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ジョンの軽はずみな言動、世界中の嫉妬深いファンのせいで、何度も流産してしまったらしいオノ・ヨーコさん。
ご本人は「何度も」とおっしゃっていますが、世間に発表した流産は2度です。
1度目は先日書いた1968年11月の流産です。

2度目はその翌年1969年のことです。

これがまたすごいのです。
流産の危機で入院したのが10月9日、ジョン・レノンの誕生日なのです。


またこちらの本より転載("The Beatles a diary" by Barry Miles)(訳者:松尾康治)

1969年10月9日

ヨーコはまた流産しそうになり、緊急の輸血を行うため、ロンドンのキングス・カレッジ病院に運び込まれた。
ジョンはずっと彼女に付き添った。
彼女とジョンはヘロイン中毒の禁断症状に陥った。

1969年10月12日

病院で4日間過ごした後、ジョンはまだ彼女のそばに付き添っていた。ヨーコは流産した。



この流産の時、オノさんは妊娠何か月だったのか?
私が調べたところ、この情報も見つかりませんでした。
そこでまた妊娠発表をした時期を探してみました。
これも日本では見つからなかったですが、ここのJune 14にありました。
文章に"Around this time"とあるので、正確な日にちは違うのかもしれません。
2人は生まれてくるBABYにつける名前まで決めていたそうです。"Amsterdam"
Amsterdamというのは、このパフォーマンスが最初に行われた場所です。
妊娠発表した1969年6月というのは2回目のパフォーマンスが行われた直後です。
出産予定日の情報はなかったので、妊娠何か月目での流産だったのかは残念ながら計算できません。がっかりです。

しかしこの妊娠流産にも不可解な点が見受けられます。


●交通事故では流産しなかった(裁判やバッシングでは簡単に流産してしまったのに)

ジョン・レノンとオノ・ヨーコは、妊娠発表をした6月の終わり、ジョンの前妻との間の息子ジュリアン、ヨーコの前夫との間の娘キョーコと旅行に出掛けます。
そして、7月1日に交通事故に合ってしまうのです。
詳しくはこちらを参照してください(文章後半部分)。当時の新聞掲載記事まで載っています。
この交通事故に関しては結構いろいろな所に書いてあるのですが、
ヨーコさんのお腹にいたはずの赤ちゃんについて記載しているものは私が見た限りありませんでした。
何が心配って、赤ちゃんです!
流産しやすい体質で交通事故、それも大けが。赤ちゃんは無事だったのでしょうか。
妊娠中だというのにヨーコさんはレントゲン検査まで受けています。(検査前は妊娠の有無をちゃんと確認してください!確認されなかったら言って下さい!!)
重症だったにもかかわらず、7月9日にはジョンと一緒にスタジオ入りしています。
幾らベッドごととはいえ・・・。(無理をせずゆっくり休んで大事をとってください!あなたひとりの体ではないんですよ!!)


●ベッドでスタジオ入りする前には歩いていた・・・
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1969年7月6日 ヒースロー空港にて(写真は上記の本に掲載されていたもの)


"ニホンノ コレ イイネ"とか言っちゃって、私は「冷えピタ」でも貼っているのかと思いました。
当時はまだ「冷えピタ」はなかったですね。
お腹の膨らみはまだ目立っていません。
妊娠安定期に入っていないと思われます。ここでこそベッド(担架)です。


●「流産しそうになって輸血する」なんてことは通常考えられない

輸血は非常にリスクを伴う治療です。そんな簡単にするものではありません。ましてや妊娠中。
出産時であっても、輸血は最終選択です。
大量出血で母体が危険だというような時には実施されますが、
「流産しそう」または「流産しかかっている」という状態で輸血をするなんて、私は聞いたことがありません。


●妊娠中なのにヘロイン中毒って・・・

呆れるしかありません。
「Mother」や「Women」とはいったい何なのか?
妊娠流産が現実のことならば、裁判やバッシングのストレス云々の前に問題があるでしょう。
入院原因が違うのでは??



そして彼女にとっては流産もまたビジネス。
ベイビーズ・ハート・ビート
これが収められたアルバムは、1969年5月に発表されたもの。
2度目の流産ではなくて、1度目の裁判前の流産(1968年11月21日)ということになります。
ジョンとヨーコは1969年4月22日と27日に、自分達の心臓音を録音したということですが、それとは違うのかしら?

これを紹介していたのが、このテレビ番組らしいです。
『中居正広の金曜日のスマたちへ』  2009年12月25日放映
~美しくあまりに悲しい愛の物語~
オノさんも出演されて、沈黙した場面もあったとか。 
ふ~ん。

恥ずべき行為とはいったい何なのか!と私は思わず力が入ってしまいましたが、わりと冷静な視聴者の感想です。

中居正広さんといえば、マイケル・ジャクソン亡き後、公開されたドキュメンタリー映画『THIS IS IT』のワールドプレミアに
日本から唯一ゲスト招待され話題になりましたね。
深い関係なのか?とかね。
友達?メモ? ふ~ん。



*小咄3 

ジョン・レノンがオノ・ヨーコさんと再会したという1984年11月28日のエルトン・ジョンのコンサート。
このコンサートにはジョン・レノンが特別出演したわけです。
このライブでの曲がエルトン・ジョンのアルバム『Here and There』(1976)B面に数曲収められました。
このアルバムでエルトン・ジョンはDJMレコードと契約終了したそうです。
ジョン・レノンとの共演が収められたのは、リマスター版。


*小咄4

ジョン・レノンとエルトン・ジョンとの出会い
ねぇねぇ、トニー・キングって誰?


*小咄5

エルトン・ジョンのベビーはクリスマス生まれ☆
ザカリー・ジャクソン・リーヴォン・ファーニッシュ・ジョン(Zachary Jackson Levon Furnish-John)くん。
優しいパパ&ママのようです。

by yumimi61 | 2011-08-30 18:04