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昭和 弐拾捌

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倭寇

盧溝橋事件の翌日の7月8日、蒋介石は日記に「倭冦の挑発に対して応戦すべき」と書き記して、軍隊を華北へ向かわせたという。

※倭冦(わこう)とは?
一般的には13世紀から16世紀にかけて朝鮮半島や中国大陸の沿岸部や一部内陸、及び東アジア諸地域において活動した海賊、私貿易、密貿易を行う貿易商人の事である。

現代では反日の朝鮮人や中国人による、朝鮮半島や中国大陸の沿海地域を侵犯し略奪した日本人への蔑称となっている。
日本に鉄砲が伝来して以降、日本は世界有数の鉄砲保有国となった。
徳川家康が天下を取り江戸時代になってからは、武器輸出の禁止や海賊行為の禁止が徹底されたが、それまでは武器や麻薬などが密貿易されたり、それが侵犯・略奪に利用されていた。
明治維新が九州地方や中国地方の藩によって主導されたことは、ある意味自然な流れである。

※村井章介(東京大学名誉教授、立正大学教授)による倭寇
当時国家概念が明確ではなく、日本の九州、朝鮮半島沿岸、中国沿岸といった環東シナ海の人々が国家の枠組みを超えた一つの共同体を有しており、村井は彼らを「倭人」という「倭語」「倭服」といった独自の文化をもつ「日本」とはまた別の人間集団だとし、境界に生きる人々(マージナル・マン)と呼んでいる。村井によれば、倭寇の本質は国籍や民族を超えた人間集団であり、日本人、朝鮮人といった分別は意味がないと述べている。

この倭寇観には多くの批判もあるが、私はそれほどずれた論ではないと思う。
ただ誤解を生みそうなのが「倭」という文字である。倭人や倭国に通じてしまうからだ。
下記緑字はこちらの記事で私が書いたもの。「倭」や「倭国」の意味も1つではないということなのだ。

倭国というのはかつての日本である。しかし現在の国の在り方とは違う。
こちらの「象徴日本」に書いたように、諸国家の連合体、または連邦国家だったのである。
諸国家にはそれぞれ王なる人物がいた。(五王が知られているので少なくとも5ヶ国あったと思われる)
その中でも一番力ある王がいた場所(連合体の首脳)、または政治中枢(本部)があった場所が、奈良だったのではないだろうか。
従って倭国という場合には、この本部のあった奈良を指す場合もあれば、連合に属していた国を指す場合もある。
対外的には各諸国の王は自国を「倭国」と称したようなのである。
自国名よりも「倭国」のほうが通りがよかったということなんだろう。


日本発の海賊の物語である『ONE PIECE』という漫画あるが、たかが漫画と言えど、「ああやっぱりね」「日本の象徴だね」という感想を持つ人だっているはずなのだ。


始まりは7月7日であり、8月15日だった。

7月11日、盧溝橋近辺での武力衝突は現地軍どうしで停戦協定が締結された。
しかし同じ日、、日本政府(近衛内閣)は関東軍と朝鮮軍を華北に派兵することを命じた。
また「近畿以西の全陸軍部隊の除隊延期」及び「現地解決」「不拡大方針」を閣議決定し、事件を「北支事変」と名付け、「北支派兵に関する政府声明」を発表した。
今回の事件は中国側の計画的武力行使であり、日本はこれに対して自衛権を行使するために派兵(増員)するという見解であった。

首相の近衛文麿は第一次世界大戦のパリ講和会議の際の日本の首席全権であった西園寺元首相に同伴した人物である。
細川護熙元首相や国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)会長兼日本赤十字社社長は孫にあたる。
事件の1か月前の1937年6月4日に首相に就任していた。
就任直後には「国内各論の融和を図る」ことを大義名分として、治安維持法違反の共産党員や二・二六事件の逮捕・服役者を大赦しようと主張した。
反対者もいて実現はしなかったものの周囲を驚愕させた。

盧溝橋事件以降は、矛盾を抱え不可解に迷走する。
それは「現地解決、不拡大方針」と「停戦無視、派兵」という相反する決定に端的に表れている。
もっともそれは中華民国側も同様だった。

盧溝橋事件後すぐさま、かねてから抗日姿勢を見せていた中国共産党が中国国民党に対して抗日戦争を呼びかけた。
7月15日には国共合作(中国国民党と中国共産党の協力関係)による全面抗戦を強調する。
7月17日には蒋介石が「中国は弱国であり戦争を求めてはならないが、やむをえない場合は徹底抗戦する」と表明する。(この日に日本政府は1000万円の予備費支出を閣議決定)
7月19日、中華民国政府は排日運動を取り締まることを約束する一方、盧溝橋事件の現地解決は認めないと日本側に通告した。
蒋介石は日本軍との妥協を模索する素振りも見せたが、7月20日国民革命軍の第29軍37師部隊が盧溝橋付近で日本軍に攻撃した。
また中華民国では「抗日七君子」をはじめとする政治犯が順次釈放されていった。
これは前年12月に発生した西安事件(張学良らによる蒋介石拉致監禁事件)の際、蒋介石に対する要求に含まれていた事柄である。
7月23日、中国国民党は再度全面戦争を強調した。


7月25日の郎坊事件発生。結果同地を日本軍が占領。日本軍は北京城から国民革命軍第29軍37師部隊を撤退させてほしいと最後通告を行ったが中華民国はこれに応じず。
7月26日には広安門事件発生。(この日、日本政府はおよそ1億円の事変費予算案を閣議決定していた)
こうした両軍の小競り合いが続いた中、7月28日には華北にて両軍が前面衝突するに至る。
日本政府は7月31日には4億円超の事変費予算を追加し、これを受けて8月2日には増税案を発表した。
8月8日、蒋介石は「全将兵に告ぐ」と題する演説を行い、抗戦の決意を表明した。
8月9日、大山事件。
8月13日、(第二次)上海事変。

満を持して迎える8月15日。
近衛は「卑劣なテロリストたちを決して許さない。その罪を償わせる!」「もはや隠忍その限度に達し、支那軍の暴虐を膺懲し、南京政府の反省を促す」との声明を発表した。
「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」は「暴戻(ぼうれい)支那(しな)ヲ膺懲(ようちょう)ス」を短くした言葉で、暴虐な支那(中国)を懲らしめよ」との意味。
第二次世界大戦に突入するとこれに「鬼畜米英」が加えられ、「鬼畜米英、暴支膺懲」が戦争スローガンになった。
私達は戦争のドキュメンタリーやドラマや書物、伝え語りによって「鬼畜米英」という言葉を見聞きしたことはあるが、「暴支膺懲」を見聞きする機会は全くといってない。
これは大東亜戦争という名称が太平洋戦争にすり替えられたことと関係があるだろうか。(漢字の画数が多くて難しいから?)

同日、中華民国政府(中国国民党)も中国共産党も大規模な抗日戦への意欲を明確にした。
こうしていよいよ中国全土での日中全面戦争が始まった。


一致することの難しさ

倭寇問題に似たことであるが、どこにアイデンティティを持っているかによって大きな違いを生んでしまう。
民族なのか、人種なのか、宗教なのか、言語なのか、出生地なのか、居留地なのか、趣味嗜好なのか。
人種というDNAに支配されての行動なのか、家族というDNAに支配される行動なのか。
恨みによる行動か、愛による行動か。恨みと愛は背中合わせではないのか。愛はDNAに勝ると言い切れるのか。
利益を追求するための行動か。その利益とは誰の利益なのか。天皇か国か自分か。国とはいったい何を指しているのか。

こうした要素が複雑に絡み合うので、集団や組織というものは例外なく問題を孕んでいるものなのだ。
「国民総動員」「挙国一致」「民族団結」「国家総力戦」「国民一致団結」、こんな言葉は根っこから怪しむべきものである。
ここにも例外はない。
こちらはダメでこちらは良いなどという一致団結は在りえない。
戦争への団結も、震災や原発事故や反テロの団結も基本同じものである。
社会がコピーしたように一様に団結や絆を声高に叫び始めたら疑ってかかるべきだと思う。



美しい空気、美味しい空気

日中全面戦争が始まった後の各界の反応。

●蒋介石
自軍が日本軍の前に敗走を重ねる原因を「日本軍に通じる漢奸(漢民族の裏切り者)」の存在によるものとして取締りの強化を指示し、漢奸狩り(虐殺)を行った。

→漢民族の裏切り者ということは、満洲民族やモンゴル系民族は端から仲間だと思っていないと受け取れる。
また日本軍にも様々あって、その全てなのか、特定の軍なのか、日本軍だけでは分からない。

●ニューヨークタイムズ
1937年8月30日記事で「北京での戦闘の責任については見解がわかれるかもしれないが、上海での戦闘に関する限り事実はひとつしかない。日本軍は戦闘拡大を望まず、事態悪化を防ぐためにできる限り全てのことをした。中国軍によって衝突へと無理矢理追い込まれてしまった」と報じた。

→上海での戦闘に関する限りという条件付き。

●国際連盟
1937年9月28日、日中紛争諮問委員会総会で日本軍による中国の都市への空爆に対する非難決議を満場一致で採択。8月15日から9月25日までの合計11次に及ぶ日本軍による「無差別攻撃」は同年4月26日のゲルニカ爆撃と並んで、世界航空戦史未曾有の大空襲だとされた。

→中華民国(満洲国)が原因で日本は国際連盟を脱退したという経緯がある。

●ローマ法王
1937年10月、ローマ法王ピオ11世(在位1922-39)は全世界のカトリック教徒に対して日本軍への協力を呼びかけ、「日本の行動は、侵略ではない。日本は中国(支那)を守ろうとしているのである。日本は共産主義を排除するために戦っている。共産主義が存在する限り、全世界のカトリック教会、信徒は、遠慮なく日本軍に協力せよ」と声明を出した。

→共産主義が存在する限りという条件付き。


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左図のピンクは日中戦争で日本が占領した地域。
右図の青い部分は蒋介石率いる国民政府の支配が強い地域。その他は軍閥の支配域。

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倭寇の活動地域


ここ数年すごく気になる言葉に「国際社会」がある。
世のお偉いさんは何かと言うと「国際社会」を引っ張り出しては「国際社会」好きを露呈している。
しかし国際社会に実体はない。
何を持って国際社会と言っているのか、私はいつも不思議に思いながら聞いている。
国際社会とはアメリカやイギリスのことだろうか。
ドイツやフランスなどEUも含めているのか。
国際連合のことだろうか。
はたまたマーケットのことか。
何かの会議?条約?議定書?
「これが国際社会です」と名指しできるものがなければ、「国際社会」と連絡は取れないはずである。
しかし「これが国際社会です」と決めれば、必ずや国際社会から脱落するものも出てくるはずである。
国際社会への加入は任意という認識で間違いないだろうか?
ということは、国際社会とはその都度該当者が違うと考えるべきなんだろうか。
逆を言えば、「加入しないならば国際社会から排除する」と脅すことにもなりかねないが、一方国際社会から排除されるのはその要件に限るとも取れる。
それともそうした確固たるものは何もなくて、国際社会との連携とはつまり、相場を読むように空気を読むことなんでしょうか。







by yumimi61 | 2015-02-21 11:07