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甍(いらか)百九十

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蛇の道は蛇(遅くなっちゃってごめんね)

肥の出雲国(または雲国)に降りたスサノオは川に箸が流れているのを見て、川上に誰かいるに違いないと思い上流へ行った。
そこには老夫と老女と童女(櫛名田比売)がいた。

何故泣いているのかとスサノオに問われて答えるには、「自分には本来八人の若い(幼い・幼稚な)女がいるが、高志の八俣遠呂智が毎年来て食べてしまう」であった。
漢文は以下の通り。
亦問 汝哭由者何 答白言 我之女者自本在八稚女 是高志之八俣遠呂智【此三字以音】毎年來喫 今其可來時故泣
音読み指定の「遠呂智」を「おろち」と読み「大蛇」と解釈するのが一般的であるが、これも音読みでは「おろち」とは読めない。
「おんろち」や「えんろち」または「おんりょち」「えんりょち」だろう。
「遠路地」と「遠慮地」といったところか。

スサノオにそのものの様子を訊かれ、答えたのが下記部分。
彼目如赤加賀智而 身一有八頭八尾 亦其身生蘿及檜榲 其長度谿八谷峽八尾而 見其腹者悉常血爛也【此謂赤加賀知者 今酸醤者也】
これがおどろおどろしい生き物を想像させるのだろうが、これも比喩であると考えられる。

遠くから来た知恵ある者が、手なずけておくには丁度いい若く幼稚な女を教育してしまうと老夫は嘆いているのである。
それらの者は、一芸でなく多芸(多くの能力)を有し、且つ野性味に溢れ、野を切り開く器量も持つ。
そして同じルーツにある(同じDNAを受け継いでいる)ことが血の箇所や「遠」という漢字で表現されている。
【   】は、【これらを「知る喜びを加える赤い者」と言うが、今は「酸の醤の者」になっている】である。(予言?)
現代語訳では【ここで赤かがちと言うのは、今の酸漿(ほほづき)のことである】と訳されている。

この場合、前述の箸は「食べるためのもの」を流しているということで、食い扶持を捨てていることを表していると思われる。
また子育て経験があると実感あると思うが、箸の使い方は教えるというのはなかなか難しい。
従って教育を拒む姿勢にも見て取れる。
箸のある世界で手掴みで食べることなど、今のスサノオにとっては汚いことのはずなのだが、邪な心があるのでそうは思わず老父側に立つのである。スサノオの矛盾も確認できる。


ひとつだけではない

来訪者の比喩のみならず、もうひとつ噴火の比喩であるとも考えられる。
そこで浮かび上がるのが、火国・肥国の熊本である。
ここに書かれている肥の出雲国(または雲国)とは島根の事ではなく、熊本であると思う。
有史以前の阿蘇山形成に至る過程の噴火と有史以降の最も古い噴火の記録(553年)から考えると、山はやはり阿蘇山だろう。
ちなみに500年代前半には群馬の榛名山も噴火している。

スサノオは高志之八俣遠呂智(俗にいう八俣の大蛇)を酒で眠らせて、その隙に退治したということになっており、これを噴火に当てはめれば、自然神にお神酒を捧げて被害を何とか防ごうとしたということなんだろう。
しかしそうような手法で太刀打ちして敵う相手ではなかったのである。


いよいよ剣が登場!

現代語訳引き続きこちらから、Wiki掲載訳ヤマタノオロチ(八岐大蛇、八俣遠呂智、八俣遠呂知)より。

爾速須佐之男命拔其所御佩之十拳劒 切散其蛇者肥河變血而流 故切其中尾時 御刀之刄毀 爾思怪以御刀之前刺割而見者 在都牟刈之大刀 故取此大刀 思異物而
白上於天照大御神也 是者草那藝之大刀也【那藝二字以音】

そこでハヤスサノヲ命は、その身につけている十拳剣(とつかのつるぎ)を抜いて、そのヲロチを切り刻むと、肥河が真赤な血となって流れました。そして、命が中の尾を切り刻んだ時、剣の刃が欠けたのです。
そこで不思議に思い、剣先を刺して裂いて見ると、都牟羽の大刀(つむはのたち)がありました。
そこでこの太刀を取り、不思議な物だと思って、アマテラス大神に申し上げ奉った。
これが草那藝の大刀(くさなぎのたち)である。

八俣遠呂智が酔って寝てしまうと、須佐之男命は十拳剣で切り刻んだ。このとき,尾を切ると剣の刃が欠け,尾の中から大刀が出てきた。そしてこの大刀を天照御大神に献上した。これが「草那芸之大刀(くさなぎのたち)」である。

何から話せばよいだろうか。
この文章には幾つもの意味(場面)が重ねられている。
ともかく1つ確かなことはスサノオの相手は大蛇ではないということ。

①訪問者に大人の付き合いで酒を飲ませたところ(代わる代わるお酌でもして差し上げたんだろう)、相手は眠ってしまった。眠ったのを確認したところで寝込みを襲う。完全なる勝ち戦に持っていった(つもりだった)。
スサノオは腰に着けていた十拳剣を抜いて其の者を切りつけた。
すると肥の国を流れる川が血に染まったのである。(つまり大々的な戦に発展し、たぶんスサノオ側が負けた)(逆襲にあったわけだが、逆襲側には肥の国の人間も多くいたことが川が赤く染まったことによって推測できる)
形勢不利になり、その中の尾(末尾・下っ端・弱そうな者)を切ったところ、自分の剣の刃が毀れた。
これはおかしいと思って尾が持っていた刀に替えて刺し割ってみれば、都を貪るものを刈る大刀があった。
(ここでの刀は精神的や心持的な意味合いが大きい)(またスサノオ自身が相手を都を貪る奴だと思っており、そやつを自分が刈ったから「都を貪るものを刈る刀」であったと思ったという当たり前すぎる思考をも含んでいる。その前は逆だったねというようなオチ)
ゆえにこの大刀(刀実物)を取って、異なるものと思い、天照大御神に報告した。
この者を草那藝之大刀(くさなげい)の大刀と言う。

②訪問者に酒を飲ませて寝かせ、お腰に付けた十拳剣を引き抜いて其の者を切れば、肥の川は血に変わり流れた(ルーツや受け継がれたDNAの目覚め)。
それで自分サイドの尾(末尾・下っ端・弱そうな者)を切りつけたところ、自分の刀の刃が毀れてしまった。
これはおかしいと思ってさらに目前にいる味方を刺し割ってみれば、都を貪るものを刈る大刀があった。(自分の味方だと思っていた肥の国の人間が自分を裏切り、自分とは敵対する者だと知ったということ)
ゆえにこの大刀(刀実物)を取って、異なるものと思い、天照大御神に報告した。
この者を草那藝之大刀(くさなげい)の大刀と言う。

③訪問者に酒を飲ませて寝かせ、腰に付けていた十拳剣を引き抜いて其の者を切れば、肥の川は血に変わり流れた(脈々と流れる血の比喩)。
よって逆襲を恐れ徹底的に叩きのめそうとその中の尾を切った時に、剣の刃が毀れた。
これはおかしいと思って目の前の切った者を見れば、都を貪るものを刈る大刀があった。
芯がある人間、強力な結束力がある集団だったので簡単には負かされなかったということ。(刃が立たない、転じて歯が立たない)
ゆえにこの大刀(刀実物)を取って、異なるものと思い、天照大御神に報告した。
この者を草那藝之大刀(くさなげい)の大刀と言う。
「酒は飲んでも飲まれるな」という諺を捧げておきましょう。

この箇所を総じていえば、「御」「御方」「剣」「刀」の使い方がポイント。
また訪問者に女性が含まれていたとするならばこれまた意味深な展開となる。


はははははははいっw

是者草那藝之大刀也【那藝二字以音】
これが後に三種の神器の1つとなる天叢雲剣(草薙剣・草那芸之大刀)のソースである。
「那藝」が音読み指示であり、これは「くさなぎ」とは読めない。「くさなげい」である。
また「是者」と記されており、「草那藝之大刀」は物ではなく人物を指していることが分かる。一種の比喩である。

「那」には美しいや豊か(多い)という意味もある。「奈」も同語源だと思われる。
「那」の部首「阝」はオオザト。漢字で書くと「邑」。
「邑」には国や都に対する里や村という意味がある。
群馬の人ならば「!」となると思うが、群馬県には邑楽郡という地名もある。
邑楽町・大泉町・千代田町・明和町・板倉町の5町があり、大泉町などは太田市との合併話が上がったこともあったが、結局5町全てがどことも合併しなかった。

朝鮮半島の倭国領だった任那にも「那」が付いている。
島根の出雲は古代から製鉄が盛んだったようだが、朝鮮半島の任那も製鉄が盛んだったのである。

「藝」は新字体で書けば「芸」である。
「藝」には技や技術・才能などの他に、植物を植えるという意味もある。
新字体は戦後(1946年)に日本政府により当用漢字として制定された標準漢字のこと。
古事記のこの部分の影響か、新字体の「芸」には草を刈り取るという意味が追加されている。(訓読みで、くさぎ‐る)
中国の「芸」は「蕓」の簡体字であって、植物のアブラナ(菜の花・油菜・蕓薹)のことであり意味が違う。

以上のことを踏まえて「草那藝之大刀」を考えれば次のようになるだろう。

=草那藝之大刀(来訪者編)=
草のようにどこにでもいそう(田舎者)でありながら、美しく豊かな芸(技)を武器とする者。
ありふれたものを美しく豊かに変えるという武器(技・技術)を持つ者。
高遠な者。一筋縄にはいかず扱いにくい者。
壮大なる在野の藝。(草な藝)(刈り取らないから草長いで草なげー・・・)
美しく豊かな藝の創始とその起草。

=草那藝之大刀(スサノオ編)=
草を薙ぎ倒す者。
草のように役に立たない芸ばかりを振るう者。
(大刀は立派でも草さえ刈り取れず草長いままで草なげー・・・・)
(刈り取りが駄目ならば抜くしかないかの草投げろで草なげい・・・)
物事の本質が見えていない者、観点がずれている者、無駄なことのたとえ。
(馬の耳に念仏・犬に論語・兎に祭文・草那藝に大刀)


名に秘めているもの

話が前後するが、スサノオが河上で出会った老夫に名を尋ねている場面がある。
爾問賜之 汝等者誰 故其老夫答言 僕者國神大山【上】津見神之子焉 僕名謂足【上】名椎 妻名謂手【上】名椎 女名謂櫛名田比賣
そこで、「あなた方は誰ですか」と尋ねました。その老夫が答えて言うには、 「私は国つ神の大山津見(オホヤマツミ)神の子です。私の名は足名椎(アシナヅチ)と言い、妻の名は手名椎(テナヅチ)と言い、娘の名は櫛名田比売(クシナダヒメ)と言います」。

昨日書いた【上】(右側寄りで小さな字)が再び出てくるが、上は特に訳されてはいない。
ここでの【上】の後の文は、上界ではそれを何と呼ぶか、どのように見做しているかということだと思う。
僕は国神大山の者ですと言ったところ、上界から「津見神の子でしょ」と突っ込みが入ったようなイメージである。
「僕の名は足といいます」と言ったところ、上界からは「名は椎」と突っ込まれ、「妻の名は手といいます」と言ったところ又しても「名は椎」と突っ込まれてしまった。
1人1人は取るに足りない者であると同時に、1つ欠けても成立しないことが仄めかされている箇所である。
声調は「津」や「見」は単独では上がり傾向にあるが、「津見(罪)」とすると下がり傾向になる。
同じく「手」「足」も単独では上がり傾向にあるが、「手足」とすると下がり傾向になる。


心に刃と書いて忍

「赤加賀智」「赤加賀知」という言葉が出てきたが、それで思い出すのは忍者だった。
伊賀流や甲賀流など代表的な忍術には「賀」という漢字が入っている。
また加賀も忍者と無縁ではなさそうだ。
目を例えたものが「赤加賀智」だったわけだが、忍者は目だけが表に出ているいでたちである。
手や足は手裏剣や足軽などとの対比になっているのかもしれない。
忍者によれば、聖徳太子の時代に「志能備(しのび)」と表した人物がいたようなので、高志之八俣遠呂智の志とも漢字が重なる。
そして何より大刀を忍ばせていたのである。

ちなみに群馬県の上毛かるたの「し」は「しのぶ毛の国二子塚(ふたごづか)」である。
二子塚は前方後円墳のことらしいが、札の絵は違った。埴輪の馬である。
偲ぶと忍ぶに掛けてあるのだろうか。

その昔、現在の群馬県と栃木県は「毛野国(けのくに)」だった。
(カルタは・・毛の国は2つあるんですよ!!我慢している毛の国もあることを知りなさい!という意味?)
(言い方を変えれば髪野国ですね!)
その後に上野国と下野国に分かれ、 群馬県は上毛(かみつけ)、栃木県は下毛(しもつけ)と呼ばれるようになった。
上毛カルタや群馬の地方紙・上毛新聞の上毛は(じょうもう)と読む。
上野国と下野国を合わせて毛州(もうしゅう)或いは両毛(りょうもう)と呼ぶこともあったそうだが、現在でも両毛という呼称はよく使われる。
これはもう少し範囲が狭くなり、群馬県と栃木県の境に近いエリアのことを言う。
群馬県東毛地区の桐生市・太田市・館林市・邑楽郡と栃木県の足利市・佐野市近辺が両毛エリアである。




by yumimi61 | 2014-12-27 14:50