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甍(いらか)百七十

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時代の転換点

およそ300年も続いていた江戸幕府を崩壊し始まった明治時代は良くも悪くも日本の大きな転換期であったことは間違いだろう。
そうした明治時代(1868年-1912年)における転換点として重要なのが日清戦争(1894年3月-1895年7月)である。

昔から基本的に世界の国々というのは領土を増やしたいと思っている。
当然のことながら領土は広ければ広いほど良いに決まっている。
その領土にはそれ相応の資源が付随してくるが、資源は均等に存在するわけではないので、付加価値の高い地空海というものが出現してくる。
従って単に広さだけあれば良いとも言えなくなってくるわけだ。
また独占欲や支配力の強さ、思考力や判断力には個人差があるので、すべての事柄が基本に忠実に起こってくるわけでもない。
(付随には不随が付随することあり)←またまた私が言ったのよ。

日本と清(現:中国)の戦いは朝鮮を巡るものであった。
日清戦争というが、戦いのきっかけも舞台も朝鮮である。
日本は一見不利かとも思えるこの戦いで歴史ある(眠れる)大国に勝利した。

明治政府は富国強兵政策を取り、新政府樹立から5年後の1873年より徴兵制を布いていた。(昭和時代に入った1927年に兵役法と名を変えたが徴兵制度は1945年の終戦まで続いた)
病院と軍医と看護学校の設立に関係で述べたが、当時日本の軍隊は、陸軍はドイツ、海軍はイギリスに学び、軍事力を高めた。
普通に考えれば全くの敵を強くさせようなどと思うわけはなく、そこには利害関係なり血縁関係なり友情関係なりがあるはずである。
また領土を巡る戦いというのは複雑で2か国間や3か国間の問題では済まない。
だから様々な駆け引きが行われており、表面だけなぞっても真実はなかなか見えてこない。

日清戦争に勝利した日本は清との間に下関条約を結び、約3億万円(当時の国家予算の2倍以上)の賠償金と一部領土を得た。
この賠償金を利用して作られたのが京都帝国大学(1897年設立)である。
京都大学を帝国大学と位置付ければ陸軍系(ドイツ)であると考えられるし、反帝国大学(東京大学)と位置付ければ海軍系(イギリス)である。
日清戦争に勝利し条約を結んだにも係わらず、干渉してきたのはロシア・フランス・ドイツである(三国干渉)。
日本はイギリス・アメリカ・イタリアに助けを求めるも、これらの国は干渉せず。
結局日本は獲得した領土の一部(遼東半島)返還に応じた。
「干渉しましょう」というロシアの誘いにも、「干渉してくるので助けてください」という日本の誘いにも、乗らなかったのはイギリスである。


新世紀の幕開け!?

ここ何十年か曲りなりにも世界が平和であったのは、「不随」の状態であったからだと思う。
それが意図的に作られたものであったとしても、結果的にそうなっただけであっても、「付随」も「不随」も全く意味を成さないものではなかったことになる。

問題となるのは前述したこれである。
独占欲や支配力の強さ、思考力や判断力には個人差があるので、すべての事柄が基本に忠実に起こってくるわけでもない。
基本によって保たれていた不随という均衡が大きく破られる状態を危惧する必要が出てきたのだ。
バランスを崩しコントロール不能となった状態、アンコントローラブル(Uncontrollable)である。


ただいま帰って参りました

好むと好まざるとに係わらず、医学や看護は宗教と戦争によって大きく進歩してきた。
医学から始まった大学もやはりこの影響を受けずにはいられない。
これらを文明や経済の発展とまとめてもいいだろう。
昨今の人々が信奉する進化や変革、近代化というものは、常に宗教や戦争とともにあったのだ。

陸軍・ドイツ系、海軍・イギリス系、その後生まれたもうひとつの潮流がアメリカ系である。
このアメリカ系に大きく関わったのが新島譲、つまり同志社なのだ。
新島襄に深く関係する地が群馬県であり京都府である。熊本県がこれに次ぐ。

ドイツ、イギリス、アメリカ、宗教的には皆キリスト教が主流の国である。
教派になるとやや複雑になる。

・ドイツはローマカトリックとプロテスタント福音主義が半々くらい。
ここで国旗とともに驚いたことだけれども、ドイツはかつてローマだったのだ。神聖ローマ帝国。

・イギリスはイングランド国教会が主流だが、元々がローマカトリックであり、典礼はカトリックに共通点が多い。
イングランド国教会の最大の特徴はイングランド(イギリス)の統治者が教会の首長(Defender of the Faith, 直訳は「信仰の擁護者」)と定められていること。それが誰かと言えばエリザベス女王である。
イギリス王権がイングランド国教会を強化し異教徒に弾圧を加えたため、その弾圧から逃れてメイフラワー号で植民地アメリカに移住したのが清教徒(ピューリタン)だった。

・アメリカはプロテスタント改革派教会・長老派教会主流。
ユダヤ人の移民などもありユダヤ教も入っていく。イスラエルに次いでユダヤ人(ユダヤ教)が多い国である。ユダヤはアメリカ人口比では決して多いわけではないが影響力は大きいと言われている。
アメリカに移民した人々の半数以上はイギリスからの移民であった。宗教難民だとしてもイングランド国教会や王権の弾圧から逃れることとカトリックから逃れることは直結しないと思われる。商業的な移民であれば尚更。
アメリカは人種のるつぼなので、そのルーツを的確に知ることはかなり難しい。親から子に正確に伝わっているとは限らず、また知っていても差別や見栄などから嘘をついていることも考えられる。従ってアイデンティティを確立しにくく見た目偏重に陥りやすい。宗教も流動的であり信仰心も虚偽であることも予想される。
人種が多様でルーツを知り得ないとすれば変異も起こりやすい。


対立の構図

ドイツ+ローマ ・・・・・陸軍・帝国大学(東京大学)
イギリス+元植民地など(宗教的に言うと聖公会) ・・・・・海軍・東京慈恵医科大学
アメリカ+ユダヤ(イスラエル) ・・・・・同志社大学

今一度日本がどんな対立のもとに進歩してきたか考えて見よう。
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イギリスvs ドイツ
連合国(イギリス・アメリカ) vs 枢軸国(ドイツ・日本)
太平洋戦争 vs 大東亜戦争
海軍 vs 陸軍
国立第二病院(国立病院機構東京医療センター) vs 国立第一病院(国立国際医療センター)
手術(麻酔派) vs 研究開発(内視鏡派)
東京慈恵会医科大学(海軍・大正天皇・お茶の水女子大・学習院) vs 東京大学(陸軍・日本赤十字病院)
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日本赤十字社(ドイツ・赤十字看護婦養成所) vs 同志社(アメリカ・京都看病婦学校)
東京大学(東京大学派の旧帝国大) vs 京都大学・同志社大学・北里大学・慶應義塾大学・早稲田大学・群馬大学などをはじめとする全大学
保守待つ派 vs 進歩追う派(人間ドッグ・熊本・東京大学・朝日新聞・ユダヤ系ドイツ人)+(読売新聞・聖路加国際病院・昭和医科大学病院・東京女子医科大学病院)
医学部あり大学 vs 医学部ない大学(同志社大学・早稲田大学・国際医療福祉大学など)
国立 vs 公立
国公立大学(ノーベル賞あり) vs 私立大学(ノーベル賞なし)


【日本のノーベル賞受賞者について】
卒業大学は、東京大学7人、京都大学6人、名古屋大学3人、東京工業大学・東北大学・北海道大学・長崎大学・神戸大学・徳島大学が1人ずつ。
全て国立大学である。旧帝国大学でないのは東京工業大学・長崎大学・神戸大学・徳島大学。
うち東京工業大学は1881年に明治政府が創立した日本で最初の工業教育機関(東京職工学校)を母体としているため、同じく前身学校の歴史が古い一橋大学や筑波大学などとともに特殊な位置づけにあり受験界では旧帝大ではない難関校と言われたりする。
東京工業大学大学院の教授らによる研究費詐欺事件が最近報じられていた。

出身高校は、公立高校が19人、国立が1人、私立は野依良治氏(現在の理研理事長)の灘高校と、江崎玲於奈氏の同志社のみ。
江崎氏は旧制時代となる。同志社中学校→第三高等学校→東京帝国大学→現在の富士通テン→現在のソニー→アメリカIBMの研究所→ノーベル賞(1973年)→筑波大学学長(1992年)→教育改革国民会議の座長就任(2000年小渕首相要請だったが2か月後に小渕首相は死去)・芝浦工大学長→横浜薬科大学学長(2006年)
ノーベル賞受賞者の出身地は圧倒的に西日本が多い。


【世界のノーベル賞受賞者】
全ての賞の合計受賞者多いランキングトップ5は下記の通り。
アメリカ326人、②イギリス108人、③ドイツ81人、④フランス56人、⑤スウェーデン31人
(第二次世界大戦の連合国は青、枢軸国は赤で記した。スウェーデンはノルウェー・デンマークとともに中立を表明したが大戦中もイギリスとの通商は途切れることなく連合国側に貢献したと目されている。ノーベル賞の選考・授与機関は平和賞を除いてスウェーデンにある。平和賞はノルウェーにある)
生理学・医学賞と物理学賞の半数近くをアメリカ人が占める。経済学賞は2/3がアメリカ人である。
日本ほど多くの国民がノーベル賞に関心を抱く国はないと思われ。


【日本のノーベル生理学・医学賞】
今までに受賞者は2名だけ。(物理学賞10名、化学賞8名、文学賞2名、平和賞1名、経済学賞なし)
科学という観点から物理学賞や化学賞と比較すると少ない印象を受けるが、医学を輸入した国なので当然と言えば当然かもしれない。
1950年頃までは欧州勢の受賞が多かったが、1950年代からはアメリカが急増した。

日本人受賞者は1987年の利根川進氏と2012年の山中伸弥氏。
・東京都立日比谷高校→京都大学理学部化学科→カリフォルニア大学サンディエゴ校
・大阪教育大学教育学部附属高校天王寺校舎→神戸大学医学部→大阪市立大学大学院医学研究科

利根川氏は医学部出身ではなく理学部化学科出身。現在は理化学研究所の脳科学総合研究センターのセンター長でもある。
こちらの記事の最後のほうに書いた、現在京都造形芸術大学の学長で元京都大学総長の尾池氏とは、京大理学部の同級生だとか(利根川氏は1浪のため生まれは1つ年上)。

日本のノーベル賞受賞者で唯一の国立高校出身者は山中教授であった。
山中教授は今でこそ京都大学のイメージが強いが大学・大学院ともに京大でもその他旧帝大出身でもなく、また外国でのPh.D.取得者でもない。
そういう意味では異例づくしの受賞者と言ってもよいのではないだろうか。


ノーベル時代

現在までの日本のノーベル賞受賞者総勢22名の受賞年代は下記の通りになる。
1901年~1949年まで受賞無し(北里柴三郎や野口英世など受賞に値すると思われた人物も受賞できなかった)
1940年代―1人(物理学賞)
1950年代―なし
1960年代―2人(物理学賞・文学賞)
1970年代―2人(物理学賞・平和賞)
1980年代―2人(医学生理学賞・化学賞)
1990年代―1人(文学賞)
2000年代―8人(物理学賞4・化学賞4)
2010年代―すでに6人(医学生理学賞1・物理学賞3・化学賞2)

2000年以降急増しているわけだが、その境目は元号の変わり目(1926年・1989年)ではなかった。
小泉内閣が2001年から始まったが、ちょうどこの頃から増えだしている。
小泉内閣→安倍内閣→福田内閣→麻生内閣→鳩山内閣→菅内閣→野田内閣→安倍内閣
この中で一番長命だったのは小泉内閣(2001~2006年)。
日本のこれまでの内閣総理大臣在任期間ランキングの5位である。
日本は比較的1人の在任期間が短く、1位でもアメリカ大統領2期分8年には及ばない。
昭和時代以降に限れば小泉首相は、佐藤栄作首相、吉田茂首相に次ぐ3位となる。4位は中曽根康弘首相。


2000年と2038年問題

ちょうど2000年にノーベル化学賞を受賞した白川秀樹氏が東京工業大学出身で旧帝国大学以外の初の受賞者であった。
父親が陸軍の軍医だったようだ。
東京工業大学博士課程を修了後に同大で助手、ペンシルベニア大学の研究員、帰国後1979年から筑波大学で助教授・教授・学群長(1994-1997)を務め、定年退官した2000年にノーベル賞を受賞した。

1973年にノーベル物理学賞を受賞していた江崎玲於奈氏は1992~1998年に筑波大学の学長を務めており、おふたりは同時期に筑波大学の要職に就かれていたことになる。

2003~2008年の間、京都大学総長を務めていた尾池氏(地震学専門)は「2038年に南海トラフの巨大地震が起こる」と語っており、もうひとつの2038年問題かと巷で密かに囁かれている。(こちらは熊本での講演での発言)







by yumimi61 | 2014-11-19 12:14