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器官43

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マンネスマン(独・Mannesmann)

マンネスマンは、ドイツの歴史ある大手鉄鋼メーカー。
1980年代以降は買収による多角経営に乗り出し、機械・プラント,エンジニアリングなど200近い子会社を擁する複合企業となった。
この会社を買収したのがイギリスのボーダフォンである。
これが買収額歴代1位のM&A。2030億ドル(約20兆円)。
世界最大の携帯会社による世界最大の敵対買収だった。



●移動通信「マンネスマン・モビルフンク(Mannesmann Mobilfunk)」

マンネスマンの通信事業への参入は、固定通信より移動通信のほうが早かった。
1989年に移動通信事業を行う「マンネスマン・モビルフンク(Mannesmann Mobilfunk)」を設立し、1992年からドイツ国内でGSM*による携帯電話サービスを開始した。

*GSM
デジタル携帯電話に使われている無線通信方式の一つ。ヨーロッパ、アメリカ、アジア(日本と韓国を除く)など160の国と地域で使用可能で、現在世界で最も多く採用されている通信方式であり、事実上の世界標準。800MHzの周波数帯を利用する。 


●「マンネスマン・アルコア(Mannesmann Arcor)」

1997年にマンネスマンは「マンネスマン・アルコア(Mannesmann Arcor)」という会社を新たに設立して固定通信事業へも参入した。
ドイツ鉄道の鉄道沿いのネットワークを利用した事業である。
ドイツ全土におよぶ光ファイバーネットワークを保有し、電話、ISDN、専用回線、ATMをはじめ、インターネットサービスプロバイダーなどインターネット関連サービスも提供する総合的な固定通信業者となった。

アルコアへの出資は、「DBKom」(ドイツ鉄道の通信部門子会社)50.2%、「Communications Network International(CNI)**」49.8%、であった。

**CNI
「マンネスマン」67%、「ドイツ銀行」33%の出資で設立されたマンネスマン傘下の企業通信事業者。
その後、AT&Tとユニソースとエアタッチも資本参加した。
これにより、出資比率は「マンネスマン」55.5%、「AT&T」15%、「ユニソース」***15%、「ドイツ銀行」10%、「エアタッチ」****4.5%となった。

***ユニソース
ユニソース(Unisource)は、Swisscom(スイス)、KPN(オランダ)、Telia(スウェーデン)の元独占事業者3社により1992年に設立されたアライアンス(連合企業)。

****エアタッチ
エアタッチ(AirTouch Communications)は、アメリカの携帯電話事業会社。
マンネスマンの移動通信事業者「マンネスマン・モビルフンク」に34.8%ほど資本参加していた縁で固定通信事業の「CNIにも出資した。しかしエアタッチは1999年にボーダフォンに買収された。ボーダフォンはエアタッチの買収により世界最大の携帯電話会社となった。


1998年、マンネスマンはドイツ鉄道の「アルコア」出資分半分を引き受けた。
これにより「アルコア」への出資比率は、「CNI」74.9%、「ドイツ鉄道」25.1%となった。

1999年には、「AT&T」と「ユニソース」が「CNI」から離脱したため両社の出資分をマンネスマンが引き取った。
調整なども加えて、「アルコア」への出資比率は「マンネスマン」70%、「ドイツ鉄道」18%、「ドイツ銀行」8%、「エアタッチ」4%となった。
これにより、マンネスマンは「アルコア」経営の主導権を握った。


ところがそう、2000年にマンネスマンはボーダフォンに買収されることとなった。
ボーダフォンは1999年にすでにエアタッチを買収していたため、「エアタッチ」が所有していた株式4%を継承した。
さらに「マンネスマン」が保有する70%の株式を継承し、結果74%の株式を握ることとなった。




ドイツ鉄道が株式を売らなければ存在しなかったであろう会社

アルコアの設立経緯としては、ドイツ鉄道が100%所有していたDBKom(ドイツ鉄道の通信部門子会社)の株式49.8%を売却する相手を探すことから始まった。つまりドイツ鉄道のパートナー探し。

マンネスマンは手を挙げた会社の1つであった。
競合相手にはフィアーク(Viag)やティッセン(Thyssen)といった複合企業がいたが、最終的にはティッセンととマンネスマンの一騎打ちとなり決定直前までティッセン有利という下馬評だった。
しかしドイツ鉄道の取締役会が下した決定はマンネスマンだった。
「マンネスマン」と言っているが実際には「マンネスマン、AT&T、ユニソースのコンソーシアム」(出資比率は50:25:25%)であった。

この時すでにマンネスマンは「CNI(Communications Network International)」という子会社を持っていたのである。
AT&T、ユニソース、エアタッチの「CNI」への資本参加は、実質的にはDBKomをCNIと合併させた「マンネスマン・アルコア」への資本参加ということになる。


「AT&T」と「ユニソース」は1999年に離脱したが、なぜ離脱したかというと、1998年に「AT&T」(アメリカ)と「BT」(イギリス最大の通信会社)が戦略提携(合併会社設立)したからである。
「BT」はマンネスマンのライバルであった「フィアーク・インターコム」(Viag Interkom)に45%出資していた。
その「BT」が「マンネスマン・アルコア」に資本参加していた「AT&T」と組んだのである。

三角関係勃発! 
「BT(イギリス)」―「AT&T(アメリカ)」―「マンネスマン(ドイツ)」

「私とマンネスマンのどちらを取るつもりなの?」とBTに詰め寄られて、板挟みになったAT&Tは「あ、あ、あなたです」とBTを取ったと思われ。
ユニソースもイギリスの大手に睨まれると少々具合悪いこともあったのだろう。(欧州もいろいろ大変なんでしょ?)←小声
結果両者ともマンネスマンから離脱した。
でもそこはドイツ・マンネスマン。打たれ強い。転んでもただでは起きない(たぶん)。
「結果的にはマンネスマン・アルコアの経営権をほぼ握れたんだから良かった良かった」と喜んだと思われ。

しかーし。喜んだのも束の間だった。
またしてもイギリスの大手ボーダフォンが擦り寄ってきたのだった。 



買収には買収を

マンネスマンはドイツ国内のみならず、イギリス、フランス、イタリアなど欧州各国の固定及び移動通信事業に参入していった。
これを脅威に思っていたのがイギリスのボーダフォンである。
「ボーダフォン」は1999年6月にアメリカの携帯電話会社「エアタッチ」を買収した。
この時「ボーダフォン」は社名を「ボーダフォン・エアタッチ」と変更した。
上にも書いたが「エアタッチ」は「マンネスマン・モビルフンク」に34.8%ほど資本参加していたので、その株式を「ボーダフォン・エアタッチ」が継承した。

ボーダフォンが決定的に危機感を感じたのが「マンネスマン」による「オレンジ」の買収だった。
当時イギリス国内でボーダフォンのライバル関係にあったのが「オレンジ(Orange)」という携帯電話会社であった。
この会社を1999年10月にマンネスマンが買収したのである。
このままでは欧州マーケットをマンネスマンに支配されかねないという危惧とともに、「マンネスマン・モビルフンク」の大株主である同業者(ボーダフォン・エアタッチ)に相談することなく買収に踏み切ったことをボーダフォンは快く思わなかった。
しかし何とかしなければならない。1999年11月、ボーダフォンはマンネスマンに友好的買収を持ちかけた。

*ボーダフォンの提示した案*
 ボーダフォン株式43.7株にマンネスマン株式1株を割り当てる。(株式交換による買収)

マンネスマン取締役会は「は?マンネスマンを何だと思っているの?あのマンネスマンよ」とこの提案を拒否。
「それならば敵対買収にさせていただきますっ!」とボーダフォンぶちぎれる(というのは嘘)。
冷静に「これならどうだ」と敵対買収を発表。(条件良くなってるね☆)

*ボーダフォンの提示した条件*
 ボーダフォン株式53.7株にマンネスマン株式1株を割り当てる。(株式公開買い付け)

マンネスマンとボーダフォンは成長戦略の点でも意見を異にした。
マンネスマン(固定通信+移動通信、自社でカバーできる) vs (移動通信+ワイヤレスインターネット)

しかし最後は話し合いで史上最大の買収が決まった。

         

だんだん訳わからなくなってきてホワイトナイト!?

■エアタッチはどうしたか?

忘れ去りたいとか恥ずべき時期とか言ったかは不明だが、「ボーダフォン・エアタッチ」は「エアタッチ」をさっさと取って再び「ボーダフォン」に戻した。
いつかと言えば、ベライゾンとボーダフォンの合併会社「ベライゾン・ワイヤレス」を設立した2000年。(エアタッチが付いていたのはたった1年・・)
つまり「エアタッチ」は「ワイヤレス」になったというわけ。
この「ベライゾン・ワイヤレス」のボーダフォン持分株式の買い取りが今月発表された。(歴代3位のM&A)


■イギリスのオレンジはどうしたか?

1999年10月の買収によってマンネスマンがオレンジの株式を100%所有した。
ボーダフォンのマンネスマン買収によってボーダフォンがこれを継承することになるが、EU競争法に抵触してしまうためオレンジは分離することで合意していた。
2000年8月にフランステレコムがオレンジを買収した。

2002年にフランス国内において、マイクロソフトの「Windows CE」を搭載した携帯電話「Smartphone SPV」によりインターネット接続サービスが開始された。(モバイルインターネットの黎明期)

イギリスのオレンジと書いたが、当時株式の大半を持っていたのは香港の複合企業「ハチソン・ワンポア」だった。(あらあらあら?ビル?それ'は'根拠のない噂だから?)
次がイギリス国有航空宇宙企業の「ブリティッシュ・エアロスペース(BAe)」 である。
このBAeは自動車会社の「ローバー・グループ」を傘下に収めた時期があるが、1994年にドイツの「BMW」に売却した。
「BAe」は1999年11月に「BAEシステムズ(BAE)」に組織改編されている。

オレンジがマンネスマンに買収されるに伴い、ハチソン・ワンポアはマンネスマンの株式を手に入れ、マンネスマンの筆頭株主(10.5%)となっていた。
敵対買収発表後のボーダフォンとマンネスマンの話し合いを仲介し話がまとまったので、ボーダフォンの株式も5%ほど手に入れ取締役会のポストも手に入れたらしい。
もう一人、仲介役を務めたのがドイツ自動車会社「ダイムラー」の会長。マンネスマンの大株主だった。


■マンネスマンが欧州各国で展開していた通信事業は?

【フランス】
固定通信事業者Cegetelの株式15%をボーダフォンが継承。
ボーダフォンはマンネスマン買収以前から携帯電話事業者SFR(Cegetelが80%出資)の株式20%を保有していた。

【イタリア】
携帯電話事業者Omnitelの株式54.4%を継承。
マンネスマンの取得以前からボーダフォンは21.6%株式を保有していたので、マンネスマン買収後の株式保有率は76.0%にまで増加した。

固定通信事業者Infostradaの株式100%を継承したが、イタリアの電力会社Enelにすべて売却。
(Enelはイタリアの固定/移動通信事業者Wind(Enel56.6%、フランステレコム43.4%)により通信事業に参入していた)

【オーストリア】
固定・移動通信事業者tele.ringの株式53.1%を継承。
保有率を100%にまで増加させた後に、すべての株式をアメリカのWestern Wireless Internationalに売却した。


■マンネスマンの鉄鋼など他の事業(元は本業)はどうしたのか?

通信事業以外の製造業関係(鉄鋼・自動車部品・時計製造など)はすべて売却された。
歴史ある会社は巨大化した通信事業に押しつぶされてしまった。


■あれはいつだっけ?

あれというのはドイツにソニーセンター(ソニーヨーロッパ)が完成開所した日。
そうあれも2000年。
奇しくもドイツの巨大複合企業が消えた年と同じである。


by yumimi61 | 2013-09-07 13:31