人気ブログランキング |

by and by yumimi61.exblog.jp

カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

昭和 参拾壱

e0126350_11362037.jpg




君主と政治家とビジネスマン

ロシアの経済改革はアメリカが主導したという記事を書いたことがある
このロシアはソ連になる前のロシアではなく、ソ連を経た後のロシアである。
ロシアの経済改革に関与したと言われるアメリカの経済学者御二人を取り上げたが、どちらもユダヤ系である。

実は第一次世界大戦中に起こったロシア革命で勝利者となった過激派ボリシェビキ(レーニンが率、ロシア共産党の前身、ソビエト政権とソビエト連邦を誕生させた)幹部の多くもユダヤ系だったと言われる。
過激な革命家に資金援助したのもやはりユダヤ系。
ユダヤ系としてしられるのがよく知られている資本家はロスチャイルド家だろう。
1700年代後半にフランクフルトのゲットー(ユダヤ人隔離居住区)出身のマイアー・アムシェルが銀行家として成功したことに始まる。
彼の5人の息子が5ヶ国(フランクフルト家、ウィーン家、ナポリ家、ロンドン家、パり家)に分かれて銀行業を拡大させていった。これを「5本の矢」という。
しかしフランクフルト家とナポリ家は1901年に、ウィーン家は1938年に閉鎖され、現在まで続くのはロンドン家とパリ家である。ということは「3本の矢」ですね?


当時ロスチャイルドはロシア帝国の油田の権益を持っていたので、表だって敵対したり敵対勢力の味方になることは出来なかった。
そこで登場するのがアメリカである。
アメリカの「クーン・ローブ商会」が資金援助したのである。
経営していたのはユダヤ人資本家のジェイコブ・シフ。
ロスチャイルド家の始祖と同じくフランクフルト出身であり、一家の代理人を務めるほど強い繋がりを持っていた。

日露戦争の時の戦費を日本に貸し付けたのもクーン・ローブ商会(ジェイコブ・シフ)とロスチャイルドという同じ構造にあった。
また資金を貸し付ける者と武器を販売する会社が同じグループにあれば、戦費を貸し付けても高い武器を売り付ければすぐさま資金は戻ってくる。
貸付には高い金利を乗せてあるから後々まで美味しい思いが出来るという仕組みである。
前に日本は金融戦争に負けたと書いたけれど、日本でも三井や三菱、安田などの財閥や一部政治家は大いに恩恵に与ったのだ。

ロシア革命とは一部ユダヤ人による革命であり、その後のソ連は一部ユダヤ人が牛耳っていたことになる。


今に続く火種地域

ロスチャイルド家の存続組ロンドン家とパリ家。国で言えばイギリスとフランス。
イギリスとフランスと言えば、あれを思い出しますね?
そう、先日書いた国際連盟委任統治領である。

●シリア北部 フランス 「フランス委任統治領シリア」(後に一部を「フランス委任統治領レバノン」として分離)
 ⇒「シリア」「レバノン」
●シリア南部 イギリス 「イギリス委任統治領パレスチナ」(後に一部を「イギリス委任統治領トランスヨルダン」として分離)
 ⇒「パレスチナ」「ヨルダン」
●メソポタミア イギリス 「イギリス委任統治領メソポタミア」
 ⇒「イラク」

世界の火種地域である。
その歴史は古く、聖書の「約束の地」まで遡らなければならないが、過去にも何度か書いたことがあるので今日はその詳細には触れない。
ともかくエルサレムを擁するパレスチナは宗教的に聖地なのである。

・歴史的パレスチナ:おおよそイギリス委任統治領パレスチナの領域(現在のイスラエル、パレスチナ自治区、ヨルダン)。
e0126350_21134811.jpg

・第二次世界大戦以降のパレスチナ:現在のイスラエルとパレスチナ自治区、または現代のパレスチナ自治区にあたる地域のみを指す。

パレスチナ自治区はヨルダン川西岸地区とガザ地区に分かれている(飛び地)。
ヨルダン川西岸地区の全てがその支配下に自治政府の支配下にあるわけではなく、イスラエルの支配下になっている地域も多い(下記図の白い部分)
e0126350_2191599.jpg


・歴史的シリア:現在のシリア・アラブ共和国およびレバノン、ヨルダン、パレスチナ、イスラエルを含む地域。
アラビア語でシャームと呼ばれた地域とほぼ一致する。この地域がレバントとも呼ばれる。
アメリカや日本の政府がIslamic State(IS)(イスラム国)をISIL(イラクとレバントのイスラム国)と呼称しているが、そこに使用されているレバントがこの地域である。
要するに現在「イスラム国(IS)」が実効支配している地域よりも広い範囲をわざわざ選んであげているということなのだ。
e0126350_2113089.jpg

↑ ピンク部分がシリア政府(アサド政権)下にある地域、黒い部分がイスラム国支配地域。


e0126350_20491329.jpg

e0126350_20494653.jpg


イエス・キリストはローマ帝国のユダヤ属州で生まれ、キリスト教を起こし、200年頃にはローマ帝国全土に広がっていたという。
それ以降も影響力は増大し続けた。
395年にローマ帝国の皇帝によって東西に分けられ、息子(兄弟)に分治させた。
西ローマ帝国は400年代末に滅亡した。
東ローマ帝国はそれから1000年あまりも続いた。

西ローマ帝国の後は各地に蛮族(未開の民族・野蛮な民族)の王国が誕生した。
そして我こそがローマの後継者、ローマ遺産の相続者と主張するようになった。
西ローマ帝国の最大かつ最重要な遺産はカトリック信仰、カトリック教会である。
これら蛮族の出現によって、かえってローマ教皇(日本で言うローマ法王)の求心力は向上し、カトリック信徒も拡大していった。
ローマ教皇の権威が上がったことによって自らを「イエス・キリストの代理者」に任ずるようになった。
カトリック教会に援助された宣教師らはヨーロッパ中に派遣され異教を駆逐していったという。
その後ローマ教皇はカトリック教会のローマ司教にして全世界のカトリック教徒の最高指導者となる。
また現在では宗教的な地位のみならず、ローマ市内にある世界最小の独立国家バチカンの国家元首でもある。
こうした歴史を考えると、ローマ教皇の権威を確立するには西ローマ帝国の滅亡が不可欠だったと言えそうだ。

東ローマ帝国を滅亡させたのはオスマン帝国である。1453年のこと。(わりとつい最近)
しかしこちらの滅亡が「ローマ帝国の滅亡」として認識されることは少ない。
「ローマ帝国の滅亡」「古代ローマの終焉」は西ローマ帝国が終った時と見做されている。
何故かと聞けば、「東ローマ帝国は自らの認識とは裏腹に古代ローマとは異なる国へと変貌してしまったから」だと言う。
「それは西側の言い分じゃないの?」とも言いたくなるが、よその国のことだから深入りするのはやめておこう。



by yumimi61 | 2015-02-25 21:30