果が現に見込まれる自治体」である。



注目すべきは下線太字部分の石破議員の発言。
議事録を見る限り、発言者は今治市や獣医学部検討推しであり反論もないが、ここで採決していないことが分かる。
構成員は出席しているのに意見や区域指定は議長(安倍首相)に一任すると石破議員が明言し、それでよいかどうかを出席者に尋ねているのだ。言うなれば安倍首相の独裁ですよ。
出席者は議長一任に異議なしとの反応。
つまり最終的な決定権は全て安倍首相にあるということになる。
それに基づいて2016年1月29日に3次区域が決定・公表された。

それだけの権限を持っている安倍首相が加計学園が申請していることを2017年1月20日まで知りませんでしたなんて馬鹿も休み休み言えといった感じである。



2014年4月1日 木曽功が内閣官房参与に就任
2015年6月4日 加計学園による獣医学新設提案が国家戦略特区に申請される
2016年4月  木曽功が学校法人加計学園理事と千葉科学大学学長に就任
2016年8月3日 内閣改造(地方創生と規制改革の大臣の一体化)
2016年8月末 木曽は文科省の後輩であり当時トップだった前川事務次官に面会
2016年9月2日 「規制改革推進会議」設立閣議決定(国家戦略特区WGメンバー2名が委員に)
2016年9月9日 国家戦略特区諮問会議(第18回)
2016年9月16日 国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング
2016年9月21日 今治市分科会(第1回)・・加戸守行が事業者代表として出席


2016年9月16日のワーキンググループヒアリングは文科省と農水省に対するヒアリングである。自治体関係者や事業者の出席はなく会議時間は20分ほど。
この会議については こちらに書いたが、ワーキンググループはああ言えばこう言う感じで獣医学部新設が必要だと訴えている。
「全国的見地」と文科省が再三言っているにも関わらず、完全に京都を無視しているWG委員。
ただ最後の藤原審議官のまとめのお言葉に京都が!


文科省から出席したのは以下2名。
 浅野敦行  文部科学省高等教育局専門教育課長
 辻直人  文部科学省高等教育局専門教育課長補佐
             ↓
内閣府の意向(圧力)を残す、あるいは伝え共有するために「総理の意向」などのメモを作成

2016年9月16日ワーキンググループヒアリングには諮問会議のメンバーは出席しておらず、国会議員も担当大臣含め誰も出席していない。
この会議の議事録を読むと文科省が難色を示していることが分かる。
ワーキンググループメンバーはおそらくその状況を官邸サイドに報告したのであろう。(あるいは事務局から淡々と事実だけが伝えられた)
ワーキンググループは素直に従いそうもない文科省に内心切れていた。
内閣府に告げ口をし、内閣府から文科省の担当者に「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向」という圧力が掛けられた。
ワーキンググループよりは意思決定組織である諮問会議のほうが権力を持っている。その諮問会議の議長は官邸の最高レベルであり総理である。議長として全てを一任されてもいる。
最高権力者の顔をチラつかせて事態を動かそうとした。
辻褄が合う話である。

9月16日から10月くらいまでの間に、上記の文科省専門教育課課長補佐が「個人メモ」として「総理のご意向」などと記載した16種類程のメモを作成し、同課の共有フォルダに保存、一部をメール送信していた。

「加計」14文書が存在=「総理の意向」など-作成職員「個人メモ」・文科省再調査
2017年6月15日 時事ドットコムニュース


松野博一文部科学相は15日記者会見し、安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設をめぐる「総理のご意向」などと記された文書の存否に関する再調査結果を発表した。民進党が入手して調査を求めるなどした19の文書のうち、少なくとも14の文書については、同じ内容か酷似する文書が確認されたという。

発表によると、内閣府が文科省に「官邸の最高レベルが言っている」と伝えたとする文書と同内容の文書、「総理のご意向」などとした文書と酷似した文書が、それぞれ同省の専門教育課で新たに調査したコンピューターシステム上の共有フォルダに保存されていた。

 文書を作成したとみられる同課の課長補佐は、前回調査での聞き取りに「記憶にない」と答えたが、再調査では「類似の文書を作った記憶はあったが、曖昧な記憶で自信がなかった」と説明。「自分が作った個人メモだろう」と話した。
 内閣府側の発言については、「文書に記載されている以上、こうした趣旨の発言はあったと思うが、真意は分からない」と語ったという。

 再調査の過程で、内閣府から文科省担当者へ送られたことを示すメールの存在も判明。獣医学部新設の条件などを示した文書の修正を求めるなどの内容だった。内閣府は、このメールの存否や真偽を調査することを決めた。16日にも結果を公表する方針。

 文科省はこれらの文書について5月19日、「存在は確認できなかった」と発表していた。文科相は「前回確認できなかった文書の存在が明らかになったことは大変申し訳なく、真摯(しんし)に受け止めている」と述べた。
 再調査では、当初調べた獣医学部設置を担当する専門教育課に加え、大学設置室と私学行政課、行政改革推進室の共有フォルダも確認。職員からの聞き取りは、前回調査で対象とした7人を含む計26人から実施した。



メモを作成した文部科学省高等教育局専門教育課長補佐は調査の際に「記憶にない」とか「曖昧な記憶」だとかはっきりしない態度を取った。
内閣府からの圧力(要請)があったからこそメモに残したはずなのに、内閣府側の発言については「文書に記載されている以上、こうした趣旨の発言はあったと思うが、真意は分からない」と誰が言ってきたのかも含めて濁した。
省庁の課長補佐がどれくらいの立場なのかよく分からないが、一公務員が国家権力最高峰を敵に回しても勝ち目はないだろう。
この先の昇進もなく、左遷されるかもしれない、下手すれば失職してしまうかもしれない。
国家公務員になるような人で、そんな状況に耐えられる人は、はたしてどれほどいるだろうか。
裏方に徹してきたような人が、そんな状況でいきなり表に引きずり出されるのだって恐怖だろうと思う。
だからなかなか事実が明らかにならない。
(でも政治家に転身したり大学学長とかに天下って表に出たり天下を取ってチヤホヤされたい人も少なからずいるということでなんでしょうか?)


時事の6月15日の記事の中に「内閣府は、このメールの存否や真偽を調査することを決めた。16日にも結果を公表する方針」とある。

明日の今日の6月16日ー
内閣府と文科省、食い違う認識 真偽巡り混迷も
2017年6月16日11:32 日本経済新聞


学校法人「加計学園」(岡山市)の国家戦略特区での獣医学部新設を巡り、文部科学省が「総理のご意向」などと記した文書の存在を認めたことについて、内閣府は16日、そうした発言をした職員はいなかったとする調査結果を発表した。文科省の見解との食い違いが浮き彫りに。文科省には調査の不備を指摘する抗議の電話が相次いだ。

 山本幸三地方創生相は午前10時前に官邸内で記者会見した。「内閣府から文科省に、個別の項目などについて『総理のご意向』などと伝えた認識はない」。硬い表情で調査結果を読み上げ、10分弱で会見を切り上げた。

 文科省の文書に「総理のご意向」などと記載された経緯については、「安倍晋三首相が規制改革全体について『スピード感をもって実現すべきだ』と日ごろから発言している」と説明した。

 内閣府の報告書は、文科省作成の文書について「議事録ではなく作成者の受け止めを記したもの」と主張。「調整が困難な局面で内閣府職員が時として使用する強い口調が反映されたと推察される」と指摘した。

山本氏は報道陣から調査期間が短いと指摘されたが「十分に尽くした」と強調。新たな事実が判明しない限り、再調査しない意向を示した。





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# by yumimi61 | 2017-10-13 13:34
2017年 10月 13日
日本国憲法の秘密-589- (加計学園問題について)
何度も書くようだが、国家戦略特区の意思決定の場、つまり最高意思決定機関である諮問会議の議長である安倍首相が、国家戦略特区の中身を何も知らないで今日までやってきたなんておかしすぎる。
どこがどんなふうな事業提案をし、それを中心にしてどのように膨らませていくのか、そうした内容を知らずして良いか悪いか妥当か否かをどのように判断するというのだ?「今治市という名前は良いですね、賛成!」とかやってるわけでもあるまい。


報道機関をはじめ多くの人が国家戦略特区制度そのものを理解していないため、「自治体しか申請出来ない」「加計学園が申請していると初めて知ったのは2017年1月20日」などという安倍首相の大嘘を平気で聞き逃し、まんまと騙された形となっている。
(事業者を外部に正式に公表した日は2017年1月12日であり20日でもない。また「決定の日」ではなく「公表の日」である。安倍首相の言い訳は破綻している)


2015年6月4日に「加計学園による獣医学部新設(設置場所は愛媛県今治市)(文科省の大学学部新設増員規制の突破を狙う)」が申請された。
2015年12月15日の諮問会議にて案として3次指定区域に広島県と愛媛県今治市が提示された。
これは2015年度春から秋に申請された提案の中からヒアリングを経て選ばれたものである。提案に関係する自治体は43ほどあった。
この期間内(2015年6月4日‐12月15日)に委員や議員は全ての提案申請情報を共有していなければならないはずだし、ワーキンググループが選定実務を担当しているにしても選考に残ったものの詳細は報告して然るべき。そうでなければ諮問会議は意思決定機関ではない。


今治市は「獣医学部検討」を軸に「食品等の輸出手続きのワンストップ化と民間拡大」の規制改革が盛り込まれた。

今治市と組むことになった広島県は「医療機器相談」と「小型無人機」を軸に、「ビッグデータ処理等の研究開発に係る個人情報取扱事業者の義務等の除外」「高度外国人材の帯同する家事支援人材の複数化」「高度外国人材のポイント制の拡充」の規制改革が盛り込まれた。

あっさり書いているけれども「ビッグデータ処理等の研究開発に係る個人情報取扱事業者の義務等の除外」というのもなかなか凄いですよね。まあ国勢調査も視聴率調査に利用しているくらいだから今更か。


2015年12月15日に「安倍首相が諮問会議を開催した」という証拠写真は官邸ホームページに上がっています。
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ちなみに翌日12月16日はビル・ゲイツ表敬訪問でした。
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# by yumimi61 | 2017-10-13 00:37
2017年 10月 12日
日本国憲法の秘密-588- (加計学園問題について)
加計学園グループの大学の偏差値を調べてみた。

岡山理科大学
理学部
 応用数学科 42.5~47.5
 化学科 35.0~42.5
 応用物理科
  物理科学専攻 35.0
  臨床工学専攻 BF
 基礎理学科 35.0
 生物化学科 35.0
 臨床生命科学科 35.0~37.5
 動物科 45.0
工学部 BF~42.5
総合情報学部 35.0
生物地球学部 47.5
教育学部 BF~42.5
経営学部 35.0~42.5

※倍率が比較的高いのが理学部の動物科と生物地球学部。

倉敷芸術科学大学
芸術学部 37.5
危機管理学部 35.0
生命科学部 
 生命科学科 35.0
 生命医科学科 37.5
 動物生命科学科 35.0
 健康科学科
  健康科学専攻(健康・運動指導者コース、アスレティックトレーナー、救急救命士コース)35.0
  鍼灸専攻 35.0

千葉科学大学
薬学部
 薬学科(6年制) BF~37.5 ・・ 卒業にて薬剤師国家試験受験資格取得
 生命薬科学(4年制) BF~35.0 ・・研究者養成

危機管理学部 BF~35.0
看護学部 BF~37.5

吉備国際大学
社会科学部 BF
保健医療福祉学部
 看護科 BF~35.0
 理学療法科 37.5~50.0
 作業療法科 BF~35.0
 社会福祉科 BF
心理学部
 心理科 BF~35.0
 子ども発達教育科 BF
地域創成農学部 BF
外国語学部 BF~35.0
アニメーション文化学部 BF

九州保健福祉大学
社会福祉学部
 スポーツ健康福祉科 BF~35.0
 臨床科
  臨床福祉専攻 BF~40.0
  臨床心理科 BF
保健科学部
 作業療法科 BF~35.0
 言語聴覚療法科 BF~35.0
 視機能療法科 BF
 臨床工科 BF~35.0
薬学部
 薬科(6年制) 35.0~40.0 ・・卒業にて薬剤師国家試験受験資格取得
 動物生命薬科学(4年制) BF~35.0 ・・研究者養成

生命医科学部 35.0~40.0



加計学園グループの大学の偏差値は全体的に低く、BFもかなりある。
偏差値が全てではないと言うかもしれないが、職業人として業務を遂行していくにあたって、覚えなければならないことや知らなければならないことは現実的に沢山あるわけで、偏差値が無関係であるとは言えない。
感覚や経験だけでカバーできる職業ならばよいが(感覚や経験はどんな職業であってももちろんとても大事だが)、それだけでは済まされないこともある。

すでに述べたように、かつて4年制だった薬学部は2006年に6年制が導入され、薬剤師の国家試験受験資格を得るためにはこちらを卒業しなければならない。
4年制も残されたが、そちらでは薬剤師の国家試験受験資格は得られず、研究者養成目的を謳っている。
加計学園グループの千葉科学大学(千葉県)と九州保健福祉大学(宮崎県)にも薬学部が作られたが、こちらも偏差値は高くはない。(赤字部分)
その九州保健福祉大学の薬科1期生が国家試験合格率全国1だったとか・・・


獣医学部新設を希望しているのは岡山理科大である。
現存する学部は岡山県にあるが、獣医学部は瀬戸内海を渡って四国の愛媛県今治市に設置しようとしている。
その新設にあたり、事業者代表として国家戦略特区の会議に顔を出しているのが、元文科省官僚で前愛媛県知事の加戸守行(愛媛県出身)である。
だから私は前記事で学部長にでも就任する予定なのかと書いてみた。

実は文科省から加計学園の理事とグループ大学の学長に就任した人物がいる。すでに前例がある。

木曽功(1952年2月11日、広島県生まれ )
2016年(平成28年)4月に千葉科学大学学長と学校法人加計学園理事に就任。

1952年広島県尾道市出身、1959年同福山市に移る。
1970年(昭和45年)広島大学附属福山中学校・高等学校を卒業後、1971年(昭和46年)東京大学入学、1975年(昭和50年)東京大学法学部卒。 翌年文部省に入省する。

1979年(昭和54年)5月  イェール大学経営大学院修了
1984年(昭和59年)7月  宮城県教育委員会行政課長
1987年(昭和62年)2月  在フランス日本国大使館一等書記官
1993年(平成5年)12月  文部省初中局職業教育課長


1979年4月 - 東京大学法学部卒業、文部省入省
1986年9月 - 宮城県教育委員会行政課長
1989年2月 - 在フランス大使館一等書記官
1992年3月 - 文部省官房政策課政策調査官


ピンク文字は前川・前文科省事務次官の経歴。木曽と前川は宮城県教育委員会と在フランス大使館にいた時期が重なっている。
旧知の中だったのであろう。
前川は2016年8月末に事務次官室で木曽に「国家戦略特区制度で今治に獣医学部を新設する話、早く進めてほしい。文科省は諮問会議が決定したことに従えばいい」と言われた証言している。
木曽も面会自体は否定しておらず、話題の1つとして「よろしく」くらいは言ったかもしれないと話した。
木曽はその面会当時、安倍内閣内閣官房参与であり、学校法人加計学園理事であり、同法人の千葉科学大学学長であった。

1995年(平成7年)7月  文部省高等局医学教育課長
1996年(平成8年)4月  広島県教育委員会教育長
2001年(平成13年)1月  文部科学省大臣官房国際課長
2002年(平成14年)8月  文化庁文化財部長
2003年(平成14年) フランス政府パルム・アカデミーク勲章シュヴァリエ章(Chevalier, fr:Ordre des Palmes Académiques)
2004年(平成16年)7月  独立行政法人日本学術振興会理事
2007年(平成19年)7月  文部科学省国際統括官
2010年(平成22年)8月  国連教育科学文化機関(ユネスコ)日本政府代表部特命全権大使(2013年11月退官)
2014年(平成26年)1月  東日本旅客鉄道株式会社顧問
2014年(平成26年)4月  第2次安倍内閣内閣官房参与(ユネスコ文化関係施策担当)に任命、2016年(平成28年)9月末退官)
2016年(平成28年)4月  千葉科学大学学長と学校法人加計学園理事に就任


上記の木曽功Wikipediaの経歴には、2014年4月に第2次安倍内閣内閣官房参与に任命され2016年9月末に退官と書いてあるが、木曽は今現在も内閣官房参与である。

内閣官房参与(英訳:Special Adviser to the Cabinet)
日本の内閣官房の役職の一つ。内閣総理大臣(首相)の“相談役”的な立場の非常勤の国家公務員である。内閣官房に参与を置く規則(昭和62年11月制定)による。

内閣が対応すべき各種分野において優れた専門的識見を有する人材を首相が直接任命し、任じられた当人は首相に対して直接意見を言い、また情報提供や助言を行う。いわゆる“ブレーン”、“側近”的存在。人数制限はなく、通常は複数人いる。職務に対しては守秘義務が課される。全員に、所属する内閣府や総理大臣官邸で一つずつ執務室が与えられる。また内閣参与の上に定員1名の内閣特別顧問が存在する。

第3次安倍内閣では以下の15人が任命されている。
飯島勲(特命)
藤井聡(防災・減災ニューディール)
本田悦朗、浜田宏一(国際金融)
宗像紀夫(国民生活の安心安全)
岡本全勝(東日本大震災の被災地の復興・再生)
吉村泰典(少子化対策・子育て支援)
堺屋太一(成長戦略)
平田竹男(スポーツ・健康)
谷口智彦(国際広報)
木曽功(ユネスコの文化関係施策)
加藤康子(産業遺産の世界遺産登録推進と産業観光促進)
佐々木勝(災害医療・危機管理)
木山繁(経協インフラ)
菅原郁郎(経済再生)


内閣官房参与の人事については内閣官房長官記者会見で報告されている。
2014年(平成26年)4月1日午前の記者会見で木曽の就任(辞令交付)は発表された。
以後今月まで退任(入れ替え)の発表はない。


2014年4月1日 木曽功が内閣官房参与に就任
2015年6月4日 加計学園による獣医学新設提案が国家戦略特区に申請される
2016年4月  木曽功が学校法人加計学園理事と千葉科学大学学長に就任
2016年8月3日 内閣改造(地方創生と規制改革の大臣の一体化)
2016年8月末 木曽は文科省の後輩であり当時トップだった前川事務次官に面会
2016年9月2日 「規制改革推進会議」設立閣議決定(国家戦略特区WGメンバー2名が委員に)
2016年9月9日 国家戦略特区諮問会議(第18回)
2016年9月16日 国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング
2016年9月21日 今治市分科会(第1回)・・加戸守行が事業者代表として出席


安倍首相と加計学園理事長は、安倍首相が腹心の友と言うほどの仲である。
その安倍首相(国家公務員特別職)のブレーンである内閣官房参与(非常勤国家公務員)に就任している文科省官僚出身の木曽功が私立学校法人加計学園の理事と大学学長を併任している。

その学校法人加計学園が獣医学部の新設を2015年6月4日に国家戦略特区に提案した。
国家戦略特区やこの提案に関わる人達はこの頃から、遅くとも2015年12月15日(諮問会議に指定区域案として提示された)には知っていなければならない。
国家戦略特区3次区域指定が決定(発表)されたのは2016年1月29日。(獣医学部を新設とも加計学園が事業主体であるともこの時点では発表していない)。
国家戦略特区法に基づいて獣医師系の国際教育拠点の事業主体が加計学園であると正式に公表されたのは2017年1月12日である。
内閣官房参与(ユネスコの文化関係施策)である木曽功は、「国家戦略特区制度で今治に獣医学部を新設する話」を2016年8月末には知っていた。
加計学園理事や学長に2016年4月に就任しているので知っていても不思議はないが、もしここで就任していないとするならば知っていたのはおかしいということになる。
その時点で知っていても辻褄が合う人物、しかも旧知の仲の先輩後輩という間柄の人物を選んで文科省事務次官に面会させ、圧力だかよろしくね♥の声をかけさせた。
かなり周到に準備しているように思う。


以前、加計学園誘致関係人物は加戸を除いて同世代であり、東京大学法学部という共通点もみられるということを書いた。
そこに木曽も加えてみた。
加計学園理事長の加計孝太郎と文科省官僚出身の理事である木曽功は同学年で同郷(広島県)である。
国家戦略特区の区域は広島県と愛媛県今治市が一緒になっている。
     
安倍晋三 1954年9月生まれ 東京都(選挙区は山口県) 成蹊大学法学部卒
木曽功  1952年2月生まれ 広島県 1975年東京大学法学部卒 文部省(文部科学省)入省
加計孝太郎 1951年7月生まれ 広島県 立教大学文学部卒
本宮勇  1954年3月生まれ 愛媛県 愛媛大学中退
村上誠一郎 1952年5月生まれ 愛媛県 1977年東京大学法学部卒 
岡田克也 1953年7月生まれ 三重県 1976年東京大学法学部卒 通産省(経済産業省)入省
前川喜平 1955年1月生まれ 奈良県(東京都)1979年東京大学法学部卒 文部省(文部科学省)入省
加戸守行 1934年9月生まれ 関東州(愛媛県)1957年東京大学法学部卒 文部省(文部科学省)入省

 
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※加計孝太郎の父(2008年没)
○加計勉(1923年生まれ)広島県出身
池田勇人(1960-1964年首相)が中学の大先輩にあたり親交があった。
その関係で宮澤喜一(1991-1993年首相)の後援会長も務めていた
1955年予備校・広島英数学館を設立。
1961年、岡山県岡山市半田山の山麓(現在の岡山市北区理大町)に学校法人「加計学園」を設立⇒岡山理科大学

●池田勇人(1899年生まれ)広島県出身 ・・吉田茂の舎弟
大蔵官僚を経て終戦後まもなく政界入りすると、吉田茂の右腕として頭角をあらわし、吉田内閣の外交・安全保障・経済政策に深く関与した。佐藤栄作と並ぶ「吉田学校」の筆頭格である。1960年に首相に就任した。

【財界四天王】・・・池田勇人内閣を表裏で支えた4名を指す。
小林中(富国生命保険相互会社元社長、日本開発銀行初代総裁、アラビア石油元社長)
水野成夫(経済同友会元幹事、産経新聞元社長、フジテレビ元社長)
永野重雄(日本商工会議所元会頭、富士製鐵元社長)
櫻田武(日経連元会長、日清紡績元社長)

○永野重雄(1900年生まれ)広島県出身 
新日鉄会長、経済同友会創立者で会長。“戦後の財界のドン” 財界四天王の1人
全日空(ANA)の前身は朝日新聞航空部である。 会社設立に協力したのは永野重雄。若狭得治に「一切永野さんと美土路さんの手によって全日空が作られた」と言わしめるほど。
ショーン・アイゼンベルグを紹介されスクラップ工場設立に協力した。アイゼンベルグが結婚したのは永野の娘という説もある。
アイゼンベルグらはイギリスに麻薬貿易に貢献したサッスーン一族を殺して麻薬販売網を力ずくで奪い取った。


●山本幸三・・2016年8月3日内閣改造にて内閣府特命担当大臣(地方創生・規制改革)に就任(初入閣)
東大卒業後、大蔵省に入省した。大蔵省在職中の1973年、コーネル大学経営大学院に留学し、MBAを取得した。帰国後、山口県の岩国税務署長、アメリカ合衆国ハーバード大学国際問題研究所客員研究員等を経て、1987年6月から宮澤喜一大蔵大臣の秘書官を務めた







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# by yumimi61 | 2017-10-12 14:49
2017年 10月 12日
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# by yumimi61 | 2017-10-12 00:53
2017年 10月 11日
日本国憲法の秘密-587- (加計学園問題について)
加戸資料が配布された今治市分科会(2016年9月21日)の議事録から。


〇藤原審議官
 議題(3)の「追加の規制改革事項について」の審議をさせていただきます。
それでは、まず、資料3に基づきまして、菅今治市長より御説明をよろしくお願いいたします。


資料3とは先日こちらに掲載した今治市提出資料のことである。
追加の規制改革事項に
獣医学教育空白地域「四国」に大学獣医学部新設をめざします!と書いてあったあれである。

○菅市長
それでは、「追加の規制改革事項について」として、獣医師系の国際教育拠点の整備についての提案をいたしております。
詳細につきましては、後ほど民間代表であります今治商工会議所の加戸特別顧問より御発言をいただきますが、獣医学教育空白地域である四国に大学獣医学部の新設を目指すものでございます。
これまでの獣医学教育は犬、猫といった伴侶動物の医療と、牛、豚、鶏などの家畜衛生管理が中心となっておりますが、世界の動向は人獣共通感染症、食の安全、バイオテロ等への危機管理対応の強化が極めて重要な課題となっております。医薬品産業で世界を牽引しているアメリカにおいては、危機管理に対応できる獣医師の育成を目指して、新たに3校の獣医大学の新設が認められたところでございます。感染症の封じ込めには国際協力が必須であり、我が国においても、国際的に信頼され世界を牽引する獣医師を養成するための国際教育拠点の整備が必要であると考えております。
そのためには、医療、創薬、医療機器などのライフサイエンス研究において、医学と獣医学との共同研究や連携教育を行っていくことが重要であると考え、構想の段階ではございますが、地域の教育、研究をリードしている愛媛大学との学術連携について、大橋学長を初め、医学部長や研究センターの先生方とは既に面談しており、四国の特性に通じた迅速な危機管理の知の拠点を目指してまいりたいと考えております。
また、家畜の感染症制圧の初動体制は地方自治体が果たしておりますが、国際的な流れとして、ゾーニング対応が求められております。我が国では、北海道、本州、四国、九州が1次封じ込めゾーンとなり、四国ゾーンとしての機敏な初動対応と蔓延防止措置が必要でございます。
本市は四国の中でも瀬戸内海の中心に位置し、気候が温暖で災害も少なく、世界有数の多島美と緑豊かな山間地域が織りなす美しい自然に恵まれ、古くから農業、畜水産業が盛んな地域であります。獣医学部が本市に新設された暁には、四国のみならず、瀬戸内しまなみ海道でつながる広島県を初め、瀬戸内海沿岸地域への危機管理対応も可能になるものと考えております。
行政の支援としましては、JR今治駅の北西1.8キロメートルに所在する今治新都市に高等教育施設用地を構えるとともに、市内事業者に獣医学部卒業生の雇用を促進するための人件費相当額の奨励金の交付や、大学と地域との交流事業に対する助成、また、ライフサイエンス企業の立地を呼びかけるなど、地元定着を誘導することで地域活性化を図ってまいりたいと考えております。
最後になりますが、獣医師養成系大学は定員規制により、北里大学獣医学科の新設以来、これまで50年にわたり新設されておりません。この厚く固い岩盤規制を突破するため、加戸前知事、中村知事、そして、私どもも再三にわたり、関係省庁へ要望を続けてまいりました。
今回、こうして分科会におきまして関係者の皆様が一堂に会していただくことにより、獣医学部新設の早期実現につながるものと期待しております。私どもといたしましても、その実現に向けて全力を尽くす所存でございますので、どうぞよろしくお願いいたします。



○藤原審議官
菅市長、ありがとうございました。
続きまして、資料4に基づきまして、民間事業者代表といたしまして、今治商工会議所加戸特別顧問より御説明をお願いいたします。


元文科省官僚で前愛媛県知事の加戸氏が民間事業者代表になっていることがまずおかしい。
今治市商工会議所特別顧問に天下りですか?それとも加計学園に天下りですか?学部長に就任される予定でもあるのですか?利害関係者の天下りは大変不味いのではないでしょうか。まずその理由と経緯、内閣府の見解をお聞かせ下さい。



○加戸特別顧問
加戸でございます。
資料4に基づきまして、説明をさせていただきます。
近年、社会経済のグローバル化の進展に伴いまして、国境を越える人や物資の交流がますます盛んになってまいりました中で、エボラ出血熱やMERSなどの人獣共通感染症が国際的に常在化、蔓延化しつつありまして、特に食料に関する国際貿易を通じた感染の危険性が大きくなってきております。
そこで、私が目指すべきと考えております新設の獣医大学・学部の基本コンセプトについて説明させていただきます。
2の「趣旨」のところ、①が、先端ライフサイエンス研究を行う国際教育拠点を確立することであります。
近年「トランスレーショナル・メディシン」として、創薬プロセスにおいて、基礎研究と臨床研究の間に実験動物を用いた研究が重視されております。動物のみを対象にするのではなく、ヒトをゴールにした医学、薬学との連携研究の強化によりまして、加齢性疾患等に対する創薬研究や人獣共通感染症に対処できる獣医師の養成が必要であると考えております。
また、「世界獣医大学ランキング・トップ50」によりますと、アジアではわずかに41位にソウル大学が入っているだけで、日本の獣医系大学はランク外の状況にあります。このことを踏まえ、新設の獣医大学・学部づくりをしていかなればならないと考えております。
②でありますが、家畜・食料等を通じた感染症に関する「危機管理人材」、言うなれば水際対策のための人材の育成拠点を確立することであります。
私は愛媛県の知事の時代に一番困りましたのが、鳥インフルエンザ、BSE、口蹄疫等々の四国への上陸阻止をする上で、スタッフが足りない、専門家が少ない、四国に研究機関がないといったことでありまして、何とか総動員をしながら、特に九州地区からの口蹄疫の持ち込みというものを防止したわけでありました。私どもの願いとしては、四国にも獣医学あるいは諸般の問題に対応できる研究機関、教育機関、そして、獣医師養成が必要と感じておりました。
家畜の越境国際感染症は、全国に蔓延する前に、世界動物保健機関が勧告しております北海道、本州、四国、九州という、言うなれば1次封じ込めゾーン体制の確立が必要であります。特にこの問題は、アメリカでは連邦政府が奨学金を貸与したり、また、獣医大学を新設し、獣医師養成、教育に強く力点を置いて取り組んでおります。日本も遅れをとらないように、獣医行政官などの国家公務員や、特に獣医系大学の無い四国地域の地方公務員を育成して、国際連携の拠点が今治にできればと願っております。この2つの基本コンセプトによって、アジア地域全体の更なる国際貿易の拡大につながり、大きな経済効果をもたらすものと考えております。
次に、3でありますが、「既存の大学・学部との関係」についてであります。
既存の獣医師大学・学部では、コアカリキュラムが主でありまして、人獣共通感染症や越境国際感染症、あるいは食の安全などの新たな分野への対応は、専門教員の不足ということもありまして、十分な取り組みがなされているとは言えない状況にあります。
今回構想しております新設の獣医大学・学部では、新たな分野に応えるアドバンス教育を実施するため、必要な教員数を確保することが必要であると考えております。
次に、2ページの4をごらんいただきたいと思います。
近年の獣医師に関する需給バランスを試算いたしましたところ、仮に獣医師の勤務年数を35年といたしますれば、現状を維持していくために必要な1年当たりの獣医師養成数は1,117人となりますが、現在入学定員数は930人でありまして、獣医師に対する需給は逼迫しております。現状を維持することが限界であり、特に人獣共通感染症や越境国際感染症などの新たな分野に関する人材の不足が見込まれると分析いたしております。
なお、分布状況も、現在獣医師養成の定員の約8割が箱根の関所より東でありまして、箱根の関所を越えた西側にはわずか2割という猛烈な地域アンバランスがあるということも考慮していただければと考えてもおります。
最後に、今治市あるいは愛媛県におきましては、経済界を挙げて獣医学部新設の実現を強く期待しております。
以上であります。


資料4というのは、これまで私が説明してきた加戸提出資料のことである。

○藤原審議官
加戸特別顧問、ありがとうございました。
冒頭御紹介させていただきましたけれども、本日は今治市の関係団体の皆様にもおいでいただいております。
まず、越智今治農業協同組合、渡部代表理事専務より御発言をお願いいたします。


○渡部代表理事専務
今治市にございます、越智今治農業協同組合の渡部でございます。
よろしくお願いいたします。
私どもJAは、国内最大級の農畜産物直売所、さいさいきて屋を運営しており、食と農を基軸としたさまざまな事業や協同活動に積極的な取り組みを行っています。
今治市には頑張って活躍している農業者がたくさんいます。畜産を例にしますと、3年前には有限会社菊間仙高牧場が、集団経営の部門で日本農業賞の大賞を受賞しています。これは若い人たちによる地域とのつながりを持った先進的な養豚経営の取り組みが、全国的に認められたものです。また、同社の豚肉は仙高ポークのブランドとして地域に親しまれ、愛媛県総合畜産共進会の肉豚部門において、農林水産大臣賞を7度受賞しています。
愛媛あかね和牛というブランドの黒毛和牛は、県が開発し、現在販路拡大を目指しているところですが、今治市には県内でも屈指の肥育農家、県を代表する期待の若手畜産農家がいます。TPPの影響や農業者の高齢化、食糧の安定供給など、多くの課題がある中、今治市において、特に若い世代の畜産農家が活躍し育ってきています。
日本の食を支えていくのは彼ら若い世代ではありますが、国際的に人や動物の移動が盛んになる中、家畜の越境国際感染症が最大の脅威となっています。四国には獣医系大学がないため、食の安全確保、危機管理に対応できる獣医師が不足しています。特区に指定された今治市に獣医系大学ができることで、今治市の畜産振興が図られ、ひいては日本の食糧の安定供給と海外販路拡大に必ずつながるものと考えております。今治市に獣医学部の新設は絶対に必要です。よろしくお願いいたします。
以上でございます。


和牛の輸出が獣医学部新設の目的ということでしょうか?

○藤原審議官
本日は同じくオブザーバーといたしまして、国家戦略特区諮問会議有識者議員でいらっしゃいます、八田先生にもおいでいただいています。
八田先生から、コメントをお願いいたします。

○八田議員
今、青年会議所及び農業組合が、これが地元にとっても有益な事業であるということをお話くださいました。一方、ご提案のもともとの趣旨は、加戸特別顧問が御説明になりました。そのときに用いられた資料4のお話というのは、実に説得的だったと思います。物事を提案するときにはこうしなければいけないというモデルのようなものでした。
まず、現在ではライフサイエンス研究において、獣医学部というものが人間の医学に関しても非常に役に立つという新しい状況になった。しかし、それにもかかわらず日本の獣医学部は国際水準に到達していないので、その研究水準を高める必要がある。もう一つは、地元の感染症に関する危機管理の人材を育てる必要もある。西日本ではこの人材の要請が極端に不足しているのだから、西日本でこういうことをやらなければいけない。これは非の打ちどころのない御説明だったと思います。私はこれはぜひ推進していくべきだと思っております。


重ね重ねになるが、資料4とはこれまで私が解説してきた加戸提出資料のことである。資料内容に一貫性がなく、獣医師需要の根拠に用いている需要バランスも現実に即していない。
これをアジア成長研究所所長であり大阪大学社会経済研究所所長である国家戦略特区諮問会議の民間有識者はべた褒めである。
それから、なんとかランキングとかいう誰かの主観たっぷりでお金とか圧力とか忖度とか工作とかロビー活動で勝ち取るランキングほどあてにならないものもない(なんとか賞という賞なども然り)。
そんなランキングなんかいちいち気にする必要ないけれども、「実」よりも「空気」が大切な世の中なので、その辺りは事情をお察しします。

○藤原審議官
本日は、関係省庁の文科省、農水省からも御出席をいただいております。一言ずつコメントを頂戴できればと思います。
まず、文科省からお願いいたします。

○浅野課長
文部科学省の専門教育課長の浅野でございます。
文部科学省としましては、日本再興戦略改訂2015、先ほど藤原審議官から参考資料2に基づいて御説明いただいた要件について、きちんと満たされるということを確認することが重要だと考えております。
今後とも、農水省や厚労省とも連携をしていきたいと思っております。

○藤原審議官
ありがとうございました。
それでは、農水省よりお願いします。

○林調査官
農水省の林でございます。
農水省としましては、獣医学部の新設は、皆さん御承知のとおりでございますけれども、学校教育法に基づく文科省の告示により規制されているという中で、引き続き獣医師の需給に関する情報等を収集・整理して、必要に応じて文科省等に提供させていただきながら対応してまいりたいと考えております。
今後ともよろしくお願い申し上げます。 

〇藤原審議官
ありがとうございました。
本日は都合により御欠席でございますが、お話にもあったように厚生労働省とも非常に密接に関係している分野だと思いますので、よく連携を図っていきたいと思っております。
一通り皆様より御意見を頂戴したわけでございますが、御質問、御意見、特にございますでしょうか。よろしいでしょうか。
それでは、忌憚のない御意見をいただき、ありがとうございました。この議題(3)追加の規制改革事項につきましては、さらに論点あるいは検討課題を詰めまして、関係省庁とともに次回分科会までに、さらに検討を進めてまいりたいと思います。
以上で議事は全て終了いたしました。
最後に、山本担当大臣より御発言をいただきますが、ここでプレスを入室させますので、少々お待ちください。


プレス入室

○山本大臣
本日、第1回今治市分科会が、民間事業者、有識者の先生、オブザーバーを含む多くの参加者のもとで開催され、活発な議論を行うことができました。大変有意義な会となったと思います。
今治市より御提案された国家公務員の退職手当の特例、NPO法人の設立要件の迅速化の活用については、早速次回の区域会議において実現を図りたいと思います。その他の特例についてもぜひ御検討いただき、積極的に活用していただきたいと思います。
また、追加の規制改革事項として提案いただいた獣医師養成系大学・学部の新設については、昨年6月30日に閣議決定された日本再興戦略改訂2015において既存の大学・学部では対応が困難な場合などの要件を前提に検討を行うこととされているところであります。本日、加戸特別顧問よりこれらの要件に対して御発言をいただいたことは、今後の議論を円滑に進める上で大いに参考になったものと思います。
獣医学部の新設は、ライフサイエンス分野など獣医師が新たに対応すべき分野がある中、50年の長きにわたりなされておりません。本日、今治市より地元のJAやJCの方々も御出席され、力強いメッセージをいただいたところであります。この獣医学部の新設は地方創生にとっても重要なプロジェクトだろうと改めて認識した次第であります。
今月9日に開催された特区諮問会議において、諮問会議有識者議員の先生方から提出された資料においても、残された岩盤規制の中、重点6分野の中のセンターピン・プロジェクトとされているところでもございます。
この分科会において議論を重ねて、早期の規制改革の実現にぜひともつなげていきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いします。


第1回今治市分科会から獣医学部に関連する発言を抜粋した。大方獣医学部の話である。
参加者全員に順番で発表してもらう形式であり、会議や討論会というよりも発表会である。
体裁程度に「一通り皆様より御意見を頂戴したわけでございますが、御質問、御意見、特にございますでしょうか。よろしいでしょうか。」と司会進行の藤原審議官が言うも質問などはなし。
加戸資料が胆の会議であった。
留めはプレスを入れての「今治市に獣医学部新設が既定路線」との印象を強く植え付ける山本大臣の〆のお言葉(アンダーライン部分)。
今治市分科会なので今治市以外の事項(例えば京都とか)が発表されるわけもなく作為的。
会議の場だからか文科省と農水省はやんわりかわしているが、やんわりでは通じない。これでは一般の人には賛成なのか反対なのか伝わらない。











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# by yumimi61 | 2017-10-11 00:02
2017年 10月 10日
日本国憲法の秘密-586- (加計学園問題について)

またまた国家戦略特区・今治市分科会の加戸守行提出資料について続き。

1、背 景
・ 人獣共通感染症(エボラ出血熱・MARS等)の発生、国境を越えた流行。
・ 特に、食料に関する国際貿易を通じた感染の危険性(バイオテロ等を含む)

2、趣 旨 (新設する大学・学部の目指す基本コンセプト)
① 「世界に冠たる先端ライフサイエンス研究」を行う国際教育拠点
・ 医学(創薬等)との連携強化(動物のみを対象をするのではなく、ヒトをゴールに)
(参考1)近年、「トランスレーショナル・メディシン」として、創薬プロセス等において、基礎研究と臨床研究の間に、実験動物(従来のマウスのみならず、ヒトに近い霊長類等)を用いた研究が重視されている。
・ 「アジア・トップクラス」の獣医大学・学部
(参考2)「世界獣医大学ランキング・トップ50」では、米国を中心に、欧州、豪、ニュージーランド、
ブラジルの大学など。アジアでは、41位にソウル大学。日本の獣医系大学はランク外。
② 家畜・食料等を通じた感染症に関する「危機管理(水際対策)人材」の育成拠点
・ 国家公務員(獣医行政官)や、特に獣医大学等の無い四国地域の地方公務員など

3、既存の大学・学部との関係
・ 既存の大学・学部では、一律の教育(コアカリキュラム)が主であり、上記1にあるような新たな分野への対応(アドバンス教育)は、専門教員の不足もあり、十分な取組がなされているとは言えない
・ 具体的には、大学基準協会の獣医学教育に関する基準(改定案)によれば、学生入学定員数を30~120人とした場合、アドバンス教育まで含めた場合の必要な専任教員数は、68~77人以上とされているが、ほとんどの大学では十分でない。

4、近年の獣医師に関する需給バランス (試算)
・ 平成26年度の獣医師法第22条の届出者数は39,098人であるが、獣医師の勤務年数を35年とすれば、現状を維持するために必要な一年あたりの獣医師養成数は、1,117人。
・ 現在、全国の獣医師系大学の入学定員数は、930人。
・ 獣医師に対する需給は逼迫しており、特に上記1の新たな分野に関する人材の不足が見込まれる。


ラインを引いた箇所に「上記1」という記述がある。
 ・上記1にあるような新たな分野への対応(アドバンス教育)
 ・上記1の新たな分野に関する人材の不足

上記1には新たな分野が書かれているらしい。その上記1というのはどれだと思いますか?
普通に考えれば1の背景ということになりそうですね。
・ 人獣共通感染症(エボラ出血熱・MARS等)の発生、国境を越えた流行。
・ 特に、食料に関する国際貿易を通じた感染の危険性(バイオテロ等を含む)


まとめて言えば新たな分野とは「感染症対策」と言えそうだ。感染症対策自体は新たな分野ではないので、「新たな感染症対策」といったほうが適切かもしれない。
2つに分けて書いてある感染症は感染源や感染経路など種類が違う。

・新たな人獣共通感染症(エボラ出血熱・MERS等)は未知なる点も多い感染症である。自然宿主はヒトコブラクダ(MERS;中東呼吸器症候群)やコウモリ(エボラ)と考えられている。
※加戸資料にはMARSとあるがMERSのタイプミスだと思われる。


・食料に関する国際貿易を通じた感染というのは、食品媒介感染症だと思われる。主なものは次の3つ。
 ●カンピロバクター(家畜、主に鶏の腸管に常在菌として存在し、食中毒を引き起こす)
 ●サルモネラ(家畜やペット、ヒトの腸管に常在菌として存在し、食中毒・腸チフス・性感染症などを引き起こす)
 ●腸管出血性大腸菌O157(毒素を出す病原性大腸菌であり主に牛の腸管に存在し、食中毒を引き起こす)


鳥インフルエンザが話題になることが時々あるが、あれは人間がインフルエンザに感染することがあるように、鳥類がインフルエンザに感染するものである。
ウイルスは野生のカモ類などが保有しているものだが(自然宿主)、鶏など家畜として飼育されている鳥に感染すると非常に高い病原性をもたらすものがある。
高い病原性を持つウイルスに次々と感染していけば飼っている鶏が全滅するということもある。閉鎖空間で非常に多くの鶏を飼育している養鶏所はもともと感染に極めて弱い環境にある。
だから養鶏業者に与えるダメージ(損失)は大きい。

人間のインフルエンザの原因となるウイルス(ヒトインフルエンザウイルス)と、鳥インフルエンザの原因となるウイルス(トリインフルエンザウイルス)は宿主(動物)が違っていて、鳥インフルエンザウイルスが人間に直接感染させうる能力は低く、万一感染しても人間から人間への伝染は起こりにくいと考えられている。
人間への感染発病も報告されているが、その感染者はトリインフルエンザウイルスに対する受容体(レセプター)を有しており、特異的なケースである。
現時点では人間が必要以上に脅威を感じる必要はない。

但しヒトインフルエンザウイルスというのは、もともとトリインフルエンザウイルスだったものが何らかの理由や過程を経て変異したものだと考えられている。
心配しているのはこの変異が新たに起こることである。
変異が起こったばかりの時には免疫がなく対処も後手になるので爆発的感染(パンデミック)に繋がる恐れがあるという懸念である。


これら感染症と新設学部のコンセプトにある「医学(創薬等)との連携」という記述を考えると、創薬とはMERSやエボラ出血熱のワクチンや治療薬の開発なのではないかということが1つ考えられる。
そのためには自然宿主なりウイルスなりを日本に持ってきて研究実験する必要があるであろう。
現在有効な予防法や治療法が確立されていないウイルスをあえて日本に持ち込むということは、リスクをも持ち込むということに他ならない。
研究開発は何も日本だけが行っているわけではないだろうから、今現在発生がない国がリスクを冒す必要があるのかということになるが、いち早く作らないと特許やら名誉やらの関係で金儲けにならないということなんだろうと思う。
リスクを冒すかどうかは国が決めるのだろうけれども、とりあえず誰でもが扱えるということでは大変困る。


食料に関する国際貿易を通じた感染(食品媒介感染症)の危険性についてだが、これは現在でも獣医師による検査・認定制度・防疫官によるチェックなどによって対応がとられている。
国内における検査員(獣医師)は獣医学部を新設増員しなくても以前より増えている。
輸入に関わる動物検疫所を強化したいということならば家畜防疫官(国家公務員)採用人員を増やせば良いのでないかと思う。おそらく現在は応募者全員を採用してはいないはず。
国家公務員レベルに達していないので増やせないということならば、学部新設にはより一層慎重になるべきであろう。











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# by yumimi61 | 2017-10-10 14:02
2017年 10月 09日
日本国憲法の秘密-585- (加計学園問題について)
<10月10日11:00追記> 昨晩の投稿で載せた「アメリカへの輸出用食肉を扱える施設(屠畜場)」の一覧表が上下同じ物が重なっていました。お詫び申し上げますとともに、訂正いたします。正しい表に差し替えました。

日本人は働き過ぎだとか長期休暇や有給休暇を取らないとか、体調不良でも無理して働くだとかよく言われるが、祭日は世界1多い!日本は平均寿命世界一の長寿国である。
女性の社会進出が進み家事に仕事に大変な思いをしても、男性と女性の平均寿命を比べれば女性のほうが長い。
働き過ぎくらいのほうが長生きするのではという結果が出ている。

WHOによる世界保健統計2016
1.日本83.7歳(男性80.5歳で6位、女性86.8歳で1位)
2.スイス83.4歳(男性81.3歳で1位、女性85.3歳で6位) 
3.シンガポール83.1歳(男性80.0歳で10位、女性86.1歳で2位)
4.オーストラリア82.8歳(男性80.9歳で3位、女性84.8歳で7位)
4.スペイン82.8歳(男性80.1歳で9位、女性85.5歳で3位)


9.フランス82.4歳(男性79.4歳で16位、女性85.4歳で5位)


20.イギリス81.2歳(男性79.4歳で16位、女性83.0歳で27位)

24.ドイツ81.0歳(男性78.7歳で21位、女性83.4歳で23位)


31.アメリカ79.3歳(男性76.9歳で32位、女性81.6歳で33位)


戦後の食生活の欧米化が現代病とも言える生活習慣病を増加させ、それに伴う病気が急増したと言われて久しい。
世界で一番良い食事は和食だと自負し、日本食が健康的だと世界に注目されているとPRに余念がない。
しかし統計を見れば食生活の欧米化が日本の平均寿命を延ばしてきたとも言えるのだ。

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図のように食肉の1人当たりの年間供給量は増加している。
1960年には3.5kgに過ぎなかったものが、2013年には30kgとなっている。
近年はその6割が外食や惣菜に供給されているそうだ。
つまりもはや自分で生肉を買って調理するよりも外食や惣菜で肉類を食べる機会のほうが上回っているということになる。
輸入肉の割合は牛肉が約60%、豚肉が約50%、鶏肉が約25%ほど。
輸入肉のほうが価格が安いため、外食チェーンなどで供給される安価な大衆品は輸入肉を用いていることが多い。


前述したように日本で育てられた家畜(牛豚)が肉になる時には獣医師である検査員が1頭ずつ検査している。
では輸入の場合にはどうしているかと言うと、動物検疫所で審査したり検査したりする。
関連疾病が発生していて感染などの危険が高い国と、そうでない安全と判断されている国とでは対応が違うが、どちらもまず書類審査を行う。
安全と判断されている国からの食肉の場合、現物検査は申請件数から幾つかを無作為に抽出し、さらにそこから無作為にサンプルを抽出して(0.5%ほど)サンプリング検査を行っている。
どれくらい抽出するかなど方法は各国の検疫所によって違うが全数検査はしない。

動物検疫所で審査や検査を担当するのが家畜防疫官。
生き物も入ってくるせいかこれは農水省の管轄。
家畜防疫官には2種類ある。
・獣医系技術職員(国家公務員採用Ⅰ種試験相当) ・・獣医師資格者
・畜産系技術職員(国家公務員採用Ⅱ種試験相当)
獣医師資格を持つ者と持たないものがいる。
畜産系職員は大学や短大で畜産に関する課程を修了した者で、獣医学部でなくとも構わないし獣医師資格も必要ない。

国内の検査体制に比べるとわりと緩いような印象を抱くかもしれないが、輸出入には前もって国と国との取り決めがある。
従って誰もが輸出できるというわけではないし、国内での検査を通してからの輸出となるので、ルールを守っていれば基本的には問題ないはずなのだ。

日本は食肉を輸入しているくらいだから輸出はないだろうと思うかもしれないが輸出もしている。
取り決めはしたけれど輸出実績がほとんどなかったような時代もあったが、平成に入ってからは輸出も行われるようになってきた。
但し相手国が出す条件があるため、それをクリアしなければならない。
輸出用の家畜や食肉を扱える屠畜場は国(厚労省)による認定制となっている。

アメリカへの輸出用食肉を扱える施設(屠畜場)
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EUへの輸出用食肉を扱える施設(屠畜場)
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# by yumimi61 | 2017-10-09 23:34
2017年 10月 09日
日本国憲法の秘密-583- (加計学園問題について)

【獣医師法第22 条の届出者数】(12月末現在)
        平成16年度   平成26年度    増減
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
届出者総数    31,333人    39,098人   +7,765人
公務員        9,174人    9,526人    +352人
個人診療施設    12,083人   17,241人   +5,158人
獣医事に従事していな者 3,835人   4,550人   +715人
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(公務員内訳)
国家公務員      502人    518人     +16人
都道府県公務員   7,231人   7,121人     -110人
市町村公務員    1,441人   1,887人     +446人
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



加戸資料には需給が逼迫していると書かれているけれども、獣医師数は増加している。
獣医師資格には定年はないので、増加するということは、1年の間に亡くなる獣医師よりも新たに獣医師資格を取得する獣医師のほうが多いということである。
また定年のある公務員だけに注目してみても増減はプラスである。
この10年、定年退職していく公務員獣医師より、新たに採用した公務員のほうが多かったということだ。
不足分を補うという採用人員の基本的な考えかたに基づくと、需給が逼迫しているとはとても言えない。
定年(勤続年数35年)と養成数以外のことは言及しておらず数値も示されていないので、根拠の示せる具体的な需要は特にないと判断する。


私は次に公務員の内訳を調べてみた。
2004年度(平成16年度)~2014年度(平成26年度)の10年間の特徴としては、都道府県公務員が減って市町村公務員が増えたことが挙げられる。
双方共通して減っているのは農林畜産関係で、共通して増えたのは公衆衛生関係。
農林畜産関係と公衆衛生関係の違いだが、獣医師の場合、農林畜産関係とは家畜飼育及び流通担当となるであろう。こちらは農水省の管轄。
一方の公衆衛生関係とは屠畜と食肉担当ということになる。こちらは厚生省の管轄。
家畜の生死を境にして担当省が変わる。
前者は家畜が生きていて、後者はその家畜の死や死後を担当する。
前者は生命体を相手にし、後者は死体や死後の身体部分を相手にする。
どちらにしても細菌やウイルスなどの知識は必要となる。その知識者が獣医師ということである。
後者の屠畜場の後には卸売業者や食肉加工業者が続き、小売業者によって消費者に販売される。
後者に携わる獣医師が食肉を介する外敵侵入から人間の身を守る最後の砦とも言える。


都道府県公務員が若干減ったのは農林畜産関係の獣医師が減ったことによる。担当すべき家畜数や家畜農家の数も減っている。
市町村公務員も農林畜産関係の獣医師は減ったがトータルでは増えた。
これは食肉衛生検査所(食肉衛生検査センター)で獣医事にあたる獣医師が増えたからである。

食肉衛生検査所(食肉衛生検査センター)では、食肉となる牛や豚などの家畜を獣医師である屠畜検査員によって検査することが義務づけられている。
1頭ごとに、生体検査・解体前検査・解体後検査を実施して、問題のあるものは流通前に排除している。
また食肉や食肉輸送車にサルモネラ菌や腸管出血性大腸菌O157等の病原細菌が付着していないか拭き取り調査をしている。
屠畜場や食鳥処理施設の衛生状態の指導や監視、関係業者に対する講習会なども行う。

こうした食肉検査にあたる地方自治体職員(公務員)はすべて獣医師。
この人達が公衆衛生獣医師などと呼ばれている。
検査を主とする獣医師で人間相手の職業で言えば臨床検査技師のようなものである。
その他、保健所関係で犬猫など動物愛護関係業務にあたる獣医師も公衆衛生獣医師に含まれる。


家畜を全部検査しているわけだから、屠畜場あるところに食肉衛生検査所(食肉衛生検査センター)あり。
現在全ての都道府県に屠畜場は存在している。(屠畜場の全国一覧
屠畜場設置者(経営者)は自治体であったり公的機関であったり民間企業であったり様々だが、結構自治体(市町村)が設置者となっている。
全都道府県に屠畜場があるので、おそらく全ての都道府県に食肉衛生検査所(食肉衛生検査センター)が存在しているはず。
この食肉衛生検査所(食肉衛生検査センター)は都道府県が運営している所と市町村が運営している所がある。都道府県が運営している所で働く獣医師は都道府県公務員、市町村が運営している所で働く獣医師は市町村公務員になるというわけ。
かつては保健所を中心に行われていた。
精度の高い検査体制の構築を目的に散らばっていた検査所を一元化するため、各都道府県に1つの検査所と、あとは屠畜場のある大きな区市などに置くようになったと思われる。
市町村公務員の増加人数は市町村の食肉衛生検査所で働く獣医師数とほぼ同じである。
こうした検査体制に移行したのは牛海綿状脳症(BSE)や鳥インフルエンザの発生した2000年初頭以降が多い。
こんな情報時代ではあるが検査所の全国一覧は見つからない。(自治体がそれぞれ広報しているものはある)
全国食肉衛生検査所協議会なるホームページはあるが、部外者は入れない。



問題の愛媛県には1箇所、愛媛県食肉衛生検査センターがある。
ここが管理している屠畜場と食鳥処理場は次の2か所。
(1)JAえひめアイパックス株式会社と畜場
(2)マルハフーズ株式会社
他の都道府県と比べて数も規模も大きくはなく検査員(獣医師)の需要が多いとは思えない。
加えて四国は畜産業が盛んな地域でもない。



現代では肉を喜んで食べる人は非常に多い。
肉を食べるということは、動物が死んでいるということでもある。
それくらいは誰でも分かるであろう。
にもかかわらず今でも差別は依然存在するようだ。そういう人は菜食主義者なのかなあ。

偏見・差別について 東京都中央卸売市場 芝浦と場

理性では理解しなければと思っても感情を抑えきれないという人が多いのだと推測する。
大事に飼っていた動物を殺すなんて・・・といった感じで。
私もその気持ちは分からなくもない。
学校で飼っていた犬を・・という獣医学部での話を聞いたか読んだかしたことがある。
マウスとて例外ではなかったりする。
小学校の豚を飼育して肉にしてしまう映画にもざわざわしたし。
感傷的にならないためには飼っている人と別な人が職業的に殺めるほうがいいように思うが、死刑執行者の苦悩を読んで、それも揺らいだ。
いくら仕事とはいえ、いくら誰が直接手を下したか分からないとはいえ、他人に殺人を強要するなんてやっぱり残酷なのだ。間違いなく共謀者ではあるわけで。
殺すのが動物だったらどうなんだろうか?
全員の気持ちを救うことなんて出来ないのだなぁとしみじみ思う。
このあたりの感情コントロールは出来る人と出来ない人がいるだろうと考える。

【社会見学】芝浦屠場(屠殺)にいってきた

マウスの締め方~餌マウス繁殖経験のある店員さんに聞きました~


大事に飼っていた鳩を野良猫に殺されて、野良猫をむごい方法で惨殺したという話にも何とも言えない気持ちになった。書いたのは医師である。
私は猫に感情移入してしまったのだが、よく考えれば大事な鳩を無残にも殺された怒りも分かる。
子供達からは隠すように大事に育てていたシンビジウムの1年に1度しか出ない芽を幼い長男にポキポキと折られた時が、私が彼を一番怒った時なのだ。無残に転がった芽を今でも思い出せるくらいだけど、長男がいつまでも泣いている姿も未だに心に突き刺さっている。
シンビジウムが鳩になっただけなのかもしれない。ではもし鳩が人になったらどうするんだろう。

ある鳩の思い出

実はうちの猫も鳩を殺めたこともある。
現場を見ていたわけではないが、たぶんそうなのだと思う。
帰宅したら玄関前で鳩が無残にも死んでいた。周囲には羽根が飛び散っていた。
野生とか本能とかそういう何かを持っているんだと改めて感じさせられた。悪気なんてこれぽっちもないであろう猫を怒る気にはなれなかったけれど、鳩もすごく可哀想だった。








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# by yumimi61 | 2017-10-09 01:31
2017年 10月 08日
日本国憲法の秘密-582- (加計学園問題について)
国家戦略特区・今治市分科会の加戸守行提出資料について続き。

4、近年の獣医師に関する需給バランス (試算)
・ 平成26 年度の獣医師法第22 条の届出者数は39,098 人であるが、獣医師の勤務年数を35 年とすれば、現状を維持するために必要な一年あたりの獣医師養成数は、1,117 人。
・ 現在、全国の獣医師系大学の入学定員数は、930 人。
・ 獣医師に対する需給は逼迫しており、特に上記1の新たな分野に関する人材の不足



加戸資料の獣医師需給バランスの試算では、獣医師の勤務年数を35年としている。
獣医学部は現在6年制なのでストーレートで獣医師資格を得て就職すれば24歳である。
勤務年数35年ということは59歳、つまり60歳定年と考えている。
定年があるのは公務員や企業の従業員であって自営業者には定年はない。
また獣医師資格にも定年によって資格返納しなければならない決まりはない。
資格というのは大抵一生ものである。(なかには更新が必要なものもあるが)
例えば保健師は、公務員を定年60歳で辞めてもそのキャリアを活かし資格を利用して公務員以外の仕事に就く人もいるし、公務員の嘱託職員(非正規・非常勤)として繁忙期や欠員穴埋めなどに入る人もいる。
「定年」と「完全に職から離れること」はイコールではない。資格職は特にその傾向が強い。

加戸資料は定年のある公務員と定年のない個人診療所の獣医師を分けずに一緒くたに試算している。定年後の就業状況も加味されていない。
そして全国の獣医師系大学の入学定員数は930 人なのに、現状を維持するために必要な一年あたりの獣医師養成数は1,117 人だから不足していると述べている。
これは全く現実に即していない。


【獣医師法第22 条の届出者数】(12月末現在)
        平成16年度   平成26年度    増減
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
届出者総数    31,333人    39,098人   +7,765人
公務員        9,174人    9,526人    +352人
個人診療施設    12,083人   17,241人   +5,158人
獣医事に従事していな者 3,835人   4,550人   +715人
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(公務員内訳)
国家公務員      502人    518人     +16人
都道府県公務員   7,231人   7,121人     -110人
市町村公務員    1,441人   1,887人     +446人
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



政府は2025年までに厚生年金の支給開始年齢を65歳に引き上げる方針を打ち出している。
2013年4月より、65歳までの継続雇用を企業に義務付ける(一定期間の猶予措置あり)ため、改正高年齢者雇用安定法という法律が施行された。
それにより企業は、①定年年齢を引き上げる、②継続雇用制度を導入する、③定年制の廃止、いずれかの措置をとる必要に迫られた。
現時点では②を採用している企業が多い。
なぜ①や③ではなく②なのかと言えば、企業の人件費に関わることだから。
②は正規職員ではなくて嘱託職員やパートタイマーとして雇用される(だから正規よりも給与は減る)。
正規職員が増えれば人件費は増加して経営に影響を与える。
経営戦略という言葉もあるが、計画がなく行き当たりばったりを続けていたら経営は上手くいかない。
定年で辞めていく人がいるからこそ新卒を採用できるのである。それが加戸の言う現状維持でもある。
途中で退職する人がいるから中途採用できるのである。現状維持とはそういうことだ。
特別な事業戦略によって人員の増減が必要なこともあるが、基本は減った分だけ補うわけである。

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上図は2015年の日本の人口ピラミッド。
定年の年齢60歳と20歳、生産社会においてはこれが入れ替わる。
そっくり入れ替わるとすると、赤矢印幅の分だけ20歳の人が足りない。
何かにつけ人手不足と言われる近年だが、実は近年の60歳人口は第一次ベビーブームの後に生まれた人達であり年齢人口は減っている時期であるのだ。
交代という観点から言えば比較的楽な時期である。
あと10年もすると第一次ベビーブームの子供達(第二次ベビーブーム)が60歳となる。
この時の不足幅はオレンジ矢印である。今よりずっと20歳が不足する。
但し注意しなければならないのは、この60歳という設定年齢も定年があるという前提の話であり、該当するのは公務員や企業の従業員。
自営業者や役員、フリーランスや非正規社員、定年フリーなど定年がない人もいるので、そっくり交代という考え方は短絡的である。

それでもともかくオレンジレベルの不足というのは、すでに10年前2007年から数年の間に経験したことでもある。
人口ピラミッド資料が存在する1970年以降(10年間隔、2000年以降は5年間隔)を比較してみると、60歳人口より20歳人口が圧倒的に多いのは1970年。
その後1980年、1990年と20歳人口が多い時期が続いた。
2000年、2005年は両者がほぼ拮抗している。
ところが2010年には大幅に20歳人口が不足した。
これが「すでに10年前2007年から数年の間に経験したこと」と書いた時期にあたる。

就職氷河期と言われたのは1993~2005年。要するに60歳人口より20歳人口が多かった、あるいはほぼ同じだった時代である。
定年で辞めていく人よりも社会に出ようとする20歳の人が多いと、定年退職者分を新卒採用で補っても、そもそも20歳人口が多いのだから余るのは当然。
ではそれより前のもっと20歳人口が多かった時代が就職氷河期と呼ばれないのは何故か?
これは1991年の大学設置基準緩和によって大学が急増したことが関係するだろう。大学は増えたが増えた大卒者の就職先がなかったということだ。
それは言い換えると社会が大卒者を要望していたわけではないということ。
また全体の職の需要自体が減ったわけではないとの推測も容易に成り立つ。
「就職氷河期」という学生が一方的な被害者のような言葉に問題があるかもしれない。「あなたたち好き好んで氷河にいるんじゃない」という感じも無きにしも非ず。

2006年から2008年の3年間は一転、売り手市場と呼ばれるようになった。
有効求人倍率は2006年から2007年にかけて 1 を上回った。13年近くにわたる採用抑制の影響により、多くの企業で人手不足となっており、労働環境が苛酷になるブラック企業が増加した。

13年近くにわたる採用抑制が原因ではない。
1947~1949年度生まれの第一次ベビーブーム世代が定年を迎えた時期が、2007~2009年度の3年間だったからである。
だから2006~2008年度の3年間、企業は新卒でそれを補う必要があった。だから採用が増えたのである。
定年延長されれば時期はずれ込むがこのままほぼ60歳定年でいけば、それと同じようなことが2031~2034年度(2030~2033年度)に起こるだろう。程度は2007~2009年度(2006~2008年)ほどではない。
そこを過ぎてしまうと、現在と同じような赤矢印幅程度の不足が続いていく。
これはあくまでも数的なプラスマイナスの話であり、学力や実力を加味していない。学力や実力がどの世代も同じ程度ならばよいが、違うとなると数合わせだけで経営を維持するのは難しくなるかもしれない。
同じ数を維持してもレベルが違うとなれば必然的に企業の能力も落ちてしまう。それは数を増やすことでカバーできるのかどうか、人件費との兼ね合いはどうか、他と戦う必要のある企業はそうしたことも考えていかなければならない。
年金支給開始年齢引き上げもひとつ理由にあるかもしれないが、企業をはじめ公務員でも定年を65歳に引き上げる検討に入っている。





 




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# by yumimi61 | 2017-10-08 13:58
2017年 10月 07日
okuri-bi
too late?

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Obon is a Buddhist festival, and a Japanese family event to pray for ancestors.
It is said that ancestral spirits and descendants come back to the family and their hometown in the Obon period.
It is carried out from August 13 to 16 in most of areas in Japan.

Fires are lit at the entrances to homes in the late afternoon on the 13th of August, to guide the spirits of the ancestors home. (is called mukae-bi)

People must bid the souls farewell on August 16th when Obon is over.
The souls go back to the Land of Spirits, so fires are lit again to send to the grave. (is called okuri-bi)



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# by yumimi61 | 2017-10-07 23:50
2017年 10月 07日
日本国憲法の秘密-581- (加計学園問題について)

国家戦略特区・今治市分科会の加戸守行提出資料について続き。

3、既存の大学・学部との関係
・ 既存の大学・学部では、一律の教育(コアカリキュラム)が主であり、上記1にあるような新たな分野への対応(アドバンス教育)は、専門教員の不足もあり、十分な取組がなされているとは言えない。
・ 具体的には、大学基準協会の獣医学教育に関する基準(改定案)によれば、学生入学定員数を30~120人とした場合、アドバンス教育まで含めた場合の必要な専任教員数は、68~77人以上とされているが、ほとんどの大学では十分でない。


「世界に冠たる先端ライフサイエンス研究」を行う国際教育拠点となるには(新たな分野に対応するためには)、アドバンス教育が必要。既存の大学学部ではアドバンス教育が十分に行われていない。だからそ新設してそれを行うとの主張である。

Thank you in advance.

さて、アドバンス教育とは何か?
advance
〈人・物を〉前進させる, 前に出す, 進める
〈意見・要求・異議などを〉提出する, 申し出る
〈事を〉進める, 促進する, 推進する
〈人を〉(…に)昇進[進級]させる
〈歩合・物価などを〉引き上げる
〈期日を〉早める, 繰り上げる;〈時計の針を〉進める;〈進行などを〉促進する
前払い[前貸し]する;立て替える;融通する
…を前宣伝する, あらかじめPRする;売り出す


看護師・保健師・助産師はかつて3年や4年で養成していたが今や4年や6年になっていることを前述したが、アドバンスには期日を早めるという意味があるので3年や4年で教育していた時期のほうがむしろ「アドバンス教育」という言葉には相応しいような気がするのだが・・

アドバンス教育をネットで調べると、薬学部と獣医学部が出てくる。

先導的薬剤師養成に向けた実践的アドバンス教育プログラムを全国立大学薬学部14校の連携により共同で開発。
先導的薬剤師とは、医療現場での医薬品適正管理のみならず、創薬や保健衛生領域など広範囲な職域において指導的な立場で活躍できる薬剤師だそうだ。
これはやっぱり保健師(全員看護師資格あり)みたいな感じでしょうか?
〇6年制教育における国立大学法人の使命は、最近の社会的ニーズの拡大に的確に対応し、広範な職域で指導的な立場で活躍できる“先導的な薬剤師”、即ち、医療現場での医薬品適正使用のみならず、創薬研究や感染症予防、食と環境の安全・安心確保まで、国民の健康に総合的に貢献できる薬剤師を輩出することにある。
〇大阪大学が事業実施主体となり国立大学法人全14大学薬学部が大学間連携により、本使命を果たすために必要な高学年薬剤師養成教育の高度化・実質化が可能な教育プログラムを共同開発する。これにより個々の大学だけでは達成できない、各大学の実績や個性豊かな取組を重視しつつ補完的・発展的に統合した実践的プログラムの構築が可能となる。



岐阜大学・鳥取大学の共同獣医学科
Q 5および6年で開講される「アドバンス教育科目」とはどのようなものですか。
A 公衆衛生、家畜衛生分野での専門家や、産業動物獣医師、新興・再興感染症専門家を養成することを目的に、関連職場でのインターンシップ実習や、専門性の高い授業を行うものです。アドバンス教育科目の一部は本籍を置かない他方の大学キャンパスで実施します。
卒業までに履修する科目の区分における「専修教育科目群」に含まれる科目です。


帯広畜産大学のアドバンス制教育課程
本学の教育課程である「アドバンス制」とは、下級学年では大学で学ぶための基礎となる幅広い知識や技術、農畜産全般の基礎知識を中心とした学習(基盤教育・共通教育)を行い、専門教育への意欲と方向性を育成した上で、上級学年に進むにつれて獣医農畜産の特定の分野の深い専門知識・技術の学習(展開教育)へと前進(アドバンス)していく教育課程です。
 とくに畜産科学課程では、入学時には上級学年で学習する専門分野を決定せず,農畜産のさまざまな分野についての基礎知識を学習し理解を進めながら、それぞれの学生が自主的な判断で自分の学ぶ専門分野を選択していくという方式をとっています。
 アドバンス制の教育課程は、以下の「基盤教育」「共通教育」「展開教育」の3つの教育分野からなっています。 

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前にも書いたけれどかつて大学では1~2年が教養課程に当てられ、3年以降に専門課程を学ぶというシステムになっていた。
(短期大学部のみ変則で、明確に教養課程に当てられる期間というものがなかった)
その後に教養と専門の区分けがなくなったため(教養課程期間がなくなったため)、極端なことを言えば教養科目を履修しなくてもよいシステムが、あるいは専門科目が少ないシステムなどが導入できるようになった。
4年制が6年制になるということは、4年で教養と専門のどちらも収めるのが厳しくなったということではないだろうか。
薬学部の4年制は国家資格を取ることを前提としていないので、実習をはじめ専門的な科目を省けるため4年で済むということなのだと思う。


今治市につくる獣医学部のアドバンス教育とはいったいどんなものなのか?
国家資格を取ることを前提にしない6年制だろうか?
それとも薬学部のように制度を変更してもらって4年制にすることが念頭にあるのだろうか?
水際対策のために公務員獣医師を増やしたいとの希望もあるようだが、もしそうだとするならばやはり獣医師資格が必要であろう。
資格を前提にすると何か特化することはできず全般を押さえていかなければならない。そうなるとこれまでと同じ年数でこれまでの教育と大きな違いは打ち出せないはず。
まさか公務員獣医師にも獣医師資格はいらないといったような特例でも作るつもりだろうか。

アドバンス教育には専門分野を選択するというような意味があるようなのだが、例えば看護師の養成期間には小児を選ぶとか成人を選ぶとか救急を選ぶとか内科を選ぶとかそういうことはできない。全般を学ぶ必要がある。実習も全科を回った。病院実習の他、保育園や特別養護老人ホームでの実習もあった。
病院に就職してもどこに配属されるかなんて分からない。自分の希望が必ずしも通るわけではない。オペ室勤務になれば術式などはそれから覚えなければならなくなる。
保健師も同様で、就職先には、保健所、市町村、学校(養護教諭)、病院、企業などがあるが、事前にそれを選択して学ぶわけではない。
町に出て実習をするし保健所にも市町村にも実習に行く。
企業への就職者は少ないので見学程度だが、国家資格を持っていればどこででも保健師(あるいは養護教諭)や看護師として働ける。採用されるかどうかは別として就職先が限られるということはない。
教育の段階で何かに特化してしまえば、そういうことは不可能となるだろう。
また専門も大事かもしれないが他の事を知らないと現実から離れていってしまうという側面もあるだろう。
大学の研究室で行っている研究はあまりにも範囲が狭く、しかも横のつながりが乏しいために一般社会への応用が難しい。

但し獣医師は相手が動物である。
医師も看護師も保健師も助産師も相手は人間。どんな人でも人間は人間。
でも動物にはいろんな種類がある。
豚に牛に馬に犬に猫。鳥にマウスにハムスターにフェレット。蛇にトカゲ。魚も?
猿にパンダ。動物園にはもっといろいろな動物がいる。
全ての動物(生き物)のことを知るとなるとなかなか大変かもしれない。
犬猫動物病院獣医にも産業獣医師にもなるつもりがないのに、豚とか牛とか犬とか猫とか学ぶ必要がある?とか思う人が出てきても不思議はないかも。
私たちは実験屋だからマウスと霊長類だけでいいわとか?



教員の人数には驚いた。アドバンス教育がいまいちよく分からないが、アドバンス教育にはこんなに必要なものなんだろうか。
日本の獣医師は人数的には畜産農家2軒に1人の割合でいる。世界的にはかなり恵まれている環境と言えてしまう。
学生30~120人に対しての専任教員数が68~77人以上というのも数字を見るとなかなか凄い。教員数の方が多いとか学生数と教員数が同じとか、そういうレベルである。

私が看護科だった時代の学生数を数えてみたら71名。定員を覚えていないが70名だったのだろうか。それとも80名だったのだろうか。
教室(席)に限りがあるし、実習グループ編成などがあるので多く合格させることはできない(1.1増しも厳しいはず)。
同期生の他に留年者などが8名いて、卒業時は79名となっている。
これに対して専任教員は学部長を含めて16名。うち看護師資格を持つ看護教育の専門教員が12名いた。
病院実習は10人程度のグループ制で、グループごとに上記看護教育の専門教員が1~2人付いた。(現場の看護師などからも指導される)
教養科目、解剖学、生理学、病態生理や疾患各論などは教育学部や医学部の教員が来て教えていた。
そのように大学ならば学部学科を超えて教員を融通できる教科があるはずなので、1つの学部や学科にそれだけの専任教員は必要ない気もするが、獣医学部の場合は人間ではなく動物だけに、教える人(教えられる人)が限られていて教員確保が難しいのかもしれない。

当時群馬大学医療技術短期大学部(3年間)の先の専攻科(4年目)は助産師専攻のみで保健師がなかった。そのかわり県立の大学校の保健師学科がすぐ隣にあった。
群大からの進学者が一番多かったが、県内や県外の看護専門学校から進学してきた学生もいた。
今に比べると看護大学、保健師養成学校ともに格段に少なかった。
入るには入学試験があるので、看護師の国家試験勉強と並行して受験勉強もしなければならない。入っても1年後には保健師の国家試験と就職試験が待っている。
定員は覚えていないが同期の卒業生は46名である。
専任教員(保健師資格者)は3~4人だったと記憶している。



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# by yumimi61 | 2017-10-07 00:22
2017年 10月 06日
日本国憲法の秘密-580- (加計学園問題について)
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エスクァイア日本版という雑誌の2006年12月号。
昨日ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロが掲載されている。
上の写真はその雑誌。写真の右側はFreedomという名のルイ・ヴィトンのページ。
ルイ・ヴィトンページの撮影場所は館林美術館で、実は私その撮影に偶然出くわしたのだ。
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カズオ・イシグロという作家はそれより前から知っていた。
ルイ・ヴィトンの美術館のページの一部分を写真に撮り加工して作った私の作品は↓(2007年9月28日『超現実』 )にある。


Kazuo Ishiguro の記事より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(略)
 彼が故郷に見たものは自分の思い出にある風景とはまったく異なる世界であった。そのときイシグロ氏は驚きも失望もしなかったという。しかし彼は確信したのではないだろうか。作家としての自分が求めているのは現実の日本ではないということを。
「もっともデビュー当初、批評家たちは僕のなかに僕自身が意識していない”日本的なるもの”を見つけようとしていたかもしれませんね。異国情緒とか精神性とか」
 悪戯っぽく微笑み彼は続けた。

(略)

 私たちは近頃よく耳にする「美しい日本」という符丁についての話をしていた。
「それは、ものすごく危険な言葉ですよね。耳には心地よく響くけれど、とても浅い。ノルタルジアは、ときにいとも簡単にナショナリズムと結託します。そんな匂いがしてくる言葉ではないでしょうか」

(略)
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オリンピックやノーベル賞はときにいとも簡単にナショナリズムに結託します(笑)


2015年10月22日「日本国憲法の秘密‐81-」にも彼が登場した。
Never Let Me Go
日本の長崎で生まれ、海洋学者の父親の仕事の都合で5歳で渡英し、28歳の時にイギリスに国籍を移しイギリス人(日系イギリス人)となったKazuo Ishiguro 。
彼の書いた『Never Let Me Go(私を離さないで)』という小説はクローン人間と臓器提供に関係する話なのだけれど、クローンじゃない人間も結局は同じことなんだなぁと思うのだ。

臓器は細胞に置き換えることが出来て、いくら新しい臓器と交換出来ても、行き着く先が「死」である限り、大した変化はない。
80年の中の長さの攻防に過ぎない。
提供する側も提供される側も同じモノであるという現実。まさしくクローン・・・


再生とは何かということについて書きたかった。
野球と賭博は本質的には同じものである
(略)
上記辞書の意味からplayをするのがどんな人かまとめてみた。
俳優、子供、スポーツ選手(年齢不問・プロアマ問わず)、ゲーマー(年齢・プロアマ不問)、賭博師、投資家、演奏家、音楽愛好家、詐欺師、釣り師、狙撃手(犯人含む)、消防士、猟師、ギャンブラー、ハスラー、遊び人。

ここに学者も仲間入りする。
他動詞1に例の1つとしてこのように書いてある。
play God
神のようなふるまいをする(▼遺伝子操作など)

嘘をつくことが仕事である小説家も含めたほうがいいですか?




自民党は社会党・村山首相を誕生させるために「リベラル政権を創る会」を結成した。そして1994年6月30日、自社さ連立による村山内閣が誕生した。
しかしながら日本において今回の選挙ほど「リベラル」という言葉が世間に向けて大々的に用いられたことがあっただろうか。
アウフヘーベンなんて言葉を使うなと怒る人はリベラルなんて言葉を使うなと怒ったほうがよいと思うが。

リベラル(liberal)という単語の意味。
気前のよい、大まかな、(…を)惜しまないで、けちけちしないで、たくさんの、豊富な、寛大な、度量の大きい、開放的な、偏見のない

外国でリベラルと言う場合、キリスト教と深く関係するものである。(過去記事参照)

(保守)
宗教改革前のキリスト教:カトリック
カトリック教会が権威を振りかざし信徒の信仰心を利用してお金を吸い上げ腐敗していった。

   ↓↑
(改革)
カトリック教会に異を唱え宗教改革:プロテスタント(福音派)=聖書を唯一の神の言葉と信じる教会(万人司祭主義)


さらに時代が進む

(保守)
カトリック教会に異を唱え宗教改革:プロテスタント(福音派)=聖書を唯一の神の言葉と信じる教会(万人司祭主義)

   ↓↑
(改革)
近代主義や合理主義の先端を自負、科学発達・科学信仰により聖書批判:リベラル
聖書が神だなんて信じられないという派閥。この派閥が福音派を非難や侮蔑の意を込めて「キリスト教原理主義」と呼ぶ。



プロテスタント(福音派)が対立したのは過去にはカトリック教会だったし、現代ではリベラル派となる。
ということで、プロテスタント(福音派)の対立相手であるカトリック教会リベラルがわりと近い路線をとることは十分に考えられることである。


聖書の正しい読み方はどちらか?福音主義とリベラルとの議論

近年のドイツでは、教会の出席者が激減しています。かつて30〜40年前は、国民のおよそ80%が教会の礼拝に出席していましたが、今ではその割合が5%を切るほどになっているのです。このような傾向は、ドイツだけでなく、他の西欧の諸国全体において、顕著に見られる現象です。

一体何が、このような現象を生じさせているのでしょうか?それは西欧のキリスト教世界に浸透してきた「リベラル神学(自由主義神学)」がその原因です。リベラルとは、簡単に言えば、聖書全体を神の言葉と見る保守的な信仰(福音的)に対し、聖書全体を必ずしも神の言葉とは見做さずに、人間の理性や感覚を重視する神学的立場のことです。

このようなリベラル神学が教会で教えられ始めると、人々は神に対する信仰を無くし、教会離れが加速していくのです。

True Ark Bible 聖書が語る―真実と希望のメッセージより)

リベラルの台頭により教会離れが加速していくと書いてあるが、この教会とはカトリック教会ではなくプロテスタント教会である。
プロテスタントを代表する国がドイツでありアメリカである。
こうした国でリベラルが幅を利かせるようになった。
アメリカの政党で言えば民主党がリベラルなのだ。
弱者の味方のイメージからリベラルには田舎っぽくのどかなイメージがあるが、実は全然逆なのだ。近代的で合理的で科学崇拝する。

リベラル.クリスチャン“とは、実は全くクリスチャンではないのですが、その教えでは、人間の理性が強調されて、それが最終的な権威として扱われます。
リベラル神学者たちは、キリスト教と世俗の科学と”現代的考え”とを調和させようと努めます。
そうすることで、科学を全知、聖書を間違いにあふれた偽りとして扱います。

リベラルクリスチャン神学とは何?より)


聖書の登場人物は何百歳であったりするので、それを信じれば大昔の人間の寿命は今よりずっと長かった。今より長生きできた。
昔の社会は科学的でなかったと仮定するならば科学が発展して人間は寿命を縮めたことになる。
もっとも昔と今では時間の概念(単位)などが違うかもしれないから何とも言えないところがあるけれども。
でもまあ聖書には、大人も子供もいて、長老も赤ちゃんもいる、また子供を何人も産む人が存在していた。となれば平均寿命が10歳だったということはないであろう。
何百年も何千年も前には今より長寿だったか、何百年も何千年も前から人間の寿命はそれほど大きく変わっていないか、そのどちらかなのだ。
現代において途上国と先進国の極端な例を比較しても平均寿命の差はせいぜい30年くらいである。




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# by yumimi61 | 2017-10-06 12:47
2017年 10月 05日
日本国憲法の秘密-579- (加計学園問題について)

2016年8月3日 内閣改造(地方創生と規制改革の大臣の一体化)
2016年9月2日 「規制改革推進会議」設立閣議決定(国家戦略特区WGメンバー2名が委員に)
2016年9月9日 国家戦略特区諮問会議
2016年9月16日 国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング

2016年9月21日 今治市分科会(第1回)


ヒアリングという言いつつ、文科省の言い分には一切耳を貸さない感じのワーキンググループ。全国的見地からという文科省に対し「今治市での加計学園による獣医学部新設ありき」で話は進められていく。
20分の会議であったせいか規制改革推進会議委員でもあるWGメンバー原・八代の発言はみられない。
また事務局となっている藤原豊・内閣府地方創生推進事務局審議官は出来るだけ公平性を保とうとしている姿勢が認められる。
最初の挨拶の中でのお言葉、「学部、大学を問わず、これは去年の成長戦略の中でこの問題につきましては政府決定をしておりまして」。
成長戦略というのは2015年6月30日に閣議決定した、「日本再興戦略2015」のことだと思うが、この中には「獣医師系養成大学・学部の新設に関する検討」が盛り込まれていた。
しかし藤原審議官は「学部、大学を問わず」と言っており、必ずしも獣医師系養成大学=加計学園(岡山理科大)による獣医学部という認識ではないという言葉の選び方をしている。
終わりのほうでも「今治市だけではなくてこの要望は今、京都のほうからも出ていまして」との発言がある。
本心なのか議事録に残ることを意識しての言葉選びなのか・・・それは本人のみぞ知る!?
議事録に残ることを意識して言葉を選んだり発言をセーブしたならば、やはり周到に計画したのだろうし、何か良くないことをしているという認識があるのだろう。
本心ならば今治市と加計学園に突っ走ることには否定的だったはずだ。

上記の会議(9月16日WGヒアリング)で今治市分科会が予告されていたが、5日後に開催された。
2016年9月21日 今治市分科会(第1回)

【これまで国家戦略特区に選ばれた区域】
•東京圏(東京都・神奈川県の全域または一部、および千葉県成田市) - 国際ビジネス・イノベーションの拠点
•関西圏(京都府・大阪府・兵庫県の全域または一部) - 医療等イノベーション拠点、およびチャレンジ人材支援
•沖縄県 - 国際観光拠点
•新潟県新潟市 - 大規模農業の改革拠点
•兵庫県養父市 - 中山間地農業の改革拠点
•福岡県福岡市 - 創業のための雇用改革拠点
•秋田県仙北市 - 農林・医療ツーリズムの改革拠点
•宮城県仙台市 - 女性活躍・社会起業の改革拠点
•愛知県 - 産業の担い手のための教育・雇用・農業等の総合改革拠点
•東京圏において、東京都の区域を全域に拡大
•広島県・愛媛県今治市 - 観光・教育・創業などの国際交流・ビッグデータ活用特区
•東京圏に千葉市を、福岡県に北九州市を追加

•で示した区域ごとにそれぞれ区域会議が開催されているが、分科会が開かれているのは愛媛県今治市のみである。
今治市分科会は同じ戦略区域として選定された広島とも離れての今治市限定会議となる。完全に特別扱い。

会議の構成者
○基本的に、国(内閣府)、自治体(今治市)及び民間事業者の三者によるものとするが、議題により必要な者を加える。
○必要に応じ、オブザーバーを参画させることができることとする。

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民間事業者に注目。文科省官僚出身で前愛媛県知事である加戸守行である。肩書が「今治市商工会議所 特別顧問」となっている。
事業者というのは選ばれた区域で事業を展開するものである。
獣医師系養成大学(獣医学部)ならばその提案主体である加計学園である。
これでは今治市に獣医学部を新設する事業者の代表が加戸守行ということになってしまう。
但し特区は1つの事業者が1つの事業を行うものではない。つまり他の事業や事業者もなければならない。(もっとも広島・今治区域で広島にもあるのだからそれでクリアしそうだが)
複数の事案であることを逆手にとった形で民間事業者に加計学園ではなくて今治市の商工会議所を出してきた。
これは加計学園隠しともとれる。(もっとも会議メンバーで今治市の提案主体が加計学園であることを知らない者はいないはずだから、これも公になることを意識して隠したか)
地域の商工会議所は通常その該当地域で事業を行っている者が加入者となるが、特別会員などで地域外からでも加入できたりするので、これから今治市で事業を行う事業者の代表として会議に顔を出したということだと思うけれども、分科会ならば尚のこと事業を行う事業者が自ら出席すべき。そうでなければ具体的な話が展開できない。
事業者が複数いるならその複数の事業者が出席すればよいし、今日の会議の議題は獣医学部についてのみということならば加計学園のみが出席すればよい。
どう考えたって商工会議所はオブザーバーが相応しい。
それとも財布の紐を握っているのが今治市商工会だから、民間事業者として会議に出席しているのだろうか。

今治市提出資料 
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加戸守行提出資料(赤色下線は私によるものである) 
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「世界に冠たる先端ライフサイエンス研究」を行う国際教育拠点
・ 医学(創薬等)との連携強化(動物のみを対象をするのではなく、ヒトをゴールに)

国家戦略特区としての新設である以上、公務員不足では理由にならない。
だから「先端ライフサイエンス研究」が持ち出された。研究者がお金がないと嘆いても昨今研究や開発には非常に甘いという世界的な風潮がある。
但し世界のどこをみても大学は歴史ある大学が強い。権威もお金も持っているし学生が集まりやすい。
日本ならば東大・京大・旧帝大・慶應・早稲田、そうした明治の早くに創設された大学が名が知れていて特別扱いされ人気も高いし、一般入試での入学の難易度も高い。
結果を出すことを考えての戦略ならば、そうしたところに力を注いだほうが手っ取り早いはずなのだ。
今まで散々注力しても結果を出せなかったではないかと!国家戦略特区関係者は言うかもしれないが、では新しい大学がそこを飛び抜けて結果を出せるかと言えば、それはもっと難しいだろう。
何か特色や特典がなければ教員や学生や研究者は集まらないであろう。今治市は地方も地方である。例えば教員ならば高額給与が提示されるとか・・
そこで私は「ヒトをゴールに」「実験動物に霊長類等」に注目してみた。
「今治市に、この大学(学部)に来れば、霊長類で実験できます!」「ヒトで実験できます!!」こう謳ったらどうだろうか。日本だけでなく世界に。
大型動物で実験したい、人体実験したいという研究者は世界に結構いるのではないか。それを狙っているがゆえの「国際拠点」。そうでもしなければ国際拠点になんかならないであろう。
医学(創薬等)との連携については医学部の新設校である東北薬科大(仙台市)や同じく特区利用している 国際医療福祉大(栃木県、千葉県成田市)との連携が念頭にあるのではないだろうか。


どうして「従来のマウス」だけではダメなのか?
マウスはマウスだからだ。
私は以前「マウスに始まりマウスに終わる」と書いたことがある。
~に始まり~に終わるという表現がある。
例えば「礼に始まり礼に終わる」。これは何よりも礼儀を重んじるという意味だ。
私が書いた「マウスに始まりマウスに終わる」にもマウスが何より大事という意味がある。マウスの種類を把握せずして研究成果を云々いうことはできない。またマウスは非常に繁殖力が強いので実験マウスの取り扱いには細心の注意が必要であるという意味である。
しかしそうではない意味もある。
マウスに始まったものはマウスで完結するという意での「マウスに始まりマウスに終わる」。それ以上でも以下でもない、マウスはマウスでしかないという意味。
例えマウスで成功しても、それがそのまま人間に当てはまるなんてことはないということ。種が違うのだからイコールであるわけがない。
繊細な実験であればあるほど条件も厳しくなる。
だからこそ霊長類で実験をしたい人がいるのだ。

人間とマウスは同じではない。しかしどちらにも影響を与えうるものがある。それが細菌やウイルスなど。
細菌やウイルスを用いて両者を繋いでも、マウスが人間に変われるわけではないし、人間がマウスに変われるわけでもない。
だからそれはプラス(生)の研究ではなくマイナス(死)の研究となる。
しかしそれでもやはり種が違うものの結果をそのまま当てはめるわけにはいかない。







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# by yumimi61 | 2017-10-05 14:37
2017年 10月 03日
日本国憲法の秘密-578- (加計学園問題について)
2本目!

内閣改造から1か月後の2016年9月2日、規制改革推進会議の設立が閣議決定された。
これは全く新しい組織ではなく、以前からあった規制改革会議の後継組織になる。設置基準が7月末で切れており、内閣改造後に名称やメンバーを若干変えて再スタートした。


規制改革推進会議は内閣総理大臣(内閣府)の諮問会議である。
この規制改革推進会議の委員に、国家戦略特区ワーキンググループの座長代理で、2009年自民党が野党になった翌月に設立された公共政策系コンサルティング会社「政策工房」社長の原英史(通産省出身)と、同じくワーキンググループ座長代理であった八代尚宏が送り込まれた。

すでに述べたように「政策工房」の会長・高橋洋一(財務省出身)は、1次特区の福岡を利用して設立された「特区ビジネスコンサルティング 」の顧問でもある。
八代尚宏は こちらの異次元記事のワーキンググループ名簿に載っている方。
国際基督教大学出身なんですね。その後に東京大学にも2年行っているが大学院ではなく、日本での学位はどちらも学士。
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2015年度は「日本再興戦略2015」が規制突破するための印籠だったが、2016年度は「規制改革推進会議」を印籠にしたのである。
「規制改革推進会議」設置の閣議決定から1週間後となる2016年9月9日に開催された国家戦略特区諮問会議にて竹中平蔵ら民間有識者によって今後の進め方として次のように述べられている。
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5月の国家戦略特区諮問会議の後6月7月8月は開催されておらず、その間に内閣改造(8月3日)が行われたことは前述したが、そこで文部科学大臣は馳浩議員から松野博一議員に交代となった。
内閣改造の前には文部科学省事務次官も交代していた。
2016年6月21日、土屋定之事務次官から前川喜平事務次官となった。
この人たちが直接的間接的にどのように関わったのかは分からないが、2015年度の獣医学部新設認可は結果的に阻止されたわけで、その時のペアは馳浩大臣・土屋定之事務次官であったということになる。
馳大臣は2015年10月7日-2016年8月3日で留任がなかったため10か月ほど。
事務次官という役職の任期は特に決まりはないが、1~2年が慣例なんだそうだ。
土屋事務次官は2015年8月4日-2016年6月21日で10か月と2週間あまり。
どちらも在任期間が比較的短い。
そうとなればやはり新設認可しなかったことが響いているのではないかと素人目には映ってしまう。
となれば、やっぱり前川事務次官は事を進めやすいという判断のもとに就任したのではないかと思ってしまう。



2016年度獣医学部規制突破のために選ばれたメンツ!?

規制改革、地方創生担当大臣:山本幸三(2016年8月3日‐2017年8月3日)
文部科学大臣:松野博一(同上)
文部科学副大臣:丹羽秀樹(2016年8月7日‐現職)
文部科学省事務次官:前川喜平(2016年6月21日‐2017年1月20日)

山本幸三
1948年福岡県門司市(現北九州市門司区)生まれ。
福岡県立京都高等学校卒業後、東京大学理科一類に入学。しかし、3年次の専門課程に進学する際は理系から文系に転じ、東京大学経済学部卒業。
東大卒業後、大蔵省に入省した。大蔵省在職中の1973年、コーネル大学経営大学院に留学し、MBAを取得した。帰国後、岩国税務署長、アメリカ合衆国ハーバード大学国際問題研究所客員研究員等を経て、1987年6月から宮澤喜一大蔵大臣の秘書官を務めた。1991年4月より九州国際大学講師。

大蔵大臣や厚生大臣を歴任した元衆議院議員の村山達雄は義父、参議院議員や門司市長を務めた柳田桃太郎は叔父。

1990年自民党公認で福岡4区から出馬するも落選。
1993年に新生党公認で出馬当選。
2000年の選挙は無所属出馬で当選。自民党に復党。
2003年の選挙は自民党公認で出馬したしたがまたもや落選。
2005年の選挙も自民党公認で出馬したがこれも落選。比例復活当選。

1993年初当選で2年ブランクありの7期目。
選挙結果を見るかぎり自民党との相性に疑問符が付くが、2006年9月安倍内閣で経済産業副大臣に任命された。
衆議院法務委員長・消費者問題に関する特別委員長・地方創生に関する特別委員長等を歴任。


松野博一
1962年千葉県木更津市生まれ。千葉県立木更津高等学校、早稲田大学法学部卒業。
1986年(昭和61年)、ライオン株式会社に入社し、1988年(昭和63年)に退社した。その後、松下政経塾に入塾した(第9期生)。
2000年に衆議院議員初当選で6期目。 文部科学副大臣(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、厚生労働大臣政務官(安倍内閣)、衆議院文部科学委員長等を歴任。


丹羽秀樹
1972年愛知県春日井市生まれ。
父方の祖父は元労働大臣の丹羽兵助。母方の祖父は元衆議院議員の安藤孝三。父方の大叔父に元衆議院議員の丹波久章、親戚に元知多市長の安藤嘉治、アーク証券会長の安藤龍彦がいる。
東海高等学校、玉川大学文学部卒業。在学中、元内閣総理大臣海部俊樹事務所で学ぶ。
地元証券会社勤務を経て、高村正彦元外相秘書となる。
2005年に衆議院議員に初当選し途中2年ブランク挟み4期目。
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会副会長、日本ユネスコ国内委員会委員、衆議院厚生労働委員長、内閣府副大臣(第3次安倍内閣)、文部科学大臣政務官(第2次安倍内閣)、自民党副幹事長を歴任。

※高村正彦議員は山口県出身(選挙区)。父親も衆議院議員。現在の自民党副総裁。今回の選挙に出馬しないと引退を表明している。



上記メンツを揃えておいて9月からは攻めの姿勢。立て続けに行動。

2016年9月2日 「規制改革推進会議」設立閣議決定
2016年9月9日 国家戦略特区諮問会議
2016年9月16日 国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング

9月16日会議出席者
<ワーキンググループ委員>
座長 八田達夫  アジア成長研究所所長・大阪大学社会経済研究所招聘教授
委員 原英史  株式会社政策工房代表取締役社長←規制改革推進会議委員
委員 本間正義  東京大学大学院農学生命科学研究科教授
委員 八代尚宏  昭和女子大学グローバルビジネス学部特命教授←規制改革推進会議委員

<関係省庁>
浅野敦行  文部科学省高等教育局専門教育課長
辻直人  文部科学省高等教育局専門教育課長補佐
磯貝保  農林水産省消費・安全局畜水産安全管理課長
大石明子  農林水産省消費・安全局畜水産安全管理課長補佐
<事務局>
藤原豊  内閣府地方創生推進事務局審議官

皆さん大変お忙しいとみえて、「ちゃちゃっと終わらせましょう!」ということで会議時間は20分ほど。

まずは事務局の藤原審議官よりご挨拶。
〇藤原審議官
WGをスタートさせていただきます。
文科省、農水省にお越しいただきまして、獣医学部の新設の問題ということでございます。学部、大学を問わず、これは去年の成長戦略の中でこの問題につきましては政府決定をしておりまして、当時、本年度中に検討ということなので少し時期をもう越えておるのですが、関係省庁とともに政府として宿題を負った形になっているというのがポイントでございます
また、先週金曜日に国家戦略特区の諮問会議が行われまして、まさに八田議員から民間議員ペーパーを御説明いただきましたが、その中で重点的に議論していく項目の1つとしてこの課題が挙がり、総理からもそういった提案課題について検討を深めようというお話もいただいておりますので、少しそういった意味でこの議論についても深めていく必要があるということで今日はお越しいただいた次第でございます。


はい(挙手)!
そこの君。
「それはつまり、総理から圧力がかかっていると解釈してよろしいでしょうか?」


WGの本間正義委員。
山形県新庄市出身。1974年帯広畜産大学畜産学部卒業。1976年東京大学大学院農学系研究科修士課程修了。1982年アイオワ大学大学院経済学研究科博士課程修了。
1983年東京都立大学経済学部助手、1985年小樽商科大学商学部助教授、1991年同教授、1996年成蹊大学経済学部教授を経て2003年から東京大学農学部教授。2010年度日本農業経済学会会長。日本国際フォーラム政策委員。
行政改革委員会の規制緩和小委員会のメンバーで農業などの規制緩和に取組んでいる。


規制緩和小委員会というのは1995年「自社さ連立・村山内閣」で発足した委員会であり、規制改革には初期の頃から関与している人物である。
帯広畜産大学を卒業して東大大学院も農学系だが、アメリカで経済を学び経済学が専門らしい。
1996年に小樽商科大学から成蹊大学経済学部へ異動。
成蹊大学というの安倍首相の出身大学である。
1996年9月12日の「経団連くりっぷ」に「本間成蹊大学教授より、今後の農政の課題について聞く」という記事が掲載されている。
その後の規制改革会議でも農業分野の専門委員を務めている。


(本間委員の発言抜粋)・・文科省がああ言えばこう言うで端から聞く耳なんか持ってないと感じられる。完全に今治市(加計学園)推し。
・前にも議論して、獣医師の定員管理をどうするかということは水かけ論になっていて、我々として定員管理は必要ないという立場であって、一定の技術を持ち、資格が認められれば、獣医師になるかならないか、試験を受けて獣医師になるか、その仕事に就くかというのはマーケットが決めればいい話だという議論をずっとさせていただいているのですけれども、そこを詳しく議論する時間もないのですが、今治市のほうから出てきている話としては、例えば感染症対策だとか新しいニーズとして獣医師の養成が必要だということです。単なる定員増とは別のところにあるということ。

・例えば家畜の越境国際感染症だとか、これまであまり日本の中では対処の必要がなかったわけではないと思うのですが、需要が非常に出てきたという中で、一定の人材の中でそれに割くというよりは、新たなニーズが出てきたからには、それに対応するマンパワーの増強というのは必要だと思うわけです。ですから、その意味では、既存の獣医学部でそういうところに回したら、むしろ今のスキームの中ではその獣医学部の増員も必要かもしれないけれども、やはり特化した形での今治市のような提案の獣医学部というのはある種の差別化した獣医学部の創設ということで、これは今の時代に非常に求められているという気がするわけです

・具体的に鳥インフルエンザなり感染症なりが発生したときにそれをどう防ぐかという問題と、それの根本の学問的な検証とか、あるいは今後の動向だとかということを含めた研究を行うことは全く別の話であって、今、水際のところも十分獣医師が足りているのかどうかわかりませんけれども、たとえ足りているとしても、新たな問題が多々発生している中で、それは将来的にどう防ぐかということも含めた学問的な追求ないしは体制づくりということが必要だということがここの主張であって、今、水際で検疫等々で調べる獣医師さんがとても不足しているから増やせという話では必ずしもないということですね。



(八田座長の発言抜粋)・・言い成りにならない文科省にかなりイライラしている感じが文章からも伝わってくる。
・こういう新しい分野の研究に特色を持った大学は学生数や研究費を増やしていけるようにし、その一方で、従来型のもうあまり需要がない科目を教えている大学では学生数や定員数も研究費も減らしていくのが順当な話だと思います。どんな新しい分野も既得権を持った大学の中だけで、やっていきましょうということはあり得ない。新しい工夫をしたところが伸び、旧態依然のところが退出していくのが基本だと思います。
獣医師が新たに必要な分野における研究者の需要を計測すべきだと思います。外国だって恐らく伸びているでしょうから、日本だってこういうニーズは増えているのを計測可能でしょう。新しい分野の研究者を既存の大学の人だけにやらせるのではなくて、専門的な教育を受けた人を増やす必要があります。


・仮に数が多過ぎて競争によってだめな獣医師が退出して、優秀な獣医師に置きかえられるのは大いに歓迎するべきことです。実際問題として、今、例えば日本はバイオに関する研究者はすごく不足しています。医者が制限しているため不足しているので、結局、理学部の出身の人がバイオ研究を支えているわけですけれども、獣医からも来てほしいわけです。日本のバイオの研究の根底がそういう、医学部や獣医学部の既得権を持った人による供給制限で押さえられているわけです。文科省はそんなところを見るべきでない。やはり日本の研究水準を上げることを第一に考えられるべきではないでしょうか。

・それから、研究レベルを検討するときに、国内の囲まれた学者の意見だけ聞くのではなくて、国際的な評価を御覧になるべきだと思います。それも重要で、特にこの新しい獣人共通のような分野で本当に日本の研究が進んでいるのかどうかということは御覧になるべきで、向こうの議論、既得権を持った人に対する議論を突破するためには、そういう国際的な見地あるいは知見をお使いになるということは重要ではないかと思います。


数がどんどん増えた挙句に、制度を変えたりなんだりして学位とか留学マジックでだめな獣医師が進出して、優秀な獣医師が退出してしまう懸念は考えないのですか?
看護学科とか保健学科の実例があります。
大学入学も就職も縁故採用が幅を利かせていて純粋な能力主義だとはとても思えない。それもマーケットが決めたことだということでしょうかね。
能力がないのに研究水準をあげよと言っても無理があると思うけれども。大学入試大改革して一般入試以外を一切やめることから始めてみたらどうでしょうか?それか霞みを食うような研究なんかやめるかですね。
研究水準を上げることが第一という言葉から推測すれば、現状とても低いということになる。だから憂えている。それが獣医学部を新設すれば解消するとお考えなわけですか?
獣医学部を抱っこにおんぶでつくって研究費が欲しいと言うわけでしょうか。研究といえば泣く子も黙る世の中ですからね!?


「全国的見地」と文科省が再三言っているにも関わらず、完全に京都を無視しているWG委員。
ただ最後の藤原審議官のまとめのお言葉に京都が!
(抜粋)
あと逆に言うと、今治市だけではなくてこの要望は今、京都のほうからも出ていまして、かなり共通のテーマで大きな話になっておりますので、WGでの議論もそうですが、その区域会議、分科会のほうでまた主だった議論をしていくということになろうと思います。









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# by yumimi61 | 2017-10-03 21:08
2017年 10月 03日
日本国憲法の秘密-577- (加計学園問題について)
2016年1月29日 国家戦略特区 3次区域指定(広島県・愛媛県今治市)
 →農水省と文科省に獣医学部新設を年度内に了承するよう求める
2016年3月24日 京都府と京都産業大学が国家戦略特区に獣医学部新設の提案を申請。


獣医学部新設の提案が2つとなった。
誰の目から見てもこれで1つを強引に推し進めることはできなくなった。
農水省と文科省からの回答は無し、このまま2015年度期限である3月31日を迎えた。

獣医学部の新設は必要ない。しかしどうしても作るというならば、きちんと検討し関係者のコンセンサスを得て相応しい場所に相応しい形で造りたい。
関係者はそう考えたのではないだろうか。これは妥協案でもある。
とりあえずそれを可能にするのが年度内の京都府と京都産業大学の国家戦略特区提案申請だった。
制度と権限によって押し切られそうなところだったが、その制度と権限を利用して対抗した。
国家戦略特区(地方創生特区)の区域はすでに決定し発表も済んでおり、区域には愛媛県今治市だけでなく広島県も含まれ事業も教育だけではないので、特区の撤回は難しいかもしれないが、加計学園による獣医学部新設については振り出しに戻った。

2016年6月2日、「日本再興戦略2016」が閣議決定された。
2015年度版には「獣医師系養成大学・学部の新設に関する検討」が国家戦略特区の箇所に盛り込まれていたが、2016年度版には獣医師という言葉は出てこなかった。

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日本再興戦略2016の閣議決定より前の2016年4月26日、衆議院地方創生特別委員会にて担当委員の1人である民進党の高井崇志議員が国家戦略特区を利用しての獣医学部新設の必要性を訴えた。加戸愛媛県知事同様に「これは愛媛県今治市の悲願でもある」とも語った。そういう本人は北海道出身。
衆議院地方創生特別委員会は2014年9月国会から設置されている。

2016年4月26日の衆院地方創生に関する特別委員会で、「中国・四国地方の獣医師が足りない」として、国家戦略特区を用いるよう主張している。4月29日には、自身の公式サイトに「愛媛県今治市に50年ぶりの新設をめざす「獣医学部」について。四国4県の大学には獣医学部が一つも無く、獣医師の偏在が問題になっています。地元の岡山理科大学が力を入れており、「これは何としても実現して欲しい」と山口俊一与党筆頭理事(徳島県選出)とともに、石破大臣に強くお願いしました」と掲載している。

高井崇志
北海道函館市生まれ。函館ラ・サール高校卒業。東京大学経済学部卒業。
大学卒業後は郵政省に入省。
ミュンスター大学(ドイツ)への留学を経て、帰国後は大臣官房総務課行政改革担当係長や総務省情報通信政策局放送政策課課長補佐を務める。
岡山県企画振興部情報政策課へ出向中に総務省を退官し、岡山県選挙区選出参議院議員・江田五月(民主党)の秘書に転じる。
2007年、民主党から第21回参議院議員通常選挙における岡山県選挙区の公認を受けたが、現職の萩原誠司の第44回衆議院議員総選挙出馬に伴う岡山市長選への出馬を表明し、参院選の公認を辞退。同年10月9日の岡山市長選挙で落選。落選後、民主党を離党した。
民主党岡山県総支部連合会が実施した衆議院議員総選挙の候補者公募に合格し、再び民主党に入党。

2009年8月30日の衆議院議員総選挙に岡山1区から民主党公認で出馬し落選するも比例で復活当選。2012年衆議院議員総選挙では比例復活もならず落選。
2013年5月に民主党を離党。7月の参議院議員選挙に岡山県選挙区から無所属で出馬するも落選。10月の岡山市長選でも落選。
2014年12月の衆議院議員総選挙では今度は維新の党の公認で岡山1区から出馬。比例復活当選で国政復帰の現職。

若い時分には学生運動家であったという江田五月議員の秘書をしていたということだが、今治市と加計学園が構造改革特区に申請していた時に民主党の岡山・愛媛県出身議員が獣医系の勉強会を開催したが江田議員はそれに参加している。

地方という観点でみれば、内容の是非はともかくとして「中国・四国地方の獣医師が足りない」「四国4県の大学には獣医学部が一つも無く、獣医師の偏在」という主張は一応筋は通る。
内容的に言えば、そのことは地元以外では問題になっていないし、問題として考えられるような客観的な事実も認められない。
国家戦略特区的な観点で言えば、それらの理由は新設に全く値しない。
国家戦略と地方創生を被せたことにより、余計に混乱や誤解を深めることになった。


国家戦略と地方創生が相容れればよい。しかし愛媛県今治市や加計学園ではそれが両立しない。地方創生を立てれば国家戦略が立たず。
国家として何を目指しているのかということも問われる。地方創生を立てれば国家戦略が立たず、これではもともとの趣旨から離れてしまう。
しかし今治市・加計学園では両立しないことが分かっていたので(この自治体・事業者だけとは限らないが)、途中から地方創生色を強く出してきた。
衆議院の地方創生特別委員会は2014年9月から設置されており、内閣府特命担当大臣国家戦略担当は2015年10月に地方創生担当に名称を変えた。
その後に今治市・加計学園は国家戦略特区に申請したのだ(2015年6月4日)。
「日本再興戦略2015」はそれより遅れて閣議決定。
これで決まるはずだったのに、国家戦略と地方創生の両立が可能な京都府・京都産業大学が名乗りを上げる。
国家戦略として獣医学部を新設するならばどう考えてもこちららほうが相応しい。
この状況で地方創生特別委員会にて加計学園地元選挙区(岡山)の議員が訴えたところで話が進むわけがない。
膠着状態のまま、また半年ほど時間が流れた。


どうして両立しないことが分かっていたのに進めたか、それは縁故なりなんなり特別な関係があるからであろう。
目的を達成するためには公平に公正にドライに割り切るべきところをそうしなかった。出来なかった。
長い目で見るとこれが諸悪の根源になっていく。「適切でない」ことが世代継承され積み重なっていくということなのだから。



膠着状態の間も「まあ大丈夫だよ」とか言っていたか知らないが、7月と8月に安倍首相と加計学園理事長は安倍首相の山梨県にある別荘での休暇に合わせて会食やゴルフの機会を持った。
その休暇と休暇の間には内閣改造もあった(8月3日)。

国家戦略特区諮問会議は2016年5月19日に開催された。ここで6月閣議決定する「日本再興戦略2016」の国家戦略特区部分について話し合いが持たれた。
その後夏休みモードに入ったのか、6月7月8月と会議は開催されなかった。(2014年1月が第1回開催だが7月と8月に開催されたことは一度もない)

しかし彼らは打開策を練りに練っていたと思われる。
その打開策は2016年8月3日内閣改造で始動した。
大臣の抱き合わせ商法である。
2015年10月に内閣府特命担当大臣国家戦略担当の名称を地方創生担当に変えたが、2016年8月の内閣改造では別に存在した規制改革担当と地方創生担当を1人に任せた。山本幸三大臣。
石破議員は国家戦略特区担当の時も地方創生担当特区の時もそれぞれ単独の大臣であった。
一方規制改革担当の大臣は幾つかの担当を兼務していた。
例えば2015年10月7日~2016年8月3日まで規制改革担当であった河野太郎議員はこれだけ兼ねていた。
 国家公安委員会委員長、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全担当・規制改革担当・防災担当)
獣医学部新設のための規制突破を狙った時の地方創生担当と規制改革担当という組み合わせで言えば、石破茂・河野太郎だったということだ。
しかしこの時には失敗に終わってしまったのだ。


内閣改造から1か月後の2016年9月2日、規制改革推進会議の設立が閣議決定された。
これは全く新しい組織ではなく、以前からあった規制改革会議の後継組織になる。設置基準が7月末で切れており、内閣改造後に名称やメンバーを若干変えて再スタートした。
実は「規制改革」の緒は村山内閣(1994年6月30日-1995年8月8日)にあった。
細川内閣→羽田内閣→村山内閣

細川内閣は非自民・非共産党連立政権で8党の寄り合いだった。
これよって1955年結党以来38年間与党だった自民党政権に終止符が打たれた。
しかしこの内閣は1年も続かなかった。それを引き継いだのが同じく非自民である新生党・羽田内閣。

しかし、新生党との折り合いの悪い与党第一党だった日本社会党は連立を離脱し、また、新党さきがけも閣外協力として政権と距離を置いた。政権は少数与党となり、事実上の予算管理内閣となった。
安定政権への要望、野党に安んじられない自由民主党等の状況の中、武村正義、竹下登、野中広務などが水面下で動き、社会党を首班とし、自民党とさきがけが参加する大連立政権が構想されていった。

自民党は、社会党の8党派連立政権離脱直後から、前幹事長の梶山静六を中心とした「参謀本部」のもとで、佐藤孝行、野中広務、亀井静香、与謝野馨、白川勝彦らが水面下で社会党工作を開始。また自民党は自社連立政権樹立後の政権運営を想定して、村山首相を誕生させるための自社有志による勉強会を開き、「リベラル政権を創る会」と「憲法問題研究会」というふたつのグループを作った。ここでの政策研究が自社さ連立の政権政策の基礎となるとともに、首班指名選挙における村山首班側の基礎票となった。


現在自民党の方々が野党を批判しているが、右である自民党と左である社会党が組むという離れ業を繰り出した動かざる歴史がある。かつて自民党も同じようなことをしていたのだから、それこそどの口が批判するのかという感じとなる。
自民党・社会党(1996年1月19日以降は社民党)・新党さきがけによる連立政権。
発足時の自民党総裁は河野太郎議員の父親である河野洋平であった。
「自社さ連立政権」は村山内閣と第一次橋本内閣である。
この両内閣は「新首都を2年をめどに候補地を選定する」という公約を掲げていた。
またこの連立政権の時に阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が起こっている。
橋本首相はその後大規模な金融改革を推し進めることになる。

(前出の)リベラル政権を創る会には、自民党から逢沢一郎、安倍晋三、衛藤晟一、小川元、川崎二郎、岸田文雄、熊代昭彦、白川勝彦、二田孝治、村上誠一郎、谷津義男が、社会党からは金田誠一、中尾則幸、伊東秀子が、護憲リベラルの会からは翫正敏、西野康雄(旭堂小南陵、現・旭堂南陵)、国弘正雄、田英夫、三石久江が、二院クラブからは青島幸男と下村泰(コロムビア・トップ)が、無所属から紀平悌子が参加した。憲法問題研究会には自民党から石原慎太郎と松岡利勝が、社会党からは北沢清功、秋葉忠利が参加した。

「自社さ連立政権」での内閣総理大臣指名選挙では、自民党の議員もほとんど社会党の村山に投票した。
村山に投票しなかったのは中曽根康弘・渡辺美智雄などごく一部の議員しかいなかった。

「自社さ連立政権」が規制改革の緒なのだ。
その時「リベラル政権を創る会」に参加していた安倍晋三が今現在首相となっている。
1994年12月19日、行政改革委員会を発足。
1995年3月31日に規制緩和推進計画が閣議決定され、それを受けて4月19日規制緩和小委員会が発足した。
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長いこと会議の長を務めていたのはオリックスの宮内義彦。
父の義作は神戸の米国人商館に出入りする木材輸入商社に勤務する貿易商だった。
神戸市立成徳国民学校(現神戸市立成徳小学校)を経て、山口県玖珂郡大畠町に疎開。鳴門国民学校(現柳井市立鳴門小学校)、佐用町立佐用小学校、関西学院中学部・高等部を経て、1958年関西学院大学商学部卒業。在学中はグリークラブに所属する。1960年、ワシントン大学大学院経営学部修士課程修了(MBA)。
1960年8月、日綿實業(日商岩井と共に現在の双日を構成する)入社。調査部配属。海外統括部、オリエント・リース設立準備事務所を経て、1964年4月、オリエント・リース(現オリックス)入社。







 

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# by yumimi61 | 2017-10-03 12:19
2017年 10月 02日
日本国憲法の秘密-576- (加計学園問題について)
農水省・文科省が内閣・国家戦略特区に獣医学部新設認可了承の返事を返さないまま2015年度も残すところあと1週間となったその時、事態は動いた。
(御存知かと思いますが年度というのは12月まではなく3月末です)

2016年3月24日 京都府と京都産業大学が国家戦略特区に獣医学部新設の提案を申請。

これで2015年度版の「日本再興戦略」に乗っかることができる。
「日本再興戦略 2015」は(加計学園ありきチームが)獣医学部新設を認めない現行規制を打破する手段として選んだもので、箇条書きにすれば次の4つの条件が含まれていた。
これが閣議決定していることによって獣医学部新設を認めざるを得ない状況をつくると同時に、提案申請中の加計学園以外の申請を排除する狙いがあった。
1.現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化
2.ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らか
3.既存の大学・学部では対応が困難な場合
4.近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討


京都府と京都産業大学が、内閣・国家戦略特区・自治体(愛媛県今治市)・加計学園という仲間内門派に道場破りを仕掛けた。
ひどい共謀を阻止するため放たれた一矢。
これによって京都府が愛媛県今治市の、京都産業大学が加計学園のライバルになることになる。
内閣や国家戦略特区はこれを無下に却下することはできない。
「面倒なことになったなあ、おい」by石破国家戦略特区担当大臣改め地方創生担当大臣


京都と言えば日本を代表する観光地。
日本でもあちこちが観光都市(観光地)をPRしてるが、何だかんだ言っても京都の知名度と集客力は群を抜くだろう。
京都は日本を代表できる観光地であり、そのイメージはなかなか廃れない。一時的な流行ではない。
国際競争力の強化又は国際的な経済活動の拠点を謳う国家戦略特区に名乗りを上げられたら手強い相手である。

京都産業大学(私立大学)
1965年宇宙物理学者・荒木俊馬により、京都神山の地に創設された。経済学部、理学部の2学部で開学、2年後の1967年には経営学部、法学部、外国語学部の3学部を増設し、開学から3年という異例のスピードで総合大学に発展した(1969年には在学生総数が1万人を越える)。荒木は産業を「むすびわざ」と説き、大学名には「新しい業(わざ)をむすぶ=新たな価値を生み出す」という期待が込められている。
産学連携がアカデミズムに反するという時代背景のなか、あえて産業という言葉を大学名に掲げ、異分野との交流を積極的に推し進めてきた。
また、革新色が強いと言われる京都の大学において右派保守的な校風としても知られる。学生闘争の時代に他大学が学生運動で過熱するなか、全共闘阻止のために「白色バリケード」を展開するなど、終始その動きに参加することはなかった。
開学以来、世界最速の大型コンピュータを導入し、日本の大学では初めてとなる計算機科学科開設など、情報科学分野に力を入れていたことより「情報の京産大」と謳われた。
1989年に工学部、2000年に文化学部、2008年にコンピュータ理工学部、2012年に総合生命科学部を開設。都市部にある多くの私立総合大学がキャンパスを郊外へ分散させる中にあって、開学以来、大学機能の一拠点化(一拠点総合大学)のスタンスを貫いている。
2014年現在、大学(9学部、9研究科、9研究所・センター)、附属高等学校、附属中学校、幼稚園を擁する総合学園である。


独立行政法人科学技術振興機構採択事業、文部科学省採択事業、経済産業省採択事業を展開している。とくに文科省採択事業が多い。
また獣医学系に関する事項で次の大学などと交流協定を結んでいる。

2011年 大阪大学微生物病研究所 高病原性鳥インフルエンザが多発しているエジプトにおける鳥インフルエンザウイルスの浸淫状況調査と人及び家きん類の防疫体制確立のための共同研究
•2010年 大阪府立大学 生命環境科学部 獣医学科 教育研究における交流協定(実験動物学、畜産学、獣医学に関する分野)
•2008年 京都府立大学 教育研究・学生交流など包括協定(バイオテクノロジーや遺伝子工学に関する分野)
•2007年 鳥取大学鳥由来人獣共通感染症疫学研究センター 共同研究「鳥インフルエンザウイルスの実態調査及び研究」「抗体ウイルス素材の評価」など
•2007年 京都府立医科大学 共同研究「鳥インフルエンザウイルスの各種性状の解析」など
•2005年 長崎大学熱帯医学研究所 ベトナムにおける鳥インフルエンザウイルス浸淫状況調査に関する共同研究


もちろん海外の大学とも交流がある。
テレビなどが大騒ぎするノーベル賞、2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英教授は2003年より京都産業大学に所属していた。自身は名古屋大学(国立・旧帝大)出身。京都産業大学に所属する前は京都大学の教授。
日本ではノーベル賞受賞者が私立大学出身者であったことはまだ一度もないが、私立大学に所属していたという例もこれが最初だった。

懸念材料があるとすればノーベル賞受賞者は日本に限らず左寄りな方々が大変多いこと。

・60年安保やベトナム反戦の運動に参加。反戦・憲法9条改正反対。
2015年7月、自身も参加する「安全保障関連法案に反対する学者の会」で安倍晋三とその内閣に退陣を求めた。

・大学では労働組合の活動に熱心に参加し、ノーベル物理学賞受賞理由となった小林・益川理論の研究をしていたときも、京都大学職員組合の書記長として多忙な組合業務をこなしていた。朝の通勤途上の喫茶店で思索をした後、昼は組合業務を行い、その合間を縫って小林誠と議論をしながら研究をしていたという。

・外国語は大の苦手で、大学院入試では数学と物理学は満点であったものの、ドイツ語は完全白紙で英語も散々な成績だったため、入試委員会で合格を認めるかどうか問題となったという。外国の学会への招待は多いが、英語を使うのが嫌なために全て断ってきており、もっぱら共同研究者の小林が海外での学会出席や講演を担当していた。

・1978年には東京で開催された国際会議にて英語での発表を行ったことがあるが、この時は大学院生が用意した英文の原稿を早口で読み上げただけで、その後は質疑応答の時間を設けることもなく降壇したため、参加者も呆気にとられたというエピソードがある。

・パスポートも長らく取ったことがなく、2008年12月にストックホルムで行われたノーベル賞の授賞式への出席が自身初の国外渡航であったが、その際の受賞記念講演でも、最初に「I'm sorry, I can't speak English.(すみませんが、私は英語が話せません)」とだけ英語で言って会場の笑いを誘い、あとは通訳付きの日本語で講演を行った。ノーベル賞の受賞記念講演を日本語で行うのは異例である。


でも無暗に「ゆとり」や「受験対策」に走るようなタイプではなさそうだと思ったのだが・・・

・ノーベル物理学賞の受賞が決定した後の2008年10月10日に小林誠と共に文部科学大臣に面会した。益川は大学受験などでは難しい問題は避け、易しいものを選ぶよう指導していると指摘し、これは考えない人間を作る「教育汚染」、親も「教育熱心」でなく「教育結果熱心」であると批判した。

「研究第一主義」「採算度外視主義」「自己保身」だとするならば、それも何か違う気がする・・「産業」と名の付く大学に所属する者の発言としては看過できない。どうやって食べていくか(稼ぐか)は、どうやって安全に安心に生きていくかに通じることである。どうしたらより多くの国民が食べていけるかという視点がない者はどうやって安全安心に生きていくかという視点に欠けるということに他ならない。

・日本の基礎科学への研究費配分が不十分との懸念を示しており、「限られた資源のなかで、役に立つ科学・分かりやすい科学・大学の外で市場原理のもとで成り立つ科学などが研究費の餌場として雪崩れ込んでいる」と指摘し「大学の基礎科学が危ない」と警鐘を鳴らしている。




北朝鮮のミサイルや外交問題のほうが重大で、加計学園なんて大した問題ではないという人がいる。
しかし加計学園問題は「国家戦略」に関わる問題である。
同じ国家戦略にも優劣があるということですか?「優」は軍事ですか?
場外ホームランもランニングホームランも同じホームラン1点ではないですか?場外ホームランのほうが華がありますか?華だけで勝負に勝てるのですか?
爆発に巻き込まれ死んでも飢え死にしても病気で死んでも、同じ「死」が存在するのではないですか?「死に方」にも優劣があるんですか?
優良な死に方は爆発に巻き込まれて死ぬことですか?そのほうが「経済効果」がありますか?
愛する人が爆発に巻き込まれ死んだ場合、飢え死にして死んだ場合、病気で死んだ場合、悲しみはどう違うでしょう?同じですか?違いますか?それを比べることは出来ますか?
悲しみなんてこちら側のものですか?独善的なものですか?
象さんが一生懸命覚えた芸を披露なんかせずに、人間踏み潰す勢いで歯向かってきていたらたぶんそこまで悲しくなかったかもしれない。うぇーん(涙)

加計学園は国家戦略特区に関わる。
しかし国家戦略特区の2次と3次は地方創生特区でもある。そちらの要素が強いが国家戦略特区という肩書を外していないので国家戦略特区として認知されている。
加計学園問題が大したことないという人は、それは「地方創生」問題であるからという理由だろうか?
一地方の問題よりも国家としての問題、グローバルな外交問題のほうが重要ということだろうか?
確かに大臣名は途中で国家戦略担当から地方創生担当に完全に切り替わった。
戦略という「強」から、地方創生という「弱」に転換された。
右左という区分けは誤解のもとなのであまり使いたくないが、国家戦略という「右」から弱者の味方という「左」に転換された。
その転換を断行したのは歴代首相の中でも殊更右と言われる安倍首相である。


中国や北朝鮮は共産党政権。それは労働者から始まった。あるいは労働者の味方を掲げて始まった。弱者の味方がスタートにある。
共産党は独裁で悪しきものという世界に共通する認識があるが、共産党は左であるという認識もある。
左は反権力を謳い弱者の味方であることを前面に出す。日本の共産党を考えて見れば分かる。
北朝鮮を分類すれば左だし、かつて日本の左翼は左であるロシアやアジアの共産党に共鳴した。
左である北朝鮮は弱者である。たとえ指導者の人相が悪くても横暴に振る舞っていたとしても軍事に力を入れミサイル開発にばかり精を出していても、強国大国に振り回されて国を分断させられ、独裁のレッテルを貼られて世界から孤立した弱者であることには変わりない。
国民を置き去りに自分ばかりがよい思いをしている独裁者と言うけれど、その独裁者は決して派手な格好をしない。持っているのかいないのか知らないけれど、タキシードやスーツ姿を世間に見せびらかしたりなんかしない。豪邸も高級車もバカンス姿も見せない。いつも同じような地味色な服を身にまとって国内にいる。強国大国に媚を売る素振りも見せない。それでいて世界の強豪を相手にしているのだから凄い。その徹底ぶりは見事だと思う。あれは弱者の証でもあるのだろう。
その左っぷりに惚れるというか憧れるというか共感するというか応援するような人が出てきてもおかしくはないと思う。グロ―バルな視点に立てば余計に。北朝鮮の人は外を知らず興味もないのではなく、案外グローバルな視点を持つ人達なのかもしれない。
左はインターナショナル組織があったくらいで、もともとグローバル視点が強かった。

(ちなみに今日の私の服装、上から下まで真っ黒で、暗闇に紛れ込めそうなほど地味色を極めたような感じだが、一方で黒というのは冠婚葬祭に用いられる色なので特別な色、高貴な色とも言える。北朝鮮が黒でもなくあの地味目な色合いに徹しているところが凄い)









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# by yumimi61 | 2017-10-02 13:09
2017年 10月 01日
日本国憲法の秘密-575- (加計学園問題について)
本日2本目です。


2015年6月4日 今治市が国家戦略特区に申請(加計学園による獣医学部新設を提案)
2015年6月30日 「日本再興戦略 2015」が閣議決定される
2015年12月15日 国家戦略特区諮問会議(第18回)・・3次指定区域案提示
2016年1月29日 国家戦略特区 3次区域指定(決定)


広島県と愛媛県今治市は3次区域に選ばれた。
その今治市の事業主体は加計学園による獣医学部新設である。
2015年6月に申請しており、同月「日本再興戦略」が閣議決定された(もちろんこれは加計学園ありきで進められたものである)。
区域の決定はその提案が通ったということなので、加計学園の獣医学部新設は決まったようなものだった。
内閣(日本再興戦略)は農水省や文科省に年度内(2016年3月31日まで)に獣医学部新設にゴーサインを出せ(学校認可せよ)と迫っていた。

2016年はまだ「加計学園による獣医学部新設」は公表されていない時期だけれども、関係者にはじわじわと漏れ伝わるものである。


大学関係者A
「獣医学部の新設が決まったらしいです」
「大学はどこ?」
「加計学園ですって」
「どこそれ?どんな大学運営してるの?」
「岡山理科大とか」
「知らない。東京理科大の兄弟校?」
「違うと思いますよ。医療系なら吉備国際大学、岡山の。あと宮崎にある九州保健福祉大学とかやってます」
「どっちも知らないなぁ。西日本には疎いもので。やっぱり看護科とか心理学科とかあるの?」
「吉備国際大にはどちらもありますが偏差値は35~BFです。九州保健福祉大も偏差値は40~BFです。ここの薬学部に薬学と獣医学からアプローチしたような4年制の動物生命薬科学科があるんですよ。だから今治でもそんな感じを狙ってるのかもしれませんね」
「4年制ということは研究者養成ということか。6年制はない?」
「ありますよ」
「あなたそれにしても詳しいわね」
「調べましたから。それでですね・・・」
「なに?どした?」
「2007年3月の第92回薬剤師国家試験で全国の国公私立大学48校中トップの成績を収めたと書いてあったんですよ。合格率97.5%で。これが薬学部1期生なんですけど」
「え?全国トップ?偏差値40で?私立だけでなく国公立含めてのトップ?」
「はい」
「嘘でしょ?」
「俄かには信じ難いですね・・」
「2007年3月って第一次安倍内閣の時じゃない」
「・・・まさか漏洩とか・・?」
「・・・・・」
※解説
偏差値のBFとはBorder Free(ボーダーフリー)。Fランなどと呼ばれることもある。
受験における学部学科偏差値とはそのレベル(偏差値)の概ね半数が合格するということを表す。最高レベルを表しているわけでも80%くらいの人が合格するレベルでもない。
受験生はこの半分合格半分不合格の「半分」に、志望しようかレベルを一段階落とそうか心が揺れることになる。
偏差値35の学科というのは偏差値35程度の人が受験して半数が合格するレベルということ。偏差値35でやっと半分が合格するのだから偏差値70の学校よりは学力レベルは低いということになる。
BFというのは偏差値をどこまで下げていっても半分合格しない。例えばだけど偏差値10にしても半分合格ラインに達しないということ。
名前を書きさえすれば受かると言われることもある。またBFは極端に定員を割れるているような場合も考えられる。


大学関係者B
「獣医学部が新設されるらしいですよ」
「え?なんで?獣医学部は新設ダメなんだろう?」
「あれですよ、国家戦略特区ってやつ。あれでごり押ししたらしい」
「それでOKなのか?そんな馬鹿な。そもそも文科省が認可しないだろう」


文科省
「内閣が獣医学部を認可しろと言ってきています」
「認めないって告示してあるじゃないか」
「あれですよ、国家戦略特区ってやつ。規制なんかお構いなしですからねぇ」
「そうは言っても獣医学部は獣医師国家資格に係わることだから農水省との交渉なしには決められない」
「手強いですよね」
「そうだな厳しいな、君に任したよ」
「ちょっと先輩そんな~」


農水省
「はあ?獣医学部新設は国家の意向?」
「ええまあその・・」
「ダメダメ在り得ない!獣医学部の新設なんか必要ない。あまり大きな声じゃ言えないが人数的は十分すぎるくらいなんだ。新設なんか質を落とすだけだ」
「でも年度内にって内閣が言ってきているらしいです。文科省の人もそうに・・」


獣医師会
「国家戦略特区でとうとう決まったらしいです、今治市と加計による獣医学部」
「なんだと?あれほど反対したのにか」
「どうします?」
「どうしますも何もない、これは生命に関わる問題だぞ。あんなのは絶対だめだ。獣医学の名に傷が付く」


関係各所ではこんな会話が交わされていたのではないでしょうか。
なにしろ国家戦略特区の区域(3次)指定が1月末。
それで年度内に結論を出せという話なので、残り2ヶ月。
お役所関係の公務員は、年度末、猫の手を借りたいほど忙しい。
刻々と時間だけが過ぎていく。カチカチカチカチ







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# by yumimi61 | 2017-10-01 23:13
2017年 10月 01日
日本国憲法の秘密-574- (加計学園問題について)
2009年9月‐2012年12月 自民党が野党になる
2009年10月 「株式会社政策工房」設立(会長・高橋洋一、社長・原英史)
2012年12月 安倍内閣誕生(再登板)
2013年9月 国家戦略特区第1次指定地域のヒアリング
2013年12月 国家戦略特別区域法施行
2014年1月 国家戦略特区 第1回諮問会議
2014年3月 国家戦略特区 第4回諮問会議 ※この会議で1次指定区域案が提示された
2014年5月 国家戦略特区 第1次区域指定


2015年1月 「株式会社特区ビジネスコサルティング」設立(顧問・高橋洋一、石津賢治、社長・松島凡) 
2015年4月2日 今治市の職員が首相官邸を訪問
2015年6月4日 今治市が国家戦略特区に申請(加計学園による獣医学部新設を提案)
2015年6月30日 「日本再興戦略 2015」が閣議決定される

2015年8月6日 内閣府が今治市の大学建設用地を視察
2015年8月17日 安倍首相と加計孝太郎・加計学園理事長がともにゴルフ
2015年8月28日 国家戦略特区 第2次区域指定

2015年10月20日 国家戦略特区諮問会議(第16回)・・今治市はまだ議題に上らず 
2015年11月27日 国家戦略特区諮問会議(第17回)・・3次指定についての話あり 
2015年12月15日 国家戦略特区諮問会議(第18回)・・3次指定区域案提示 
2015年12月24日 クリスマスイブ 男たちの悪巧み…(?) 
2016年1月29日 国家戦略特区3次区域 指定(決定)



2017年7月24日、衆院予算委員会の閉会中審査にて、民進党の大串博志議員が安倍首相に、利害関係にある加計学園の理事長と私的にゴルフや食事やゴルフを繰り返していたことを問いただした。
大串議員の示した資料によれば、第2次安倍内閣発足後14回ほど会っているとのことだった。
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大串氏:安倍総理は、加計理事長が獣医学部を新設し、国家戦略特区に申請するという話を聞いていなかったのか。

安倍首相:加計さんとは政治家になるずっと前からの友人関係。彼が私の地位や立場を利用として何かを成し遂げようとしたことは一度もなかった。時代のニーズに合わせて新しい学部に挑戦したいという話は聞いていた。過去にも様々な学部・学科を作ってきたが、具体的に何かを作ろうとしている、獣医学部を作りたいという話は、一切なかった。今治市にという話も。

大串氏:安倍総理は申請の事実をいつ知ったのか。

安倍首相:申請が正式に認められた国家戦略特区の諮問会議、2017年1月20日に初めて知った。わたしは知りうる立場にはあったが、具体的な説明はなかった。

大串氏:これだけの面会記録があるのにか。俄かには信じられない。

安倍首相:国家戦略特区は自治体、今回は今治市の申請ということになる。事業者は決まっていない

大串氏:いつ知ったのか。はっきり答えてほしい。9月から秋にかけて色んな議論が行われている。総理からも検討を深めようという話があった。申請を(文科省の担当者ら)みんな知っていた。総理だけが知らないのはあり得ない。

安倍首相:国家戦略特区というのは、自治体が申請するわけです。私は特定の自治体ではなく、全体において指示している。それが諮問会議、ワーキンググループの肝でもある。中身については私に報告はななった。

大串氏:面会の食事代について聞きたい。

安倍首相:私が御馳走することもあるし、先方が支払うこともある。友人関係ですので割り勘もある。何か頼まれて御馳走されたことはない。気の置けない友人関係なので。

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3次区域が議題にのぼる国家戦略特区諮問会議は上記の通り、2015年10月20日(第16回)、11月27日(第17回)、12月15日(第18回)である。
その3回の次は2016年2月5日(第19回)であり、安倍首相の言う1月20日に諮問会議は開催されていない。
そのことは内閣府の国家戦略特区ホームページで確認できる。指定日が2016年1月29日であることも同ホームページで確認できる。
安倍首相は諮問会議の議長のはずである。議長がそれを知らず確認もしないのか?
安倍首相はどんなに遅くとも2015年12月15日には知っていなければならない。
2017年1月20日まで知らないなんて、明らかに嘘なのだ。
(ちなみにこの日は確かに国家戦略特区諮問会議が開催されている。しかし安倍首相が知るべき時は少なくともそれより1年以上早くなければならない)


また安倍首相の国家戦略特区という制度の認識も間違えている。
この部分、安倍首相だけでなく多くの人が勘違いしているように思う。
国家戦略特区の指定が「区域」なので自治体の関与は避けられないが、必ずしも自治体が提案申請しなければならないということはない。
自治体が自身で何か事業を起こせるならば自治体が申請しても良いと思うが、そうでなければ事業主体(提案主体)はやはり事業者であるべきだ。そうしないと具体的な道筋が立てられない。
共同提案という手法もある。
提案主体を軸に戦略構想を膨らませていくのは国家戦略特区のワーキンググループや諮問会議、内閣や関係自治体の仕事であるはずだ。

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これは提案募集について書かれたものであるが、提案主体の例に会社とある。安倍首相が言うような「自治体が申請しなければならない」なんてことはないという証明になるであろう。
もしも自治体を介して申請するという決まりがどこかにあるとしても、提案の主体となる個人団体の名や住所を記すように定められているので、今治市の場合ならば加計学園を隠して提案することはできない。
加計学園が主体であることを国家戦略特区の諮問会議やワーキンググループのメンバーが区域指定まで知らなかったということはあり得ない。
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提案主体についてなぜこんな誤解が生じているのかと言うと、後から公募も行われるからだと思う。

2016年1月29日 3次区域として広島県・愛媛県今治市が指定される。
区域と事業に関する基本的事項は発表されるが、この時点では「加計学園が獣医学部を新設予定」という発表はなされない。(だからと言って決まっていないというわけではない!)
関係各所との折衝や法的手続きを残しているので、その発表は時期尚早といったところ。
獣医師養成について基本的な事項にはこう書かれていた。
・ 国際教育拠点の整備(獣医師系(ライフサイエンスなどの新たに対応すべき分野)

以下、その区域で行われた公表と公募。

2016年3月18日~3月28日
国家戦略特別区域会議の構成員(特定事業を実施すると見込まれる者)の公募

2016年3月18日~3月28日
国家戦略特別区域における国家戦略特別区域法第19条の2(国家戦略特別区域創業者人材確保支援事業)に定める創業者の公募

2016年4月4日~4月8日
国家戦略特別区域における国家戦略特別区域法第19条の2(国家戦略特別区域創業者人材確保支援事業)に定める創業者の公表及び申出
(公表)
Ⅰ.区域計画に定めようとする創業者
官民人材分野
国家公務員退職手当法の特例
・株式会社OTTA
・株式会社ビー・エス


2016年4月4日~4月8日
国家戦略特別区域法第8条第3項及び第4項に基づく公表及び申出 
(公表)
Ⅰ.区域計画に定めようとする特定事業の実施主体
その他
(1)特定実験試験局制度に関する特例
・株式会社エネルギア・コミュニケーションズ
・ルーチェサーチ株式会社


2016年9月23日~9月29日
国家戦略特別区域における国家戦略特別区域法第19条の2(国家戦略特別区域創業者人材確保支援事業)に定める創業者の公募

2016年9月30日~10月3日
国家戦略特別区域法第19条の2(国家戦略特別区域創業者人材確保支援事業)に定める創業者の公表及び申出
(公表)
Ⅰ.区域計画に定めようとする創業者
官民人材分野
創業者の人材確保の支援に係る国家公務員退職手当法の特例(国家戦略特別区域創業者人材確保支援事業)
・うずの鼻コミュニケーションズ株式会社


2017年1月4日~1月11日
国家戦略特別区域会議の構成員(特定事業を実施すると見込まれる者)の公募


2017年1月12日~1月17日
国家戦略特別区域法第8条第3項及び第4項に基づく公表及び申出受付

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公表と書いてあるところで事業主体が発表されている。
同じ名目で発表募集が行われているが事業内容が違う。
太字で書いたところが獣医学部に関するもの。
事業主体の発表は事業主体がこの時に選定されたということではなく、これは最初から決まっていたこと。発表と同時に他の事業者を募集する。
広島県・今治市国家戦略特別区域に係る区域計画に定めようとする特定事業の実施主体を公表するととも、当該特定事業の実施主体として加えるよう申し出る手続を定めたので、当該手続に従い申出を受け付けます。

(特定事業)
教育
獣医師が新たに取り組むべき分野における具体的需要に対応するための獣医学部の新設に係る認可の基準の特例〔文部科学省関係共同告示関係〕


国家戦略特別区域会議の構成員(特定事業を実施すると見込まれる者)の公募は事業者の募集ではなく、あくまでも国家戦略特区の該当区域の会議メンバーを募集するものであるが、応募要件は特定事業を実施できる者なので自ずと応募できる者(会議に参加できる者は)限られる。
次の全てを満たす必要がある。
・特定事業について法令等で個別に定められている要件
・当該事業の確実な実施が見込める者(但しこれについては応募時点で具体的にその準備ができている必要はない)
・でも、目的、当該事業に必要な教育環境の整備、その他充実した実施体制等への対応状況を詳細に記載した書類を提出する必要がある。












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# by yumimi61 | 2017-10-01 17:12
2017年 10月 01日
Tiny Little Bows♫
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Congratulations on the beginning of the your new show!


too busy?
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kaki kueba kane ga naru nari Hooryuu-Ji -Masaoka Shiki
(かき くえば かね が なる なり ほうりゅうじ)
柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺

eating a persimmon
the bell reveberates
at Horyu-ji temple

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(出典)
https://twitter.com/absoluteradio
https://twitter.com/daveberry_tweet
https://ja.wikipedia.org/wiki/法隆寺




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# by yumimi61 | 2017-10-01 00:43
2017年 09月 30日
日本国憲法の秘密-573- (加計学園問題について)
2009年9月‐2012年12月 自民党が野党になる
2009年10月 「株式会社政策工房」設立(会長・高橋洋一、社長・原英史)
2012年12月 安倍内閣誕生(再登板)
2013年9月 国家戦略特区第1次指定地域のヒアリング
2013年12月 国家戦略特別区域法施行
2014年1月 国家戦略特区 第1回諮問会議
2014年3月 国家戦略特区 第4回諮問会議 ※この会議で1次指定区域案が提示された
2014年5月 国家戦略特区 第1次区域指定


2015年1月 「株式会社特区ビジネスコサルティング」設立(顧問・高橋洋一、石津賢治、社長・松島凡) 
2015年4月2日 今治市の職員が首相官邸を訪問
2015年6月4日 今治市が国家戦略特区に申請(加計学園による獣医学部新設を提案)
2015年6月30日 「日本再興戦略 2015」が閣議決定される

2015年8月6日 内閣府が今治市の大学建設用地を視察
2015年8月17日 安倍首相と加計孝太郎・加計学園理事長がともにゴルフ
2015年8月28日 国家戦略特区 第2次区域指定

2015年10月20日 国家戦略特区諮問会議(第16回)・・今治市はまだ議題に上らず 
2015年11月27日 国家戦略特区諮問会議(第17回)・・3次指定についての話あり 
2015年12月15日 国家戦略特区諮問会議(第18回)・・3次指定区域案提示 
2015年12月24日 クリスマスイブ 男たちの悪巧み…(?) 
2016年1月29日 国家戦略特区3次区域 指定(決定)




2003年の文部省の告示によって実質的に獣医学部の新設は出来ない状態にあった。=規制
現行の規制下では不可能であることにチャレンジする。それが国家戦略特区の1つの目的でもあるので、この場合規制があることはむしろ望ましい。
但しどのように現行規制を打破していくかという観点での提案が必要なはず。
特区のもう1つの目的は、産業の国際競争力の強化又は国際的な経済活動の拠点の形成の推進なので、ライフサイエンス研究が持ち出された。
こうした提案作成には、2015年1月に福岡の特区を利用して設立されたという「株式会社特区ビジネスコサルティング」が関わったのだと思う。
この会社はコンサルティングだけでなくロビー活動を行うと会社概要に書いてあった。

アメリカなどでは当たり前だが、日本ではあまり馴染みない言葉かもしれない。
ロビー活動(lobbying)
特定の主張を有する個人または団体が政府の政策に影響を及ぼすことを目的として行う私的な政治活動である。議会の議員、政府の構成員、公務員などが対象となる。ロビー活動を行う私的人物・集団はロビイスト(lobbyist)と称される。また、政府と民間企業の出入りを繰り返すことを回転ドア(revolving door)と呼ぶ。
自分達(顧客である企業や法人)に有利になるように政治家や官僚などに直接働きかけるのだ。
株式会社特区ビジネスコサルティングはほぼ直線的に国家戦略特区の意思決定者に繋がる会社である。また官僚や政治家にも十分なコネクションがある。


現行規制を打破する手段として選ばれたのが「日本再興戦略 2015」の閣議決定だった。
ここに獣医学部新設を検討する文章を掲載した。
「日本再興戦略 2015」は数百ページに及ぶもので、国家戦略特区についてのみ書いてあるものではない。
獣医学部の検討は「国家戦略特区の実現」の中の「地方主導による大胆な規制改革の実現」に関する記述の中にさらっと書いてある。

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これを含む「日本再興戦略 2015」が2016年6月30日に閣議決定されたのだ。
加計学園が国家戦略特区に申請したのが6月4日なのでグッドタイミング!当然狙ってるでしょう。

獣医学部新設について「石破4条件」として次の4つが挙げられているが、このように4つに分けて書かれているわけではなく、上に載せた⑭の文章である。
また当時の国家戦略特区担当大臣が石破茂議員だったので石破4条件と言われているが、石破大臣が直接4つの条件を出したということでも、文章を書いたということでもない。
1.現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化
2.ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らか
3.既存の大学・学部では対応が困難な場合
4.近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討


ポイントは1の箇所の「現在の提案主体による構想」。
現在の提案主体は愛媛県今治市の加計学園による獣医学部新設。
すでに提案が提出されている(申請済み)。
本音を言えば他からの獣医学新設申請なんて眼中にないのだ。
現在の今治市の提案にこのようなことが盛り込まれていれば(盛り込まれれば)現行規制を打破して獣医学部が新設できますとお知らせしているに過ぎない。
これは前に書いた獣医学部新設にはらむ問題、①獣医学部の新設が妥当かどうか、②大学学部の新設が適切且つ適材適所か、獣医学部を新設する学校として適切且つ適材適所か(大学学部認可)、この2つのクリアする上でも重要である。
この条件をクリアすれば獣医学部を新設できる!という宣言でもあるのだ。
しかも2015年度版の戦略に記されているものであり、遠い将来のことを書いているわけではない。今年度すべきことを中心にしている。獣医学部については条件が揃えば本年度内に検討すると書いてある。
獣医師が新たに対応すべき分野に既存の大学学部が即座に対応することは困難であると判断していからこそ3を入れた。
四国に獣医学部がないことや獣医師が少ないこともすでに調査済み、だから4のような書き方をした。
すべて加計学園ありきで練られた文である。
そして実際、国家戦略特区において本年度(2015年度)に検討され、2016年1月に今治市の区域指定された。これで獣医学部新設も決定ということだったのだ。
内閣(日本再興戦略)は農水省や文科省に年度内(2016年3月31日まで)に獣医学部新設にゴーサインを出せ(学校認可せよ)と迫っていた。
しかし期限内にそれが行われなかった。







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# by yumimi61 | 2017-09-30 00:03
2017年 09月 29日
日本国憲法の秘密-572- (加計学園問題について)
☆素朴な疑問なのですが、「1,000万都民のリーダーである都知事」と「国政政党代表」の二足のわらじが懸念されるならば、「1億万国民のリーダーである日本国首相」と「国政政党代表」の二足のわらじはどうなんでしょうか?(なんかの会議の議長なんかも兼ねていたりして・・)
懸念材料は、下々の数の多さなのか(それならば・・)、それとも地方と国という種類の違いなのか、地方と国という規模の大きさなのか?よく分からない。

☆先日赤ちゃんパンダの名前が「シャンシャン」と発表され「シャンシャン総会」を思い出した人は少なくないと思う。
「今日は午後から総会に行ってくるから」
「部長、総会屋なんですか?」
「私は社員だ」
昔は1株でも株を持っていれば株主として偉そうな顔が出来たが、総会屋を締め出すために単位株という制度が導入されて、一定数以上の株を持っていないと総会に出席して発言したりできなくなった。
1982年(昭和57年)10月1日に改正商法が施行されると、単位株制度は実際に多くの総会屋を株主総会から閉め出し、会社から総会屋への対策費などの支出も減少したが、生き残りをかけた総会屋の活動も活発になる。1984年(昭和59年)1月30日に行われたソニーの株主総会では、12時間30分という記録的な「マラソン総会」となり、「総会屋は死なず」という衝撃を世間に与えた。

☆前記事に政権のタウンミーティングのやらせ事件を書いた。サクラを仕込み賛成の質疑応答を偽装したことが発覚し官僚が処分された。全71回、参加者を確保するため、国や地方自治体などが、職員などを大量動員していたことも判明した。
実は私、いろんな講演会の参加者ノルマの片棒を担いだことがある。(過去記事
講演会と一口に言ってもいろいろな講演会があるわけで、なかには人数が集まらないという講演会もあるわけです。
講師の方を頼むのに人数が集まらないのは申し訳ないし、企画した側もどうなのかと問われることにもなるので、そういう場合は大抵、関係各所に参加人数のノルマが割り当てられるわけです。
ノルマを割り当てなければ集まらないような講演会ならやらなくちゃいいのにと思ったりするわけですが なかなかそうもいかないようなのです。
(略)
その2,3年後、私はまたしてもノルマの片棒を担いで、講演会に出掛けました。その講演の途中で不思議な感覚に包まれたのです。この光景をどこかで見たことがあるような気がする、この話も聴いたことがあるような気がする、、、デジャブ!?(略)





医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成に係る大学等の設置や収容定員増はたとえ定員要件を満たしたとしても認可しないと2003年に文科省が告示したが、2005年にそれを見直す動きがあった。
その時の首相は小泉首相。小泉首相最後の第3次改造内閣(2005年10月31日-2006年9月26日)
内閣官房長官が安倍晋三、総務大臣が竹中平蔵、外務大臣が麻生太郎、経済産業大臣が二階俊博、環境大臣が小池百合子。

意外だが、安倍晋三はこの時が初入閣である。
1993年39歳の時から継続して衆議院議員。祖父が首相経験者で、父親もリクルート事件でこけて(?)首相にこそならなかったが幾つもの大臣や自民党の要職を経験している。
いわば安倍晋三は政界のサラブレッドである。
それでも初入閣したのは2005年秋の小泉第3次改造内閣だった。
しかも内閣官房長官。そして2006年9月26日からは自身が首相となるのである。
だから内閣官房長官以外の大臣を経験したことは一度もない。自民党から首相となる人物としては珍しいケースではないだろうか?
自民党の役職も総裁以外は小泉総裁の時に2003年9月-2004年9月に1年幹事長を経験したのみ。
自民党の皆さん、大丈夫ですか?

医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成に係る大学等の認可に関する見直し論が起こったのは安倍晋三が内閣官房長官の時だった。
まず教員の養成がターゲットにされた。

この教員とは小中高校の教師のことである。それを養成するのは大学。
先生1人に対して児童生徒が多すぎる、少人数学級でないときめ細かい教育が出来ない、教師は忙しすぎる、残業も多く過重労働で大変、そんな話を聞いたことはありませんか?
だから教師を増やしたほうがよいとなるわけである。
教師を増やすには養成機関である大学を増やすべきと導かれる。
しかし少子化しているのでは・・?
教員ほど詳しくは語られなかったが、教員とほぼ同時期に獣医師養成も検討する必要があるとの発言があった。
それがつまり2005年で、加計学園が今治市に「獣医師学部なら新設してもよい」と返答した年である。


この時の文部科学大臣は中山成彬。
第2次小泉改造内閣と第3次小泉内閣(2004年9月27日 - 2005年10月31日)の大臣。
自民党から党を転々として、2016年の参院選で落選している。その時の党は「日本のこころ」。
そう、彼の妻は中山恭子、つい先日まで「日本のこころ」の代表を務めていた人物。
彼女は代表を放り投げて(?)「希望の党」へ加入した。

中山成彬
鹿児島ラ・サール高校、東京大学法学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。大臣官房企画官などを経て1982年に退官し、政治の道に入る[要出典]。

2004年の第2次小泉改造内閣にて文部科学大臣として初入閣し、日本原子力研究所と、もんじゅを運営していた核燃料サイクル開発機構を統合し独立行政法人日本原子力研究開発機構とする法案を成立させた。また、清和政策研究会事務総長を務めた[要出典]ほか、かつて慰安婦問題で調査を行い、南京事件は存在しないというレポートを出した日本の前途と歴史教育を考える議員の会会長を務める。

2008年9月25日に麻生内閣の国土交通大臣に就任するが、同月28日に辞任。原因は同月25日の「成田反対はゴネ得」、「日本は単一民族」、同月27日の「日教組を解体へ」の発言に対して度重なる抗議を受けたため。


■日本の前途と歴史教育を考える議員の会
自由民主党内で結成された議員連盟。1997年(平成9年)設立。
会長は古屋圭司。自民党の議員が多く所属しており、前身である日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会では安倍晋三が事務局長を務め、中川昭一、衛藤晟一、松岡利勝、高市早苗、森田健作、山本一太、中山泰秀などが会員だった。

歴史教科書、慰安婦、南京事件問題に関し否定的な立場から提言を行っている。現在では主に第二次世界大戦末期の沖縄戦における集団自決について議論を行っている。同会では自決について「旧日本軍の組織的な強制・強要はまったくの事実無根」との立場をとっており、2007年(平成19年)10月17日、会内に「沖縄戦検証のための小委員会」を新たに設置した。

会長:古屋圭司
事務局長:義家弘介
顧問:安倍晋三
南京問題小委員会 委員長:(空席)
慰安婦問題小委員会 委員長:中山泰秀
沖縄戦検証のための小委員会:萩生田光一
会員:岸田文雄、佐藤勉、今村雅弘、江渡聡徳、山崎正昭


山中会長の後任・古屋圭司は第二次安倍内閣で国家公安委員会委員長だった人物。
中山夫妻(夫は落選し議員失職したが在職中)は日本会議国会議員懇談会のメンバーである。


見直しが検討された時の文部科学大臣の時の副大臣は塩谷立。
その後自身も麻生内閣( 2008年9月24日-2009年9月16日 )で文部科学大臣に就任した。
静岡県立静岡高等学校卒業後、米国カリフォルニアのアンバサダーカレッジに留学。帰国後、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業した。

第44回衆議院議員総選挙において、文部科学副大臣という立場を利用して「塩谷文部科学副大臣講演会への動員へのお願い」というタイトルの文章を静岡県西部の複数の私立中学・高校へファックスし講演会に学校関係者を動員するなど、選挙活動に当たる行為を行い公職選挙法に違反したのではないかとの疑いが浮上した。



見直しが検討された時の文部科学省事務次官は結城章夫。
山形県村山市に生まれる。山形県立山形東高等学校から東京大学工学部に進学し、1971年6月に東京大学工学部物理工学科を卒業する。

1971年7月、科学技術庁に入庁。入庁後は主に原子力安全や研究開発行政に携わる。2001年、科学技術庁と文部省が統合して文部科学省が発足すると、初代大臣官房長に就任する。その後、文部科学審議官を経て、2005年1月11日に文部科学事務次官に就任する。

2007年7月6日、事務次官を退任する。同日開かれた退任会見で、山形大学の学長選挙に出馬することを表明する。その後、7月26日に開催された学長選考会議において学長候補者に選ばれ、9月1日に学長に就任した。
2011年6月27日、自身の任期満了を受けて開催された学長選考会議で再び学長候補者に選ばれ、学長に再任される。その後、2014年3月末をもって学長を退任し、同年4月に山形大学から名誉教授の称号を授与される。


事務次官を退任したその日に国立大学の山形大学の学長選挙に出馬することを表明し、しかも選ばれるなんて。
天下り学長と考えていいですね?



一内閣一仕事という言葉がある。
1内閣(1人の首相在任期間)で成し遂げる仕事は1つが精一杯という意味。
やりたいことは山ほどあっても1つのことに集中せよという戒めの意味でもあり、1つくらいは成し遂げよという目標的な意味もある。
内閣総理大臣を経験した竹下登は内閣が政治懸案事項について「道筋をつけたり、解決・達成できるのはせいぜい一仕事くらいである」と述べている。

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※図はクリッククリックでもう少し大きくなります。

私は感情的になっているつもりもないし、誰かと特別な利害関係にあるわけでもないが、正直なぜ安倍首相がそんなに支持されるのかさっぱり分からない。どうして飽きられないのか、ボロがボロボロ出てもどうして許され続けるのか理解できない。
他の首相と何がどう違うのだろう? 違いというか特別感というか魅力みたいなものが私には分からない。
現状を維持していく上で特別感は別に必要ないとも思っているが、特別感や魅力が特にないのにこの飽きっぽく不寛容な社会で継続していることがこれまでと何か違うように感じて怖い気がする。
これまでと違うことからくる漠然とした不安を世の中の多くの人が感じないのも不思議。
代わりの人がいないからとよく言われるけれど、では戦後70年ここにきて日本にはどうして代わりの人がいなくなってしまったのだろう?


安倍晋三が内閣官房長官の時に獣医師養成見直しの動きがあり、その後安倍内閣が誕生した。
しかし今治市の「加計学園による獣医学部新設」の構造改革特区申請は安倍内閣(一次)の期間中には間に合わなかった。
一度退陣した首相が再登板したことは、戦後混乱期の吉田茂を除いて戦後一度も無い。
加計学園理事長のことを腹心の友と言って憚らない安倍晋三が首相の座にいる期間を十分に活かせず加計学園と今治市のチャンスは潰えたように思えた。
現に2007年以後、構造改革特区への申請は不可の判定が続いた。
だが2012年安倍は2007年退陣の際には誰も想像していなかった再登板を果たす。
この後に今治市と加計学園の獣医学部新設も急展開を見せていくことになる。








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# by yumimi61 | 2017-09-29 11:07
2017年 09月 28日
日本国憲法の秘密-571- (加計学園問題について)
文部科学大臣】 ※下段は事務次官

ー民主党・野田政権ー(2011年9月2日-2012年12月26日)
2012年10月 1日-2012年12月26日 田中眞紀子 ・・大学不認可騒動を巻き起こす
 (2012年年1月6日-       森口泰孝)


ー自民党・安倍政権ー
2012年12月26日-2015年10月 7日 下村博文 ・・STAP細胞騒動(理研・笹井自殺)、1次区域指定、2次区域指定
 (          -2013年7月8日 森口泰孝)
 (2013年7月8日-2015年8月4日  山中伸一)STAP騒動時、1次区域指定時
 (2015年8月4日-        土屋定之)


2015年10月7日-2016年8月3日 馳浩  ・・今治市3次区域の指定決定
 (         -2016年6月21日  土屋定之)
 (2016年6月21日-        前川喜平)

2016年8月3日-2017年8月3日 松野博一 ・・文科省の組織的天下り事件発覚
 (        -2017年1月20日  前川喜平)
 (2017年1月20日-     戸谷一夫)

2017年8月3日-現在 林芳正
 (       -現在   戸谷一夫)


2001年に誕生した小泉政権の小泉劇場を支えた女傑が、田中角栄の娘である田中眞紀子だった。
金権政治と批判され元首相でありながら逮捕までされた父親を持ちながら、父親譲りの歯に衣着せぬ物言いや人間臭さで人気が高かった。
小泉政権誕生の功労者の1人である田中眞紀子は外務大臣に就任した。
しかしー
彼女は更迭という形でその座を去った。

ターニングポイントとなったのが2002年の事務方との対立に起因する外相更迭であり、当時は世論の圧倒的多数が更迭に反対して田中を支持、小泉内閣の支持率が一時的に急落するほどであった(読売新聞では下げ幅が30.7%に及んだ)。しかし直後に自らの秘書給与問題が浮上し、議員辞職に追い込まれる。2003年衆院選で復帰し、院内会派「民主党・無所属クラブ」に加入。今度は以前に所属していた自民党に対して厳しい批判を繰り返すようになった。


彼女はその後民主党入りするのである。
衆院選を目前に控えた2009年8月15日、新潟県長岡市内で記者会見し、夫の田中直紀参議院議員とともに民主党入りを表明。

そして2012年10月 1日野田政権の改造内閣で文部科学大臣に就任した。
しかし野田首相は11月16日に衆議院を解散した。
発足から僅か1ヶ月ほどで解散が決まり、選挙期間を含めても内閣は3ヶ月あまりで終焉を迎えた。(現内閣と同じ感じですね!)
現内閣がマスコミの世論調査で50%前後の一定の支持率を継続しながら解散に踏み切って費用のかかる選挙を行う判断をしたなら、野田内閣は支持率を20%を下回り選挙をしたら勝てないであろうという時期にあえて解散に踏み切った。全く逆のようだが「先が予想できる」状態で解散に踏み切ったのは同じ。

野田内閣の解散は長い安倍内閣の始まりだった。
田中眞紀子の政治生命はあの時にほぼ終わってしまった。

3ヶ月弱しか文科大臣の職に就けなかった田中眞紀子だったが、彼女は行動の人だった。
就任1ヶ月の2012年11月2日に、田中は申請されていた3大学の新設を認めないと突如表明したのだ。
その3校は、秋田公立美術大学、札幌保健医療大学、岡崎女子大学。
この3校がダメというよりも、大学改革、認可改革、文部科学省改革を行いたかったのでないか。大学不認可によって問題提起したということ。
となれば、助言者がいたような気もするがどうだろう。
結局11月8日に不認可を撤回し新設認可。
解散はこの後に突如発表されたのだ。
岩盤規制は一枚岩では?



かつて「私立大学の大規模校は定員の2倍も3倍もの学生を入学させている」とまことしやかに囁かれたことがあった。
ほんの数年前であってもまだ「私立大学なんて全員学校来たら収容しきれないんだってさ」と言われていたりした。
定員オーバーの程度はともかくして、定員を割っている大学が数多くある一方で定員増しで入学させる大学があるのは事実である。

大学新設が緩和される前の1990年の大学入学現役比率は64.1%、2014年では86.0%である。
浪人者数は1990年には約17万4800人、2014年では約8万3000人いる。
浪人者数はここ数年8万人前後で推移してきた。
大学が増えて、大学希望者≦大学定員 となっているが、この数字が変わらないということはこれ以上大学を増やしても意味がないであろう。
では定員増しをやめたら他に学生が流れるか?
受験レベルが高い学生の定員増しをやめても、彼らには譲れないものがあることが多いので、浪人に流れる可能性が高く分布が大きく変わることはないであろう。
問題は一般入試以外で入学している学生である。
例えば100名の定員で、合格者を一般入試50名、一般入試以外50名とする。
一般入試以外の50名が全員一般入試受験者より学力が高いかと言ったらそうではない。
でも定員を遵守しようと思ったら、学力が高い一般入試の受験者を落とす必要が出てくる。
それをもったいないと思えば合格にする。
定員100名、一般入試合格者90名、一般入試以外合格者50名、計140名。←これは一般入試以外で入学した学生のうち一般入試レベルにある学生は10名であるという事例。
こういうふうに定員オーバーしてしまう。
人気の高い大学が定員増しで入学させていたら、ますます均衡は取れないのだ。
しかし大学経営(お金)や大学間競争のことを考えると、なかなか止められない。
また一般入試だけに限ってしまうと、多様性を否定するのかとか、学力(偏差値やセンター試験)偏重であると非難されかねないので難しい問題。
多様性と言うけれど、この社会には実は多様性がなく、みな同じブランドものを着たいのだ。
何故かと言えば、ブランドものが素晴らしいという社会の評価や評判があるからである。
評価や評判は作ろうと思えば意図的に作れるものであるが、多くの人はそう思っていないし、評価や評判の真偽がどうであれ、そこに恩恵があるならそれに自分も与りたいと考えるものなのだ。


2003年、文部科学省は『大学、短期大学、高等専門学校等の設置の際の入学定員の取扱い等に係る基準』を告示した。(文部科学省告示第四十五号
大学を新設したり定員増加させる場合には定員要件を満たしていないと認可しません、というものである。
4年制大学学部の新設では過去4年の定員超過率平均が1.3未満と定められた。
100人定員ならば入学者130人未満であるということ。

前述したこの事例
定員100名、一般入試合格者90名、一般入試以外合格者50名、計140名。←これは一般入試以外で入学した学生のうち一般入試レベルにある学生は10名であるという事例。
これが4年続いているようでは新設や増員は認められない。
しかし逆を言えば、文科省は定員増しを禁止しているわけではなく、あくまでも新設や増員を認めないと言っているわけで、暗に定員増しを認めていることにもなる。

この告示の中には次のような一文があった。
医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成に係る大学等の設置又は収容定員増でないこと。

定員要件を満たしても、医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成に係る大学等の設置又は収容定員増は認めないということなのだ。
資格や免許に関係し需要供給のバランスとレベル維持が目的にあると思うので、私はこれを問題だとは思わないが、見る人が見れば、どうしてこれだけ特別なんだ?と思うのだろう。


ちなみに新設と増員に定員要件があるだけでなく、入学超過率が一定以上になると私学補助金を不交付にするという決まりによっても規制しているので、大学が補助金を受けたければその範囲内に収めるであろう。
私大補助金不交付の超過率は、2003年は1・46以上と定められていた。
現在は1.3(1.2暫定期間)以上。(中規模校の場合)
医学部と歯学部は1991年以降1.1以上であり、他の大学学部より厳しく数値が設定されている。
医歯学部の質を保つ努力は、認可しないということだけでなく、私学補助金でも行われている。
1.1以内に収めるという条件に獣医学部が入っていないのが不満だったとか?



このように文科省は、医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成に係る大学等の設置や収容定員増は認可しないと2003年に告示していたわけだが、2005年加計学園は「獣医学部をつくる!」と今治市の学校建設誘致に乗った。
実はその2005年に「医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成」の特別視を見直す動きがあった。
2005年はまだ小泉内閣である(2006年9月26日まで、その後は1次安倍内閣2006年9月26日- 2007年9月26日)。

2005年1月28日に文科省の中央教育審議会(文科大臣の諮問機関)から答申された「我が国の高等教育の将来像」において、質を保証するために新設や増員を認めていない医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の5分野に関して、「人材需給見通し等の政策的要請を十分に見極めながら、抑制の必要性、程度や具体的方策について、必要に応じて個別に検討する必要がある」との見解が示された。

=見直し検討を行うための調査研究協力者会議メンバー=
大路正浩  千葉県教育委員会教育次長
小原芳明 玉川大学長
門川大作 京都市教育委員会教育長
清田善樹 岐阜聖徳学園大学教育学部長
児玉隆夫 元大阪市立大学長
舘昭 桜美林大学大学院国際学研究科教授
林勇二郎 金沢大学長
(主査) 村山紀昭 北海道教育大学長

●大路正浩
1964年 兵庫県生まれ。 篠山鳳鳴高校、 上智大学外国語学部卒業。
1987年文部省 (現:文部科学省) 入省。アメリカに5年滞在し、この間ピッツバーグ大学大学院社会学専攻修了。
千葉県教育次長、文化庁長官官房国際課長※、私学行政課長、スポーツ・青少年局学校健康教育課課長、子ども安全対策支援室長補、国際交流基金上級審議役などを歴任。
文科省天下り事件で戒告処分を受けている。 

●小原芳明
祖父が玉川学園創立者
東京生まれ。玉川学園小学部・中学部を経て、高等部2年生よりアメリカ・マサチューセッツ州ロクスベリー・ラテン・スクールに留学、同校を卒業[要出典]。その後マンマス大学(en:Monmouth College)へ進学。卒業後、玉川大学大学院文学研究科、スタンフォード大学大学院教育政策分析専攻修士課程を修了。
1987年以降、玉川大学文学部教授。国際教育室長・文学部長・副学長を歴任。父・小原哲郎の引退に伴い、学長職を世襲し第5代学長となる。
日本私立大学協会理事、文部科学省大学設置・学校法人審議会(学校法人分科会)委員を歴任。2013年より文部科学省中央教育審議会委員[要出典]。
クリスチャンとして宗教の重要性を説く[要出典]。「情報はチャンス」とIT教育に力を入れる。中学部・高等部では「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を採用した[要出典]。


●門川大作
京都府京都市中京区生まれ。京都市立堀川高等学校定時制普通科卒業後、京都市教育委員会に就職。働きながら、立命館大学法学部第二部を卒業した。
京都市教育委員会総務部長、教育次長を経て、2001年に京都市教育長に就任し、2007年まで同職を務める。また2003年から中央教育審議会委員、2006年から安倍内閣の下で設置された教育再生会議委員を務めた
2007年、京都市教育長を辞職し、翌2008年の京都市長選挙に自由民主党・公明党・民主党京都府連・社会民主党京都府連の推薦を受けて出馬する意向を表明。2月の市長選挙では日本共産党が推薦する弁護士の中村和雄らを破り、初当選を果たした。市長就任後、京都サンガF.C.顧問にも就任。2011年6月7日、「世界文化遺産」地域連携会議会長に就任。2012年2月5日に行われた市長選挙で再選された。また2016年2月7日実施の京都市長選挙において、民主・自民・公明・社民府連の推薦を受け三選を果たした

●清田善樹
岐阜聖徳学園大学の講師や教授であったこと以外の来歴情報は確認できず。岐阜聖徳学園大学は1972年に設置された私立大学。西本願寺系で龍谷総合学園に加盟している。

●児玉隆夫
自身が大阪市立大学を卒業しており同窓会会長にも就任している。
2016年3月、大阪市立大学同窓会主催による五代友厚銅像建立完成記念行事が開催された。五代友厚は大阪市立大学前身の大阪商業講習所の共同設立者の1人で中心的役割を果たした人物。記念行事ではNHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」で五代を演じて一躍有名になったディーン・フジオカさんがスピーチしたそう。

●舘昭
東京生まれ。1972年東京大学教育学部教育行政学科卒業、77年同大学院博士課程満期退学。奈良教育大学助教授、放送教育開発センター助教授、大学評価・学位授与機構教授、桜美林大学教授。
桜美林はキリスト教系の大学

●林勇二郎
1942年石川県金沢市生まれ。1970年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程を修了。同年金沢大学工学部講師に着任後、助教授、教授を経て(この間、米国パデュー大学客員教授)、1997年工学部長。1999年9月から2004年3月まで金沢大学長、続いて2008年3月まで国立大学法人金沢大学長。現在、JSTイノベーションプラザ石川総館長、国立高等専門学校顧問、北陸先端科学技術大学院大学監事、石川県工業試験所顧問、金沢こども科学財団理事長、日本学術会議会員など。

●村山紀昭
北海道大学文学部卒業。同大学院文学研究科修了。北海道教育大学札幌校助教授。同教授。1998年同札幌分校主事。1999年(平成11年)北海道教育大学11代学長。2007年(平成19年)北海道教育大学退官。同名誉教授。札幌国際大学人文学部教授。2008年札幌国際大学・札幌国際大学短期大学部学長。2010年病気を理由に学長退任。札幌国際大学短期大学部総合生活学科教授。2012年札幌国際大学退職。


※大路正浩が文化庁官房長官国際課長だった時の文化庁長官は近藤誠一。
第20代文化庁長官。国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)大使、デンマーク駐箚特命全権大使を歴任。退官後は、近藤文化・外交研究所を設立し、JXホールディングス取締役、カゴメ取締役、パソナグループ取締役、長野県文化振興事業団理事長、東京都交響楽団理事長、東京大学政策ビジョン研究センター特任教授、東京藝術大学客員教授などに就任。神奈川県生まれ。

近藤誠一の前の文化庁長官は玉井日出夫。文科省官僚から文化庁長官となり、退官後2012年に玉川大学芸術学部教授(文化政策などを担当)に就任している。
玉井は文部科学省官房長在職中の2006年12月15日にタウンミーティング 小泉内閣の国民対話での不祥事に関して口頭厳重注意の処分を受けた。

■タウンミーティング 小泉内閣の国民対話(やらせ事件)■ 
小泉内閣(2001年 - 2006年)が実施した、閣僚や有識者と一般市民が対話する(としていた)政治集会である。いわゆる“やらせ”・“仕込み(サクラ)”(偽装)が行われていたことが後に発覚して問題になった。

2006年9月2日に教育基本法改正などをテーマに行われた「教育改革タウンミーティング イン 八戸」で、開催前に内閣府が青森県教育庁を通じ、教育基本法改正に賛成する趣旨の質問をするよう参加者に依頼、原稿を作成した上、「やらせ」であることを悟られないよう質問方法まで詳細に指示を出していたことが明らかになった。
その後、2003年12月13日の岐阜県岐阜市、2004年5月15日の愛媛県松山市、2004年10月30日の和歌山県和歌山市、2004年11月27日の大分県別府市の「教育改革タウンミーティング」でもやらせが発覚。
そのうち、別府でのタウンミーティングでは、大分県教育委員会の職員4人が、一般県民になりすまし(タウンミーティングでは、質問前に自身の職業を述べる必要がある)、賛成の意見を述べていたことが分かった。

このほか、全タウンミーティング中、15回のやらせ質問が行われており、最多は、裁判員制度などについて議論された司法制度改革タウンミーティングの6回であった。このほかにも、全71回で、参加者を確保するため、国や地方自治体などが、職員などを大量動員していたことも判明した。

2006年5月21日に北海道札幌市で行われた「再チャレンジタウンミーティング」でも同様にやらせを指示するよう北海道庁に対し行っていたことも発覚した。

内閣総理大臣安倍晋三は「(内閣府に対し)注意した」とコメントし、その後の参議院教育基本法特別委員会でも陳謝した。内閣府側は、賛成の意見を述べるよう質問を依頼したことは認めたものの、原稿を作成したのは、文部科学省からの出向職員であるとした。

(処分)
12月15日に政府はこの件での内閣府等の職員を以下のとおりの処分及び16日付けでのタウンミーティング室の廃止を決めた。
内閣府
事務次官内田俊一 - 訓告、給与10%を1カ月分(約13万円)国庫に自主返納
TM担当室長谷口隆司 - 戒告
賞勲局長(元担当室長)勝野堅介 - 訓告
担当室参事官長谷川秀司 - 訓告
大臣官房付(元担当室参事官)田辺靖夫 - 訓告
担当室次長土肥原洋 - 厳重注意
担当室次長竹沢正明 - 厳重注意
国民生活局長(元担当室次長)西達男- 厳重注意
大臣官房審議官(元担当室次長)松田敏明 - 厳重注意
会計課長福富光彦 - 厳重注意
官房長山本信一郎- 訓告
元担当室次長(他省庁出向中)中藤泉 - 厳重注意を所属官庁に依頼
担当室次長(他省庁出向中)成田一郎 - 厳重注意を所属官庁に依頼
元会計課長(他省庁出向中)大森雅夫 - 厳重注意を所属官庁に依頼
元担当室参事官(他省庁出向中)音瀬均 - 厳重注意を所属官庁に依頼

文部科学省
教育再生会議担当の内閣参事官(前広報室長)白間竜一郎 - 訓告
初等中等教育局長銭谷真美 - 訓告(伊吹文科相は国会で「彼は(やらせの)事実を知らなかったと思う」と答弁していた)
官房審議官布村幸彦 - 訓告
生涯学習推進課長高橋道和 - 文書厳重注意
生涯学習政策局長田中壮一郎 - 文書厳重注意
内閣府男女共同参画局長板東久美子 - 文書厳重注意
官房審議官尾山真之助 - 文書厳重注意
官房長玉井日出夫 - 口頭厳重注意

法務省
事務次官(司法制度改革TM運営の指揮に当たった当時の刑事局長)大林宏 - 厳重注意
刑事局長(当時の官房長)小津博司 - 厳重注意


「秘書がやった、知らなかった」という言い訳が得意な政治家だが、これも全く官僚の暴走だと言うのだろうか。(忖度?)
教育基本法が第一次安倍内閣の時に改正されたということは先に述べたが、この改正は小泉内閣からのレール上にあった。安倍内閣で可決した。













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# by yumimi61 | 2017-09-28 12:46
2017年 09月 27日
日本国憲法の秘密-570- (加計学園問題について)
前川・前文科事務次官が国会前で行われていた2015年安保法制反対デモに参加していたと自分自身で暴露したらしいのだけれど、どうしてわざわざそんなこと言うんだろう?他から暴かれることを恐れて?
国会前デモに参加したと言えば鳩山由紀夫元首相。与党議員で元首相という立場ながらデモに参加してとても話題になった。あれは反原発デモだった。
私的には鳩山由紀夫首相は環境マフィアに通じてしまうので(地球温暖化対策・二酸化炭素の排出削減・鳩山イニシアチブ・お金で買える二酸化炭素排出削減)、何をしても胡散臭く思えてしまう。
その鳩山家は悪巧み安倍一派の1人の親戚である。
安保法制反対デモを行った学生集団SEALDs(シールズ)、あれもネーミングからしてちょっと・・
正式名は Students Emergency Action for Liberal Democracy- s(複数形のs)なんだそうだ。
でもシールズと言えば、SEALsだと思うのです。
正式名は United States Navy SEALs。アメリカ海軍の特殊部隊。
SEALsという名称は、SEがSEA(海)、AがAIR(空)、LがLAND(陸)と、陸海空のアルファベットの頭文字から取られており、アザラシ(英: seal)に掛けたものでもある。個々の“チーム”は単数形の「SEAL」であり(SEAL Team 1から10まで)、総隊は複数形の「s」が付く。
チーム6は対テロ特殊部隊DEVGRUとして独立している。

SEAL+DEVGRUでSEALDs!?
戦争や軍隊を否定したいのか肯定したいのか分からない「安全保障法制反対」デモ。 
SEALDsは国立大学の学生が少ない。大学は限定されていないがキリスト教系が多い。それもそのはず、高校が同じというメンバーなのだそうだ。その高校はキリスト教愛真高校や和光学園。
キリスト教愛真高校は島根にある全寮制の高校で偏差値は30を切るとか。
学習とか学力向上とか受験とか、たぶんそういうところに目的を置いていないのだろう。




内閣府特命担当大臣 国家戦略特区担当→地方創生担当
2013年12月13日から始まった内閣府特命担当大臣の1つであった国家戦略特区担当は2015年10月7日で廃止された。

2013年12月13日-2014年9月3日 新藤義孝(自民党) 
2014年9月3日-2015年10月7日 石破茂(自民党)

以後は内閣府特命担当大臣の地方創生担当に成り代わった。

2015年10月7日- 2016年8月3日  石破茂(自民党)
2016年8月3日- 2017年8月3日  山本幸三(自民党)
2017年8月3日-現在  梶山弘志

全員が日本会議国会議員懇談会のメンバーである。
愛媛県今治市が「加計学園による獣医学部新設」を申請し(2015年6月)、今治市が広島県とともに国家戦略特区/地方創生特区に指定される(2016年1月)までの担当大臣は石破茂議員だった。キリスト教徒である。かつて徴兵制の国防軍を組織すべきとか主張していたらしい。



文部科学省事務次官
2013年7月8日-2015年8月4日  山中伸一  ・・今治市申請
2015年8月4日-2016年6月21日  土屋定之  ・・今治市3次区域に指定
2016年6月21日-2017年1月20日  前川喜平  ・・天下り事件発覚
2017年1月20日-現在  戸谷一夫


山中伸一 山梨県出身
1972年 山梨県立都留高等学校卒業。1977年3月 東京大学法学部卒業し、文部省入省。文化庁文化部著作権課。
1992年4月-1995年3月、横浜国立大学大学院国際経済法学研究科助教授。
文化庁文化財保護部記念物課長、文部省高等教育局学生課長、内閣官房内閣内政審議室教育改革国民会議担当室副室長、大臣官房主任教育改革官、 文部科学省生涯学習政策局政策課長、文部科学省大臣官房総務課長、大臣官房審議官(初等中等教育局担当)、 高等教育局私学部長、教育再生会議担当室副室長、大臣官房付(併・内閣官房内閣審議官、命・内閣官房教育再生懇談会担当室長)、 スポーツ・青少年局長、 官房長、初等中等教育局長、 文部科学審議官(文教担当)を歴任。
文部科学事務次官退官後は駐ブルガリア特命全権大使。
2017年3月30日 - 文部科学省の組織的な天下り斡旋問題に関与していた責任を取り、駐ブルガリア特命全権大使を辞任する意向を表明し、2017年5月19日に辞任。


・官民協働海外留学創出(トビタテ!留学JAPAN)事業の「留学促進広報戦略本部」の本部長に就任し、 同 AKB48〔公式〕動画の2分2秒から自らもダンスを踊って広報宣伝に努めた。

・文部科学省顧問に就任してからも精力的に講演をこなしており、パソナでは在日留学生を対象にした合同企業説明会『JOB博』の基調講演を行っている。なお、山中はパソナ・グループの迎賓館「仁風林」で接待を受けた政・財・官界人の中で、マスコミに名前が取り沙汰された官僚だった。


土屋定之 広島県出身
1972年(昭和47年)、修道高等学校を卒業。1979年(昭和54年)、北海道大学大学院環境科学研究科修士課程を修了し、同年に旧科学技術庁(現・文部科学省)に入庁。
その後宇宙開発事業団ロサンゼルス駐在員事務所長、科学技術庁科学技術振興局科学技術情報課長、文部科学省科学技術・学術政策局基盤政策課長、理化学研究所横浜研究所研究推進部長、文部科学省大臣官房総務課長、文化庁文化財部長、文部科学省大臣官房長、科学技術・学術政策局長、文部科学審議官を歴任。


戸谷一夫 岐阜県出身
1980年、東北大学工学部原子核工学科卒業、科学技術庁に入省。
1989年-1992年、パリの経済協力開発機構原子力機関に勤務。のち、同庁原子力局調査国際協力課国際原子力協力企画官、科学技術振興局研究基盤課長等を歴任。2000年-2002年、宇宙開発事業団ロサンゼルス駐在員。2003年1月文部科学省研究振興局ライフサイエンス課長、2004年7月内閣府参事官(原子力担当)、2006年7月文部科学省大臣官房会計課長、2008年7月文部科学省大臣官房審議官(高等教育局担当)。2009年7月14日-2012年1月5日、日本原子力研究開発機構理事。2012年、文部科学省研究開発局長。2013年7月、同省官房長。2015年8月4日、文部科学審議官。




文科省天下り事件
 文部科学省による組織的な再就職あっせん問題で、松野博一文科相は30日、国家公務員法に違反する行為があったなどとして、歴代事務次官8人を含む37人を処分したと発表した。2月の中間まとめ以降、同省の調査で新たに27件の違反が判明。違法事案は2010-16年の計62件となった。うち半数で仲介役のOBを経由せず、現役職員が直接関わっていた。

 同省はこれらを盛り込んだ最終報告を29日、政府の再就職等監視委員会に報告した。1月に公表した分を含め、天下り問題での処分者は計43人。同省では過去最多となった。最終報告では2月の中間まとめで違反が確認できないとしていた8件も違法と認定した。

今回処分された37人のうち懲戒処分は16人。前川喜平、山中伸一、清水潔各氏の歴代事務次官を含む5人が最も重い停職(退職者は停職相当)で、11人が減給や戒告。戸谷一夫事務次官ら21人が訓告や文書厳重注意となった。駐ブルガリア大使を務める山中元次官は30日、岸田文雄外相に辞意を伝えた。

  国家公務員法は職員が退職者の再就職をあっせんすることなどを禁じている。
「文科省天下りで37人処分 最終報告、違法事案62件に」 日本経済新聞 2017年3月31日より)

文科省は口利きや斡旋が当たり前のように存在した土壌だったということだ。
違反を止められない体質なのだから官僚などの再就職のみならず、受験や認可にもそのようなことがあったであろうと想像させる。ないと考えることは難しい。

現在の事務次官の前3人(山中・土屋・前川)は全員処分を受けている。
それを考えると、国家戦略特区チームは文科省から認可を得ることはそう難しいことではないと踏んでいたはずだ。
一番のネックだったのは前記事に書いた「①獣医学部新説の妥当性」のほうだったと考えられる。
でもそれは区域決定によってクリアした。
あとは政権権力者が文科省責任者に「君、よろしく頼むよ」と言えば済むはずだった。
しかし思った以上に「①獣医学部新説の妥当性」への抵抗が大きかったのではないか。
急に特区で獣医学部新設が解禁されたのだから関係者は驚いたであろう。






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# by yumimi61 | 2017-09-27 00:09
2017年 09月 26日
日本国憲法の秘密-569- (加計学園問題について)
愛媛県今治市は何十年も前から学校誘致を続けてきたが、手を挙げる学校なり法人はなかった。
獣医学部という条件で誘いに乗ったのが加計学園である。
愛媛県今治市は12年前から加計学園ありきだったと加戸・前愛媛県知事が証言したけれども、この加計学園ありきは別に問題ない。
(大した証言ではないので報道しなかったと受け取ることもできる)
愛媛県今治市は獣医学部設置母体が加計学園であることを隠していたわけではなく、それを明記して構造改革特区や国家戦略特区に申請してきたのだ。
申請は加計学園ありきでなければ(どこか請け負う事業者がなければ)進まない話である。
だからヒアリングや陳情に加計学園の担当者が含まれていたとしてもそれも全く問題ない。具体的なことが分かる人がいたほうがいい。

問題があるのは獣医学部や獣医師の現況を無視した「獣医学部ありき」だったということ。
これについて加戸・前愛媛県知事は証言しなかったし偽りの証言もした。
「獣医学部ありき」という条件を今治市に提示したのは加計学園である。


国家戦略特区というのは1つの事業を1つの事業者が行うことを目的とはしていないので提案を軸に膨らませていき、また特区に指定された後には特区としての事業に相応しい事業を行う意思のある他の事業者の公募も行われている。
国家戦略特区は区域の認定である。区域の中には事業がある。
この制度自体が申請された1つの提案をぼかしてしまうようになっているが、愛媛県今治市の区域指定の大元には「加計学園による獣医学部新設」提案がある。
つまり「獣医学部ありき」と「加計学園ありき」は重なっている。
愛媛県今治市を区域指定するということは「加計学園による獣医学部新設」を認めたことに他ならない。
言い換えれば「加計学園による獣医学部新設」なくして指定はなかったということ。

この区域や事業の選定や認定は諮問会議で行われ、意思決定の場に関係省庁の大臣や責任者・担当者は参加していない。
参加させると自分達が望む方向には決まっていかないから、それらを無視して半ば強引に話を進める。
その諮問会議の議長は他でもない安倍首相であり、会議議員を自身の擁護者で固めている。

愛媛県今治市の区域指定には、①獣医学部の新設が妥当かどうか、②大学学部の新設が適切且つ適材適所か、獣医学部を新設する学校として適切且つ適材適所か(大学学部認可)、この2つの問題をはらんでいたわけである。
①の部分を嘘の言い訳や誤った現状評価を用いて強引に推し進めた。
残るは②の学校認可の問題。
保育園なら必要に迫られてということもあるが、大学が未認可では箔が付かない。国家試験受験資格を諦めたとしても未認可大学では・・・ここをどうしてもクリアする必要があった。


2009年9月‐2012年12月 自民党が野党になる
2009年10月 「株式会社政策工房」設立(会長・高橋洋一、社長・原英史)
2012年12月 安倍内閣誕生(再登板)
2013年9月 国家戦略特区第1次指定地域のヒアリング
2013年12月 国家戦略特別区域法施行
2014年1月 国家戦略特区 第1回諮問会議
2014年3月 国家戦略特区 第4回諮問会議 ※この会議で1次指定区域案が提示された
2014年5月 国家戦略特区 第1次区域指定

2015年1月 「株式会社特区ビジネスコサルティング」設立(顧問・高橋洋一、石津賢治、社長・松島凡) 
2015年4月2日 今治市の職員が首相官邸を訪問
2015年6月4日 今治市が国家戦略特区に申請(加計学園による獣医学部新設を提案)
2015年6月30日 「日本再興戦略 2015」が閣議決定される
2015年8月6日 内閣府が今治市の大学建設用地を視察 ※1
2015年8月17日 安倍首相と加計孝太郎・加計学園理事長がともにゴルフ ※2
2015年8月28日 国家戦略特区 第2次区域指定


※1 経済産業省と併任で内閣府にて国家戦略特区を担当していた藤原豊・地方創生推進事務局審議官も現地視察に出向いていた。「総理のご意向」という言葉を文部科学省に伝えたのは藤原審議官でしたよね?


※2 安倍首相が8月15~20日まで山梨県鳴沢村の別荘で夏休みを過ごしていた。8月17日のゴルフは「富士桜カントリー倶楽部」にて。メンバーは上記2人の他、高橋精一郎・三井住友銀行副頭取、本田悦朗・内閣官房参与 がいた。


2015年10月20日 国家戦略特区諮問会議(第16回)・・今治市はまだ議題に上らず ※3
2015年11月27日 国家戦略特区諮問会議(第17回)・・3次指定についての話あり ※4
2015年12月15日 国家戦略特区諮問会議(第18回)・・3次指定区域案提示 ※5
2015年12月24日 クリスマスイブ 男たちの悪巧み…(?) ※6
2016年1月29日 国家戦略特区3次区域 指定(決定)


※3 3次指定区域についてはまだ議論されていない。最後に「国家戦略特区の今後の進め方」が確認されている。進め方を提示しているのは諮問会議議員の民間有識者(秋池玲子・坂根正弘・坂村健・竹中平蔵・八田達夫5名連名)。
1、「新3本の矢の1本目(強い経済)」の実現に向けて
- 「岩盤規制改革の工程表」を踏まえた規制改革の加速化 -
・ アベノミクス第2ステージが始まるに当たり、「新3本の矢の1本目(強い経済)」を実現するため、従来の「第3の矢」の柱である「規制改革の総仕上げ」が必要。

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※4 国家戦略特別区域担当大臣であった石破茂より「国家戦略特区の3次指定について」提示されている。
○ 「『日本再興戦略』改訂2015」(平成27年6月30日閣議決定)等に基づき、本年内に「国家戦略特区の3次指定(地方創生特区の第二弾)」を実現する。
○ 本年春から秋に規制改革事項等の提案のあった43の地方自治体(別紙参照)のうち、夏にヒアリング済みで追加提案のないものを除く全自治体について、特区ワーキンググループにおいてヒアリングを実施中。
(11月12日から20日にかけて4日間、30件。)
○ 指定は、下記(1)の国家戦略特区の基準によるが、特に、エ)について、下記(2)の基本的考え方を適用する。
(1)国家戦略特区の指定基準(基本方針(平成26年2月25日閣議決定))
ア)区域内における経済的社会的効果
イ)国家戦略特区を超えた波及効果
ウ)プロジェクトの先進性・革新性等
エ)地方公共団体の意欲・実行力
オ)プロジェクトの実現可能性
カ)インフラや環境の整備状況

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※5 この会議で広島県・愛媛県今治市が3次指定候補として初めて登場した。国会の答弁で安倍首相が「指定された2016年1月まで知らなかった」と答えていたが、どんなに遅くてもこの時には知っていなければならない。
よって虚偽答弁である!

1.広島県・愛媛県今治市
2.東京圏
3.福岡県福岡市・北九州市

(注) 本方針については、「国家戦略特別区域基本方針」(平成26年2月25日閣議決定)及び「『日本再興戦略』改訂2015」(平成27年6月30日閣議決定)に即して定めるものとする。
1.対象区域
広島県及び愛媛県今治市
2.目標
「しまなみ海道(西瀬戸自動車道)」で繋がる広島県と今治市において、多様な外国人材を積極的に受け入れるとともに、産・学・官の保有するビッグデータを最大限に活用し、観光・教育・創業などの多くの分野におけるイノベーションを創出する。
3.政策課題
(1)創業人材を含めた高度外国人材の集積の推進
(2)雇用ルールの明確化によるグローバル企業・新規企業への支援
(3)地場製造業や新たなホスピタリティ・サービス産業の活性化
(4)スポーツ・教育面における国際交流拠点の整備
(5)観光分野における先進的な「自治体間連携モデル」の推進
4.事業に関する基本的事項
(実施が見込まれる特定事業等及び関連する規制改革事項)
<雇用・労働>
・ 多様な外国人受入れのための在留資格の見直し【家事支援、創業】
・ クールジャパン外国人材の就業促進
・ 技能実習制度の拡充
・ 高度人材ポイント制度の拡充
・ グローバル企業等に対する雇用条件の整備【雇用条件】
・ 官民の垣根を越えた人材移動の柔軟化【官民人材】
<都市再生・まちづくり>
・ 「道の駅」の設置主体(地方公共団体等)の民間拡大
<教育>
・ 国際教育拠点の整備(獣医師系(ライフサイエンスなどの新たに対応すべき分野)) 
<医療>
・ 臨床修練制度を活用した外国人医師の診療所における診察【外国医師診療所】
<その他>
・ 小型無人機による公共インフラの保守管理など



※6
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左から、加計孝太郎(学園理事長)・高橋精一郎(三井住友銀行副頭取)・安倍晋三(首相)・増岡聡一郎(鉄鋼ビルディング専務)。

高橋精一郎は福岡県の久留米大学付属中学・高校を経て、慶應義塾大学経済学部を卒業。旧住友銀行(1979年入行)出身。今年になって金融庁参与にも就任している。

増岡聡一郎も慶應義塾大学経済学部を卒業(1985年)。
三菱地所に勤務した後、増岡グループ企業へ。
増岡家は広島県呉市で増岡組を創業した一族。増岡聡一郎の祖父が創業者。
一族は三菱グループ企業と関係が深いご様子(三菱の企業に入社した者が複数いる)。
増岡聡一郎の母親は、日本銀行→日本輸出入銀行総裁となった古澤潤一(佐賀県出身)の娘。
古澤潤一の妻は鳩山由紀夫元首相の祖父でやはり首相経験者である鳩山一郎(岡山県出身)の娘。










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# by yumimi61 | 2017-09-26 12:15
2017年 09月 25日
日本国憲法の秘密-568- (加計学園問題について)
芸術には悲劇が必要だと誰かが言った
世界には悲劇が必要なんだと別の誰かが言った
ところで君はどうして悲劇が生まれるか分かるかい?
僕は日の暮れた森をあてもなく歩いた
悲劇は理想や形が存在するところにしか起こらない
理想や形をアポロン的、情動をディオニュソス的とすれば
ディオニュソス的なものなくして悲劇は誕生しない
永遠なるアポロン的なものにそれほど心は動かない
僕は死にたいのだろうか生きたいのだろうか
死の本能と生の本能が蠢いていた
リビドー、それはエロスのエネルギー、性へ生へと向かっていく
デストルドー、それはタナトスのエネルギー、死へ破壊へと向かっていく
森には創造的破壊が必要なんだ
森は泣いている?森は笑っている?
情動こそが理想や形を認識させる?
僕は強烈に生を希望し強烈に死を希望した
あの人はそれを二律背反と言うだろうか
対立しあい支え合う二項対立と言うだろうか









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# by yumimi61 | 2017-09-25 19:09
2017年 09月 24日
日本国憲法の秘密-567- (加計学園問題について)
本日2本目です。 


どの程度の範囲で言われていることなのかは定かでないが、結構前から官僚界の最高峰は財務省であり、底辺は文部省(文科省)と言われているらしい。
文部省が絡む陰謀論が多いのはそのせいなのか?
なぜ財務省が最高峰なのかと言えばお金が絡むからなんだろう。金で買えないものはないと言うくらいだし。
お金がなければ生活できないので何より身近なものだし、直接自分が払う払わないは別として税金は国民全てに関係する。
教育には義務教育が存在しこちらも国民全てに関係するわけだが、ではなぜ文部省が底辺なのか?教育なんて意味がないから?(という悟りの境地?)無駄に費用かかりすぎ?
それとも宗教関係も扱っているので胡散臭いとか?著作権絡みの文化とか芸能とかが胡散臭い?異次元にも足を突っ込んでいるから?


前記事の載せた株式会社政策工房の会長も社長も官僚出身。
会長の高橋洋一が財務省、社長の原英史が通産省(現:経産省)。
原は前述したように国家戦略特区ワーキンググループの座長代理。

実は私、高橋洋一という人のことを前にも書いたことがある。
そのことを私がとてもよく覚えているのは大阪都構想の住民投票の翌日に投稿したからである。


2015年5月18日記事より)
やばいやばい

実はNHKと同じように決算報告書の意味を理解しておらず、誤った報告書を公然と公表している大組織がある。
それはなんと!日本国の財務省である

NHKの年金問題を2009年に報じていたのは渋谷区に本社のあるダイヤモンド社の週刊ダイヤモンド(経済誌)だった。
今年2月、そのダイヤモンド社のビジネス情報サイト(ダイヤモンドオンライン)に「国の債務超過490兆円を意外と簡単に減らす方法」という記事が載った。
「高橋洋一の俗論を撃つ!」というシリーズの記事である。

ダイヤモンド社は『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』という本がヒットした会社。
この本やドラッカーは糸井重里さんが大絶賛していた。
と思ったら2011年4月からNHKでアニメを放送。
6月にはAKB48の女の子を主演にして秋元康さんが映画化した。
本の著者の岩崎夏海さんは秋元さんの事務所で働いていた人で、2009年12月に発表した作品で初めての著作。
いわば仲間内で仕掛けたものだ。
まあそれはどうでもいいか。
いやいやよくないな。みんなグルでしょ?

高橋洋一
日本の元大蔵・財務官僚、経済学者である。
嘉悦大学教授、株式会社政策工房代表取締役会長、金融庁顧問、大阪市特別顧問。
NPO法人万年野党アドバイザリーボード。
研究分野はマクロ経済、財政・金融論、数理統計、金融工学、会計・行政法。
2008年、著書 『さらば財務省!』で、第17回 『山本七平賞』(PHP研究所)を受賞した。

1974年 東京都立小石川高等学校卒業、東京大学理科一類合格。
1978年 東京大学理学部数学科卒業。同年、東京大学経済学部に入学。
       学籍を置きつつ、文部省の統計数理研究所に勤務。
1980年 東京大学経済学部卒業。同年、大蔵省入省
1982年 財政金融研究所。日本開発銀行から出向中の竹中平蔵が上司であった。
1998年 プリンストン大学の客員研究員となる。
研究者としてプリンストン大学に在職中には、当時同大学経済学部長で、後に連邦準備制度理事会(FRB)議長となるベン・バーナンキの薫陶を受けた。
2006年 早稲田大学政治経済学部非常勤講師を兼務。
       第一次安倍内閣の内閣参事官となり経済政策のブレーンを務めた。
自由民主党衆議院議員・中川秀直のブレーンであるともされる。『官僚国家日本を変える元官僚の会』 の発起人にも名を連ねている。みんなの党政策ブレーン(江田憲司NET・今週の直言/2012.9.10)
2007年 千葉商科大学大学院で博士号(政策研究)を取得。
2008年 国家公務員退職。
      東洋大学経済学部総合政策学科教授、金融庁顧問就任。
2009年 窃盗容疑で書類送検され、東洋大学を懲戒免職となる。
練馬区の温泉施設 『豊島園 庭の湯』の更衣室ロッカーから、高級腕時計「ブルガリ」や財布など約30万円相当を盗んだ現行犯で事情聴取された所轄の警視庁・練馬警察署による逮捕はなく、窃盗の容疑で書類送検された。
2010年 嘉悦大学経営経済学部教授に就任。
2012年 大阪市長橋下徹の特別顧問に就任

上記記事の1ページ目の中に(会員以外は全部は読めない)、財務省HP 平成25年度「国の財務書類」の貸借対照表の概要、という資料がリンクされている。

バランスシート(貸借対照表)は2003年度からは正式版として公表されているそうで、それより以前(20年前)に初めて国のバランスシート(貸借対照表)を作ったのは筆者、つまり高橋洋一さんだということである。
だけど口外しないようにと注意を受けたそうなのだ。
何故かと言えば、それまで日本の負債の多さを強調してきたが、そこにはあまりに日本の資産が多額にあることが記載されていたからだという。
「これまで言っていたことと違うじゃないか!」と言われかねないという意味だろうか。
しかも資産の大半は特殊法人(NHKのような法人)などへの出資金・貸付金であったため、仮に資産売却・整理となると、特殊法人の民営化や整理が避けられず、天下り先を失う可能性が高かったことも口外しないようにさせた理由だと述べている。
だから国のバランスシートを公表しても、マスコミへも説明しなかった。説明しないからマスコミも書けない。そういう事情があったそうなのだ。(説明しても書かないよね!?無視するよね?)

これまで日本政府は巨額な資産をオープンにせず債務の多さだけを強調してきたのに、ここにきて資産・負債差額が報道されたことは、高橋さんにとっても興味深いことだったそうだが、その先は会員でないので読めん。ごめん。

しかしともかく資産と負債の差が出たら、貸借対照表(バランスシート)としては失格である。
バランス取れてないじゃん!という話である。
誰が付けたか知りませんが、「対照」という言葉が悪かったのでは? 「対称」にすればよかったのかも。
これも意味ないか。


上記のように橋下徹・大阪市長(当時)の特別顧問だった人物である。
さらに竹中平蔵や東洋大学(国家戦略特区諮問会議議員やWGに関係者多し)とも関係ある。


2009年 窃盗容疑で書類送検され、東洋大学を懲戒免職となる。
※練馬区の温泉施設 『豊島園 庭の湯』の更衣室ロッカーから、高級腕時計「ブルガリ」や財布など約30万円相当を盗んだ現行犯で事情聴取された。所轄の警視庁・練馬警察署による逮捕はなく、窃盗の容疑で書類送検された。
(はめられたんですか?)


2015年1月、またまた新しい会社が設立された。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
株式会社 特区ビジネスコンサルティング

本社  〒810-0042 福岡県福岡市中央区赤坂1-3-21 赤坂丸ビル402
※(福岡創業特区を活用して設立しました。業務は全国を対象に行なっています。
出張所 〒102-0083東京都千代田区麹町3-12-1 麹町三丁目ハウス403

・代表取締役 松島 凡
・顧問    高橋洋一(嘉悦大学教授、元・内閣参事官)
       石津賢治(前・北本市長)
・ディレクター  黒澤武邦(早稲田大学公共経営大学院非常勤講師)
・広報・PR担当 宇佐美智久(真人堂取締役)
         山本洋一(地方議会ニュース、元日本経済新聞)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この会社は国家戦略特区1次指定区域である福岡県福岡市(創業のための雇用改革拠点)を利用して設立された会社のようだ。
顧問が高橋洋一である。
事業内容は社名の通り、国家戦略特区のコンサルティング。

①政治・行政対応コンサルティングおよびロビイング
国家戦略特区をはじめ、規制改革を伴う民間企業のビジネス展開において、行政に対する提案から事業開始までのコンサルティングおよびロビイング活動を行います。

②新規事業スタートアップサポート
①に関する新規事業のスタートアップについて、企画提案から事業構築、事業継続までを一貫してサポートを行います。

③広報・PRサポート・各種ツール制作・出版支援
①に関する広報・PR活動のサポートを行います。また各種広報・PRツール制作、書籍・雑誌等の制作、出版についてのサポートを行います。


会社のホームページ(https://www.tokkubiz.com/)は現在準備中と表示される。
以前はオープンになっていたのに加計学園問題が騒動になってからホームページを下げたのだ。(アーカイブはこちら

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写真で紹介されている面々に注目。もろもろという感じ。安倍首相擁護派で前川・前事務次官の証言などに対しては猛反発していたご様子。
竹中平蔵と高橋洋一についてはすでに書いたので残るお二人も。

堺屋太一
大阪市生まれ。本籍地は奈良県。父は弁護士。
東京大学工学部建築学科に進学後、東京大学経済学部へ転入し卒業。
1960年4月に通商産業省入省。
1978年に通商産業省を退官した後も、イベント・プロデューサーとして数々の博覧会を手掛けた。

1998年、小渕内閣に民間人閣僚として経済企画庁長官に就任。第2次森内閣まで務め、同時に総合交通対策担当大臣、新千年紀記念行事担当大臣、情報通信技術担当大臣なども兼任した。

2002年、東京大学先端科学技術研究センター客員教授に就任。2004年、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、同大学日本橋キャンパスインテンダント(学督)に就任。2008年には関西学院大学大学院経営戦略研究科客員教授に就任。

2008年大阪府知事選挙の際に、国定浩一らとともに橋下徹を支援する団体として「橋下氏を知事にする勝手連」の設立に関わった。
2009年にはみんなの党の母体となり、後にサポーター組織となった「国民運動体 日本の夜明け」のナビゲーターに就任した。
2010年には大阪維新の会の支援団体である「経済人・大阪維新の会」の最高顧問に就任した。また、2012年には大阪維新の会が政治家の育成を目的に設立した維新政治塾の名誉塾長に就任した。こうした観点から、堺屋は橋下徹及び大阪維新の会のブレーンとされている。


岸博幸
東京都立日比谷高等学校を経て、1986年に一橋大学経済学部卒業し、通商産業省(当時)に入省。

通産省通商政策局総務課、工業技術院総務部産業科学技術開発室を経て、1995年より朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)に出向、1998年、通産省が改称した経済産業省に復職。その後、資源エネルギー庁長官官房国際資源課を経て、2000年内閣官房情報通信技術(IT)担当室に出向しグループリーダーを務めた。

2001年(平成13年)の第1次小泉内閣発足を機に、経済財政政策担当大臣補佐官に就任(大臣は竹中平蔵)、2002年からは金融担当大臣補佐官兼務。2004年以降は竹中経済財政政策担当・郵政民営化担当大臣政務担当秘書官に就任。側近として、情報通信政策や郵政民営化などに携わる。「B層」の言葉が生まれるきっかけとなった宣伝企画立案を行なった、広告会社・スリードの代表を竹中に引き合わせたのも岸である[要出典]。
また、1998年に坂本龍一らと共にメディア・アーティスト協会を設立、同協会事務局長を2000年に同協会が解散するまで務め、著作権保護のあり方についての議論に加わった[要出典]。

2004年からは慶應義塾大学助教授に就任。総務大臣となった竹中の下で総務大臣秘書官を兼任した。
2006年に第3次小泉改造内閣の内閣総辞職及び、竹中の議員辞職にあわせ、経済産業省を退官し、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授に就任、2年後の2008年に慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授に就任した。
ほかに、2007年から2010年3月までエイベックス・グループ・ホールディングス株式会社取締役コーポレート企画本部担当。
2008年から総務省通信・放送問題タスクフォース委員も務める[要出典]。

2008年6月には、衆議院議員の江田憲司や元財務官僚の高橋洋一らと共に「官僚国家日本を変える元官僚の会(脱藩官僚の会)」を設立。いわゆる脱藩官僚としてテレビ番組などにも出演する[要出典]。

2010年3月よりエイベックス・マーケティング株式会社取締役。同年4月よりエイベックス・グループ・ホールディングス株式会社顧問。新生ホームサービス株式会社特別顧問。
2013年から大阪市特別顧問、大阪府特別顧問、大阪府市統合本部特別顧問。


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2016年度の提案実績に昭和村外国人材活用特区とあるが、昭和村というのは群馬県の沼田市のお隣の村である。
利根・沼田という1つの地域を形成するが(選挙区で言うと前橋市と同じで群馬1区になります、中曽根康弘孫兼中曽根弘文子が出馬するとかいう選挙区です)、この地域も平成の大合併でいろいろあった。
昭和村は沼田市と合併しなかった。

沼田市
・昭和村、川場村との合併に失敗し砂時計のようなH型に。
・水上としようとしても月夜野が妨害。
 ・「市役所を月夜野に移動しろ」って馬鹿じゃないの?

川場村の東京都世田谷区入り未遂
・間にどんだけ自治体があると思ってんだか。姉妹都市関係だからと言って、ムチャにも程がある。群馬県に穴が開いてしまうところだったぞ(実際、村民は世田谷の飛び地化までは賛成できなかったらしいが)。
・阿保だろ。てか世田谷が拒否するでしょう。
  ・その世田谷も結構乗り気だった。
    ・それを口実に政令指定都市みたいな?

みなかみ町
・吸収合併がそんなにイヤか?月夜野町よ。
 ・月夜野の方が古い地名なのにね。
  ・だから水上では駄目だったわけね。
・どうしてひらがなにした!NHKの気象情報では浮いてるぞ!
 ・そもそも、NHK自体ひらがな好きだし。(「びわ湖」とか)
 ・水上でも月夜野でも新治でも良いからどれかにしてほしかった。カッコ悪い。さいたま市を馬鹿にできない。
 ・そのうち沼田市になるだろうからどうでも良い。
・この場合は、「水上温泉町」でよかったと思う。
 ・水上温泉町に納得できるぐらいなら「水上町」に反対しないかと・・・
 ・「水月(みなづき)町」の方がいいと思う。
  ・結局合成地名ってこんな感じで出来ていくのだろうな・・・











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# by yumimi61 | 2017-09-24 17:58
2017年 09月 24日
日本国憲法の秘密-566- (加計学園問題について)
似たような特区制度が小泉政権と第二次安倍政権にて導入された。

「構造改革特区」(2002年~現在)
従来法規制等の関係で事業化が不可能な事業を、特別に行うことが可能になる地域をいう。

「国家戦略特区」(2013年~現在)
あらゆる岩盤規制を打ち抜く突破口とするために、内閣総理大臣が主導して、地域を絞ってエリア内に限り従来の規制を大幅に緩めることを目的とする。また、この区域は「解雇ルール」、「労働時間法制」、「有期雇用制度」の3点の見直しを対象としている。


小泉内閣 2001年4月26日-2006年9月26日
安倍内閣 2006年9月26日-2007年9月26日
福田内閣 2007年9月26日-2008年9月24日 申請開始 結果「不可」
麻生内閣 2008年9月24日-2009年9月16日 申請 結果「不可」
鳩山内閣 2009年9月16日-2010年6月8日 申請 結果「実現に向け検討」
                     ※愛媛県出身衆議院議員が国会にて獣医師環境について質問
菅内閣  2010年6月8日- 2011年9月2日 ※愛媛県・岡山県選出議員が獣医と構造改革特区に関する勉強会を開催
野田内閣 2011年9月2日- 2012年12月26日
安倍内閣 2012年9月2日-現在




構造改革特区は提案を年2回ほど募集をしており、愛媛県今治市は2007年から2014年まで「構造改革特区」に申請を続けてきたが認可されることはなかった。
要するに愛媛県議が自民党議員経由で口利き依頼したと思われる民主党政権でも、その後安倍内閣に代わってもすぐさま愛媛県今治市が認可に至ることはなかった。
これが安倍内閣の言う「岩盤規制」そのものなんだと思う。
大物政治家をもってしても動かなかった認可不可の烙印。
だから安倍内閣は妥当岩盤規制!打倒岩盤規制!を掲げ、霧ヶ峰霞が関の官僚を敵と見做した。
逆を言えば、「(たとえどんな理由があろうとも)大物政治家や政権の依頼に従わないやつはけしからん」と言っているに等しい。


自民党が野党になった翌月(2009年10月)、とある公共政策系コンサルティング会社が設立された。
会社のホームページの所在地には「東京都港区」としか記載されていない。
会社のブログの会社概要は「このページは表示できません」と出る。
ペーパーカンパニーか会社の体を成していないのか。
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社長の原英史は、国家戦略特区ワーキンググループの座長代理となっている人物である。


2009年9月‐2012年12月 自民党が野党になる
2012年12月 安倍内閣誕生(再登板)
2013年9月 国家戦略特区第1次指定地域のヒアリング
2013年12月 国家戦略特別区域法施行
2014年1月 国家戦略特区 第1回諮問会議
2014年3月 国家戦略特区 第4回諮問会議 ※この会議で1次指定区域案が提示された
2014年5月 国家戦略特区 第1次区域指定
2015年8月 国家戦略特区 第2次区域指定

構造改革特区も法律施行前に募集が始まっていたが、国家戦略特区も法律施行前にすでに関係自治体にヒアリングを行っている。
これは募集・申請・認定という過程を踏んでいない。なにせ法施行前なので細かいことは何も決まっていないし公になっていない。
区域ありき(規制を逸脱してしたいことありき)。

1次指定区域(2014年5月指定)
・東京圏(東京都・神奈川県の全域または一部、および千葉県成田市) - 国際ビジネス・イノベーションの拠点
・関西圏(京都府・大阪府・兵庫県の全域または一部) - 医療等イノベーション拠点、およびチャレンジ人材支援
・沖縄県 - 国際観光拠点
・新潟県新潟市 - 大規模農業の改革拠点
・兵庫県養父市 - 中山間地農業の改革拠点
・福岡県福岡市 - 創業のための雇用改革拠点

※医学部新設の解禁は1次指定の千葉県成田市が用いられた。


法律が施行され、諮問会議などが開催された後には公募(募集)が始まった。
但し「国家戦略特区」は提案募集期間が設けられていない。集中的に募集する時期もあるが、その時しか申請できないというわけではなく、随時受け付けている。つまりいつでもよい。間口が広い。
もちろん申請してからといって、その全てが認められるわけではない(今度は自らが揺るぎない採択者になるわけである)

提案は、随時受け付けています。
また、年2回(春・秋ごろ)、締切を設け集中的に規制改革事項を受け付ける、いわゆる「集中受付期間」として、規制改革事項の提案募集を行っています。



国家戦略特区は、例えば「加計学園による獣医学部新設」という何か1つのことを行う区域ではない。
1つの事業や1つの企業や法人に関わることならば区域を指定する必要は無い。
さらに国家戦略特区に申請する提案は「 産業の国際競争力の強化又は国際的な経済活動の拠点の形成の推進に資するもの」で、且つ「その実施が現行の規制・制度の下では不可能又は困難である場合に、それを可能にするために必要となる規制・制度改革についての具体的な提案が盛り込まれていること」が条件。
「区域」を補強するために、区域を指定した後に、提案に盛り込まれている事業者以外からも事業者を募集している。


「公務員獣医師が不足していて大変なんで獣医学部を新設したい」なんて理由では本来ダメである。
日本の公務員獣医師が不足しているからと増員したとして、国際競争力が上がりますか?(獣医学部卒の公務員教員を増やして研究者を養成すればいいではないか?)
日本は国際的に家畜が少なく獣医師は多い。
「不足」や「大変さ」が主観では困る。公務員であるなら尚更だ。客観的事実をデータで示す必要があるだろう。
東京都と愛媛県の人口は違うので学校数も教員数も当然違う。その学校数や教員数の違いを偏在や不平等と言いますか?言いませんよね?
だけど獣医師では言っている。
獣医師の場合は「獣」が付いているくらいなのだから家畜数を抜きには語れない。それは国際標準でもある。
目的や条件を何に置いている制度であり、どんなことをどのように提案すれば良いのか、それを教える事から始めないと目的に沿った提案はなかなか出てこないという現実があるのだろうと推測する。だからこそコンサルタントが必要になる。

愛媛県今治市は国際的競争力向上や国際的経済活動の拠点になる資質を持っているか?まずそこが問われる。
残念ながら国内の競争でも負けたから未だに造成地が埋まらないでいるのだ。答えなんかとっくのとうに出ている。
そこで持ち出されたのがライフサイエンス分野の研究の発展だった。
しかし愛媛県今治市がライフサイエンス分野の研究の発展に特別に寄与するだろう資質があるだろうか?
それを推進していくのに適した区域であると判断する事実や実績があるだろうか?
正直別にないと思う。
区域の指定となるとすでにある実績や利便性や経済力などが考慮されるためハードルが上がってしまう。
改革と銘打っても、結局大都市には敵わないということになる。

そこで今度は地方創生が持ち出された。
国家戦略特区の2次と3次指定は地方創生特区でもあるのだ。
要するに「国際的に」という目的にはやや遠いので地方創生という目的が引っ張り出されたわけである。
地方創生
東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的とした一連の政策である。2014年(平成26年)9月3日の第2次安倍改造内閣発足時の総理大臣記者会見で発表された。ローカル・アベノミクスともいう。

第2次区域(2015年8月指定)
・秋田県仙北市 - 農林・医療ツーリズムの改革拠点
・宮城県仙台市 - 女性活躍・社会起業の改革拠点
・愛知県 - 産業の担い手のための教育・雇用・農業等の総合改革拠点
・東京圏において、東京都の区域を全域に拡大










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# by yumimi61 | 2017-09-24 15:19
2017年 09月 22日
日本国憲法の秘密-565- (加計学園問題について)
法律施行よりも早く、2002年の夏に第一次募集が行われた構造改革特区。
加計学園と今治市の間で獣医学部の誘致の話が始まったのは2005年。先に述べたように「獣医学部新設」は加計学園側の希望(提案)だった。
それから話し合いを重ね、応募書類などを用意したのだろう。実際の申請は2007年となった。
そして2007年2008年と立て続けに認定を蹴られた。
今治市が認定不可となるだけならまだよいが、加計学園を誘い了承してもらった手前、認定不可が続けば加計学園に合わせる顔がないと自治体側はプレッシャーになるだろうと思う。何と言っても「区域」の募集だから。
それで国会議員に口利きを依頼したのではないだろうか。同郷で本宮県議がかつて公設秘書を務めた村上誠一郎・衆議院議員(自民党)に。
しかしその頃、政権は民主党に変わっていた。
従って村上はそれを妹の夫である岡田克也・衆議院議員(民主党)に振った。岡田は民主党の要職に就いており閣僚でもあった。

小泉内閣 2001年4月26日-2006年9月26日
安倍内閣 2006年9月26日-2007年9月26日
福田内閣 2007年9月26日-2008年9月24日 申請開始 結果「不可」
麻生内閣 2008年9月24日-2009年9月16日 申請 結果「不可」
鳩山内閣 2009年9月16日-2010年6月8日 申請 結果「実現に向け検討」
                     ※愛媛県出身衆議院議員が国会にて獣医師環境について質問
菅内閣  2010年6月8日- 2011年9月2日 ※愛媛県・岡山県選出議員が獣医と構造改革特区に関する勉強会を開催
野田内閣 2011年9月2日- 2012年12月26日
安倍内閣 2012年9月2日-現在


自民党政権で2回「不可」をもらい、その後民主党政権に変わって「実現に向けて検討」という結果を得た。
やはり口利きが功を奏したのか民主党政権ではだいぶ歩み寄りがみられた。
しかしそれも地域限定(愛媛・岡山出身者)なものであり、結局民主党政権でも認可されることはなかった。
そうこうしているうちに2011年、東日本大震災が発生し、翌年再び自民党・安倍首相の時代を迎えることとなった。
そして登場した「国家戦略特区」。


「構造改革特区」(2002年~現在)
従来法規制等の関係で事業化が不可能な事業を、特別に行うことが可能になる地域をいう。

「国家戦略特区」(2013年~現在)
あらゆる岩盤規制を打ち抜く突破口とするために、内閣総理大臣が主導して、地域を絞ってエリア内に限り従来の規制を大幅に緩めることを目的とする。また、この区域は「解雇ルール」、「労働時間法制」、「有期雇用制度」の3点の見直しを対象としている。

似たような特区制度が2つ存在している。
どちらにも関わっている人物が竹中平蔵。

上の2つの特区の一番大きな違い、それはこれだと思う。

・2013年(平成25年)10月21日、午前の衆院予算委員会で、雇用分野を所管する厚生労働相など、、関係分野の大臣を、国家戦略特区ごとに設ける統合推進本部から、外す考えを表明。この件に関して安倍晋三総理は、「意見を述べる機会を与えることとするが、大切なのは意思決定。意思決定には加えない方向で検討している」と語った。

・産業競争力会議の竹中平蔵は、総理の主導により「地方から国にお願いして国が上の立場から許可するというもの」ではなく、「国を代表して特区担当大臣、地方を代表して知事や市長、民間を代表して企業の社長という国、地方、企業の3者統合本部でミニ独立政府の様に決められる主体性を持った新しい特区」であると語り、「特区を活用して岩盤規制に切り込みたいと思っている」と語っている。
 

国家戦略特区は統合推進本部から関係分野の大臣を外し、意思決定には加えないことにした。
獣医師であれば農水省、医師や薬剤師や看護師であれば厚労省、その大臣を加えないで意思決定を行うというのだ。大臣の後ろには官僚と呼ばれる省庁職員(国家公務員)などがいるわけで、要するにそうした人達が岩盤規制の元凶だから加えないでおこうと思ったのだろう。
でも少なくとも政治家よりはそれぞれの分野に精通しているはずである。
国家戦略特区は専門省庁や専門家を蚊帳の外に置いて、「特区担当大臣」「知事・市長」「企業の社長」、この3者で進めましょうという驚くべき制度なのだ。
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国家戦略特別区域とは、日本経済再生本部からの提案を受け、第2次安倍内閣が成長戦略の柱の一つとして掲げ、国家戦略特別区域法2条で地域振興と国際競争力向上を目的に規定された経済特区である。実態はパソナグループ会長の竹中平蔵の金儲けのために、国のルールを変更する売国機関に成り下がっている。 


(内閣府 国家戦略特区ホームページより)
 産業競争力会議において、これまでとは次元の違う国家戦略特区の創設の検討が提案されたことを受けて、国家戦略特区の具体的な制度設計等の検討を行うため、国家戦略特区ワーキンググループを設置しました。
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ちょっと前に「異次元の圧力」とか言っていた人がいて、「それを言うなら次元の違う圧力のほうがいいのでは」と突っ込まれていたけれども、意味は同じですね。ロケットなら異次元のほうがしっくりするかも!?それはそうと国家戦略特区も次元が違うらしい。


上の名簿にも下の名簿にも名前がある坂村健。
この人、トロンOSの人である。

学歴
1971年 慶應義塾高等学校卒業
1974年 慶應義塾大学工学部電気工学科卒業
1979年 慶應義塾大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程修了(相磯研究室)工学博士。論文名は「問題適応型可変構造計算機の研究 」

職歴
1979年 東京大学理学部情報科学科助手
1986年 東京大学理学部情報科学科講師
1987年 東京大学理学部情報科学科助教授
1996年 東京大学総合研究博物館教授(研究部・博物情報メディア研究系、大学院理学系研究科情報科学専攻教授併任)
2000年 東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授
2017年3月 東京大学を退職、名誉教授
2017年4月〜 東洋大学教授(同大学 情報連携学部 情報連携学科、及び 情報連携学研究科)

1983年頃にどのような経緯があったかは不明であるが、1984年6月に、前述のヴィジョンのためのコンピュータ・アーキテクチャなどを実現する目的を持ち、TRONプロジェクトを開始、TRONの名は「The Realtime Operating system Nucleus」の頭字語から。「Todaini itatokini tukutta Realtime Operating system Nucleus」とも、また、映画『TRON』を見た後の命名ではある、とも書いている。


1985年8月12日日本航空123便の墜落事故の陰謀説にトロンOSが出てくる。
陰謀と言うと急に胡散臭くなるがあの事故や経過はかなり不可解であることは確か。

==主要な陰謀説==
・プラザ合意のための揺さぶり
(G5のアメリカ・イギリス・西ドイツ・フランス・日本によって1985年9月22日に発表された。協調的ドル安を図ることの合意である。実質的にはアメリカの対日貿易赤字が顕著であったため、 円高ドル安に誘導する内容であった。日本不利な合意と墜落日が近かったために当初からこの説は根強い。だから坂本九さんなど有名人を多く乗せたとまで言われる)
・グリコ森永事件絡み
(脅迫された企業の1つであるハウス食品工業の社長・浦上郁夫氏が搭乗していて亡くなった。また同じ日に犯人側からの「終結宣言」が届いていた。しかしどこに届いたのかは、墜落でそれどころではなくなり定かではない)
・神経生理学の世界的権威であった大阪大学の塚原伸晃氏が搭乗していたから。
(文部省の神経領域の大型プロジェクトの総括班長であり、文部省に出向いた帰路だった。マインドコントロールを研究していたとか)
・トロンOSの開発技術者が17名搭乗していたから。
(噂が出た最初の頃は「WindowsOS日本版の開発技術者」だったが、現在は「トロンOSの開発技術者」になっている)
・123便には貨物として多量の医療用ラジオアイソトープ(放射性同位体)が積載されていたから。
(核兵器転用可であり、日本国内で核兵器製造を計画していたため、アメリカのCIAやロックフェラーが脅して妨害したという噂)
・プロ野球チームの阪神タイガースがペナントレースで快進撃を続けていたため。
(阪神タイガースの中埜肇球団社長が搭乗していて亡くなった。阪神タイガースナインはこの日、福岡→羽田の移動で墜落機に乗っていた。それが折り返して羽田→大阪便になった。 しかし結局この年、チームは日本一に輝いた)


【トロンOS説での検証】

昨今この説でよくコピペされているのは以下の文章。
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実は20年前に日本に純国産の無償OSが存在していた。

無償OSというと耳新しいもののように感じるが、実は20年程前、即ち「Windows」の草創期の頃の日本に「トロン」というOSがあったのである。
「トロン」は坂村健・東大教授(当時、助手)が開発した基本OSでオープンソースであり無償なのであった。
95年に「Windows95」が日本に上陸しパソコン市場を席巻し独占したわけだが、実はその当時、日本の多くのパソコンメーカーはOSとして「トロン」の採用を希望していたのである。 
それがWindows95の独占的な採用になったのは、米国政府からの圧力だったのである。
 
即ち、米国政府からの 「スーパー301条」による報復関税や輸入制限の制裁措置をちらつかせた圧力に、当時の日本政府が屈した結果だったのである。
もしもこのとき日本のメーカーがパソコンのOSを「トロン」にしていたなら、無償というメリットもあって世界中のパソコンに採用されていたかも知れないのである。
日本の基本OSが世界を席巻し、現在のマイクロソフト「Windows」の躍進やOS市場の独占も無かったかも知れないのである。
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20年前というのは80年代後半のこと。
ネタ元はこちらのようだ。
上の記事は123便墜落絡みの記事に引用されていたものだが、ネタ元の1989年はしっかり省かれている。123便の墜落は1985年である。
つまり元の記事は墜落事故に絡めたものではなかったのだが、これを引用してあたかも墜落と関係しているかのように仕向ける記事を書いた人がいたのであろう。

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皆さんご存知だろうか。かつて日本にもこの「Windows」と競った「OS」のあったことを。
1980年代のことである。坂村健・東大教授(当時、助手)が手がけた「トロン」があった。
1989年、日本の全国の小中学校に大量の教育用コンピュータを導入する計画が打ち出され、大手メーカー11社の全社がOS「トロン」の採用を希望したのだった。
ところが、日本市場を「トロン」に独占され米国製OSが締め出されると危機感を抱いた米国政府が、「スーパー301条」による報復関税や輸入制限の制裁措置をちらつかせて圧力をかけてきたのだ。
この勢いはただ者ではなく、日本に戦争を仕掛けてきたような勢いだったのである。即ち、米国にとっての「OS市場の独占」とは「国家戦略」であり、戦争に等しいものだったのだ。
この有無を言わせぬ「宣戦布告」に対して、当時の日本政府はあっさり「無条件降伏」をしたのだった。

かくして「Windows 95」が上陸し、瞬く間に日本のパソコン市場を独占して行ったのである。
米国のこの世界戦略は大成功し、パソコンOSといえば「Windows」、それ以外のアーキテクチャの機種は市場の片隅に追いやられたのである。殆どの人が、パソコンというと「Windows」そして「米国製」というイメージさえ持っている筈だ。
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TRONプロジェクト
TRONプロジェクトの推進母体としてトロン協会が発足したのは1988年である。

このトロンプロジェクトに松下電器が関わっていた。
実は123便の犠牲者には松下電器グループの社員が複数いた。
1985年8月14日の毎日新聞には「一度に17人遭難松下電器グループ」という記事見出しがあったようだ。
「トロンOSの開発技術者が17名搭乗していた」という説の17名はここから来たものと思われる。

犠牲者一覧があるので私も数えてみたが16名である。後で身元判明した人がいたのかもしれない。
会社や部署はそれぞれ違う。



この陰謀説に文部省も登場する。
大阪大学の塚原伸晃が文部省の神経領域の大型プロジェクトの総括班長であり文部省に出向いた帰路で犠牲となった。
塚原は1985年に『脳の可塑性と記憶』という本を執筆した。
能の可塑性とは可塑性とは形を変えることが出来る可能性、変化しうる性質、可変性や柔軟性のことである。
外界の刺激などによって常に変化が起こっている。
辞書で可塑性を調べると誤解しそうな説明が書いてある。
「外力を加えて変形させ、力を取り去っても元に戻らない性質」
可塑性を持つ身近(?)なものと言えば粘土。
粘土いろんな形にすることが出来る。一度作ったものは手を離してもぐにゃ~と崩れてしまうようなことはない(元に戻らない性質を持っている)。
固まってカチカチになるのはまた別の要素。
熱で柔らかくなって変形する物質もあるが、冷えると固まるので、元に戻らないということはない。

文部省関係で言えばこんな陰謀説もある。
日航ジャンボ123便 米軍最強SR-71は日本の文部省が撃墜した
電磁パルスに関係するものだが(なんと愛媛丸も出てきます!)、北朝鮮による電磁パルス攻撃の可能性があると少し前にテレビやネットで盛り上がっていましたね。






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# by yumimi61 | 2017-09-22 22:34
2017年 09月 21日
日本国憲法の秘密-564- (加計学園問題について)
あれは僕が大学を辞めた頃だったろうか。
この町に学園都市構想なるものが持ち上がった。
正直僕はどうでもよかった。いや、正確には、そんなものは望んでいなかったと言うべきかもしれない。
それを望むくらいならとっくに僕はこの島を離れていただろう。
穏やかな海が、高くない山が、父や母の背中に重なった。
曲がりなりにも僕は大家族や故郷を愛していたのだ。

そんな僕の思いを知ってか知らぬか、30年間あの土地を占拠するものは現れなかった。
遮るものない風景への思慕は決して嘘ではない。
嘘ではないが・・時はとどまることを許してはくれない。
あの頃僕は20代だった。
そして今は僕は・・
この町に加計学園が、獣医学部でいいなら、来てくれると言ってくれたんだ。

それが2005年のことだった。(たら~ららららら~ら♪)



2002年12月小泉内閣は構造改革特別区域法を制定、2003年4月施行。
地方自治体・民間企業・個人から提案を募集し認定し、認定されると特例措置にて法規制が緩和される方法で進められた。
募集は法律施行よりも早く始まっており、2002年の夏には第一次募集が行われた。(国会の数の論理による’可決ありき’での募集でしょうか?)
2011年安倍内閣から始まった国家戦略特区の陰に隠れてしまった形になったが募集は継続して行われている。
今年度6月~7月に行われていた募集が29次になる。

愛媛県の本宮勇県議がブログにて「国の構造改革特区第12次提案から申請を続けています」と書いている(前記事参照)。
第12次募集は2007年10月15日~11月14日が募集期間だった。
以後、愛媛県今治市は「加計学園による獣医学部新設」を何度か申請していたようだ。
しかし小泉内閣に始まった構造改革特区は下から上に這い上がるのを支援することを目的とはしていない。
獣医に関する法規などを所管する農水省も学部の現況や需要と供給のバランスを考え獣医学部の新設は必要ないと判断していたのだろうと思う。
認可は下りなかった。

小泉内閣 2001年4月26日-2006年9月26日
安倍内閣 2006年9月26日-2007年9月26日
福田内閣 2007年9月26日-2008年9月24日 申請開始 結果「不可」
麻生内閣 2008年9月24日-2009年9月16日 申請 結果「不可」
鳩山内閣 2009年9月16日-2010年6月8日 申請 結果「実現に向け検討」
菅内閣  2010年6月8日- 2011年9月2日
野田内閣 2011年9月2日- 2012年12月26日
安倍内閣 2011年12月26日-現在

潮目がやや変わったのは民主党政権の時だった。
これが一部自民党支持者(安倍首相擁護派)の反論材料にもなっていた。
「自民党は認可していなかった、検討すると言ったのは民主党ではないか!」と。
しかしそう、昨日書いた通り、加計学園と今治市を繋いだ本宮勇県議は同じ愛媛県出身の自民党衆議院議員である村上誠一郎の公設秘書だったことがあり、その村上誠一郎の妹の夫が民主党(現:民進党)・岡田克也議員である。
加計学園理事長と安倍首相は友人関係にある。

安倍晋三(自民党)衆議院議員
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加計孝太郎
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学園理事・事務局長(本宮県議の同級生)
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本宮勇(自民党)愛媛県議会議員
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村上誠一郎(自民党)衆議院議員 愛媛県今治市出身
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岡田克也(民主党)衆議院議員 三重県四日市市出身

この繋がりは無視できない。


加計学園誘致関係人物を見ると、加戸を除いて同世代である。
もうひとつ東京大学法学部という共通点もみられる。
村上・岡田・前川に関しては卒業年もあまり変わらないため大学在籍期間が重なっているということになる。

安倍晋三 1954年9月生まれ 東京都(選挙区は山口県) 成蹊大学法学部卒
加計孝太郎 1951年7月生まれ 広島県 立教大学文学部卒
本宮勇  1954年3月生まれ 愛媛県 愛媛大学中退
村上誠一郎 1952年5月生まれ 愛媛県 1977年東京大学法学部卒 
岡田克也 1953年7月生まれ 三重県 1976年東京大学法学部卒 通産省(経済産業省)入省
前川喜平 1955年1月生まれ 奈良県(東京都)1979年東京大学法学部卒業 文部省(文部科学省)入省
加戸守行 1934年9月生まれ 関東州(愛媛県)1957年東京大学法学部卒業 文部省(文部科学省)入省

※村上誠一郎は東大在学中、亡父・信二郎が所属していた三木派を引き継いだ河本敏夫の知己を得て、東大卒業後は河本の秘書を務める[要出典]。
村上は村上水軍の子孫であるそうだ。

※岡田克也
ジャスコ創業者の岡田卓也は父。イオン取締役兼代表執行役社長の岡田元也は実兄。2010年より東京新聞政治部部長を務めている高田昌也は実弟。
桑名市と四日市市を地盤としていた竹下派所属の山本幸雄の後継者として出馬をした。竹下登と財界との関係で繋がりが深かった父の岡田卓也を通じて打診、克也が「やってもいい」と意欲を見せたことで自由民主党竹下派の新人候補として出馬に至った
今でこそ野党の顔というイメージが強いが、彼はもともと自民党に所属していた。大企業創業家という地位を持ち大物政治家との繋がりもあった。
ちなみに妻(村上誠一郎の妹)は医師であるらしい。


村上水軍のことは、中曽根弘文―前川真理子<前川喜平の妹>の話の流れでこちらに書いた

(呉市は)地形的に天然の良港と言われ、古くは村上水軍の一派が根城にしており、明治時代以降は、帝国海軍・海上自衛隊の拠点となっている。第二次世界大戦中は、帝国海軍の拠点でもあり、当時は全国10大都市に数えられるほどの実に40万人を越える人口を抱えていた。

呉市山手の通称「山手の谷」はもともと被差別部落ではなかったが、1889年の軍港開設と共に海軍に納める牛豚肉のための屠場が設けられ、続いて火葬場や海軍の監獄、野犬処理場等が作られ、この付近に住む人々が賤視されて被差別部落になったとされる。山手の入口にある上山手橋には地獄橋の異名があった。

瀬戸内海沿岸に散在する部落について、「瀬戸内海ですと、村上水軍ですとか、塩飽水軍などの名前を聞くはずですが、村上水軍の一番の支配者の人は部落ではないのですが、水軍のかなりの部分は、現在でも被差別部落民です」(『江戸の非人 部落史研究の課題』本田豊、三一書房、1992)、「海岸や沖合警備の名目で瀬戸内の島々に政策的に配備された部落は、豊臣秀吉によって壊滅させられた村上水軍の系統を引くものではないか―そのように私は考えるのだ」(『日本民衆文化の原郷』沖浦和光、解放出版社、1984)との考察がある。


そしてまたメビウスの輪のように(?)ここに戻ってしまう。

森興業(日本沃度→日本電気工業)、昭和肥料、東信電気、これらは漁師一家出身の森&安西コンビが関わった会社である。
スポンサーは、ヨード事業を手掛けていた鈴木商店で成功を収め、味の素を創業した鈴木三郎助。
電力事業を行っていた東信電気は国家統制に組み込まれることになった。後に東京電力の一部となる。
日本電気工業と昭和肥料は合併して昭和電工となった。

安西八郎兵衛(勝浦の貧しい漁師)
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安西直一
(森矗昶より12歳年上で豪農の娘と結婚した森矗昶の仲人となる、後に千葉県議会議長)
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安西浩(東京瓦斯会長)・・・帝国コークス社長の娘と結婚
安西正夫(昭和電工会長)・・・森矗昶の長女と結婚

安西浩の長男・一朗(昭和アルミニウム社長)
 東京大学名誉教授で癌研究会癌研究所所長でもあった吉田富三の娘と結婚
安西浩の長女・和子 ・・・佐藤栄作首相の次男と結婚
安西浩の次男・邦夫(東京ガス相談役)・・・日本交通社長であった川鍋秋蔵の娘と結婚

安西正夫の長男・孝之・・・日清製粉会長の正田英三郎の娘(皇后美智子の妹)と結婚
安西正夫の次男・直之・・・住友財閥の創業家住友家16代当主吉左衛門の娘と結婚
安西正夫の長女・千世・・・政治家大橋武夫の長男である大橋宗夫と結婚
安西正夫の次女・八千代・・・現在も武蔵野音楽大学の学長である福井直敬と結婚
安西正夫の三女・公子・・・住友銀行会長堀田庄三の長男でモルガン・スタンレー証券会長堀田健介と結婚

中曽根弘文・真理子(旧姓:前川)夫妻の娘の結婚相手である川鍋一朗の父は川鍋秋蔵の息子である。

森為吉(勝浦の貧しい漁師)
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森矗昶(豪農の娘と結婚隣家の安西直一に仲人を依頼し、以後ビジネスパートナーとなる。森コンツェルン創始者)
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森暁(昭和電工社長、衆議院議員)・・・外務官僚で貴族院議員であった室田義文の孫と結婚
森清(昭和火薬社長、衆議院議員)・・・1965年河野一郎亡き後、中曽根康弘らと対立し森派を形成
森美秀(昭和火薬社長、衆議院議員)森満江・・・父森矗昶のビジネスパートナー安西直一の息子の安西正夫と結婚
森睦子・・・三木武夫首相と結婚
森三重子・・・三重県知事や衆議院議員であった田中覚と結婚(田中は再婚)

※田中覚
三重県四日市市出身の官僚。1955年に辞職して三重県知事選に出馬当選。5期務めた。四日市ぜんそく発生時の知事。
1972年、知事5期目の途中で、田中角栄・三木武夫の説得に応じて自民党三木派から衆議院選挙に立候補して当選した。
森三重子と結婚したのは1975年。









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# by yumimi61 | 2017-09-21 23:45