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甍(いらか)百六十七

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ここで私がこの夏に愛したアイスたちを紹介しようと思います。

●ゆずあずきバー
あずきバーは古くから知っているが、私とゆずあずきバーとの出会いは比較的新しく、昨年の夏の終わりだった。とあるコンビニで見つけ、元来ゆず好きの私は速攻購入。
これがとても美味しくて次からは1回に何本かまとめ買い。ちなみに1本38円というお安さ。心配になるくらいの安さである。
しかし見つけたのが夏の終わりだったせいか、しばらくするとそのコンビニのゆずあずきバーは底を付き、以降入荷するふうもなかった。
再び出会ったのがこの夏。ゆずあずきバーはどこのスーパーでも扱っているが、ゆずあずきバーとなるとハードルが高くなる。
この辺りではあそこのコンビニとあのスーパーでしか見かけなかった。

●ウメッシュアイスバー
これは今年初めて見かけた。梅酒に釣られて買ってみたが、確かに梅酒の味だった。
梅酒にしては若干さっぱりしているがアイスだから仕方ない。
暑い夏に氷が解けてやや薄くなった梅酒を飲んでいる気分が味わえる、とても健康的なアイスだった。
ただ今年の夏は例年ほど暑くなかったので、氷菓に手が伸びる時期が自然と短くなった。


●まるでマンゴーを冷凍したような食感のアイスバー
これも今年お初。確かにまるでマンゴーを冷凍したような食感で文句なく美味しかった。
セブンイレブン限定品だったのでセブンイレブンに立ち寄った時には朝からでもこのアイスを買って食べていた。
私のこの夏のいちばんのヒットアイス。

最近はまっているのはミルク金時バーです。





あわてんぼうのサンタクロース

Yahoo!Japanのトップページのニューストピックスの中から気になるものを選んでクリックします。
するとその記事に飛びます。
記事画面をスクロールしていくと右下に「意識調査回答数ランキング」ものが表示されています。

今日私がそれを見たら、2番目に「冬のボーナスは増えた?減った?」という意識調査がランキングされていました。
「ボーナスまだ出ないやろ」と思い、その意識調査をクリックしてみました
しかし相も変わらず「今年の冬のボーナス、あなたはどうでしたか?」との質問があります。
この調査はある程度の期間が設定されているので、「居ても立っても居られずもう調査始めたのかぁ、気が早いな」と思い、実施時期を見てみると2014年11月13日~2014年11月24日とある。
「え?なんでやねん。ボーナスゆうたら12月やん」
冬のボーナス期間は夏よりも幅が狭くてほとんどが12月だと思うのですが・・・。
しかしすでに票が入っている。

そこで「投票しないで結果を見る」をクリック
17,412票のうち、「ボーナスがない」が一番多くて8,093票(46.6%)。
これは「まだボーナスは出ていないよ~ボーナスは12月だよん」という「ボーナスがない」と解釈してよいのでしょうか。
それとも「ボーナスなんか元々でない」という無いでしょうか。
コメントが16件入っていたので「そうだ言ってやれ!」と思い見てみましたが、「ボーナス時期にはまだ早いですよね」というコメントはない・・・。う~む。

ひょっとして皆さん結構こっそりボーナス貰っているの?
またはカードのボーナス払い時期と勘違いしていない?
ともあれ、ボーナス前提、ボーナス込み込みでローンを組むのなんか日本くらいですよね?
ボーナスが月給2か月分などとほぼ決まっているならば月給に割り振ればいいわけで、そうでないからボーナスであり・・・。
ボーナスはその都度変動させることができ、人によっても変えられる。
でも基本給見直しは通常年1回で、大幅に変えられるものではない。


「赤」は血の色、血を平和の象徴だと思う人はいない

以前書いて、先日もリンクしたこの記事に、日本赤十字社の前身の博愛社が登場した。
博愛社の設立は1877年。

アメリカに密航した新島襄が帰国したのが1874年。
故郷・上州安中(現:群馬県安中市)からキリスト教伝道の活動が始まった。
翌年1875年には京都に同志社英学校を設立。
新島はその後、熊本洋学校のアメリカ人教師から生徒の受け入れを依頼されたという経緯があり、群馬と熊本の間でも人の行き来があった。
博愛社の設立はちょうどそんな頃だった。博愛社は赤十字に倣った組織であった。


赤十字社というのは、1860年代前半にスイス人の実業家アンリ・デュナンの提唱により創立された組織。
戦争や天災時における傷病者の救護活動を目的とした人道支援団体である。
赤十字のマークは御存じのとおり、スイスの国旗の色を反転した「白地に赤い十字」となっている。
イスラム圏では十字がキリスト教と十字軍を連想させることから月のマークを使用しており、名称も「赤新月社」としている。
またイスラエルは六芒星(ダビデの星)使用で、「赤盾社(マーゲン・ダビド公社)」である。
ここに見えるのは宗教3兄弟である。キリスト教(十字)、イスラム教(三日月)、ユダヤ教(六芒星)
赤十字社と宗教とは関係が深い、というかそれがマークになっているのだから宗教(国)そのものなのだと思う。
そうなれば必然的に日本に赤十字社は微妙なものとなる。

スイスが「永世中立国」であるということも御存じかと思うが、承認されたのは1815年のウィーン会議(国際会議)。
1860年代にはすでにスイスは永世中立国であったのだ。
他国間で戦争が起こってもどちらにも加担しない中立的立場をとるのが永世中立国である。
それが承認されたということは、「白黒はっきりさせない!」と他国から責められることがないことが保障されたということである。
誰かの仲間になる必要はなく永遠に独立して領土を維持できる権利を手に入れたかわりに、自分の身は自分で守らなければならない。
それをもし侵犯するものがいたならば、武力を持って自身で排除する必要がある。
永世中立国というのは永久に戦争を放棄した国ではない。
自国の中立や領土を侵すものがあれば戦うのだ。だからこそ強力な軍備を敷いている。


そうした観点からマークの反転の意味合いを考えると、赤十字社は永世中立ではないということになる。
救護活動がメインと謳っているので「衛生中立」でないと言い換えてもよいかもしれない。
自身で強力な軍事力は持たないが、そのかわりに守ってくれる味方がいる。
戦争が起きた時には中立ではない、味方側に付く。当たり前と言えば当たり前な話だが。
これがスイスと反転した赤十字であると思うのだ。


仲間外れはよくないですね(永世中立じゃないって言ってるでしょ!!?)

現在各国に赤十字社(及び名称違い)が存在する。
それぞれ独立した組織であるが、活動は連携協力関係にある。

国際的な赤十字という組織は煙に巻いているのではないかと思うくらい分かり難い。
 ・赤十字国際委員会(ICRC)・・・紛争担当 
 ・国際赤十字赤新月社連盟(IFRC)・・・ 自然災害担当、平時における健康促進・疾病の予防
 ・各国の赤十字(赤新月)・・・国内活動
この3組織で構成されており、財政・政策の面で独立している。
担当任務は右側に書いたように広報されている。
これを総称して「国際赤十字・赤新月運動(赤十字運動)」と呼び、7つの基本原則を共有して活動する世界最大の人道支援ネットワークだそうだ。
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図は日本赤十字社東京支部より


十字と月は仲良く並び・・・
六芒星がないのはそのマークが赤十字国際委員会から承認されないから。
かわりに承認されたのが菱餅みたいな「レッドクリスタル(Red Crystal)」マークで、宗教的中立を約束したものらしい。
活動地域で承認が得られれば、菱形の中に六芒星を入れてもよいことになっているとのこと。
六芒星(ダビデの星)はMagen David(Star of David)と言うのだが、医療業界でマーゲンと言えば思い出されるのは「マーゲンチューブ(胃管)」である。
Magen(マーゲン)はドイツ語で、Tube(チューブ)は英語。
だから「マーゲンチューブなんて言葉はおかしいでしょ!」ということで、今では「NGチューブ」と言われている。
(それは冗談で、NGはnasogastric の略語らしい。経鼻で胃という意味です)


後ろ盾は誰だ

博愛社が日本赤十字社と改称したのは10年後の1887年。
赤十字と名乗るためには日本政府がジュネーブ条約(赤十字条約)に加入する必要があった。
加入したのが1886年6月5日で、加入を公布したのは同年11月15日(戦前の赤十字デー)。
翌年5月に改称し、国際赤十字の一員として正式に承認された。
日本赤十字に改称した翌年(1888年)に発生し、甚大な被害を出した磐梯山(福島県)の噴火で、日本赤十字社は初の災害救護活動を行った。
戦争と関係ない活動はこれが世界初のことだった。

これらは日本に看護学校が設立され始めたのと時期が重なる。
昨日書いたとおり、有志共立東京病院看護婦教育所(後の慈恵看護専門学校)の設立が1885年で、京都看病婦学校の設立は1886年であった。
博愛社も1886年に病院を開院していた。
これが現在の日本赤十字病院の前身である。
日赤の看護婦養成所が作られたのは1890年。
当初は日本赤十字社病院という名称だった(現在の名称は社が抜かれている)
初代病院長は橋本綱常
有志共立東京病院看護婦教育所を設立したのがイギリス留学帰りの海軍軍医ならば、こちらはドイツ留学帰りの陸軍軍医であった。しかも東京大学医学部教授であった。
そうとなれば、「東京慈恵会医科大学附属病院 vs 日本赤十字病院」や「海軍 vs 陸軍」、「イギリス vs ドイツ」、「海軍+東京慈恵医科大学チーム」「陸軍+東京大学」という関係性もありうるかもしれない。


ノーベル賞とナイチンゲール記章

1901年、赤十字社を創立したアンリ・デュナンは第1回のノーベル平和賞を受賞した。

また赤十字社は1920年より「フローレンス・ナイチンゲール記章」なる賞を創設して、看護活動に顕著な功労のある人に授与している。
こちらに日本の受賞者の氏名一覧が掲載されているが、ほとんどが日本赤十字の養成所や看護学校出身者など日赤関係者。(あたりまえ?)
高知女子大学(現:高知県立大学)の方もおられますね。

日本赤十字社はこの記章について下記のように記している。
フローレンス・ナイチンゲール記章は、第8回(1907年)と第9回(1912年)の両赤十字国際会議の決議に基づいて制定された「F.ナイチンゲール基金」によって創設され、F.ナイチンゲール女史の生誕100周年を記念して1920年に第1回の記章が授与されました。
基金というのはいったい・・?
クリミア戦争(1853-1856)当時に作られた基金も「ナイチンゲール基金」で、これによって1960年聖トーマス病院(現:キングス・カレッジ・ロンドン)内にナイチンゲール看護学校がつくられたのが看護婦養成の始まりだった。
しかしそれとは全く関係なく名前だけ借りたということなんだろうか?
ノーベル賞を受賞したアンリ・デュナンも講演などでナイチンゲールの名を出していたそうだ。
「私達が赤十字社をつくることができたのは、ナイチンゲールという立派な見本があったからです」と。
1960年代初頭、ナイチンゲールの後を追うように赤十字社を立ち上げていったのがアンリ・デュナンだった。

長くなるがこれを引用しよう。
ナイチンゲールは「自分は(クリミア戦争における英国の)広告塔となる」ことをいとわなかった。しかし、あまりに広告塔として利用されたせいか、戦争終結後はむしろ有名人として扱われるのを嫌うようになる。それが昂じて遺言では、墓標にはイニシャルしか記すのを許さなかった。

ナイチンゲールのこうした態度に影響されてか否か、赤十字国際委員会の創設者の一人であるアンリ・デュナンがナイチンゲールの活動を高く評価していたため、委員会が「傷病者や障害者または紛争や災害の犠牲者に対して、偉大な勇気をもって献身的な活躍をした者や、公衆衛生や看護教育の分野で顕著な活動あるいは創造的・先駆的貢献を果たした看護師」(全世界で隔年(西暦で奇数年)で50人以内)に対して贈る記念章に名前を残している。なお、ナイチンゲールは赤十字社活動には関わっておらず、むしろボランティアによる救護団体の常時組織の設立には真っ向から反対していた。これはマザー・テレサと同様、「構成員の自己犠牲のみに頼る援助活動は決して長続きしない」ということを見抜いていたためである。そして「構成員の奉仕の精神にも頼るが、経済的援助なしにはそれも無力である」という考え方があったからだといわれている。



人間模様

高知女子大学出身でナイチンゲール記章を受賞しているお一人、久常節子さん。
現在、国際医療福祉大学大学院の副大学院長という役職に就かれている。

1968年年3月 高知県立高知女子大学家政学部衛生看護学科卒業
1970年3月 大阪市立大学家政学部社会福祉修士課程修了
1982年12月 日本医科大学医学博士取得
1991年 カリフォルニア大学サンフランシスコ校ポストドクトルコース修了

1993~1999年 厚生省健康政策局看護課長
その後、慶應義塾大学看護医療学部教授、社団法人日本看護協会会長を経て、現職。


高知県立女子大学というのは日本で最初に4年制の看護学科を持った大学である(1952年)。
何故かと言うと、戦時中の医師養成作戦で作られた1校「高知県立女子医学専門学校」(1944年4月開校)が母体だからである。
高知県立女子医学専門学校は1947年にGHQの判定により秋田や山梨などの医専とともにB級判定され廃校となってしまった。
その学校が同年に医学科を持たない高知県立女子専門学校として生まれ変わり(生活科・生物科・英文科)、さらに1949年に高知女子大学(家政学部生活科学科)となった。
この大学に1952年看護学科が増設されたのである。
東京大学の衛生看護科の創立が1953年だからそれよりも1年早い。
大学の沿革を見ると、1952年に看護学校として指定、1955年に保健婦学校として指定と記載があるのだが、教員免許などの課程には「認定」、大学や学部学科の増設には「認可」という言葉を使用している。
「指定」とはなんだろうか?「認定」と「指定」の違いやいかに?
医科が廃校になったくらいであり昔から附属病院を持っていない。
現在は県内の提携病院へ実習に出す形式を取っているのだろうが、4年制の走りだった当時はどうだったろうか。

国際医療福祉大学は大学病院を持っているが大学に医学部がないという珍しい大学。
だけれども絶対に医学部を創らせてはならぬと言われたりもする大学である。
大学本部は栃木県にある。よってこんな政治家の名が挙がってくる。

副総理、蔵相、外相、厚相などを務めた渡辺美智雄、その子息の渡辺喜美と関係が深いとされ、文部科学省が構想する東北や千葉県成田市に新設を想定される国際医学部(仮称)を早稲田大学、同志社大学とともに目指している。

近年の医師不足を背景に、医学部の設置を検討している大学の1つである(学内に「国際医療福祉大学医学部設置準備委員会」を設立している)。


以前こちらに皇族&芸能人御用達ブランド産院御三家のことを書いたけれど、その時にもこの大学が登場した。
御三家の一つだった山王病院が1996年に高邦会・国際医療福祉大学グループによって買収されたという話題だった。

国際医療福祉大学大学院の役職者一覧に久常節子さんもいらっしゃるわけだが、他の方の経歴なども合わせ見るとなかなか興味深いものがあるかもしれない。
これを見る限り、慶應義塾大学医学部は赤十字派のようだ。(そんなの誰が考えたってあたりまえだろう?)








by yumimi61 | 2014-11-15 13:09