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やがてそこに。


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機宜*103

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International Council of Nurses(国際看護師協会)のマーク
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日本看護協会のマーク
ナイチンゲールが 持っていたランプと大和撫子の花






北京オリンピックの聖火リレー

チベット問題に揺れ、世界各地で妨害などの騒動を引き起こした2008年北京オリンピックの聖火リレー
開催国であった中国国内のみで聖火リレーを行えば、そこまで問題を広げることもなかったであろう。
騒動のお膳立ては2004年に出来ていた。
2004年の開催地はアテネ(ギリシャ)。
ギリシャは古代オリンピック発祥の地であり、近代オリンピック第1回夏季大会の開催地である。
2004年のアテネオリンピックで初めて世界規模の聖火リレーが行われた。
その次の開催国が北京だったのである。
前回に倣い北京でも世界規模の聖火リレーが実施された。
そしてそれがスムーズに運ばなかったことを理由に、国際オリンピック委員会は世界規模の聖火リレーを廃止することを決定した。(2012年ロンドンオリンピックの聖火リレー
北京オリンピックの聖火リレーは、まるでチベット問題の広報のようだったのである。
そんな中、ダライ・ラマ14世は「聖火リレーへの妨害は本意ではない」とかなんとか言っちゃって、ひとりええかっこしい。



日本は長野が選ばれた

北京オリンピックの聖火リレー、日本は長野市を走るコースが選択された。
何故に長野?とまずは思う。
1998年長野冬季オリンピックが開催された縁らしい。(夏季と冬季は違うじゃないか!)
過去の開催地ならば東京だって札幌だってよかったのでは?

その次には、出発式が何故に善光寺?と思うはずだ。
きな臭い匂いがプンプンする。
そしたら案の定、1週間前にドタキャン
歯切れの悪い善光寺代表の説明
辞退理由は、善光寺の建造物を守るためと、チベット弾圧への抗議と、半々だとか。(善光寺は記録に残っているだけでも11回も火災で焼失した

「偽」の年には善光寺貫主さまの不倫が発覚したらしいが、貫主さまは動じることなく「クリーンな年に」と書いたとか。
「人間だもの」って書けばよかったのに。(お似合いじゃないか?)

あっ、あとね、善光寺でお坊さんの何かあるときには高級外車がずらり並ぶらしいの。(寺に外車は似合わない)

私の小中学校の同級生にお寺の息子がいたのだけれど、「善光」という名前だったのよ。(それはこの話には関係ないわね)

善光寺の辞退について、外国メディアから称賛があったという記事があちこちで実しやかに伝えられた
発信源は2ちゃんねるだったようだが、外国の評価に弱い日本人の弱点を上手く突いた書き込みだった。
怪文書の検証



妨害は本意ではないが辞退は嬉しかったらしい

北京オリンピックが開催された年の秋(11月)にダライ・ラマ14世は来日している。
この時に手土産を持参してきた。
聖火リレーの出発地を辞退したことへの感謝の品として善光寺に仏像を贈ったのである。
オリンピックの金メッキメダルにちなんで金メッキ仏像にしたんだろうか。
まあそれはともかくとして、来日のメインイベントはこちら。福岡と東京での講演会。



神であることと、神になること

東京の講演会は時輪塾の主催とあるけれど、時輪塾とジブリは何か関係あるの
そしてこの講演会の冒頭でダライ・ラマ14世が爆弾発言。(誰も気付いてないようだけど、結構ヤバイことを言っている)

「私には特別な力、超能力、あるいはヒーリング・パワーがあるという人がいるが、それは大きな間違いで、私にはそういうものは全くなくゼロといっても良い。私はナーランダ僧院に伝わる伝統的仏教の僧侶であり、神秘的なことを信じてはいない。人間としての共通の体験に基づき、あるいは一般的に共有されている常識を基にしてお話します。」

ダライ・ラマは観音菩薩の化身であるという設定の元に信仰を集めているのに、こんなこと言っていいんだろうか。

ダライ・ラマの決め方
先代のダライ・ラマが没すると、僧たちによって次のダライ・ラマが生まれる地方やいくつかの特徴が予言される。
その場所に行き子供を探し、誕生時の特徴や幼少時のくせなどを元に、その予言に合致する子供を候補者として選ぶ。
その上でその候補者が本当の化身かどうかを前世の記憶を試して調査する。
例えば、先代ゆかりの品物とそうでない品物を同時に見せて、ダライ・ラマの持ち物に愛着を示した時、あるいはその持ち物で先代が行っていた事と同様のくせを行ったりしたときなど、その子供がダライ・ラマの生まれ変わりと認定される。


しかしダライ・ラマは神秘体験など経験したことがないのであろう。だから信じられないのだ。

ダライ・ラマの歴史はそれほど古いものではない。
ダライ・ラマ1世の生きた年代は1391~ 1474年。
しかも1世から4世までは単なる僧であった。
変わったのは5世の時。だから「偉大なる5世」と呼ばれる。
ダライ・ラマ5世が、1642年に政治と宗教両面でチベットの最高指導者となった。
チベットの最高指導者というのはこれ以降のことである。日本が江戸時代の頃の話。
年端もいかない、世間のことなど大して知らぬ子供を認定して、宗教的権威を継承させるのである。
宗教だけならまだ良かったのだが、政治的権力も付いてくるから、さあ大変。
ダライ・ラマの転生者の捜索はチベット貴族の勢力争いの場となり、恣意的な人選が行われ、有力貴族が摂政となって実権を握った。
派閥闘争にてダライ・ラマ6世は死亡した。
ダライ・ラマ9世から12世も成人して政権の座につく20歳前後に亡くなっているので、暗殺された疑いが濃い。
何故ダライ・ラマが世界中からこれほどまでに崇拝されるのか、私には理解できない。(やっぱりノーベル賞の影響?それともヒッピーの影響?)


これと似た制度が長野県の諏訪地方にあったようなのだ。

生まるるも、育つも知らぬ人の子に、神髪きせて、神の子にせん 『御七五三の事』

諏訪神社にはミシャグジ(境界の神らしい)信仰があった。
1年ごとに8歳の男児が神を降ろす神官に選ばれ、任期を終えた神官が次の神官が決まると同時に人身御供として殺されるという「一年神主」の伝承も残っている。








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by yumimi61 | 2013-05-15 16:23