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甍(いらか)三十四

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オリンピックと環境

2009年10月2日、デンマークのコペンハーゲンにて3つの都市が散った。
まずシカゴ(アメリカ)、次に東京(日本)、そしてマドリード(スペイン)。
7年後の2016年夏季オリンピックの開催地に決定したのはブラジルのリオデジャネイロだった。

オリンピックの分岐点は1984年のロサンゼルス(アメリカ)オリンピックにあった。
社会の近代化や国際化に伴ってオリンピック参加国や種目が増え、大会が巨大化していけばいくほど開催国の負担は増し、政治的にも利用されるようになった。
1970年~1980年代のオリンピックはお世辞にも「平和の祭典」と言えるものではなかった。
先進国の都市は戦前戦後のような未熟さはなく、すでにある程度開発されている一方で、先進国と途上国との差は著しいものがあった。
本来であれば未熟な国が開催地となり発展の起爆剤にすべきなのだが、費用においても運営面においても現実的ではなくなっていた。
先進国でさえ赤字覚悟で臨まなければならないため国民の理解が得にくいという状況である。
この頃の立候補都市はやっとこさっとこ1、2か国という状態が続いていた。
そんなオリンピックが様変わりしたのが1984年だった。
こちらにも少々書いたが、これには電通も関わっている。
鍵となったのはスポンサーの存在である。
以降オリンピックは商業的な道を直走ることになる。

幾つかの都市から1つを選び出すとすれば、それなりの理由が必要である。
巨大なマネーが動くのである。はないちもんめじゃあるまいし、「あの子が好きだから」という子供のような理由は表向き許されない。
オリンピックを日本の東京で開催するのであれば大義名分が必要。
開催立候補地は審査員にその大義名分を提供しなければならない。

2009年のオリンピック招致活動で東京が開催理念として前面に打ち出したのは「環境」であった。
時の総理は、自民党・麻生太郎。そして、民主党・鳩山由紀夫。
東京都知事は石原慎太郎。
東京招致に関しての国会決議は賛成多数で可決され、国からの財政援助も約束された。
ところで国費を使うならば都市開催はおかしいのではないだろうか。日本オリンピックでいいではないか?それでは何か不都合でも?


2009年10月1日~9日で開催された国際オリンピック委員会(IOC)総会に先立ち、2009年9月22日ニューヨークの国連本部にて国連気候変動サミットが開催された。
この国際会議に出席した鳩山総理は、2020年までに温暖化ガスを1990年比で25%削減すると表明した。
同時に地球温暖化防止のために途上国を支援する枠組みも提唱した。
日本などの先進国が官民レベルで追加的に途上国に資金拠出するというものである。
鳩山イニシアチブと呼ばれる構想である。
2009年12月には10月のIOC総会と同じくコペンハーゲンにて第15回気候変動枠組条約締約国会議(COP15)が開催される運びとなっていた。
温室効果ガス排出規制に関する国際的な合意形成がな目的で、同時開催の第5回京都議定書締約国会合(COP/MOP5)と合わせてコペンハーゲン国連気候変動会議と呼ばれる。

日本の根回しは着々と進んでいた。
IOC総会直前に鳩山イニシアチブで世界の注目を集め、その鳩山総理がコペンハーゲンに乗り込む。
華々しく世界をリードした先進国の首脳が参加するのである。申し訳ないがどの国のどんな著名人も及ばない。
完璧なストーリーのはずだった。
鳩山総理はコペンハーゲンからの帰路、機内にて落選の報を聞いたという。
「IOCは国連ではない」、IOC委員には環境PRが受け入れられなかったのである。

鳩山総理はもともとオリンピック招致反対派であったという。
賛成に転じたのは2009年8月頃。政権交代が見えてきたからだ。
鳩山総理の就任期間は2009年9月16日~2010年6月8日。
自民党・麻生総理からのバトンタッチ。
阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件当時の社会党・村山総理以来の自民党外総理大臣が誕生した。 
お分かりだろうか?国連気候変動サミットでの演説や鳩山イニシアチブは総理大臣就任直後のことなのである。
たった一人の判断や構想であるわけがない。
国際的な手続きがそんなに短期間に進むわけがないのだ。
裏取引を含め、全て筋書きがあったのである。



金づる、ずるずる、保険金詐欺!?←こういうこと書くから格調がなくなるんだろうなぁ。

2009年9月15日(鳩山総理就任前日)、第64回国連総会がニューヨークの国連本部で開会した。
各国首脳や閣僚による演説が通例となっている年次一般討論は、2009年9月23日~30日にかけて行われた。
就任したばかりの鳩山総理が温暖化ガス削減を表明する演説を行った国連気候変動サミットも、この国連総会に付随するものである。
国連事務総長が招集して開催された会議である(9月22日)。

実は国際オリンピック委員会(IOC)はこの年の国連総会にて、国際連合総会オブザーバーに承認されている。
国連総会に参加できる国は国連に加盟した国々であるが、例外的にオブザーバーとして参加できる国(地域)と団体がある。
総会での投票権こそないが、その他は加盟国と同様の扱いで(むしろ厚遇)、発言権を持ち陳情書の提出なども許されている。
国連という組織が非常に偏った組織であることはこのことからもよく分かるのである。
特定の政府間組織(EUもしくは英連邦、等)、非政府組織(国際海底管理局、等)、正式に認定されていないが確かな主権を有する実体(パレスチナ自治政府、聖ヨハネ騎士団)は、ニューヨークの国際連合ビルに恒常的なオフィスを持つことが確定されている。国際連合総会で保障されたので、除名がなされない限りでは彼らの恒常性は保障される。
赤十字国際委員会もこれに含まれる。
各団体の詳細はこちらをご覧いただきたい

国連と無関係なはずのIOCが国連オブザーバーとして認められたその月に、日本の首脳が温暖化ガス削減と途上国への資金拠出を表明した。
そしてその翌月に開催されたIOC総会でのオリンピック開催地選考(投票)にて、日本・東京はアメリカ・シカゴとともに落選したのである。
つまり、IOC総会の開催地選考投票のあった2009年10月2日には、「IOCは国連オブザーバー」であったのだ。ありゃりゃりゃ。


オリンピックのルーツ

ここで国際オリンピックの歴代会長を見てみよう。
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初代:ディミトリオス・ヴィケラス(ギリシャ)・・2年間
2:ピエール・ド・クーベルタン男爵(フランス)・・29年間
3:アンリ・ド・バイエ=ラトゥール伯爵(ベルギー)・・ 17年間
4 :ジークフリード・エドストレーム(スウェーデン)・・10年間
5:エイベリー・ブランデージ(アメリカ)・・20年間
6:マイケル・モリス・キラニン男爵(アイルランド)・・8年間
7:フアン・アントニオ・サマランチ侯爵(スペイン)・・21年間
8:ジャック・ロゲ伯爵(ベルギー)・・12年間
9:トーマス・バッハ(ドイツ)・・ 2013年より現職
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5代目のアメリカを除き全てヨーロッパ勢で占められている。
しかも爵位(貴族の血統による世襲または国家功労者への恩賞に基づき授与される栄誉称号のこと)付きの方が多い。
そうもそう、スポーツというのはもともと金持ちの道楽であった。
上記の歴代会長の爵位は家柄由来の人もあれば、後の功績が認められ授与された人もいるようだ。
今なお貴族社会や階級社会を色濃く残すヨーロッパならではということだろうか。
爵位は国によって若干違うが、王・公・侯・伯・子・男という序列になる。
現代の日本で男爵と言えば「男爵イモ」が一番有名だと思うが、これも日本のとある男爵が欧州の品種であったジャガイモを普及させたことによるらしい。
爵位序列の中では男爵はそれほど上ではないということになり、功績が認められた実業家などが多くなってくる。
日本の細菌学の祖で、北里大学や慶應義塾大学医学部の創立者でもある北里柴三郎も晩年に男爵を授与されている。

近代オリンピックは1896年のアテネ(ギリシャ)オリンピックから始まった。
フランスのとある男爵が「オリュンピアの祭典」に感銘を受けて近代オリンピックを提唱したである。
「オリュンピアの祭典」の大元を辿ればギリシア神話に行き着く。
世界各国どんな国でも「祭」の由来は神事であることが多い。
古代オリンピックというのはローマ神の祭典だったのだ。西暦400年に満たない時代の話である。
フランス人が提唱したのであるからして最初の式典はフランスで開催予定であった。
それに反対して「絶対アテネでやるべきだ!」と主張したのが初代会長となった人物である。
先に完成していた当時のIOC憲章には次回開催地の国の人物から会長を選任するとの記載があった。
アテネ開催ならばギリシャから会長選出。そして目出度くギリシャ出身のヴィケラスが初代会長となったわけである。
この方は確かにギリシャ出身なのだが、青年期からはロンドン(イギリス)で暮らしていた。
6代目のキラニン男爵もアイルランドとあるが生まれも育ちもロンドン(イギリス)である。

唯一ヨーロッパではない5代目(1952~1972年)のアメリカ人は、反ユダヤ・親ナチス主義者として有名な人物であった。
ええええっ―それはおかしいでしょ?



by yumimi61 | 2014-05-20 14:24