人気ブログランキング |

by and by yumimi61.exblog.jp

カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

甍(いらか)百五十一

e0126350_17201823.jpg


e0126350_17184294.jpg





権力と命

御嶽山の噴火で自衛隊が出動した。国内における災害派遣になるだろう。
8月に発生した広島の土石流災害の時に、休暇中だった安倍総理が「被害報告後もゴルフをし、別荘にとんぼ返り」と一部批判されたからか、今回の噴火ではすぐさま政府は動いて見せた。
噴火発生は9月27日の12時頃だったわけだが、安倍総理が外遊先のニューヨークから帰国したのは27日午後。
その日の夕方に安倍総理は「自衛隊派遣を指示した」と記者団に述べた。(政府が自衛隊派遣
これにも一部からは「外遊ばかりしているくせに総理がいないと臨時閣議も開けないのか!」という批判があったようだが、それはともかくとして、私は今回の噴火に関する自衛隊報道についてこの時点から少しずつ違和感を感じ始めた。

何故かといえば、自衛隊の災害派遣には総理大臣の指示は必要ないからだ。
災害場所が海外ならばまた話は違うだろうけれども、国内の場合は都道府県知事などから要請があれば自衛隊幹部の判断や号令によって部隊を出動させることが出来るからだ。(要請前の自衛隊独自判断でも可能)
軍隊ではなくて自衛隊であるがゆえに、戦争や紛争、暴動制圧に出向く場合の判断は法律上規制もあるだろう。
しかし災害では一刻を争うという性質上、法律の縛りが緩く、出動命を下せる権限者が広くなっている。
また戦後自衛隊は「自衛隊」という名で救難という使命を担ってきた歴史がある。
総理大臣が自衛隊派遣指示を全面に押し出す場面ではなかったはずだ。

現に自衛隊は長野県知事からの要請を受けて当日午後に出動していた。


目撃者はいないのか?

出動記録は防衛省・自衛隊に記載されている。

【9月27日(土)】 
11時52~53分頃 長野県と岐阜県県境に位置する御嶽山噴火

14時31分 長野県知事から陸上自衛隊第13普通科連隊長に対して災害派遣要請。

15時14分 第12ヘリコプター隊のUH-60×1機が離陸。以降、情報収集活動実施。

15時25分 第13普通科連隊のFAST- Force(人員約40名、車両約5両)が松本駐屯地を出発。以降、救助活動の準備。

15時26分 第12ヘリコプター隊のOH-6×1機が離陸。以降、情報収集活動実施。

15時52分 第12偵察隊(人員約20名、車両約10両)が相馬原駐屯地出発。以降、救助活動の準備。

15時55分 東部方面航空隊のUH-1×1機(映像伝送機)が離陸。以降、情報収集活動実施。

17時40分 第13普通科連隊の捜索部隊(人員約30名、車両約15両)が登山道黒沢口へ向け出発。以降、救助活動の準備。

21時20分 第13普通科連隊の捜索部隊(人員約90名、車両約20両)が登山道田の原口へ向け出発。

23時15分 第2普通科連隊(人員約80名、車両約20両)が松本駐屯地到着。

◯ 第12ヘリコプター隊のOH-6×1基、UH-60×2基、CH-47×1機が松本駐屯地で待機。



御嶽山特集記事内に掲載した毎日新聞がヘリコプターから撮った写真では、同日15時17分には頂上の神社敷地内に複数人が立っているのが確認できる。
噴煙や石が飛んでいるといった様子はすでに見てとれない。
目視的には救助に入れそうな状況だが、問題となるのは有毒ガスと再噴火の可能性であろう。
当日の写真の存在は当初知らなかったので、私も頂上付近には無防備な人が入れるような状況ではないのだと思っていた。

噴火翌日28日の政府と救助の動きはこちらの「建物内に入れば死ななかった」に書いた通り。
今度は有毒ガスにより救助捜索隊も撤退する以外になく早々に下山したと大々的に報じられた。
しかし剣ヶ峰山荘の管理人は頂上神社まで見に行ったと語っていることからも人が屋外に出ても大丈夫な状態であった(大丈夫な時間帯や場所があった)と推測できる。
28日には何十人という心肺停止者が頂上付近で発見されたと報じられたが、写真でそれを確認することは出来ない。
御嶽頂上山荘や剣ヶ峰山荘、王滝口頂上山荘の管理人などは噴火直後にどのように判断してどんな行動していたのだろうか。
管理人を含め直後に生存していた人達はその日のうちに、もっと言えば自衛隊や報道機関のヘリコプターが山頂付近に到着したと思われる当日15時前に下山を始めていたのだろうか。
またもっと早くに到着していたヘリコプターはいないのだろうか。
これが非常に重要ではないだろうか?
メディアに登場した山荘は何故か噴火口からはやや離れる二ノ池本館やもっと離れる五ノ池小屋だった。
北側の登山ルートにある山荘だが、生存者は頂上からこちらの山荘にみな移動したということなんだろうか?


松本界隈

御嶽山の噴火でちょっと名を売ったのが自衛隊の松本駐屯地(第13普通科連隊)であった。
「松本駐屯地には特別に山岳訓練を受けた山岳レンジャーがいる」ということが伝播した。
松本というのはそう、松本サリン事件が発生したあの松本と同じ地である。
有毒ガスに松本という組み合わせ、まったくどんな因果があるのやら。
山岳レンジャーの最初の出所はこのあたりのやり取りだったのだろうか

下の地図(上段)は以前事件のことを書いた時に作成したもの。

付け足しが出来ないので新たに駐屯地や山などをマッピング。

地図表記に釣られて相場ヶ原駐屯地と書いてしまいましたが「相馬原(相馬ヶ原)駐屯地」です。
ズームすると若干場所も下にずれているみたいです(汗)


東部方面玉突き

第13普通科連隊(JGSDF 13th Infantry Regiment(Light))は、長野県の松本駐屯地に駐屯する、陸上自衛隊第12旅団隷下の普通科連隊(軽)である。

隷下という言葉は漢字的に奴隷を連想する人もいそうだが、配下ということになる。
第13普通科連隊(松本駐屯地所在)は、陸上自衛隊第12旅団の下部組織なのだ。

現在、陸上自衛隊の編制チームには師団と旅団という名称が付いている。
師団のほうが大きく(7000人規模)、旅団のほうが小さい(3000~4000人規模)。
日本を5つの地域に分けて(北部方面隊・東北方面隊・東部方面隊・中部方面隊・西部方面隊)、その中にそれぞれ師団と旅団を設置している。
この他に特殊部隊が所属している中央即応集団がある。
第一空挺団はかつて東部方面隊に属していたが、2007年からは中央即応集団に移ったようだ。

東部方面というのは関東・甲信越地方に静岡県が含まれている。
その昔、三島由紀夫が騒ぎを起こしたのが東部方面総監部を有していた市ヶ谷駐屯地であった。
1994年に防衛庁移転計画に伴い東部方面総監部は市ヶ谷から朝霞駐屯地に移転した。
2000年に六本木(赤坂)にあった防衛庁はその市ヶ谷に移転して、2007年防衛庁跡地に東京ミッドタウンが開業した。
古くにはそこは、歩兵第1連隊(頭号連隊)、歩兵第3連隊(麻布三連隊)の駐屯地でもあった。
都心の一等地の富裕層屯地には野暮な国防組織は似合わないということか。


東部方面隊の直接部門―第1師団・第12旅団

【第1師団】
東京・神奈川・埼玉・静岡・山梨・千葉・茨城の防衛警備や災害派遣を任務としている。(富士は日本一の山ということで師団章には富士山が描かれている)

駐屯地は、練馬(東京都練馬区)・大宮(埼玉県さいたま市)・板妻(静岡県御殿場市)・北富士(山梨県南都留郡忍野村)・駒門(静岡県御殿場市)・朝霞(東京都練馬区・埼玉県朝霞市などにまたがる)・立川(東京都立川市)である。
普通科連隊は練馬・大宮・板妻に所在する。

第3師団(滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山担当)とともに政経中枢師団(日本の政治経済の中枢を防衛する部隊)だそうである。
「静岡や山梨って首都圏なの?」「政治経済の中枢なの?」「どちらかと言えば12旅団に入ったほうがいいんじゃないの?」とお思いでしょうか?私もそう思いましたが、きっと富士は日本一の山だからです。世界遺産ですし。
「茨城はどうなのよ?」 そうですねぇ~海沿いだし、空港があるし、原発があるし、といった感じでしょうか。
「新潟だって海沿いで空港もあって原発ある!」 う~ん、日本海側だからかな。
そういえば富士山麓はオウム真理教のサティアンがあったところでもありますね。元国有地だったとか。

【第12旅団】
群馬県・栃木県・新潟県・長野県の防衛警備や災害派遣を任務としている。2001年に12師団から改編された。(毛筆日本列島と日本刀を持ったオオワシという旅団章)

=編制=
相馬原駐屯地(群馬県北群馬郡榛東村)
 ◎旅団司令部および同付隊
  ・第12高射特科中隊
  ・第12通信隊
  ・第12偵察隊
  ・第12ヘリコプター隊(隊本部・第2飛行隊)
  ・第12後方支援隊(第1整備中隊、第2整備中隊の一部)
  ・第12化学防護隊
  ・第12音楽隊
高田駐屯地(新潟県上越市)
  ・第2普通科連隊
松本駐屯地(長野県松本市)
  ・第13普通科連隊
新発田駐屯地(新潟県新発田市)
  ・第30普通科連隊
宇都宮駐屯地(栃木県宇都宮市)
  ・第12特科隊
北宇都宮駐屯地(栃木県宇都宮市)
  ・第12ヘリコプター隊(第1飛行隊)
新町駐屯地(群馬県高崎市)
  ・第12後方支援隊(主力)
  ・第12施設隊
  ・第12対戦車中隊


あなたに見せたかったの

2001年までは人員7000名規模の第12師団であった。
第12師団は1984年9月14日に発生した長野県西部地震(王滝村直下地震・御嶽山南部山体崩壊・土石流)の際に災害派遣されている。(およそ2週間)
その翌年1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故でも災害派遣された。(およそ2か月間)

第12師団が廃止されて第12旅団編制となった。
駐屯地などには変更ないが、大きく変わったのは戦車大隊の廃止である。
第12師団では戦車部隊として第12戦車大隊を保有していたが、これが完全に廃止された。
第12旅団はヘリコプターによる空中機動力が売りの近代化旅団に生まれ変わりました~*
もともと北宇都宮駐屯地にあった第12飛行隊を第12ヘリコプター隊と改称、相馬原駐屯地にもヘリコプター隊を置いた。
ヘリコプターに搭載できない戦車は必要ないと没収されたらしい。
本部隊(相馬原)はOH-6D(小型ヘリ)、第1飛行隊(北宇都宮)はUH-60JA(多目的軍用ヘリ)、第2飛行隊(相馬原)がCH-47J(大型輸送ヘリ)を装備しているそうだ。

そうした第12旅団の管轄現場に戦車(装甲車)を乗り付け誇示するとは・・・。
それにヘリコプターや空自も・・・。(そんな時に派閥とか関係ないでしょ!!?)
下記は防衛省・自衛隊の記録にあったものだが、赤字は第12旅団チームである。

(1)派遣部隊
陸自
第12ヘリコプター隊(相馬原、北宇都宮)、東部方面航空隊(立川)、富士教導団(富士・滝ヶ原)
第13普通科連隊(松本)第12偵察隊(相馬原)第2普通科連隊(高田)、東部方面混成団(駒門)
第12化学防護隊(相馬原)第12後方支援隊(新町)、中央特殊武器防護隊(大宮)、第12施設隊(新町)
第30普通科連隊(新発田)第12特科隊(宇都宮)、第1ヘリコプター団(木更津)⇒中央即応集団隷下
空自
浜松救難隊(浜松)、救難教育隊(小牧)、偵察航空隊(百里)


自衛隊であるがゆえの勘違い(そう書くと右傾化だ!とか言われそうだけれども。別に私は自衛隊でもいいのよ)

松本駐屯地は長野県なので岐阜や富山との県境にある北アルプス連峰に近いと言えば近いが、松本という場所は一応市街地である。
それに幾ら近いからと言っても北アルプスで日々訓練しているわけではないし、遭難者を救助に行くことは自衛隊の本来の仕事ではない。
自衛隊は演習場を所有しており、基本的にはそこで訓練をする。自衛隊の演習場一覧
松本駐屯地の第13普通科連隊や高田駐屯地の第2普通科連隊は新潟県妙高市の山林にある演習所を使用したりしている。

陸上自衛隊の正式なレンジャー資格者になるにはそれに見合った過程(特別な教育・訓練)があるが、それとは別に各師団や旅団において「部隊レンジャー」を集団教育していることがある。
教育や訓練方法が統一されておらず、また集団内での習得度や得意度に差があるため、正式なレンジャー資格にはならない。
しかしその地方の特性に特化させた部隊であるということで意味無いわけではないが、一般の人が想像しているものとは少々違うと思う。
自衛隊というのは元々は軍隊なのであって、レスキュー隊とは性質を異にする。
救助の訓練ではなく戦闘の訓練を受けているのである。
レンジャーとは個人の能力に頼って臨機応変に戦うゲリラ戦士や小規模なゲリラ部隊のことである。
戦車や大砲が正規戦ならば、こちらはある意味なんでもありの不正規戦である。
本当は野でも山でも街中でも臨機応変に戦えるのがレンジャー部隊であるべき。その万能性さを生かせば戦闘以外でも使える場面はあるだろう。
地方の特性に合ったものというのは、野山や市街地など、何かに特化したものということなんだと思う。
自衛隊の山岳レンジャーは山岳救助隊ではないし、火山や噴火にことさら強いというわけではない。
災害派遣を仕事にし、安全に確かに効果を上げたいのであれば、それに見合った教育訓練が必要である。
災害は突発的に起きるものだし、災害の種類も多岐に亘るからなかなか大変である。






by yumimi61 | 2014-10-25 15:35