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甍(いらか)百九十三

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音読みに秘められたもの

前の記事の終わり部分に重なるが、下記は逃げ出す大国主神にスサノオが投げかけた言葉である。

其汝所持之生大刀生弓矢以而 汝庶兄弟者追伏坂之御尾 亦追撥河之瀬而 意禮【二字以音】爲大國主神 亦爲宇都志國玉神而 其我之女須世理毘賣爲嫡妻而 於宇迦能山【三字以音】之山本 於底津石根宮柱布刀斯理【此四字以音】 於高天原氷椽多迦斯理【此四字以音】而 居 是奴也
「お前が持っている生大刀と生弓矢で、お前の兄弟たちを坂のすそに追い伏せ、また川の瀬に追い払って、おぬしがオホクニヌシ神となり、またウツシクニタマ神となって、その私の娘スセリビメを本妻として、宇迦の山の麓に、底つ石根に、宮柱ふとしり、高天原に氷椽たかしりて(壮大な宮殿を建てて)住め。こやつめ」

この部分の真面な訳を私は未だ見たことがない。
確かに音読み指示が幾つかあり非常に分かり難い箇所でもある。
まずはその音読み指示を見ていこう。

・意禮【二字以音】爲大國主神
意禮(意礼)は「われ」「おれ」(どちらも'お前'という意)という二人称卑称として用いられていた語だった。後の時代には「おれ」は一人称に移行する。
こうした混同や変化は多くて、「おのれ(己)」という一人称は、二人称卑称としても用いられる。「おのれー覚えてろよ!」など。
また今でもよく使われる「僕(ぼく)」は、元々は一人称卑称の「僕(しもべ・下部)」であった。
しか「僕」もまた二人称で用いられる。幼児相手に「僕いくつ?」などと訊く場合がそうである。
意禮(意礼)を音読みにすれば「いれい」である。ここでは異例や慰霊に掛けてあるのではないだろうか。
要するに、あなたは大国主神に相応しくないということが隠されている。

・ 於宇迦能山【三字以音】之山本
現代語訳では「宇迦の山の麓に」と訳している。「宇迦能」という三字を「うかの」と読んだようだ。
しかしそれでは位置が違う。指示通りに従えば、音読みすべきは「迦能山」であり「かのうざん(かのうさん)」となる。
私が思いついたのは「迦葉山(かしょうざん)」である。
連合赤軍の迦葉山アジトでリンチ殺害されたメンバーの1人に山本という人物がいた。
彼の遺体が埋められた場所は迦葉山に近い雨乞山であった。
宇という漢字には雨風や日光を避ける軒などの意味があることは前にも書いたが、雨乞いならば雨を避けたくはないはず。逆であるから「宇」はなくてもよい。
また「葉」が「能」に変わっていることは、須佐能男と須佐之男との対比で説明が付く。
そして迦葉山の麓は沼田市となる。
予言のような、そうでないような、、、だから一般的にはとても分かり難い文となってしまうのだ。

・於底津石根宮柱布刀斯理【此四字以音】
訳文ではもれなく音読み指定の「布刀斯理」を「ふとしり」と読んでいるが、「ふとうしり」だろう。
底は港の石、根は宮柱、布刀斯理(ふとうしり)。
底(土台)の者たちはそれを港の石(ラピスラズリ?)と見做し、根の国の者たちはそれを宮の柱と見做す。
本当のことを知っているのは埠頭(ふとう)。つまり港の石が正解っぽいことが分かる。
またスサノオの系譜の登場する神の名に音読み指定箇所があり、私が「とうど」と読んだところがあったが、それは「凍土」を意識した。
何故かと言えば「ふとう」は「埠頭」だけでなく「不凍」にも掛けられていると思ったからだ。

・於高天原氷椽多迦斯理【此四字以音】而 居
現代語訳は「高天原に氷椽たかしりて(壮大な宮殿を建てて)住め」であるが、文が成立していない。
現代ではこの「氷椽(ひぎ)(氷木)」を神社の屋根の木材が交差している部分のこととしているようだ。
別名「千木」の呼称のほうがより一般的。
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写真はWiki出雲大社より

神社の建物にこれが造られるようになったのは古事記の文章に由来したに違いない。どう考えたって後付である。
「椽」には「たるき」という訓読みがある。意味は垂木であり、屋根の部分の木材を指す。
軒の部分の垂木を剥き出しにしておかず覆うことを鼻隠という。(ちなみにスサノオはイザナギが鼻を濯いだ時に生まれた子)
垂木(たるき)の語源は「たるひ」。
「たるひ」は「足る日」で良い日や吉日という意味がある。
もう1つの「たるひ」は「垂水」。氷柱(つらら)の別称である。
つまり「氷椽」は氷の垂木ということで「氷柱」であろう。
「椽」は新字体では「縁(えん)」であることからも分かるように、縁という意味もある。
それで訓読みすれば「氷の縁」ということになる。
多迦斯理は(たかしり・高知り・多寡知り)。
高天原での氷柱の高さや氷の縁の多さを知って住みなさいという意味だ。
高天原における掟(多寡を知る、自然や人に順応し時に拒絶すること)を知って住みなさいとも取れる。 


皮肉にさえ気付かない・・

スサノオは逃げ出した大国主神に皮肉(嫌味)を言ったのである。
こちらに書いた通り、スサノオが問題児であることは間違いないが、どこか野性味漂い、形振り構わない泥臭さがある。
自分には統治出来ないと泣き喚いていたのは、自分の不足や相手の能力を素直に認める強さの表れとも取れる。
スサノオは大国主神が国を治める器でないことを見抜いていた。
その方法が正しいかどうかはともかく、だからこそ彼は彼なりに大国主神に洗礼を与えた。
しかしそれに応えることなく逃げ出したので精一杯嫌味を放ったというわけ。
スサノオの言葉は本心とは全て逆である。

最後の「是奴也」という語にそれが端的に表れている。
現代語訳では「こやつめ」と訳しているが、「この野郎」など訳すものもある。「おのれー!」でもいいかもしれない。


黄泉比良坂

スサノオは逃げた大国主神を追いかけて黄泉比良坂まで来た所で上記言葉を叫んだ。
黄泉比良坂はイザナギが黄泉に行った話の中に出てきた場所。
イザナギは雷神や化け物やイザナミに追いかけられるのだが、ここで化け物たちを桃の実3つで追い払い、さらに道を大きな岩で塞いだ。
だからここが黄泉国と地上との境であると言われている。
イザナギはここでイザナミに離婚を切り出し、失望したイザナミが「そんなことを言うならば私は1日に人間たちを1000人殺します」と言い、それに対してイザナギが「それなら私は私は1日に1500の産屋を建てます」と返したという逸話が語られている。
これが1日あたりの人間が生まれ死ぬルーツだとか。

しかしこれはイザナギが死んだ妻を追いかけて黄泉国に来なければ起きなかった騒動である。
また産屋を建てることと命が生まれることは決して同じではない。
死と生の対比になっていない。人の死に対して新築の産屋の数で対抗するという何ともちぐはぐなやり取りである。
しかし多くの人はこのちぐはぐなやり取りに気付かない。
中味よりも外見重視の世界を予想したということだろうか。
スサノオというのは黄泉から逃げ帰ったイザナギが穢れを落とす過程で生まれた子で、妻との交わりから生まれた子ではない。
ペアで交わりの象徴の神だったのに、女が誰もいない状況で子を生んでいる。
このあたりにも生ではなくて物質という気配を感じてしまう。
ともかくこのイザナギとイザナミの黄泉比良坂の場面がスサノオと大国主神の場面への伏線となっている。
また根堅州国と黄泉国が同じであることを知るのはスサノオが叫んだこの場面である。

おそらくこういう位置づけにあるのではないだろうか。
高天原(上界)― 中つ国(中界)― 黄泉・根堅州国(下界)

天国-人間界-地獄、そう示せば分かり易いが、そういうことではないと思う。


憧れる人を間違えてはいけない

大国主神はスサノオの投げた言葉通りに、兄弟の八十神を倒して国を作り始めた。
この後、古事記では稲羽で結婚した八上比売にも触れている。
ここも分かり難い箇所である。

故其八上比賣者 如先期 美刀阿多波志都【此七字以音】 故其八上比賣者雖率來 畏其嫡妻須世理毘賣而 其所生子者刺挾木俣而 返故 名其子云木俣神 亦名謂御井神也
さて、かのヤガミヒメは、先の約束通りに夫婦の契りを結んだ。そして、そのヤガミヒメは、連れて来られたのだが、その本妻のスセリビメを恐れて、その生んだ子を木の俣に刺し挟んで帰っていった。そこでその子を名付けて木の俣(キノマタ)神と言い、またの名を御井(ミヰ)神と言う。

八上比売とその仲間たちは「美刀阿多波志都(みとうあたはしと)」だった。(?ですか?)
「見とう、阿多の物(美しい刀)を、橋(端)と」という気持ちを表しているのではないだろうか。
阿多というのはこちらで説明したとおり地名だと思われる。
そこでは三種の神器の1つとして扱われている鏡(八尺鏡・八咫鏡)が阿多発の男性の鏡(男性器)だったのではないかという説明をしたわけで、ここでの美刀にもやはり男性器の意が込められていると考えられる。
それを見たいということなのである。
橋(端)というのは、「稲羽の白兎」の和邇(ワニ)のことである。
八上比売とその仲間達にとっての和邇は衣服を剥ぎ取った象徴なわけである。

そうして八上比売は兎ちゃんを沢山引き連れてきたわけだが(結構悪趣味・・)、そこには畏れ多き本妻・須世理毘売がいた。
須世理毘売は何と言っても箸を流すことを良しとしたスサノオの娘。
黄泉国にいたにも係わらず大国主神に見初められ、追う父を振り切って逃げてきたという強者。
黄泉から逃げ帰るというのはスサノオの父・イザナギを彷彿する。イザナギは生を物に変えた者。
八上比売は須世理毘売に憧れ追いつきたいと思い、そこで生まれた子を木の股に挟んで刺した。
するとかつてイザナギがしたように殺した者から神が生まれた。
その子らを木俣神と言う。 またの名は御井神。御井を「みい」と訳しているが恐らく「ぎょい」だろう。
御意(ぎょい)、目上の人に同意する心である。(意礼がここでも活きている)
この箇所を紐解くポイントは八上比賣の後に付いている「者」であった。

神社の上で交差している木材「「氷椽・氷木・千木」は木俣神の形代であると思われる。


何が違うのか?という心の叫び

国造りを始めた大国主神であるが、彼は自分一人で統治したことがない。共同君主がいた。少名毘古那と、もうひとりの神(大物主と呼ばれることもあり)。
どちらも海からやってきたと記されている。
大国主神はやはり一人で国造りする自信がなかったのだ。そのことは文として綴られており、協力者を求めたともある。
この場面から、大国主神が天照大御神一派に国を譲った場面、いわゆる「国譲り」までは結構長い。
また大国主神はスサノオから5代くらい後の世代であり、かつて須賀にいたスサノオも今や黄泉国(根堅州国)にいるわけだが、天照大御神たちは何故にまだ現役なのかという疑問もある。
しかしここではそれらは端折って「国譲り」の条件場面に飛んでみよう。

僕子等二神隨白 僕之不違 此葦原中國者隨命既獻也 唯僕住所者 如天神御子之天津日繼所知之登陀流【此三字以音下效此】天之御巢而 於底津石根宮柱布斗斯理【此四字以音】 於高天原氷木多迦斯理【多迦斯理四字以音】而 治賜者 僕者於百不足八十坰手隱而侍 亦僕子等百八十神者 卽八重事代主神爲神之御尾前而仕奉者 違神者非也
私の子の二神の言う通りに私も背きません。この葦原中国は、命令のままに差し上げましょう。ただ私の住む所は、天つ神の御子が天つ日継知らしめす壮大な天の宮殿のように、底つ石根に、柱を太く立てて大空に棟木を高く上げて造営するならば、私はずっとひっこんだ隅に隠れていましょう。また私の子どもの百八十神は、ヤヘコトシロヌシ神が、神々の前に立ち後に立って仕えるのならば、背く神はいないでしょう。

注目すべき2箇所。上に載せたスサノオが投げかけた言葉の音読み指定箇所とそっくりな文がここにあるのだ。

・於底津石根宮柱布斯理【此四字以音】・・・大国主神
 於底津石根宮柱布斯理【此四字以音】・・・スサノオ
私はスサノオの箇所では「ふとうしり」と読んだが、こちらは「ふとしり」であろう。
太尻ということでどっしり重量感を表現したもの。大きく重いものが良いという価値観が見える。

・於高天原氷多迦斯理【多迦斯理四字以音】而・・・大国主神
 於高天原氷多迦斯理【此四字以音】而・・・スサノオ
木では縁という意味はなくなる。また木だけでは「たるき」を意味しないので垂れるという意味も無くなった。
氷の木といえば樹氷、微小な水滴が木に付いて凍ったもの。木に結ばれた子、木で刺された子を彷彿する。
それが大国主神の知っている高天原の姿なんだろう。

僕の子ら二神が申したことに僕も相違ありません。この葦原中つ国は、御命令のとおり献上いたします。
ただ僕の住む所は、天神御子の天津日嗣の知るところの、これ「とうだりゅう」の天の御巣で、底港石と根宮柱についてはふとしり(太尻)とし、高天原に於ける氷の木の高さを知って賜り者には治めてほしい。
僕の者については周辺のあちらこちらで余計なことはせずに仕えます。また僕の子の百八十神すなわち八重事代主神が神の御尾前で仕えれば違う者はいません。
・・・・私の訳

スサノオと逆に大国主神は静かに密かに高天原の実態を暴いているように思う。
スサノオが自分の不足と相手の能力を認める強さや泥臭さを持っていたとするならば、大国主神は自分の不足と協力者を求める弱さと正直さを持っていた。






by yumimi61 | 2014-12-30 12:37