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やがてそこに。


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器官104

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1つ前の写真の歩道橋、あの歩道橋は歩行者用ではありません。
自動車用の歩道橋です。(えええっーそんな馬鹿な?)
しかもスバル専門歩道橋。
これで分かったでしょうか?
あの歩道橋の上り口は富士重工の工場敷地内にあります。
一般道路の上を走行してどこに行くかと言えば、道反対の富士重工敷地(駐車場など)に行きます。

一般道に一企業が歩道橋を架けることが良いことなのか悪いことなのか私にはわかりません。
紛らわしいのは青△の標識です。
横断歩道ありという意味ですが、歩道橋中央付近に設置してあるように見えるので、一瞬「えっ?」と思います。
「歩道橋ありの標識だったっけ?」というように混乱もします。
横断歩道は歩道橋の下に実際にあり、中学校がすぐ近くにあります。信号はありません。
あの標識は道路端にすっと立っているのではなく、わざと道路中央付近に伸ばしてあるのです。
運転者が自動車歩道橋を歩行者歩道橋と勘違いし、横断歩道を渡る人に気付かないのを防ぐためなのかもしれませんが、如何せん分かり難い。夜間は特に。

写真の自動車用歩道橋から200mくらいしか離れていない場所(交差点)には「くまの歩道橋」があります。







偉いのはどっち!?

先日リンクしたヤフー知恵袋(ヨセフとマリアの妊娠結婚について)の関連記事というところに、このような質問があった。
―自分の子ではない子を身ごもっているマリアと結婚し養父として育てたヨゼフの方がマリアよりもずっと偉いのはでは?―というもの。

以前こちらこちらに書いたが、カトリックはマリアやヨセフを崇拝する。(人気度から言えば女性であるマリアの方が高い)
一方、プロテスタントは人間であるヨセフはもとより、イエスを産んだマリアも特別視していないし、マリア像やイエス像など偶像崇拝も禁止している。
大事なのは個人ではなく教え(聖書、言葉)だという考えなのである。

聖書には旧約聖書と新約聖書があって、この2つにも違いがある。
旧約聖書はイエス・キリストの生まれる以前のこと。古代イスラエルの歴史物語である。
イスラエル国家を設立したユダヤ人たちは、旧約聖書の物語が自らの民族の歴史であると考えている(はず)。
新約聖書はイエス・キリストの誕生からが記されており、十字架による罪の赦し、死、復活などが描かれている。

カトリックもプロテスタントもキリスト教である。キリスト教には他にも様々な教派や宗派がある。
信徒数ではキリスト教が世界最大の宗教。キリスト教派で信徒が一番多いのはカトリック。
アイルランドとではカトリックとプロテスタントが対立し国を分けてしまったことはこちらに書いた
教派や宗派が違うだけで別宗教かというくらいの対立が発生する。
アイルランドだけでなくかつては宗教難民(移民)が沢山いたのである。
それからユダヤ教やイスラム教、これはキリスト教と大元は同じ。同じだけど違いも沢山ある。
この3つの宗教もなかなか相容れない。(大元が一神教を謳っているから)
イスラエルに外部との対立と内部での対立があるように(どこの国にもあるだろうけれども)、宗教にも内部対立と外部対立がある。

このことを知らない(分かっていない)人が非常に多いような気がする。(最近の状況が分かり難さを生んでもいる)
日本はキリスト教国ではないから仕方ない面もある。
むしろキリスト教国ではないわりには聖書の内容などよく知っている方ではないかと思う。
キリスト教国の人達の宗教の背景の理解度ってどれくらいのものなんだろう?
1つの教派や価値観の中で育った大人と情報過多やグローバル時代を生きる子供達には理解や信仰心に違いはないのだろうか?



「宗教」からかけ離れた偶像崇拝

以前『偶像』に書いたことだが再び繰り返す。
主だった宗教はその成り立ちにおいて偶像崇拝を禁止している。
ユダヤ教、イスラム教、キリスト教、そして仏教も偶像崇拝を否定した宗教だった。

簡単に言えば「物や神や人を崇拝してはいけない」ということである。
ヤハウェもアッラーもアブラハムもイエスもマリアもマホメットもブッタもローマ教皇も天皇も国王も女王も大統領も、誰であっても特定の神や人、それを象った像を崇めるなというのが宗教である。
大事なのは教えであり精神なのだ。(昔の人は立派だったわね~)(言うくらい誰だって出来るんだよ?)
これがほとんど守られていない。人間は大きな間違いを犯してきた。
宗教(神や預言者、長老)が目指したものが全く無視されている。
異常なほどの崇拝を生理的に受け付けず嫌悪するという人が少なからずいると思うが、それを負い目に感じることはない。
それはその人の善の影であると思う。
権力者が権力者を讃えるのはそこに自分を投影するからである。

アメリカあたりのテレビの偽善報道っぷりが凄すぎて見ていて気持ち悪くなる。
自分たちがアフリカ黒人にメチャクチャなことをした歴史があるからこそ今必死に人権人権言って建前的に善人ぶるのが丸見え。


プロテスタントは宗教の間違った方向性に気付いた人達が興したのだと思う。
「宗教」に忠実であれということになる。
着眼点の素晴らしいプロテスタント。
アメリカの主流はプロテスタントだった。
ところがどこでどう間違えたのか、アメリカは宗教者以外の人物を崇拝者に祀り上げるのが常となってしまった。
これは宗教者よりももっと曲者となる。
何故かと言うと誰でも崇拝される者、いわば神のような者になれるチャンスがあるから。
自分にもチャンスがあると思うので、世論はノーが多数派になりにくい。
しかしそんなアメリカの宗教事情に異変が起きているという。
プロテスタントが減少しているというのだ。
つまりそれは、現状が間違っていることを察し、嘘や偽善が見えてしまう人が増えてきたということではないだろうか?
チャンスがあると言いながらチャンスなどない世に幻滅し、また祀り上げられた人の中には「私は神じゃない」と拒否反応を起こす人もいて、それこそ神に救いを求め出したのかもしれない。



「ヨセフか、それともマリアか」の回答

偉いのはどっち?の回答を出しておこう。

大人がしそうなありがちな回答は「両方とも偉い」だろうか?
妥当な回答で間違ってはいないけれど質問者の疑問や要求や好奇心に応えるものではない。

「マリアとヨセフは比較するものではない」と言う人もいる?
じゃあ訊くけど、「どうしてパンとご飯でディベートさせるわけ?」
「どうして理系と文系どちらかを選ばせるの?」
「どうして私達の成績を評価したり順番付けたりするの?」
「どうしてお金を持っていると偉くなれるの?」
普段比較の世界で生きているのだからそんな時ばかり逃げても納得するわけないのである。

「子供を生み育てることに'偉い'という形容は適切ではない」と解説する人もいるかもしれない。
「そうだよなぁヨセフのほうが偉い」と同調する人も沢山いそう。

私の回答はというと、「どちらかを選ぶならば・・・マリアが偉い」で~す☆
何故かと言うと、妊娠出産は命がけだから。



妊産婦死亡

医療が発達し、経済発展を遂げ、保険や社会保障の制度が充実している現代の先進国では実感しにくいことかもしれないけれど、それでも「出産は命がけ」という言葉を一度くらい耳にしたことがあるのではないだろうか。

妊娠中及び産後の一定期間(現代では42日未満)に母親が亡くなることを妊産婦死亡と言う。
妊産婦10万人中の死亡者数を妊産婦死亡率として保健や医療水準の指標としている。

日本で妊産婦死亡率の統計が最初に取られたのは1899年。
●日本の推移
1899年―妊産婦10万人中409.8人死亡
1947年―妊産婦10万人中160.1人死亡
1963年―妊産婦10万人中92.7人死亡・・・・初めて100人を下回る
1970年―妊産婦10万人中48.7人死亡・・・初めて50人を下回る
1990年―妊産婦10万人中8.2人死亡・・・初めて10人を下回る
2010年―妊産婦10万人中4.1人死亡
2011年―妊産婦10万人中3.8人死亡・・・妊産婦死亡総数は41人、この年の出生数はおよそ105万人。

参考)日本における肺がんでの死亡率は人口10万人中80人、胃がんは人口10万人中55人である。


●世界の比較(2010年)
アフリカ―妊産婦10万人中480人死亡
中東―妊産婦10万人中250人死亡
東南アジア―妊産婦10万人中200人死亡
アメリカ―妊産婦10万人中63人死亡
西大西洋*―妊産婦10万人中49人死亡
ヨーロッパ―妊産婦10万人中20人死亡

*日本はここに含まれる。中国、香港、韓国、日本、オーストラリア、ニュージーランド、カンボジア、ベトナム、モンゴル、フィリピンなどが該当する。
タイ、インドネシア、ミャンマー、北朝鮮などは東南アジアに含まれる。


●近年(1990〜2010)妊産婦死亡率の高い国(上位5か国)
チャド―妊産婦10万人中1100人死亡
ソマリア―妊産婦10万人中1000人死亡
中央アフリカ共和国―妊産婦10万人中890人死亡
シエラレオネ―妊産婦10万人中890人死亡
ブルンジ―妊産婦10万人中800人死亡

国名を聞いたことすらないという人も大勢いると思う。すべてアフリカの国である。


●近年の出生数比較・・・・・・人口順位は上位20位以内の国だけ記載
中国―1615万人(2009年)・・・出生数世界1位・・・人口世界1位
アメリカ―425万人(2008年)・・・出生数世界2位・・・人口世界3位
ロシア―169万人(2010年)・・・出生数世界8位・・・人口世界9位
フィリピン―169万人(2005年)・・・出生数世界9位・・・人口世界12位
イラン―130万人(2008年)・・・出生数世界11位・・・人口世界17位
日本―107万人(2010年)・・・出生数世界13位・・・人口世界10位
南アフリカ―94万人(2009年)・・・出生数世界14位
イラク―90万人(2006年)・・・出生数世界15位
フランス―80万人(2010年)・・・出生数世界18位
イギリス―78万人(2010年)・・・出生数世界19位
ケニア―69万人(2010年)・・・出生数世界22位
ドイツ―68万人(2010年)・・・出生数世界24位・・・人口世界16位
イタリア―56万人(2010年)・・・出生数世界27位
韓国―44万人(2009年)・・・出生数世界34位
北朝鮮―35万人(2008年)・・・出生数世界40位
イスラエル―17万人(2010年)・・・出生数世界47位
スウェーデン―12万人(2010年)・・・出生数世界54位
スイス―8万人(2010年)・・・出生数世界60位
アイルランド―7万人(2010年)・・・出生数世界63位
ノルウェー―6万人(2010年)・・・出生数世界70位


出生数ランキング詳細はこちらを参照
アフリカと聞けばどこの国でも子沢山で人口が多そうなイメージがあるが、そんなことはない。
人口トップ10に入るのはナイジェリアのみ。
出生数トップ10に入るのはエチオピアのみ。
「アメリカ合衆国」のように「アフリカ合衆国」という国があるわけではない。一緒くたにするなと言いたい。

インドやインドネシア、アフリカの妊産婦死亡が高い国々では出生数の統計が取れていない。
前に述べたが世界人口も半数近くは推測値であり、統計が取れている国においてもその精度(信頼度)は大きな差があると考えられる。
ここで1つ大きな問題点が浮き上がる。
人口や出生数の統計すらないのに、どうして妊産婦死亡率が出せたのかということである。
新生児や乳幼児の死亡についても同様のことが言える。
国勢調査などが行われておらず、且つ医療機関が充実していない国々は、実態の把握は難しいはず。
統計がないのであれば人口と同じく推定値に過ぎない。

軽く推計と言って、あとはさももっともらしく語っているが、出生数が下がれば妊産婦死亡者数が下がるのも当然のこと。
アフリカの妊産婦の健康に対する投資の効果」でお金儲けの算段をしたようだけれど、「まずは統計が取れるような国づくりをして下さいね」と黒人指導者に言うべきだと思う。



命がけの意味

はっきり言ってしまえば、日本のような国では妊娠出産はもはや命がけではない。(死亡者は0.004%)
最高に多い国(推定値)でも、10万人中1100人の死亡であるから、10万人中98900人は死なないのである。(死亡者は1%)
0.004%と1%を比べれば1%はかなり多い。
しかし最高でも1%しか亡くならない妊娠出産を等しく「命がけ」と言ってよいものかどうかは悩むところだ。

妊娠出産には年齢も大きく絡んでいる。低年齢や高年齢であれば、それだけリスクは増す。
日本において妊産婦の死亡原因のトップは妊娠中毒症(妊娠高血圧症候群)で高齢出産に多い。
見た目がどんなに若くても妊娠能力があっても40歳以上の妊娠出産は十分に高齢と言わざるを得ない。
低年齢(10代)の妊娠出産は子宮や骨盤が未熟であるため負担が大きくなる。
途上国では適齢期外で妊娠出産する人も多いと言われている。従ってその分だけ死亡者数も上がる。 
逆に考えれば、適齢期に産めば医療が発展していなくとも多くの人は命を落とすことなく出産可能ということである。

日本の10代の出産率は世界最低ランク。

10代の妊娠率が多い国
1位アメリカ―10代女性人口1000人中52.1人が妊娠
2位イギリス―10代女性人口1000人中30.8人が妊娠
3位ニュージーランド―10代女性人口1000人中29.8人が妊娠
4位スロバキア―10代女性人口1000人中26.9人が妊娠
5位ハンガリー―10代女性人口1000人中26.5人が妊娠
6位アイスランド―10代女性人口1000人中24.7人が妊娠
7位ポルトガル―10代女性人口1000人中21.2人が妊娠
8位カナダ―10代女性人口1000人中20.2人が妊娠
9位ポーランド―10代女性人口1000人中18.7人が妊娠
9位アイルランド―10代女性人口1000人中18.7人が妊娠

出産率(15~19歳の女性1000人あたりの出生数)はこちらを参照
順位は結構違う。妊娠トップのアメリカは出生数ではランクインしていない。
統計の不備なのか調査機関の差異なのか予想家の違いか、それとも妊娠率と出産率(出生数)の順位の違いに意味を持たせていいものなのか不明。


彼の悲痛な叫びをぜひとも聞いてあげてほしい。
回答を読んで意気消沈した彼が思い浮かぶが、負い目に感じる必要はない。
出産は命がけではありません。
(マリアが偉いのは妊娠出産が命がけだからと言ったのに話が違うじゃないか?)
数値的には命がけではない。
命がけというのは言葉の綾である。





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by yumimi61 | 2013-12-10 14:15