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今日はこのBGMをどうぞ。My Valentine



繰り返しを愛した人と嫌った人


アンディ・ウォーホルは言った。(と言っても訳されたもの)

・アンディ・ウォーホルについてすべてを知りたいなら、僕の絵と映画、僕の表面を見るだけでいい。そこに僕がいる。裏には何もない。

・僕は退屈なものが好きだ。まるっきり同じことが、幾度も繰り返されるのが好きなんだ。
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オノ・ヨーコは語った。

・ジョンも私も繰り返すことが大嫌いでした。一度やれば充分。
 



繰り返しとは何か?


アンディ・ウォーホルの繰り返しは記号である。
システムによって生産され、メディアにより流布拡大し、実体のないまま消費される資本主義社会の記号。
象徴と言ってもいいだろう。


一方、オノ・ヨーコが嫌った繰り返しは日常だ。

・トニー(前夫)は朝から晩まで子供、子供だった。彼は、京子が赤ん坊の時から、オシメの取り換えが実に起用で、京子のお尻にキスしたりしていた。
私が仕事で忙しくしていると、彼は、せめて日曜日くらい親子3人で公園でも行ってゆっくりしたい、というのが口癖になっていた。
そして日曜日になると、京子と彼が私のそばにやってきて、「ママ、公園に一緒に行ってくれませんか」と、しきりに催促する。
仕方なしに私も公園へ出かけてゆく。しかし、そういうときの私は、淋しくて退屈でならないのである。


・トニーが2週間くらい南フランスに休暇に行こうと言い出した。私は行かないと答えた。実際、仕事が忙しかったし、そうした休暇は退屈でやり切れないと思ったからだ。
「あんたたち2人だけで行ったら」と、2人を南フランスへ送り出してしまった。
2人が旅立った後、私は仕事で忙しかった。そうしたさなか、インドから帰ってきたジョンと再び顔を合わせることになった。
その日、私はジョンとできてしまった。

・結局、ジョンも私も熱烈な恋愛をしたいという気持ちに十分なっている時だったと言えると思う。

・お城のように大きな家だった。(ジョンと買ったアスコットの家のこと)
庭園の手入れに来ている退役将校の庭師が、私が白い花を好きだと聞いて、毎朝、これを奥様へと言って花を届けてくれる。
お城の生活は退屈だった。ニューヨークが、また恋しくなってきた。


(オノ・ヨーコ『ただの私』の「わが愛、わが闘争」より 初出は『文芸春秋』1974年9月号)



アンディ・ウォーホルの冷めた目


アンディ・ウォーホルはキャンベルスープを描いたことをこう説明した。

・僕は存在のないものを描きたいと思っていた。それで、実在する非実在というものを探していた。そして見つけたのが、スープ缶だった。

・あれをよく飲んだんでね。毎日同じランチを食べ続けたのだった。20年ばかり、同じものをいつも。
誰かが、ぼくという人間は、ぼく自身の生活によって支配されていると言ったことがある。気に入ったね。


肉や野菜が入っているかもしれないが、すでにその原型を留めることの出来ないスープを、噛むことなく流し込む。
冷たい缶に入れられ、ポップなラベルが貼られているそのスープは、その味を踏み外すことはない。


「機械になりたい」アンディ・ウォーホルは、アトリエをファクトリーと呼び、機械のように作品を作った。

そう、彼は本当に、機械になれるものならば機械になりたかったのだろう。
感情を持たず、淡々と何かを生み出す機械に。
そうであるならばどんなに楽だろうか。

また彼は、高みにある芸術を日常に引きずりおろしたかったのであろう。
だから彼のそばにある日常や俗物をなぞり、高額な報酬を得た。
資本主義社会へのアンチテーゼでもあった。
彼は失望していたのだ。


彼が夢見た繰り返しは退屈な日常だったのだろう。
まるっきり同じことが来る日も来る日も繰り返され、未来へと続いていく日常。
繰り返しは同じでも同じものはない。
前回とまるっきり同じスープは作れない。隣の家と同じスープは作れない。
そこにこそ幸福がをあることを知っていた。

そのアンディ・ウォーホルも今や巨匠であり、その作品は「芸術」というカテゴリーに入れられてしまうのである。



オノ・ヨーコがアイコンにした血染めの眼鏡


「オノ・ヨーコは繰り返しが嫌いらしい」と言っても、世界の多くの人は信じないであろう。
彼女ほど繰り返しが好きな人間はいないのではないかと思う。
そのおかけでジョン・レノンはすっかり愛と平和の記号になった。

彼女は後ろにいることを良しとはしない「前衛」である。
誰よりも自分を認めてもらいたかったのだ。親や社会に。
それは、自分を認めない者への復讐でもあったのであろう。
権威を憎み、権威を欲した。


「ジョンも私も繰り返すことが大嫌いでした」

確かにオノ・ヨーコは日常という目立たない平凡な繰り返しを嫌っていたのであろう。
と同時に、権威を得て、それを持続するために、繰り返す必要があった。
好き嫌いに関係なく「繰り返し」が必用不可欠だったのだ。

ジョン・レノンはアンディ・ウォーホルと同様に、同じであり同じでない日常を欲していた。
ジョンの生い立ちを知れば想像できるところだ。
しかし結局のところ、資本主義社会の中の記号であったジョンと、生身のジョンは共存できなかった。







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by yumimi61 | 2012-02-14 16:57