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昭和 弐拾玖

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ドンペリとどんよりと曇った日
永遠に来ない春を思った
冷夏があっても暖冬があっても春が来ない年はないと
言っていた人がいたけれど
小説の結末を話しただけで血相変える
そんな人って少なくない

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重なる慶び!?

1937年9月2日、日本は盧溝橋事件を端に発した武力衝突を「北支事変」と名付けていたが、閣議決定にて正式に「支那事変」と改称した。

1939年9月1日、ドイツがポーランドへ侵攻。この日が第二次世界大戦勃発の日とされている。(関東大震災は1923年9月1日発生)
日本は1941年12月8日にアメリカとイギリスに宣戦布告した。(大東亜戦争、戦後は太平洋戦争と呼ばれる)
これにより戦火は世界中に拡大することになった。
その翌日12月9日に蒋介石の中華民国政府(重慶政権)が日本に宣戦布告し、1937年の盧溝橋事件から続いた事変は戦争になった。(日中戦争)
12月12日には支那事変(日中戦争)も含めて大東亜戦争とすると閣議決定された。


「支那事変」と改称された日から8年後の1945年9月2日、東京湾に停泊するアメリカのミズーリ戦艦の甲板上で、日本の降伏文書が調印された。
降伏文書とは日本と連合国との間で交わされた休戦協定(停戦協定)である。
日本が終戦記念日としている8月15日というのは本当は玉音放送記念日と言うべき日である。
その日は日中全面戦争が始まった1937年8月15日から7年目のことであった。


厳密に終戦終結と言うならば、さらにもう7年あまり待たなければならない。
1952年4月28日、日本と連合国側48ヶ国(ソ連等共産主義諸国を除く)との間の平和条約(サンフランシスコ平和条約)が発効された。(調印は1951年9月8日)
48ヶ国の中には日本とは交戦していない国々も含まれているが、ドイツに宣戦布告していた。
この条約発効によって戦争状態は終結し、連合国の占領も終わり、日本は主権を回復した。
同年同日、日本とアメリカの間の「安全保障条約」発効。
また日本と中華民国の間の「日華平和条約」が調印され、日中戦争(支那事変)も正式に終結した。

2013年3月安倍内閣は4月28日を「主権回復の日」とすることを閣議決定し、その年の同日、日本政府主催で式典が行われた。
この記事に使用した天皇皇后両陛下を囲んで万歳をしている写真がその式典である。
その翌日、4月29日は昭和天皇の誕生日で、現在は「昭和の日」となっている。


戦争は終わったのか?

【サンフランシスコ講和会議で調印しなかった国々】

●欠席して調印しなかった国
インド・ビルマ

●出席したが調印しなかった国
ソビエト連邦・ポーランド・チェコスロバキア

●招待されなかった国
中華民国(国民党政権)・中華人民共和国(共産党政権)


【調印しなかった国々とのその後】

・中華民国(国民党政権・のち台湾) 1952年4月 「日華平和条約」
・インド  1952年6月 「日印平和条約」
・ビルマ 1954年11月 「日本ビルマ平和条約」
・チェコスロバキア 1957年2月 「国交回復に関する議定書」
・ポーランド 1957年2月 「国交回復に関する協定」

・中華人民共和国 1972年9月 「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」(日中共同声明・日中国交正常化)
田中角栄首相と周恩来首相が署名したことにより成立した。
1978年には「日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約」も締結された。
周恩来はこちらに登場した
満洲の張学良が中国共産党に抗日共闘に誘われて極秘会談した人物であり、1917〜1919年の間、日本に留学しており、明治大学などで学んでいる。
この日中共同声明に基づき、日華平和条約は破棄し、それまで国交のあった中華民国に断交を通告した。
普通に考えれば、中華民国(台湾)は怒り心頭に発してもおかしくないと思うが、そこまで関係は悪化していないことを考えれば、なにかしらの裏取引があったのではないかと推察する。
日本と台湾の交流には石原慎太郎元都知事が一役買ったようだ。
一頃、尖閣諸島の問題が盛んに取り沙汰されたが、尖閣の領有権を主張しているのは、日本と中国(中華人民共和国)のみならない。
台湾(中華民国)も領有権を主張している。ただし台湾は正式に国家として認められていない。
東京都が実施した尖閣諸島寄附金などは台湾との関係を勘繰ってしまう。
台湾の立場を思えば、東日本大震災の際に日本への義援金が一番多かったということも俄かには信じられないことである。

・ソビエト連邦 1956年10月 「日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言」(日ソ共同宣言)
これにより戦争状態は終結し、国交は回復した。
引き続き両国の平和条約締結交渉が行われ、条約締結後にはソ連は日本へ歯舞群島と色丹島を引き渡すこととなっていたが、日本は択捉島および国後島の返還も求め、未だに平和条約は締結されていない。よって北方領土問題も解決していない。

・朝鮮
大韓民国 1965年6月 「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」(日韓基本条約)
これにより日本は韓国を朝鮮半島の唯一の合法政府と認め、韓国との間に国交を樹立した。
韓国を朝鮮半島の唯一の合法政府としたため、北朝鮮による朝鮮半島の北部領有を認めるわけにはいかず、国家としても認めていないが、非公式な交渉ルートはあるようだ。
ただし朝鮮半島が分割されたのは戦後のことであり、戦後処理が終了したとは言い難く、そういう意味ではこの地域では戦争終結には至っていないとも言える。(朝鮮は日本に併合されていたので日本の交戦国ではない)
また中国のように2つの政府の関係性がいつ突然ひっくり返るとも限らない。それは「国際社会」の意向次第ではないだろうか。


満洲国再び?

台湾も未だに独立国として認められていないわけだが、満洲国を復活させようという動きがあるらしく、満洲国臨時政府なるものが組織されている。
2004年に香港で成立し、本部を日本(東京都足立区千住曙町・・)に置いているという。
反中国共産党で中華人民共和国からの独立を目指しているようだ。

中国では臨時政府というものが幾度も作られてきた歴史があるので、その活動力や影響力、持続性はともかくとして一概に否定できるものではないのかもしれない。


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来ないことに狼狽える人あれば
繰り返しに溜息漏らす人もあり
膨らんだ希望が弾けて大人になっていくんだと
したり顔で話すほど成熟したとは思いたくなくて

それでも延々に続いてきたものは
この先も延々に続くのだろうか
悲観と楽観が交差する場所で
誰ひとりとして結果を見ることなく
誰ひとり違わずリタイアしていく

この世で一番強いものは愛だと言えば
誰もが疑いもなく頷いて美しき涙を流すけれども
この世で一番強いものは時代すら超えて息衝く恨み
その極めて古典的で革新的な確信を
言葉に置き換えることなく溜めていく

人の心を満たすのは容易ではなく
物で癒せるとは到底思えないけれど
人の心を溶かすことができる唯一なものがお金だということは
どう転がしても揺るがない史実であり
その輝きと絶望を胸に僕らは眠りに就いて
青すぎる朝を迎える








by yumimi61 | 2015-02-22 12:44