2013年 08月 09日
器官20
e0126350_024393.jpg




前橋工業高校跡地

2004年、前橋工業高校が市内郊外に移転した。
前橋工業高校は県立の学校である。跡地の所有者は群馬県。
移転にあたり跡地利活用の予定は特段なかった。
そもそも何故前橋工業高校は移転しなければならなかったのだろうか?


前橋市と群馬県は従来より効率的な土地活用を目的として定期的な協議を行っていた。
協議が整った場合には、前橋市が県に貸している市有地と利活用のない県有地とを交換する「土地等価交換」を行う。

当時、前橋市は「全国都市緑化フェア*(2008年・開催地が群馬県)」の来場者用駐車場の確保を課題としており、周辺土地の活用を模索していた。
そこで浮上したのが利活用計画のなかった前橋工業跡地である。
*全国都市緑化フェアは、1983年に建設省の提唱で始まった催し。開催地は各都市で持ち回り。式典には皇族も出席。


この時点ではまだ前工校舎の解体は行われていなかった。
緑化フェアの駐車場に利用するためには、校舎の解体を実施しなければならないという状況であった。

2005年11月、県と市は土地交換について概ね合意した。
その後も協議を重ね、2006年10月、土地交換の契約を締結した。
以下の物件について、等価交換を行った。

【県所有地】
●前橋工業跡地 28,145㎡
●工業試験場跡地 7,905㎡
●地方自治研修所跡地 1,570㎡

【市所有地】
●県立産業技術センター敷地 46,183㎡
●県立前橋産業技術専門校敷地 2,376㎡


2006年10月25日付 東京新聞
---------------------------------------------------------------------------------------------------
県と大規模土地交換 緑化フェア対策で活用 前橋工跡地など取得

 前橋市は二十四日、県との等価交換で旧県立前橋工高跡地(岩神町、約二万八千平方メートル)など三カ所を取得すると発表した。二〇〇八年三月に開幕する全国都市緑化フェアの会場が同校跡地に隣接しており、有効活用するための措置。市によると、県との大規模な土地交換は初めてという。

 旧前橋工跡地以外の取得地は、旧県工業試験場(鳥羽町、約七千九百平方メートル)と旧県地方自治研修所(荒牧町、約千五百平方メートル)の両跡地。三カ所合計の土地評価額は約十五億円となる。

 市管財課によると、旧前橋工跡地については、建物を解体後に緑化フェアの資材置き場などバックヤードとして、旧地方自治研修所跡地は駐車場として、それぞれ活用予定。旧工業試験場跡地については当分使用予定はない。緑化フェア閉幕後は、民間への売却や貸与も視野に再活用を検討するとしている。

 一方、県が取得するのは、県立産業技術センターの敷地(亀里町、四万六千平方メートル)と県立前橋産業技術専門校敷地の一部(石関町、二千三百平方メートル)。両土地は、施設建設時から市が無償貸与していた。所有権移転などの手続きは今月中に行う。前橋産業技術専門校の敷地の大部分には市有地(約三万三千平方メートル)が残るが、市は今後も交換などで解消を図りたいとしている。 (藤原哲也)

---------------------------------------------------------------------------------------------------



土壌汚染

協議もだいぶ煮詰まってきた2006年夏、第5回交換協議(8.11実施)において、前橋市は県サイドから前工には化学科があったため跡地に土壌汚染の可能性があることを知らされた。
しかしそこは高校であり汚染は大量ではないとの説明を受け、市サイドはそれを信用したという。


前橋工業高校は実習などで薬品を使用しており、「有害物質使用特定施設」**に指定されていた。
従って、県は学校が廃止された時点で調査を行う義務があった。(土壌汚染対策法:2003年施行・2010年大幅改正)

**、「有害物質使用特定施設」について
---------------------------------------------------------------------------------------------------
水質汚濁防止法に規定する特定施設であって、特定有害物質をその施設において製造、使用又は処理する施設。
有害物質使用特定施設を設置し、河川などに水を排出する場合は水質汚濁防止法に基づき設置の届出、下水道に水を排出する場合は下水道法に基づき設置の届出が必要。

この「有害物質使用特定施設」を廃止する場合には、土地の所有者や管理者又は占有者が土壌汚染状況調査を指定調査機関に調査させ、廃止した日から120日以内に知事に報告しなければならない。
但し、工場や施設の敷地として引き続き利用する場合、関係者以外の人が立ち入らない場合などは、県に申請することにより調査が猶予されることがある。
---------------------------------------------------------------------------------------------------

前橋工業高校跡地は廃止後の調査が猶予されていたという。
(法改正前は、建物解体前の調査は義務付けられていなかった。)

この猶予が妥当かどうかも疑問だが、少なくとも土地交換協議若しくは契約締結の前には、土壌汚染状況調査をする必要があったはずである。

土壌汚染状況の調査は校舎解体後(土地交換契約締結後)に市が実施することとなった。
契約書には、「市が汚染の除去費用を全額負担すること」、「瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求、不法行為に基づく損害賠償責任等を放棄すること」が明記されていた。
隠れた瑕疵(欠点・欠陥など)についての賠償責任免除の規定は、群馬県が使用している土地売買契約書の書式に元々あるものらしいが、他の文面は汚染についての責任放棄とも取れる。



土壌汚染調査結果

2007年初頭から校舎の解体が始まり、同年7月に完了。
2007年8月~2008年3月、前橋工業跡地の土壌汚染調査が実施された。
(10メートル四方300地点、最大10メートルの深度までボーリング調査実施)
この調査で基準値を大幅に超える土壌汚染が発見された。

鉛、水銀、六価クロム、ヒ素、フッ素の5物質の量が基準値を超えた。
基準値に対し最大で、鉛360倍、水銀20倍、六価クロム2.6倍、ヒ素6.8倍、フッ素3倍の超過が認められた。
敷地内3箇所で実施した地下水の水質検査では基準値を超える汚染はなかったという。

2008年4月11日付 毎日新聞
--------------------------------------------------------------------------------------------------
有害物質:前橋工高跡地で基準値360倍の鉛検出 市「地下水への流出ない」 /群馬

 前橋市が所有する同市岩神町の県立前橋工業高校跡地(2・8ヘクタール)から、環境基準を大幅に超える鉛や水銀などの有害物質が検出されていたことが10日までに分かった。鉛は土壌への「溶出」が最大で基準値の360倍にも及ぶ。水質調査はいずれも基準値以下で、現在までに健康被害は確認されていないが、市は「暫定的に舗装するなど早期に対応を考えたい」としている。

同校は1945年12月から04年9月に同市石関町に移転するまで、この土地を利用。太平洋戦争中は旧中島飛行機の工場があった。

---------------------------------------------------------------------------------------------------

跡地の面積は28,145平方メートル(2.8ha)であり、このうち基準値超過面積は約18,000平方メートル(1.8ha)だった。
2008年4月3日、前橋工業高校跡地を土壌汚染対策法にもとづく指定区域とし、立ち入り禁止措置を取った。



工業高校が原因?

移転前の前橋工業高校があった場所は利根川の近くである。
もう少し南に行った川沿いに県庁がある。
利根川も前橋まで来ると川幅がかなり広くなっているのだが、この近辺の河川敷は時たま浸水する。
おだやかな時の川しか知らない人はちょっと信じがたいと思うが、1998年9月の台風では利根川が氾濫した
河川敷のグランドや駐車場、国体道路まで冠水し、県庁の駐車場の車が80台ほど流されたことがあった。


川は昔からあるわけで。
前工のあった辺りは、昔は川に侵食され窪地となっていたようである。
戦前、その窪地を埋め立て、化学繊維の工場が作られた。
戦時中には日本軍のパラシュートや風船爆弾の風船に使われる化学繊維を作っていたという。
その後に中島飛行機の工場となり、ゼロ戦の脚部分等を製造していたらしい。
敗戦後は米軍の管理下に置かれたが後に返還され、前橋工業高校が建設されたようだ。
学校の創立は大正時代であるが(創立時は市立で昭和12年に県立に移管)、岩神町に学校が建てられたのは戦後のことである。
岩神の校舎も木造から鉄筋コンクリートへと立て替えており、その際に掘削した土砂でグラウンドを造成したらしく、それが汚染面積の拡大に繋がったのではないかと言われている。
前橋工業高校にも色染科や繊維科などがあった。


仮に管理や処理が不十分だったとしても、高校で扱っていた有害物質でここまで汚染されるものだろうか?
高校が建設される以前より汚染があったと考えるほうが一般的ではないだろうか。
そのことを知っていたのか、知らなかったのか、ある日誰かが気付いたのか告白したのか。
だからこその移転だったのか。
共愛学園跡地に買い手が付かなかったは、前工跡地の土壌汚染問題の影響もあったであろう。



日本各地にある土壌汚染

その程度は様々ではあるが、土壌汚染は前橋工業高校跡地に限ったことではない。
各地で汚染は報告されている。

名古屋地域のみだが、汚染状況がマッピングしてあったのでこちらも

こちらの「国内重金属関連ニュース」では発表された汚染が年代別に列記されている。 
発表された汚染だけでも相当数ある。
だからこそ土壌汚染対策法が制定され、数年で大幅な改正を余儀なくされたとも言えるだろう。

物事には、特に人が利潤や利便性を追求し作り出してきた人工的な物には、必ずマイナス面がある。
なにも放射性物質だけではない。
危険な物をゼロにする必要があるのならば、多くの物が見直されなければならない。
怖いのは杜撰な管理や処理、それに伴う隠蔽である。

そして同時に、地球も人も、素晴らしい自浄作用や修復能力を兼ね備えているということに感服する。
その作用や能力は最も失ってはいけないものかもしれない。

[PR]

by yumimi61 | 2013-08-09 14:39


<< 器官21      器官19 >>