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器官72

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グッゲンハイム邸とジェームス邸

こちらの記事の中に「ジェームス山の所有者でもあった」と書いたことがある。
三洋電機の創業者についての記述である。

ジェームス山というのは、神戸市垂水区塩屋町近辺の通称地名。
ジェームスは、英国人貿易商であったアーネスト・ウィリアム・ジェームス。
アーネスト自身は生まれも育ちも日本。
父親が水先案内人で神戸に滞在していた。
息子のアーネスト・ウィリアム・ジェームスは1915年にカメロン商会に就職し、先物取引で成功し財を築いた。
後にカメロン商会の経営者となる。
カメロン商会はレコードの英国グラモフォンやダイナマイトの英国グラスゴーノーベルなどの日本総代理店となっていた。鉛なども扱っていた。

このアーネスト・ウィリアム・ジェームスが、1928年に塩屋の丘陵地を開拓し、外国の貿易商向けの住宅街を私財で建設した。
ジェームス邸は1934年に建設された。愛車はフォード。
ジェームス没(1952年)後の1954年に三洋電機の創業者・井植がジェームス所有の土地と住宅を購入し、三洋電機の迎賓館などとして利用していた。
2012年に婚礼施設兼フレンチレストランとしてリニューアルオープンした

ちなみに、尾崎豊は神戸市灘区の六甲山ホテルで結婚式をしたそうだ。(なんで神戸なのよ)
尾崎と同じくCBSソニーのオーディションに合格しデビューした大江千里の歌の歌詞には神戸が多く織り込まれている。
『六甲GIRL』なんていう歌もあったなぁ。
だから神戸出身だとばかり思っていたのに大阪出身らしい。
ある頃まで私は、神戸と言えば大江千里だった。
1985年~1987年までの彼のアルバムには過ぎし日の哀愁を感じずにはいられない。
彼の『OLYMPIC』というアルバムにその名もずばり『塩屋』という曲がある。

『塩屋』

くしゃくしゃのレコード包みとハンカチ 膝の上に重ねた
今の彼の口ぶり言葉の端に 漂わせているね

困ったときにすぐに電話で呼び出すくせも 昔のままさ

悲しいよとか 投げだしたいよとか 流されている日々は僕も同じさ
きみがひとりで悩んでいるときに いちばんそばに居れる僕でいるよ

朝の光が包み込んだ全てに今日が始まる

のりのきいた袖で始発の窓に 小さく君は手を振る
きみと違うタイプの人ともうじき 暮らし始める僕さ

どんな理由で昔きみと争ったか それも思い出せなくなる

憎んでるとか 顔も見たくないとか そうじゃないのになぜ人は別れるの
巡りあったら大切に生きたいよ 彼女のことを今は幸せにする

朝の光が包み込んだ全てに今日が始まる

渚に近いあの街道のスタンドも もう今はさびれている

この場所だけは彼氏と来るなよと 大人気ないこと言う僕が嫌だよ
自分で決めた道を戻りたくない 彼女のことを今は幸せにする

朝の光が包み込んだ全てに今日が始まる



話が逸れてしまった。
グッゲンハイム邸も同じく塩屋町にあるが、グッゲンハイム邸の建設はジェームスの作った異人街やジェームス邸よりも20年も早い。


敵も味方もない

1838年 ロンドンで「ジョージ・ピーボティ&カンパニー」*設立。
1854年 ジュニアス・スペンサー・モルガンがパートナー就任。
1864年 「J.S.モルガン&カンパニー」と社名変更。
1900年 ロスチャイルド一族のエドワード・グレンフェル**が支配人となる。


*アメリカ出身のジョージ・ピーボディによってイギリスで設立された。
これは「ブラウン・ブラザーズ」を通じて行われたものであり、ロスチャイルドの三男・ネイサン・ロスチャイルドの代理人となる。
独身だったピーボディは後継者問題に直面し、ジュニアース・モルガンと提携した。
モルガン家はイギリスからアメリカに移住し財をなした一家であり、そのルーツはイギリスにあった。


**エドワード・グレンフェルはイングランド銀行総裁ヘンリー・グレンフェルの息子。
イギリスの老舗投資銀行「ブラウン・シプリー」の重役でもあった。
「ブラウン・シプリー」の創業者はアイルランド移民のアレグサンダー・ブラウン。
1800年に創業したリネン製品の輸入会社が成功して金融業に進出した。

ブラウン家がアメリカにて投資銀行家で鉄道王のハリマン家と結びつき、「ブラウン・ブラザース・ハリマン」になっている。
この「ブラウン・ブラザース・ハリマン」は多くの政治家を輩出。
父ブッシュ(41代大統領)の父親であるブレスコット・ブッシュが「ブラウン・ブラザース・ハリマン」の前身の1つ「W・A・ハリマン」に就職し、頭取だったジョージ・ハーバート・ウォーカーの娘・ドロシー・ウォーカーと結婚。
2人の間に41代大統領となったブッシュ(次男)が生まれる。
43代大統領のブッシュは孫にあたる。
ブッシュ大統領の「ジョージ・ハーバート・ウォーカー」という名前は、そっくり祖父(母方)の名前である。
父ブッシュの母の家系を辿るとイギリス王室に繋がるらしい。

「W・A・ハリマン」を設立したのは、ハリマン一族で政治家にもなったW・アヴェレル・ハリマン
ブッシュの父・ブレスコット・ブッシュは合併した「ブラウン・ブラザース・ハリマン」の経営者となった。
「ブラウン・ブラザース・ハリマン」はドイツでナチスを支援していた鉄鋼石炭王フリッツ・ティッセンの良きビジネスパートナーであり、アメリカ参戦後も敵国でありながら財政支援していた。



卵が先か鶏が先か

1861年 ジョン・ピアポント・モルガン(ジューニアス・スペンサー・モルガンの息子)が「J.P.モルガン&カンパニー」をニューヨークに設立
1871年 ドレクセル・モルガン&カンパニーに改称。(フィラデルフィアの銀行家アンソニー・ドレクセルと組んだ)
      以後10数社の鉄道事業を買収して再編成した。
1892年 発明王エジソンの会社を吸収してゼネラル・エレクトリック(GE)を設立し、電気事業を再編。
1895年 再び「J.P.モルガン&カンパニー」と改称。
1901年 カーネギー鉄鋼会社を買収してUSスチール社を設立し、鉄鋼業を再編。
1907年 当時全米の電話を独占していたAT&Tを買収。


こうして様々な事業に投資し再編を行うことで金融資本による経済支配構造を構築した。(上記はアメリカ版)
構築初期段階で「モルガン」がロスチャイルドやユダヤ系であるということを上手く覆い隠した。
そして全ての富が一族(財閥)に転がり込むようなシステムを作り上げた。
そのために非常によく利用されたのが婚姻である。
一族内で婚姻を繰り返し財産が外に出ていかないようにしている。
また、政略結婚により他財閥や政治家と協力関係を結んだり、他財閥や有力者を取り込むことに成功した。
一族の人間を政治の世界へ送り込む場合もある。
こうして経済と政治を掌握していった。


ユダヤの迫害の原因はローマ・バチカンにあると言ってもいい。
バチカンはおそらく宗教的にユダヤ人を恐れていたのだと思う。
バチカンがユダヤ人から職業を取り上げてしまい、数少ない収入源として残ったのが金融業だった。
迫害→金融業→嫌われてさらなる迫害→閉じこもり金融業→ますます嫌われる
こんな展開だったわけだ。
途中から見ると「迫害が先か金融支配が先か」という感じになる。
バチカンは1870年イタリア革命により資金も権威も失墜した。
それを救ったのがユダヤ系金融のロスチャイルドであった。
後世になるとユダヤであることはあまり意味がなくなった。(財閥の維持拡大のために'ユダヤ'が利用されたことはあるかもしれない)

1909年 「J.S.モルガン&カンパニー」を「モルガン・グレンフェル」に改称。

アメリカのモルガン親子を通じて、ロスチャイルド(イングランド・グレンフェル)はアメリカ(モルガン)を取り込んだのである。



タイタニック号とモルガン

アメリカの鉄道事業(陸上輸送)を支配していたJ.P.モルガン&カンパニーは、海運業界の再編支配にも乗り出した。
1902年、国際海運商事(International Mercantile Marine、IMM)という持株会社を設立した。
イギリスのホワイト·スター·ラインなど幾つもの会社が買収され子会社となった。
処女航海で沈没したタイタニック号を建造・就航させたのはホワイト·スター·ラインであるが、実質的なオーナーはIMMであり、J.P.モルガン&カンパニーであり、モルガン・グレンフェルなのである。
モルガン・グレンフェルはIMMの株式を所有し、エドワード・グ レンフェルはIMMの重役に就任していた。







by yumimi61 | 2013-10-12 12:25