人気ブログランキング |

by and by yumimi61.exblog.jp

カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

日本国憲法の秘密-119-

日曜学校と寺小屋

先日南アフリカのアパルトヘイトとネルソン・マンデラ大統領、ソ連・共産党の関係について触れたが、ソ連・共産党がユダヤ人の支援を受けていたとするならば、マンデラも同様ではないだるうか。

ネルソン・マンデラは本名ではない。
出生時の名はRolihlahla。読み方は、ロリフラフラ、ロリシュラシュラ、ホリシャシャと諸説ある。
意味はトラブルメーカーだそう。南アフリカでは意味のある単語や固有名詞をそのまま名前に使うことが多いらしい。

父母の氏名は次のとおり。Mphakanyiswaがファミリーネーム(姓)だろうか?
・父:Gadla Henry Mphakanyiswa(ガドラ・ヘンリー・ムパカニスワ)
・母:Nosekeni Fanny(ノセケニ・ファニー)

父は首長で、コーサ族に属するテンプ部族のマディバ氏族、その中の王族の相談役だったそう。
ネルソンという名は子供の頃に通っていたイギリス式ミッション・スクールの先生が付けたとか。(南アフリカはキリスト教の国)
イギリスにはホレーショ・ネルソンという英雄(海軍の軍人)がいて、戦艦の名にもなっている。
またネルソン・マンデラより10年早く生まれたネルソン・ロックフェラーもネルソン。
ネルソン・ロックフェラーの父方の祖父はスタンダード石油の創業者ジョン・ロックフェラーで、母方の祖父は「オルドリッチ法案」とFRBを誕生させることになる秘密会議主催者として有名なアメリカ共和党の政治家、ネルソン・W・オルドリッチ。

ネルソンのネル(Nell)は「champion」の意味があり、アイルランドに古くから伝わる名前のニール (Neil )から派生したファースト・ネーム。 son は「息子」で、「勇者の息子」といったところだろうか。


南アフリカ共和国の教育

《アパルトヘイト時代(1993年まで)》
アパルトヘイトは「人種隔離政策」と呼ばれますが、当時白人国家だった南アフリカ連邦では、有色人種たちを自然資源の乏しい土地に強制移住させ、その土地を「ホームランド」と称して、「独立自治体(バンツースタン)」として関わった。
しかし、このホームランド、国連をはじめ、世界中で各地の「ホームランド」を「国」として認めず、南アフリカはこのアパルトヘイト政策を断行したことにより、世界中から非難を浴びた。

・黒人(有色人種)は事実上義務教育の対象ではなかった。バンツースタン教育(Bantustans Education)扱いだった。

・国としては、白人のみ義務教育対象とし、先進国並みの教育水準・教育環境だった。

・現在の黒人の過半数の成人は、事実上の非識字者(Functionally Illiterate)である。
 元来、黒人が用いる9つの現地公用語は、口承言語なので、専用文字が無い。
 後に、9つの言語は強制的にアルファベット化した。これは日本語のヘボン式ローマ字に似ている。

・6年間の学校卒業後、2年間の教員養成コースでほぼ誰でも教師になれた。
 教員としてのスキルがそもそも充分でなかった。


独立自治体(黒人独立)を認めなかったのは国連や世界中の国々ということですね?
白人と黒人の区別というより、白人が陣取った場所が悪かったということですかね?天然資源的に。
文字を持たない人達にマナーや伝統を教えることは出来ても、学問を教えるのは難しいだろうと思う。
文字が読める人と読めない人を一緒に教育しろというのは無理がある。
アフリカのそれが悪いのならば、識字率が高い日本において、地方や貧しく教養のない家庭は公立、都会やお金持ちは私立といった区分けや風潮なんてまさに差別ではなかろうか。


男女で分けるとは何事か!学力で分けるとは何事か!能力で分けるとは何事か!同じ仕事で給料が違うとは何事か!

南アフリカを統治していたのはイギリスだ。
南アフリカに住んでいた白人はイギリス人かアフリカーナー(主体はオランダ系移民)である。
アフリカーナーは宗教的自由を求めるという宗教移民の側面もある。
アフリカーナーの入植が17世紀で、イギリス人の入植が18世紀。
オランダ領としていたケープ植民地をイギリスが占領。先に入植していたアフリカーナーは追い出される。
アフリカーナーに使われていた黒人は解放され、イギリスが同等の権利を与える形での統治に入る。
しかし何せ言葉が通じない。ということで実質的には同等と扱われない。
こうした経緯から南アフリカのアフリカーナーとイギリスは白人同士で戦争するほど仲が悪い。
遺伝性疾患のハンチントン病が南アフリカのアフリカーナーに好発することは、こちらに書いた


ともかく戦前より人種差別(区別・分離)はあったが、アパルトヘイトという制度が導入されたのは戦後の1948年である。
導入のきっかけは第二次世界大戦によって黒人の発言権が増したことにあるという。

1910年5月31日、イギリスの自治領南アフリカ連邦が成立。人口のごく少数を占める白人が黒人を強権的に支配する政治体制を敷き、1911年には白人労働者の保護を目的とした最初の人種差別法が制定された。
1931年に自治領の独立を認めるウェストミンスター憲章が採択され、実質的に本国イギリスと同等の主権国家となった。1934年にはイギリス国会で南アフリカ連邦地位法が可決され、正式に主権国家として規定され、イギリス連邦内で独立(英連邦王国)。これ以降、人種差別政策を一層推し進めていき、1959年にはバントゥースタン制度を制定。白人と黒人の分離を積極的に行い、後にホームランドという形式上の独立国に黒人を押し込んだ。1960年に発生したシャープビル虐殺事件では国際的な非難を浴び、世界的孤立が一層強まった。翌1961年、これらアパルトヘイト政策への国際的批判に反発し、イギリス連邦を離脱。共和制へ移行し、南アフリカ共和国が成立した。


黒人は約2500万人、白人は490万人、インド系住民約90万人ほど。

アジアにおいて唯一の先進国である日本人は1961年以降、経済上の都合から「名誉白人」扱いとされていた(白人居住区に居住した)。1980年代後半から日本は最大の貿易相手国になる。また、国際的に孤立していた南アフリカと、反共産主義という共通点から数少ない国交を持っていた韓国人や中華民国人/台湾人も、名誉白人扱いであった。

アパルトヘイトへの批判やネルソン・マンデラ賛辞に「白人」と「黒人」が出てきても、ではその白人とは誰なのかということがほとんど語られない。
「白人と黒人を分けた」とまるでどちらにも該当しないから関係ないと言わんばかりに棒読みしそうである。
日本にいるからそう思うだけなんだろうか?
黒人を差別していた「白人」、アパルトヘイトを導入した「白人」という言葉は残っているが、白人の中の人は世界から消滅してしまった。



by yumimi61 | 2015-12-04 00:11