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抗議 *16

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商売ありき

尾崎豊が約60冊もの「創作ノート」を残していたことが20日、分かった。
その一部が3月22日発売の小説誌「小説新潮」4月号に掲載され、“完全版”の単行本が4月に新潮社から出版される。

こんなニュースが先月各メディアに流された。

NHKまでがニュースとして取り上げたというから本当に呆れる。
巨大な広告だ。
いったいどれほど著作者を冒涜すれば気がすむのだろう。


著作者人格侵害で訴えたいところだが、こんなことをしているのは遺族や元レコード会社社員なのだ。
創作ノートを保管していたのはプロデューサーの須藤晃氏だとNHKニュースは伝えている。

須藤氏とは元CBSソニーの社員。尾崎豊のディレクターだった。
東京大学文学部の出身である。音楽よりもどちらかというと物書き派だ。
後に尾崎が見城氏(角川→幻冬舎)など出版業界との繋がりを強くするのはこのあたりと関係がある。

ではディレクターとは何か?
ディレクターはミュージシャンである必要がない。極端な話、音楽そのものに通じてなくてもいいわけだ。
また予算の決定権も少ない。
右にいくほど経済的責任(予算の決定権)が強くなる。
経験のない者が最初から音楽プロデューサーになれるわけではない。

ディレクター ⇒ プロデューサー ⇒ エグゼクティブ・プロデューサー


須藤氏の事務所は吉本興業の子会社 アール・アンド・シーに吸収され、そこの副社長に就任した。
以前ここにも書いた内容を図にするとこんな感じ。

吉本興業⇒ よしもとアメリカ(吉本興業のアメリカ法人)                         
           ↓子会社として設立(2001)
       アール・アンド・シー  ←ロジャム・エンターテインメント(小室哲哉が創業)←吉本興業子会社
           ↓買収(2006) 買収(2002)                    買収(2004)
        須藤晃の会社


その後に知ったのだが、須藤氏本人のサイトプロフィールによれば、2010年によしもとアール・アンド・シーの副社長を退任しているという。
吉本だけに・・・解雇?
同年、カリントファクトリー代表取締役に就任。
カントリーファクトリーというのは、自身が1996年に設立した会社である。


ちなみに、尾崎豊のアルバムジャケット写真などを撮っていたカメラマン田島照久氏もCBSソニーの社員だったそうだ。
退社後に独立。
尾崎豊の写真を撮っていたのは独立後だが、CBSソニー繋がりであろう。




捻じ曲げられる真実


尾崎豊の創作ノートの件だが、ここに書いた通り、以前に尾崎豊の父親の監修で発表されたCDブックにも掲載されている。
この発売は1994年。

前に尾崎豊実家訪問記をリンクしたことがあるが、そのリンク先にこんなお父さんの言葉が書かれていた。
「当時のものはだいぶもうない。ほとんどのものは奥さんが持って行っちゃってね」
尾崎豊の部屋でのことだ。
机の中には何もなかったとファンの人も書いていた。
奥さんなので持っていく権利はあるのだろうけれど、持って行ったのはいつのことやら。

拘置所で書いたと言うノートもオークションに出ていた。
尾崎豊の免許証のコピーも売られていた。

60冊という創作ノートはいったいどこからいつ出てきたのだろう。
尾崎豊は死してなお延命措置され続けているようだ。
早く楽にしてあげればいいのに。
真実など知る奴がいるはずもないだろう♪ 

こちらに尾崎関連の本や記事が掲載された雑誌の一覧がある。

関係者の話だけでは飽き足らず、遺品公開で煽る。
そろそろネタが尽きてきたかと思ったら、「創作ノートも持っていました」。
今が売り時と思ったのか、何かヤバイことがあるのか、没後20周年の目玉にしようと思ったのか。

1993 父が撮った秘蔵写真
1994 秘蔵写真
1994 自筆原稿
1994 未発表写真(少年時代など)
1995 自筆日記
1996 カラオケ写真
1996 10代の時に書いた詩や走り書きノート
1998 少年時代の作文、写真
1998 14歳の時の未公開テープ → 後にCDで発売される
1998 獄中からのラブレター(現夫人に宛てたという手紙内容)
1999 高校時代の級友たちとの写真
1999 遺体(蘇生措置)写真
2000 獄中日記の一部
2000 免許証コピー
2001 15歳の頃の秘蔵写真
2002 拘置所で綴った創作ノート
2004 野外フェス骨折時の写真
2007 父提供写真
2008 再び遺体写真


*同じ雑誌・出版社でも尾崎父から出ている物とそうでない物があるようだ。



詩集

「季節風」

何処に行くのか その風 僕を寒々と苦しめた その風

ほんのわずかな優しさが心に滲みた

誰も気づかなかった 誰も気付いてはくれなかった

その風が吹き荒れていたことに

その風はそよいでみせていた

我慢すること 必死になって耐えること

勘違いされていたこと 苦しむことの訳が僕のせいならば

季節が変わることなどないだろう

この風 本当に誰一人気付かない

僕はぺしゃんこになった その風を一人で受け止めて


尾崎豊 写真詩集『白紙の散乱』(角川文庫)より

 

「地殻変動」

人は自分の見たいものしか見ない

世界の全てなど見られるはずがないから

そうそれでいい


人は自分に都合のいいことしか言わない

自分を守ることは大切なことだから

そうそれもいい


しかしそうであるなら

それが彼の人(かのひと)のすべてだと決めることもまた

出来ないのではないか


もしそれが許されることであると言うなら

私がここで誰かを名指しで非難しても

よいのではないだろうか


yumimi 今考えた詩より




遺書騒動


その死が謎に包まれている尾崎豊。
他殺説も後を絶たない。

昨年11月、雑誌「文藝春秋」が尾崎豊の遺書を掲載して話題になった。
『衝撃の全文公開 尾崎豊の遺書』
当該雑誌だけでなく多数のメディアがこの記事を取り扱った
電車の中吊り広告や書店での宣伝もあり、尾崎豊にさほど関心がない人にも目につくものであった。
記事を執筆したのはジャーナリストの加賀孝英氏。
遺書は1994年に尾崎夫人から預かったとのこと。
「裕哉(息子)が物心つくまで公表しないでほしい」と要請されていたため封印していたと書いている。


この遺書にも曰くがある。

1994年にも一度騒動があったのだ。

雑誌「週刊文春」(文藝春秋社)
記事を書いたのは今回と同じく、ジャーナリスト加賀孝英氏。
4週にわたる連載『血染めの遺書』
  ・尾崎豊の死は自殺だった
  ・仕掛けられた他殺説
  ・再捜査嘆願キャンペーンのからくり
  ・繁美夫人 全告白

同月、雑誌「文藝春秋」でも扱った。
『夫、尾崎豊の尊厳を打ち砕いた人々』と題した夫人の告白記事。
「それはあなたでしょ」と突っ込みたくなるタイトルだ。


おそらく他殺説をどうしても否定したかったのであろう。
当時はこの記事に疑問を呈した雑誌社もあった。

さらに2004年、またしても「週刊文春」。
『尾崎豊が自らの血で書いた妻と息子への遺書』と題して血染めの遺書の存在を示唆している。


遺書があると過去にも自ら言っていたにもかかわらず、「息子が物心つくまで公表しないでほしい」なんておかしい。
それとも、公表というのは遺書の存在ではなくて文章のことを指しているのだろうか?
確かに昨年の記事では文章も紹介されたようだ。
しかし現物写真などではなかったらしい。今まで現物が出てきたことはない。
まぁ現物も創作しようと思えば作れるだろうけれど。(だから創作ノートか!?)
仮に遺書が本物だとしても、その内容をなぜ一般公開する必要があるのか理解できない。
ファンに宛てられたものなら分かるが、自分に宛てられたものを世間に発表する必要などない。
遺書内容を発表しなければならない目的があったとしか思えないのだ。



右往左往

昨年11月に発表された遺書の記事には後日談がある。

「お知らせ」と称して、昨年末にひっそりとこんな文章を文藝春秋社が掲載していた。

尾崎豊氏のご遺族の意思によるものではございませんでした。

遺族とはいったい誰のことを言っているのか?

雑誌社の言い分では遺書がなかったとは言っていない。
あくまで「公表は遺族の意思ではなかった」と言っているに過ぎない。
つまり「遺書は預かっています」ということだ。
何故ジャーナリストに遺書を預けるんだろう。
本物なら自分で持っているなり処分するなりすべきだと思うのだが。


さらに雑誌社の文章には不思議な点がある。
「遺書」書くべきところが一カ所「遺言」になっている。
漢字は似ているが、読みはまったく違う。
「いしょ」と「ゆいごん」、タイプミスする字ではない。

それから「お知らせ」に終始しているのが不可解だ。
遺族の意思に反して記事にしてしまったのならば、遺族にも読者にも非を認め謝罪すべきであろう。
出版物にはそれほどの影響力がある。
ましてや文藝春秋
歴史ある雑誌で、芥川賞も主催しているところ。
その文章には謝罪が一切ない。拙い文章だ。
日本文学もこんなものか。


第一、年末の忙しい時期に誰が雑誌社のホームページなど見るだろうか。(見たらあの水道橋博士も載ってた)
馬鹿にしているにも程がある。
あれだけ大々的に宣伝した記事なのだから、訂正や事実誤認があるならば、宣伝した時と同じようにお知らせしてもらわなくては困る。
尾崎豊の遺書の記事には多くの人が目を留めても、そんなお知らせなどは知る由もない。
ジャーナリストや出版社には使命感というものがないのだろうか。
遺族の個人的な都合で右にも左にも動くと言うことか。それとも印象操作か。
もはや出版業界は皆グルではないのか?
この国の姿勢もそうなのか。
正義があるとは思えない。








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by yumimi61 | 2012-03-10 21:31