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日本国憲法の秘密-44-

あっけらかんと開いた駅をうらうらとした談笑が彩り、うつらうつらした浅瀬がせせらぎを奏でていた。

-底ひなき淵やは騒ぐ山川の浅き瀬にこそ仇波は立て-

重い沈黙が流れる。
心というのものが淵から生まれてくるならば、深い想いは底深き淵にあるに違いない。
胸の中心がぎゅうっと痛くなった。
初恋でもないのに、風で波立つ水面のように、寄せては返す想いに揺れていた。
認めたいけど、認めたくない。
恋歌が悠久の時を超えてもなお人の心を打つのは何故なんだろうか。

「飛行機見に行かない?」
唐突な彼の提案に戸惑いながら安堵する自分がいる。
「飛行機?」
「そう、羽田、羽田に行こう」
少年の面影を残す彼の横顔がとても大人っぽくって時々ドキリとすることがある。
「飛行機見学かぁ・・小学生の時に行ったなぁ」
金色の光が背中伝いに伝わって何か不思議な気持ちがした。

私は常々東京の駅には、迷いのない人と思い切り迷っている人の二種類しかいないと感じている。
東京でなくともどこでもそうだろうと言う意見もあるだろうけれど、東京の迷いの無さははっきりと目に見えるものだ。
当の私はそのどちらにも当てはまらないので、もしかしたら私みたいな人が他にも生息しているかもしれないと思ってもみるのだが、それらしき人を見掛けない。
人なみにさらわれないように昔は壁伝いに歩いていたし、出入り口付近ではなく車両の中央に立っていられるようになったのはわりと最近のことなのだ。
釣り針を投げて世界のどこかに自分を固定しておきたかった。
疑いの無い存在があるということは、儚く存在を失うということなんだろう。

夕刻の賑わいの中に彼がいて私がいた。
流れる水や過ぎゆく時に私達は時々抗う術を失う。
決して戻らない落し物に胸の隅がざわつき、時計を見るといった何気ない仕草に泣きたくなったりもする。
誰かの役に立っているだろう電光掲示板や案内板、脇を通り抜ける人の声や足音、恐らくいつでもどこでも見られる駅の風景に時を刻む。
無と有の交点が分かったような気がした。
彼と私は普通の電車で空港に行くことにした。

沢山の人が時間を気にしているであろう駅のホームであることを思い出した。
「ねえ水時計って知ってる?」
「砂時計なら知ってる」
「砂・・時計・・あっ」
「どうした?」
「日時計は?」
「知ってるよ」
ばらばらに散らばった時間が一つ所に集約されてくるのを漠然と感じていた。
「水時計を日本で最初に作ったのは天智天皇なんだって。日本では漏刻って言うらしいんだけど。奈良の飛鳥寺の近くにその遺跡があるって」
「あっ」
「なに?」
「いやなんでもない。天智天皇って何年頃だっけ?」
「大化の改新の後だから600年代後半、たぶん」

漏刻に使われる容器を漏壺(ろうこ)と呼ぶらしい。
「銀色のうろこと銀色のろうこ」、小さな声で2回繰り返しそれらの言葉を噛みしめた。
でもまだ意味のあるものに咀嚼することは出来なかった。
その人にとって必要なものを覚えていて、その人が生きていくうえで必要ではないものを忘れていくとするならば、その魚は私にとってどんな意味があるというの?
その人にとって必要なものを思い出すことが出来て、その人が生きていくうえで必要でないものは思い出さないとするならば、その時計は私にとってどんな意味があるというの?

水族館近くの駅を出て一つ乗り換えると、その先は空港へと続いている。
普通の空港線は意外に空いていて拍子抜けしてしまうほどだった。
私と彼は四人掛けボックスシートに二人だけで座った。
糀谷、大鳥居、穴守稲荷、天空橋、この四つの駅を過ぎれば、もうそこは羽田空港。
車窓には生活のある街並みが続いた。
住宅街を走る電車は誰かの生活を物凄いスピードで一瞬だけ切り取っていくので、まるで異次元からタイムマシンでやってきた人になったような気持ちになる。
途中電車が住宅のすぐ横を通り抜けたので、浅草花やしきのジェットコースターみたいだとも思った。
「子供の頃、電車の旅をすると、窓から探したものがあります。さてなんでしょう?」
「踏切待ちの人」
「ううん、違う」
でも本当は踏切の音も踏切待ちの人も好きだった。
踏切にぽーっと立っている人や並んで止まっている車を遠くから眺めるのはタイムマシーンっぽさを助長したから。
でも目を凝らして探したのは違うもの。それはフォルクスワーゲンのビートル。
ワーゲンを百台見ると幸せになれるだったか、それとも願いが叶うだったか忘れたけれど、子供達の間ではそれが流行っていて、旅行で電車やバスに乗ると必ずワーゲンを探した。
今ではちょっと信じられないけれど、当時何十台というワーゲンを実際に見かけたから、今よりもワーゲンに乗っていた人がずっと多かったということなんだろうか。
そうやって集めた幸せの種だけど、赤色のワーゲンを見るとクリアされてゼロに戻ってしまうとかいうルールがあったりして、幸せになるのも大変なんだと子供心に思った。

醒めた声でキャスターが 繰返すバイオレンス
息を抜くこともいつか 忘れた街角
古い型のワーゲンを 今も見かけると
胸の奥しまいこんだ 想い出がよぎる
(杉山清貴&オメガトライブ REMEMBER THE BRIGHTNESS)


穴守稲荷駅を過ぎると電車は地下に吸い込まれていった。
天空橋駅が地下にあるなんて冗談みたいな話。
でも天空橋という橋は人が渡る人道橋として地下ではない場所に実際に存在している。
幅約3メートル、長さ約74メートルという小さな橋で、地元の小学生によって付けられた名前らしい。
天空橋というわりには小さな橋で驚く人もあるらしいけれど、川の上を歩いたり走ったりできるのは、それだけで奇跡のようなことだと思うし、高くても低くても宙であることには変わりなく、川の上だけは空が消えることはない。
人道橋になる前は鉄道を渡す橋梁があったそうで、真っ直ぐなガーダー橋である天空橋の横顔は鉄道橋の面影を残している。

それにしても羽田という場所は不思議なところだと思う。
飛行場のために付けられたようなその名で、飛行場が出来るずっと前からそこに存在していた。
「ねえ知ってる?羽田って漁村だったらしいの」
「想像できない?」
そう彼が言うので、曖昧な笑みを返して窓の外を見たけれど、彼の顔が映って目が合った。
「羽田空港は沖合を埋め立てて建設したんだろう」
私は彼の埋め立てという言葉で少し前にいた夕凪を思い出し、水族館での出来事をなぞっていた。
薄暗い館内に煌めく光、目の前を通り過ぎて行ったマイワシの大群、身体の一部か心の一部が締め付けられたような気がするけれど、妙な懐かしさを感じてもいた。
羽田は川の淡水と海水とが混じり合う豊かな汽水域で、漁業を営む人が暮らす漁村だった。
汽水域は栄養が多いから植物プランクトンが増え、その植物プランクトンを餌にする動物プランクトンや貝類が増える。そしてそれらを餌にする魚もやってきて魚の成長を支える。
汽水域は多くの生物を育て増やす力があるのだそうだ。
でも川から流れてくる栄養は結局のところ洗剤や農薬や肥料だったりするわけで、それが汚濁の原因を作っているとも言える。
私はどこに向かっているのだろう。


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8月30日の昼間、
疑いの無い存在があるということは、儚く存在を失うということなんだろう。
というところまで書いた。
そして8月30日の夜に、
彼と私は普通の電車で空港に行くことにした。
と言うところまで書いた。
その後は8月31日つまり今日、続けて書いた。

昨日の夜、少し書いた後にすぐお風呂に入った。
そしたら右膝に痣(あざ)が出来ているのを見つけた。
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どこかにぶつけた覚えは全くない。



by yumimi61 | 2015-08-30 14:12