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機宜*92

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写真のイメージは、ジョン・レノンです






村上春樹の奥さんの実家

三鷹のアパートで2年暮らしてから、文京区の千石というところに越した。
小石川植物園の近くである。
どうして郊外からまた一気に都心に戻ってきたかというと、結婚したからである。
僕は22でまだ学生だったから女房の実家に居候させてもらうことにしたのだ。
女房の実家は布団屋をやっていたので、そのトラックを借りて引越しをした。



僕が居候していた女房の実家は、昔の徳川家に屋敷の一画に建っている。
一画と言っても庭のずっと隅の方だから、べつに由緒も何もない。
ただ困ったことには―というか何というか―この家は実にかつての地下牢の上に建っているのである。
つまり家の下には、その跡があるわけだ。で、もちろん幽霊が出る。
僕ははじめのうちはそういうことを知らなくて、なんだかいやに湿っぽくて暗いなあ、というくらいにしか感じなかった。
夜中に便所に行ったりすると妙に気持ち悪い雰囲気があったりした。
女房が時々幽霊を見た。
幽霊といっても人の形をとったものではなくて、白いかたまりのようなもので、それが家の中をしばらくふわふわ飛び回ってから壁に吸い込まれていくのである。
僕は見たことがないからくわしく説明できないけれど、だいたいそんな感じのものらしい。 

==村上春樹 エッセイ集 『村上朝日堂』 1987年2月25日発行==



村上春樹氏の奥さんは文京区出身なのである。しかも小石川植物園近く!

高くて、固い壁があり、それに吸い込まれていく幽霊があるとしたら、私は常に幽霊の側に立つ。ひえ~

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2009年 エルサレム賞授賞式にて イスラエルのシモン・ペレス大統領と



怖いのは幽霊じゃなかった

実は、私が本当に怖いと思ったのは、奥さんの実家に出るらしい幽霊ではない。

僕のつれあいは三代以上つづいた山手線内側っ子(というんだそうである)だけれど、この人もしばらく関西にいると、すぐに関西弁になじんでしまって「すんません、ここに行くのどう行ったらええんでしょうか?」などと人に訊いたりしている。
他人のことは言えないけれど、はたで見ているとおそろしいものである。

==村上春樹 エッセイ集 『村上朝日堂の逆襲』 1989年10月25日発行==




江戸っ子と明治の申し子

「江戸っ子」という呼称があるが、「江戸っ子」というのは江戸の子である。
東京都に生まれれば江戸っ子というわけではないのである。(元)江戸幕府の町に生まれなければならない。
しかも「江戸っ子」になるためには、三代以上「江戸生まれ」が続いた家系でなければならない。
しかし江戸の範囲は江戸時代でさえ曖昧で、開府215年目にしてやっと幕府が正式見解を出した。
地図上に朱引したので「朱引」と言われている。
現在の行政区で言えばこちらに該当する。


皇居というのは、江戸時代に徳川将軍家が居城としていた江戸城跡に作られたものである。
古くより天皇には政治の実権はなく、言わずとも「象徴」だったのである。


1868年1月3日(旧暦:慶応3年12月9日)に倒幕派が天皇を元首とした新政府(明治政府)樹立を宣言した。
これにより江戸幕府を廃止し、天皇政府を設置したのである。
これが「王政復古の大号令」と言われているものである。
改革の精神は初代神武天皇による建国に基づくものだった。
欧米諸国の圧力に対峙しつつ新しい日本を築くためには、古い制度を一新することが必要不可欠だと謳われた。
現代で言うところの「改革」や「革新」、「イノーベ―ション」である。(私はリフォームのほうがいいと思うけれど)
天皇が改革の先頭に立つことが強く求められたわけだが、当の天皇は若干15歳であった。
京都御所で女官らに囲まれた生活を送っていた少年がいきなり日本のトップに立たされたわけである。
(旧暦)12月9日夜、15歳の天皇ご臨席のもとに新政府最初の会議が持たれた。


江戸時代というのは、徳川家を盟主とする各藩の連合国家のようなもの。 各藩は一種の独立国家と見做すことも出来る。
そういう意味では今のアメリカに似ていた。
次第に幕府に代わって実権を握りたいと考える藩が出てくる。
江戸時代に倒幕に動いたのが薩摩藩(現在の鹿児島県辺り)や長州藩(現在の山口県辺り)など。
また各藩それぞれの思想や思惑、利害関係や恨みつらみなどもあり、反目し合っていた。


近代の改革論者は、幕末に異様な憧れを持つ人、明治期に台頭した財閥関係者などが多いように見受けられる。
幕末志士は現代で言うところのテロリストと言えなくもない。
テロもクーデターもそうだけれど、成功するればそれは歴史的に名高い転換点となり、それを行ったものは英雄になれるのである。
結果が若干違っただけのことで発想は同じところにあるのに、テロを忌み嫌い、改革を諸手を挙げて歓迎する現代の風潮は意味分かんない。
(だから春樹さんは卵側に立つって言ったんじゃないかしら)


今年日本政府が定めた「主権回復の日」は「王政復古の大号令」を思い起こさせる。



by yumimi61 | 2013-05-03 18:09