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機宜*12

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中高一貫校

次男が小学6年生だった時、彼にも私にも様々な葛藤があった。
その一端はこちらに書いた。
しかし彼が集団に心を開かなくなった理由はそれだけではないと思われる。

実は彼はその頃、地域の中学校にそのまま進学したくないと言っていた。
この地域では中学受験は盛んではない。
長男の年までは小学校の同級生がほぼ全員同じ中学校へ進学した。(受験なし)
他の中学校に進学する子は学年に1,2人といった感じだった。
他校に行くのは家の事情で引越しする子、個人的な目的があって他県の私立中学に行く子、強い部活動目的を持つ子(自分がやっているスポーツの部活動が地元中学にない。又はもっと強い学校へ行く)などである。


ところがその翌年から他校受験希望者が急増した。
1,2人がいきなり何十人になったのだ。
大きな理由は、隣市に市立の中高一貫校が設立されたからである。
(中高一貫校は正式には中等教育学校と言う。)
市立だが受験者は市内在住者に限らない。
保護者の住所が県内にあれば、その子供は受験可能である。


誰がどう見たって中学校の勉強よりは小学校の勉強のほうが簡単。
従って親は、子供の年齢が低いときのほうが勉強の出来不出来の差が少ないと思う。
差が少ないうちに、受験者が少ないうちに、受験したほうがいいんじゃないかしらと親は考える。
「中高一貫校」なんて何だか特別感があるし、事実どこも倍率は高め。
運よく入学できちゃえばラッキーよね、なんて思ったりして。
私立だとお金の心配もあるけれど公立なら何とか行かせられそうだしと、「公立」が後押し。
それで受験希望者が急増したのだった。
また、自分の子供を通わせていながら地元の公立中学校を悪く言う親も少なくないので、そうした風評も受験を後押ししたのかもしれない。


次男もこの隣市に設立された中高一貫校に行きたいと言っていた時期があった。(入学していれば2期生だった)
しかし私は積極的にはなれなかった。
次男の「行きたい」は「そこに魅力があるから行きたい」ではなくて、「地元の中学校に行きたくないから」という単なる「逃げ」のように感じられたからだ。
ひとまずはそれでいいかもしれないが、その先で同じように嫌になったらどうするつもりだろう。
3年で切れる中学校よりも、中高一貫校のほうが縛りが長くなる。
公共の交通の便が決してよくない地域で遠くへ通学することも大変である。
また、当時仲良くしていた友達と一緒に受験すると言っていたことも気になった。
気になったのは「仲良くしていた友達」ではなく「一緒に受験」のほうである。
頭ごなしに否定したわけではなかったが、受験に向けての勉強もしなければならないし、「6年は長いよ」という話を再三した。
新しい学校で卒業生がおらず進路状況が未知であることへの不安もあった。


結局、次男は受験することをやめた。
小学校の担任の先生や仲良くしていた友達とも相談したようで、「受験はしない」と私に報告してきた。
その友達もしなかった。




サッカーから陸上へ

小学時代の6年間、地域の少年団タイプのサッカーチームでサッカーを続けてきた次男は、卒業とともにサッカーをやめた。
中学校ではサッカー部ではなくて陸上部に所属した。


彼は違う学校に行きたいと思っていたくらいなので、部活を変えることはある意味当然の選択であろう。
また次男が入学した時のサッカー部の部長は長男で、保護者会の会長は私だったから尚更である。
部活動でも家庭から離れられない状況となるのだから。

しかし小学時代にサッカーをやっていた子がやめて違う部に所属するというケースはそう多くはない。
サッカーの特殊性についてはこちらに書いたが、クラブチームにしろ部活動にしろ、多くの子がサッカーを継続する。
次男がサッカー部に入部しなかったことについては、次男も長男も私も、「どうしてサッカー部に入部しなかったのか」という質問を何度も受けた。
次男は中学入学後2~3か月くらい経っても「未だに言われる」と言っていたし、私は1年経っても次男がサッカー部にいると思って話をされた経験がある。


「変えない」「続ける」ということも努力が必要であり大変なことであろう。(惰性ということもあるかと思うが)
そしてまた「変える」ということも文字通り大変なことである。(勢いということもあるかと思うが)




写真は、私が橙をもらったお宅ではありません。こちらはまだ収穫していないようです。
 お正月後に発見したのですが、門柱の橙がお供え餅の蜜柑みたいで可愛い。

by yumimi61 | 2013-02-03 17:13