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器官93

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右翼と左翼のイメージ

日の丸の描かれた街宣車で騒音をまき散らす怖い人達。
これが多くの人々が持つ右翼のイメージなのかもしれない。

いつだったか車を運転して交差点を右折したら、赤信号のはずの左手から右翼の街宣車が信号無視で直進してきて後ろに付かれたことがあった。
その時も街宣車からは大音量で音楽のようなものが流されていた。
私は道沿いの駐車場に一旦入り、街宣車に道を譲った。(ダメじゃん?)

企業には時折、「同和関係書籍を買ってくれないか」といった電話があるそうだ。
この本が非常にお高い。
断ると「そういう無関心な企業には街宣車を回しますよ」などと言うらしい。

その右翼が狂信的に崇めたてるのが天皇(皇室)でありイメージ的には真逆のような気もするが、交通法規に則らないという共通点はある。(もちろん方法は違うが)
つまり暴走族の憧れの的になりやすいのである。
現に、街宣車に乗れば政治活動として扱われ、「表現の自由」ということで検挙されないという動機により、集団走行をしていた暴走族から右翼に鞍替えした集団もあるそうだ。

こうした街宣車を乗り回すような右翼を「行動右翼」と言う。
元暴走族の動機は単純だが、一般的に思想の基盤になっているのは反共産主義革命である。
本来の右翼の思想とは先日こちらに書いたような民族主義が基盤にある。
こちらは「思想右翼」と呼んだりもする。
民族主義が基盤であったため、戦後のアメリカ追従主義を嫌い、「反米・反体制」に傾いた右翼もあった。
しかし共産主義革命を掲げる左翼もまた「反米・反体制」であった。
そのため日米安全保障条約を巡っての闘争では右翼は体制の支持に回ったと、先日リンクした動画で解説していた人がいた。

右翼の悪いイメージとは逆に、左翼は知的と見られていることが多い。
これはかつて左翼で活動していた人たちが、現在は知識人として活躍していることに影響しているだろうと思う。
かつて暴動やテロを繰り返したのは左翼であったのに今やすっかり忘れられている。
古いものは新しいものに敵わないということだろうか?


伝統的な社会秩序や価値を重要視し、社会的身分や地位の維持を支持するという右翼の特徴は、多くの日本人が普通に持つ感覚だと思う。
お盆やお彼岸に先祖の墓参りをし、家に仏壇を置く。
会社には社長や課長、係長がいて、学校には校長や教頭、主任の教師がいる。
大学ならば学長に教授、病院ならば院長に看護師長、家庭ならば祖父母にお父さんお母さん。
スポーツチームにはオーナがいて、監督やコーチがいる。
そうした社会で多くの人が日々生活している。
ましてや生まれ育った場所に愛着を持つのは少しも不思議なことではないだろう。

インターネットが発達してからは、ネトウヨ(ネット右翼)という言葉が流行り、右翼や保守的な発言をすると「ネトウヨ」と嘲笑されたりもするが、こうした当たり前の感覚を何でもかんでも否定する風潮はおかしい。
在日問題に絡んで確かに極端な発言をする人もいるけれども、極端な発言は左翼にも見られるものである。
しかし右翼と左翼は同等に扱われない。
社会の右傾化と左傾化を比べれば圧倒的に左傾化しており、低俗な右翼と高等な左翼といったバイアスがかかっている。
それを後押ししているのが「グローバル」である。
それともサラリーマンが嫌いな自由業の人か?

革命も革新もいいけれど、人はいつまでも若くない。必ず老いて過去になる日がくるのだ。
右翼思想を捨てるということは、自分もいつか無になる日が来るということなのである。「姥捨て」である。
何故それが分からないのであろう。
超法規的に目立つことが好きな人達はいつでも自分だけは特別だと思っているからだろうか?
それはつまり著作権?それとも長く続く皇室?



右翼を利用する左寄りな人達 ~共産主義と法治国家~

国民のほとんどは右翼にも左翼にも無関係で、特別な思想は持っていない。
だから日本人が持つごく当たり前に持つ感情や感覚を「右翼思想」と呼ぶことにも馴染まないのかもしれない。
一方、思想がないため流されやすいとも言えるから、いつ共産主義になってもおかしくない状態である。

右翼も左翼も端にいる人達は共産主義を目指していると言われる。
極端な右翼が目指すのは天皇をトップにした共産化で、極端な左翼が目指すのは天皇や国王など昔からの君主を排除した共産化。
ただ最近は右翼左翼の境界線は曖昧である。

共産化というのはすなわち、「法治国家」「法治主義」の否定でもある。
「法治」の反対は「徳治」。
法で民衆を縛るのではなく、縄で縛る徳で縛る。
綺麗に言い換えれば、徳によって治めようということである。
統治者は徳のある人であるべきで、徳のある統治者であれば法治国家や法治主義を否定できるのである。
もしくは、法によって決められた範囲を超えて権力を行使することできるということ。超法規的。
むろん、統治する側もされる側も徳が高く、見えざる手によって犯罪が抑制出来ればそれに越したことはないけれども。

オウム真理教による犯罪を「法治国家への挑戦だ」と言っていた人もいたが、犯罪者への表現としては適切ではない。
法治国家では、犯罪者は法で裁けばいいのだから。
法治国家への挑戦が可能なのは法治側にいる人間である。
法を逸脱した捜査や逮捕であるならば、「法治国家への挑戦」と言えるかもしれない。
法で裁かれない者が犯罪を犯せば、それも「法治国家への挑戦」となるだろう。


現在の右翼団体というのは、暴力団や在日韓国朝鮮人に関係するものが多いそうだ。(右翼の正体
保守派のイメージダウンのためにわざと迷惑行為を繰り返すらしい。
また、右翼団体のイメージダウンのために、左翼側の人(もしくは左翼に依頼された人)がそうした団体に紛れ込むというケースもありそうな気がする。
それから身分や立場などを偽装して、わざと喧嘩を焚き付け、煽る人達もいそう。
韓国に関連する騒動は特に注意しなければならないと思う。

余談だけど、2012年12月の北朝鮮の人工衛星打ち上げの時、オバマ大統領は若干フライング気味ではなかった?気のせい?
日本と違って情報は早いんだよ?



アメリカを利用する左寄りな人達

世界一自分勝手な国、アメリカ。
これが世界に漂うアメリカへの心情や評価。
大国や戦勝国であることへのやっかみも含まれているだろうけれども、同時に、アメリカ内部にも負い目としてある感情でもある。


日本で言えば、戦争やテロ、核の問題などに関してはアメリカはいつも悪者である。
アメリカを非難し、アメリカへの追従を嫌う。
反面、劇場型の政治、アップル社に代表されるような革新的企業、英語やITを軸としたグローバル化などは非常に評価が高い。
しかしこの場合も、アメリカという国を礼賛するのではなく、劇場型政治を支える個人や民衆への評価であり、一業種・一企業・一職種・一経営者への評価が軸となっている。
またこれも際立った特徴なのだが、アメリカを直接持ち上げるというより、日本を下げる(蔑む)ことによって結果的にアメリカが上になっている。
アメリカ賞賛には必ず日本との比較があり、結論は「こんな日本では」「このままでは日本は」というような嘆きの文章となる。

インターネットで<日本 企業 アップル>で検索すると下記のような見出しがずらりと並ぶ。
「名だたる企業がアップルのカモに」
「アップルの植民地化する日本メーカー」
「日本からは何故アップルのような企業が生まれないのか?」
「アップルやグーグルどころか、もはやサムスンにも勝てない」
「アップルやグーグルには追いつくのは不可能」
「ジョブズも言ってた、日本メーカーがアップルな負けっぱなしの理由」
「なぜ日本の企業はアップルにもサムスンにもなれなかったの?」
「アップル、日本が思わぬ金鉱に」
「アップル、増収維持は日本のおかげ」
「何故日本はアップルのように市場を席巻出来ないのか?」(Q&A)


<日本 企業 グーグル>でも検索。
アップルほどでないが、下記のような見出しが上位にある。
「なぜ日本企業はアップルやGoogleに負け、サムスンにすら負けてしまうの?」
「日本のネット企業が束になってもGoogle先生にまったく歯が立たない件」
「企業ブランド調査はグーグルが2連覇」
「アップルやグーグルが何故成長したのか?」
「日本のネット企業がアマゾンやグーグルに絶対追いつけない理由」
「日本にもグーグルのようなテクノロジー企業が必要」
「日本企業よ、グーグルの先を走れ」
「日本でグーグルのような世界的企業がなかなか出ないのはなぜ?」(Q&A)


ところがこれが<日本 企業 マイクロソフト>になるとがらりと様相は変わり、上位に並ぶのは企業案内であったり、業務のお知らせなどである。
上記のような見出し記事はない。
かろうじてQ&Aに下記のような質問があるくらい。
「日本からマイクロソフトやグーグルの様な企業が生まれることはありえませんか?」(Q&A)
「日本にはなぜマイクロソフトやアップルみたいにIT企業がないのですか?」(Q&A)



つまり日本で語られるアメリカ、特にインターネットの中のアメリカは、非常に偏ったものである。
スティーブ・ジョブズが亡くなった後はだいぶその傾向は弱まったが、一頃は「アメリカ」=「アップル」=「ジョブズ」と言っても過言ではない経済論が語られていた。
もう少し大きな括りにすれば「アメリカ」=「IT」といったところだろうか。


外資系企業への必要以上な評価や憧れ、コンプレックスについてはこちらに書いたが、そうした意味でITと双璧をなすのが投資会社である。
この両翼によって現代は市場原理が上手く働かなくなっているのだ。









by yumimi61 | 2013-11-19 14:15