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器官74

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今日はルーズベルト大統領に注目しようと思う。
ルーズベルト大統領は2人いる。
セオドア・ルーズベルト大統領とフランクリン・ルーズベルト大統領である。


ルーズベルトのルーツ

ルーズベルト家はユダヤ系オランダ人が起源だそうである。
アメリカに移住したのは1649年。
クラウス・M・ ローゼンベルツ。

1500年代中頃から1600年代前半までは「世界の中心」はスペインにあった。
スペインの黄金期、最強期である。
コロンブスが新大陸(コロンブスはインドだと信じ込んでいたがアメリカ大陸)に到達し、植民地化したその地から多大な富が流入した。
そのことは他の欧州諸国の大きな関心を引いた。
1600年代初頭、数百人のイギリス人が入植し、その後は欧州からの数多くの移民の波が押し寄せた。
先住民と奴隷の犠牲のもとに北米は新たな文明を築いていった。
探検の主たる目的は黄金発掘であるからして当然の帰結であると言えるが、この時代に大量の金や銀が欧州に持ち出された。
それが産業革命の資本ともなった。
さらにイギリスは土地に注目した。領土が何より大事なこと知っていたのである。


ニューヨークの始まりはオランダ。
1609年、アジア(インド)に通じる北西航路を発見するためオランダ東インド会社に雇われたヘンリー・ハドソン(イギリス人)がそこに至り、領有権を主張した。
ハドソン川の名はこの人に因む。
1621年、アメリカ大陸と西アフリカの貿易独占を目指してオランダ西インド会社が設立される。
ベルギーやドイツの出身者から成る植民者が植民地に入る。
1626年、オランダ西インド会社は先住民からマンハッタン島を買収しした。
この時代、ニューヨークは「ニューアムステルダム(New Amsterdam)」と呼ばれた。
オランダの都市「アムステルダム」から付けられたものだが、そこに住み着いた人はオランダ人とは限らず、欧州各国の出身者がいた。

クラウス・M・ ローゼンベルツは、この時代にニューアムステルダムにやって来た。
次の代が「ローゼンベルツ」を「ルーズベルト」に改名した。
群馬県の人ならベルツと言えば「ベルツの湯」を思い出すと思うが、ローゼンベルツという名前では欧州(ドイツ)臭を脱ぎ捨てられず「新大陸」に相応しくないと思ったのではないだろうか。



セオドア・ルーズベルト

第25・26代大統領のセオドア・ルーズベルト。
ニューヨーク・マンハッタン、現在のグラマシー・パークの一部に生まれた。(以前こちらの記事に地図を添付した)

1901年に前大統領(第25代)が暗殺されたため、副大統領だったセオドア・ルーズベルトが42歳で大統領に就任して残りの任期を務めた。
アメリカ史上最年少の大統領であった。
1904年に選挙を通じて大統領就任。再出馬はしなかった。


●ノーベル賞受賞

セオドア・ルーズベルト大統領は、アメリカ人初のノーベル賞受賞者。

もちろんアメリカ合衆国大統領としても初である。
過去に「ノーベル平和賞」を受賞した大統領は下記の4人である。

1906年 セオドア・ルーズベルト(第26代大統領:1901~1909年)(共和党) ・・就任中
1919年 ウッドロウ・ウィルソン(第28代大統領:1913~1921年)(民主党) ・・就任中
2002年 ジミー・カーター(第39代大統領:1977~1981年)(民主党) ・・21年後
2009年 バラク・オバマ(第44代大統領:2009年~現在)(民主党) ・・就任初年

これを見ただけでもノーベル平和賞にはかなりバイアスが掛かっていることが分かる。
ノーベル委員会が発表する公的な受賞理由と私が推測する受賞理由を比べてみよう。

・セオドア・ルーズベルト大統領
 (公)日露戦争の停戦を仲介した功績
 (私)大統領権限の拡大と世論誘導スタイルの導入

・ウッドロウ・ウィルソン大統領
 (公)世界平和の達成に尽力し、国際連盟設立を主導した功績
 (私)国際連盟設立への貢献

・ジミー・カーター元大統領
 (公)国際紛争の平和的解決を模索し、経済、社会発展を促進した長年のたゆまぬ努力
 (私)大統領引退後の非政府個人(NGI)活動を評価、国連・NGO・NGIによる資金調達への貢献、ブッシュ大統領への当て付け

・バラク・オバマ大統領
 (公)「核なき世界」に向けた国際社会への働きかけを評価
 (私)先物取引、もしくは、大統領就任が最大の貢献でありゴールだという意思表示


●ラシュモア山の大統領彫刻

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金鉱を求めて白人が不法占拠した地域ブラックヒルズにあるラシュモア山
つまりそこに築かれた彫刻は先住民に有無を言わせないアメリカ合衆国の権威の象徴なのである。

4人の大統領は左から、ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、セオドア・ルーズベルト、エイブラハム・リンカーンである。

・ジョージ・ワシントン(初代大統領:1789~1897年)
初代大統領だからアメリカ建国を讃える際には欠かせない。無所属。

・トーマス・ジェファーソン(第3代大統領:1801~1809年)
先日「タマニー・ホール」を書いた時に登場した大統領。
「民主共和党」(現在の民主党)を創設者である。

・セオドア・ルーズベルト大統領(第26代大統領:1901~1909年)
共和党ではあるが革新的であり、アメリカの大統領の在り方を変えた人物なのである。

・エイブラハム・リンカーン(第16代大統領:1847~1849年)
共和党。奴隷解放で名高い。しかし一方で北米の先住民を積極的に迫害。民族浄化政策を取った。
アメリカの発展には先住民と奴隷の犠牲があった。
ところが現代のアメリカ及び世界は、黒人奴隷やユダヤ人に同情することはあっても、アメリカ大陸の先住民に対するそうした考え方が非常に弱い。
同じ立場であっても、自分にとって都合の良い人には同情するけれども、そうでなければ無視するか蔑む。
これは人間の本質かもしれないが。

1925年に建造することを決定した彫刻なので、それまでの29人の大統領の中から選出された4人となる。


●聖書

大統領就任式に聖書を引っ張り出してくることに違和感があるということをこちらに書いた
初代のワシントン大統領が始めて、今日までそれに倣ってきたのである。
しかしセオドア・ルーズベルト大統領は聖書を使わず、手を挙げるだけにとどめた。
聖書を使わなかった唯一の大統領と言われている。
実際には第6代大統領のジョン・クィンシー・アダムズ(2代大統領の息子)が聖書ではなく法典を使ったらしいので、聖書を使わなかった大統領は2名ということになる。
セオドア・ルーズベルト大統領は、書物を介して宣誓しなかった唯一の大統領となる。

ではこの2人の大統領が聖書を疎んじていたかというと、そうではなさそうだ。

ジョン・クィンシー・アダムズ大統領
「私は聖書に非常な尊敬を抱いている。子供達が聖書を読むのが早ければ早いほど、祖国の立派な国民となり尊敬される市民となるようにという私の願いが確実になると考えている」

セオドア・ルーズベルト大統領
「聖書を教えない単なる教育は、無責任な人に鉄砲を渡すようなものである」
「聖書に精通することは、大学教育に勝る価値がある」


それなのになぜ慣例に倣わなかったのか?
広く一般には素晴らしいものであり、それは疑う余地なく認めるところであるが、自身の拠り所ではないということなのではないだろうか。

2代大統領のジョン・アダムズの父は、息子を聖職者にするために高い教育を施したそうである。
しかし聖職者ではなく弁護士の道に進んだ。そして大統領になった。
6代大統領はその息子であり、若き頃は父に同伴して海外へ赴いた。
弁護士として職歴も持つが父ほどパッとせず、政治家となった。
父親や聖書に対する複雑な感情があるように思える。

セオドア・ルーズベルト大統領は統治に聖書は欠かせないという認識を持っていたように思う。
共和党でありながら民主党的、しかし共和党から猛反発を食らうこともなかった政治姿勢に見て取れる。
統治者(主権者、国のリーダー)である彼自身には聖書は必要なかったのである。



●オバマ大統領と聖書と神

オバマ大統領はリンカーン大統領の聖書を用いて宣誓を行った。
1期目の就任演説ではこんな言葉があった。

We remain a young nation, but in the words of Scripture, the time has come to set aside childish things.

この言葉は日本ではこのように訳されていた。

「米国は今も若い国です。けれども、聖書の言葉にあるように、子供じみたことをやめる時が来たのです」在日アメリカ大使館
「われわれの国はまだ若いが、聖書の言葉にあるように、子供じみたまねをやめるときだ」共同通信
「我々の国はまだ若いが、聖書の言葉には、子どもじみたことをやめるときが来たとある」読売新聞
「我々は若い国家であり続けるが、聖書の言葉を借りれば、子供じみたことはやめる時が来た」日本経済新聞
「われわれはまだ若い国家だ。だが、聖書の言葉にかけて、幼稚なことを捨てるときが来た」産経新聞
「わたしたちの国家はまだ若いが、しかし聖書の言葉にあるように、こどもじみた事からは離れるべき時が来たのです」新聞の和訳全文に疑問を持った人の私訳


オバマ大統領は聖書を引き合いに出した。
新約聖書の「第一コリント13章11節」だそうだ。
しかし文章をそのままを引用したわけではなさそうだ。
聖書のその部分はこのようになっている。

When I was a child I talked like a child, I thought like a child, I reasoned like a child, but on becoming a man I was through with childish ways.

その和訳

幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた

尤も聖書も訳されているのだろうから、英文も和文もいろいろな言い回しがあり、どれが正解ということもないかもしれない。
私なんて「ロスチャイルド」を思い出したくらい。


ポイントになるのは set aside という言葉。
the time has come to set aside childish things.
以下、考えられる訳。
(子供じみたことを止める時が来た)
(子供じみたものを捨てる時が来た)
(子供じみたものを無視する時が来た)
こんなのはどうだろう。
(子供らしさを残すことを続けなければならない)


英文とアメリカ大使館の訳をもう一度見てみよう。

We remain a young nation, but in the words of Scripture, the time has come to set aside childish things. The time has come to reaffirm our enduring spirit, to choose our better history, to carry forward that precious gift, that noble idea, passed on from generation to generation: the God-given promise that all are equal, all are free, and all deserve a chance to pursue their full measure of happiness.

米国は今も若い国です。けれども、聖書の言葉にあるように、子供じみたことをやめる時が来たのです。米国の揺るぎない精神を再確認し、より良い歴史を選択し、何世代にもわたって受け継がれてきた貴重な贈り物、高潔な理念を進める時が来たのです。それは、すべての人は平等かつ自由であり、幸福を最大限に追求する機会に値する、という神から与えられた約束です。


the time has come to set aside childish things. の後にも The time が続いている。
「The time has come to reaffirm our enduring spirit 」である。
大使館の訳は「米国の揺るぎない精神を再確認し」となっている。
こんなのは?
(私達の不屈の精神を再確認する時が来た)
(我々の永遠なる心を再確認する時が来た)
(私達の永久なる精霊を再確認する時が来た)
(私たちの我慢強い性質を再確認する時が来た)

いずれにしても神について語っている箇所である。

「第一コリント13章」の言いたいことはたぶん「子供<大人≪神(愛)」であると思う。
一部は完全には敵わないと言っているのだ。
またこの図式「子供>大人≫神(愛)」も成り立ってしまうのである。
AさんとBさんを比べた時に、客観的には容姿も頭脳もAさんが優れていたとしても、Bさんを愛した人にとってBさんが完全となり勝者となる。
その人の心に残るのは愛を介在したBさんなのである。
さすが聖書。素晴らしい。
でもこれはとても怖い一面を秘めてもいる。
客観性を排除してしまうからである。
神が独裁者や差別主義者であれば大変なことなのである。


ついでなので、オバマ大統領の就任演説和訳からこの部分も転載しておく。

こうした皮肉屋たちは、足元の地面が動いたこと、長年にわたり、私たちを消耗させてきた陳腐な政治的議論がもはや通用しないことを理解していません。今日私たちが問うているのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、政府が機能するか、つまりそれぞれの家庭が人並みな賃金の仕事を見つけ、費用を負担できる医療を受け、品位ある引退生活を送るために、政府が役に立つかどうかです。答えが「イエス」であれば、その施策を継続します。「ノー」であれば、終わらせます。そして、公金を管理するものは、説明責任を負うことになります。つまり、賢明に支出し、悪しき慣習を改め、誰からも見える形で業務を行うのです。なぜなら、国民と政府の間に不可欠な信頼を回復するには、そうするほかないからです。

何を終わらせるんだー。


●武士道

武士道と言われても現代人にはピンとこないだろう。
東京の街にはもう武士なんかいないのだから。
そうじゃなくて。そうじゃなくて?精神よ。精神?

文学好きな人や活動家の中には「武士道=三島由紀夫」という人もいるかもしれない。
武士道という言葉は三島由紀夫を語る時に比較的よく出てくる言葉である。
それはとりもなおさず三島由紀夫が好んで使った言葉だからである。
この本に由来するところも大きい。
「悪魔のことわざ」に葉隠と武士道と三島由紀夫について書かれていたのだけれど、天使になっちゃったのか、削除されてしまった。(常に加筆修正を繰り返しているって書いてあるから仕方ないけど)
だけどせっかくなので転載した

最近ではこちらのブログで武士道という言葉を拝見した。


セオドア・ルーズベルト大統領と関係ないように思うかもしれないが、そんなことはない。
武士道はキリスト教(クリスチャン)にも影響を与えたものなのである。
大統領宣誓に書物を用いなかったセオドア・ルーズベルト大統領も新渡戸稲造の「武士道」という本に感化されたらしい。
キリスト教伝道者の内村鑑三のそれは結構有名である。
Wikipedia「武士道」によればケネディ大統領やボーイスカウト創立者も読んでいたそうだ。
セオドア・ルーズベルトが親日派から日本脅威論者へと変貌したのは、どちらも「武士道へのおそれ」が根底にあったからのような気がする。
武士道には、迎合する武士道と、迎合しない武士道があるのだ。


●テディベア

テディベアの発祥はセオドア・ルーズベルト大統領から。
「瀕死の熊を撃つのはスポーツマン精神にもとる」
すごくいい話である。
すごくいい話ではあるが、「ならば勢い盛んな熊ならば撃っていいのか?」という話にもなる。
動物愛護団体に見つかった日にゃ大変である。
動物愛護団体はどちらもダメダメなんだろうけれども、物事はそんなに簡単ではないと思う。

「働き盛りが死ぬのと、今にも死にそうな老人が死ぬのと、どっちがいい?」と訊かれたら、あなたは何と答えるだろうか?
少々言葉がキツイかもしれないので言い直してみよう。
「全ての人を救いたいのはやまやまですが、どうしても一人しか救えません。働き盛りと老人、どちらを救ったらよいでしょうか?」
先日あった踏切での老人救助事故も思い出す。


精神を基準にしたらどうだろうか。
瀕死の人は戦う気力がない。相手には戦う意思がない。
一方、相手も戦う気満々な人。
その両者を撃つことは同じかという問いである。
安楽死や自殺の問題にも通じる。

相手が熊(動物)だとさらにややこしい。
相手の気持ちが分からないからである。
人間と熊(動物)を同じ線上に乗せていいのかという問題もある。
スポーツとしての狩り、食べるため生きるための狩り、毛皮にするため生活のための狩り、これらは同一なんだろうか。
それをする人は同一ではないだろう。
では、生死の拠り所を何に求めるべきなんだろう。










by yumimi61 | 2013-10-15 15:24