人気ブログランキング |

by and by yumimi61.exblog.jp

カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

日本国憲法の秘密

違憲合憲!?

安全保障関連法案が違憲だということで揉めている。
でも法案通過が多数決で決まり、与党が圧倒的多数の票(議席)を持っている以上、揉めていることはほとんど意味をなさない。
審議しましたという形式でしかない。
これまでもずっとそうだった。強行でも何でも決まる時は決まる。
そういう制度なのだから仕方ないこととはいえ、国会への失望感を誘う。
大事なのは選挙、つまり数を集めること。
なぜ政治家が数に拘るかと言えば、最終的には数以外意味がないことを知っているからだろう。

「憲法の解釈がまちまちで日本としての統一見解もないまま今日までやってきたのか!」と言われないためだろうか、憲法学者の皆様の見解は違憲でほぼ一致している。
私は正直言って今更まだ憲法がこのように大々的に引っ張り出されるのかという感想を持った。


日本国憲法は法令番号が無い

---------------------------------------------
日本国憲法
公布日:1946年11月3日 ⇒11月3日が祝日「文化の日」となっている。11月3日は明治天皇の誕生日でもある。
施行日:1947年5月3日 ⇒5月3日が祝日「憲法記念日」となっている。
---------------------------------------------
(御存知のことと思いますが日本では終戦の日を1945年8月15日としています。しかしながら祝日ではありません。敗戦だから仕方ない?)

※下記緑字はこちらの記事の「きな臭い祝日」に書いたこと。
現在の祝日を規定している「国民の祝日に関する法律」では、先代天皇の誕生日は休日にするとは定めていない。
しかし明治天皇の誕生日(文化の日)と昭和天皇の誕生日(みどりの日→昭和の日)は結果として祝日として残っている。

大正天皇の誕生日(天長節)は8月31日で、1913年(大正2年)に8月31日が祝日として設けられたが、夏季では天長節の式典に不都合であるとして、翌年1914年から2か月後の10月31日(ハロウィンの日)に天長節祝日が設けられた。
行事は秋に移行したが天長節の休日は年2回あった。しかしそのどちらの休日も崩御とともに消滅している。

当初、憲法は公布を11月1日、施行を5月1日とする予定でいたが、5月1日ではメーデーと重なるという理由で公布を11月3日にずらしたという。(しかし日本においてメーデーは祝日になっていない。メーデーに対する意識は欧米との温度差がある)
そして公布日の11月3日を憲法記念日にするつもりでいたが、GHQが「11月3日だけは絶対にだめ!」と主張し、結局施行日の5月3日が憲法記念日になった。
GHQはどうも「11月3日=憲法記念日」という図式に反対だったらしい。
文化の日ならいいの?文章化の日ならば?



日本国憲法は制定日がはっきりと分からない。(これといった日を決めていない)
また日本国憲法は他の法律が持つ法令番号を持っていない。
例えば皇室典範という法律は「昭和22年1月16日法律第3号」という法令番号を持っている。

「昭和22年法律第3号」の公布番号を持つ現在の「皇室典範」は「法律」として1947年1月16日に制定され、他の法律と同様にその改正は国会が行い、皇室の制度そのものに国民が国会を通じて関与することとなった。これは、制定当時、日本を占領していたGHQの強い意向によるものである。 この皇室典範は日本国憲法施行の日(1947年5月3日)に施行された。これと同時に明治22年裁定の「皇室典範」並びに明治40年及び大正7年の「皇室典範増補」は廃止された(昭和22年5月1日「皇室典範」)。


--------------------------
皇室典範
制定日:1947年1月16日
施行日:1947年5月3日 ⇒憲法施行日と同じ。
--------------------------
「皇室典範」の始まりは1889年(明治22年)2月11日。
大日本帝国憲法と同時に勅諚された。勅諚とは天皇自らが定めたということである。
現在皇后陛下がお若い時に「ナルちゃん憲法」なる育児メモを世話係に渡したそうであるが、勅諚や皇室典範も家憲でもあり、その家独自の決まりみたいなものである。
しかしながら公な家が誰かの手を借りて存続していくならば、つまり勅諚を実効あるものにするならば、当然のことながら詔や勅命を伴ってくるはずである。
詔や勅命とは天皇の命令であったり、天皇の意志を公布する文書のことである。
神話や歴史書には詔や勅命といった言葉が出てくる。

1947年(昭和22年)に、日本国憲法第100条及び第2条、第5条に基づき、日本国憲法施行前に、憲法に附属する法律の制定手続によって、枢密院の諮詢及び帝国議会の協賛を経て、現在の「皇室典範」(昭和22年1月16日法律第3号)が制定された。

明治時代の「皇室典範」は1947年(昭和22年)5月2日に廃止され、それと入れ替えで翌日から「皇室典範」が施行された。
名称が変わっていないので非常に分かりにくい。
一般には明治時代のものを「旧皇室典範」と呼んでいる。
敗戦したにもかかわらず、皇室が維持され、さらに法律という強力な後ろ盾を得たのである。
日本国憲法さえ持っていない法令番号を持っている。
法令番号「昭和22年1月16日法律第3号」というのは、昭和22年に制定された3番目の法律ということ。
第1号と2号は何だろうと思って探してみたがインターネットでは見つからなかった。


成文憲法と不文憲法 

憲法には成文憲法と不文憲法がある。
日本は成文憲法である。だってそこに文があるから。
でも私は憲法9条、つまり平和や戦争に関しての条項は不文憲法という扱いでもよいのではないかと思っている。
それくらい中身のない文章であり、中味の在り過ぎる文章である。

憲法は、多くの国では、憲法典という文書の形で制定される。これを成文憲法(成文法)という。日本国憲法は成文憲法である。成文憲法の対義語は不文憲法である。誤解を招く表現であるが、不文憲法は憲法典の不存在を意味するに過ぎず、憲法が全く文書によって規定されていないことまでも意味するものではない。著名な不文憲法の国としてはイギリスがある。イギリスには成文の憲法典はなく、大憲章(マグナ・カルタ)をはじめとする多くの文書や通常の法律、慣習法などの憲法的規律によって国家秩序が定められている。

不文憲法の代表とされるイギリスの憲法は憲法的規律が人身保護法、王位継承法、議会法などによって成文法化されているので、実質的には憲法改正が一般の法律と同じ手続きで可能である。「イギリスに憲法はない」という表現は、他の近代国家のような成文憲法典を持たない点を強調したに過ぎない。

不文憲法となる要因はいくつかある。
 ・歴史的経緯により国家の方針が決定された場合。
 ・慣習法など複数の法律がその役割を果たしている場合。

硬性憲法(他の法律より改正のハードルが高い憲法)であっても、日本のように改正のない国もあれば、ドイツやフランスのように頻繁に改正する国もある。また、イギリスのように、軟性憲法(他の法律と同様)かつ不文憲法であっても、憲法的規律を容易には変えない国もある。


以前こちらでユダヤ教の口伝律法について書いたことがある。
口伝律法とは文章化しない決まりや教えである。

学者・司祭・君主の利権を正当化すべく、ユダヤ教の聖典「タルムード」を都合いいように編集したり、神の啓示などおよそ関係なく追加したりした。
「タルムード」というのは神がモーセに対して口伝で語り継ぐべき律法として与えたもの(口伝律法)であり、ユダヤ教徒の生活や信仰の基となっている。(モーセ五書はトーラーで、タルムードはそれ以外)

ユダヤ教の中にもタルムードは最初の教えのとおりに口伝律法であることを尊重すべきというグループがあった。
これをカバラ派という。
このカバラがキリスト教にも取り込まれていくうちに、今日の人々が一般的に想像するような神秘主義的なものへと変質していった。
カバラを通してユダヤ教とキリスト教は一部混合してしまったのだ。
十字軍遠征を通して宗教と商業が混合し、長い歴史の中ではユダヤ人の追放(離散)と強制移住(捕囚)と商業移民とが混合されている。
真実が一層分かり難くなってしまったと言えよう。


不文憲法に分類される国としてイギリスの他、ニュージーランド、イスラエル、サウジアラビア、リビア、オマーン、バチカンがある。

口伝律法はこちらこちらの記事にも書いたので参考までに。
不文憲法は口伝律法に似ている。
現代における国の憲法とは理念であり概念であって、事細かなことを述べる法律ではない。
法律は他にも沢山ある。狭く細かいそれぞれ専門の法律があるのだ。

それは天皇の権利にも似ている。先日もリンクしたが こちらの記事より。
皆さんが言っているのは、第四条の「国政に関する権能を有しない」という部分だと思うけれども、天皇が政治に関与できないとは言っていない。
「機能を有しない」と言っているのである。
「機能」とは、 全体を構成する個々の部分が果たしている固有の役割である。
立法・行政・司法という三権分立内に固有の役割を持っていないが、全体を統括する役割を持っているのではないだろうか。
任命、公布、公示、召集解散、認証などの権限を持っている。
内閣総理大臣を任命できるということは、天皇は国の最高権力者(権威者)である。


憲法は国政に関する固有の役割を持っていないが、大きな権限を持っている。
その権限は何かと突き詰めれば、内閣総理大臣を任命できる天皇である。


憲法の三原則と神様の関係

その昔(そんなに昔じゃないわよ!?)、憲法の三原則は、「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」であると習いましたね?
GHQ最高司令官のマッカーサーが挙げた日本の憲法で守るべき三原則は以下のようなものだったそうだ。

1.Emperor is at the head of the state.His succession is dynastic.His duties and powers will be exercised in accordance with the Constitution and responsive to the basic will of the people as provided therein.
天皇は国家の元首の地位にある。皇位は世襲される。天皇の職務および権能は、憲法に基づき行使され、憲法に表明された国民の基本的意思に応えるものとする。

2.War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.No Japanese Army, Navy, or Air Force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.
国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。

3.The feudal system of Japan will cease.No rights of peerage except those of the Imperial family will extend beyond the lives of those now existent.No patent of nobility will from this time forth embody within itself any National or Civic power of government.Pattern budget after British system.
日本の封建制度は廃止される。貴族の権利は、皇族を除き、現在生存する者一代以上には及ばない。華族の地位は、今後どのような国民的または市民的な政治権力を伴うものではない。予算の型は、イギリスの制度に倣うこと。


これを私が三原則として簡潔にまとめてみました。
「世襲天皇制」「国権発動の戦争放棄」「絶対君主制」
どうでしょうか?いいじゃないか?

君主(王や天皇)がその領土を諸侯に与え、 さらに諸侯はそれを臣下に分与して、各自にその領内の政治を行わせる、これが封建制度。江戸時代なんかまさにこれ。
中央集権のようであって、実はそうではない。それぞれに権限を与えて任せてしまうのだ。
これをやめて中央集権を強化したのが大化の改新であり明治維新だった。
マッカーサーの三原則には封建制度や貴族の廃止が盛り込まれている。
すなわち天皇や皇室の力を強化するものである。
目指すは専制君主制*である。

専制君主制*
国家統治の正統性の唯一の担い手である君主が統治の全権能を自己のものとし、自由に政治権力を行使する専制政治の一形態。絶対君主制とも言う。
憲法などで制限を受けるのは制限君主制や立憲君主制と言う。

それならばまさに制限君主制(立憲君主制)ではないか?
そう見えるのだが実は違う(と思う)。
専制君主制でもない。絶対君主制なのだ(おそらく)。
絶対君主制は貴族や議会よりも権限が優位であるが、宗教的な権威によってその権力が裏付けられている場合には宗教上の制約を受ける。
思い出してほしい幕末の条約勅許騒動を。
将軍、幕閣、朝議、それらの決定は無意味だったのだ。藩主なんか論外であろう。
ただひたすら天皇の許可を取れとせっつかれたのである。
全権を有しているのは天皇である証。天皇が指名・任命したものだけが全権大使となれる。
但しそう、宗教的背景を有する場合には君主の上に神がいる。
明治維新とは天皇に全権を与えることだった。まずはそこから始めた。
与えた者がいるということは、天皇はトップではない。
全権を与えた者がトップなのだ。
天皇の上には神がいるのだと思う。



☆★今日の名言☆★
IをOに変えるとLOVEが生まれる。


憲法の話、全部終わらなかったけど、今日はもう寝ます。
by yumimi61 | 2015-07-13 18:11