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大正 拾壱

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「タウヒードとジハード集団」⇒「イラクの聖戦アル=カーイダ組織」⇒「ムジャーヒディーン諮問評議会」⇒「イラク・イスラム国」⇒「ISIS・ISIL」⇒「イスラム国」

■タウヒードとジハード集団

2000年頃、ヨルダン生まれのイスラム主義活動家によってヨルダンを中心に築かれた集団。

2001年、アフガニスタン紛争
9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の首謀者として見做されたウサーマ・ビン・ラーディン(アルカーイダ)の引き渡しに応じなかったアフガニスタン・タリバン政権に対し、アメリカ・イギリスを中心とした多国籍軍(有志連合諸国)及び反タリバン政権勢力が集団的自衛権を発動して行った武力行使。対テロ戦争。
この時に日本も海上自衛隊を後方支援として派遣した。
タリバン政権は倒されたがウサーマ・ビン・ラーディンを見つけ出すことは出来なかった。
潜伏先(パキスタン)が判明したのは2011年、5月2日にアメリカ軍の作戦によりウサーマ・ビン・ラーディンを殺害したとアメリカ政府が発表した。
紛争は今なお続いている。
このアフガニスタン紛争後に「タウヒードとジハード集団」はイラクに接近した。

2003年、イラク戦争。
アメリカとイギリス・オーストラリア・ポーランドの有志連合及び多国籍軍対イラクとのイラク戦争。
日本もイラクに自衛隊を派遣した。
アメリカを中心とした多国籍軍の兵士も4000~5000人戦死している。
(アメリカ国籍取得を目的に入隊した者はカウントされていない。また軍に従事する民間軍事会社の死者も含まれていない)
イラク戦争で民間警備会社は、アメリカ正規軍を上回る計18万人が活動していたという。
その活動内容は政府も管理しておらず、誰を殺しても誰に殺されてもさしたる問題にはされていなかった。
民間警備会社の警備員による虐殺・暴行も報道された。
(2003年の正規)イラク戦争後に「タウヒードとジハード集団」はイラク国内でさまざまなテロ活動を行うようになる。


■イラクの聖戦アル=カーイダ組織

2003~2004年頃、アル=カーイダと合流し、名称を「イラクの聖戦アル=カーイダ組織」と改称した。
活動地域はイラク。組織はアラブ諸国などの外国人義勇兵が中心であり、地元イラクの民兵としばしば衝突した。
アル=カーイダ・ビン・ラーディンへの忠誠を宣言し、犯行声明などにおいては反米感情を露わにしたが、ヨルダンにて組織された当初の集団の目的は国際的な活動ではなくヨルダンの王制打倒であったため、アル=カーイダとの関係についてはいまひとつ明確ではないと言われる。
しかしながらイラク政府関係者との接触や大量破壊兵器を保持していたのがこの組織だとされ、2003年イラク戦争のきっかけになった組織でもある。

2004年頃から犯行の残虐性がアピールされるようになった。
イラクに滞在中の外国人などを拉致して人質にし、覆面の男達が斬首して殺害する様子をインターネットや中東のメディアに発信した。
「ザルカーウィーのグループ(ザルカウィ容疑者)」としてお馴染みだが、組織が1つなのか、ザルカーウィーのグループが幾つか同時進行的に存在したのかも明確ではない。
ザルカーウィーというのが「タウヒードとジハード集団」の創設者であるヨルダン人である。

2005年、イラク国内のシーア派へ全面戦争を宣言した。

■ムジャーヒディーン諮問評議会

2006年1月、他のスンニ派武装組織と合流して名称を「ムジャーヒディーン諮問評議会」と改称。

2006年6月、ザルカーウィーの潜伏先を標的としたアメリカ空軍の爆撃によって死亡したと発表された。

■イラク・イスラム国

2006年10月、解散し他組織と合流して「イラク・イスラーム国」と改称した。組織の指導者がアブー・ウマル・アル=バグダーディーに代わる。この人物はこの直前にアメリカ軍に拘束され収容所に入れられていたという。そこで現在のイスラム国の幹部との関係を築いた可能性が指摘されている。
アメリカ軍は当初この人物の存在を認めていなかった。

2010年4月、アメリカ軍とイラク軍の合同作戦によりアブー・ウマル・アル=バグダーディーの死亡がイラク首相より発表された。
後の指導者はアブー・バクル・アル=バグダーディー。(名前がそっくりだけどウマルとバクルで違う)

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【アラブの春】
2010年から2012年にかけてアラブ世界において発生した、前例にない大規模反政府(民主化要求)デモや抗議活動を主とした騒乱の総称。
いわゆる革命。暴動を伴う。政権打倒クーデター。新時代らしくSNSが活用された。
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(2011年3月11日 日本では東日本大震災と福島原発事故にて犠牲者多数)・・・反原発運動が発生した。
(2011年5月 前述したとおり、アメリカ軍が911テロ首謀者に指名されたウサーマ・ビン・ラーディンを殺害)
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作戦を見守るアメリカ政府
これが演技でないならば大統領を目指すヒラリー・クリントン氏にとってはマイナスになるだろうと私が心配した写真。


イラク戦争(正規軍による大規模な戦闘)は2003年中に終結したが、イラクでは治安が悪化し国内での戦いは引き続き行われていた。
この時に主になっていたのがテロ組織や地元民兵と民間軍事会社の要員による戦いだと思われる。
2010年8月31日にオバマ大統領によって改めて「戦闘終結宣言」が出されて、2011年12月にはアメリカ軍が完全撤退し、イラク戦争の終結を正式に宣言した。

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アラブの春を端にしてシリアでもアサド政権への抗議活動が本格化し、2011年2月頃に武力衝突が起こるようになった。
2012年6月に国連が「シリアは内戦状態」と、アサド大統領が「シリアは戦争状態」と発表。
2012年末頃から、シリアでの化学兵器の使用が取り沙汰される。(サリンの原材料を使用したとの報道に関してこちらに書いたことあり) 
2013年、ロシアの仲介により化学兵器の廃棄に合意した。
アサド政権は2014年6月に再選を果たし、シリアに春は来なかった。

アメリカなど先進諸国は自らの影響力が広くその国の民に及んでくれる民主化を推し進めたいのは山々なのだが、独裁者と言われる権力者の後援者や後ろ盾という側面も持ち合せていた。
また反政府勢力の立場に立つと過激派と目的を同じにすることにもなってしまうという複雑で厄介な要素が絡んでいる。
とにもかくにもアメリカはアサド政権には批判的であった。
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■「イラク・シャーム・イスラム国(ISIS)」 別名:「イラク・レバント・イスラム国(ISIL)」

2013年4月、アル=ヌスラ戦線(シリアで活動するスンニ派の反政府武装組織)は下部組織であり、今後は合併して改称すると発表した。
この時にシリアへの関与強化が鮮明になった。

2013年7月、イラクの刑務所を襲撃し、多くの受刑者を脱獄させた。
脱獄者の中には組織の幹部や戦闘員も多数含まれており、今回の襲撃をもってイスラム教徒を牢獄から解放する一連の作戦は終了したとの声明を出した。

2013年8月、アレッポ近郊のシリア空軍基地を制圧した。
2013年9月、自由シリア軍がシリア軍から奪還し1年近く支配下に置いていたトルコ国境沿いのアッザーズを戦闘の末に制圧した。
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この頃にちょうど前述したシリア・アサド政権の化学兵器使用が国際問題となっていた。
アメリカとイギリスはアサド政権が(市民などに対しても)化学兵器を使用したと結論付けて武力行使も辞さない構えを見せたが、イギリスは議会で武力行使容認が否決された。
ロシアで開催されたG20首脳会議でもこの問題が話し合われ、行使すべきというアメリカやフランスに対して、ロシアと中国が反対の姿勢を貫き、平行線のまま会議は閉幕。
その後ロシアの仲介によってシリアは化学兵器廃棄に同意した。
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ロシアと中国がアサド政権を積極的に支持しているのかどうかはよく分からないが、ロシアと中国が反対にまわれば、シリア政府を非難し国連に訴えても安全保障理事会の決議によって否決されてしまう。
これを打破するためにアメリカのオバマ大統領が主導して、2012年に「シリア・アサド政権を非難批判する会(別名:打倒アサド政権の会)」を結成した。
つまり国連の外に出てしまったということなのだ。(アラブの春に屈した国連)(常任理事国ではない日本にもチャンスがありますよ!)
「シリア・アサド政権を非難批判する会(別名:打倒アサド政権の会)」は私が勝手に付けた名称で、本当は"Group of Friends of the Syrian People"と言うらしい。
日本語に訳すと「シリアの友人たち」だそうで、「トモダチ作戦(Operation Tomodachi)」を思い起こさせる作戦になっている。
このグループの会合が2013年10月にも開催された。参加国は、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、エジプト、ヨルダン、カタール、サウジアラビア、トルコ、アラブ首長国連邦の11カ国のシリアトモダチ国。(日本の名はない)
これにシリア反体制派代表も加わった。将来のシリア政権にアサド大統領を参加させないことで全会一致。
またこの友達グループはシリアの反体制派が必要とするあらゆる装備を緊急に供与するとの声明も出している。(ドイツとイタリアはこの声明にはやや難色を示した)
一口にシリア反体制派と言っても、そちらも幾つかの勢力があり、一筋縄にはいかないと思われる。
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2014年2月、アルカーイダが「イラク・シャーム・イスラム国(ISIS)」とは無関係であるとの声明を出した。


■イスラム国

2014年6月、シリア・イラク両国のISIS制圧地域にイスラム国家「イスラム国」(組織名を改称)を樹立すると宣言した。
同時にアブー・バクル・アル=バグダーディーがムハンマド(イスラム教開祖・預言者)亡き後のイスラム教(イスラム国家)の最高指導者であると発表。
イスラム教の場合は、最初から(ムハンマドからして)自らが「神」であるとは謳っていない。あくまでも預言者に徹している。
ムハンマドは預言者であり、政治家であり、軍事的指導者でもあったのだ。
そういう意味においては人間を神にしてしまう宗教とは一線を画していると言える。
しかし逆に、もはやこの世に存在しない人物を今なお崇めていることは、イスラム教の長所を無視したものとも言える。
一方で、イスラム教徒が真に目覚めた場合には、そちらのほうが遥かに脅威となる可能性を秘めている。

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シリア反体制派(反アサド政権)にあらゆる装備(資金もかな)を供与したことが、結果的に「ISIS/ISIL」を急成長させ、イラク侵攻を活気づけ、制圧地を拡大させた。
前述したとおり反体制派と言っても幾つかの勢力がある。
反体制派のシリアトモダチ国があれば、体制支持派のシリア友達国もあるかもしれない。
友達ってなに?という経済至上主義の国や民間企業の参入や介入も予想できる。
シリア国内においても友達関係や恋愛関係は流動的で、昨日の敵は今日味方ということもあるだろう。
そうすれば人間だけではなく装備(武器)や資金も一緒に動くこともある。
強固な宗教心や愛国心を背景にしたものならば変化しにくいが、目的が違う外国人が多く入国していれば流動的となるのは避けられない。
自由を謳歌していそうで完全にコントロールされている(麻痺している人)が多い昨今だが、人の価値観や生活は一様ではない。
支援や介入が「イスラム国」を樹立させたと言っても過言ではないと思う。
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束の間でいい、この息苦しい世界から抜け出したい、あの夏僕は、目を閉じて空を見上げた。

2014年8月8日、オバマ大統領がアメリカ軍はイスラム国に対して限定的な空爆を開始すると宣言し、同日より開始された。
私はその頃のことをとてもよく覚えている。マウスのことを書いていた頃だ
空爆は8月はイラク国内に限り、9月に入るとシリアにも拡大した。
フランス、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン、ヨルダン、ベルギー、オランダ、イギリス、デンマーク、ギリシア、カナダ、オーストラリアが次々と作戦への参加を表明。

10月には作戦名「Operation Inherent Resolve(生来の決意作戦)」も発表され、軍事のみではなく外交や諜報、経済などの手段も使うことにも言及した。
日本語訳の「将来を決意生来の決意作戦」はどんなものでしょう?
「固有の解決作戦」のほうが良くないですか? 
半分だけよ~大人の真似~、後の残り~純粋なまま~♪
「いやいやちょっと待ちなさい」とアメリカに同調する国々。

市民をも巻き込むような化学兵器を使用するシリア・アサド政権には反対し、反体制派を支援して政権を取らせたとしても、その政権が意のままに動くとは限らない。
歴史や現状、宗教的背景を見ればその可能性は極めて薄い。要するに「反アサド政権」でとりあえず繋がっているだけの関係なのだ。
政権奪取後にはそれなりの権限を与えなければ不満因子がいつ再び爆発するとも限らない。
しかし大きな権限を与えたのでは元も子もない。
今でさえ、権力の奪いあいだろうか、同じ「反アサド政権」であっても武力衝突が起こっている。お先真っ暗。

そうなった時に頭をよぎるのは壊滅・全滅であろう。
爆撃によってイスラム国勢力を根こそぎ叩こうということだ。
しかしこれは極めて危険な作戦になる。
時代が変われば、ヒトラーとユダヤ人の関係のように、特定の民族や国への迫害や大虐殺と扱われかねない。
「イスラム国には欧米人も多数参加しているんですよ。決して特定な民族や国ではありません」
「悪いのは悪いことをする人なんです!」

考えるのにも疲れた頃、僕はある妄想に取りつかれた。
「いっそのこと、あの場所はもうサバイバルゲーム場にしてしまえばいい。エアガンだなんてチンケなものを使う必要は無い。正真正銘嘘偽りなく命を懸けた戦いさ。黒いマスクを被れば誰だって参加できる。彼だって、僕だって。そう君もね。」


「バラクラバの流行に困惑している」と言ってほしい。

イスラム国のシンボルのようにもなっている黒いマスクだが、あれはバラクラバと言う。(以前こちらにも書いた

クリミア戦争(1853年-1856年)中の1854年10月、東ヨーロッパの黒海に面した町バラクラヴァでイギリス軍とロシア軍が争ったバラクラヴァの戦いにおいて、寒冷な気候の戦地に出兵するイギリス兵のために妻たちが顔ごと覆う手編みのウールの帽子を持たせた。その帽子を被って戦った地名から「バラクラバ(バラクラヴァ)」(英:Balaclava)と呼ばれ、世界的に広まった。

イギリスよりクリミア半島とかあの周辺のほうが寒いんですか?






by yumimi61 | 2015-01-28 18:56