人気ブログランキング |

by and by yumimi61.exblog.jp

カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

昭和 伍拾参

e0126350_1484772.jpg


e0126350_1491310.jpg


上は前のブログの時の写真で、2枚の写真に乗せた言葉の間には、「そのトゲは自分の内側にも向かっていった」というような言葉があった。
さっきこの写真を外付けHDDから見つけてきたのだが、その言葉が乗っている写真は見つからなかった。
はっきりと覚えいていないが使った写真は2枚で、間は言葉だけで繋いだんだっけか・・。
たぶんもっと何か書いたんだろうな。
前のブログの記録を探せば分かるが、それもかなり面倒なので今日のところはやめておいた。

このトゲの写真、ハナキリンを撮ったものだったはず。
ハナキリンは赤い小さな花が咲く。花の写真もあったような気がするが、それはまた別の時に撮ったものかもしれない。


ハリネズミ

向かう場所を間違えていると言うように
それは消えてしまった

君は向かってなんかいなかった
その戒めだよ

ハナキリンはキリンじゃないし
ハナキリンはサボテンでもない

何でもいいよ意味なんかないさ
形だろう全部
キリンでもサボテンでも大して変わらない

意味を考えていたら生きにくいから
みな耳に蓋をして過ごしてる
逃げ場のない音が木霊して・・

やっと生きてるって思うんだ
思うんだ







Ene, mene, miste, meck

1904-1905年 日露戦争
多額の借金をして戦い、かろうじて勝利は得たものの、一銭たりとも賠償金を得ることは出来なかった。
日本は金融戦争には負けたのだということをこちらに書いた
日露戦争の条約を仲介したアメリカの大統領はノーベル平和賞を受賞したのだ。
この時に日本にお金を貸し付けたのがクーン・ローブ商会のジェイコブ・シフだった。
第一次世界大戦最中の1917年のロシア革命に資金提供したのもクーン・ローブ商会だった。(こちらにも書きました

ジェイコブ・シフはロスチャイルドの始祖と同じくドイツ・フランクフルト出身のユダヤ人。
両家の祖先はユダヤ人ゲットーで同じ家に暮らしていたという(2つに区切って)。
ロスチャイルドというファミリーネームは一族が金融業で興隆してから付けたものである。
ドイツで宮廷御用商人となることに成功し、戦乱のヨーロッパで巨万の富を得たわけで、この成功者をロスチャイルド家の始祖と言っている。

銀行の看板に「zum rothen schilde」(ドイツ語)と入れていたことがファミリーネームの由来らしい。
schildeはschildの複数形。
英語だと「to the red shields」になるようだ。訳せば「赤い盾に!」みたいな感じ。
ロスチャイルドはRothschildの英語読み。ドイツ語なら当然違う。
「zum rothen schilde」から赤部分以外を抜くとrothschildという綴りになる。
ドイツ語のschildeの中にchild(子供)が含まれているのが何気に面白い。
ドイツ語の「zum」は「zu dem」の略で、英語で言えば「to the」となり、 dem は男性名詞や中性名詞に付く定冠詞であり、女性名詞に付く定冠詞は別にあるとのこと。
抜かれた部分に注目すれば「zum ene」。
ene・・東北東?パレスチナから見て東北東は日本あたり?

先日紋章のことを書いた
そこに簡単にシールドの説明もした。シールドとは紋章のデザイン中の盾形のもので、紋章の中心となる。
時代の変化によって紋章の盾の形と実際に戦いで使用される盾の形が必ずしも同じとは言えなくなってきたため、実戦用の盾の呼称を「shield(シールド)」、紋章デザインの盾のことを「escutcheon(エスカッシャン)」と区別するようにもなった。(ともに英語)
しかし「escutcheon」をドイツ語にすれば「wappenschild」であり、ドイツ語にはどちらにも「schild」という語が含まれている。


ロスチャイルド家の紋章

ヴェネツィアにいたユダヤ人が政略結婚やお金を積み上げるこよによって貴族という称号を手に入れた。
これを「黒い貴族」と呼ぶ。(こちらに書いたことです)(反ラテン語と黒い貴族の関係はこちらに
これらはロスチャイルド家の台頭より前の時代となる。
かつて貿易と商業によって繁栄を極めたヴェネツィア共和国は、1797年にナポレオンに侵略されて崩壊した。
ナポレオンは条約によりその領土をオーストリア帝国に引き渡したという。

1820年頃、ロスチャイルド家始祖の跡取りとなる息子達にオーストリア帝国から貴族の称号と紋章が与えられた。
ロスチャイルド家はこれで晴れて貴族の仲間入りを果たしたことになる。
お金絡みで貴族という称号を手に入れたということは前述の「黒い貴族」にも似ている。
ロスチャイルド家の始祖には5人の息子がいて、その5人の息子が5ヶ国(フランクフルト家、ウィーン家、ナポリ家、ロンドン家、パり家)に分かれて銀行業を拡大させていった。
これを「5本の矢」と言うが現在残っているのはロンドン家とパリ家のみだそうで、「だったら3本の矢というのは閉鎖しちゃったほうじゃないね~」と・・・。
イギリス家となった3男だけは他の兄弟よりも早い時期に離れイギリスに渡っており、オーストリアから貴族の称号が与えられた時にはすでにいなかったらしい。

当時のオーストリア帝国というのは言い換えればハプスブルク家(現在のスイス領内に発祥したドイツ系の貴族)である。
ハプスブルク家は政略結婚によって次々と領土を獲得していき、中世ヨーロッパで強大な勢力を誇っていた。
神聖ローマ帝国(ドイツ帝国)の皇帝を継承した家系で、オーストリア大公国(オーストリア公国)、スペイン王国、ナポリ王国、トスカーナ大公国、ボヘミア王国、ハンガリー王国、オーストリア帝国(オーストリア=ハンガリー帝国)などの大公・国王・皇帝を輩出した家系となったヨーロッパ大陸の最有力貴族。
また当時のオーストリア帝国はドイツ連邦(旧神聖ローマ帝国の領域)の議長国であった。

第一次世界大戦のきっかけと言われている「オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者の暗殺(サラエボ事件)」の皇位継承者とはエスターライヒ=エステ大公。
オーストリア=エステ家の人で、この家系はハプスブルク家の分家。

e0126350_2211233.jpg

ロスチャイルド家の紋章
左側は授与された頃の紋章で、右側は現在の紋章

e0126350_22262386.jpg

まずシールド(エスカッシャン)に注目してみた。
中央の白いものは何だろう?丸盾だろうか?
盾の中に赤い盾が入っていて、さらにその中に白い物体。
左側のシールドは外も中(赤い盾)もフランス式。イギリス式もこれに似ている。
右側はピタリとはまる形はないが、あえて言えばドイツ式やポーランド式に似ている。
ただ赤い部分は左上にある黒い鳥の形に似ている気がする。

矢はそれぞれ5本ずつあると思うが、はっきりと目視できるのは図に書き入れた数だけ。
矢の先は、5+3で8、4+4で8、左右とも8本。
羽根は、左は8で、右は10。
また持っている人の筋肉の描き方が右と左では違う。



世界はひとつ~♪

ジェイコブ・シフ(1847年生まれ)がフランクフルトを離れてアメリカのニューヨークに渡ったのは1865年18歳の時。
ジェイコブ・シフが生まれた時には半分身内のようなロスチャイルド家は富を手にして貴族になっていた。
シフはアメリカでバッジ・シフ商会(金融ブローカー業者)の共同経営者となり、1870年にはアメリカに帰化した。
1872年は日本の公債引き受けに参加しようとしたが、この時は失敗に終わったそうだ。
家庭の事情なども重なり、バッジ・シフ商会は解散し、故郷ドイツに戻った。

日本の明治維新は1867年(慶應3年)。
実はこの明治維新もロスチャイルドなどが資金援助したものだと言われている。
その5年後にも公債を発行していたようなので明治時代は借金の積み重ねから始まったのだろう。
借金返済が富国強兵に駆り立てたとも言えそうだ。
お膳立ての出来ていた日清戦争での勝利に酔わされて、日露戦争へと突入したというのが現実だろう。

シフが失意のままドイツに帰国した1872年は、日本で国立銀行条例が制定された年である。
これによって日本初の商業銀行である第一国立銀行が設立された。
(前身は三井小野組合銀行であり、国立銀行であるが民間経営であった。初代頭取は理化学研究所の創設者でもある渋沢栄一。日本銀行が創設されるまでは紙幣の発券が認められていた銀行。日本初の株式会社でもある)
また日本はこの年に新暦(ローマ教皇の制定したグレゴリウス暦・太陽暦)に変更した。

ドイツに戻ったシフに声を掛けたのがクーン・ローブ商会のエイブラハム・クーンだった。
シフは1875年に再びニューヨークに戻り、クーン・ローブ商会に入社した。

エイブラハム・クーンはクーン・ローブ商会の創業者。やはりドイツ出身のユダヤ人である。
アメリカに渡ったのは1839年で、衣類問屋を経営していた。
1849年、エイブラハム・クーンは縁戚のソロモン・ローブをアメリカに呼び寄せ、共同経営者となる。
この2人が1867年にニューヨークで金融業のクーン・ローブ商会を設立した。
ソロモン・ローブはエイブラハム・クーンの妹と結婚して、2人の間に生まれた娘とジェイコブ・シフが結婚。こうしてシフも婚姻を通して一族となった。
1885年にはシフがクーン・ローブ商会の経営者となったが、自分の名を社名にすることはなかった。

クーン・ローブ商会は1900年前半までモルガンとともにアメリカに君臨した財閥であるが、当初は今で言うベンチャー企業であった。
クーン・ローブ商会が大きく成長した理由はやはり、シフがロスチャイルド家と親しい関係にあり、その人脈があったからだろう。
クーン・ローブ商会はハリマン家と組んだ鉄道事業の成功が大きいと言われているが、高い収益の見込める新興国への投資に熱心であり、むしろそちらの利益が大きかったのではないだろうか。
ハリマン家も日露戦争中にシフとともに日本の公債を引き受けた。

ハリマン家の始祖というべきエドワード・ヘンリー・ハリマンは聖公会牧師の息子としてニューヨークに生まれた(1848年生まれ)。シフとは1歳違い。
聖公会ということはイギリス寄りである。

ハリマン家のことはこちらにも書いたことがある。
イギリスとアメリカとの投資銀行の関係が多少分かる。
分かると言っても、似たような名前が出てきたりで、とても分かり難いのも確か。たぶんわざと分かり難いようになっている。
ともかくロスチャイルド家とアメリカのモルガン家やハリマン家は繋がっているということ。クーン・ローブ商会も同様である。
さらにロックフェラーとも繋がっている。(こちらに書いた「連邦準備制度の準備委員会」を参照してください)
アメリカの中央銀行FRB(連邦準備制度)は、モルガン、ロックフェラー、クーンローブを代表する人物によって作られたのである。


ヨーロッパ王室や日本の天皇家、カトリックのバチカン、これにロスチャイルドやロックフェラーなどの財閥。
世界を一方向に動かすには巨大な権力が必要なはず。
支配者以外はみな植民地に暮らしていると思えばいいのよ。
(私達は結構いい暮らししているけど?)
植民地にも階級があるから、植民地と気が付かないだけなのね。
階級を決めるのは支配層。
せっかくだから貴族の称号も買ったら?
本当は植民地に階級なんか設けないほうが多くの人が幸せに暮らせるんだけど、階級を設けておかないとやっぱり管理しきれない。
何と言っても世界は大きいから。
適当な人に良い階級(勝ち組)を与えて支配者の望む社会を作り上げているというわけ。









by yumimi61 | 2015-04-18 15:59