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器官18

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---参議院選挙の時にポストに入っていたチラシ---

「国民の生活が第一」という党名は短命だったわね・・。

自由報道協会の元代表で現在も理事(?)の上杉さんはTPP推進派みたいだったけれど、
そこは小沢先生と意見が違うのかしら。




病院移転(新病院建設)ラッシュ!?

前橋赤十字病院の移転は2008年頃から話に出ていた。
前橋赤十字病院の設立は1913年(大正2年)。歴史ある病院である。
従って、増改築ならばともかく移転は思い切った決断が必要であろう。
しかし限られた敷地で全ての病院機能を維持したままの増改築というのもなかなか難しい。
現在地は国道50号線沿いにあり、周囲も住宅街であるため敷地の拡張は難しいので、拡張を望むなら移転するしかないのかもしれない。

一足先に栃木県の足利赤十字病院が移転した。
競馬場跡地に新病院を建設し、2011年7月に(新生)足利赤十字病院が開院した。
確かに(旧)足利赤十字病院は少々不便な場所にあり、 あまり広くない駐車場があちこちに点在していて使い勝手が良いとは言えなかった。
でも今は駐車場に風車まであるのよ
やはり、足に優しくないことには、と思ったんだろうか。
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同じく栃木県の大田原赤十字病院も移転した。
2012年7月に新病院が開院し、病院名称も「那須赤十字病院」に変わった。

赤十字病院はなかなかリッチである。補助金のおかげかしら?
ただやはり、どこもお金と土地に関してはいろいろと問題がありそうである


赤十字病院ではないけれど、群馬県太田市にある富士重工業健康保険組合の太田記念病院も2012年6月に移転した。(以前こちらでも触れた)
それまでは街中のやや引っ込んだ場所にあったが、新病院周囲は開けており非常に開放的な感じになった。
こちらの病院も太田市と協力したそうである。



真偽のほどを探してきた

昨日書いた「共愛学園跡地の買い戻し」についての東京新聞と他新聞の記事趣旨の違いについて、もう少し探ってみた。
すると、2012年4月11日の前橋市長の定例会見の文字起こしがあった。(リンク先の下の方にある)

それを読むと東京新聞の書いていることは間違いではない。
「利用目的がないまま買い戻すとした提案を再考し、代替策を検討する方針を明らかにした」と東京新聞は書いたわけだが、確かに市長は「検討する」と言っている。
但しそれは記者との質疑応答の中で出てきた言葉であり、自発的に発表した方針とは違う。
どこをクローズアップしたかによってニュアンスが変わったということなのだろう。
東京新聞以外は最初に市長が述べた方針を記事にし、東京新聞は質疑応答をメインに持ってきた。ということは、質問した記者は東京新聞の記者だったのだろうか。

質疑応答をみると、知事も前橋市長も前橋赤十字病院の移転には反対だったとある。

市長
「私たちの血筋をご存知なわけですよ。自民党の県議会議員として、日赤の移転反対運動を私も、県議もやってきたわけですよ、知事もそれに応援をしてくれたと。残念ながら、いきさつがあって、朝倉に決まったわけですよ。知事もわれわれも旧日赤跡地になる現施設に、一定の医療機能を残すと言ってきたのは、われわれの生い立ちではないでしょうか。その中で、朝日町にある医師会のメディカルセンターの機能が全部、共愛跡地に移るんですよ。」


血筋・・生い立ち・・?
なんだか複雑な様相を呈している。
しかも、もしもこれがロールプレイングだったら真実は余計に見えにくい。(ロールプレイングしたほうがいいって言ったじゃないか?)

私が学習したロールプレイングは接客業などが行う「ハウツー(how-to)」とは少し違う。
設定はあるがシナリオはない。
どんな会話をし、どんな行動を取るかは、自分で決めて演じるのである。
それを他の人に見てもらい、こうしたほうがいいのではないか、あの場面は良かったなど意見交換をするのである。
ディベートのように勝ち負けを付けるわけではない。

最近私は時々思う。
昨今の社会は役割演技をしている人がいるのではないかと。
本当は同じ派閥や仲間でありながら(同じ思想や意見を持ちながら)、あえて逆の立場を演じている人がいるような気がして仕方がないのだ。
砂を巻き上げてボールを隠す、大リーグボール2号「消える魔球」作戦である。



赤十字病院の建て替えラッシュ

近年建て替えした病院と立て替え予定の赤十字病院をざっと拾ってみた。
他にもあるかもしれないが、これだけでもかなりの数となる。
個々の病院には収入もあるだろうが、赤字経営の病院も多いと聞く。
病院の老朽化が背景にあるにしても、母体である日本赤十字社が一般の人から集める社費や寄附金、無償提供の血液によって運営していることを考えるとやや違和感がある。
費用の流用などはないのだろうか?建設は計画的だろうか?

(順不同)
・沖縄赤十字病院 移転にて新病院建設 2010年完成

・名古屋赤十字第一病院 従来地にて新病院建設 2010年完成

・安曇野赤十字病院 従来地にて新病院建設 2008年着工 2010年完成

・足利赤十字病院 移転にて新病院建設 2011年完成

・松江赤十字病院 従来地にて新病院建設 2007年着工 2012年完成

・伊勢赤十字病院(旧称:山田赤十字病院) 移転にて新病院建設 2012年完成

・那須赤十字病院(旧称:大田原赤十字病院) 移転にて新病院建設 2012年完成 

・福岡赤十字病院 従来地にて新病院建設 2011年着工 2013年完成

・大森赤十字病院 従来地にて新病院建設 2013年完成

・静岡赤十字病院 従来地にて新病院建設 2014年完成予定

・北見赤十字病院 移転にて新病院建設(北見市より旧庁舎跡地を30年間無償貸与) 2012年着工 2015年完成予定

・さいたま赤十字病院 2011年移転決定 2013年着工 2015年新病院完成予定

・益田赤十字病院 従来地にて新病院建設 2013年着工 2015年完成予定

・芳賀赤十字病院 移転にて新病院建設 2015年着工 2017年完成予定

・鳥取赤十字病院 従来地にて新病院建設 2018年完成予定

・広島赤十字・原爆病院 従来地に8階建て新館を建設 2013年着工

・小川赤十字病院 新病院に立て替え予定

・前橋赤十字病院 移転にて新病院建設予定



前橋赤十字病院移転の経緯

1994年 東館を新築(建設費92億円―うち県が17億円・前橋市が9億円ほど補助金を出した)

2002年 施設の老朽化や慢性的な駐車場不足などから病院建て替え議論が始まった。

2005年 群馬県医師会長に鶴谷嘉武氏が就任。

2007年 前橋赤十字病院内に「病院建設準備室」が設けられた。

2007年3月 前橋赤十字看護専門学校が閉校した。(94年に亘る看護教育の歴史に幕)

2008年 「前橋赤十字病院の建て替え検討審議会」(座長・鶴谷県医師会長)にて病院の建て替えが移転を前提に検討される。

2009年2月、前橋赤十字病院を基地病院として、群馬県のドクターヘリ事業が始まる。(屋上ヘリポート)

2009年5月 審議会は「地元住民の理解を条件に同病院の移転が望ましい」とする最終報告を日本赤十字社の群馬県支部長である大沢知事に答申。(早期移転推進の立場)         
大沢知事は、現地建て替えが本当に不可能か検討するために、ある程度時間が必要との認識を示した。(移転反対の立場)

2010年9月24日 大沢知事が「現在地建て替え推進協議会」に対して移転決定の説明をした。(いつの間にか移転決定済み)  
「ドクターヘリや災害時の応急診療など救急救命・災害対策の基幹病院としての機能を確保するためには26,500平方メートルの拡張が必要で現在地での建て替えは無理。よって移転する」(地上ヘリポートを希望)

2010年10月27日 高木市長が定例会見にて「共愛学園跡地に、市医師会が看護学校と市夜間急病診療所機能を備えた医療センターを建設する」と発表。

2010年12月6日 ルース駐日アメリカ大使が共愛学園と県庁(知事)を訪問。

2011年(初頭だと思われる) 前橋医師会が共愛学園跡地全体を購入。

2011年3月11日 東日本大震災の発生。

2011年12月26日 前橋赤十字病院の移転先が決定する。

2012年2月28日 前橋市市長に山本市長(草津町出身)が就任。

2012年4月11日 山本市長が「前橋赤十字病院跡地に市夜間急病診療所を移設する」方針を明らかにした。
            これに伴い、市医師会の医療センター建設計画は白紙となった。市は土地の買戻しを提案。



前橋赤十字病院の場合、およそ100億もかけて新館を建設して数年後に病院建て替えの話が持ち出されている。
新館建設時に病院建て替えや移転は検討されなかったのだろうかと思う。
ドクターヘリ事業についても然り。
基地病院が移転問題を抱えていた中、慌てて導入しなくても良かったのではないだろうか。
これではまるで「地上ヘリポート」のために移転建て替えするかのようである。


ドクターヘリについて書いた時に触れたが、群馬県のドクターヘリ出動要請数は前橋市と吾妻地区が突出している。
現在の山本市長の出身地は草津町だそうだが、草津町は吾妻地区である。(参議院議員の山本一太氏も草津出身。小渕元総理も吾妻地区だった。)
前橋市には県庁がある。
ドクターヘリ出動要請数は必要性よりむしろ政治情勢や病院事情を反映しているような気がするが、気のせいだろうか。



成長産業の担い手 

製造業の業績が芳しくなくなった近年、新たな成長産業として期待されているのが医療なのである。
医療なんて全然目新しくないし、病院経営は厳しいし、労働環境は良くないし、どこが成長産業なのよ!とお怒りの方々もいるでしょう。
確かに全くその通り。

1990年頃には全国で看護学部(学科)がある大学は11校しかなかった。
ところが現在はその数200校近くに上る。ここ20年で急増した。
既存大学が学部や学科を設置するに止まらず、新設の看護系大学も雨後の筍ように誕生してきた。
もはや乱立と言っても過言ではないかもしれない。
前橋赤十字看護専門学校(3年間・正看護師養成)の閉校も大学増加の煽りを受けたのだろう。
群馬県にも医療系大学が数校新設された。
赤十字看護専門学校は各地で閉校した。
看護系大学急増の背景には、看護師不足の解消、高度医療への対応、看護師の地位向上、高学歴志向、就職率の高さなどがある。
しかしそれら目的が達せられたかという実に怪しい。
逆に質が落ちたという声も少なくない。

学部や大学を増やすということは教授や講師の需要も増えるということでもあり、以前に比べると比較的簡単に教授や講師になれるようになった。
高学歴志向は「とりあえず行けそうな大学に行っておこう」という明確な意志を持たない学生を増やす。
長引く不況で就職難が続いたことから、就職率の高い看護系や医療系の大学を目指す人が増えた。
しかし私立大学はやはり学費が高い。そこで奨学金が貸与される。その奨学金が御礼奉公を呼び込む。
大学であっても独自な奨学金が数年間の労働を強いる。
そして御礼奉公が明けると退職してしまう人も少ないない。だから一向に看護師不足は解消されない。
でもとりあえず毎年奨学金で縛った卒業生は確保できるといった感じだろうか。



「がん医療産業拠点」を目指すべき?

成長産業として期待されているのはズバリ「がん治療」である。
遺伝子しかり新薬しかり。最先端の放射線治療「重粒子線治療」しかり。

群馬県は「重粒子線治療施設」を中核に、がん医療にかかる「研究・教育機関」や高度医療機器・医薬品を製造する「企業」などの集積による「がん医療産業拠点」の形成を目指している。
政府が打ち出した「国際戦略総合特区制度」に基づいて、「群馬がん治療技術国際戦略総合特区」の創設を申請した。
でも残念ながら認められず、現在再挑戦中

「前橋赤十字病院の建て替え検討審議会」の座長であった鶴谷県医師会長は、「群馬県がん対策推進協議会長」でもある。

国際戦略総合特区の指定申請書(概要版)PDF

ここに書いたけれど、品川は「国際戦略総合特区」。

重粒子線がん治療施設の建設には民間のベンチャー企業も着手しているけれど資金難で中断中


前橋商工会議所は、医療機関と温泉施設などの観光を結びつけた「医療観光」に取り組むと張り切っているみたい。
群馬の温泉と言えば、伊香保か草津。水上はダメ?
前橋からヘリで温泉に運んでやればいいわね。気球ならぬヘリの遊覧飛行付き。
中国やロシアやインドの方から医療観光に来るのかしら。

前橋高校の生徒の「前橋市医療都市構想」の研究発表(PDF)




by yumimi61 | 2013-08-07 12:12