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喪失

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あなた、今どこにいるの?

僕は今どこにいるのだ?







尾崎豊と『ノルウェイの森』


尾崎豊が逮捕されたのは1987年12月22日。
覚醒剤に気が付いた父親が警察に通報しての逮捕だったそうだ。

懲役1年6ヵ月、執行猶予3年の判決を受け、逮捕から2か月後の1988年2月22日に釈放された。

その日、東京拘置所から出る尾崎は手にある物を持っていた。
作家、村上春樹が書いた本、『ノルウェイの森』である。

この本は上下巻となっており、1987年9月に発売された。
クリスマスに向かう秋に発行され、当時としては斬新な赤と緑の表紙で、「100パーセントの恋愛小説」というコピーも受けたのだろうか、ベストセラーとなった。
マスコミなどに取り上げられ、評判は増幅し、驚異的なセラーとなる。
これによって村上春樹は国民的に認知される作家となったし、国際舞台へ出ていくことにもなった。


『ノルウェイの森』というタイトルは、ビートルズの"Norwegian Wood"いう曲の邦題と同じであった。
小説の冒頭をはじめ、何カ所かにビートルズのこの曲が登場する。

小説は学生運動の時代の学生の話である。(1968~1970年)
ジョン・レノンとオノ・ヨーコが結婚した頃。(こちらの年表参照

著者である村上春樹の学生時代とも重なる年代である。




村上春樹と『ノルウェイの森』


村上春樹氏の大学入学から『ノルウェイの森』出版までの略歴についても見てみよう。

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(1年浪人して)
1968年、早稲田大学第一文学部に入学、映画演劇科へ進む。
 映画脚本家を目指していたが、大学にはほとんど行かなかった。
 新宿でアルバイトをしながら歌舞伎町のジャズ喫茶に入り浸る日々を送った。
 また水道橋のジャズ喫茶「スウィング」でアルバイトをしていた。(1971年まで)

1971年、高橋陽子と学生結婚。
 奥さんの実家で生活していた。

1974年、国分寺にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を開店。
 開店資金には疑惑がある。
 アルバイトでは儲からないと自身が語っていたこともある。
 道に落ちていた3万円(当時の15万円)を拾って喜んだというのもこの頃。

1975年、早稲田大学を卒業。(7年間在学)
 卒業前後のエピソードにも疑惑あり。最下部参照*

1977年、「ピーター・キャット」を千駄ヶ谷に移す。

1979年、作家デビュー。

1981年、住居を千葉県船橋市に移す。
 自衛隊習志野駐屯地の近くに住んでいたらしい。
 志賀さん**の実家にほど近いと思われる。(もちろん当時は村上氏が住んでいたことは知らなかった)

1982年、専業作家となることを決意し店を人に譲る。

1984年、住居を神奈川県藤沢市に移す。

1985年、住居を渋谷区千駄ヶ谷に移す。

1986年、ギリシャ・ローマ旅行開始。
 『ノルウェイの森』はこの旅行中に書かれたものである。

1987年、『ノルウェイの森』出版。

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『ノルウェイの森』とは何だったのか?


小説に描かれた時代は学生運動が盛んだったあの時代である。
しかし登場人物らは学生運動をしているわけではない。


少々心を病んだ人達が繰り広げた恋愛を主人公が回想している小説である。

若者、セックス、レズ、自殺、精神病院(と思われる施設)など、、、

オノ・ヨーコの人生とも、アンディ・ウォーホルのファクトリーとも、重なる点がある。
ドラッグこそ出てこないが、やっていないとは言えない。
おそらくやっていただろう。


つまりこれは、ドラッグとフリーセックスが生んだ小説である。
それらを世界的に広めたビートルズの楽曲名をタイトルとして使用したのだから完璧とも言える。

実在の固有名詞を上手く使い、「然もありなん」な感じを出す。
その中で登場人物に恋愛やセックスをさせる。
読者はそれを読むことによって疑似恋愛・疑似セックスをするのだ。
エロ本や官能小説は恥ずかしくて買ったりすることは出来ないけれど、「純愛小説」であるならば正々堂々と買える。
エロ本や官能小説には罪悪感を感じてしまっても、「純愛小説」ならばピュアに没頭できる。
人々が隠し持っていた欲望をお洒落に満たしたのがこの本であったと言える。
だから売れた。
世界はいつもそれだけの欲望と危険性を孕んでいる。


死の影に満たされた小説。
「死は生の対極として ではなく、その一部として存在している」という台詞が小説の中で語られている。
実際の世界は本当は逆であると思う。
生はいつも、死の一部として存在しているのである。

『ノルウェイの森』の「死は生の対極として ではなく、その一部として存在している」というのは、早い話、トリップを意味している。
村上春樹氏がそれを意識しているかどうかは分からないが、ドラッグのトリップが渦巻いている。
村上春樹に中毒になるのはある意味当然のことでもある。
人々はどこかでそれを欲しているのだ。



マスコミに狙われ、ファンに追いかけられることが分かっている尾崎が、何故あの本を手に東京拘置所を出たのだろうか。








*卒業前後のエピソードの疑惑

私が読んだエッセイにはこう書いてあった。
 
はじめは就職してもいいな、という感じでコネのあるテレビ局なんかを幾つかまわったのだけれど、仕事の内容があまりに馬鹿馬鹿しいのでやめた。


ところが、こちらによれば、こう書いてあるそうだ。(1982年の雑誌)

(編集部):大学時代にジャズ喫茶をやりたいと思ったことはあるんですか? 

村上:いや、ないですね。大学出て、TV局に入ったんですけど、行ってもつまんないと思った。そうするとやることないんですよ。何が出来るかというと、ジャズぐらいしかわからないんですよ。
だからジャズ喫茶をやろうと。それで何年かアルバイトして、お金貯めて……。

(編集部):最初は“スウィング”で。

村上:“スウィング”でやってもお金は儲らないですけどね。


エッセイのほうでは、コネがあったTV局に在学中(若しくは卒業後)就職活動に行ってはみたけれど、馬鹿馬鹿しいのでやめたという意味にとれる。
雑誌の方では「TV局に入った」とある。アルバイトとしてなのか、社員としてなのか?
「つまんないと思った」とあるから、入ったけど行かなかったというニュアンスがある。
就職は決まっていたけれど、つまんなそうだから「や~めた」という感じか。
それでジャズ喫茶をやろうと決めて、アルバイトをしてお金をためたということだが、、、ちょっと待って!
だっておかしいでしょ?
何を見てもジャズ喫茶は学生時代にすでに開店してるということになっている。どうして?
記憶が曖昧で??


これもエッセイに書いてあったもの。

500万円というのは殆ど資金のない人間でも無理をすれば集められない額の金ではなかった。
(下記は今の時代だったらという話、といっても1984年頃)
最低2000万円くらい必要なのではないだろうか?
2000万円というのはどう考えたって普通の若い人間が集められる金額ではない。



時代が違うので物価が違うのだが、それが全く考慮されていない。
開店した頃の500万円は物価を考慮すると2000~2500万円に相当する。
2000万円は普通の若者には集められる金額ではないと自身で明言しているにもかかわらず、村上氏はそれと同等、もしくはそれ以上の金額を集められたことになる。
正規のルートで集めたお金ではなかったということを自ら証明していることとなる。


**1989年にアメリカで亡くなった元アイドルで声優の志賀真理子さんのこと。(参照
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by yumimi61 | 2012-02-23 16:07